「彼が普通の人だったとしても、私のような普通の庶民なんか相手にしないわよ」 内海唯花にとって、あの富豪結城家の若旦那については、あの夜パーティーで少し噂話する程度が関の山だ。その後はその人のことなんて頭の中から抜けてしまっていた。まさに彼女が言うとおり、結城坊ちゃんがいくら普通でも、彼女のような庶民とは付き合わないだろう。彼女は決して底辺層の人間とは言えないが、上に行けたとしても限度があるのだ。彼女が知り合った一番のお金持ちは親友の牧野明凛を除いて金城琉生だけだった。金城琉生は名家の金持ちのお坊ちゃんと言える。富豪家の御曹司と彼女が住む世界は全く違うのだから、関わりあうことなどなかった。金城琉生は笑って、それには返事しなかった。彼は内海唯花のことを見下したことなど一度もなかった。でもそれは他の金持ちの坊ちゃんが内海唯花を軽蔑しないというわけではない。彼は上流階級というものをよくわかっていた。みんな家柄、身分、地位ばかり見て話してるのだ。大型パーティに参加した時、彼のような金城家の坊ちゃんでさえ、八方美人になり自分からその偉い人たちと交際していた。うまくいけば気に入られ後ろ盾が得られるのだ。「車が来ましたよ」金城琉生が呼んだ車は路肩に駐車し、人が降りてきて二人のほうにやってきた。金城琉生きを坊ちゃんと呼んだ。内海唯花は彼が金城家の運転手を呼んだことに、この時はじめて気がついた。金城家の運転手は誰から借りたのかわからないピックアップトラックで来た。彼と金城琉生は力を合わせて内海唯花の動かなくなった電動バイクをその車の上に載せた。金城琉生は内海唯花に言った。「唯花さん、もう遅いので修理屋は閉まってるでしょ。坂本さんが明日バイクを修理屋に持っていきます。修理が終わったら、店まで届けますね」「ありがとう」内海唯花は心から金城琉生に感謝した。もし彼に偶然会っていなかったら、彼女はきっとこんな夜遅くに電動バイクを押して家に帰らなければならなかっただろう。そうなれば朝までかかるはずだ。金城琉生はニコニコして「僕たちの仲なんですから、お礼なんかいらないです。唯花さん、車に乗ってください。僕が家まで送ります。まだお姉さんのところに住んでいますか?」「ううん、今はトキワ・フラワーガーデンに住んでるの。琉生君、今日
彼を起こす?おばあさんは彼が寝てしまうと、電話でもかけて彼を夢から醒まそうものなら、激怒すると言っていた。内海唯花が時間を見ると、もう夜中過ぎだった。結城理仁は普段、家に帰ってくるのはいつもだいたいこの時間だから、まだ寝ていないだろう。内海唯花はそれで結城理仁にLINE電話をかけた。結城理仁はまだ寝ていなかった。彼はわざと玄関にドアロックをかけたのだ。どうしてこんなことをしたのか、彼自身もわからなかった。内海唯花と金城琉生が一緒にいて、二人がお似合いだったので、とても不愉快だったのだ。あの腹黒女め、ここはあまり良い条件ではないから、さっさと次の相手を探しにいくとは。ばあちゃんはあの女に騙されているんだ。全部含めても、ばあちゃんが内海唯花と知り合って三ヶ月あまり、どれだけ内海唯花のことを理解できるのだ?ばあちゃんが感謝の気持ちだけで、内海唯花をとても信用しただけだ。それなのに、うるさく彼女と結婚しろと......鳴り続ける携帯をただ見るだけで、結城理仁は内海唯花からの電話に出なかった。しばらくかけ続け内海唯花は自分から電話を切った。しかし、一分も経たないうちに彼女はまた電話をかけてきた。連続三回かけてきてから、結城理仁はやっとその電話に出た。「結城さん、寝ていましたか?」「何か用か?」結城理仁は氷のように冷たく彼女に聞き返した。「ドアロックがかかっていて、家に入れません」結城理仁はしばらく沈黙した後、変わらない冷たさに皮肉を込めた口調で「俺は今日君が高級ホテルで一泊してくると思っていたよ」と言った。内海唯花は彼の話しぶりから皮肉を感じ取った。でもわけがわからない。どうして彼女が高級ホテルに行かないといけないのだ?彼は突然ひねくれて、言葉には刺があった。彼女が彼を怒らせたのか?「結城さん、ドアを開けてくれませんか?」内海唯花は怒らず、彼のそのへんてこな態度を気にしなかった。結城理仁は何もしゃべらなかった。夫婦二人はしばらく沈黙を保ち、内海唯花が口を開いた。「結城さんが私に高級ホテルへ行けと言うなら構いません。どうせいつもあなたがくれたキャッシュカードを持っていますからね。じゃ、今からスカイロイヤルホテルに行ってこのカード使わせていただきます」結城理仁「......」「待っ
