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第306話  

「以前の離婚協議はそのまま有効だ。星河湾の別荘に住んでいいよ、俺は出て行く」清次は淡々と口にしながら、心の中では血を流していた。由佳は首を振り、「大丈夫。もしあなたがいらないのなら、不動産屋に頼んで売りに出すわ」

 離婚協議にサインした時、彼女はこの別荘を欲しがっていた。

 そこには、三年間二人が一緒に過ごした跡が残っていて、彼女はそれを残して、後からゆっくりと懐かしむつもりだった。さらに、この別荘を今後、歩美に取られるのが嫌だった。

 しかし、今はこの別荘が欲しいとは思わなくなった。過去の思い出は、彼女にとって苦しみと後悔しか残していなかった。

 離婚と決めたのなら、すべての過去を捨ててしまうべきだ。

 この言葉を聞いた清次は、まるで冷たい水を全身に浴びせられたように凍りつき、胸に重い石がのしかかったかのように息苦しくなった。

 彼女は、二人で三年間暮らした別荘を売ろうとしている。彼との思い出を一つも残したくないのか?

 彼からこんなにも早く解放されたいのか?

 「先に行くわね」

 由佳はバッグを手に取り、病室を出て行った。

 清次は目を閉じ、無力にベッドに横たわった。胸がえぐられたような痛みが全身を麻痺させ、冷たい風が彼を刺すように吹いていた。

 彼女は去ってしまった。

 もう彼女を会う正当な理由はない。

 もし彼が何か策略でも練らない限り、二人が再び会う機会はほとんどなくなるだろう。

 まるで、離婚した普通の夫婦のように、それぞれが平穏な生活を送り、互いに干渉しない生活だ。

 清次の拳は無意識に強く握りしめられ、骨が白くなり、ぎしぎしと音を立てていた。

 ……

 別荘に戻った由佳は、荷物の整理を始めた。

 床に広げたスーツケースの脇で、クローゼットから服を取り出していると、スーツケースの中から一匹の猫がひょっこりと顔を出し、彼女に向かって「にゃーにゃー」と鳴いた。

 由佳は猫の頭を撫で、猫は親しげに彼女の指を舐めた。

 もちろん、由佳は猫を連れて行くつもりだった。ただ、明日から旅行に行くため、ペットショップに預けるつもりだ。

 父の遺品と一緒にすべての荷物をまとめ終わった頃には、すでに夜の10時を過ぎていた。

 由佳は猫を抱え、3階の階段口から下を見下ろした。

 ここは二人が三年間一緒に生活した場所だ。隅々まで精心
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