第9話

知美は教務課を振り返ることなく後にした。

宮本家での一件で、彼女は秋子に対して予防線を張る必要性を痛感していた。

秋子が静也に電話をかけ、誹謗中傷の被害を泣きながら訴えるのを耳にした時点で、彼女は秋子と美咲の仕掛けた罠を見抜いていた。

美咲は知美のことをあまりにも多く知っていた。日記のことも当然だ。

静也との一夜の過ちの後、ネット上に彼女が薬を盛って誘惑したという片思いの日記が出回ったのも、きっと美咲の仕業に違いない。

だからこそ、彼女は密かに日記を入れ替えていたのだ。

そう考えていると、後ろから足音が聞こえた。美咲だった。

道中、美咲は何か言いたげに知美の様子を窺っていた。

しかし知美は極めて冷静で、先ほど裏切られた様子など微塵も見せなかった。

寮に近づくと、美咲はとうとう我慢できなくなった。

彼女は知美の腕を掴み、おどおどした様子で言った。

「知美ちゃん、ごめんなさい。私が貧しくて臆病だってことは知ってるでしょう。

園田さんのような人には逆らえなくて......脅されたら、つい話してしまって......」

知美はまだ美咲と絶交するつもりはなかった。

何せ、美咲と秋子が互いにいがみ合う様子をまだ見ていなかったからだ。

彼女は軽くため息をつき、悲しそうな表情を浮かべた。

「私は心から美咲ちゃんを友達だと思っていたのに、どうして私にあんなひどいことをしたの？

「全部園田さんに強いられたの。そうしないと卒業させてもらえないって......

うちの家族は苦労して私を大学に行かせてくれたのに、卒業できなかったら、本当に申し訳ない。

信じてくれない？」

美咲は知美の手を握り、涙をポロポロと流した。知美は演技に合わせて、彼女の涙を拭いてあげた。

「もちろん信じるわ。でも、これからは気をつけてね」

美咲は涙を浮かべたまま少し戸惑った様子で「何に気をつけるの？」と尋ねた。

知美は高級車から降りてくる青い服の人影に目をやりながら言った。

「叔父様は園田さんのものよ。絶対に変な期待なんてしないでね。

さっき美咲ちゃんが叔父様を見る目は、まるで恋する乙女そのものだったわ」

「知美ちゃん、変なこと言わないで」

心中を見透かされ、美咲の頬が少し赤くなった。

この恥じらう様子が、そのまま秋子の目に入った。

知美は見なかったふりをして、美咲を引っ張って寮に入った。

高級車の中にも、彼女を見つめる人がいることには全く気付いていなかった。

......