「内海唯花、俺たちはもう合意書にサインしたんだ。たった半年待つだけで離婚ができる。それを待ってから次の相手を探せばいいだろ?今から探す必要がどこにあるんだ。今俺たちはまだ法律上夫婦なんだ。今のお前の行為は不倫だぞ」 「俺はお前のことが嫌いだし、お前を愛することもない。だが、男は、普通の男は不倫されるのが嫌なんだよ」 結城理仁は彼女と金城琉生が一緒にいることが嫌なのだ。 彼の様子がおかしいのは、怒っているからだ。離婚前に次の男を探し、不倫することに怒っているのだ。 金城琉生は彼女に片思いをしているんだぞ。 あいつは彼の恋敵なんだ! これは愛の問題ではなく、面子の問題だ。大の男の尊厳の問題だ。 内海唯花はキョロキョロと見回し、何かを探していた。ちょうど良いものがなかったので、彼女は直接手に持っていた鍵と携帯を入れた袋を力いっぱい結城理仁に向かってぶつけた。彼女は空手を習ったことがあるので、人を殴る腕前はかなりのものだった。 結城理仁は彼女がこんなことをするとは思っておらず、完全に油断していて、彼女の袋が完全にヒットした。 袋の中に鍵と携帯が入っていたうえに、彼女は彼の口めがけて殴ってきたので、殴られた後、結城理仁は口元がとても痛んだ。 彼は顔を暗くし内海唯花を睨みつけた。 今まで彼に、こんなことをする度胸があるやつはいなかったんだぞ! 彼を殴った張本人の内海唯花が近づいてきて、腰を曲げて袋を拾った。口調もとても悪かった。「結城さん、そんなでたらめを言うのが好きな口なんて、殴られて当然よ!」 「わけも聞かずに、自分で勝手に解釈して。結城さん、いつもこんなに独りよがりで横暴で、この世で自分だけが正しいとでも思ってるの?」 結城理仁は痛む口を触り、目を見開いて彼女を睨んだ。 「なにそれ?どっちが目が大きいかって?私だってあんたなんかに負けませんけど」 内海唯花は怒ってまたその袋を持って殴りかかった。 結城理仁:......まだ殴る気か! 一体彼女はどこにこんな度胸を隠し持っていたんだ? こ、これは家庭内暴力だ! 「バイクで帰ってきている途中で、どうしてかわかんないけどバイクが動かなくなったのよ。でも、ちょうどいいところに、親友の従弟の金城琉生が通りかかった。彼とはあんたなんかより長い付き合いな
結城理仁の顔はこわばっていたが、耳は少し赤くなっていた。彼が内海唯花を誤解していたから赤くなったのだ。決して恥ずかしいからではない。彼、結城理仁が恥ずかしがるわけなどないだろう!「これは男の尊厳の問題だ!」内海唯花は鼻で笑った。この瞬間、結城理仁の顔は真っ赤になった。「俺は君なんか好きじゃないし、愛してもいないんだ、ヤキモチなんか焼くわけないだろ?君が不倫さえしない限り、どこの誰と一緒にいようがどうだっていい」「いちいち何度も私を好きじゃない、愛してないって強調しないでよ。まるで私があんたのことが大好きで愛して仕方ないみたいじゃない。私たちは結婚して、ただシャアハウスの生活をしているだけでしょ。正直に言うけど、私はね、ただ姉に私のことで義兄と喧嘩してほしくなくて、急いで姉の家を出てきたかっただけ。住むところを提供してくれるから、あなたのおばあさんの申し出を受け入れてあなたと結婚したのよ」「たくらみがあるって言うなら、これこそがあなたへのたくらみよ。あなたに家があって、私はタダで住まわせてもらえる。家賃が浮いたし、姉さんを安心させてあげられるから」結城理仁「......」彼の持ち家は彼自身よりも魅力的なのだ。彼の口からはスラスラと彼女が嫌いで、愛してないと出てきた。でも、彼女の口から彼が嫌いで愛してないと聞くと、その言葉が耳に刺さった。「私も不倫なんてしないわよ。あなたがさっき言ったとおり、半年後離婚してあなたが本当に家と車を譲ると言うなら、私はこの家に住んであの車を使うわ。そして正々堂々と新しい男を探しに行くから、これじゃダメなの?なんでわざわざあなたに不倫してるなんて言われなきゃならないのよ」結城理仁「......」しばらく経って、彼は態度を柔らかくし内海唯花に謝罪した。「内海唯花、申し訳ない。俺が君を誤解していた」彼の言い分は筋が通っておらず、彼女には敵わないのだ。ただ頭を下げて謝るしかなかった。「今後なにか問題があれば、直接私に言って。さっきみたいに内側から鍵をかけて私を外に放っぽり出すような真似はしないで。あなたのその性格はね、将来奥さんをもらっても、仲違いしやすいわ。もし奥さんもあなたと同じような性格だったら、あなたたち夫婦はすぐ冷戦に突入して、最終的には離婚するわよ」結城理仁は黙ってから
