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第2話

著者: モモ
last update 最終更新日: 2025-01-02 17:00:59
18歳の頃の私は、こんな告白を「勇気」だの「青春」だのって思い込んでた。でも、今の私からすれば、そんな自分を張り倒してやりたい気分だ。

何が「勇気」だよ、「青春」だって?どう見たって浮かれすぎて、完全にイカれてるじゃないか!

幸いにもこの時の私はまだ告白していなかった。つまり、全てが取り返しのつく段階にある。

どんなことがあろうと、もう一度やり直せる機会がある以上、私は絶対に尚之に近づかないと心に決めた。二度と前世のあの悲惨な人生を繰り返したくない。

私は深く息を吸い込み、手にしたマイクを口元に寄せてから、誠実そのものの態度で語りだした。まるで天に誓う勢いで。

「尚之くんの言うとおりだと思います。本当に反省しています。今まで自分がしてきたこと、全てにおいて。以前あなたに迷惑をかけて、本当に申し訳なかったです!ご安心ください。もう心を入れ替えました。これからの私は、恋愛なんかには目もくれず、ただ勉強と夢だけに集中します!」

尚之:「……」

彼はあっけに取られたようで、驚きに満ちた顔をしてこちらを見つめていた。

その瞬間、私はすぐさま舞台から逃げ出した。ウサギよりも速く。

周囲の人たちは完全にポカンとしていた。

「遥が尚之を諦めるって?」

「彼女が諦める?尚之のあの冷たい態度でどれだけの女子が退散したと思う?でも遥だけは違った。何度拒絶されてもめげずに果敢に挑んでいたじゃないか。先月なんか、尚之と一緒に帝大を目指すって賭けまでしてたのに」

「たぶん、ハッタリがあまりにも大きくて恥をかくのが怖くなったんだろうな」

「尚之にとっては嬉しい話だろうね。やっとしつこい奴から解放されるわけだからさ」

そんな噂話が飛び交う中、尚之は遠ざかっていく私の背中をじっと見つめていた。涼やかな眉目が一層冷たく引き締まり、不機嫌そのものだ。その顔に喜びの色は欠片もなかった。

私は全力疾走で教室に戻り、心臓がまだドキドキと音を立てていた。机の上の小さな鏡に映ったのは、自分の顔だった。

25歳になった私は、まだ若さが残っているものの、結婚と家庭生活の中で3年間を無駄に消費したせいか、目には輝きがなく、顔色も長い不眠のせいで授業を受ける学生のものとは思えないほどに白くくすんでいて、濃いクマを隠すのにファンデーションが必須だった。

しかし、鏡の中の少女の肌は白くてきめ細かく、目は輝いており、歯は真っ白で、唇は健康的な赤さを帯びて美しく、それこそ青春そのものと言えるほどの雰囲気を醸し出していた。

これが18歳の私なのか!

この時、ようやく「生まれ変わった」という実感が湧き、胸の奥から驚きと歓喜が湧き上がるのを感じた。

「何ジロジロ見てんだか。どれだけ綺麗に見えても尚之には相手にされないわよ」

不意に冷笑交じりの声が聞こえた。

振り返ると、数人の女子に囲まれたまるで月の女神のように輝く瑠奈が目に入った。彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せていたが、一切否定するそぶりは見せなかった。

私は微笑みながら話しかけてきた女子に向かってこう言った。

「私を可愛いって褒めてくれてありがとう。私もそう思う」

その場の空気が一瞬凍りつき、元の女子はまるでハエでも飲みこんだかのような顔色になった。

ライバル同士の対面はより熾烈なものになる――それが、人間関係の難しさというものだ。特に前世において、尚之と結婚した後の瑠奈の数々の行動が、私にはどうしようもない嫌悪感を抱かせた。彼女は常に尚之との間にいた棘であり、私たちの結婚が破綻した主な原因だったのだから。

