「陽ちゃん」佐々木唯月はぶつかった衝撃で道に飛び出していった粉ミルクの缶は気にする暇もなく、急いで息子を抱きあげ、怪我がないかよく観察した。そしてひたすら息子に尋ねた。「陽ちゃん、どこか怪我した?どこが痛い?ママに教えて」「ママー」佐々木陽はただ泣くばかりで、両手を佐々木唯月の首にきつく回して放さなかった。彼は怪我はなく、ただ突然倒れて驚いているだけだった。「ドンッ!」そこへとても大きな音が響いた。佐々木唯月はその音がしたほうを見た。一台の車があの粉ミルクの缶にぶつかり、その衝撃で缶が飛んでまた下に落ちてきた。タイミングが良いのか悪いのか、その缶がまたその車のフロントガラスに落ちた。粉ミルク一缶は結構な重さがあり、一度空へ飛びあがって勢いをつけて落ちてきたのでフロントガラスが割れてヒビが入ってしまった。その車は急ブレーキをかけた。佐々木陽は突然のことに驚き泣き止むと、ぎゅっと母親の首をしっかりとつかみ放さなかった。佐々木唯月はその車が何なのか見てみたら、なんとポルシェだった!高級車!これって、まさか彼女に修理代を請求したりしないよね?以前、彼女の不注意でマイバッハを傷つけてしまったことがある。妹の夫がその車の持ち主と知り合いだったので、その縁のおかげで東隼翔は修理代の一部だけを請求し、彼女は大金を出さずに済んだ。もし今回また彼女に修理代を要求してきたら、本当にお金がない。佐々木唯月はかなり焦ってその車の持ち主が降りてくるのを見ていた。その背が高くガタイの良い大きな体にはどうも見覚えがある。あれは東さんじゃないか?どうしてまた彼?本当に偶然すぎる。東隼翔はフロントガラスを確認した。マジか、また修理しないと。そして地面に転がっている粉ミルクの缶を見て、道端に倒れている佐々木唯月のベビーカー、それから地面に散乱したおむつの袋や粉ミルクを見た。それで東隼翔は理解した。佐々木唯月だとわかった後、東隼翔は一生分の運はもうすでに使い果たしてしまったのかと思った。どうして毎度毎度、このふくよかな女性なんだ!彼は後ろを向いて車に乗った。佐々木唯月は彼が車を運転して去るのだと思い、ほっと胸をなでおろした。しかし彼は車をただ路肩に移動させただけだった。そして再び車から降り、あの粉ミルク
東隼翔は無言の佐々木唯月を見ていた。彼の親友である結城理仁が内海唯花と結婚したので、このふくよかな女性は親友の義姉にあたるから、東隼翔は佐々木唯月に修理代を請求するつもりはなかった。今回も彼女はわざとやったわけではない。彼にも車のスピードを出し過ぎた責任がある。佐々木唯月は彼に見つめられて、内心とても緊張していた。彼女は息子をきつく抱きしめ、口を開こうとした時、東隼翔のほうが先に口を開いて彼女に尋ねた。「こんなにたくさん買い物をして、旦那さんを呼んで来てもらったらどうですか?それか、あまり買い過ぎないようにするとか」「家からここまで買い物に来るのは少し遠いですから、一度にたくさん買って帰りたくて。夫には電話をしましたが、今忙しくて迎えに来る時間がないと言われたんです。だから、自分で持って帰るしかありません。さっき道にあるブロックに気づかず、それにぶつかってしまって、ベビーカーが倒れたんです。その時、粉ミルクが転がっちゃって、それが東さんの車にぶつかるとは思いもしなくて」佐々木唯月は小声で説明した。「子供が泣いてしまったので、先に抱っこしたんです。だから転がった物を拾う余裕がなかったんです。東さん、今回も本当にわざとではありません」それから少し黙ってから彼女は言った。「もし修理代をご請求されるのであれば、修理代の半分を負担するのでお願いできませんか?私もうっかりしてて、東さんもスピードを出していらっしゃったでしょう。それでこんなことになってしまったから、東さんにも責任はあると思うんです」東隼翔は心の中で不満を言っていた。この間は結城理仁が彼に電話してきたから、彼に免じて彼女には18万円の修理代の請求しかしなかった。実際は彼自身が出した金額は佐々木唯月よりも多く負担していたのだ。あの時、結城理仁は彼が内海唯花と結婚していると言わなかったから、もし言っていたら、彼は佐々木唯月に修理代を請求することはなかっただろう。東隼翔は手を伸ばしておむつの袋を持った。佐々木唯月は訳が分からず彼を見ていた。彼が全てのおむつの袋を車に載せてから、また戻ってきてベビーカーを押し彼女に言った。「車に乗ってください。あなた達二人を家まで送ります」このふくよかな女性の夫は彼女に対してあまりよくしてくれていないのだろう。妻が電話して手伝ってほし