それから一晩、会話はなかった。次の日の朝、内海唯花は起きると、まずベランダに行って花たちに水をやり、観賞した。毎日起きてこの花の庭園を見ると、心が洗われ、結城理仁に対するちっぽけな不満など消えてしまうと言うしかない。この庭園は結城理仁が花を買ってきてくれたおかげで完成したのだから。心の状態を整えた後、内海唯花はキッチンへと向かい、夫婦二人の朝食の準備に取りかかった。すぐ結城理仁も起きてきて、キッチンの入口まで来ると、内海唯花が忙しそうにしていた。きつく引き締まった唇が動いた。「内海唯花、おはよう」唯花は後ろを向いた。「おはよう」「何か手伝うことはあるか?」「いいわ、もしやることがなくてつまらないなら、私の服を干してくれる?それから掃き掃除も」結城理仁はびっくりした。彼女は本当に遠慮がないな。口先では彼女に応えた。「わかった」彼は後ろを向いて去っていった。内海唯花の代わりに服を干して、掃除を始めた。こんなに大きく広い家に夫婦でたった二人、どちらも朝早く夜遅く家には基本いないので部屋はとてもきれいだった。結城理仁はどの部屋も隅まで掃き掃除した。唯花が二人分の朝ごはんを作り終わった時、彼はまだ掃除をしていた。「なんでそんなにタラタラしてるの」内海唯花はひと言つぶやくと、近づいていって、彼の手からホウキを取り上げた。結城理仁は無言になった。彼女は素早く、数分で終わらせてしまった。結城理仁は口を開いて何か言おうとしたが、結局何も言わなかった。こっそりと何度か彼女の顔色を伺ってみた。昨晩、彼に誤解されてから彼女はものすごく怒って、彼に手まで上げたのだ。まあいい、今朝も引き続き彼に朝食を用意してくれて、顔色もそこまで不機嫌そうではなかった。この娘、手ごわい!結城理仁は内海唯花の性分が少しわかった。なにか問題があるならその場で解決し、復讐ならその場で面と向かってやるのが一番だ。面と向かっていけないなら、チャンスを見計らうのだ。ひと言で核心を突き、彼女に無実の罪を着せず、怒らせない。彼女は気性の良い女性だ。「私の様子を伺いたいなら、コソコソしないで堂々と見たら。私がコンテストで最低でも準優勝できるくらいきれいなことは知ってるけど」結城理仁は我慢できずに笑った。「優勝できるくらいだと言うかと思っ
結城理仁は内海唯花の審美眼に問題があるんじゃないかと疑った。金城琉生は確かに顔が悪くないが、彼と比べることができようか?彼は金城琉生よりも、もっとイケメンのはずだ。彼女の携帯の連絡先に、彼の名前はどう登録されているのだろうか?結城理仁はふいにとても知りたくなった。内海唯花は金城理仁の電話に出た。「唯花さん、おはようございます」「こんなに早くから電話してきて、どうしたの?」「唯花さん、朝ごはんを食べましたか?僕が迎えに行って、店まで送りますよ。途中で朝ごはんを食べませんか。それか、唯花さんが僕に奢ってくれてもいいです」金城琉生の言葉には少し期待が込められていた。昨夜、彼は内海唯花を助けたのだ。今日、唯花姉さんを誘って朝ごはんを一緒に食べて送り迎えをする良い口実ができたというわけだ。「ううん、もうすぐ食べ終わるから。自分で朝食を作ったのよ。あとで夫が店まで送ってくれるから、あなたがわざわざ遠くまで来る必要ないわよ」内海唯花は金城琉生が彼女に片思いをしているとは、露ほども思っていなかった。彼女はただ単純に金城家からトキワ・フラワーガーデンまでがとても遠いと思っていた。朝の通勤ラッシュは渋滞しやすい。金城琉生に遠くからわざわざ来てもらって、渋滞にまで巻き込みたくないと思っていたのだ。金城琉生の満ち溢れていた期待は唯花の「夫が店まで送ってくれる」という言葉で、跡形もなく消えてしまった。まるで冷水を頭から浴びせられ、全身ずぶ濡れになったようだ。彼は内海唯花が既婚者だということを見落としていた!唯花姉さんはずっと彼氏がいなかったのに、突然スピード結婚してしまった。その相手は知らない人......彼女はどうして彼のことを待ってくれなかったのか?彼は今はまだ若いけれども、彼女のスピード結婚の相手に喜んでなるのに。残念なことに、唯花姉さんは一度も彼をその対象として見たことはなかったのだ。彼のことをただ弟としか見ていなかった。知り合ってから長い間、彼に物心がついた頃から、唯花姉さんは片思いの相手だった。しかし......結局のところは虚無でしかなかった。「わかった。唯花さんのバイクが直ったら、店まで持って行かせるから」金城琉生の心はとても苦しかったが、態度を変えずにいたので、内海唯花に彼の様子がおかしいこ
「おばあさんが病気なんだ。肝臓癌で。でも早期の癌だからよかったんだけどな」内海智明は電話で言った。「医者が都内の病院で治療を受けたほうがいいって言うんだ。君たち姉妹は都内に住んでいるし、詳しいだろう。病院の予約を先にして準備しておいてくれないか。私たちはもうすぐ出発する。おばあさんを都内の病院に連れて行くよ」「予約しておいてくれたら、着いてすぐ看てもらって、入院もできるだろう。入院時に保証金を前払いしないといけないところもあるって聞いたんだ。そちらで前払いしといてくれ。君の両親はもう亡くなっているけど、祖父母の世話も責任はあるだろ。君たちは生活費もあげたことないしさ。今おばあさんが病気になったんだから、君たち姉妹で病院にかかる必要を出してくれ。今までの生活費の補填だと思ってさ」従兄の話を聞いて、内海唯花の顔は青ざめた。彼女は十歳で両親を亡くした。