蒼真さんは、食べる姿もとても美しい。上品というのか、育ちの良さが全てから溢れ出ている。改めて思う、蒼真さんは、やはりとんでもなく上流階級の人間なんだ――と。ごく普通の生き方をしてきた私とは全く違う。お抱えのシェフがいるくらい豪華な食事をして、立派なお屋敷に住んで……きっと、お手伝いさんや執事、ばあやさんとか、たくさんの人に守られてきたんだろう。ホワイトリバー不動産の御曹司として、大変なこともあったかも知れないけれど、でも、蒼真さんは紛れもなく本物のセレブなんだ。セレブ中のセレブ――そんな世界に生きてきた人が、私の手作りカレーを食べて美味しいと言ってくれた。もはや、これは奇跡という以外にない。「おかわり」お皿を差し出す蒼真さん。「あ、はい。量はどれくらい……」「さっきと同じでいい」「はい」私は、またご飯の上にルーをかけた。このやり取り……何だか夫婦みたいだ。昔、両親がよくやっていた。「おかわり!」と言う父に、母が「はいはい」と。私は、温かな子どもの頃の食卓の光景を思い出した。「早くして」「あ、すみません!」勝手な妄想に時が止まっていたのかも知れない。それに、きっとニタニタとニヤけていただろう。「お待たせしました」「ありがとう」私達は、2人で向かい合ってカレーを食べた。緊張しながらの食事だったけれど、一緒に食べることができて何だか嬉しかった。そして、食事が終わってから、リビングの大きめのソファに移動し、座るように促された。私は、長いソファの端の方に、蒼真さんとは少し距離を取って座った。たった2人だけの空間――静かな部屋で蒼真さんと話をするのはすごくドキドキする。リラックス、リラックス……そうやってさっきからずっと自分に言い聞かせてはいるけれど、なかなかこの状況を受け入れられない。
嬉しいとはいえ、この心臓が飛び出しそうなシチュエーションは、そろそろ限界に近い気がする。月那は、「美味しいご飯、美味しいお酒、ベランダから星を見たりなんかして……。あ~もうその後は『私、どうなってもいい!』ってなるんだよ、絶対に」なんて楽しそうに言っていた。本当に人ごとだと思って……私達はベランダになんか出ない。だから、何も起こらない。きっと……起こるわけがない。蒼真さんはこんなに落ち着いているのに、私だけが内心あたふたしているのがすごく恥ずかしい。「カレー、本当に美味しかった。ありがとう」「いえ……。こちらこそたくさん食べてもらえて嬉しかったです」「美味しいものでお腹が満たされると、人は幸せな気持ちになれるな」「そうですね……」蒼真さんがとても穏やかに言ってくれた言葉が、何だかくすぐったく感じる。美味しい……と、何度も言われると心から作って良かったと思えてくる。2人の時のこの優しさが、病院でもずっと続けばいいのに……とつい願ってしまった。子どもの頃のこと、好きな食べ物、影響を受けたテレビのこと、プライベートな内容を惜しげもなくたくさん話してくれる蒼真さん。話せば話すほど興味が湧き、もっと色々聞いてみたいと思った。まるで患者さんと話すみたいに……いや、それ以上にリラックスしている蒼真さんに、私も次第に心を開いていった。「白川先生」と、こんなにも自然体で会話ができる日がくるなんて、少し前までは思いもしなかった。私達は、時間を忘れてお互いのことを話した。「藍花、足はもう大丈夫か?」「あ、はい。もう大丈夫です。本当にありがとうございました。蒼真さんにすぐに手当してもらったおかげです」「見せて」先生はソファから降りて、私の足の前にしゃがみこんで傷口辺りに手を伸ばした。「本当にもう治ってますから」私は、思わずロングスカートの中に足を引っ込めて隠した。「ダメだ。ちゃんと見せて」蒼真さんは私の足を優しく掴んで、スカートの裾から外に出した。そして、靴下をゆっくりと脱がせた。やっと緊張が少しずつ溶けてきたのに、こんなことをされたらまた……
