清墨の言葉は、一字一句が海咲の心に深く響いた。「もしかして、父が葉野くんに何かするのではと心配しているのか?」清墨の問いかけに、海咲は何も答えなかった。実際、ファラオがこの状況で州平に危害を加えることはないと理解していたからだ。しかし、清墨は海咲の沈黙を見透かすように、静かに笑いながら続けた。「それが分かっているなら、何を怖がる必要がある?少し休めよ、海咲。この瞬間まで、僕たちは誰も君を騙していないし、これからもそうだ。君は僕たちにとって唯一無二の存在だ。君のために何をしてでも償いたいし、誰も君を傷つけることなんてできない」海咲は返事をしなかったが、清墨の言葉は心に響き、これまでの彼ら
州平が海咲にとって特別な存在であることは誰の目にも明らかであり、彼が協力を申し出たことで一家団欒は時間の問題だと思われた。その一方で、ファラオも州平に約束をしていた。「安心しろ。俺は本気で海咲に償いたいと思っている。孫の命を救いたいという気持ちも、紛れもない本心だ」つまり、州平の協力があろうとなかろうと、星月の治療に全力を尽くすつもりだったのだ。「分かっている」州平は静かに答えた。その一言に彼の理解と信頼が込められていた。ただし、州平と星月の骨髄は適合しなかった。海咲に関して州平はこう提案した。「海咲は頭が良い。彼女をここに呼んで適合検査を受けさせるのは得策ではない」海咲が星
海咲は彼らの口論を聞く気にはなれなかったが、一方で、清墨と恵美の間には何か進展があるのではないかと感じていた。彼女は過去数年の間に、仲間たちの幸せな知らせをいくつか受け取っていた。今年の年末には、竜二と紅が結婚式を挙げる予定であり、健太の家族も彼の婚約を進めている。一方で、まだパートナーがいないのは一峰くらいか?いや、それよりも確実なのは、白夜と清墨が未だに独り身であることだ。目の前の恵美は、確かに以前海咲と衝突したことがあったが、もし彼女と清墨が結ばれるのなら、それもまた良いことではないかと、海咲はふと思った。「君……」 清墨が海咲に声をかけようとしたが、海咲は足早にその場を離れた
海咲は星月を抱きしめながらそのそばに付き添っていた。しかし、実験室にいるうちに、彼女の目はふとファラオがまとめた治療計画のリストに留まった。その中に記載された「七葉草」という草薬の名前が彼女の注意を引いた。七葉草は陰を好む植物で、深い山中にしか生息せず、その薬効の特異さゆえに周囲には毒蛇が棲みついていることが多いと言われていた。そのため、熟練した薬草採取者でも容易には手を出せない危険な草だった。リストの中でファラオが七葉草の名前の横に点を付けていたことから、採取の困難さに頭を悩ませていることが伺えた。海咲は唇を噛み締め、誰も行きたがらないなら自分が行くしかないと思った。息子を救うためなら、
執拗に追いかける虎と毒蛇、その執念深さはまさに圧倒的だった。海咲は、このままでは状況がさらに悪化し、夜が完全に訪れれば脱出の可能性すら失われると悟っていた。倒れた木を通りかかった際、海咲は足を木に乗せて体を持ち上げ、瞬時に枝を折り取った。そのまま身を翻し、鋭い一撃で蛇の急所に枝を突き刺した。毒蛇は地面に崩れ落ち、虎は怒り狂ったように吠えた。その吠え声には、仲間を殺されたことへの怒りが滲み出ていた。「崖に登れ!」州平は叫びながら灯しを虎に向けて投げつけた。虎は避ける素振りも見せず、灯しが頭に当たって地面に落ち、火は消えた。しかし、虎の頭部には小さな火がつき、動揺したようにその場で立ち
二人は恐怖が去った後、しばらく山洞の壁にもたれかかり、同時に大きく息を吐き出した。どれだけ胆力がある人間でも、先ほどの状況を思い返せば、毒蛇に気づかなかった可能性を想像して震え上がることだろう。州平は海咲の方に身体を向けると、彼女を強く抱きしめ、その額にそっと口づけをした。「もう大丈夫だ。今度は洞窟をしっかり調べる。一度こんなことが起きたら二度と起きないようにする」「あなたのせいじゃないわ。こんな洞窟に蛇がいるなんて、誰も予想できないもの」海咲は州平を慰めるように優しく言った。この湿気の多い環境では蛇が住み着くのも無理はない。もしかすると、ここはその蛇の巣だったのかもしれない。彼らが