私は瑠奈が好きではない。

けれど、この今の私は、もうこの長きにわたる三角関係の「主役」にはなろうと思わない。

瑠奈を真っ直ぐに見つめ、静かに言った。

「大学入試までもう3ヶ月しか残っていない。私はただ勉強だけをしたい。それに、瑠奈、あなたの想いが叶うことを願ってる。どうか美しい恋を手にしてください」

私の声は穏やかだったが、瑠奈は不信の目を向けてきた。それでも顔には柔らかな笑顔を浮かべながら言った。

「遥、本当に帝大を目指すなんて賭けは冗談だったんでしょ?そんなにプレッシャーを感じなくてもいいのよ」

またその調子か。

私は冷笑しつつ心の中でため息をついた。瑠奈はいつもこうだった。外面では優しく理解あるふりをして、実際にはこっそりと他人を火の粉の中に投げ込むような人だった。

案の定、彼女のその一言で、数人の女子が私に非難の声を上げ始めた。

「こんな人が一番嫌い。他人の恋愛に割り込むくせに。そしてその図々しさ!尚之の気を引くためだけに帝大を目指すなんて……言うだけなら何とでも言えるわ!」

「この成績で普通大学に入れたら御の字でしょ?帝大だって?笑わせないで!」

「明日は模試なんだから、笑わせてくれることを期待してるわよ!」

前世では、こういった言葉を聞くたびに、私はいつも怒り、傷ついていた。そして尚之に対する瑠奈への遠慮から、泣き寝入りするしかない状態だった。

でも今それを聞いても、ただただ幼稚で滑稽だとしか思えなかった。

瑠奈を見つめながら、皮肉を込めて言った。

「瑠奈。帝大には行くよ。けど、尚之を追いかけることはもうない。だから、私に駆け引きなんてするのはやめにして、あなたの舎弟たちも私のことから手を引いてくれ。これからはお互い干渉せずにやっていこう」

瑠奈の美しい顔が凍りついたかのように固まった。

しかし周りの女子たちが怒りの声を上げた。

「遥、どういうつもりよ!」

「別に何も。ただ、瑠奈と尚之が早く結ばれて幸せになることを、本心から祈ってるだけ」

そう言うと、私は肩をすくめた。前世であの二人が道徳や倫理を破ってでも再び元のように親密になったのだから、この世ではむしろ心から祝福してやる。彼らの愛が金剛石よりも固く強くあるよう祈りつつ、私はもう二度と彼ら三角関係のドラマに巻き込まれる気はない。

その時、教室がざわざわと騒ぎ始めた。一群の生徒たちが外から一斉に戻ってきた。その先頭に立っていたのは、もちろん尚之だった。

彼は一種の奇妙な表情を浮かべてこちらを見た。どうやら私の言葉を聞いてしまったらしい。

瑠奈は頬を赤らめ、照れたように彼に話しかけた。「尚之、遥が言ったこと、冗談だってわかるでしょ?」

しかし尚之の冷ややかな視線が私を射抜いた。

その視線の冷たさを感じながら、それでも私にはもう問題ではない。何にも動じず、教科書に目を落として勉強を続けた。

尚之のお手本のような冷たい顔つきはさらに冷え込み、全体に威圧感が漂った。

「お前たち、勉強しなくていいのか」

尚之の一喝で、教室にいた生徒たちは、凍りついたかのように静まり返った。そしてそれぞれの座席に戻り散っていった。

尚之は私の机の横を通り抜けて後ろの席に座った。その手が制服の袖に触れる瞬間、空気がさらに険しいものになるのを感じた。

少年ながら、彼の存在感は絶大で、周囲の空間そのものを支配しているかのようだった。

ペンを強く握りしめながら気持ちを落ち着け、勉強に集中しようとした。

ありがたいことに、尚之の大家族の中にはたくさんの子供たちがいて、専業主婦になったあの3年間、私は彼らの勉強を教えることで姑たちのご機嫌を取っていた。その経験があるおかげで、7年前にタイムリープした今でも、高校の勉強内容を思い出すのはそれほど苦労しなかった。

その日の午後、3つの模擬試験問題集を解き、徐々に受験期の感覚を取り戻していった。それでも数問どうしても解法の糸口が掴めない問題があり、私は無意識のうちに答案を持って後ろを振り返った。

