新しい人生は、剣と魔法のある異世界で始まっていた。
俺は王家に次ぐ権力を持つ筆頭公爵家、ゴールドウィン家の長男として生を受けたのだ。
父は敏腕宰相で現王と幼馴染。黒髪にグレーの瞳というクールで知性的な容貌の美形だ。
高位貴族で人物容姿にも優れた将来有望な父には、適齢期になったとたん釣書が殺到した。父はその頃のことを苦い表情でこう語る。「血で血を洗うような戦いが水面下で行われていた」。想像するだけで恐ろしい。
そんな父が選んだのは公爵家でもなく、侯爵家ですらなかった。サーズ伯爵家の三女、マーゴット。俺の母だ。
母は……こう言っては何だが、貴族社会には珍しい無邪気でおっとりとした女性だ。銀髪に金の瞳という薄い色彩もあり、まるで妖精のように見える。父によれば、母は当時「妖精姫」と呼ばれ、男性からは憧憬を集め女性からは守る対象として慈しみ可愛がられていたという。
父はそんな母の浮世離れした様子に一目ぼれをし、姫を守る騎士となることを自らかってでた。誰よりも近くで母を守り、大切に慈しんだ。そうして母の信頼を得るやいなや、あっという間に婚約の了承を貰い、そのまますぐスピード婚に持ち込んだ。
家格の差を気にする母に対し父はこう言い放ったのだそうだ。「この私に後ろ盾など必要だとでも?」
わが父ながらなかなかのものだ。要するに父は母に惚れこんでいた。
こうして貴族には珍しい恋愛結婚の末に生まれたのがこの俺、アスカ・ゴールドウィンだ。
髪の色と知性を父から、珍しい金色の瞳と美しい容貌を母から受け継いだ。
俺は生まれた時からどこか特別だったそうだ。
赤子なら泣くのが仕事だというのに、よく見えぬ目でじいっと周りを観察していたという。
そして妖精のように可憐な母の腕を拒絶し、父に向かって腕を伸ばした。
父は驚き躊躇いながらもしっかりと俺を抱きしめた。ちなみにこれが父の俺への溺愛が決定した瞬間だ。
拒絶された母はといえば、気にすることもなくおっとりとほほ笑んだという。
「まあまあ。カイトちゃんはお父様が大好きなのねえ。お母様といっしょねえ」と。さすが妖精姫だ。
たまたまかと思われたそれは、物心ついてからも続く。俺はどうしてだか女性が近づくと泣き、拒絶したのである。
それでも拒絶してもそれをおっとりと躱し俺に関わり続けた母のことだけは、受け入れて甘えるようになった。
赤子としてかなり異質だったと思うが、父も母も「この子はこう言う子なのだ」とそのままの俺を受け入れて愛してくれた。
ちなみに、愛情を注いでくれたこの両親のお陰で、今世の俺の自己肯定感はかなりなものだったりする。
さて、あまり人を寄せ付けぬ俺のために、すぐに専属の侍女と侍従がつけられた。アリアとセリアという男女の双子だ。
ふたりは特別だった。当時12歳だった彼らは、公爵家のいわゆる「暗部」として育てられた人間で、幼き頃から特殊な訓練を受けていたのだ。従者としての能力はさることながら、暗殺能力にも長け、諜報活動も得意だった。通常ならば何人も使用人や護衛を付けるべきところを、アリアとセリアは2人だけでこなすことができたのだ。
アリアとセリアとの初顔合わせで、俺は両親が拍子抜けするほどあっさりとこの二人を受け入れた。大人しく抱かれ、世話をされることを許したのだ。これは恐らく彼らが暗部だったから。「主人である俺」に忠実であることを無意識に理解していたからなのだろう。
それ以来ずっと彼らは俺の期待通りの働きをしてくれている。彼らは俺を守り世話しただけでなく、俺の能力を早くから見抜き、俺の求めるままに教え込んでくれたのである。
今では俺の側近であり、師匠でもあり、兄と姉のような存在だ。両親以外に唯一信頼している人といってもいい。
幼い頃の俺には前世の記憶はなかった。だが、それでも明らかに普通ではなかった。
俺はすぐにその優秀さを発揮し周りを驚かせることになる。
生後半年で言葉を発し、1歳になるころには普通に話し歩けるようになっていた。