ただ靴下を脱がされただけなのに、どうしてこんなにもドキドキするのだろう。蒼真さんはお医者さんとして私の傷を心配してくれているだけなのに。「うん、確かに良くなってるな。爪も綺麗だ」「はい、ありがとうございます。あれからちゃんと感染症にならないように診てもらってましたから、本当に大丈夫です」私は慌てて靴下を履こうとした。なのに、手が震えて上手く履けない。落ち着けば当たり前のようにできることが、なぜか上手くできなくて焦る。その時、蒼真さんがモタモタしている私の手にサッと触れた。「履かなくていい。このままでいいんだ。このままで……」「えっ……」「藍花、覚えてる?この前、患者さんに言われたこと。俺達はお似合いだって」「……はい。覚えています。確かに言われましたけど、あれは私をからかってただけですから」「あの人はからかってなんかいない。本気だった。本気で俺と藍花が似合っていると言ってくれたんだ。それに俺も、そう思ってる」蒼真さんは、ソファに座る私を見上げた。その瞳は潤み、唇は艶を帯び、恐ろしい程、男の色気を感じた。「わ、私達が似合ってるなんて、蒼真さんまでからかわないで下さい」「藍花……」その瞬間、私は頬に温もりを感じた。蒼真さんの手が触れている。気づけば目の前に美し過ぎる顔があって、私は直視できずに、思わず自信のない顔を背けた。「目を逸らすな。俺を見て……」「そんなこと言われても、わ、私……み、見れません」心臓が激しく脈打ち、あまりのことに息の仕方がわからなくなる。「藍花、見て。俺を見るんだ」心も体も溶かすような甘い声。私はその声につられるように、ゆっくりと蒼真さんの顔を見た。とんでもない至近距離で目と目が合う。その不純物など全くない美しい瞳にハッとして、私の全てが吸い込まれてしまいそうになった。「俺は、お前が欲しい」「えっ……」あまりにも深い衝撃。蒼真さんの言葉に撃ち抜かれたように体中に電気が走る。「藍花……」例えようのないその妖艶な姿。蒼真さんの表情が情欲に満ちた瞬間、私達の間に残っていた壁は……完全に崩れ去った。
「蒼真さん……」スカートの上から私の足をゆっくりと撫でる細くて長い指。その行動に戸惑いが隠せない。私は今からどうなってしまうのか?「こんな告白は嫌いか?」「こ、告白?」蒼真さんはソファの前に膝まづいたまま、今度は手を伸ばして私の髪に触れた。そして、そのまま耳に触れ、その指はゆっくりと唇へと移った。「好きだよ、藍花」「……蒼真……さん?」いったい何が起こったのか?蒼真さんは何を言っているの?「こんなに誰かを好きになったのは初めてだ。俺、頭がおかしくなるくらいお前を求めてしまう」「……ちょっ、ちょっと待って下さい。そんなこと……そんなこと……」まるで状況が理解できない。体がソファにフラフラと倒れ込んでしまいそうになる。「藍花?」「そ、蒼真さんが私を好きだなんて信じられるわけないです。好きって……好きっていったいどういう意味なんでしょうか?私には全く意味がわかりません」頭の中が大混乱していて、パニックを起こしそうになっている。「どうして俺を信じない?」「どうしてって、信じられるわけないです。蒼真さんが私を選ぶわけない。蒼真さんみたいな全てに優れている人は、私なんかを選びません。選ぶならもっと……」もう、自分が何を言っているのかもわからない。ただ口が勝手に開いているだけだ。「もっと?」「もっと……その、あの……」言葉が全く出てこない。「藍花が信じなくても俺はお前が好きだから。それは偽りない真実だ。藍花は俺のこと、どう思っている?」「えっ……」「俺は藍花の思いを知りたい。今の正直な気持ちを聞かせてくれないか?」私は夢でも見ているのだろうか?白川先生……蒼真さんはどうして私なんかに好きだと言うの?「私……今のこの状況がよくわかりません。疑問だらけです。正直、今まで自分の中にはいろいろな感情がありました。自分の本当の気持ちがはっきりしなくて。モヤモヤして……」「……」蒼真さんは私の言葉に真剣に耳を傾けている。私は、ひとつひとつ、絞り出すように自分の思いを言葉にしようと頑張った。「でも、私……変なんです。自分の気持ちがはっきりわからないくせに、どうしようもなく体が熱くて、私……蒼真さんのこと……」この先の言葉を口に出すのが怖かった。自分が自分じゃないみたいで、すごく恥ずかしい。「その先を聞きたい。聞かせて
