眼鏡の奥の瞳がとてもキラキラして……私もこんな風に相手に癒しを与えられるような看護師になりたい。「うん。私も頑張るね。中川師長みたいな立派な看護師になるまであと何年かかるだろうね」あの人と同じレベルになるには、相当努力しないと無理だろう……私からすれば雲の上の存在だから――「伯母さんは本当にすごいです。看護師としても人としても尊敬してます」そのひと言に、ものすごく重みを感じる。そばにいるからこその、嘘偽りない心からの言葉だとわかった。「うん、私もそう思ってる。まさにスーパーウーマンだよね。あんなに仕事をこなせる看護師、他には知らないもん。私の憧れ。歩夢君のお母さんも中川師長みたいな方なの?」「そうですね。どちらかというと伯母さんの方がパワフルですね。姉妹でもちょっと違うみたいです。うちの母は妹だから、伯母さんに甘えてるところもあると思います。母は父と離婚してから、ずっと女手1つで僕を育ててくれました。本当、大変だったと思います」「そうだったんだ……。歩夢君のお母さん、シングルマザーなんだね」私には想像もできない。仕事をしながら1人で子どもを育てるなんて、とても大変だったに違いない。看護師をしながら歩夢君を育ててきたお母さんは、目の前にあるこの笑顔のおかげで、つらいことも全て乗り越えられたんだろう。歩夢君の笑顔は最強だから。親子の絆はとても深く、子どもを信じて支えるお母さんは何よりも強い。「父が出て行ってしまったので……僕はまだ小さな子どもだったんですけど、伯母さんが父にめちゃくちゃ怒った場面だけは忘れられなくて」「怒った……?」「……よくある話です。父は母じゃない女性を好きになって……それでも母は何も言わずで。でもある日、父から母に離婚を申し出たみたいで、居合わせた伯母さんが父を怒ってくれたんです」「そんなことがあったんだね。お母さんの気持ち、つらかったよね」「母は父が大好きでね。だから、一緒にいたかったんです。今、母の気持ちになって考えたら、死ぬほど胸が苦しいです。父を恨みたくなります。でも、母が父を絶対に悪く言わないので、僕も言わないようにしてます」「……そっか、そうだね」「父はバカですよ。自分を1番支えて大事に思ってくれてる人を捨てて……あっけなく出ていくんですから。僕は……絶対に大切な人を傷つけたくないです。あっ
実は、最近、母が階段から足を踏み外してしまって……」「えっ!!お母さん、大丈夫なの?」「はい。でも、その時は本当にびっくりしました。大きな物音がして、慌てて見にいったら母が倒れてて。すぐに階段から落ちたってわかったんですけど、僕、心臓が止まるかと思いました」「それはもちろん心配するよ」「……はい。歩けない状態だったし、頭を打ったみたいだったから救急車を呼んで松下総合病院に運んでもらったんです。頭のCTは異常なくて、でも怪我して血が出てたから、白川先生が急いで処置してくれました」「白川先生が……」「はい。すごく丁寧に対応してくれて、色々検査もしましたが、特に骨にも異常なくて……本当に安心しました。母は、みんなに心配かけちゃうなんて看護師として失格ね……って笑ってましたけど」「大変だったね」「母があんな風に倒れている姿を思い出すと背筋が凍るんです。もしあの時僕が家にいなかったら母はどうなっていたんだろうって」「うん……」「母は、今まで僕を1人で育ててくれた大切な人です。本当に大変な苦労があったと思うんです。だから、僕が看護師として早く一人前になって、もっと生活を楽にしてあげたい、安心させてやりたいってすごく思います。これからもずっと母を大事にして恩返しがしたいです。もちろん、今はまだまだ半人前にも届かないですけどね」初めて聞いたけれど、歩夢君はこんなにもお母さんのことを大切に思っている。色々つらいことがあったからこそ、歩夢君はもう二度とお母さんを悲しませたくないのだろう。なんだか泣けてくる……「不思議……です」「えっ?」「母がシングルマザーだってこと、今まで誰にも話したことなかったんです。なのに藍花さんには何でも話せてしまうっていうか……話したくなります」歩夢君……「私なんかに話して良かったのかな……。でも私、話を聞いて、歩夢君の真っ直ぐで優しい気持ちは、必ずお母さんに伝わってるって、すごく思ったよ。本当に素敵な親子の絆だよね」歩夢君は、私に向かってニコッと微笑んだ。その顔がとても可愛らしくて、少しだけ「キュン」となった。
