今日はまた白川先生に注意された。中身は全然たいしたことじゃない。それほどキツく言われたわけでもないのに、勝手に落ち込んでしまってる。私だけが白川先生に睨まれてる気がして……最近、先生と話すのが少し憂鬱になっている。中川師長に相談しようかとも思っているけど、何だか言えないまま時間が過ぎていた。それに、先生は正しいことを言ってるだけで、私が強くなって成長すればいいだけの話。グジグジ悩んでいる自分がいけないんだ。だけど……苗字の呼び捨てはそろそろ止めてもらいたいし、色々考えると負のループに陥っている気がする。「邪魔」「えっ!あ、すみません」振り向くと白川先生がいた。驚いてすぐに横にズレたけど、こんな広い廊下で特に邪魔になっているとは思えなかった。「蓮見」「は、はい!」「お前、今日の夜の予定は?」「えっ、よ、予定……?」「無いんだな。わかった、じゃあ今夜付き合え」えっ、えっ!?私にはかなりヘビーな内容過ぎて、何を言ってるのか理解できなかった。「あの……私、予定が無いとか何も言ってません」「無いんだろ?」定期的に会ってくれる彼氏もいない上に、確かに今日は何も予定は無い。それでも、勝手に決めつけるなんて失礼な話だ。「な、無かったら何なんですか?」白川先生の言い方が気に入らなくて、つい反抗的な返事をしてしまった。「仕事が終わったら、フラワーショップの前で待ち合わせ。いいな。必ず来いよ」何を言われてるの?フラワーショップは、病院を出て数分行ったところにあるけど、そこで待ち合わせをするの?誰と誰が?頭がパニックになる。「あ、あの!ちょっ、ちょっと無理やり過ぎませんか?急にそんなこと言われても困ります」日頃の恨みだろうか。まだまだ新人の看護師が、白川先生にこんな言い方をするなんて。自分の発言に自分で驚いた。「黙って待ってろ。いいな」え、嘘、行っちゃった……白川先生の行動に呆気にとられて動けない。勝手に決めて、待ってろなんて、めちゃくちゃ強引過ぎる。まさか、私があまりにどんくさいからお説教されるのだろうか、それとも、もしかしてクビにされるとか!?
どうしよう……私はもっと看護師を続けたいし、誰かの役に立ちたい。しっかりしていないにしても、辞めさせられたらあまりにも悲しい。無理やり約束させられて、白川先生の意図がわからなくて困惑する。とにかく――今は何も考えないようにするしかない。モヤモヤはするけれど、きちんと仕事をしなければ。私は、気持ちを切り替え、仕事に戻った。***言われた通りフラワーショップに向かいながら思った。今日は外来がかなり混んでいたから、白川先生の方が遅いはず。きっと疲れているだろう。イライラしていないか心配になる。いったい今日は何を言われるんだろうか。考えていると自然に足取りが重くなる。「あ……」目の前にはフラワーショップ。もう着いてしまった、先生はまだ来ていない。少しホッとしている自分がいて、変な気分だ。確かに、本来なら、何を言われるのかもわからないのに、こんなにも不安になる必要はない。必要はないのだけど……白川先生は、本当にカッコ良い。認めざるを得ないくらいの「超イケメン」だと思う。だけど、私の中ではあの意地悪な感じのせいで全部台無しになっている。白川先生も、七海先生みたいに優しかったら……きっともっと素敵な男性だと思えるのに。「藍花!!」その時、誰かが私の名前を呼んだ。藍花……って、この声、いつも聞いてる……って、嘘!!「し、白川先生!」どうして先生が私の名前を?いつもは「蓮見」としか呼ばないのに。いったい何が起こってるの?「待たせたな、悪かった」「え……」白川先生が、私を名前で呼んだ上に謝っている。こんな展開、予想もしていなかった。この人は、本当にあの白川先生なのか?いつもとの違いに大いに違和感を感じた。「藍花、どうした?そんな顔して」「あっ、えと、すみません。……ちょっと驚いてしまって」つい本当のことを口走ってしまった。「なぜ驚く?」「な、なぜって……」