私を見せる?そんなこと、死ぬほど恥ずかしい。なのに……どうしたというのだろうか?体はどんどん熱くなり、うずいてしまう。この感情が私の正直な気持ちなら、そこに嘘はつけない。私は、意を決してうなづいた。「……いい子だ」蒼真さんは、スカートの裾を慌てずゆっくりとたくし上げた。日に焼けていない白い肌が徐々にあらわになる。「綺麗だ」少しひんやりしたその手で太ももに触れられて、思わず「あっ」と声にならない声を出してしまった。「この先は……どうしようか……」太ももに軽くキスをされ、蒼真さんの唇の感触に身震いした。声が出そうになるのをグッと我慢し、喉の奥にそれを閉じ込める。これは、私?こんなことをされて体を熱くしている私は、今までの「自分」ではない。蒼真さんは、私のことを淫らな女にしようとしてるのか?だけど……不思議と「止めて……」とは言えなかった。「こんな可愛い女、他にはいない」熱い吐息混じりに耳元で囁かれ、私は心をかき乱されて冷静ではいられなくなった。その隙をつくように、蒼真さんは私の唇を甘く塞いだ。優しく、そして、徐々に激しく、両方の頬に手を当てながら、情熱的なキスが繰り返される。舌先で口腔内を舐めまわされ、身体中が燃えるように熱くなる。「もう我慢できない……」「蒼真さん……」薄手のセーターを下からめくり上げ、蒼真さんはレースのブラの上から優しく私の胸に触れた。胸の谷間を見られ、羞恥心が湧き上がる。「とても美しい。もっとお前の体に触れたい」私は、このままこの人に全てを捧げるの?これが正解なの?疑問を解消する間もなく、蒼真さんは、私の考えていることなどお構い無しに上半身に舌を這わせた。「藍花の胸……すごく大きくて柔らかい」ブラを外され、胸のいただきに舌の刺激を感じると、保っていた理性を失いそうになった。本当に、蒼真さんに全てを見られ、全てを捧げるのだ――と、私の脳が悟り、心で覚悟した。
その瞬間、とんでもない感覚――「気持ち良さ」に襲われた。「あうっ……ああっ、蒼真……さん」何だろう、今まで味わったことのないこの感覚。これが本物の「快感」なんだ。蒼真さんの容赦ない指と舌のいやらしい攻めの全てに、私の体は敏感に反応し、深い快楽の波に飲み込まれた。自分のことを「淫らな女」だと恥ずかしく思いながらも、だんだんと羞恥心は薄くなっていき、その引くことのない快感を、心から充分に味わってしまっていた。でも……その時に思った。きっとこれで正解なんだって――嘘偽りない気持ちで「もっとしてほしい」と体が叫んでいるから。「藍花、ここ、気持ちいい?」ゾクゾクするようなセクシーな声が、更に胸を高揚させる。蒼真さんは、私の秘密の場所に手を触れた。「もうこんなに濡らしてる。いやらしい子だ」「いやっ、ダメです。そんなことされたら私……」「ダメじゃないだろ?こんなに濡らしておいて。素直に言えないのか?もっとしてほしいって」「蒼真さん、やっぱりすごく……意地悪です。ああっ、あうんっ……はぁん」目と目が合う。それだけでドキドキして蒼真さんの魅力の虜になる。「この顔も、白い肌も、柔らかな胸も……俺はお前の全部が好きだ。嫌いなところなんてひとつも無い。だから、もっともっと俺に溺れてくれ。二度と抜け出せないくらいに」その言葉……私はもう、あなたという底の無い沼にはまってしまった。「あっ……そこっ……いいっ。ああんっ」「ここ、気持ちいいんだな。藍花の感じる場所は絶対に忘れない」「蒼真……さん。私……もうどうにかなりそうです」「藍花の乱れる姿も声も、俺を興奮させる。お前を見ていると俺もどうにかなってしまいそうだ……」「はああんっ、ダメっ……ああっ」「もっともっと感じて……俺が藍花をイかせてやる。何度でも、何度でも……。お前のいやらしい顔、もっと見せて。ダメだなんて言って、ほんとは藍花もイキたいんだろ?」卑猥なセリフだと思ったけれど、正直、蒼真さんの言う通りだった。全然、嫌じゃない。むしろあなたを求めてる。私は……とんでもない嘘つきだ。「もっと激しくするから覚悟して。藍花の体の全てを俺が感じさせてやる。嫌だって言っても許さない」次から次へと押し出される濃艷な言葉に襲われ、私は「このままどうなってもいい」と本気で思った。
私は、蒼真さんに抱かれ、喘ぎながら思った。何もかも月那の言う通りになってる――と。「そんなことにはならない」と否定したくせに、何だか急に自分が恥ずかしくなった。だけど、もう引き返せない、ううん、引き返したくない。激しく繰り返される刺激を、私の体は全て受け入れ、心まで酔いしれた。口に出さなくても勝手に心が叫んでる。「もっと激しくして、もっと感じさせて」と。充分過ぎる程満たされているのに、どうしてなのか?私は、まだまだあなたを求めてしまう。目の前にある蒼真さんの男らしい体。その引き締まった肉体にとても魅力を感じ、私はそっと胸板に手をやった。筋肉が程よくついて……ずっと触れていたいと思った。