「あの……良かったらまた話を聞いてもらえませんか?藍花さんにもっと悩みを相談させて下さい。先輩としてのアドバイスが欲しいです」どうしてこんな未熟な私に?他にも立派な先輩がたくさんいるのに……「仕事のアドバイスなんて大袈裟なことはできないよ。キチンとしたアドバイスなら中川師長や他の先輩達にも聞いてね。だけど、もちろん、お互いに励まし合おうね」「はい、ありがとうございます。僕、藍花さんには仕事以外のことも相談したいんです。だから……」私を見つめながらそう言いかけた時、男性看護師が歩夢君を呼んだ。「あっ、藍花さん、すみません。僕、もう行きます。いろいろ聞いてくれてありがとうございました」「ううん、頑張ってね」「はい!」歩夢君は私に頭を下げてから、走って病棟に戻った。何か言いたかったのか……もしかしたら歩夢君には、悩みがあるのかも知れない。伯母さんである中川師長やお母さんには言えないような悩みなのだろうか?歩夢君の「患者さんに心から寄り添える看護師」という言葉、すごく印象的だった。心から寄り添うことは、簡単なようで難しい。それでも、新人1年目の彼には、もうそれができてるような気がする。私は白川先生に注意されてばかりなのに、歩夢君はいつだって優しい笑顔で患者さんを癒してる。すごいよ――先輩としてはとても情けないけれど、看護師として良いところはきちんと見習いたいと思った。「うん、私も……頑張ろう」自分に気合いを入れながら、私はその場所から1歩踏み出した。
「蓮見さん、ちょっといいですか?」「あっ、うん」ナースステーションに戻る手前で春香さんに声をかけられた。「さっき何を話してたんですか?」「えっ?何って……歩夢君とってこと?」「そうです。来栖さんと蓮見さん、ニコニコ笑いながら楽しそうにしてましたよね?」春香さんは、まるで私達を見ていたかのような質問をした。「別にたいしたことは話してないよ。仕事のこととか……」歩夢君のプライベートなことを絶対に言うわけにはいかない。「蓮見さんって………」「え?」「男性には誰にでもニコニコしてますけど、彼氏いるんですか?」とてもトゲのある言い方に驚いた。「誰にでもって……私は男性だからニコニコしてるわけじゃないよ」病院にいると、白川先生の前ではニコニコなどできないから。「蓮見さんに前から聞きたかったんです。蓮見さん、来栖さんのことが好きなんですか?」「えっ!?」あまりの質問に、思わず声を上げてしまった。「ちょっと!静かにして下さい!周りに迷惑ですよ」「えっ、あ、すみません」なぜ私が謝っているのだろうか?春香さんが驚かせるからような質問をするからなのに……と、つい心の中で思ってしまう。「来栖さんが好きなんですか?2人でいつも楽しそうに話してますよね?それって、蓮見さんは来栖さんを好きだからですか?」冷静な顔をして詰め寄られ、その迫力に後ずさりした。「ねぇ、ちょっと待って。私、歩夢君のことは、男性として好きとかじゃなくて……その……人として好きなんだよ。もちろん、歩夢君だけじゃなくて、ナースステーションの看護師は、男性も女性もみんなに対してそう思ってる。同じ仕事をする仲間として、いつも仲良くしたいって思ってるよ。そういう意味ではみんなのことが好きだよ」「何だか『良い子ちゃん』ですよね。蓮見さん、好感度上げようとしますよね、いっつも」「えっ?そんなこと……」「すごく鼻につきますよ。そういうところ」「……」春香さんの冷たい言葉に胸が痛くなる。「本当に来栖さんのこと、男性として見てないんですね?」「え……ど、どうしたの?何だか春香さんおかしいよ」「私、来栖 歩夢さんのことが好きなんです。もちろん男性として」突然のカミングアウトに一瞬声が出なかった。目の前の春香さんは堂々としているのに、私の方がおどおどしている状況に戸惑う。「そ