答えに困っていると、「まあいい、歩くぞ」白川先生は、そう言って黙って歩きだした。とても横には並べなくて、私は少し下がって着いていった。ん……?先生の歩幅、いつもと違う……病院ではかなり足早に歩く先生に、私は小走りで着いていくのが必死だ。なのに、今日は私に合わせてくれてるのだろうか。そんなこと、あるはずないとは思うけれど。「ここでテイクアウトしよう」「……ハンバーガーですか?」「ハンバーガーは嫌いか?」「い、いえ、好きです。でも、テイクアウトしてどこかで食べるんですか?」「ああ。いいところがある」テイクアウトしたハンバーガーを、白川先生と一緒に食べるなんて信じられない。何が起こっているのか、理解に苦しむ。私達はハンバーガーを買って、また歩きだした。目的地がどこなのかはわからない。ただ2人の地面を踏む音だけが、夜の静けさの中に響いている。「ここ」先生が足を止めたのは、病院から歩いて7分くらいの場所だった。目の前に流れる浅めの川。その両側が川原になっていて、土手を降りて、広いスペースに置かれたベンチに腰掛けた。3人がけのベンチの真ん中にはドリンクが2個。見上げると夜空に綺麗な月が浮かび、それが川面に写って何とも幻想的な雰囲気をかもし出している。時折、秋の風が優しく頬をかすめ、体に当たる澄んだ空気がとても心地良かった。遠くの方に目をやると、大きな陸橋をライトを付けた車が行き交っているのが見えた。「寒くないか?」「はい、大丈夫です。すごく気持ちの良い夜ですね」「ああ、そうだな」高い位置に光る星がこんな綺麗に見える場所……今まで知らなかったのが残念だ。白川先生は、いつからこの場所を知っているのだろう?「はい、これ」私は、袋からハンバーガーを取り出して渡してくれた先生に、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。まだ少し温かい。「すみません。ご馳走になります」「ハンバーガーで悪いな」「いえいえ、嬉しいです」先生、また謝った……今日の先生は、本当に別人なのかも知れない。もしかして双子だったりして、入れ替わって私を騙してるのかも……なんて、思わずバカな想像をしてしまう。
「いただきます。あの……先生、ちょっといいですか?」食べる前にどうしても聞きたくなった。「何?」「私、今から外科医の白川先生と2人でハンバーガーを食べるんですよね。なんかこの組み合わせがどうもよくわからなくて。なぜ、私はここにいるのでしょうか?」「……内科医なら良かったか?」「え?えっと……その……」真面目な顔をして困ってたら、白川先生は突然私の目の前に顔を近づけた。「真剣に考えるな。笑え」この距離感に、思わずハンバーガーを落としてしまいそうになった。今、すぐ目の前にある白川先生の笑顔。月の光にほんのりと照らされて、一つ一つの顔のパーツがはっきりと私の視界に入り込んできた。ほんの数秒でギブアップ――あまりの美しさに直視することができない。私はサッと正面を向き、冷静を装うためにハンバーガーを口にした。小刻みに震える手。緊張で飲み込みにくいことを悟られないように、ドリンクで必死に流し込んだ。「ど、どうして私に声をかけてくれたんですか?今日ここに来た理由は……?」念を押すように、また質問した。確かに嫌な答えなら聞きたくない気もするけれど、早く答えを聞きたい気もした。「理由……か」「は、はい。私、今日誘われてからずっと思ってました。白川先生に……怒られるのかなって。だからすごく緊張してて」「なぜ?俺がどうして怒る?」「え?どうしてって……あの、私、いつも先生に注意されてばかりなので……。もちろん、私が仕事ができないのが悪いんですけど」「……藍花は俺に怒られたいの?」「そ、そんなわけないです!怒られたいなんて思ってません。思ってるわけないです。それに、私のことを藍花って呼ぶのも変ですよ。いつも病院では「蓮見」って呼ぶのに」「お前は「蓮見 藍花」だろ?だったら蓮見でも藍花でも同じだ」その理屈、かなり変――同じじゃない、全然。
