LOGIN理仁の携帯の音が鳴り響いた。彼は着信を見る前に、先に悟に言った。「妻からだろう。きっと会社まで迎えに来たいって言うはずだ」悟は口を尖らせた。「俺は今めっちゃ幸せだぞ。結婚式だって君より先にするんだからな。そんなふうにいちいち惚気なくて結構だよ。別に羨ましくもないし」理仁はニヤニヤ笑った。「別に惚気てなんかないぞ。これは俺ら夫婦の日常なだけだし」お互いに迎えに行くのが、彼ら夫婦の日常になっている。そして携帯を取り出して着信を見た瞬間、そこには「桐生善」の文字が映り、理仁は顔を引きつらせた。唯花からかかってきたと思っていたのに、善だった。悟は目ざとく、その着信が善であることのを見た。すると一気に笑い出した。理仁はそんな彼をギロリと睨みつけた。悟は顔を背けて引き続き笑っていた。それでも理仁はちゃんと善からの電話に出た。「結城社長」理仁は低く沈んだ声で「はい」と返事した。不機嫌そうな声を聞き、善は笑って申し訳なさそうに言った。「こんな時間にお電話してすみません。お食事の邪魔をしてしまいましたよね、本当に申し訳ないです」「食事はまだですので」理仁はやはり不機嫌そうな声だった。「桐生さん、何か俺にご用でしょうか?」絶対に仕事の話ではない。仕事の話なら、善は正規の連絡方法でまずは秘書を通すはずだ。直接理仁のプライベートの携帯にかけてくるということは、私的な用事に決まっている。善が理仁に何か相談してくるなら、きっと姫華に関わることだろう。「特に急ぎの用というわけではないんです。今夜は会食もなくて時間が空いていて、結城社長を誘って食事でもと思ったんです。まだお食事を済ませていないようでしたら、一緒にいかがですか?」理仁は低い声で言った。「タイミングが悪かったですね。俺は今夜会食があって、都合が悪いんです。日を改めてまた食事をする時は、事前にご連絡くださいね」善は残念そうな様子で笑って言った。「それはタイミングが悪かったですね。では、結城社長はいつお時間がありますか?一緒に食事しましょう」「桐生さんはA市に戻る予定はありますか?来週、妻を連れて旅行に行こうと思っているのですが、桐生さんが帰るなら、俺たちと一緒に食事しませんか?」善は少し考えてから言った。「今は帰る予定はないんです。結城社
悟「……夜は会食じゃなかったっけ?」彼はここで話題を変えた。理仁がこれ以上その花束について熱く語るのを阻止しようとした。まるで悟が今まで花束をもらったことがないみたいな言い方だ。「今から唯花を迎えに行くんだ。今夜は一緒に行くから」悟はひとこと「そうか」と言った。「俺はあと一週間したら、会社は暫く休ませてもらうぞ」もうすぐ結婚式だ。理仁は言った。「結婚式まで、あと半月はあるだろう?」悟は理仁と一緒に外に向かいながら言った。「半月って二週間だろ、それより一週間早めに休みと取ったら駄目なのか?」まさか結婚式の当日まで働けと?理仁は何も言えなかった。「結城社長、九条さん、お疲れ様でした」二人が並んでいるのを見た社員たちが礼儀正しく挨拶をしていった。「一緒に行くのか?」悟は一緒に理仁の車のほうへと歩いていき、理仁は訝し気にそう尋ねた。「俺も妻を迎えに行って、家に帰って食事するんだ。ついでに今後一緒に暮らす家を見に行くんだよ」悟は両親と同居するつもりはない。彼は明凛と二人っきりの世界を過ごしたいのだ。そして両親はそれを尊重した。結婚して子供を生んでくれれば、両親は他のことは特にこだわらない。「あの家を二人の愛の巣にするつもりか?」理仁は何気なく尋ねた。二人は一緒に理仁のロールスロイスに乗った。悟の乗っているポルシェは、理仁のボディーガードに頼んで本屋まで運転してもらった。「瑞雲山の屋敷だろ、君たちの家からそう遠くない。明凛とお宅の奥さんは親友だから、そこに家を買ったんだ。二人がいつでも会えるようにね」悟が家を買うのは、理仁を真似るようにわざと合わせている感じだ。理仁が買った家の近くに彼も一軒購入した。近くに住んでいれば、食事をしに行くのもすぐに飛んでいける。「俺もお前がどこか他に探すなら、その隣の家をリフォームして住もうと思っていたところだ。まさか、そっちのほうが瑞雲山の住宅地を選ぶとはね。それなら、そのまま住み続けることにしよう。あそこももう十年近く暮らしていて、慣れているし、思い入れもあるからな」瑞雲山の邸宅は彼が定住している場所だ。リフォームをしなくても、今の様子が最高だと思っている。それに唯花も物質的な暮らしにこだわる贅沢をするようなタイプでもない。し