春香さんは、とても真剣な顔で訴えた。「春香さんが歩夢君を好きで、アプローチしたり告白するのはわかるよ。すごく素敵なことだと思う。だけどね、応援って言われても……ちょっと困るかな」「どうして?来栖さんのこと、好きじゃないなら別にいいですよね?それともやっぱり彼のことが好きなんですか?」一つ一つの言葉が強引で、圧を感じる。「春香さん、お願いだからそんなに必死にならないで」「必死?私、そんな必死ですか?」「えっ……」「おかしいですか?私のことバカにしてますよね?」「だから、バカになんてしてないよ。春香さんの気持ち、バカになんかするはずないから」「私、来栖さんのことを考えたら胸が痛いです」「春香さん……」「人生で初めて人を好きになったんです。来栖さんのことを見ていて、本当に優しくて素敵で、おまけにカッコ良くて、仕事も一生懸命で。この人なら……って思いました。それなのに、来栖さんは蓮見さんを見てよく笑ってます。私にはあんまり笑ってくれないのに。そう思うと悲しくて寂しくて悔しいんです」春香さん……泣きそうになっている。周りには誰もいないけれど、もし誰かに見られたら、私が泣かせてしまったように思われるだろう。でも、春香さんは、ここまで思い詰める程に歩夢君のことが好きなんだ……私なんかにヤキモチを妬いてしまうくらいに。初めての恋に悩む気持ちは私にもよくわかる。春香さんの苦しそうな顔を見ていたら、とても切なくなってきた。「春香さん。歩夢君はね、みんなに笑顔で接してるんだよ。人を見て態度を変えるような人じゃないから。さっきだって、ちゃんと春香さんにも微笑んでたよ。一緒にペンを探してくれようとしてたし。歩夢君はいつだって誰にでも同じだから」「どうしたらいいのかわからない。私……わからないんです」目を真っ赤にして涙を堪えてる。何を言ってあげれば春香さんの気持ちがラクになるのだろうか。「あの……そんなに歩夢君のことが好きなら、勇気を出して告白してみたらどうかな?結果がどうなるかなんて考えたら不安になると思うけど、でも、上手くいけば嬉しいし、もしフラれてもまた新しい恋ができる。それとね、春香さん、もう少し笑ってみて。そしたら今以上に可愛くなるよ」私は何を偉そうにアドバイスしてるのだろう。自分だって恋愛が苦手なのに、いかにも恋愛に慣れてます……みた
「私が来栖さんに告白するなんて、そんなことできないです!私はあなたみたいに可愛くないし。来栖さんに嫌われてしまいます」春香さんは、首を何度も横に振って否定した。「そんな……。私は可愛くないよ。ただ……笑顔だけは絶やさないようにって思ってるだけ。だから、春香さんももっと笑ってみて。嫌われるとか、そんなことないよ。歩夢君は人を嫌いになったりしない。きっと優しく話を聞いてくれるはずだから。とにかく、春香さんの初恋、告白してみないと答えは出てこないと思うよ」人のことなら言えるのに……私は自分に問いかけた。あなたなら告白できるの?――って。フラれたら仕方ない、また新しい恋をすればいい……なんて、勝手なことを春香さんに言ってしまったかも知れない。本当に自分に呆れる。全く何を言ってるんだ、私は――「告白なんかできません!来栖さんにフラれるとか……絶対に嫌です。すごく怖いです。私、本当に来栖さんが好きですから。ものすごく好きですから」「春香さん……」「とにかく私は、あなたと来栖さんが話してるのを見るのは嫌なんです。嫌で嫌で仕方がないです。あなたが来栖さんに媚びを売っているの、もう見たくない」「だから春香さん、私は歩夢君に媚びてなんかいないよ。見たくないって言われても……」「あなたに私の気持ちなんかわからない!わかってたまるもんですか!」春香さんは、捨て台詞を残し、さっさとナースステーションに入っていった。