「先生は他の看護師には「さん付け」なのに、私だけ「蓮見」って呼び捨てにするの、ちょっと……嫌でした。怖い感じがして、嫌われてるような気もして。それに、いきなり藍花って呼ばれるのもやっぱり……何だか変です」ずっと心でモヤモヤしていたことをようやく口に出せた。「名前で呼ぶのは歩夢も一緒だ」「それは歩夢君が男子だからいいですけど……」白川先生は少し黙ってしまった。もしかして怒らせてしまったのか?この空気に耐えられないと思い始めたその時、白川先生は空を見上げながら言った。「蓮見も、藍花も……どちらもとても美しい名前だ。だから、つい呼び捨てしたくなる」「えっ……」「藍花……って呼ばれるの、そんなに嫌か?俺は……お前を藍花って呼びたい」私の耳元まで近づいて甘く囁いたその声が、あまりにセクシーで艶っぽくて、私は腰が砕けそうになった。何なのか、この展開は?かろうじてベンチから滑り落ちないように耐えたけれど、今、私の体は急激に熱くなっている。心臓も激しく動き出し、何だかよくわからない状況に動揺が隠せなかった。自分に何が起こっているのか、まるで理解できない。七海先生に感じた妖艶さ、それとはまた違う白川先生の色気――どちらからも、大人の男性として申し分ない魅力を感じるけれど、やはりタイプは全然違う。当然、同じわけない。正直、今の今まで白川先生のこんな一面を見たことがなかった。全く知らなかった男としての部分を発見し、すごく不思議で複雑な感じがした。そうか……白川先生のファンは、みんなとっくに気づいてたのだろう。この、何とも言えない先生の魅力に。いつもすぐ近くにいたのに、私が先生のことを怖がり過ぎて気づかなかっただけなんだ。好きとか嫌いとか、よくわからない。まだ苦手意識だって全然消えないけれど……それでもたぶん、今までよりは白川先生に怯えなくて済むような気がして、少しホッとした。「あ、ありがとうございます。名前を褒めてもらえて嬉しいです。両親も喜びます」何を言ってるんだろか、動揺し過ぎだ。気の利いたことを言えない自分が情けなくなる。白川先生に呆れられたかも知れない。
「あっ、そんなことより白川先生もハンバーガー食べて下さい。冷めてしまいますから」「その白川先生っていうのやめてくれないか」「えっ?」「俺には「蒼真」という名前がある。白川より蒼真の方が好きなんだ。だから蒼真でいい」「そ、そ、そんなこと!よ、呼べるわけないじゃないですか、突然何を言い出すんですかっ」白川先生を「蒼真」と呼ぶなんて、あまりに恐れ多くて、思わず大声を出してしまった。「別に普通だろ。俺は「藍花」って呼ぶ。だからお前は俺を「蒼真」って呼ぶ。ただそれだけのことだ」「それだけって……。でも他の看護師はみんな白川先生って呼んでますよね」もしかして私が知らないだけで、プライベートではみんな蒼真って呼んでるのだろうか?「俺が呼び捨てにするのは藍花だけだ。だからお前も必ず蒼真と呼ぶこと。2人きりの時だけでいい。それくらいできるだろ?」「先生、ちょっと強引過ぎませんか?私、白川先生の家族でも彼女でもないんですよ。だいたい私なんかに『蒼真』なんて呼ばれて嬉しいわけないですよね?何か魂胆があるんですか?」少し激しめの口調で言ったら、なぜか先生はニヤリと笑った。「やっと言った。それでいい。これから先、俺のことは必ず蒼真と呼ぶんだ。嫌だとは言わせない」「えっ、で、でも……」「これは業務命令だから取り消せない」「ぎょ、業務命令!?そんな……。先生、意地悪です」「そうか?なら、もっと意地悪しようか?」「そ、それは嫌です!」「だろ?なら素直に呼べばいい」白川先生は、平然とハンバーガーを食べ始めた。私はこんなにもドキドキしてるというのに――このやり取りの本当の意味を、私は怖くて聞けなかった。ただ先生にからかわれているだけなのか?冷静に考えれば、白川先生にはちゃんとした彼女がいるかも知れない。こんなイケメン先生が、私に好意を持っているはずがないし、あんなに注意ばかりされていた私を女性として相手にするわけがない。やはり……これは意地悪なのか?でも、逆らえばどうなるかわからない。これからは嫌でも「蒼真」と呼ぶしかないのだろうか。
「わ、わかりました。呼びます」「いい子だ。じゃあ、どうぞ」「どうぞって……」私を見つめる白川先生の瞳は、とても綺麗で吸い込まれそうだった。この美しい顔のせいで、鼓動がまた激しくなる。でも、呼ばなきゃ――私は、呼吸を整えるため、深く息を吸い込み、そして、吐いた。「そ、そ……」ダメだ、やっぱり言えない。こんな恥ずかしい思いは初めてかも知れない。私、きっと今、赤面してる。「どうした?早く言ってくれないか?」「あっ、は、はい」「俺は藍花に、蒼真って呼んでほしい」白川先生は、私が言うまで諦めてくれそうにない。それなら、もう、言うしか――「そ、蒼真さん……」先生の言葉に背中を押され、私は何とか名前を呼べた。「ダメだ、やり直し。