蒼真さんとひとつになって、一緒にイキたい。自分のいやらしい部分に蒼真さんを感じたい。私の中にそんな欲求がどんどん膨らんでいく。飽き足らない欲望に、もう、私の理性は完全にどこかに吹き飛んでしまった。「藍花、俺のこと好きか?」「はい」こんなにも心が熱く求める人を、好きじゃないなんて言えるはずがない。次の瞬間、蒼真さんは私に覆いかぶさった。上から見つめ、そして、恐ろしい程魅惑的に……笑った。その艶美な顔が愛おしくて手を伸ばす。その時、ズシンと体の奥に何かを感じ、どうしようもない高揚感に支配された。「あっ……ダメっ!」「ここも全部、俺で満たしたい」蒼真さん……恥ずかしいけれど、私はさっきからずっとそうしてほしいと願っていた。私……あなたが好き。こんなにも早く答えが見つかるなんて思ってもなかった。でも、きっと七海先生や歩夢君とはこんな風にはなれない、蒼真さんだからこうして1つになれたんだ。今ならちゃんとそう思える。こんなにも求めて、乱れて……私、本当に心から、どうしようもなく蒼真さんが好き。本気で人を愛する想いが、こんなにも温かく優しいものだったなんて、生まれて初めて知った。
「藍花……この前、みんなでバーベキューした時、七海先生と話してたよな。あの時の七海先生の顔を見てたらわかった……。この人は藍花が好きなんだって」「えっ……」「もしかして七海先生に……告白されたのか?」突然の質問に驚いた。私は、戸惑いながらも、嘘をつきたくなくてうなづいた。「やはりな……。あの人は素晴らしい先生だと思う。もちろん尊敬もしてる。でも……お前のことだけは譲れない。絶対に……藍花は俺だけのものだから。誰にも渡さない」「うっ……はぁあんっ……蒼真……さん」言葉と共に更に力がこもって、私の中にどんどん何かが溢れていく。今私が味わってるものは、間違いなくこの世の中で1番気持ちの良いものだ。他に比べようもない、これが、快楽の極地だと――私は、確信できる。蒼真さんもきっと同じ気持ちに違いない。情欲に支配されたその顔を見れば、私にだってわかる。「藍花、一緒に……」「は、はい。私……もうダメ……です。気持ち……いいっ」そして、数秒後、私達は一気に最高潮を迎え、激しくうねる波に2人して飲まれた。ゆっくりと2人の動きが止まる。蒼真さんの荒い息遣い。私も、息を整えた。「藍花、このままバスルームに行こう」「えっ……あっ、はい」シャワーで体を簡単に流し、優しく泡立てたボディーソープで体を洗う。ただそれだけなのに、ひとしきり愛し合った体は、まだお互いを求めていた。出しっぱなしのシャワーに打たれながら、私達は引き寄せられるように激しくキスをした。全裸の蒼真さんは本当に美しい。上半身も下半身も、その均整のとれた最高の体つきに、どうしようもなく心を奪われる。私は、恥ずかしげもなく、立ったままの状態で絡みついた。自分の中にこんなにもいやらしい部分があったなんて……きっとこの人に抱かれなければ、一生本当の自分を知ることはなかっただろう。「綺麗だ。藍花の体、本当に……」綺麗なのは蒼真さんの方だ――「恥ずかしいです。私の体なんて……」
「お父さ~ん!」「蒼太!」嬉しそうに駆け寄る蒼太を抱きしめた蒼真さん。久しぶりの再会に胸が踊る瞬間。やっと……会えた。蒼真さんは、私のことも抱きしめてくれた。この安心感……私は、なんとも言えないこの感覚がとても好きだ。「久しぶりだな、元気だったか?」「はい、ずっと元気でした」そうは言うけど、毎日電話やメールで話をしていたのにね。長いようであっという間だった4ヶ月。蒼太の卒業式が無事に終わって、私達はアメリカにやってきた。今日からまた3人で暮らせる。そう思うと心から幸せだと思えた。新居は日本の家の2倍はあるだろう。お庭にはプールもあって、まるで映画で見ていた世界だ。何から何までスケールの大きさに圧倒される。「こんな立派なところに住めるなんて夢みたいです」「わぁ~プールもある!僕、水泳得意だからいっぱい泳ぐ!」蒼太はアメリカでの暮らしを楽しみにしてくれていた。それは、私にとって、とても有難かった。「一緒に泳ぐのが楽しみだな」「うん。これからはダディと一緒だから何するのも楽しみだよ」「ダディ?」「こっちではダディなんだよね?僕、こっちでもたくさんたくさん頑張るよ!」「ダディって」蒼真さんは、ほんの少しだけ成長した蒼太に感心しているようだった。