二人は泥だらけの姿で互いを見て笑い合い、お互いの不格好さをからかい合った。しばらく歩き続けた後、海咲はふと立ち止まり、後ろの崖をじっと見つめた。「どうした?」州平は不思議そうに尋ねながら、冗談めかして言った。「まさかもう一晩泊まりたいなんて言わないよな?またあの蛇の旦那さんに会うかもしれないんだぞ」「湿気の多い場所に毒蛇が住むってことは、もしかしたら七葉草が洞窟の中にあるんじゃないかって思ったの」海咲の推測はただの直感だった。洞窟は長年太陽が差し込まない場所だが、七葉草は陽光を一定量浴びることで最高の薬効を持つとされている。陰を好むけれど、陽光も必要だなんて……人間みたいだ。一人
州平は海咲をしっかりと抱きしめ、その胸元から聞こえる力強い心臓の鼓動が海咲の耳に届いた。彼女は思った。この場所に来てから、州平はずっと自分のそばにいてくれた。実のところ、最初に七葉草を見つけた時、海咲は一人で取りに行こうと決めていた。それは、今まで星月のために何もしてあげられなかったという罪悪感からだった。だが、州平は迷わず彼女についてきてくれたのだ。やがて濃い霧が晴れ、二人は元の道を辿りながらイ族の拠点へ戻った。イ族では戦乱が起こり、ファラオたちは海咲と州平の安否を心から案じていた。特に海咲に対しては、どんな小さな傷も許すことができなかった。ファラオは彼女を見るなり、声を荒らげた。
調べを進めると、すぐに染子の名前が浮かび上がった。結婚式で思い通りにならなかったことが、彼女の中でどうしても納得できなかったのだ。でも——見つかったからには、絶対にただでは済ませない。染子は手足を縛られた状態で、州平と海咲の目の前に引き出された。ベッドで点滴を受けている海咲を見た染子の目は、まるで千切りにしてやりたいほどの憎悪に満ちていた。「私と州平、もうここまで来てるのに……あんた、まだ諦めてないんだ?まあ、あんたが州平を心の底から愛してるのは知ってるよ。じゃなきゃ、私の息子の継母になる役、あんなに喜んで引き受けるわけないもんね」——州平に子どもがいると知っても、まだ諦めきれず、
予想外に、清墨はすぐに答えを出さなかった。「今はまだ言い過ぎだ。実際にその時が来ると、後悔することになるかもしれない」「国がなければ家もない、あなたと初めて会ったわけじゃない。あなたの責任は分かってる、清墨、あなたのすべてを無条件で受け入れる。本当に。もし嘘を言っているなら、私は死んでも構わない!」恵美はそう言いながら、清墨に誓うように手を差し出した。清墨は恵美の手を掴み、その動きを止めた。「そういう誓いは軽々しく立てるものじゃない。お前が言っていることは信じているよ。その気持ちもわかるし、おまえ が良い人だということもわかっている。でも、俺は普通の人間じゃない。俺は生まれながらにしてイ族
恵美と清墨は、わずか数分でその集団を完全に打ち倒した。さらに、手を空けて警察に連絡もした。人が多い間に、恵美はわざと大きな声で言った。「この前、私はこの人を警察に送り込んだばかりです。1時間も経たずに釈放されて、こんなに多くの人を集めて私たちを狙っているんです。これはどういう意味ですか?この辺りの犯罪組織ですか?」この一言で、周りの人々が一気に集まり始めた。この状況では、説明せざるを得ない。「私たちはこの人に対して指導を行い、反省文と誓約書も書かせました。しかし、釈放された後にまたこんなことを起こされるとは。安心してください、必ず悪党を一掃し、皆さんに納得してもらいます」清墨は後々の問