そして目の前にあるのは……そう、その暗い瞳を持つ尚之の目だった。

一瞬、空気が凍りついたように思えた。

尚之の眉が微かに動き、まるで何かを察したかのような表情を浮かべた。彼は冷ややかにペンを手に取り、答案を取ろうとする。

しかし私は咄嗟に手を引っ込め、何事もなかったかのようにその答案を彼の隣に座る西村安広(にしむら やすひろ)に差し出した。「西村くん、お願い、この問題見てもらえない?」

周囲の温度がみるみる下がるのを感じた。

西村は困惑気味に眼鏡を押し上げ、そっと私に耳打ちするような声で言った。「あの……人を間違えてないか?」

私はあくまで無邪気を装った。「間違えてないよ」

西村は半ば信じられないような表情で非常に控えめに尚之を一瞥した。そして何か言おうとしたが、それでもためらった。

だがその隣で尚之を訪ねてきた少年が、代わりにポカンとなったような様子で言葉を発してきた。

「おいおい、どうして尚之を頼らないんだよ?」

私は微笑みを浮かべて礼儀正しく応じる。「菅原くんにはもうたくさん助けてもらったから、これ以上は迷惑をかけるわけにはいかないなと思って」

その少年は目を丸くしたまま大きく舌を巻いた――いやいや、ここでいきなり「尚之くん」じゃなくて「菅原くん」ってどういうことだ!?

教室内の雰囲気は一瞬で変わり、部屋全体が一層冷たさで満たされたようになった。

「早くしてよ、西村くん。ちゃんと教えてくれたら、アイス奢ってあげるから!」

そう急かす私に対し、西村は震えた指で答案を取り上げた。

その時、「バン!」と大きな音が響く。尚之は唇をギュッと引き結び、ペンを机に投げ捨てると、無言のまま教室を出ていった。

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    父の性格ならよく分かってる。昨日、上流社会の権力者たちとのコネを作ろうとした計画が見事に失敗し、さらに面目を潰されて取引までパーにした。だから今の父は、たぶん私のことをどれほど憎んでいるか想像もつかない。骨の髄まで恨まれてると言っても、大げさじゃないだろう。「遥っ!」父の怒鳴り声が響いた。その声はまるで人間の皮を剥がされた獣の咆哮みたいだった。父が勢いよく立ち上がったのを見て、私は一歩前に出た。「よくも戻ってこれたもんだな!礼儀も羞恥心もないのか!会社にどれだけの損害を与えたか、分かってんのか?」平然とした顔で、何事もなかったかのように父の前に立つ私。それがまるで深く静まり返った湖のような無表情だったせいか、父の怒りはさらに燃え上がった。「羞恥心もなく、こんな真似してどうするつもりだ?こんな大問題起こしておいて!」怒りでギラついた目が私を刺すように睨む。失敗した契約の件、私に責任を取らせる気らしい。私は軽く笑みを浮かべてみせた。その目には、軽蔑の色を隠そうともせず。もしかしたら、心が完全に冷え切ってしまったからなのかもしれない。痛みなんて、もう感じない。実の娘の状況を気にもせず、今回の出来事が私にどれだけの影響を与えたかなんて考えもせず、頭ごなしに「損害をもたらした」と責め立てる。人は価値を失った瞬間、好き放題に踏みにじっていい存在になるの?「これだけのことがあったのに、一言も気遣いの言葉がない。私の気持ちを考えることすらしないで、頭ごなしに叱るばかり。でも、会社に大きな損失をもたらした張本人こそ、真の責任を問われるべき人間じゃないの?」私の言葉に、父は「何言ってる?」みたいな顔をした。どうして私がこんな態度で睨みつけるのか、理解できないらしい。そんな場面に割り込むように、美和子が口を挟んできた。眉をひそめながら、例のごとく事態をややこしくするのが彼女の得意技だ。「遥、私が言うのもなんだけど、もう大人なんだから、少しはお父さんを楽にさせてあげられない?」一見、場を和ませる発言のようだけど、実際は私を追い詰めて、道徳的な優位に立とうって腹だ。私は冷笑し、手に持っていた袋を床に叩きつけた。袋からは手を加えられてボロボロに破れたドレスがこぼれ落ちた。それを見た凛の顔がみるみる青ざめていく。私はゆっ