二人が命と引き換えにした賠償金は全部で一億二千万だった。祖父母もお金を要求してきたが、それは理解できる、彼らは父親の両親なのだからだ。姉妹は当時幼く、祖父母が奪っていった賠償金は彼らの分の割り当て額をはるかに超えた金額だった。彼女は祖父母が一億二千万の賠償金を受け取った後、そのお金を彼女のおじさんたちに分けていたと知った。彼女には伯父が二人、叔父が一人、おばが二人いる。おじさんたちの家それぞれに一千五百万、二人のおばにはそれぞれ二百五十万、残ったお金は祖父母の老後の費用に当てられた。当時の彼女はまだ小さかったが、十歳でもしっかりと覚えていた。彼女は今でも、祖父母ができるだけ多くの賠償金をもらうために、村の役場や彼女の母親方の親戚の前で今後は姉妹に老後の面倒を見てもらわなくていいと言っていたのを覚えている。しかも合意書にサインまでしたのだ。祖父母、おじたち、そして姉妹二人の拇印までした。合意書は三枚あり、姉妹二人に一枚、祖父母に一枚、村の役場にも一枚保管してあった。証人はこんなにたくさんいるというのに、今従兄は姉妹に対して祖父母に生活費をあげていないと責めるのか!両親が亡くなった後、親戚には誰も姉妹二人を引き取ってくれる人は誰もいなかったことを考えた。一億二千万の賠償金の半分の六千万は祖父母に取られ、母方の祖父母も不公平だと思い四千万取られ、姉妹に残ったのは二千万だけだった。まだ十五
夫婦二人は黙々と朝食を食べ終わると、結城理仁は本当に内海唯花を店まで送っていった。夫婦が一緒に下まで降りると、下で待っていたボディーガードたちは状況判断し、全員通りすがりの人を演じ、散り散りに去っていった。内海唯花は高級車が何台も駐めてあるのを見た。そのうちの一台はロールスロイスで結城理仁に話しかけた。「ここって高級マンション群なのって嘘じゃないのね。ロールスロイスまで見かけるなんて思わなかった」こんなに高い高級車が買えるとは、タワーマンションの最上階に部屋を買ったのだろう。ここまで来て住むなんて、仕事や子供の通学に便利だからなのだろうか?金持ちの世界は彼女はよく理解できなかった。結城理仁はうんと一声言った。「多くの人は富豪や金持ちだろう。でも、謙虚なんだ」内海唯花は心の中で思った。ロールスロイスのどこが控えめなの?結城理仁は平然と彼のあのホンダ車を見て、妻を店に送った。彼が去った後、ボディーガードたちは集まり、お互い無言で見つめ合った。最終的に、全員一致した。車を運転してこっそり若旦那について行き、若旦那が若奥様を送り終えたところで、若旦那を会社まで送るのだと。内海唯花は自分の傍にいるこの男性がステルス富豪だということは知らなかった。ロールスロイスのような超高級車を持っていながら。頑なに二百万ちょっとの車で彼女を送るのだから。彼女は姉に電話をして、おばあさんが病気になり、内海家の人がおばあさんを都内の病院に連れて行くということを教えた。姉に絶対に言われるままに医療費を出さないように注意した。姉妹二人は長年実家の方には帰っていないが、おじさんたちが毎日贅沢して暮らしているのは知っていた。彼女の従兄弟たちが、会社勤めだろうが、自分で商売をしていようが、収入はなかなか悪くないと聞いていた。祖父母にはたくさんの孝行息子と従順な孫たちがいるのに、彼女たち姉妹に治療費を払わせる必要もないだろう。佐々木唯月は妹よりも五歳年上だ。知っていることはもっと多く、その恨みはもっと深かった。父方の親戚だろうが、母方の親戚だろうが、関係なく憎んでいた。妹の話を聞き、彼女は冷笑した。「私に今お金がないのは関係なく、たとえお金があったとしても、あのふざけたおばあさんなんかに治療費は出さないわ。唯花、彼らの電話に二度と出ないで、すぐ
「唯花」智明と智文は内海じいさんと一緒に入ってきた。他の人は外で待機していた。「この人がお前の旦那か?」内海じいさんはしばらく理仁を観察して、唯花の夫は確かに唯月の夫よりずっと立派な人だと思った。同時に、二人の孫娘が結婚する時、結納金を一円も彼らにあげなかったことに不満を覚えた。ここまで育てた孫娘がただで他人のものになったわけだ。もし亡くなった三男が知ったら、怒るに違いない。姉妹には親はもういないが、祖父母はまだいるから、その結納金は当然のことで、祖父母が受け取るべきだった。なのに、唯月姉妹は夫の家族に説得し、全く結納金を出してくれなかったのだ。「そうよ、どう?カッコイイでしょ?」唯花は理仁の傍に来て、わざと片手を彼の肩に乗せ、祖父に聞いた。「私たち、お似合いでしょ?」内海じいさん「……」そして、彼はまた結城おばあさんに聞いた。「そっちは?」「義理の家族よ」なるほど、男性側の家族なのか。内海じいさんは煙草を取り出し、火をつけて吸いながら尋ねた。「唯花が結婚するという大事なことを、俺たちにひとことも言ってくれなかったんだ。義理の親戚がいることも知らせなかった。