その姿が無くなっても、私の頭の中は春香さんのことでいっぱいだった。春香さん、いったいどうしたのだろう?普段の冷静沈着な春香さんとは別人みたいだった。とても感情的で威圧感もあって……人は本気の恋をするとこんなにも変わってしまうのか?誰かを好きになればなるほど、すごく嬉しい気持ちと、どうしようもない不安とが入り交じって、いつもみたいに冷静でいられなくなるのかも知れない。私も、もしかしたら、そうなってしまうか?そもそも誰かを強く想える日が、私には来るのだろうか?感情がコントロールできないほど、深く誰かを好きになったことがないから、歩夢君のことをそこまで本気で好きになれる春香さんがちょっとうらやましく思えた。春香さん……私と歩夢君が何でもないってことを納得してくれただろうか?この先、春香さんが歩夢君に対する想いをどうするのかわからないけれど、でも、私には2人をどうやって応援すればいいのかわからない。色々と偉そうに言ったクセに、まだまだ恋愛経験が無さ過ぎて、本当に情けない。恋愛の達人「月那先生」ならもっと良いアドバイスをくれるはずなのに……できることなら今すぐ会ってこの気持ちを聞いてもらいたい。そう、心から願ってしまった。
春香さんとのことがあってモヤモヤしながらも、私はプライベートなことはなるべく考えないようにして夜を迎えた。「前田さん、ご気分はいかがですか?」「ありがとうございます。大丈夫です。今日は孫が来てくれましたから」「そうでしたね。お孫さんの顔みたら元気になりますよね。良かったですね」「ええ、本当に。小さな天使の笑顔は良いものですね。蓮見さんは?ご結婚はされてるんですか?」前田さんは優しく微笑んだ。患者さんの体調が落ち着いてることがすごく嬉しい。「残念ながらまだですよ。恋愛より今は仕事を頑張らないとって思ってます」「あら、そんなこと言ってたらダメですよ。蓮見さんは本当に良い看護師さんですし、そんなに魅力がある方なのにもったいないです。お若くて可愛らしくて、うらやましいわ」思いがけず前田さんに褒められて照れてしまった。普段からあまり口数が多い人ではないので、わざわざ口に出してくれたことが余計に嬉しかった。「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。いい相手が現れるのをゆっくり待ちますね」笑顔でそう言ったけれど、このままゆっくり待っていて、本当に良い相手になど出会えるのだろうか。もし出会えなかったら――このまま結婚せずに働き続けるのかも知れない。それならそれも……幸せだとは思うけれど。でも最近、先生達や歩夢君と話して、何だか変な感情が芽生えてしまったのも確かで……仕事や家事に追われているだけの毎日に、ほんの少しだけ、緊張するような、嬉しいような、恥ずかしいような……ドキドキする時間がプラスされた気がする。何気ない日常に彩りが増えたような。確かに私の場合は、春香さんが歩夢君を想うような感情とはまた違うような気がしている。今はただ、頭の中に色んなものがごちゃごちゃになっていて、整理できないまま足早に流れる時間に身を任せている自分がいた。
「もう一度……」私は、ゆっくりうなづいて、蒼真さんと同じ思いだと意思表示した。「藍花……」「蒼真……さん。ああんっ!」名前を呼んだ後、私はたまらず節度の無い声を出してしまった。こんなどうしようもない私を、蒼真さんは強く強く抱きしめた。壊れそうなくらいに――お互いの腕が相手の背中を包む。愛おしくて、狂おしくて……私は、蒼真さんの前で泣いた。「藍花、お前を一生離さないから。ずっと側にいろ」「あなたの側にいたい。ずっと……」「藍花、お前は俺の大切な人。俺の彼女。絶対誰にも渡さない」そう言って、蒼真さんは再び腰を激しく動かし、2人は体で愛を誓った。「最高だった。藍花」私を優しく立たせ、シャワーで私の全身を洗ってくれた。柔らかなバスタオルで優しく拭きあげ、ほんのり良い香りがする新しいバスローブを着せてくれた。「今日は初めから藍花を抱くつもりだった。でも、もちろん、体だけが目的なんじゃない。お前の心も体も、俺は全てが欲しかった。だから絶対に誤解するな。体だけなら、俺はお前に告白なんかしない。いいな」その真剣な眼差しを決して疑いたくはなかった。「はい。蒼真さんのこと信じたいって……思います。まだ自分に自信はないですけど、でも、私は蒼真さんのことが好きだって……心からわかりましたから」蒼真さんは、私のほっぺにキスをすると、背中に手を添えて、「明日はお互い休みだから、2人で一緒に眠ろう」と、ニコッと微笑んでくれた。私達は蒼真さんのベッドに横たわった。このまま2人で夜明けを迎えるなんて――夢のような現実を完全に受け止めるのには、まだもう少しだけ……時間がかかりそうだ。