寮に入ってすぐ、美咲のスマホが鳴った。

彼女はメッセージを一瞥すると、すぐにスマホを下ろした。

「知美ちゃん、ちょっと用事があるから先に行くね」

「うん」

知美は美咲が慌てて去っていく姿を見て、きっと秋子が彼女を呼びつけたのだと察した。

部屋に入ると、ルームメイトは誰もいなかった。

知美は座ってコップの水を一気に飲み干した。そして、静也の極めて冷酷な眼差しが脳裏に浮かんだ。

心の奥底には依然として恐怖が残っており、呼吸さえも止まりそうで、まるで見えない圧力に押しつぶされるような感覚に、息苦しさが募った。

これ以上、彼に付け入る隙を与えてはいけないと分かっていた。

知美は立ち上がり、入れ替えた日記を持って部屋を出た。

ちょうどその時、階段から飛び出してくる美咲を見かけた。彼女の片方の頬が大きく腫れ上がっていた。

悪党同士の争いが始まったようだ。

彼女は美咲を呼ばず、一人で人けのない小さな林に向かった。

日記を開くと、そこには静也への愛が綴られていた。

二、三ページめくると、知美は目を閉じて深呼吸した後、日記を石ころの上に投げ、火をつけた。

火の手はすぐに燃え上がり、微風に煽られてページがめくられていく。一枚一枚が黒く焦げ、燃え尽きていく。

まるで日々の片思いが、跡形もなく消えていくかのようだった。

灰が炎の中で舞い上がる中、すらりとした男性の姿がゆっくりと近づいてきた。

彼は黙って、もう燃え尽きそうな日記を見つめていた。その目は夜の闇から漏れる冷たい光のようだった。

彼は知美の前まで歩み寄り、一歩一歩と迫りながら、ついに彼女を狭い場所に追い詰めた。

静也だった。

彼の長い指が知美の髪をかき上げ、指先で彼女の頬の黒い灰を払った。

極めて親密な仕草だったが、彼の目には嘲りの色が浮かんでいた。

「俺のことが好きじゃないと言っていたはずだが、この日記はどういうことだ？」

「叔父様、誤解です。これはただの反古です。何の証拠にもなりません」

知美は無表情で答え、彼を押しのけようとした。

静也は「反古」という言葉を聞いて、黒い瞳を細めた。

「そうか？」

次の瞬間、知美が驚いた目で見つめる中、彼は直接火の中に手を入れ、まだ完全に燃え尽きていない紙切れを引き出した。

彼は整った文字が書かれた紙片に目を通し、沈んだ声でその言葉を繰り返した。

「あなたが好きです」

静也は黒く焦げた紙片を二本の指で挟み、どこか投げやりな様子で、その愛情深い言葉に何の感情も示さず、冷たく無関心な表情を浮かべていた。

彼が彼女に対していつもこのように冷淡で無情なことを、彼女は知っていた。

しかし、彼の目に浮かぶ嘲りは、知美を窒息させるほどだった。

まるで彼女のかつての愛が、彼の目には雑草のような取るに足らないものだったかのように。

知美は肩を小刻みに震わせながら、必死に感情を抑え込み、淡々と言った。

「名前も何も書いていません。誰が相手なのかはわかりません。

でも、叔父様だけは絶対ありえません」

彼女がもがいて逃げようとしたが、静也に手首を掴まれ、彼の前に引き寄せられた。

静也はゆっくりと身を屈め、冷たく危険な気配が知美を包み込んだ。

「誰なんだ？知美、俺に手を出しておいて逃げるつもりか？

俺の意志を変えられる者などいない」

知美は二、三回もがいたが、彼はますます近づいてきた。

そのとき、近くの小道からカップルの会話が聞こえてきた。

「何か焦げ臭くない？」

「ああ、俺の欲情が燃え上がってるんだよ！」

「バカ！ふざけないでよ！

ちょっと......んっ......やめてよ！勝手にキスしないで」

「もう一回」

濡れたような甘い声が断続的に聞こえてきた。

知美は背筋が凍る思いで、思わず体を震わせた。

それを静也に気づかれてしまい、彼の整った顔に遊び心が浮かんだ。

彼の手が自然に知美の背中に這うように触れた。

知美は一瞬慌てて「離して」と言った。

静也は目を深く沈ませて言った。

「もっと大きな声で言ってみろ。人に見つかっても構わないのか？」

知美は唇を噛んだ。

しかし、そのカップルはやはり何かに気づいたようだった。

「誰かいるのか？俺のデートを邪魔する奴は許さないぞ！」

足音が近づいてくるのを聞いて、知美は緊張で汗が出てきたが、目の前の男を押しのけることはできなかった。

彼女は声を押し殺して、歯を食いしばりながら「行って」と言った。

静也は立ち去るどころか、さらに知美の体に密着してきた。

硬い胸板が意図的に擦れ、まるで知美を焼き尽くそうとするかのようだった。

最後に、彼の吐息が彼女の耳元を漂い、測り知れない眼差しで、罰するように彼女の体を掴んだ。その一つ一つの動作が、白昼堂々と行われ、彼女を困惑させた。

「誰なんだ？それとも、お前の今の姿を人に見せてやろうか」

知美の顔が青ざめた。痛みを伴う記憶が刃物のように心臓を刺し、心が麻痺するほどだった。

彼はいつもこうだった。欲しいものは手段を選ばず、彼女の気持ちなど一切考慮しない。

彼女が苦しみ、痛む様子を見ても、ただ冷たく傍観するだけだ。

「どうだ？」

彼の声は低く、もう耐心が切れかけていた。

カップルの姿が近づいてくるのを見て、知美は拳を握りしめながら首を振った。

「誰でもありません」

カップルが近づいてきた瞬間、静也は彼女を抱き寄せ、木の後ろに隠れた。

彼は片手で木に寄りかかり、もう片方の手で知美の腰を掴んで動けないようにした。

身を屈めて、知美と目の高さを合わせた。

男の身長があまりにも優れていて、威圧的な雰囲気が押し寄せてきた。

深い眼差しには危険な色が宿り、近寄るなという冷たさが漂っていた。

反対側から、カップルの会話が聞こえてきた。

「誰かいる？

何をコソコソしている？」

知美は心臓が震え、思わず体を縮こませた。

だが、静也はゆっくりと彼女に近づいてきた。