私達に向ける優しい眼差し。その顔を見ていたら、ポカポカ温かな気持ちになる。蒼真さんに会えた喜びがどんどん溢れだしてくる。ずっと……やっぱり少し寂しかったから。ううん、いっぱい寂しかった。会いたくて会いたくて仕方なくて――ようやく会えた感動で、私は胸がいっぱいになった。***夜になると、はしゃぎ過ぎて疲れたのか、蒼太は早々に眠ってしまった。「藍花、相変わらずとても綺麗だ」私達はワインを飲み、そしてベッドに入った。久しぶりに一緒のベッドで眠れると思うと妙に改まってしまう。「ずっとこうしたかった。藍花と1つになりたい」蒼真さんは、そう言って、私の体に優しく触れた。「私もです。すごく恥ずかしいですけど……」あなたに抱かれたくて体が疼く夜もあった。でもようやく……私はまた女になれる。「恥ずかしがらないでいい。お前の全てを見せてくれ」離れていた時間を取り戻すかのように、2人の長い長い夜が、今始まった。
「充分です。蒼真さんは、もうすでに最高の父親であり、最高の旦那様です。私は……あなた以外は見ていません」「俺も、藍花しか見ていない。この先死ぬまでずっと、お前だけを愛すると誓う。絶対に……俺から離れるな」そう言って私を抱きしめてくれた蒼真さんの体は、とても熱かった。蒼太は少し離れて見て見ぬふり。「蒼太おいで」蒼真さんの声を聞いて、ニコッと笑って走ってくる姿が可愛らしい。「いいか、蒼太。お前はお母さんのことを支えて、しっかり頑張るんだぞ。今度アメリカで会えるまでは、蒼太がお母さんを守るんだ」「うん、わかってる。お母さんのこと、安心して任せてよ。アメリカに行ったら僕もお医者さんになるための勉強を頑張る」我が子の真剣な顔をじっと見て、何度もうなづく蒼真さん。「頼もしいな」「お父さんには負けないよ」2人は年齢は違っても、今から良きライバルだ。蒼太は、どんどん蒼真さんに容姿が似てくる。そんな息子のことが、父親としては可愛くて仕方がないのだろう。「痛いよ」「じゃあな、行ってくる」蒼太のことも強く抱きしめてから、別れを惜しむように蒼真さんは日本を離れた。はるか遠くに消えてしまうまで、蒼太は飛行機に向かってずっと笑顔で手を振っていた。この子は私が守る――どんなことがあっても。だから安心してね、蒼真さん。初めて出会った頃の2人からは想像もつかないけれど、私達は結構お似合いの夫婦なのかも知れない。なんて……やっぱり厚かましいのかな?あなたはとてつもなく深い愛情を、毎日私にくれる。だから、私はあなたに「愛されてる」と、ちゃんと信じていられる。永遠に蒼真さんから離れたくない、ずっとあなたと共に生きていきたい。こんなにも幸せにしてくれて、本当に、本当にありがとう。白川先生、私はあなたが大好きです。いっぱい、いっぱい、愛してる。
「藍花、今日はお前を抱きたい」「どうしたんですか?改まって……」「お前を見てたらしたくなった」今でも時々、蒼真さんは私を求めてくれる。そのおかげで私は、いつまでも女でいられる気がしている。こういう愛の形がいつまでも続けばいいと思ってはいるけど……女性としての努力を忘れないようにしないと、いつか蒼真さんに飽きられてしまいそうで少し怖い。「藍花……綺麗だよ」「もっと……して、蒼真さん」私、今でもまだ蒼真さんに「しつけ」られている。いや、違う。私が「しつけ」てもらいたがっている。まだまだあなたに抱かれたいと、この体はどこまでもあなたを欲してる。「俺は、お前のことを心から愛してる。どんなことがあってもそれを忘れるな。いいな」「はい。私もあなたを、蒼真さんを愛してます」2人の濃密な夜は、いつだって、甘くてとろけるような愛情で満たされている。こんな日々がずっと続くよう、私は心で深く願った。***エアポートから飛び立つ飛行機を見送る。だんだん小さくなるそれを見上げながら、一足先にアメリカに旅立った蒼真さんのことを想った。案外早くに蒼真さんの海外行きが決まり、側にいなくなるのは少し不安だったけれど、目の前に迫った蒼太の小学校の卒業式を終えてから、私達は後から追いかけることにした。「俺はしっかり向こうの病院で外科医として修行するつもりだ。世界で通用する最高の技術を身につけたい。お前達に恥じないよう、蒼太にとっては立派な父親として、藍花にとっては良き夫として生きていきたい」出発前に私に言ってくれたその言葉。私は、感極まって涙が溢れて止まらなかった。少しの間でも離れてしまう寂しさと、新しい場所での活躍を応援する思い、私達への深い愛情に対する感謝が入り交じった、何とも言えない気持ちになった。