さらには教えもしない魔法を使い、自分で文字を覚えて本を読むようになった。
慌てた父は「カイトには特別な導きが必要だ」とすぐに俺に家庭教師をつけた。
剣術指南役、魔術師、貴族学園を首席卒業したという優秀な教師。父はその権力にものを言わせ、2歳にも満たぬ子に一流の教師をつけたのである。
当初「ものも分からぬ赤子に……。かの公爵様といえど親馬鹿が過ぎますなあ……」と苦笑交じりに訪れた講師は、俺と接してその考えを改めた。
明らかに俺は特別な子だった。俺は一度教えただけですべてを覚え、さらにその先を予測した。いわゆる「一を聞いて十を知る」というやつだ。
教えてもいない魔法を自ら編み出した。かつ、その魔力は尽きることを知らなかった。
絵本を読む年齢でありながら、当たり前のように授業を受け、学術書を読みふける。
「この子は天才では?」「神童です!将来が恐ろしい」彼らは口々にこう父に訴え、筆頭公爵家の長男の優秀さをあちこちで言って回ったのだった。
こういうわけで、5歳になるころには既に俺は有名人だった。
年齢に似合わぬ思考回路に、異常ともいえる飛びぬけた能力。文武両道だ。
「あの優秀な宰相の息子」「妖精姫の息子」という枕詞に「神に愛された子」「神童」「希代の天才」が加わった。
俺は周囲に期待され、両親以外の大人たちから「別格」扱いされて育つ。
でも、両親だけは俺をあくまでも「子供」として扱った。俺の才能・才覚は認めつつも俺の頭を撫で、ことあるごとに抱きしめ、叱り、褒めた。
赤子の頃「親」という存在になぜか訳も分からない嫌悪を抱いていたのが申し訳ないくらい、俺は愛されていた。
正直なところ、この両親でなければ俺はとんでもない子供に育っていただろう。
人を拒絶する俺になんとか友人をつくらせようと、両親は高位貴族の子弟を呼びパーティーを開いた。
が、それもうまくはいかなかった。
そもそも同年代と俺ではまともに会話にならないのだ。彼らの話は俺にとって退屈で、取るに足らぬものに過ぎなかった。
彼らが必死で俺に好かれようとしたり、俺に触れようとしてくるのも不快だった。妙な親しさで俺に纏わりつくのには嫌悪しか湧かない。
どうせこいつらは俺の上っ面しか見ていないのだ。公爵家の息子という地位、血肉の争いを生んだ父と妖精姫と呼ばれた母から引き継いだ恵まれた容姿、神の子と言わしめた知能と才覚……。
それらは俺が努力して得たものではない。なぜだか分からないが、単にそう生まれついたのだ。気が付いたら俺は「こう」だった。ただそれだけ。
そんなものに魅かれて俺に近づく奴らを友人と呼べるはずもない。どうせ簡単に裏切るのだから。
俺は一人が好きだった。
家庭教師に教わる必要も、もうない。幼いころからひたすら書庫の本を読みあさり、俺の知識はかなりのレベルにまで達していた。
それでも両親が家庭教師を呼んでいたのは、きっと人を信じようとしない俺に家族以外と接する機会を与えるためだったのだろう。同年代がダメならせめて……といったところか。
だが当時の俺にそんな親心が分かるはずもない。
俺は「時間の無駄だ」とばかりに、退屈な授業から逃げ出すようになった。
そんな折俺にとんでもない話が持ち込まれた。なんと「第一王子の婚約者に」と王家に請われたのである。元々父は王と親しかった。宰相である父は、職場である王城で「自慢の息子の話」をたびたびしていたようで、王が俺に興味を持ってしまったのだ。俺が3歳にもならぬうちから「息子の婚約者に」と言い出していたそうなのである。父は「嫡男ですので」とそれをずっと断っていたようだが、ここにきて俺に弟が生まれてしまい「唯一の息子」ではなくなってしまった。弟というスペアができたことで、王家に請われたにもかかわらず断るほどの理由にはならなくなったのである。俺はその話を聞いて何の理由もなく「嫌だ」と思った。根拠などない。第一王子と聞き「嫌だ」と思い、レオンという名前を聞いて「絶対にダメ」だと思ったのである。「父上、嫌です!俺は筆頭公爵家嫡男。王家の嫁になど言語道断。無理を押し通すような王家などこちらから切ってしまえばいい。王家にこう言ってください。「カイトはゴールドウィン家の後継者です。それを挿げ替えろと?ご無理をおっしゃる。王家に我がゴールドウィン家を敵に回すおつもりがあるのならば、婚約をお受けいたしましょう』と。それでも婚約をと言われたら、王家を討ちましょう。それがいい。父上と私ならできます!」