「この胸の形……大きさも好きだ。こうして触ると感じるんだな。男を虜にするようないやらしい体をしてる」蒼真さんは、そう言いながら私の体に触れた。また1から丁寧に……そして、シャワーを止めて、広い浴槽に浸かる。とても温かくて気持ち良かった。そこでまた、蒼真さんは私の感じる場所に手を伸ばした。「俺、おかしくなったのか?こんなにも藍花が欲しくてたまらない。こんなことは初めてなんだ」「蒼真さん……」「お前は最高の女だ。手放すなんて考えられない。俺から離れてどこにも行かないと約束してくれ」「最高の女」、これ以上の褒め言葉はないと思った。蒼真さんは本当にそこまで私を想ってくれているのだろうか?だけど……今はこの人のことを心の底から信じたいと思った。できることならこの先も、ずっとずっと信じていたいと。「蒼真さん。本当に、私なんかでいいんですか?私と蒼真さんは……残念ながらお似合いじゃないですよ」「世界一似合ってると俺は思ってるけど?それでいいだろ?藍花のこと、必ず俺が守るから。絶対に守る。何も心配せず俺を信じろ」「蒼真さん……」「藍花、俺と付き合ってくれ。断るなんて……許さない」激しい言葉だった。でも、たまらなく幸せで、私は蒼真さんの申し出を受け入れたいと思った。あんなに迷っていた数時間前までの自分はもういない。その代わり、今ここに、白川先生に調教された「淫らな私」がいる。きっと、元々潜在的に眠っていたものを、蒼真さんが引き出してくれたんだろう。これから先も私は、病院では「白川先生」に、2人の時は「蒼真さん」に……しつけられていくんだ。湯船から出て、タイルの上にペタリと座り込んだ2人。向かい合って抱き合い、お互い引き合うようにキスを繰り返した。愛おしくてたまらない。蒼真さんに愛されていると、素直に感じられる幸せな瞬間だった。
「藍花……この前、みんなでバーベキューした時、七海先生と話してたよな。あの時の七海先生の顔を見てたらわかった……。この人は藍花が好きなんだって」「えっ……」「もしかして七海先生に……告白されたのか?」突然の質問に驚いた。私は、戸惑いながらも、嘘をつきたくなくてうなづいた。「やはりな……。あの人は素晴らしい先生だと思う。もちろん尊敬もしてる。でも……お前のことだけは譲れない。絶対に……藍花は俺だけのものだから。誰にも渡さない」「うっ……はぁあんっ……蒼真……さん」言葉と共に更に力がこもって、私の中にどんどん何かが溢れていく。今私が味わってるものは、間違いなくこの世の中で1番気持ちの良いものだ。他に比べようもない、これが、快楽の極地だと――私は、確信できる。蒼真さんもきっと同じ気持ちに違いない。情欲に支配されたその顔を見れば、私にだってわかる。「藍花、一緒に……」「は、はい。私……もうダメ……です。気持ち……いいっ」そして、数秒後、私達は一気に最高潮を迎え、激しくうねる波に2人して飲まれた。ゆっくりと2人の動きが止まる。蒼真さんの荒い息遣い。私も、息を整えた。「藍花、このままバスルームに行こう」「えっ……あっ、はい」シャワーで体を簡単に流し、優しく泡立てたボディーソープで体を洗う。ただそれだけなのに、ひとしきり愛し合った体は、まだお互いを求めていた。出しっぱなしのシャワーに打たれながら、私達は引き寄せられるように激しくキスをした。全裸の蒼真さんは本当に美しい。上半身も下半身も、その均整のとれた最高の体つきに、どうしようもなく心を奪われる。私は、恥ずかしげもなく、立ったままの状態で絡みついた。自分の中にこんなにもいやらしい部分があったなんて……きっとこの人に抱かれなければ、一生本当の自分を知ることはなかっただろう。「綺麗だ。藍花の体、本当に……」綺麗なのは蒼真さんの方だ――「恥ずかしいです。私の体なんて……」