ちゃんと俺を見て」あ……目を閉じて言う作戦は、残念ながら失敗に終わった。「や、やっぱり無理です」「言い訳はいい。早くして」もはや、この強引なわがままを切り抜ける方法はひとつも無いと思った。「蒼真さん……」意を決して呼んだ名前は、声が小さ過ぎて、夜の静けさの中ですぐに消えた。もう、これ以上は無理だ。顔から火が吹き出してしまいそうで思わず目をギュッと閉じた。「よくできました。今日は、これでおしまいにしておく」そう言って、白川先生は私の頭を優しく撫でてから、ニコリと笑って残りのハンバーガーを全部食べた。「帰ろうか」「はい」2人で土手を歩き、来た道を駅まで戻る。何だかまだ信じられない。今日のことは全部夢だったのか?もしかして私は、ベッドの中にいて眠ってるのだろうか?目覚めたら何もかも無かったことになっていて、いつもの現実に引き戻されるのか……だけど、私の頬は温かい。すぐ横を歩く先生の髪、体、長い足にも、ちゃんと動きを感じる。これは、幻じゃなく現実なんだ――隣にちゃんと……先生がいる。2人きりの時間は嘘じゃなく、手を伸ばせば、きっとその背中にも触れられる。私達は、同じ空間にいて同じ時を過ごした。明日からはまた、病院での仕事が待っている。だけど、私が歩く足取りは、ここに来るまでとは確実に違ってる。ほんの少しだけ心が軽くなった気がして、ちょっと……嬉しくなった。
「いらっしゃいませ!あっ、藍花~。今日予約だったよね。待ってたよ」「私も楽しみにしてた」たまにやって来るのは、親友である雨宮 月那(あまみや つきな)の彼氏が店長をしているマッサージのお店。月那は、このお店で働き出して4年になる。2年前、私が病院に務めだした頃、体の疲れを癒したくてここに通い始めたのがきっかけで、すごく仲良くなった。月那はもちろん女性だけど、気づけば友達以上恋人未満みたいな関係になっている。何でも隠さずに話せる、とても頼りになる親友だ。一緒にいるとすごく落ち着く。24歳で同い年の月那は、ショートカットが良く似合う美人だ。明るくさばさばした性格で、誰にでも態度が変わらない。31歳の彼氏とは同棲中で、いつかは結婚するそうだ。「今日はオイルマッサージでいいよね?」「うん、お願い。疲れ溜まってて」「了解、任せて」私は、いつものように個室に入ってベッドに横たわった。オイルマッサージの時はほぼ全裸で、用意された紙の下着をつける。初めは恥ずかしかったけれど、もう慣れてしまった。静かに優しいピアノ曲が流れる空間で受ける月那のマッサージは、いつも気持ち良すぎてとても癒される。香りも良く、極上のご褒美時間だ。毎回、施術中はお互いの相談話になる。どうしても仕事のことが多くなるけれど、月那は松下総合病院の患者でもあるから、先生達や看護師、病院のことをよく知っている。だから、私の話を全部わかってもらえるのが有難い。看護師の仕事にも興味があると言って、よく質問もしてくれる。でも今回に限っては、いつもとは少し違う……いや、全然違う相談内容になりそうだ。仕事ではなく、恋愛話に――私は、白川先生、七海先生、それぞれと話したことを全部月那に伝えた。
「手の届かない人なんて、そんなことはないよ」私は大きく首を横に振った。「藍花さんは高嶺の花ですよ。みんなの憧れだし。あなたは男女問わず、誰からも好かれてます」「や、やめて。そんなんじゃないよ」あまりにも大げさな言葉に、ものすごく恥ずかしくて顔から火が出そうだった。「藍花さんは本当に素敵な人です。側にいるだけで幸せになれる。その笑顔を見ると元気にもなれます。藍花さんは自分がどれだけ美人なのか、わかってないんです。ほんと、もったいないですよ」「そんなこと……」「人気者の藍花さんを独り占めしちゃいけないし、できるなんて思ってません。だから……このままで充分です。ただこのまま……あなたを好きでいさせてください。お願いします」直立不動で顔も強ばって、それでも、瞳を潤ませながら一生懸命想いを言葉にしてくれた。こんな私に「ただこのまま好きでいさせて」なんて……何だか胸がキュッとなった。だけど……私の気持ちは変わることはない。私は、どんなことがあっても蒼真さんが好き。その想いは揺らぐことはないんだ。歩夢君の気持ちはすごく嬉しい。でも、今、ちゃんと言わなきゃいけない。「歩夢君……。