入学から二か月。剣術の授業の後逃げ遅れた俺は、あっという間にクラスメートに囲まれてしまった。「アスカ様、今日も素晴らしかったです!」「流石ですわあ!希代の天才だというのは本当ですわね!!完璧ですわ!」「素晴らしい剣筋だ!あの域に達するにはどれほどの修練を積まれたのですか?!」全く、相も変わらずうるさいものだ。こうも目をハートにしてくる意味が分からない。俺は彼らに冷酷といっていいような対応しかしていないのに、こいつらはマゾなのか?「当然だ。貴様らごときが俺を称えるなど一万年早いぞ?」ニヤリと笑いながら軽く顎をしゃくってみせると、取り巻きどもは嬉しそうに顔を輝かせた。だから何故これで喜ぶ?こいつら、おかしすぎるだろう。俺が戸惑うのはこういうところだ。ここの女は俺が知る前世の女たちとは違いすぎる。なんというか……俺に対してあまりにも好意的すぎるのだ。俺のこの「美しい」と言われる容姿のせいか?いや、前世の俺だって容姿は悪くなかった。優しくしているわけでもないのに、いつまでも好意的なわけがわからない。男どもも俺を妬むどころか羨望の眼差しで褒
なんとなく感傷に浸っていれば、そこに馬鹿みたいな声を上げながら、派手な女がやってきた。「アスカ様〜♡ 今日のお茶会、もちろん来てくださいますよね?うふふ。特別な趣向をご用意しておりますのよ?」こいつは確か家が商会をしているとかいう男爵令嬢だ。金にものを言わせて爵位を買ったという噂の成り上がり。豪華な衣装を着ているが、話し方も素振りも下品そのもの。権力にこびへつらい、下の者には辛く当たるタイプだ。実際、こいつが侍女を蹴倒しているのを見たことがある。まさに俺の大嫌いな「女」を具現化したような女。女は甘えたように鼻にかかった声でわめきたて、図々しくも俺の腕にしがみつこうとしてくる。せっかく少しいい気分だったのに、台無しだ。俺は軽く一歩引くことでしがみつこうとした女の手をさりげなくいなし、冷たく吐き捨てた。「ふん、貴様なんぞ知らん。この俺がなぜ貴様の下らぬ茶会になんぞ行かばならんのだ?女、不快だ。俺に触れる許可を出した覚えはないぞ。わきまえろ」容赦のない言葉含まれた明らかな侮蔑と拒絶。それを聞いて、居合わせた周りのやつらがきゃあきゃあと騒ぎ出した。&n
入学式をさぼることはできなかった。なぜなら、残念ながら俺は学年総代。入学式で祝辞を読まねばならないからだ。本来なら王太子がその学年にいる場合は王族が祝辞を読むのが常。しかし、俺は全教科満点の上、王子の次に高位。さらには俺の異常なほどの神童ぶりは知れ渡っていたため、例外的に俺が祝辞を読むこととなったのだ。全く、学園も余計なことをしてくれた。例外になどしてくれる必要はなかったのに。しかしそうと決まった以上俺にさぼるという選択はない。面倒だが、トップとしての義務ならば果たす。それが俺の矜持だからだ。「総代、アスカ・ゴールドウィン」名を呼ばれ壇上に向かう俺に、多くの好奇に満ちた視線が集中する。俺はほとんど公の場には顔を出さない。パーティーにも最低限しか出ず、それもすぐに引っ込むという徹底ぶりだ。従って、俺の名だけは知っていても顔を見るのは初めてというものが多いのだ。「まあ!なんて素敵な方なの!」「ほら、伝説の妖精姫の……」などという声が、ため息とともにあちこちから聞こえてくる。5歳で既に美の片鱗を見せていた俺だが、15歳になった今はまさに「美少年」「端麗」という言葉がふさわしい男に育っていた。父も母もがっしりしたタイプではないので線は細い。