私は、蒼真さんに抱かれ、喘ぎながら思った。何もかも月那の言う通りになってる――と。「そんなことにはならない」と否定したくせに、何だか急に自分が恥ずかしくなった。だけど、もう引き返せない、ううん、引き返したくない。激しく繰り返される刺激を、私の体は全て受け入れ、心まで酔いしれた。口に出さなくても勝手に心が叫んでる。「もっと激しくして、もっと感じさせて」と。充分過ぎる程満たされているのに、どうしてなのか?私は、まだまだあなたを求めてしまう。目の前にある蒼真さんの男らしい体。その引き締まった肉体にとても魅力を感じ、私はそっと胸板に手をやった。筋肉が程よくついて……ずっと触れていたいと思った。蒼真さんとひとつになって、一緒にイキたい。自分のいやらしい部分に蒼真さんを感じたい。私の中にそんな欲求がどんどん膨らんでいく。飽き足らない欲望に、もう、私の理性は完全にどこかに吹き飛んでしまった。「藍花、俺のこと好きか?」「はい」こんなにも心が熱く求める人を、好きじゃないなんて言えるはずがない。次の瞬間、蒼真さんは私に覆いかぶさった。上から見つめ、そして、恐ろしい程魅惑的に……笑った。その艶美な顔が愛おしくて手を伸ばす。その時、ズシンと体の奥に何かを感じ、どうしようもない高揚感に支配された。「あっ……ダメっ!」「ここも全部、俺で満たしたい」蒼真さん……恥ずかしいけれど、私はさっきからずっとそうしてほしいと願っていた。私……あなたが好き。こんなにも早く答えが見つかるなんて思ってもなかった。でも、きっと七海先生や歩夢君とはこんな風にはなれない、蒼真さんだからこうして1つになれたんだ。今ならちゃんとそう思える。こんなにも求めて、乱れて……私、本当に心から、どうしようもなく蒼真さんが好き。本気で人を愛する想いが、こんなにも温かく優しいものだったなんて、生まれて初めて知った。
その瞬間、とんでもない感覚――「気持ち良さ」に襲われた。「あうっ……ああっ、蒼真……さん」何だろう、今まで味わったことのないこの感覚。これが本物の「快感」なんだ。蒼真さんの容赦ない指と舌のいやらしい攻めの全てに、私の体は敏感に反応し、深い快楽の波に飲み込まれた。自分のことを「淫らな女」だと恥ずかしく思いながらも、だんだんと羞恥心は薄くなっていき、その引くことのない快感を、心から充分に味わってしまっていた。でも……その時に思った。きっとこれで正解なんだって――嘘偽りない気持ちで「もっとしてほしい」と体が叫んでいるから。「藍花、ここ、気持ちいい?」ゾクゾクするようなセクシーな声が、更に胸を高揚させる。蒼真さんは、私の秘密の場所に手を触れた。「もうこんなに濡らしてる。いやらしい子だ」「いやっ、ダメです。そんなことされたら私……」「ダメじゃないだろ?こんなに濡らしておいて。素直に言えないのか?もっとしてほしいって」「蒼真さん、やっぱりすごく……意地悪です。ああっ、あうんっ……はぁん」目と目が合う。それだけでドキドキして蒼真さんの魅力の虜になる。「この顔も、白い肌も、柔らかな胸も……俺はお前の全部が好きだ。嫌いなところなんてひとつも無い。だから、もっともっと俺に溺れてくれ。二度と抜け出せないくらいに」その言葉……私はもう、あなたという底の無い沼にはまってしまった。「あっ……そこっ……いいっ。ああんっ」「ここ、気持ちいいんだな。藍花の感じる場所は絶対に忘れない」「蒼真……さん。私……もうどうにかなりそうです」「藍花の乱れる姿も声も、俺を興奮させる。お前を見ていると俺もどうにかなってしまいそうだ……」「はああんっ、ダメっ……ああっ」「もっともっと感じて……俺が藍花をイかせてやる。何度でも、何度でも……。お前のいやらしい顔、もっと見せて。ダメだなんて言って、ほんとは藍花もイキたいんだろ?」卑猥なセリフだと思ったけれど、正直、蒼真さんの言う通りだった。全然、嫌じゃない。むしろあなたを求めてる。私は……とんでもない嘘つきだ。「もっと激しくするから覚悟して。藍花の体の全てを俺が感じさせてやる。嫌だって言っても許さない」次から次へと押し出される濃艷な言葉に襲われ、私は「このままどうなってもいい」と本気で思った。