姫華が早く結婚してくれないと、唯花は彼女の幸せを奪ってしまったと心につっかえて気になるのだ。姫華があんなに理仁のことを好きだったのに、唯花のほうが彼と結婚してしまった。だから、姫華には早く伴侶を見つけてもらいたかった。姫華が幸せになってくれれば、唯花もようやく心が落ち着くのだ。姫華は一度も唯花のことを恨んだことなどないし、理仁を取られたとも思っていない。姫華自身も言っていたが、彼女と理仁に縁がなかっただけだ。だからそれは唯花とは関係はない。理仁が姫華を好きじゃないのだからどうしようもない。唯花の存在がなかったとしても、他の女性が現れたことだろう。もし他の女に取られるくらいなら、唯花と結婚してもらったほうがいい。理仁と唯花が結婚して、姫華は彼に丁寧な言葉遣いをさせることができると得意げに言っていた。あの冷たく傲慢な男が、腰を低くして、敬語を使って姫華に話すときは、非常に爽快だった。「唯花」姫華は唯花の手を握った。「私に申し訳ないだなんて思わないのよ。私は一度たりともそんなふうに思ったことないんだからね」姫華は唯花の心などお見通しだった。「私は絶対に幸せになるから、結婚だって無理にするものじゃないでしょ。結婚するなら、良い人とするわ。それで幸せになれるんだから」唯花は頷いた。姫華は彼女たちと一緒にジュースを飲み、心の中にある気持ちを吐き出して、自分の選択に迷いはなくなった。夕方になって姫華は帰っていった。それと同時刻の結城グループでは。退勤時間になると、理仁は大きな花束を抱えてオフィスから出てきた。それは唯花が午後、自ら彼に持って来てくれた花束だ。彼は大の男で、花は別に好きではないが、妻からもらったものなら、たとえ草の一本でも宝物のように扱う。エレベーターで一階に降りると、ちょうど別のエレベーターで降りてきた悟と出くわした。悟を見ると、理仁は無意識に花束を抱きしめる力を強めた。悟に取られると警戒しているわけではなく、わざとこのようにして悟の注意を向けさせる作戦だ。悟は笑って言った。「社長夫人からの贈り物か?その花束綺麗じゃないか」理仁は冷たく偉そうな雰囲気をまとったまま言った。「唯花がくれたものだからな、彼女がくれるものなら何でも好きだ。他人が贈ってきたら一目見るのも煩わ
姫華は笑って言った。「噂をすればなんとやらね。明凛がオレンジジュース作ってくれて、あなたにも一杯入れてたの。もうすぐ帰ってくるはずだって言ってすぐあなたが入ってきたのよ。あなたの悪口言ってなくてよかったわ」唯花はケラケラ笑った。「明凛は絶対私の足音が聞こえてたのよ」明凛は作ったジュースを二人に渡した。唯花はジュースを持ってレジ台まで行き、そこにひとまずコップを置いた。そして、レジの奥にある部屋に行き、普段明凛と一緒に食事する時に使う折りたたみのテーブルを広げた。そして三人は自分のジュースを持って、そのテーブルについた。「唯花、ブルームインスプリングに柴尾さんを探しに行ったの?」姫華は尋ねた。「どうだった?彼女ってすごいのね、目が不自由なのに、継父と実の母親まで告訴しちゃうなんて」「花束を買いに行って、理仁さんに持って行ったんだけど、咲さんはいなかったわ。一日中一体どこに行ってるのか。店員さんが彼女が帰ってきたら電話してくれるって言ってたんだけど、かかってこなかったし。咲さんは携帯番号も変えちゃったみたいだし」唯花は一口ジュースを飲み、ため息をついた。「結婚して、相手の家族のために何かをするのも難しいものね」咲を探しに行ったのは、辰巳と仲を取り持つと約束したからだ。辰巳は過ちを犯してしまい、唯花に足を運んでもらうように頼んでいた。姫華は笑って言った。「それは仕方ないわ。結城おばあ様が辰巳さんに柴尾さんを選んで来たのよね。それに、彼女を追いかけるのは彼の問題であって、どうしてあなたが代わりに走り回らないといけないのよ」「辰巳君が咲さんに本当のことを話してしまって、それで彼女は避けるようになったの。辰巳君が私にお願いしてきて、ちょっと話すくらいならいいかなって思って、約束しちゃったわけ」唯花はまたジュースを一口飲んだ。「咲さんは目が見えないし、LINEも使ってないから、連絡手段がないのよ。電話番号が変わったから、もう完全に連絡つかないし。姫華、今日はどうしてここに来たの?」そう尋ねられて、姫華は瞬時に顔を少し赤くさせた。唯花は不思議そうに見つめた。あの姫華が顔を赤くしている。「一体何があったの?顔が真っ赤よ」唯花はすぐに姫華の傍に近寄り、興味津々に尋ねた。「なになに、好きな人でもできたわけ?誰