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第29話

    私は唇をきゅっと結んで、尚之がかけてくれたジャケットをさらにぎゅっと羽織り直した。ふと顔を上げたとき、視線を少しそらすと、瑠奈が不機嫌そうな顔で私を睨んでいるのが目に入った。その目、まるで「嫌い」って言葉が形になったよう。私と尚之が一緒に離れていくのを見て、さらに怒りが増しているのがはっきりわかる。そうだよね、女の嫉妬って燃え上がると手がつけられない。相手を徹底的に追い詰めずにはいられないんだもの。瑠奈の嫉妬と憎悪に満ちた視線が背中に突き刺さるけど、なんだか笑えてきた。もう、こんな状況にいちいち感情を振り回されるのも疲れる。私は深呼吸して気持ちを落ち着けると、早足でその場を後にした。背後から聞こえるヒソヒソ声なんてどうでもいい。この場を一刻も早く抜け出したいだけ。だって、父にとって私はただの道具。上流社会に食い込むための、権力者に取り入るための飾りに過ぎないんだから。特に、尚之に連れて行かれる私を見て、父が浮かべたあの満足げな顔。あれを見たら、もう何も言う気がなくなる。玄関を出た瞬間、冷たい空気を深く吸い込んだ。「着替えを取りに戻るぞ。送ってやる」尚之の冷たい声には、わずかに不満がにじんでいた。「結構よ」私は即座に言い返した。私がどれほど彼との関係を断ち切りたいと思っているか、尚之は知らないだろう。「それとも、このままここに突っ立って注目を浴びたいのか?いや、わざとそうしてるのか?」尚之の声が急にトゲを増し、軽蔑混じりの言葉が胸に刺さった。鼻で笑うしかなかった。どうせ彼は、私の行動すべてが計算ずくだと思っているんでしょ。「ほっといて」私はそれだけ言うと、ジャケットを乱暴に握り締めて階段を駆け下り、タクシーを捕まえた。後ろをちらっと見ると、尚之が追いかけてきているのが見えた。次の瞬間、瑠奈が彼にすがりつくのが目に入った。……だよね。あの子が黙っているはずがない。「運転手さん、行ってください」私はジャケットをもう一度きっちり羽織り直した。さっきまで彼が手を差し伸べてくれたことに驚いたけど、よく考えたらあの手なんて、結局彼の体裁を守るためのものだったんだ。家に帰ると、ドレスを脱いでじっくり観察した。やっぱりね、仕込まれてる。シャワーを浴びて気分を落ち着けると、スマホの電源を切り、ぐっす