私を見せる?そんなこと、死ぬほど恥ずかしい。なのに……どうしたというのだろうか?体はどんどん熱くなり、うずいてしまう。この感情が私の正直な気持ちなら、そこに嘘はつけない。私は、意を決してうなづいた。「……いい子だ」蒼真さんは、スカートの裾を慌てずゆっくりとたくし上げた。日に焼けていない白い肌が徐々にあらわになる。「綺麗だ」少しひんやりしたその手で太ももに触れられて、思わず「あっ」と声にならない声を出してしまった。「この先は……どうしようか……」太ももに軽くキスをされ、蒼真さんの唇の感触に身震いした。声が出そうになるのをグッと我慢し、喉の奥にそれを閉じ込める。これは、私?こんなことをされて体を熱くしている私は、今までの「自分」ではない。蒼真さんは、私のことを淫らな女にしようとしてるのか?だけど……不思議と「止めて……」とは言えなかった。「こんな可愛い女、他にはいない」熱い吐息混じりに耳元で囁かれ、私は心をかき乱されて冷静ではいられなくなった。その隙をつくように、蒼真さんは私の唇を甘く塞いだ。優しく、そして、徐々に激しく、両方の頬に手を当てながら、情熱的なキスが繰り返される。舌先で口腔内を舐めまわされ、身体中が燃えるように熱くなる。「もう我慢できない……」「蒼真さん……」薄手のセーターを下からめくり上げ、蒼真さんはレースのブラの上から優しく私の胸に触れた。胸の谷間を見られ、羞恥心が湧き上がる。「とても美しい。もっとお前の体に触れたい」私は、このままこの人に全てを捧げるの?これが正解なの?疑問を解消する間もなく、蒼真さんは、私の考えていることなどお構い無しに上半身に舌を這わせた。「藍花の胸……すごく大きくて柔らかい」ブラを外され、胸のいただきに舌の刺激を感じると、保っていた理性を失いそうになった。本当に、蒼真さんに全てを見られ、全てを捧げるのだ――と、私の脳が悟り、心で覚悟した。
「蒼真さん……」スカートの上から私の足をゆっくりと撫でる細くて長い指。その行動に戸惑いが隠せない。私は今からどうなってしまうのか?「こんな告白は嫌いか?」「こ、告白?」蒼真さんはソファの前に膝まづいたまま、今度は手を伸ばして私の髪に触れた。そして、そのまま耳に触れ、その指はゆっくりと唇へと移った。「好きだよ、藍花」「……蒼真……さん?」いったい何が起こったのか?蒼真さんは何を言っているの?「こんなに誰かを好きになったのは初めてだ。俺、頭がおかしくなるくらいお前を求めてしまう」「……ちょっ、ちょっと待って下さい。そんなこと……そんなこと……」まるで状況が理解できない。体がソファにフラフラと倒れ込んでしまいそうになる。「藍花?」「そ、蒼真さんが私を好きだなんて信じられるわけないです。好きって……好きっていったいどういう意味なんでしょうか?私には全く意味がわかりません」頭の中が大混乱していて、パニックを起こしそうになっている。「どうして俺を信じない?」「どうしてって、信じられるわけないです。蒼真さんが私を選ぶわけない。蒼真さんみたいな全てに優れている人は、私なんかを選びません。選ぶならもっと……」もう、自分が何を言っているのかもわからない。ただ口が勝手に開いているだけだ。「もっと?」「もっと……その、あの……」言葉が全く出てこない。「藍花が信じなくても俺はお前が好きだから。それは偽りない真実だ。藍花は俺のこと、どう思っている?」「えっ……」「俺は藍花の思いを知りたい。今の正直な気持ちを聞かせてくれないか?」私は夢でも見ているのだろうか?白川先生……蒼真さんはどうして私なんかに好きだと言うの?「私……今のこの状況がよくわかりません。疑問だらけです。正直、今まで自分の中にはいろいろな感情がありました。自分の本当の気持ちがはっきりしなくて。モヤモヤして……」「……」蒼真さんは私の言葉に真剣に耳を傾けている。私は、ひとつひとつ、絞り出すように自分の思いを言葉にしようと頑張った。「でも、私……変なんです。自分の気持ちがはっきりわからないくせに、どうしようもなく体が熱くて、私……蒼真さんのこと……」この先の言葉を口に出すのが怖かった。自分が自分じゃないみたいで、すごく恥ずかしい。「その先を聞きたい。聞かせて