しかし剣術訓練や恵まれた資質により引き締まった筋肉としなやかな身体を持っている。背は年齢にしては少し低めではあるが、それでも女性よりもはるかに大きい。容貌に関しては言わずもがな。あの伝説の「妖精姫」の繊細な美しさと、父から引き継いだ怜悧な美貌の絶妙なミックス。艶やかな漆黒の髪を片側だけ編み込みにすることで、特徴的な黄金色の瞳がより強調されていた。自分で言うのもなんだが、いっそ近寄りがたいほどの美貌なのだ。親しみやすく見せる必要などない。俺は誰ともなれ合うつもりはないのだから。集まる羨望のまなざしの中、ひときわ強い熱を感じた。ピリピリと突き刺さるような視線。その持ち主は……分かっている。最前列のあの眩しい金色……そう、俺の婚約者様だ。頬に焦げるような熱を感じながら通り過ぎ、壇上へ。上に立つとさらに顔が良く見える。レオン・オルブライト。 久しぶりに彼を正面から見て驚いた。金髪と黒髪という違いはあれど、レオンが前世で俺をさんざん振り回したアイツにそっくりな顔になっていたからだ。だが、レオンがアイツではないように、俺
それからもレオンは俺に対して好意的な様子を隠そうともしなかった。事あるごとに俺に声をかけ、近づこうとする。「アスカ、一緒にランチをしよう。君の分も用意してきた」「やあ、もしよければ放課後時間を取れないかな?お茶でもどうだい?」金髪碧眼、優し気で端正な容貌の絵にかいたような王子様。彼を嫌いだというものなどいないだろう。普通の生徒ならば喜んで受けるに違いない誘い。だが俺は別だ。俺の答えはいつも同じ。「面倒ごとは御免だ。形ばかりの婚約者だ。俺のことは放っておけ」レオンと俺の同じようなやりとりは、学園のあちこちで定期的に繰り広げられた。今では俺とレオンが婚約者であること、そして俺がレオンに対して冷淡であり毎回すげなく断っていることを知らないものはこの学園にはいない。レオンの信奉者からは「不敬だ」だの「なんて生意気なのだ」だの言われるが、そんなのは俺の知ったことではない。だってレオンは攻略対象なのだ。どのみちピンク頭の主人公とくっつくのだから、関わらないほうがいい。俺の記憶では、夏になるころ主人公が遅れて登場する。「身体が弱く療養していたため入学が遅れた」という触れ込みなのだが、実際は違う
「……憑依?もしくは依り代か?」レオンの気配を探れば……うむ、確かにおかしな気配がある。奥に異質になもの……。なんだ、これは?俺は目を細めた。ああ、なるほど。確かにこれは呪いと呼んでいいのかもしれない。レオンの魂に絡みつくようにして彼を縛るもの。彼の精神を苛むもの。俺が知るどの呪いにも当てはまらない。闇の魔力でもなければ、魔物でもない。かといって魔道具の魔力とも異なっている。ん?これは……面白くなってきた。コイツは俺のことを認識している。この際だ、助けた上で思いっきり恩を売ってやる。「いいだろう。調べてやろう 」俺が傲慢な笑みを浮かべてみると、わずかにレオンの空気が緩んだ。「……すまない。助かるよ、アスカ」
不遜な笑みを見せた俺にレオンが眉を寄せる。「アスナ、とは誰のことだ?……コレか?」俺はその問いには答えずもう一つの質問をした。「猶予がない、と言ったな?アレはどういう意味だ?」「僕の質問にも答えて欲しいけど……きっと関係あるんだよね。コレに気付いたのはアスカと出会ったとき。そして、アスナに避けられていた間はコレは大人しかったんだ。『手に入れなければ』という訳の分からない焦燥感はあったが、それも『無理強いしてはいけない』という理性で抑え込める程度のものだった。どちらかといえば後者の気持ちの方が強かったのかもしれない。なにしろ私自身の『会いたい』という気持ちにもブレーキをかけるくらいだったのだから」「つまり、その俺を手に入れようとするヤツ、そいつを抑えようとするヤツがいるんだな。便宜上こいつはクロとシロと分けて呼ぶことにするぞ?」「分かった。そうだね。意識としては2種類のものがあるように感じる」ふむ。