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第28話

    修一は私の冷たい表情を見ても、特に何も言わずに父に微笑んでみせた。「そうか、それは光栄だよ」そう言いながら、彼は背中から小さな箱を取り出して差し出した。「進学祝いだよ、遥」私は彼をじっと見つめてから、「ありがとう」とだけ言ってその箱を受け取った。その時、また二人の人影が入り口に現れた。尚之と瑠奈、そして内田だった。ちらっと父を見ると、この大物を呼びつけるなんて、やっぱりやり手だと感心せざるを得なかった。父は私に修一を中へ案内するよう促すと、すぐに尚之たちの方へ足早に向かっていった。今夜の尚之と瑠奈はペアルックだった。二人とも黒い系統のフォーマルな服を身にまとい、抜群に似合っていた。私はほんの一瞬だけ視線を向け、すぐに目をそらした。すると、修一が腕を差し出しながら言った。「今夜のパーティー、僕だけが君のパートナーにふさわしいと思わないか?」彼の顔を見て、私は微笑むこともなく首を横に振りながら答えた。「たまには、自信も行き過ぎると自惚れになるよ」そう言い放つと、私は人混みの中に足早に消えていった。パーティーが正式に始まり、挨拶回りをしているうちに足はもう限界だった。人の波を抜け出すと、私は急いで空いた椅子に腰掛け、ハイヒールを脱いで一息ついた。少しの間休んでいると、美和子が急にやってきた。「そろそろ一曲目のダンスが始まるわよ」私は「はいはい」と適当に返事をして、脱いだばかりの靴をしぶしぶ履き直した。歩き出すと、修一が人混みをかき分けて私の前に現れた。彼は紳士らしく一礼して言った。「美しいお嬢様、最初のダンスをご一緒させていただけませんか?」私は彼を見つめたまま、答える間もなく立ち尽くしていたところ、今度は尚之がこちらに歩み寄ってきた。黒い礼服姿の尚之が私の前で足を止め、軽く眉を上げながら言った。「最初のダンス、約束してただろ?」その言葉に一瞬戸惑ったものの、すぐに思い出した。昔、尚之を追いかけていた時に、「帝大に合格したら、一曲目のダンスを一緒に踊ってほしい」とお願いしたことを。時間が経つのは本当に早い。昔のことなんて、ほとんど忘れかけていたのに。目の前に立つ二人を交互に見やり、私はどちらにも手を差し出さなかった。「もう心に決めたパートナーがいるの。お二人のご厚意には感謝するけど」

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第27話

    美和子は凛をじっと睨みつけ、苛立ちを隠せないまま言葉を放った。「まだそんなこと言うの?あの夜、お母さんが言ったこと、もう忘れたの?遥はまだこの家にとって利用価値があるのよ。うちがもっと多くの権力者たちと繋がりを作りたいなら、遥はその切り札なの」「じゃあ私は?」凛は涙を浮かべながら、悲しげに叫んだ。「私もお母さんの娘なのに、なんで全部遥に頼らなきゃいけないの?」美和子は、凛がこんなことを考えていたとは予想だにせず、一瞬驚いた表情を浮かべた。少しの間黙った後、そっと凛に歩み寄り、その手を握りしめた。「そんなことじゃないのよ、凛ちゃん。お母さんはただ、あなたに苦労させたくないだけ。権力者に取り入る生活がどれだけ大変だと思う?お母さんにとって、あなたは大事な宝物なのよ」そう言いながら、優しく凛の涙を拭き取り、乱れた髪を整える美和子。「星野家は名門じゃないの。だから、凛ちゃんが名門に嫁ごうとすれば、きっと苦労するはず。お母さんが言いたいこと、分かるでしょ?」凛はぼんやりとうなずいたが、ふと昨日、遥が得意げに自分の前で見せた態度を思い出すと、胸の奥から憎しみが湧き上がってきた。翌朝、家中はまるで戦場のような慌ただしさだった。目を覚ますなり、化粧師や美容師に連れられて、スキンケアやメイク、ヘアスタイリングを受ける羽目に。さすがに疲れたな。そう思った私は、椅子に座りながら目を閉じて、しばらくうとうとすることにした。どれくらい時間が経ったのか分からないけど、使用人の声が耳に届いた。「凛様、他の場所でお休みください。こちらは大変忙しくて、構うことができませんので」その声に目を開けると、ちょうど凛と目が合った。すると、彼女は視線をそらし、小走りで部屋に戻っていった。「あの子、今ここで何してたの?」私は眉をひそめ、周囲を見渡した。ドレスのアイロンがけをしていた衣装師がふと顔を上げた。「凛様はちょっと見に来ただけです。それで、すぐに帰られましたよ」花飾りを持ってきた使用人がそう答えた。「そう……」私は小さくうなずいて、それ以上何も言わなかった。6時間ほどかけて、ようやく支度が終わった。昨晩ドレスを試着した時、「とても似合っている」と褒めてくれた人たちがいた。そして今日は、ドレスに合わせた大きなウェーブヘアや華やかなメ