今日は初対面というわけだな。聞いた話、唯花たちはまだ結婚式をあげていないそうだな。結納金はいくらくれるつもりなんだ?それと、新居と車も、もちろん用意してくれたよな?唯花の両親はもういないが、見た通り、祖父母である俺たちはまだ生きている。以前は確かに誤解でいろいろ不愉快なことがあったが、それでも俺が唯花の祖父という事実は消せないんだ。唯花の結納金は、俺たちがもらうべきだろう」結城おばあさんが、もし普通のお金持ちのばあさんなら、初対面で挨拶もちゃんとせずに結納金の話をされたら、きっと顔を曇らせて帰るところだろう。しかし、彼女はニコニコしながら言った。「内海さん、結納金はもちろんちゃんと用意していますわよ。でも、それは唯花さんに渡すもの。唯花さんがそのお金をどう使うかは彼女の自由で、私たちは口を出さないわ」つまり、内海家がその結納金を取りたいなら、唯花の同意が必要だということだ。内海家の人間はこれまで何回も唯花と対峙したことがあり、毎回も散々な結果しか得られなかった。唯花からその結納金を奪おうにも、その実力があるかどうか考えなければならない
キッチンにいる理仁には二人のお喋りが筒抜けだった。おばあさんが唯花のことを甘やかすのは日常茶飯事で、理仁はもうとっくに慣れていた。おばあさんはずっと孫娘が欲しくて欲しくてたまらなかった。結局、九人の男の孫だけだ。おばあさんは唯花の人柄が気に入ったので、最初から孫娘のようにかわいがっていた。しかし、孫娘はいつかは他のところにお嫁に行くものだと突然気づき、考えを変えた。それからというもの、いろいろな手を使って、唯花を孫の嫁にしようとしたのだ。そうすれば、ずっと結城家にいるだろう。理仁は食器を洗い終わると、コンロもきれいに拭いた。全部終わると、洗剤で布巾を丁寧に洗い、何度も手を洗ってからキッチンを出てきた。唯花は立ち上がり、彼のスーツとネクタイを持ってきてあげた。彼女はまだ彼にネクタイをしてあげるのには不慣れだが、今は彼が言いだすのではなく、彼女自らしてくれるので、理仁は嬉しいと思っていた。皿洗いだけで、美人なお嫁さんに世話をしてもらうご褒美がついてくるなら、これは儲けたと理仁は思った。おばあさんも唯花の行動に満足そうだ。ちゃんと何か理仁にしてあげることを忘れなければ、理仁は絶対彼女にぞっこんになるだろう。夫婦はお互いに与え合うことで長く一緒にいられるものだ。何もかも一方的に与え続ければ、絶対いつか疲れがきて、その愛も冷めてしまうのだ。三十分後。三人が店に着いた時、店はすでに開いていた。しかし、店を開けた明凛は内海家の人達に一切お客としての振る舞いをしていなかった。内海じいさんだけが智明に店から椅子を運ばせて外で座っている以外、他の人は店の前で立ちっぱなしでいたり、しゃがんだりして、イライラした様子だった。智文は何本目の煙草を吸ったか、もうわからないほどだった。彼は結城社長に匿名の手紙を送った後、自分が結城グループに入ることができると自信満々だったが、結局何の反応もなかった。結城グループどころか、他の中小企業ですら採用してくれなかった。誰も彼を雇おうとしなかったのだ。彼だけでなく、内海一族全員の仕事に影響が出ていた。商売している者も顧客が奪われ、赤字のない日が一日も訪れなかった。智文はこれが唯花の後ろ盾の仕業だと誰よりも理解していた。彼は怖気づいたのだ。だから祖父を説得し、彼に一族の人を連
唯花は心の中で冷たく嘲笑った。頭上三尺に神あり、神様はいつも見ている。いつか絶対報いというものがくる。内海じいさんとばあさんも例外なく、報いを受ける日はそう遠くないはずだ。「彼らが何の目的で来ようと、私たちも一緒に行くわ。喧嘩になっても人数では負けてないでしょ?」おばあさんはどうしても唯花に同行すると主張した。唯花は自分一人でも強いと言いたかったが、実家のクズたちが全員店に集まって、実際に本当に喧嘩になったら、人数で確かに負けているのは明らかだった。だから、おばあさんの同行を止めなかった。姉の話によると、おばあさんはなかなか強いという。朝食のうどんを食べると、唯花は食器を片付けようとした。おばあさんが孫を一瞥すると、理仁は黙って椅子から立ち上がり、唯花から食器を受け取ってキッチンへ洗いに行った。「唯花ちゃん、あまり理仁を甘やかしすぎちゃだめよ」おばあさんは唯花に言った。「ちゃんと家事を手伝わせなくちゃ。この家は夫婦二人のものだから、二人一緒に分担しないとね。彼は確かに毎日仕事で疲れてるけど、唯花ちゃんだって働いているでしょ。疲れるのは同じよ。家で王様みたいにさせちゃだめよ。ちゃんと家事をやらせてね。そうしたらあなた自身も楽になるでしょ」「おばあちゃん、理仁さんは十分しっかりしているよ。いつも家事を手伝ってくれるの」あのクズの元義兄のほうこそ正真正銘の王様なのだ。家に帰ったら何もしない。