そんなこと言わないで。歩夢君のこれからの人生だよ。1度しかない大切な人生なんだから、もっとちゃんと考えてほしい。私のことを想い続けるなんて……ダメだよ、そんなこと」私は想いを必死に伝えた。「すみません、迷惑ですよね。やっぱりそうですよね……僕なんか相手にできませんよね」うつむく歩夢君。「め、迷惑とかじゃないよ。歩夢君がもし本当に私を好きになってくれたなら……やっぱり嬉しいし、有難いって思う。だけどね……」「藍花さんには、誰か他に好きな人がいるんですよね。わかってます。藍花さんみたいな素敵な人に彼氏がいないわけ、ないですから。それくらい、わかってます」悲しい顔をする歩夢君を見てはいられない。誰かの気持ちを拒否することが、こんなにも苦しいことだなんて思いもしなかった。「ごめんね。でも、ちゃんと言わなきゃダメって思うから言うね。私……私ね、好きな人がいるよ。だから……」「だ、大丈夫です!わかってます、わかってますから。もう、本当に大丈夫です」歩夢君は私の言葉を遮って、それ以上続けさせてはくれなかった。心の中が罪悪感で満たされる。歩夢君……ごめんなさい、本
「歩夢君、急にどうしたの?」「すみません、藍花さん。休憩中なのに呼び出してしまって……」この前、ここで蒼真さんと見た景色。今日はかなり曇っていて、星も見えず、空が少し悲しそうに見えた。「ううん。歩夢君、さっき仕事終わったばっかりなのに大丈夫?今日は結構ハードだったから疲れたでしょ?」「確かにちょっと疲れましたよね。新しい入院患者さんも多かったですし」「そうだね。歩夢君、患者さんにずっと笑顔で接してあげてて、みんな絶対安心してるよ。ほんとにいつもすごいよ」「いえいえ。藍花さんもずっと笑顔でしたよ。僕、勝手に藍花さんの笑顔に元気もらってましたから」「そ、そんな……私、色々テンパってしまって、結構失敗しちゃったから。ほんと、ダメだよね。いつも焦ってしまって、なかなか冷静に行動できなくて。あっ、ごめん。変なこと言って。歩夢君、何か話があったんでしょ?」「あっ、は、はい……あの……」口ごもっている様子を見ると、いつもの明るい歩夢君らしくなくて心配になる。「歩夢君?どうかした?」「……藍花さん。僕……」黒縁メガネの奥の瞳がうるうるとして、思い詰めたような表情がすごく切ない。悲壮感もあって、まるで今日の空みたいだった。「僕、藍花さんに迷惑かけたくないのに、だけど苦しくて……もう、我慢できないんです。ダメだとわかってても、吐き出してしまいたくて」「歩夢君……?」「……」「ねえ、何か悩んでるなら話して。一応、私は先輩だし、歩夢君が悩んでるなら一緒に考えるよ」ただならぬ雰囲気に、本気で力になりたいと思った。「違うんです!そういうことじゃ……ないんです」「えっ?」「仕事の悩みとか、人間関係とか……そういうんじゃなくて」「う、うん」「僕の勝手な想いです」「か、勝手な……思い?」よくわからないけれど、歩夢君は私の言葉にうなづいた。「僕……」やはり上手く言葉を続けられずに、落ち着かない様子で眼鏡を触る。「う、うん。大丈夫、ゆっくりでいいから」「……はい。あの……ぼ、僕が……」「……」思わず息を飲む。何を言われるのか、ドキドキしてしまう。「僕が藍花さんのことを好きだっていう自分勝手な想いです」「えっ……?あ、歩夢くん?」突然の言葉に動揺が隠せない。確かに中川師長の話を聞いてはいたけれど、本当なのかわからなかった。病院で
「もう一度……」私は、ゆっくりうなづいて、蒼真さんと同じ思いだと意思表示した。「藍花……」「蒼真……さん。ああんっ!」名前を呼んだ後、私はたまらず節度の無い声を出してしまった。こんなどうしようもない私を、蒼真さんは強く強く抱きしめた。壊れそうなくらいに――お互いの腕が相手の背中を包む。愛おしくて、狂おしくて……私は、蒼真さんの前で泣いた。「藍花、お前を一生離さないから。ずっと側にいろ」「あなたの側にいたい。ずっと……」「藍花、お前は俺の大切な人。俺の彼女。絶対誰にも渡さない」そう言って、蒼真さんは再び腰を激しく動かし、2人は体で愛を誓った。「最高だった。藍花」私を優しく立たせ、シャワーで私の全身を洗ってくれた。柔らかなバスタオルで優しく拭きあげ、ほんのり良い香りがする新しいバスローブを着せてくれた。「今日は初めから藍花を抱くつもりだった。