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第26話

    16歳のある日、私がうっかり転んだとき、尚之が手を差し伸べてくれて、絆創膏をくれた。「痛い?」って、一言だけ。それがきっかけだった。喉に引っかかった苦い思いをぐっと飲み込んで、弱音はすべて押し殺した。大丈夫、今はすごくいい感じ。もう親に期待するのはやめた。彼らが私を愛していないと分かった時点で、私も愛さないと決めたんだ。そのほうが、きっと身軽に生きられるから。進学祝いのパーティーは三日後に控えていた。その日までの間、父と美和子は私にやたらお金をかけた。美和子は神浜で一番腕がいいと評判のスキンケア専門家を予約して、2日間びっちり肌のケアを受けさせた。さらにヘアサロンやネイルサロンにまで連れて行って、どこから見ても完璧に仕上げようとしていた。パーティーの前夜には、父がオーダーメイドで作らせたというドレスが届いた。シャンパンカラーのプリンセスドレスで、スカートの裾には細かなクリスタルが散りばめられていた。試着してみると、確かにきれいだった。清楚さとセクシーさを兼ね備えたデザインで、よく似合っていたと思う。私自身は特に何も感じなかったけど、みんなが「綺麗だね」と褒めてくれた。父でさえ、「俺の娘はまるで天女の化身だ」なんて、滅多に聞かないお世辞を言う始末だった。そんな父を見上げたとき、ふと凛が私を嫉妬に満ちた目で睨んでいるのが目に入った。その表情が少し面白くて、つい笑いながら凛にこう聞いてしまった。「このドレス、どう思う?私に似合ってる?」今思えば、この質問をしなければよかったんだろう。でも、一度口にしたら最後、凛はまるで火がついた爆竹みたいだった。「どうせその顔しか取り柄ないくせに、何を調子に乗ってるのよ!」「だって、この顔が絶世の美人で、天女の化身なんだもん」私はにっこり笑いながら、スカートの裾を持ち上げてくるりと回ってみせた。「本当に似合ってるでしょ?もしかして、内心めちゃくちゃ嫉妬してるんじゃない?」凛の声が大きくなり、顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。「なんで私があんたなんかに嫉妬するのよ!大体、あんた何か私が羨ましがるようなもの持ってる?親に愛されない哀れな人間じゃない。運が良かっただけで神浜で2位になれたから、今こんな待遇受けてるだけでしょ!」凛の言葉を聞いても、正直何とも思わなかった。でも、父と美

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第25話

    そして、全部の元凶は美和子と父だった。その時、初めて気づいたんだ。この穏やかで知的な顔の裏に、どれだけ邪悪な心が隠れているのかって。頭を横に振りながら、美和子が何を言い出すのか待った。「それならいいわね」美和子は私の手をぎゅっと握りしめてきた。「父娘なんだから、一晩寝れば忘れるでしょ?」私はすぐに手を引っ込めた。「何が言いたいの?前置きはいいから、はっきりしてよ」私の言葉に、美和子はちょっと気まずそうにしながら、それでも手を組み直して話し始めた。「ほら、遥って大学入試の得点、神浜市で2位だったでしょ。それを聞いて、お父さんすごく喜んでてさ、遥のためにお祝いパーティーを開きたいんだって」私は鼻で笑った。お祝いパーティー?実際は私を社交場に引きずり出して、どれだけ利用価値があるか品定めするつもりなんじゃないの?「いいよ」私は軽く頷いた。「でも、1000万ちょうだい。新学期に服とか学用品とか、色々買いたいから、いいでしょ?」どうせ私の価値を搾り取る気なら、私だってそれ相応の見返りはもらう。美和子は「1000万」という言葉に一瞬眉をひそめたけど、すぐに笑顔を作った。「当然よね。それにお父さんとも話してたんだけど、京坂に家を買うのはどうかって。やっぱり一人暮らしだと心配だから、家を買って家政婦を雇って、生活面をサポートしてもらったほうがいいんじゃないかって」生活のサポートなんて建前だ。本音は、私を監視したいだけに決まってる。「いいけど、私、寮に住みたいの」立ち上がりながら、美和子の芝居じみた演技にうんざりして言った。「それで、振り込みはいつ?」美和子も立ち上がった。「お父さんに話したらすぐ振り込むわ。それより、ご飯もそろそろできるから、降りてきてね」「うん」私は適当に頷きながら彼女を見た。でも、美和子はその場を離れようとしない。私は眉を少し上げて、「まだ行かないの?ここ、私の部屋なんだけど」美和子は小さく頷いて、「すぐ出るわ」と言いながら、やっと部屋を出て行った。私は寝室の扉に鍵をかけて、クローゼットに向かった。スーツケースから不動産証明書を取り出し、どこかに隠す場所を探した。美和子がさっき何か探しているような素振りだったけど、私の部屋には何もない。京坂で家を買ったこと、あの二人は知っているの?だとしたら