何もかも姉にやらせておきながら、彼に「手足がちゃんとついているから自分のことは自分でしてください」と言えば、すぐ「一日中ずっと働いて疲れてるんだから、家で休ませろ」と不満を返してくる。それから、姉が毎日家で子供の世話だけ見ていて楽にしているだけなのに、家事まで彼の手を煩わせて、とんでもない怠け者だ、と……これ以上あのクズ男の話を言ってもうんざりしかしてこない。姉はもうすぐ彼を成瀬莉奈という女に譲って、新しい生活を手に入れるのだ。今後、成瀬莉奈は本当に俊介を甘やかして、何もさせずに楽にさせるだろうか?「彼ら兄弟たちは、将来自立できるように小さい頃からちゃんとしつけをしていたの。確かになかなかできる男になったわ。でもね、あなたが彼が仕事で疲れてるって気遣いすぎて、つい甘やかさないか心配なのよ。唯花ちゃん、いい男っていうのは、自
「私はそんなこと言ってないでしょ、あなたが自分で勝手にそう言ったんだから」内海じいさん「……お前今どこにいる?今何時だと思ってるんだ?まだ店を開けてないのか?勤勉な人はもう早々に店を開けてお金を稼いでいるぞ」「理仁さん、うちのおじい様ったら、私の店の開店時間を気をかけてるのよ。もう太陽が出てきてる?早く携帯を持ってベランダに行ってきて。今日は太陽が西から昇ってくるかもしれないわよ。世界珍百景を写真におさめなくっちゃ」内海じいさんは暗い顔をしながら声をあげた。「唯花!話を逸らすな、真面目に話してるんだぞ。今俺は伯父さん叔母さんたちと一緒に店の前で待ってるんだ。早く来て店を開けろ。朝ごはんも食べていないから、来る途中で朝ごはんも買ってこい」「周りに朝食を売っている店なんてたくさんあるでしょ。食べないなら、そこでお腹を空かせてれば?」彼らに朝食を買ってあげるほど親切な気分には全くなれなかった。どうせお腹が満たされたら、また彼女のことを罵るだろう?内海じいさんは唯花の態度に頭にきて、口を開けてまた罵ろうとした時、携帯を内海智文にとられてしまった。智文はできるだけ優しそうに言った。「唯花、俺だ、従兄弟の智文だ。今店の前で待っているから、早く来てくれないか?大事な用事があるんだよ」「朝ごはんを食べ終わったら行くわ」「わかった、じゃ、待ってるぞ」智文は言い終わると、電話を切った。「実家の連中がまた来た?」唯花が電話を切ったのを見ると、理仁は声を低くして尋ねた。彼が裏で小細工をしていたため、奴らは今はかなり苦しい状況に陥っているはずだが、まさかまた来る度胸があるとは。本当に悟の言ったように、彼らに何もかも失わせたら、もうこれ以上恐れるものなどないと思って、無理やり唯花にお金を請求しようとしているというのか?「うん。たぶん全員私の店の前で待っているんでしょ。一体何をしたいのかさっぱりわからないわね。どうせまた私におばあさんの医療費を無理やりに請求しようとするんでしょ。人数が多いからって別に怖がったりしないよ、私は」おばあさんには親孝行してくれる子がたくさんいるから、彼女のような好かれていない孫が医療費を払う順番など回ってこないだろう。彼女の従兄たちは唯花姉妹たちよりずっといい生活をしていたのだから。「あとで、店まで送
「まだはっきり決まっていないんだ。仕事が片付いたらすぐ帰るよ」「じゃ、いつ出発するか教えてね。荷造りを手伝うから。車で空港まで送るし」彼の部屋には彼女の着替えを置いていないため、自分の部屋に戻って身なりを整えに行こうと思った。理仁は彼女が部屋を出ようとするのを見ると、思わず手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。その黒い瞳がじっと彼女の美しい顔を見つめた。「それだけ?」「……」唯花はただただ瞬きをしていた。彼の意図がわからなかった。それだけ?じゃないなら、どうしろと言うのか。まさか出張先まで送ってほしいとか言い出すわけじゃないだろうね。「家族が一緒に行っていいの?」理仁は口角を引き攣らせた。「一緒に行けないでしょ。空港に送るだけじゃだめなの?」この時、理仁は彼女を掴んだ手を離した。唯花は彼の手を見て、眉をひそめて言った。「最近ようやく口数が少し多くなったかと思ったのに、また黙っちゃって。はっきり言ってくれないし、私が本当にそれでわかると思うの?私頭悪いから、わからないよ。着替えて来るね。朝ごはんはどうする?外で食べる?それとも自分で作る?」唯花は外へ向かって行きながら尋ねた。「好きにすればいい」彼の声が少しむっとしたのを聞いて、唯花はドアの前で立ち止まり、振り返ってチラチラと何回も彼を見てから、ドアを開けて出て行った。部屋を出るとおばあさんをみつけて、唯花は何もなかったように挨拶をした。「おばあちゃん、おはよう」「おはよう」おばあさんはニコニコしながら、唯花が孫の部屋から出て来るのを見ていた。夫婦二人は実際まだ何もしていないが、少なくとも同じベッドで寝起きをしているから、これは大きな一歩だ。結局、朝ごはんは家で食べることになった。唯花は二人にうどんを作ってあげた。素朴なものだが、それでも美味しい。「プルプルプル……」この時、唯花の電話が鳴った。姉からの電話かと思ったが、携帯を見ると知らない番号からだった。それを見て、彼女の表情が曇った。知らない番号だったら、基本的に実家の厄介なクズ親戚たちからのものだろう。この前、姫華が彼女のために親戚たちを懲らしめてくれてからというもの、あの人達はしばらく静かになっていたのだ。今日また電話をかけてきて、一体何をしようとしている