蒼太が小学校の高学年になった頃、蒼真さんに看護師への復帰を勧めてもらった。学校でのPTA活動などにも参加していたら、あっという間の高学年。そろそろ私も……と思っていたタイミングだったので、とても驚いた。でも……すごく嬉しかった。また看護師として患者さんのために頑張れる――そう思うと自然に喜びが湧き上がり、気持ちが引き締まった。松下総合病院に戻ってほしいとのお誘いもあったけれど、私は蒼太のために近くにある小さめの総合病院に勤めることにした。ヒヨコのまま辞めてしまったので、今度もまた新たな気持ちで1からスタートしたいと思った。久しぶりのナースステーションに最初は緊張したけれど、中川師長みたいな頼れる先輩がいて、私にいろいろ教えてくれるのが有難かった。蒼真さんの知り合いの先生もいて、とても働きやすい環境に、私は意外とすぐに馴染むことができた。精一杯頑張ろうと毎日奮闘している私を、家族が支えてくれることが、何より有難く、感謝しかなかった。外科医として期待されている蒼真さんは、ゆくゆくは海外で活躍するかも知れない。まだ何もわからないけれど、その時は私も仕事を辞めて着いていかなければならないだろう。いや、もちろん、着いていきたい。そのために、私は今、働きながら英会話スクールにも通い始めた。蒼真さんは英語がペラペラで、蒼太も小さな頃から蒼真さんと英語で会話していて結構話せる。私だけが置いてけぼりにならないように今頃慌てているのが正直なところだ。とにかく、どんなことになっても一喜一憂せずにどっしり構えていられるよう、今はしっかり自分の仕事、家事、子育て……ができるようにと気合いを入れている。時々、孫の顔を見にきては、バタバタしている私をさりげなく助けてくれる両親達にも感謝だ。子守りや家事を手伝ってくれると、とても助かる。みんな蒼太が可愛くて仕方ないようで、孫に会いに来るのが生きがいだとまで言ってくれている。私は……そんな優しい人達に守られ、支えてもらいながら、毎日を生きている。
最高の秋日和。私はやはりこの季節が1番好きだ。今日は、小学校1年生になった蒼太を連れて、久しぶりのキャンプにやってきた。川沿いの美しい紅葉が見られる素晴らしいロケーションの中、私達はバーベキューを楽しんでいた。「蒼太!危ないから気をつけてね。絶対遠くに行っちゃダメよ」「はーい!大丈夫だよ」目の前に広がる浅瀬の川。すぐ近くで石を並べて遊んでる蒼太は、いつも以上にはしゃいでいる。「蒼太、楽しそうだな」「そうですね。今日はみんなで来れて良かったです。蒼太、パパと一緒でちょっと興奮気味です」「そっか……。喜んでくれているなら嬉しいな」「とても喜んでますよ。蒼太はパパが大好きだから」「なら良かった。でも、普段なかなか時間が取れないからな……。本当に申し訳ないと思ってる」「そんなこと気にしないで下さい。蒼真さんには大切なお仕事があるんですから。休みの日だって勉強もしなくちゃいけないし。私は蒼太さんの体が心配です」いつだって患者さんのために頑張っている蒼太さん。最近は特に無理をしているような気がする。「体は大丈夫だ。医師もちゃんと人間ドックを受けてるから心配しなくていい」「……そ、そうですよね」それでも、本当はとても心配だった。「たまにこうして藍花と蒼太、家族と一緒にいられるだけでリフレッシュできてるから。今日もこんなに気分が良い」「それなら……いいんですけど」「そんなに心配しなくていいから。でも、藍花が俺を大事に思ってくれてるのは有難い」「あ、当たり前です!もし蒼真さんが倒れたら私は……」色々と悪い方に考えると目が潤む。「本当に大丈夫だから。俺はお前達のためにいつまでも元気でいたいと思ってる。ずっとずっと3人でこうして一緒にいたい。だから、ちゃんと気をつける」「……はい」「藍花も無理するな。何をするにも一生懸命だから」私のことを心配してくれている……その気持ちがとても嬉しい。「そんなことはありません。私は大丈夫です。でも……そうですよね。私も元気で蒼真さんや蒼太とずっと一緒にいたいです」「ああ。俺達は2人とも元気じゃないと」「はい」「藍花と蒼太が毎日元気に笑ってくれてれば、他には何もいらない。俺は、それだけで頑張っていける」いつものセリフ、何度聞いても胸が熱くなる。こんなにも私達はこの人に大事にしてもらえてい