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第24話

    そう言い終わると、また歩き出そうとしたその瞬間、父の怒声が背中越しに飛んできた。「止まれ!お前、今の自分の状況が分かっているのか?帰ってきても挨拶一つなしで、どういうつもりだ!俺のことを父親だと思っているのか?それとも義母を軽んじているのか!」私は険しい顔の父を冷静に見つめ、口元に薄い笑みを浮かべた。「お父さん、私の目にあなたがどう映るかは、あなたの目に私がどう映っているか次第よ」あえて「お父さん」と言ってみたけど、その言葉に込めるべき敬意なんて到底感じられなかった。「五時間も飛行機に乗って、ちょっと疲れてるのよ、お父さん」わざとその言葉に重みを乗せて、さらに続けた。「少し休ませてもらってもいいかしら?」皮肉交じりのトーンに父はさらに苛立ち、怒りに任せて数歩で私の前まで詰め寄ると、手を振り上げた。しかしその手を義母の美和子が慌てて掴んで止めた。「ちょっと、あなた、何してるの?遥は疲れてるって言ってるじゃない。これが親のすること?」美和子はそう言うと、今度は柔らかな声で私に向き直った。「遥もお父さんの気持ちを分かってあげてね。最近全然連絡もせず出歩いてたから、すごく心配してたのよ。さ、部屋に行って休みなさい。ご飯ができたら呼ぶからね」この優しい言葉は、どこか美辞麗句めいて聞こえた。でも、今ここで彼らの仮面を剥がす必要はないと判断し、争うことはやめた。「分かりました」ただそう返事をして、私は階段を上がり二階へ向かった。角を曲がったところで立ち止まり、耳を澄ました。案の定、美和子の声が聞こえてきた。「ちょっと、何してるの?あの子がどれだけ貴重か分かってるの?あんなに高得点で大学に受かったんだから、いろんな家がもう彼女を嫁候補に見てるのよ!」全く驚きはしなかった。だからこそ、こんな会話を録音しようと事前に準備していたのだ。部屋に戻ると、シャワーを浴びてベッドに横たわった。でも、あの夢のせいか、心が沈んでどうにも元気が出ない。窓の外をぼんやり眺めながら思った。一度人生をやり直して、多くの人の本性が分かった。だけど、それが分かったからこそ、慎重でいなければならなくなった。これが良いことなのか悪いことなのか、自分でも分からない。一体いつになれば、自由と幸せを手に入れられるんだろう。そんなことを考えていると