「唯花さん」唯花が彼に指輪をつけてくれた時、理仁は優しい声で言った。「これから、何があっても、絶対別れようとか、離婚しようとかお互いに言わないようにしないか?」唯花はこの対の指輪が夫婦二人によく似合っていると思い、心の中で彼のセンスを密かに褒めていた。選ぶ時に彼女を連れて行かなかったとしても、ちゃんと彼女に似合うものを選んでくれた。そして彼の話を聞くと、彼女は顔を上げ返事をした。「それはできないわ。もしあなたが佐々木俊介のようなクズだったとしても、離婚するって言い出せないの?浮気した男なんて、早くそいつを蹴っ飛ばしたほうが楽よ。傍に残していても気分が悪くなる一方だわ」理仁はまず彼女と誓いを結んで、後で自分の正体がばれてしまったとしても、彼女が離れることができないように仕掛けようとしたのだが。全く引っかかってこない。こんなロマンチックな状況でも、彼女はしっかり冷静さを保っていた。さすが結城理仁が惚れた女だ。「じゃ、俺が浮気しない限り、何があっても離婚なんか口にしないでくれる?この一生ずっと夫婦でいたいんだ」理仁は絶対に浮気などしないと自負していた。彼のような性格の男は、一度誰かを愛したら一生変わらない。だからこそ、怖くなってきたのだ。もし唯花が彼が結城家の御曹司だと知った時、彼の傍から離れるのではないかと。「何か後ろめたいことでもしたの?」唯花は逆に彼に尋ねた。「本当に変よ。朝っぱらから専用車で花束を送ってこさせたり、結婚指輪まで用意してくれたり。宝石にはあまり詳しくないけど、とっても高いものでしょ。普通の日なのに、ここまでよくしてくれるなんて、絶対変だよ。きっと何か後ろめたいことをしたんでしょ。そうやって甘い言葉でごまかして、私に罠を仕掛けて、後で私が気づいたとしても怒らないようにしている。そうでしょ?」理仁は黙って彼女を見つめた。暫くして、彼は手を伸ばし、唯花の髪の毛を撫でながら、何食わぬ顔で淡々と言った。「この頭の中で、とんでもないことを想像しているんだな。わざわざロマンチックなことをしようとしたのに、誤解されるなんて」「私が勘違いしたの?」唯花は彼のいたって冷静で自信満々な顔を見て、少しためらった。「本当に後ろめたいことしてない?」理仁は逆に彼女に聞いた。「俺がどんな後ろめたい
携帯を見てみれば、可哀想に床に転がったままだった。確かに部屋で待ってはいてくれたが、まさか寝た状態で待っているとは。まさに理仁の、そのうきうきとした心に冷たい水をかけられてしまった。彼はおばあさんから買った指輪を持ってきて、今晩唯花につけようと思っていたが、結局この仕打ちだ。理仁はベッドの端に腰をかけ、手を出し軽く唯花の頬をつねった。「本当に子供のようにぐっすりだな」頬をつねってから、彼は頭を下げ、彼女の頬に、それから唇にもキスをした。それでようやく彼女の携帯を拾ってあげて、サイドテーブルに置いた。妻が寝たまま彼の帰りを待っていたのに少し不満だが、少なくとも確かに彼の部屋で待ってくれていた。某若旦那様にとって、これが僅かな慰めだった。翌日、唯花が目を覚ますと、視野は大きい花束でいっぱいだった。その花束の後ろに、理仁の整った顔が見えた。彼女は瞬きをした。自分が夢を見てるわけじゃなくて、今見ているのは確かに理仁だということを確認し、彼女は起き上がり、笑いながら言った。「お帰り」「唯花さん、おはよう」おはよう?「うそ、もう朝?朝まで残業したの?」「いや、昨日の夜帰ってきたんだ。誰かさんが待っていてくれるって約束しといて、一人で先に夢の世界へ飛んで行っただけさ」唯花は恥ずかしそうに笑いながら、そのきれいな花束を受け取った。「お花屋さんがこんなに早く開いてるの?」「俺が買いたいと思うなら、いつでも買えるよ」理仁は彼女が花束を受け取った後、体を屈め、黒くてキラキラした瞳で彼女の美しい顔をじっと見つめながら、低くかすれた声で聞いた。「おはようのキスは?」彼女に贈ったこの花束は、実家の執事である古谷に電話をかけ、実家の庭で一番美しく咲いていた花をとり、専用車で送らせたのだ。朝、目を開けてすぐきれいな花束をもらうなんて、理仁の心遣いとロマンチックな行動に感動し、唯花は何のためらいもなく、彼におはようのキスをした。「唯花さん。聞きたいことがあるなら、直接言っていいよ」唯花は嬉しそうに花束を愛でながら尋ねた。「どこの花屋さんで買ったの?綺麗だね。うちのベランダに植えたどの花よりもきれいに咲いているわ」「ある園芸店に電話して注文して、専用車で届けてもらったんだ。こんな早い時間に、開いてる店はない