あの俺に執着して俺を孤立させたアスナをクロとするなら、シロの意味がわからない。アスナとは別のものなのか?それが俺に執着する?果たしてそんな偶然があるものだろうか?「この10年はシロの方が優勢だったんだ。そのおかげか、普段はクロもシロも眠っていて、たまに目を覚ます、という感じだった。だけど……学園で君に再開したとたん、クロが優勢になった。私の意識がクロに浸食され始めている。………引かないで欲しいんだが、君に会いたくてたまらなくなる。君を自分だけのものにしたい。君が誰かに笑いかけるだけでその相手をどうにかしたくなるんだ」「………気持ち悪い」「引かないでくれと言っただろう?私じゃない!いや、確かに私も君に会いたかったのだが、違うんだ!も
ストン、と腑に落ちた。そうだ、すっかり忘れていた。◇◇◇まだ俺がアスナを「唯一無二の親友」だと信頼していた中学のころのことだ。俺は自分と同じ名を持つアスカが、恵まれた能力を持ちながら断罪されていくのがはがゆかった。だって、俺は大した能力もなく、家族にも恵まれず。そんななかで必死で「家族を守る」という役目をはたしている。なのにアスカは愛してくれる家族に恵まれ、完全無欠というほどの能力を持ち、天使の美貌を受け継ぎながら、断罪される。すごく納得がいかない。普通ならアスカが不幸になるわけがない。「この悪役、なんで断罪されるんだろ?こいつのスペックがあればやりたい放題じゃん!いいなあ、俺がこんなだったら最高の人生を送ってやるのに!」俺は自分のままならない状況をアスカに重ねていたのかもしれない。アスカが幸せになれば俺も幸せになれるような気がした。そこで、なんとかアスカ救済ルートを探すべくひたすらにゲームをやりこんだ。もしかしたら裏ルートがあるのでは?隠しキャラがいるのでは?そんなありもしない希望を胸にひたすらやりこみ……撃沈したのである。そうだ、それでたしか、落ち込む俺をアスナが励ましてくれたんだ。「だ、大丈夫だって!ゲームはゲームだろ?飛鳥とアスカは違う」「分かってるけどさ。なんか……俺にとってアスカって特別なんだよなあ。異世界転生とかあるんならさ、俺がアスカになりたい。そんくらいには好きなキャラなんだよ。だってアスカって完璧なんだもん。俺がアスカだったらあんな攻略対象なんて無視する。黙ってやられたりなんかしないし、好き勝手に楽しく生きてやるんだ」「じゃあ、俺はレオンになってアスカの味方になる。そしたら断罪ルート全部へし折ってやる!」「ははは!だな。レオンも名前が一緒だし、俺たちこのゲームと縁があるのかもな」「じゃあ、約束な?生まれ変わるなら一緒だ。レオンとアスカになろう!」「あははは!なれたらな!約束!」◇◇◇だが、俺がこの世界に来た理由は分かった。神様を罵ったからなんかじゃなかった。俺がそれを望んだからだったんだ。もしかして、アスナはあんな昔のことを覚えていたのか?俺本人ですら今まで忘れてしまっていた、子供同士の遊びの中で俺が言った戯れのような言葉。それだけをよすがにこんなところまで俺を追ってきたのか?あんな俺の一言を大
ドンドン!!「大丈夫ですか?!どうかされましたか?!」扉を激しく叩く音。外に出したレオンの護衛が異変を察知したようだ。「チッ!うるさいなあ!」ボロボロと涙を流したまま、まるでレオンのようにアスナが返す。「大丈夫だ!少し行き違いがあっただけだ。問題はない。大切な話の最中なのだ。悪いが結界を張らせてもらうよ。私が呼ぶまでは決して入らないでくれ」その言葉が終わると同時に部屋が閉鎖された。アスナが幸せそうな笑みを浮かべ、俺に向かって近づいてくる。「……さあ、これでもう邪魔は入らないよ?大丈夫。痛くないようにするから。今度は俺もすぐに後を追う。それでまた一緒にこの世界に戻ればいい。だろ?」まるで幸せな未来を語るかのように恐ろしい内容を口にするアスナ。お前、なんでそこまで俺を……。今の完璧な俺に執着するのならまだわかる。だがアスナが執着しているのは、自分で言うのもなんだが、ただ真面目なだけ