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第23話

    その後、二人は一緒にホテルの部屋に入った。私はその場に立ち尽くしたまま、扉が閉まるのを見届けてからようやく階下に降りて食事をすることにした。降りる前までは、空腹でたくさん食べたいものがあったはずなのに、今メニューを見ると全く食欲が湧かない。店員は隣で静かに待っていて、ほんの少しの苛立ちすらも顔に出さなかった。申し訳なくなり、店員に今日のセットメニューを勧めてもらい、それを頼んで席についた。箸でご飯粒を一粒一粒数えながらぼんやりしていた。頭の中には、先ほど二人が一緒に部屋に入る場面が繰り返し浮かんでくる。きっと二人はうまくいっているんだろう。でも……ふとあの日の夜、尚之にキスされた場面を思い出した。彼にとって、自分が何なのか分からなくなった。退屈な時に弄ぶ子猫だったのかな?それとも、思い通りに操れるくだらない存在だと思われてるのかな?手に握りしめた箸が、もう少しで折れてしまいそうだった。大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせ、その場を立ち去ることにした。翌朝早く、私は空港に向かった。搭乗の直前、スマホが鳴った。画面を見ると、知らない番号だった。少し迷った後、通話ボタンを押した。電話の向こうから修一の声が聞こえてきた。「遥、冷たいなぁ。食事に誘ったのにすっぽかすなんて。その上ホテルまで変えて、わざと僕を避けてるの?」私は睫毛を伏せ、つま先を軽く蹴りながらぼんやりと答えた。「お会計は済ませたし。それに、どこに泊まるかは私の自由でしょ?あなたには関係ない」「薄情なやつだな」修一はわざと悲しそうな声を上げた。「これ僕の番号だから、ちゃんと登録しておいて。連絡取りやすいようにね」アナウンスが保安検査を促す声を上げる中、私はキャリーケースを引きながら歩き始めた。「あなたに連絡することなんてない。じゃあね」それだけ言うと、私は通話を切った。窓の外では白い雲が次々と連なり、空が青く広がっていた。それはまるで別の大海のようだった。昨夜はほとんど寝ていなかったせいで徐々に眠気が襲ってきた。目を閉じて眠りにつくと夢を見た。夢の中で、また尚之をしつこく追いかけていた頃に戻っていた。図書館に向かおうとする尚之を引き止め、涙ぐみながら問い詰めた。「瑠奈のどこがそんなにいいの?私の方が美人だし、尚之くん

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第22話

    修一が振り返り、私を見る。その目が、いかにも真剣さを込めたかのように見える。私は眉をひそめ、一歩前に進んだ。「ふざけた遊びに付き合う趣味はないよ。私を巻き込まないで」「おいおい」修一が私を追いかけてきた。「冗談だよ、なんでそんなに怒るんだ」修一を食事に連れて行ったのは、藍が教えてくれた店だった。藍のおじさんの家は京坂にあって、彼女は10歳までここで暮らしていたから、地元人みたいなものだ。この店も藍に勧められたものだし、修一が連れて行くようなネットで話題の店よりはきっと美味しいと思った。店に着いたとき、修一は車を停めに行ったので、私は入口で待っていた。しばらくしても修一が戻ってこなくて、様子を見に行こうとしたとき、尚之と瑠奈が歩いてきた。彼らに見つかる前に、私はさっと身を隠し、別の道を選んだ。自分の動作の速さにほっとして、もう二人に振り返ることもなく歩いていると、尚之が幽霊のように私の目の前に現れた。びっくりして思わず「きゃっ」と声を上げると、足元の石に引っかかって尻もちをつきそうになった。目をつぶって身構えたが、思ったような痛みはやってこなかった。代わりに、腰に一本の腕が伸びてきた。次の瞬間、雪松の香りが漂う抱擁の中に引き寄せられていた。驚きで心臓が「ドキドキ」と鳴り響き、目を開けると、尚之の瞳と向き合っていた。その瞳の中には渦巻くような何かがあって、私にはとても理解できそうにない。「ありがとう」私は慌てて姿勢を整え、尚之の手を押しのけた。尚之は一歩後ろに退いて、自ら私との距離を取った。「君、さっきわざと飛び込んだんじゃないかって疑いたくなるね。何それ、新しい技?」新しい技なんてあるか、バカ!私はわざと「へへ」と乾いた笑いをこぼした。「ご冗談を。菅原くんが幽霊のように現れてびっくりさせるから、危うく転びそうになっただけよ。人のせいにするなんてカッコ悪いぞ」「そうか?」尚之が片眉を上げた。彼とのやり取りに疲れてきた私は足を進めてその場を離れようとした。そのとき、尚之の落ち着いた声が響いた。「遥、修一には近づくな」足を止め、何か言おうとしたが、尚之は続けて言った。「神浜のどの権力者に取り入れようと俺には関係ない。でも、修一はダメだ」心がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じたが、それ

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