でも、もちろん、体だけが目的なんじゃない。お前の心も体も、俺は全てが欲しかった。だから絶対に誤解するな。体だけなら、俺はお前に告白なんかしない。いいな」その真剣な眼差しを決して疑いたくはなかった。「はい。蒼真さんのこと信じたいって……思います。まだ自分に自信はないですけど、でも、私は蒼真さんのことが好きだって……心からわかりましたから」蒼真さんは、私のほっぺにキスをすると、背中に手を添えて、「明日はお互い休みだから、2人で一緒に眠ろう」と、ニコッと微笑んでくれた。私達は蒼真さんのベッドに横たわった。このまま2人で夜明けを迎えるなんて――夢のような現実を完全に受け止めるのには、まだもう少しだけ……時間がかかりそうだ。
「この胸の形……大きさも好きだ。こうして触ると感じるんだな。男を虜にするようないやらしい体をしてる」蒼真さんは、そう言いながら私の体に触れた。また1から丁寧に……そして、シャワーを止めて、広い浴槽に浸かる。とても温かくて気持ち良かった。そこでまた、蒼真さんは私の感じる場所に手を伸ばした。「俺、おかしくなったのか?こんなにも藍花が欲しくてたまらない。こんなことは初めてなんだ」「蒼真さん……」「お前は最高の女だ。手放すなんて考えられない。俺から離れてどこにも行かないと約束してくれ」「最高の女」、これ以上の褒め言葉はないと思った。蒼真さんは本当にそこまで私を想ってくれているのだろうか?だけど……今はこの人のことを心の底から信じたいと思った。できることならこの先も、ずっとずっと信じていたいと。「蒼真さん。本当に、私なんかでいいんですか?私と蒼真さんは……残念ながらお似合いじゃないですよ」「世界一似合ってると俺は思ってるけど?それでいいだろ?藍花のこと、必ず俺が守るから。絶対に守る。何も心配せず俺を信じろ」「蒼真さん……」「藍花、俺と付き合ってくれ。断るなんて……許さない」激しい言葉だった。でも、たまらなく幸せで、私は蒼真さんの申し出を受け入れたいと思った。あんなに迷っていた数時間前までの自分はもういない。その代わり、今ここに、白川先生に調教された「淫らな私」がいる。きっと、元々潜在的に眠っていたものを、蒼真さんが引き出してくれたんだろう。これから先も私は、病院では「白川先生」に、2人の時は「蒼真さん」に……しつけられていくんだ。湯船から出て、タイルの上にペタリと座り込んだ2人。向かい合って抱き合い、お互い引き合うようにキスを繰り返した。愛おしくてたまらない。蒼真さんに愛されていると、素直に感じられる幸せな瞬間だった。
「藍花……この前、みんなでバーベキューした時、七海先生と話してたよな。あの時の七海先生の顔を見てたらわかった……。この人は藍花が好きなんだって」「えっ……」「もしかして七海先生に……告白されたのか?」突然の質問に驚いた。私は、戸惑いながらも、嘘をつきたくなくてうなづいた。「やはりな……。あの人は素晴らしい先生だと思う。もちろん尊敬もしてる。でも……お前のことだけは譲れない。絶対に……藍花は俺だけのものだから。誰にも渡さない」「うっ……はぁあんっ……蒼真……さん」言葉と共に更に力がこもって、私の中にどんどん何かが溢れていく。今私が味わってるものは、間違いなくこの世の中で1番気持ちの良いものだ。他に比べようもない、これが、快楽の極地だと――私は、確信できる。蒼真さんもきっと同じ気持ちに違いない。情欲に支配されたその顔を見れば、私にだってわかる。「藍花、一緒に……」「は、はい。私……もうダメ……です。気持ち……いいっ」そして、数秒後、私達は一気に最高潮を迎え、激しくうねる波に2人して飲まれた。ゆっくりと2人の動きが止まる。蒼真さんの荒い息遣い。私も、息を整えた。「藍花、このままバスルームに行こう」「えっ……あっ、はい」シャワーで体を簡単に流し、優しく泡立てたボディーソープで体を洗う。ただそれだけなのに、ひとしきり愛し合った体は、まだお互いを求めていた。出しっぱなしのシャワーに打たれながら、私達は引き寄せられるように激しくキスをした。全裸の蒼真さんは本当に美しい。上半身も下半身も、その均整のとれた最高の体つきに、どうしようもなく心を奪われる。私は、恥ずかしげもなく、立ったままの状態で絡みついた。自分の中にこんなにもいやらしい部分があったなんて……きっとこの人に抱かれなければ、一生本当の自分を知ることはなかっただろう。「綺麗だ。藍花の体、本当に……」綺麗なのは蒼真さんの方だ――「恥ずかしいです。私の体なんて……」