ストン、と腑に落ちた。そうだ、すっかり忘れていた。◇◇◇まだ俺がアスナを「唯一無二の親友」だと信頼していた中学のころのことだ。俺は自分と同じ名を持つアスカが、恵まれた能力を持ちながら断罪されていくのがはがゆかった。だって、俺は大した能力もなく、家族にも恵まれず。そんななかで必死で「家族を守る」という役目をはたしている。なのにアスカは愛してくれる家族に恵まれ、完全無欠というほどの能力を持ち、天使の美貌を受け継ぎながら、断罪される。すごく納得がいかない。普通ならアスカが不幸になるわけがない。「この悪役、なんで断罪されるんだろ?こいつのスペックがあればやりたい放題じゃん!いいなあ、俺がこんなだったら最高の人生を送ってやるのに!」俺は自分のままならない状況をアスカに重ねていたのかもしれない。アスカが幸せになれば俺も幸せになれるような気がした。そこで、なんとかアスカ救済ルートを探すべくひたすらにゲームをやりこんだ。もしかしたら裏ルートがあるのでは?隠しキャラがいるのでは?そんなありもしない希望を胸にひたすらやりこみ……撃沈したのである。そうだ、それでたしか、落ち込む俺をアスナが励ましてくれたんだ。「だ、大丈夫だって!ゲームはゲームだろ?飛鳥とアスカは違う」「分かってるけどさ。なんか……俺にとってアスカって特別なんだよなあ。異世界転生とかあるんならさ、俺がアスカになりたい。そんくらいには好きなキャラなんだよ。だってアスカって完璧なんだもん。俺がアスカだったらあんな攻略対象なんて無視する。黙ってやられたりなんかしないし、好き勝手に楽しく生きてやるんだ」「じゃあ、俺はレオンになってアスカの味方になる。そしたら断罪ルート全部へし折ってやる!」「ははは!だな。レオンも名前が一緒だし、俺たちこのゲームと縁があるのかもな」「じゃあ、約束な?生まれ変わるなら一緒だ。レオンとアスカになろう!」「あははは!なれたらな!約束!」◇◇◇だが、俺がこの世界に来た理由は分かった。神様を罵ったからなんかじゃなかった。俺がそれを望んだからだったんだ。もしかして、アスナはあんな昔のことを覚えていたのか?俺本人ですら今まで忘れてしまっていた、子供同士の遊びの中で俺が言った戯れのような言葉。それだけをよすがにこんなところまで俺を追ってきたのか?あんな俺の一言を大
不遜な笑みを見せた俺にレオンが眉を寄せる。「アスナ、とは誰のことだ?……コレか?」俺はその問いには答えずもう一つの質問をした。「猶予がない、と言ったな?アレはどういう意味だ?」「僕の質問にも答えて欲しいけど……きっと関係あるんだよね。コレに気付いたのはアスカと出会ったとき。そして、アスナに避けられていた間はコレは大人しかったんだ。『手に入れなければ』という訳の分からない焦燥感はあったが、それも『無理強いしてはいけない』という理性で抑え込める程度のものだった。どちらかといえば後者の気持ちの方が強かったのかもしれない。なにしろ私自身の『会いたい』という気持ちにもブレーキをかけるくらいだったのだから」「つまり、その俺を手に入れようとするヤツ、そいつを抑えようとするヤツがいるんだな。便宜上こいつはクロとシロと分けて呼ぶことにするぞ?」「分かった。そうだね。意識としては2種類のものがあるように感じる」ふむ。あの俺に執着して俺を孤立させたアスナをクロとするなら、シロの意味がわからない。アスナとは別のものなのか?それが俺に執着する?果たしてそんな偶然があるものだろうか?「この10年はシロの方が優勢だったんだ。そのおかげか、普段はクロもシロも眠っていて、たまに目を覚ます、という感じだった。だけど……学園で君に再開したとたん、クロが優勢になった。私の意識がクロに浸食され始めている。………引かないで欲しいんだが、君に会いたくてたまらなくなる。君を自分だけのものにしたい。君が誰かに笑いかけるだけでその相手をどうにかしたくなるんだ」「………気持ち悪い」「引かないでくれと言っただろう?私じゃない!いや、確かに私も君に会いたかったのだが、違うんだ!も