「嘘っ!またオーナーに怒られたの?」「うん。今月の売り上げがイマイチだったから……。思うようにはいかない」マンションの小さな部屋で、食事中に缶のビールを握りしめ落ち込む太一。「し、仕方ないよ。きっと来月はもうちょっと頑張れるよ。まあ、また気合入れていこー」満面の笑顔でそう言ったものの、実際、経営はかなり苦しかった。実は最近、すぐ近くに同じような店ができ、うちより規模も大きいし、オシャレで、かなりの人気になっている。そのことは、間違いなく売り上げが下がった原因の1つだ。でも……それでも頑張るしかない。弱音を吐いても何も変わらないから。「そうだな。月那のウエディングドレス姿見たいし、新婚旅行にも連れていきたいし」それが、太一の口癖。「それは別にいいって。気にしなくて大丈夫だから。とにかく、心も体も元気じゃないと何も前に進まないんだから、笑顔で乗り切ろうよ。太一はお客さんからの評判いいんだし、頑張ってたら、必ずまたこっちにお客さんが戻ってきてくれるから。絶対大丈夫!」太一と私のマッサージの腕は誰にも負けることはない、それだけは絶対に自信があった。「ありがとうな、月那。俺は、お前がいるから頑張れる。本当に……感謝してる」一瞬で顔が真っ赤になる。私は慌ててビールを喉の奥に流し込んだ。「あ~ちょっと酔っ払ったかも~。そうだ、ベランダ行こっ。太一も一緒に出よう。さっ」私は、太一を無理やり外に連れ出した。「うわぁ、いいね~。気持ちいい風だな、最高~」「ほんとに秋の風って最高~」こうして隣に太一がいてくれる安心感は半端ない。「月……めっちゃ綺麗だ」 「そうだね。いつか連れてってくれるんでしょ、あそこに」私は、腕を空に伸ばして指をさした。「ああ。任せとけ!絶対、行くから。2人であの月に!」そう言って、太一は私のことを抱きしめた。「ちょっと痛いよ、太一。もう、こんなムキムキの立派な腕をしてるんだから、めそめそしてちゃダメだよ。元気出しな。笑おうよ」私も、太一の腰に両腕を回した。このでっかい感じ、これが好き。「ガッハッハッ。これでいいか?」「バカじゃないの?本当に太一はお調子者なんだから」まだ抱き合ったまま、今日は離さないんだね。ちょっと照れる。「なあ、月那」「ん?」「俺、お前と結婚して良かったよ。本当に……大正解。これ
「今度はどんな映画を見に行く?」「あっ、そうね。恋愛……ううん、ホラーとか、楽しいかも」「ホラー映画は得意じゃないよ」「そう?結構好きなんだけど、私は」何気ない朝のやり取り。仕事が休みの日はなるべく妻と一緒にゆっくり過ごすことにしている。子どもがいない僕らにとって、2人で何をするかを考えるのは幸せな時間だった。その気持ちに嘘はない。「恋愛映画なんてずいぶん観てないな。何か良いのあるかな?」「恋愛映画は……何だか観ていて苦しくなりそうだから」「えっ?」「あなたは……きっとヒロインを誰かに重ねてしまうでしょうから」「な、何を言ってる?」「ヒーローは……あなたかしら。残念ながら、その相手は……私じゃない」「突然どうしたんだ?いつもの君らしくないよ」こんな妻を見るのは初めてだった。心臓がバクバクと音を立てる。「私、もう……限界かも。できることならずっとずっとあなたと一緒にいたかった。死ぬまで寄り添えたら、どんなに幸せだろうって……。でも、やっぱり……何だか毎日苦しいの」「……」「あなたは優し過ぎる。毎日毎日、慶吾さんに優しくされて、私……」「どうしてそんなことを言うんだ?君は毎日頑張ってる。家事を完璧にして、僕の帰りを待ってくれて。そんな君に優しくするのは当たり前のことだよ」そう、君は頑張ってる。全て完璧というほどに。「ただ優しいだけじゃ、私は嫌だよ。最初は、側にいてくれればそれでいいって思ってた。それは本当。でも、あなたの中にはいつも他の誰かがいて……」「……そんなことは」「無いって言えるの?私はどんどんあなたを好きになるのに、あなたは……ますます違う方を見てる。私じゃない誰かの方を。もう……耐えられないの」泣き崩れる君に、僕は何も言えなかった。結婚の意味なんて、今でも僕にはわからない。それでもこの人と、一生、2人で生きてゆく覚悟はしていたのに。なのに、いつだって彼女の笑顔が浮かんでくる。自分は異常なのか?と悩みもした。でも、結婚してさらに、こんなにも藍花ちゃんを想っている自分に気付かされた気がして……「ごめん。本当に……ごめん」僕は、最低だ。目の前で号泣するこの人の背中に手を置く。すごく震えていて、泣き声が切なくて……僕の心臓はとても痛くなった。いや、この痛みなど、この人に比べれば……この人は