恵美がそのことを考えるだけで、心が温かくなった。「何を考えてるの?そんなに嬉しそうに」清墨は眉をひそめて言った。彼の声に、恵美はすぐに思考を引き戻された。こんなこと、清墨に知られたくはない。恵美は慌てて頭を振り、「何でもない。早く行こう」と言った。その頃、海咲は恵美と清墨が迷子にならないことを分かっていたし、彼らが少し一人の時間を必要としていることも理解していた。彼女と州平はのんびりと歩きながら写真を撮っていた。近くで映画の撮影が行われているのを見て、海咲は突然恵楠を思い出した。恵楠は後に有名な映画監督となり、小春は名高い女優になった。最初はよく連絡を取っていたが、みんな忙しくなり、
イ族は以前戦乱が続き、恵美も清墨に従うために鍛錬を積んできた結果、彼女の格闘術は一流だった。チンピラは恵美を振り払おうと必死だったが、結局彼女に抑え込まれ、地面に押さえつけられてしまった。「まだ返さないつもり?今すぐ警察に突き出してやるわよ!」恵美は冷たく言い放ち、チンピラを見下ろした。その言葉に恐れおののいたチンピラは、すぐに態度を変えて懇願した。「返す!返すから!倍返しする!だから警察だけはやめてくれ!」恵美は鋭く叱りつけた。「まずお金を返しなさい!」チンピラは震えながらお金を返したが、恵美は小さな女の子に返す分だけを受け取り、残りの倍額は受け取らなかった。そしてそのままチンピラの
清墨と恵美は海咲たちと観光地で歩いていたが、あっという間に二人は海咲たちとはぐれてしまった。恵美は彼らを探そうと提案したが、清墨は落ち着いた声で言った。「大人なんだから、スマホでナビを使えば迷うことはない。とりあえず、向こうを見に行こう」恵美はその言葉に納得し、清墨に続いて別の方向へ歩き始めた。少し歩くと、二人は一人の小さな花売りの少女と遭遇した。少女は7、8歳ほどで、痩せ細った体にボロボロの服をまとい、手には摘みたてと思われる花束を抱えていた。「お姉さん」少女は恵美の前に駆け寄り、持っていた花を差し出した。「お姉さんみたいにきれいな人には、このお花がぴったりだよ。買ってくれない?」
ファラオは星月の小さな頭を優しく撫でながら言った。「もうご飯を食べたよ。星月、ママとパパがご飯を食べたか聞いてみなさい」「うん」星月はゆっくりとした口調で、しかし真剣に返事をした。そして、ファラオの言葉をそのまま海咲に復唱した。海咲はその言葉を聞いて、とても嬉しそうに微笑んだ。星月がこんなにも長い文を話せたのは、このところでは初めてだったからだ。海咲は笑顔で言った。「ママもパパもご飯を食べたよ。それにね、こっちでおじさんに会ったの。星月、こっちに遊びに来たい?」そう言いながら、海咲は隣の州平の袖を引っ張った。もし星月が「行きたい」と言えば、すぐにでも迎えに行くつもりだった。条件は整って
清墨は、海咲が部屋を予約した際に、自分たちの関係を正確に説明しなかったことを少し後悔していた。海咲は彼らがすでに同じベッドで眠る関係になっていると思い込んでいたのかもしれない。清墨は胸中に湧き上がる不快感を必死に抑え込み、低い声で言った。「お前がベッドを使え。俺は床で寝る」イ族北部での厳しい環境で寝起きした経験を持つ彼にとって、床で寝るくらい何でもないことだった。しかし、清墨を深く愛する恵美が、それを許すわけがなかった。彼女は声を絞り出すように言った。「清墨若様、私が床で寝るから、あなたがベッドを使って。それか……」恵美が言葉を続ける前に、清墨は冷たい声で彼女を遮った。「聞いていなかっ
海咲にそう言われると、恵美は逆に少し気恥ずかしそうに顔を赤らめた。一方で、清墨は低い声で言った。「せっかく会ったし、もうすぐ食事の時間だ。一緒にご飯でもどう?」「私たち、民泊を予約しているの。一緒に行こう」そう言いながら、海咲が先に案内を始めた。ほどなくして、一行は民泊に到着した。州平が手を挙げて店員を呼び、メニューを持ってきてもらった。海咲たちはすでにこの店で食事をしていたため、恵美と清墨のためにおすすめの料理をいくつか選んでくれた。今回は恵美と清墨に美味しいものを楽しんでもらおうということで、十数品を注文。ただし、どの料理も量は控えめだった。食事中、恵美がエビを食べようとしていると