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第609話

Author: 夜月 アヤメ
若子は急いで西也のそばに駆け寄り、その手首を掴んで連れて行った。

西也は歩きながら振り返り、修を一瞥すると、口元に得意げな笑みを浮かべた。そして若子の腰に手を回し、親密に寄り添う。

「若子!」修は追いかけようと数歩進んだが、途中で急に立ち止まった。

ダメだ。このまま衝動的に追いかけても、また言い争いになるだけだ。前のように無駄に揉め続けるだけで、問題は一つも解決しない。むしろ、状況はどんどん悪くなるばかりだ。

若子は今、自分が西也を傷つけたと信じ込んでいる。しかも、今の状況では西也の方が完全に優勢だ。それは修も認めざるを得なかった。

このまま追いかけても、何も得るものはない。むしろ若子の自分への嫌悪感をさらに煽るだけだ。

どうする?どうすればいい?

そうだ、一人、頼れる相手がいる。彼なら―

修は思い切ったように玄関の方へ向かって歩き出した。

「修、どこに行くの?」

雅子が追いかける。

修は振り返りもせずに言った。

「ここで待ってろ。迎えを呼ぶから。俺は用事がある」

「修、修!」

修の歩みは速く、雅子はどうしても止めることができない。その場で悔しそうに足を踏み鳴らした。

「松本のせいよ......!全部彼女が悪いんだから!」

その様子を少し離れた場所から見つめる一人の男性。サービススタッフのような装いをしているが、その目には冷笑が浮かんでいた。

男はポケットからスマホを取り出し、雅子に電話をかける。

スマホの着信音に気づいた雅子はバッグから取り出し、耳に当てた。

「もしもし」

「雅子、やっぱり君は役に立たないな。藤沢を繋ぎ止めることもできないなんて」

「あんた......!」雅子はすぐに問い詰めるように言った。

「今どこにいるの?お願いだから助けて。松本を殺してくれない?彼女さえいなくなれば......あなたの望むこと、何だってするから!」

「今まで君のためにいろいろしてきたけど、君は何一つ結果を出してないよ。それなのに情敵を始末しろなんて。俺は君の道具じゃない」

「じゃあ、どうすればいいの?交換条件が必要なら教えて。私たちは仲間でしょう?」

「本当は君に頼みたいことがいくつかあったんだが、時間が経つにつれて、君はどんどん使えないと分かってきた。修だってもう君を気にして
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千恵
どんどん、若子がアホ丸出しになってきてる。 母になるんだから、しっかりしてよ!!
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