私は今、すごく幸せ――だったら、それでいいのかな?都合良すぎる考え方かも知れないけれど……だけど、月那が言ってくれた言葉だから、私はそれを信じようと思った。七海先生も歩夢君も……絶対「幸せ」でいてほしい。お願いだから、悲しい思いをしないで……心からそう祈るばかりだ。「私の話ばかりでごめんね。月那は太一さんとの新婚生活はどう?楽しんでる?」「う~ん、まあまあだね。仕事も家でも一緒だし、ちょっと飽きてきたかな」また大声で笑う。大きな口を開けていても、美しい人は美しい。「さっき世界一幸せな夫婦って言ってたよね?」「そんなとこ言ったかな?まあ……ね、もちろん楽しくやってるよ。いろいろあるけど、私、太一がいないとダメみたいだしさ。あんなに筋肉バカなのに、嘘みたいに優しい人だし。ちょっと頼りないとこあるけど、私にとっては最高の夫かなって思うよ」「そっか……素敵だね」月那もすごく幸せなんだ。その言葉がとても胸に響いて嬉しくなる。「素敵……かな?」「うん!最高の旦那様だって、素直に太一さんにもそう言ってあげてね」「い、嫌だよ。そんなこと言ったら負けだし」「負けって……。月那、私には素直にって言っておいてズルくない?」「ズルくないズルくない。私はいいの~」自由な月那に苦笑いした。そんな風に、お互いの新婚生活や仕事、子育てのことをしばらく語り合う2人だけの時間は、あっという間に過ぎていった。もっとずっと話していたいけれど、今日はここでおしまい。「今日の晩御飯は何?」「太一が好きだから今日は豆腐ハンバーグ。子どもみたいだからね、あの人。何個も食べるからミンチの大量買いしなきゃいけない」「いいな~美味しそう!豆腐ハンバーグはヘルシーだしいいよね。うちはカレーにする」初めて蒼真さんに作った料理。いつ食べても毎回褒めてくれる「カレーならそっちも子どもだよ」「確かにそうだね」「男はお子さま料理が好きだよね。煮物とか食べないんだから」「煮物美味しいのにね」「まあ、鍛えてるから食事はちょっと大変だけど、喜んで食べてる姿見たら嬉しくなるからね。頑張って作ろうって思えるよね」「本当にそう。美味しそうに食べてくれるのが1番嬉しいよ」女子トークは結局、ドアを閉める瞬間まで続いた。「必ずまた女子会しよう」と約束して、手を振りながら、月
「そっか……。奥さん、毎日側にいてわかったんじゃないかな。七海先生の中には他の誰かがいて、自分を見てないって。最初からわかってたつもりだったけど、実際に側にいると余計につらいと思うからさ」「……」その言葉について、私は何も言えなかった。「大好きな七海先生と別れるのは寂しかったかも知れないけどさ。その分、藍花が幸せにならなきゃダメだよ。奥さんだって、七海先生より良い人に必ずいつか巡り会えるんだから。そのための離婚だよ。絶対に」「月那……」その言葉にほんの少し救われる。七海先生が私のことをずっと想ってくれているなんて、自惚れたくはないけれど、奥さんの、好きな人と別れる決断は、ものすごくつらかっただろうと、今の私には痛いほどわかる。結婚して蒼真さんの側にいて……私はどんどん彼を好きになっていくから。「七海先生はさ、たぶん1人で大丈夫だよ。あの人、結局誰と結婚しても一生藍花を想い続けるから。それが七海先生の幸せなんじゃない?」「そんな……。私、どうしたらいいかわからないよ」「出たね、藍花の迷い癖」「えっ?」「いいんだよ、どうもしなくて。本当にほおっておきなよ。好きにさせてあげたらいいんだよ」「でも……」「でもじゃない。七海先生にとってはそれが1番の幸せなんだって。藍花は気にせずに自分の幸せだけを考えたらいいの。でないと白川先生に悪いよ」「……うん。わかった……」「素直でよろしい!いい子だね、よしよし」月那は私の頭を優しく撫でた。その仕草に少し照れる。「とにかくさ。七海先生と歩夢君はそれぞれに幸せなんだからね。自分のせいだとか考えちゃダメだからね。藍花が幸せになることが、2人にとって何よりも嬉しいことなんだからね」