姫華は笑って言った。「それはあなた達の目から見て、良い子だって思うだけでしょ。他の人からすれば、私はわがままなお嬢様なの。ご夫人たちも私を息子の嫁に迎えようとは思わないのよ。私みたいなじゃじゃ馬を上手く乗りこなせないと思ってるんだからね」そんなことは誰にもできはしない。神崎家の力は強大なのだから。普通の名家は、本当に姫華を嫁に迎えたいとは思っていない。そして神崎家と同等の家にいる男性は、すでに結婚しているか、彼女よりも年下ばかりだ。姫華は年下と恋愛するつもりはない。「それはそいつらの目が節穴だからよ。何も考えずあなたのことをわかろうともせずに、周りの噂に振り回されてるだけだってば。私も唯花も、あなたに初めて会った時、とても正直で、裏表のない子だって思ったのよ」明凛はまたキッチンにジュースを作りに戻った。「姫華は本当に素敵な子よ。私たちの仲が良いから、聞こえの良い言葉を言っているわけじゃないわ」姫華もキッチンに入ってきた。そして明凛がオレンジを搾るのを見ていた。「さあ、教えて。一体誰に告白されたの?桐生善さん?」明凛は尋ねた。姫華「……あなた知ってたの?」善が姫華のことを好きだということを、みんなは知っていたのか?明凛は笑って言った。「彼のあなたに対する態度はあからさまだもの。姫華に近づくために、隣の中古物件をかなりの金額で購入したでしょ。まさか彼が家がなくて困ってるわけでもあるまいし。星城にはもっと条件の良い物件がたくさんあるでしょ、それなのに彼は買わなかったわ。わざわざ中古物件を買いに行くってことは、つまりあなたを狙って以外に何があるっていうの?」姫華「……善君があの中古物件を買った時に、あなた達もう気づいていたのね。あの頃は、まったく他のことは考えてなかったわ。ただ、あのお屋敷はうちも狙っていたから、彼が購入するのも当然だとしか思ってなかった。彼が内装を変えることにして、私にいろいろ聞いてきたの。その時だって、余計なことは考えずに、私のアイデアを彼に伝えたわ。それを彼は採用してくれて」「それはあなたに近づくために買ったってこと。疑うまでもなく将来あなたと一緒に住むためよ。姫華の意見を聞いたなら、それはもちろんその意見通りに内装だって進めるわよね」姫華は少し黙ってから尋ねた。「明凛、ねえ、彼の告白
「善君、少し考えさせて」姫華は善の告白を断ることはなかったが、瞬時に受け入れることもなかった。彼女には考える時間が必要だった。善はそれを理解して言った。「もちろんです。ゆっくり考えてください。僕も焦っているわけではありません。僕のことを受け入れられなかったとしても、いつまでも待つつもりです。いつかきっと僕のことを好きになってくれると信じています」その言葉を聞き、姫華は笑った。「私はただ、ちょっと急に告白されたものだから」「確かに唐突でした」善は申し訳なさそうにそう言った。彼は、周りのみんなが彼の姫華に対する気持ちに気づいているので、これ以上告白せずにもたもたしていては駄目だと思った。そして姫華にも聞かれたことだし、いっそのことこの場で告白してしまったのだ。彼女のことを愛しているのだから、その気持ちをきちんと伝えなければ。ちゃんと言葉にしなければ、愛というものは伝わらないこともあるのだ。この時、二人の間には静寂が流れた。少しの間座っていて、姫華は立ち上がり言った。「もう帰りましょうか」「ええ」散歩に出かける時には、二人は楽しそうに話していた。そして帰りには何も話さなかった。姫華が話す気がなかったのだ。神崎家に到着すると、善は長居はせず、隣の内装途中の家に帰っていった。それから五分も経たずに、姫華は車で出かけた。唯花の店に向かったのだ。もちろん、親友二人に会うためだ。そして本屋に到着してみると、明凛しかいなかった。「唯花は今いないの?」姫華は店に入って明凛を見てすぐに尋ねた。「ブルームインスプリングに行ったのよ。たぶんもうすぐ帰ってくるよ。唯花に用だった?」明凛は今オレンジを絞ってジュースにして飲もうとしていて、姫華に尋ねた。「あなたも飲む?いるなら、もう一杯作るけど」「じゃあ、お願いしようかな。毎回お茶ってのも味気ないしね」明凛は笑って言った。「まあ、お茶はね。もし飽きたならいつでも私たちに言ってよ。紅茶にお砂糖入れてあげるから。本屋には本ばっかりで他にめぼしい物なんてないし」姫華レジの奥にある椅子に座った。「飽きたとは言えないけど、ジュースを今日はもらうわ」「ちょっと待っててね」明凛は段ボールからまたオレンジを取り出した。「姫華、唯花に用があったんじゃ