私は、蒼真さんに抱かれ、喘ぎながら思った。何もかも月那の言う通りになってる――と。「そんなことにはならない」と否定したくせに、何だか急に自分が恥ずかしくなった。だけど、もう引き返せない、ううん、引き返したくない。激しく繰り返される刺激を、私の体は全て受け入れ、心まで酔いしれた。口に出さなくても勝手に心が叫んでる。「もっと激しくして、もっと感じさせて」と。充分過ぎる程満たされているのに、どうしてなのか?私は、まだまだあなたを求めてしまう。目の前にある蒼真さんの男らしい体。その引き締まった肉体にとても魅力を感じ、私はそっと胸板に手をやった。筋肉が程よくついて……ずっと触れていたいと思った。蒼真さんとひとつになって、一緒にイキたい。自分のいやらしい部分に蒼真さんを感じたい。私の中にそんな欲求がどんどん膨らんでいく。飽き足らない欲望に、もう、私の理性は完全にどこかに吹き飛んでしまった。「藍花、俺のこと好きか?」「はい」こんなにも心が熱く求める人を、好きじゃないなんて言えるはずがない。次の瞬間、蒼真さんは私に覆いかぶさった。上から見つめ、そして、恐ろしい程魅惑的に……笑った。その艶美な顔が愛おしくて手を伸ばす。その時、ズシンと体の奥に何かを感じ、どうしようもない高揚感に支配された。「あっ……ダメっ!」「ここも全部、俺で満たしたい」蒼真さん……恥ずかしいけれど、私はさっきからずっとそうしてほしいと願っていた。私……あなたが好き。こんなにも早く答えが見つかるなんて思ってもなかった。でも、きっと七海先生や歩夢君とはこんな風にはなれない、蒼真さんだからこうして1つになれたんだ。今ならちゃんとそう思える。こんなにも求めて、乱れて……私、本当に心から、どうしようもなく蒼真さんが好き。本気で人を愛する想いが、こんなにも温かく優しいものだったなんて、生まれて初めて知った。
その瞬間、とんでもない感覚――「気持ち良さ」に襲われた。「あうっ……ああっ、蒼真……さん」何だろう、今まで味わったことのないこの感覚。これが本物の「快感」なんだ。蒼真さんの容赦ない指と舌のいやらしい攻めの全てに、私の体は敏感に反応し、深い快楽の波に飲み込まれた。自分のことを「淫らな女」だと恥ずかしく思いながらも、だんだんと羞恥心は薄くなっていき、その引くことのない快感を、心から充分に味わってしまっていた。でも……その時に思った。きっとこれで正解なんだって――嘘偽りない気持ちで「もっとしてほしい」と体が叫んでいるから。「藍花、ここ、気持ちいい?」ゾクゾクするようなセクシーな声が、更に胸を高揚させる。蒼真さんは、私の秘密の場所に手を触れた。「もうこんなに濡らしてる。いやらしい子だ」「いやっ、ダメです。そんなことされたら私……」「ダメじゃないだろ?こんなに濡らしておいて。素直に言えないのか?もっとしてほしいって」「蒼真さん、やっぱりすごく……意地悪です。ああっ、あうんっ……はぁん」目と目が合う。それだけでドキドキして蒼真さんの魅力の虜になる。「この顔も、白い肌も、柔らかな胸も……俺はお前の全部が好きだ。嫌いなところなんてひとつも無い。だから、もっともっと俺に溺れてくれ。二度と抜け出せないくらいに」その言葉……私はもう、あなたという底の無い沼にはまってしまった。「あっ……そこっ……いいっ。ああんっ」「ここ、気持ちいいんだな。藍花の感じる場所は絶対に忘れない」「蒼真……さん。私……もうどうにかなりそうです」「藍花の乱れる姿も声も、俺を興奮させる。お前を見ていると俺もどうにかなってしまいそうだ……」「はああんっ、ダメっ……ああっ」「もっともっと感じて……俺が藍花をイかせてやる。何度でも、何度でも……。お前のいやらしい顔、もっと見せて。ダメだなんて言って、ほんとは藍花もイキたいんだろ?」卑猥なセリフだと思ったけれど、正直、蒼真さんの言う通りだった。全然、嫌じゃない。むしろあなたを求めてる。私は……とんでもない嘘つきだ。「もっと激しくするから覚悟して。藍花の体の全てを俺が感じさせてやる。嫌だって言っても許さない」次から次へと押し出される濃艷な言葉に襲われ、私は「このままどうなってもいい」と本気で思った。