ただ靴下を脱がされただけなのに、どうしてこんなにもドキドキするのだろう。蒼真さんはお医者さんとして私の傷を心配してくれているだけなのに。「うん、確かに良くなってるな。爪も綺麗だ」「はい、ありがとうございます。あれからちゃんと感染症にならないように診てもらってましたから、本当に大丈夫です」私は慌てて靴下を履こうとした。なのに、手が震えて上手く履けない。落ち着けば当たり前のようにできることが、なぜか上手くできなくて焦る。その時、蒼真さんがモタモタしている私の手にサッと触れた。「履かなくていい。このままでいいんだ。このままで……」「えっ……」「藍花、覚えてる?この前、患者さんに言われたこと。俺達はお似合いだって」「……はい。覚えています。確かに言われましたけど、あれは私をからかってただけですから」「あの人はからかってなんかいない。本気だった。本気で俺と藍花が似合っていると言ってくれたんだ。それに俺も、そう思ってる」蒼真さんは、ソファに座る私を見上げた。その瞳は潤み、唇は艶を帯び、恐ろしい程、男の色気を感じた。「わ、私達が似合ってるなんて、蒼真さんまでからかわないで下さい」「藍花……」その瞬間、私は頬に温もりを感じた。蒼真さんの手が触れている。気づけば目の前に美し過ぎる顔があって、私は直視できずに、思わず自信のない顔を背けた。「目を逸らすな。俺を見て……」「そんなこと言われても、わ、私……み、見れません」心臓が激しく脈打ち、あまりのことに息の仕方がわからなくなる。「藍花、見て。俺を見るんだ」心も体も溶かすような甘い声。私はその声につられるように、ゆっくりと蒼真さんの顔を見た。とんでもない至近距離で目と目が合う。その不純物など全くない美しい瞳にハッとして、私の全てが吸い込まれてしまいそうになった。「俺は、お前が欲しい」「えっ……」あまりにも深い衝撃。蒼真さんの言葉に撃ち抜かれたように体中に電気が走る。「藍花……」例えようのないその妖艶な姿。蒼真さんの表情が情欲に満ちた瞬間、私達の間に残っていた壁は……完全に崩れ去った。
嬉しいとはいえ、この心臓が飛び出しそうなシチュエーションは、そろそろ限界に近い気がする。月那は、「美味しいご飯、美味しいお酒、ベランダから星を見たりなんかして……。あ~もうその後は『私、どうなってもいい!』ってなるんだよ、絶対に」なんて楽しそうに言っていた。本当に人ごとだと思って……私達はベランダになんか出ない。だから、何も起こらない。きっと……起こるわけがない。蒼真さんはこんなに落ち着いているのに、私だけが内心あたふたしているのがすごく恥ずかしい。「カレー、本当に美味しかった。ありがとう」「いえ……。こちらこそたくさん食べてもらえて嬉しかったです」「美味しいものでお腹が満たされると、人は幸せな気持ちになれるな」「そうですね……」蒼真さんがとても穏やかに言ってくれた言葉が、何だかくすぐったく感じる。美味しい……と、何度も言われると心から作って良かったと思えてくる。2人の時のこの優しさが、病院でもずっと続けばいいのに……とつい願ってしまった。子どもの頃のこと、好きな食べ物、影響を受けたテレビのこと、プライベートな内容を惜しげもなくたくさん話してくれる蒼真さん。話せば話すほど興味が湧き、もっと色々聞いてみたいと思った。まるで患者さんと話すみたいに……いや、それ以上にリラックスしている蒼真さんに、私も次第に心を開いていった。「白川先生」と、こんなにも自然体で会話ができる日がくるなんて、少し前までは思いもしなかった。私達は、時間を忘れてお互いのことを話した。「藍花、足はもう大丈夫か?」「あ、はい。もう大丈夫です。本当にありがとうございました。蒼真さんにすぐに手当してもらったおかげです」「見せて」先生はソファから降りて、私の足の前にしゃがみこんで傷口辺りに手を伸ばした。「本当にもう治ってますから」私は、思わずロングスカートの中に足を引っ込めて隠した。「ダメだ。ちゃんと見せて」蒼真さんは私の足を優しく掴んで、スカートの裾から外に出した。そして、靴下をゆっくりと脱がせた。やっと緊張が少しずつ溶けてきたのに、こんなことをされたらまた……