「……憑依?もしくは依り代か?」レオンの気配を探れば……うむ、確かにおかしな気配がある。奥に異質になもの……。なんだ、これは?俺は目を細めた。ああ、なるほど。確かにこれは呪いと呼んでいいのかもしれない。レオンの魂に絡みつくようにして彼を縛るもの。彼の精神を苛むもの。俺が知るどの呪いにも当てはまらない。闇の魔力でもなければ、魔物でもない。かといって魔道具の魔力とも異なっている。ん?これは……面白くなってきた。コイツは俺のことを認識している。この際だ、助けた上で思いっきり恩を売ってやる。「いいだろう。調べてやろう 」俺が傲慢な笑みを浮かべてみると、わずかにレオンの空気が緩んだ。「……すまない。助かるよ、アスカ」
それからもレオンは俺に対して好意的な様子を隠そうともしなかった。事あるごとに俺に声をかけ、近づこうとする。「アスカ、一緒にランチをしよう。君の分も用意してきた」「やあ、もしよければ放課後時間を取れないかな?お茶でもどうだい?」金髪碧眼、優し気で端正な容貌の絵にかいたような王子様。彼を嫌いだというものなどいないだろう。普通の生徒ならば喜んで受けるに違いない誘い。だが俺は別だ。俺の答えはいつも同じ。「面倒ごとは御免だ。形ばかりの婚約者だ。俺のことは放っておけ」レオンと俺の同じようなやりとりは、学園のあちこちで定期的に繰り広げられた。今では俺とレオンが婚約者であること、そして俺がレオンに対して冷淡であり毎回すげなく断っていることを知らないものはこの学園にはいない。レオンの信奉者からは「不敬だ」だの「なんて生意気なのだ」だの言われるが、そんなのは俺の知ったことではない。だってレオンは攻略対象なのだ。どのみちピンク頭の主人公とくっつくのだから、関わらないほうがいい。俺の記憶では、夏になるころ主人公が遅れて登場する。「身体が弱く療養していたため入学が遅れた」という触れ込みなのだが、実際は違う
入学式をさぼることはできなかった。なぜなら、残念ながら俺は学年総代。入学式で祝辞を読まねばならないからだ。本来なら王太子がその学年にいる場合は王族が祝辞を読むのが常。しかし、俺は全教科満点の上、王子の次に高位。さらには俺の異常なほどの神童ぶりは知れ渡っていたため、例外的に俺が祝辞を読むこととなったのだ。全く、学園も余計なことをしてくれた。例外になどしてくれる必要はなかったのに。しかしそうと決まった以上俺にさぼるという選択はない。面倒だが、トップとしての義務ならば果たす。それが俺の矜持だからだ。「総代、アスカ・ゴールドウィン」名を呼ばれ壇上に向かう俺に、多くの好奇に満ちた視線が集中する。俺はほとんど公の場には顔を出さない。パーティーにも最低限しか出ず、それもすぐに引っ込むという徹底ぶりだ。従って、俺の名だけは知っていても顔を見るのは初めてというものが多いのだ。「まあ!なんて素敵な方なの!」「ほら、伝説の妖精姫の……」などという声が、ため息とともにあちこちから聞こえてくる。5歳で既に美の片鱗を見せていた俺だが、15歳になった今はまさに「美少年」「端麗」という言葉がふさわしい男に育っていた。父も母もがっしりしたタイプではないので線は細い。しかし剣術訓練や恵まれた資質により引き締まった筋肉としなやかな身体を持っている。背は年齢にしては少し低めではあるが、それでも女性よりもはるかに大きい。容貌に関しては言わずもがな。あの伝説の「妖精姫」の繊細な美しさと、父から引き継いだ怜悧な美貌の絶妙なミックス。艶やかな漆黒の髪を片側だけ編み込みにすることで、特徴的な黄金色の瞳がより強調されていた。自分で言うのもなんだが、いっそ近寄りがたいほどの美貌なのだ。親しみやすく見せる必要などない。俺は誰ともなれ合うつもりはないのだから。集まる羨望のまなざしの中、ひときわ強い熱を感じた。ピリピリと突き刺さるような視線。その持ち主は……分かっている。最前列のあの眩しい金色……そう、俺の婚約者様だ。頬に焦げるような熱を感じながら通り過ぎ、壇上へ。上に立つとさらに顔が良く見える。レオン・オルブライト。 久しぶりに彼を正面から見て驚いた。金髪と黒髪という違いはあれど、レオンが前世で俺をさんざん振り回したアイツにそっくりな顔になっていたからだ。だが、レオンがアイツではないように、俺