私を見せる?そんなこと、死ぬほど恥ずかしい。なのに……どうしたというのだろうか?体はどんどん熱くなり、うずいてしまう。この感情が私の正直な気持ちなら、そこに嘘はつけない。私は、意を決してうなづいた。「……いい子だ」蒼真さんは、スカートの裾を慌てずゆっくりとたくし上げた。日に焼けていない白い肌が徐々にあらわになる。「綺麗だ」少しひんやりしたその手で太ももに触れられて、思わず「あっ」と声にならない声を出してしまった。「この先は……どうしようか……」太ももに軽くキスをされ、蒼真さんの唇の感触に身震いした。声が出そうになるのをグッと我慢し、喉の奥にそれを閉じ込める。これは、私?こんなことをされて体を熱くしている私は、今までの「自分」ではない。蒼真さんは、私のことを淫らな女にしようとしてるのか?だけど……不思議と「止めて……」とは言えなかった。「こんな可愛い女、他にはいない」熱い吐息混じりに耳元で囁かれ、私は心をかき乱されて冷静ではいられなくなった。その隙をつくように、蒼真さんは私の唇を甘く塞いだ。優しく、そして、徐々に激しく、両方の頬に手を当てながら、情熱的なキスが繰り返される。舌先で口腔内を舐めまわされ、身体中が燃えるように熱くなる。「もう我慢できない……」「蒼真さん……」薄手のセーターを下からめくり上げ、蒼真さんはレースのブラの上から優しく私の胸に触れた。胸の谷間を見られ、羞恥心が湧き上がる。「とても美しい。もっとお前の体に触れたい」私は、このままこの人に全てを捧げるの?これが正解なの?疑問を解消する間もなく、蒼真さんは、私の考えていることなどお構い無しに上半身に舌を這わせた。「藍花の胸……すごく大きくて柔らかい」ブラを外され、胸のいただきに舌の刺激を感じると、保っていた理性を失いそうになった。本当に、蒼真さんに全てを見られ、全てを捧げるのだ――と、私の脳が悟り、心で覚悟した。
「蒼真さん……」スカートの上から私の足をゆっくりと撫でる細くて長い指。その行動に戸惑いが隠せない。私は今からどうなってしまうのか?「こんな告白は嫌いか?」「こ、告白?」蒼真さんはソファの前に膝まづいたまま、今度は手を伸ばして私の髪に触れた。そして、そのまま耳に触れ、その指はゆっくりと唇へと移った。「好きだよ、藍花」「……蒼真……さん?」いったい何が起こったのか?蒼真さんは何を言っているの?「こんなに誰かを好きになったのは初めてだ。俺、頭がおかしくなるくらいお前を求めてしまう」「……ちょっ、ちょっと待って下さい。そんなこと……そんなこと……」まるで状況が理解できない。体がソファにフラフラと倒れ込んでしまいそうになる。「藍花?」「そ、蒼真さんが私を好きだなんて信じられるわけないです。好きって……好きっていったいどういう意味なんでしょうか?私には全く意味がわかりません」頭の中が大混乱していて、パニックを起こしそうになっている。「どうして俺を信じない?」「どうしてって、信じられるわけないです。蒼真さんが私を選ぶわけない。蒼真さんみたいな全てに優れている人は、私なんかを選びません。選ぶならもっと……」もう、自分が何を言っているのかもわからない。ただ口が勝手に開いているだけだ。「もっと?」「もっと……その、あの……」言葉が全く出てこない。「藍花が信じなくても俺はお前が好きだから。それは偽りない真実だ。藍花は俺のこと、どう思っている?」「えっ……」「俺は藍花の思いを知りたい。今の正直な気持ちを聞かせてくれないか?」私は夢でも見ているのだろうか?白川先生……蒼真さんはどうして私なんかに好きだと言うの?「私……今のこの状況がよくわかりません。疑問だらけです。正直、今まで自分の中にはいろいろな感情がありました。自分の本当の気持ちがはっきりしなくて。モヤモヤして……」「……」蒼真さんは私の言葉に真剣に耳を傾けている。私は、ひとつひとつ、絞り出すように自分の思いを言葉にしようと頑張った。「でも、私……変なんです。自分の気持ちがはっきりわからないくせに、どうしようもなく体が熱くて、私……蒼真さんのこと……」この先の言葉を口に出すのが怖かった。自分が自分じゃないみたいで、すごく恥ずかしい。「その先を聞きたい。聞かせて