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第2話

私はこの瞬間、望月悠介の偽善的な顔に思い切り平手打ちをしたい衝動に駆られた。

「今すぐ娘を転院させて、再検査を受けさせる!この契約には絶対にサインしない!」

私の怒りに満ちた表情を見て、望月悠介は眉をひそめた。

「詩妍、感情的になるのはやめよう。昨夜君が帰った後、私はここで一晩中寝てないんだ。救急の経過も全部見てた」

「君がどれだけ辛いかはわかってるけど、現実はこうなんだ。自分の感情を少しは抑えられないか?」

私は冷笑を漏らした。

「生死が不明な子どもを前にして、母親に感情を抑えろと言うの?」

「昨夜私が帰ったのは、君の母親が心臓が痛いと言い張って、私に世話を頼んだからじゃない!」

望月悠介の顔には、不愉快そうな表情が浮かんでいた。

「俺の母親を責めたり、俺を責めたりするのはやめてくれ。これは櫻の運命が悪かっただけだろう」

「契約の件だって、さっき君は同意してただろう?今さら裏切って、そんなに感情的になっている自分が恥ずかしくないのか?」

彼の無関心な態度に、もう言葉を交わす気力も失せた。

今一番大事なのは、すぐに転院させて、再検査と治療を受けさせることだ。

目の前の望月悠介は、もはや娘と水遊びをしていた、あの小さなアパートで暮らしていた頃の彼ではなかった。

私は重く扉を押し開け、集中治療室に向かって歩き出した。携帯でおなじみの番号を押す。

望月悠介と結婚して七年、私はその間、家族との縁を切っていた。

両親と兄が私たちの結婚に強く反対したため、私は裕福な家業を捨て、望月悠介と一緒に新しい街で暮らし始めた。

だが、今私を助けてくれるのは、いつまでも私を見捨てなかった家族だけだ。

電話がつながると、前後の事情を説明する暇もなく、私はただ泣きながら一言だけ言った。

「お父さん、お母さん、どうか娘を助けて。今すぐ県内で一番いい病院に転院しなきゃいけないの……」

両親は過去のことを咎めず、すぐに県内トップの医療チームに連絡を取ってくれた。

電話を切り、私は壁の時計を見上げた。

転院チームが到着するまであと二時間だった。

その時、望月悠介が慌ててやって来た。

「詩妍、何してるんだ!もう無理を言うな、俺と一緒に契約にサインしに行こう。さっき君も同意したじゃないか。医師団全員が君を待っているんだぞ」

私は彼を無視し、ただ集中治療室のドアをじっと見つめていた。

私の無反応を見て、望月悠介は少し苛立ちを見せ始めた。

「ぼーっとしてないで、早く来いよ。医者たちを失望させたくないだろう?」

私は振り返って彼を見た。

「娘がまだICUにいるのに、君はもう彼女の臓器をどうするか考えているのか?」

望月悠介は一瞬動揺し、狼狽した。

「何を言ってるんだ、この子は俺たちの娘だぞ。俺がそんな鬼畜みたいなことをするわけないだろう」

「ただ、櫻はもう脳死状態で、回復の見込みはない。感覚を失ったただの体なんだ!」

「それに臓器提供はとても意義のあることだ。娘も以前、テレビを見ていた時、命をもっと価値あるものにしたいって言ってたじゃないか。これで櫻の願いが叶うんだよ」

この言葉を聞いて、私は激怒した。

数ヶ月前、望月悠介は突然、臓器提供に関するドキュメンタリーを一緒に見ようと提案してきた。

娘は本当に涙を流しながら見ていた。彼女は小さくて、あまりにも優しい心を持っていた。

しかし、私は思いもしなかった。娘の優しさと私の信頼が、望月悠介の計画の一部となっていたなんて。

私は全力で彼の右頬に平手打ちを食らわせた。

「出て行け!どこにも行かない!誰も私の娘に触れさせない。私は転院するんだから!」

望月悠介はよろめき、顔を押さえて、狼狽した様子で叫んだ。

「お前のこだわりのせいで、娘をこの世に無理やり引き止めて、こんな無意味な生き地獄を味わわせて、何の意味があるんだ?」

「彼女の筋肉は委縮し、床ずれができ、体全体が腐っていくんだぞ!生きながら腐っていくんだ!こんな苦しみを味わわせるぐらいなら、静かに逝かせてやった方がいいだろう!」

私は目の前の見知らぬ夫を睨みつけた。

彼の立派な言葉の裏には、ずっと前から計画された冷酷さが潜んでいた。

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