なんとなく感傷に浸っていれば、そこに馬鹿みたいな声を上げながら、派手な女がやってきた。「アスカ様〜♡ 今日のお茶会、もちろん来てくださいますよね?うふふ。特別な趣向をご用意しておりますのよ?」こいつは確か家が商会をしているとかいう男爵令嬢だ。金にものを言わせて爵位を買ったという噂の成り上がり。豪華な衣装を着ているが、話し方も素振りも下品そのもの。権力にこびへつらい、下の者には辛く当たるタイプだ。実際、こいつが侍女を蹴倒しているのを見たことがある。まさに俺の大嫌いな「女」を具現化したような女。女は甘えたように鼻にかかった声でわめきたて、図々しくも俺の腕にしがみつこうとしてくる。せっかく少しいい気分だったのに、台無しだ。俺は軽く一歩引くことでしがみつこうとした女の手をさりげなくいなし、冷たく吐き捨てた。「ふん、貴様なんぞ知らん。この俺がなぜ貴様の下らぬ茶会になんぞ行かばならんのだ?女、不快だ。俺に触れる許可を出した覚えはないぞ。わきまえろ」容赦のない言葉含まれた明らかな侮蔑と拒絶。それを聞いて、居合わせた周りのやつらがきゃあきゃあと騒ぎ出した。&n
入学から二か月。剣術の授業の後逃げ遅れた俺は、あっという間にクラスメートに囲まれてしまった。「アスカ様、今日も素晴らしかったです!」「流石ですわあ!希代の天才だというのは本当ですわね!!完璧ですわ!」「素晴らしい剣筋だ!あの域に達するにはどれほどの修練を積まれたのですか?!」全く、相も変わらずうるさいものだ。こうも目をハートにしてくる意味が分からない。俺は彼らに冷酷といっていいような対応しかしていないのに、こいつらはマゾなのか?「当然だ。貴様らごときが俺を称えるなど一万年早いぞ?」ニヤリと笑いながら軽く顎をしゃくってみせると、取り巻きどもは嬉しそうに顔を輝かせた。だから何故これで喜ぶ?こいつら、おかしすぎるだろう。俺が戸惑うのはこういうところだ。ここの女は俺が知る前世の女たちとは違いすぎる。なんというか……俺に対してあまりにも好意的すぎるのだ。俺のこの「美しい」と言われる容姿のせいか?いや、前世の俺だって容姿は悪くなかった。優しくしているわけでもないのに、いつまでも好意的なわけがわからない。男どもも俺を妬むどころか羨望の眼差しで褒
そんな折俺にとんでもない話が持ち込まれた。なんと「第一王子の婚約者に」と王家に請われたのである。元々父は王と親しかった。宰相である父は、職場である王城で「自慢の息子の話」をたびたびしていたようで、王が俺に興味を持ってしまったのだ。俺が3歳にもならぬうちから「息子の婚約者に」と言い出していたそうなのである。父は「嫡男ですので」とそれをずっと断っていたようだが、ここにきて俺に弟が生まれてしまい「唯一の息子」ではなくなってしまった。弟というスペアができたことで、王家に請われたにもかかわらず断るほどの理由にはならなくなったのである。俺はその話を聞いて何の理由もなく「嫌だ」と思った。根拠などない。第一王子と聞き「嫌だ」と思い、レオンという名前を聞いて「絶対にダメ」だと思ったのである。「父上、嫌です!俺は筆頭公爵家嫡男。王家の嫁になど言語道断。無理を押し通すような王家などこちらから切ってしまえばいい。王家にこう言ってください。「カイトはゴールドウィン家の後継者です。それを挿げ替えろと?ご無理をおっしゃる。王家に我がゴールドウィン家を敵に回すおつもりがあるのならば、婚約をお受けいたしましょう』と。それでも婚約をと言われたら、王家を討ちましょう。それがいい。父上と私ならできます!」