「英子も仕事がうまくいってないって、一体どうしたの。職場でよくやっているんじゃなかったっけ?どうしてうまくいかなくなった?」佐々木母はぶつぶつ言いながら、娘に電話をかけた。電話で英子がイライラしながら言った。「お母さん、私にもさっぱりわからないのよ。皆わざと私を陥れるようなことをしてきたの。一日中ずっと嫌がらせしてくるわ。ほっとできる時間なんて一分もないよ。お母さんったら、俊介が離婚したいならさせたらいいじゃん?あの子は優秀なんだから、また結婚なんてできるでしょ」「唯月がどこからか、たくさん証拠を集めてきたのよ。全部俊介を不利にさせようとするものばかりよ。それで、俊介が唯月の要求を全部受け入れるしかなくなったんだ。離婚すると二千万以上も取られるわ。陽ちゃんの親権も渡さないと。まして毎月六万円の養育費付きよ」「俊介にそんな大金あるわけ?」英子はびっくりした。「俊介が前から隠して移した財産よ。まさか唯月に証拠をにぎられちゃったなんて。まあいいわ、あなたも大変だったみたいだし、明日一緒に行かなくてもいいよ。お母さんはお父さんと明日早く星城へ行って唯月姉妹に会ってくるわ」英子はすぐに返事した。「お母さん。唯花を説得しょう。彼女を説得できたら、きっと唯月も納得できるよ」「お母さんもそう思うわ」佐々木母と娘はしばらく電話でおしゃべりしてから、ようやく電話を切った。……唯花は仕事を終わらせると、先に姉の家へ行った。姉の離婚後の居住場所を話し合うためだ。案の定、唯月は妹の家に住むことを拒否した。彼女は言った。「俊介がちゃんとお金を送ってくれれば、もうお金で困ることがないから、あなた達の家に住まなくてもいいよ。まず適当に家を借りて、それから不動産屋を回るつもり。もらったお金で小さな家の頭金が払えるはずだし。「残ったお金については、とりあえず東グループでまだやっていけるかどうか試してみてからね。無理だったら仕事を辞めて、前に言ったようにそのお金で弁当屋をやるわ」唯花はこれ以上姉を説得しなかった。そしてただ彼女に言った。「お姉ちゃん、もしお金が足りなかったら、私に言って。先に貸すこともできるからね」「わかったわ。本当に必要だったら、絶対唯花に言うよ」唯花は姉に抱かれた甥の頭を撫でた。「おばたん」「おばちゃんが抱っこし
佐々木母はまた離婚協議書を取り、何回もよく見返した。唯月に分ける金額を見るたびに、胸が締め付けられるような顔をして言った。「半分分けるって言ったでしょ?この金額おかしいよ」「家と車は唯月が要らないって言ったから、別に彼女に補償金を払わなきゃ。全部合わせると、この金額なんだ」佐々木母「……じゃ、家のリフォーム代は?」俊介は答えた。「含めてないよ。俺はもうあいつに言ったんだ。リフォーム代は絶対返さないって」それを聞いて佐々木母はようやく気が少し楽になった。「リフォームにも数百万かかったから、これを請求してこないなら、うちは幾分かマシね」少なくとも、そこまで気が病まなかった。「俊介、唯月はどうやってこの証拠を集めたんだ?」佐々木父は息子の嫁にそんなツテはないはずだと思った。「もしかして、誰かが手伝ってあげたんじゃないか」「聞いたけど、答えてくれなかったんだ。一体誰に手伝ってもらったのか、俺もさっぱりわからない。ここまでできる人物は絶対相当な厄介者だぞ。俺にとっても爆弾みたいな危険な者だから、父さん、怖くないわけがないだろう。だから、妥協しかないんだ」佐々木母もようやく状況を把握して、疑いながら言った。「唯花夫婦がやったんじゃない?」「陽の一件では、唯月はこんなもん出してなかったから、あの時はまだ持ってなかったはずだ。たった数日でこれだけの証拠を集めてきた。きっと短期間で集めたものだろう。唯花の夫の家族には確かに人が多いけど、皆一般人なんだ。そんな能力はないはずだ。母さん、そんなに心配しなくてもいい。俺らが唯月の要求を受け入れれば、きっと大丈夫だろう。唯月も離婚協議書に、離婚後俺に絶対また報復したりしないと書いてるし」俊介の両親はまた黙り込んだ。俊介は時間を確認してから、彼ら二人に言った。「父さん、母さん、もう帰らないと。明日も仕事だ。午後になったら休暇を取って離婚の手続きをしに行く予定だから」二人は黙っていた。俊介はまた少し座ってから、帰って行った。彼が帰った後、佐々木母は夫に行った。「あなた、本当にこのまま俊介たちを離婚させる気なの?もう止められないの?」離婚しなかったら、お金を分ける必要もないし、孫もそのまま佐々木家の子だ。息子と唯月も夫婦のままなのだ。「俊介がもう決めただろう?俺らはどうしようもない