佐々木唯月はそう言われてすぐに返事をした。彼女は本当にそのようには考えていなかった。第一に彼女は夢見る乙女な年齢をとっくに過ぎている。第二に彼女は結婚していて妻であり母親でもある。最後に彼女は今や結婚前のような美女ではなく、太っちょの醜い女だ。東隼翔は笑って言った。「では、修理代の件について話しましょうか」佐々木唯月はまた緊張してきた。彼女は今貯金はあまりない。今回彼の車の損傷はこの間よりも明らかに大きい。だから、修理代も以前よりかかるだろう。修理代を請求されれば彼女は破産してしまう。さらには佐々木俊介から彼女はする事なす事ろくでもないことばかりだと罵られるだろう。この間はベビーカーがうっかり車体を少し傷つけただけで、18万円も支払った。「どちらにお住みですか?」「久光崎です」「あそこは周りに学校が多い地区ですよね。あなた達は将来を見越して久光崎にマンションを購入したんですね」今久光崎で家を買おうと思っても、人気がある地区だからなかなか新しく家を買うことができないのだ。「夫が結婚する前に買った家なんです。今毎月ローンを返しているんですよ。東さん、今回修理代はおいくらお支払いすればいいでしょうか?その……私は別に責任逃れしようとか、弁償したくないとかそんなことを思っているわけじゃないんです。私は今専業主婦で、収入がなくて、貯金もあまり多くないんです。たぶん、修理代金を捻出するのが難しいかと。ですから、分割払いでもいいでしょうか?」佐々木唯月は探り探り尋ねた。「今、頑張って仕事を探しているんです。仕事が見つかってお金を稼げるようになったら、きちんと残りをお支払いしますので」東隼翔は車を運転しながら言った。「そんなに硬くならなくて大丈夫ですよ。今回は修理代は払ってもらわなくて結構です。この間修理代をもらったのは、今後あなたに注意してもらいたくて、教訓のためにああしたんです。お子さんがベビーカーに乗ってて、もし交通事故になったら、相手の車はどうなるかわかりませんが、ベビーカーのほうは弱いですから、お子さんが痛い目に遭うことになりますよ」佐々木唯月はもしそうであればどうなっていたか考え、血の気が引いてしまった。「修理代をいただいても、意味がないように思います。あれからまだ一か月ちょっとしか経っていませんよ。それな
佐々木唯月は彼を見つめた。東隼翔は彼女がまた変なことを考えているとわかった。この女性の警戒心は非常に強い。彼は説明した。「俺が言いたいのは、あなたの家に誰もいないなら、息子さんを一人で家に放置しないほうがいいということです。あなただけ下に荷物を降りて来るなんて少し危ないですよ」彼女の息子は見た感じ2、3歳くらいだ。この年齢の子供はまさにやんちゃでよく動き回る年頃で、何に対しても興味を持ち触っておもちゃにしてしまう。もし危険なもので遊んで何か起こってしまえば、後悔してももう遅い。「ありがとうございます、東さん、注意してくださって。今すぐ上にあがります」佐々木唯月はたくさんあるおむつの袋を持ち、東隼翔にお礼を言って、急いで上にあがっていった。心の中で東隼翔は威圧的で、顔には恐ろしい傷もあって見た目は良い人そうではないが、とても気配りができて優しい人だと思った。人は見た目によらないとはまさにこのことだ。東隼翔は佐々木唯月がいなくなってから車に戻り運転して去っていった。道の途中で彼は結城理仁に電話をかけた。理仁が電話に出ると、彼は言った。「理仁、俺の車、お前の奥さんの姉さんに恨みでもあるみたいだ。あのな、さっきまた彼女のせいでポルシェのフロントガラスが割れたんだぞ」「どういうことだ?お前、彼女にぶつかったのか?それとも彼女がまたお前の車にぶつけたのか?」義姉の話なら、結城理仁は多少は関心を持っている。義姉は彼にずっとよくしてくれていた。「そうじゃないんだ」東隼翔は事の経緯を親友に話した。話した後、彼は言った。「理仁、俺の車ってお前の義姉さんに恨みでも買ったんだろうか?俺、明日ディーラーに行って二百万ちょいの車でも買おうかな。今後自分で運転する時はその安い車で出かけよう。また彼女に出くわして高級車を壊されたら、たまったもんじゃないし」もう二度目だ。一度目はまだよかった。車体に少し傷が入っただけでそこまでひどくなかったから、修理代もそんなにかからなかった。しかし、今回は前回よりも状態がひどい。三度目は今回よりももっとひどい目に遭ってしまうかもしれない。結城理仁「……」彼はそれを聞いた時、どう言っていいのかわからなかった。本当に偶然すぎる。毎度毎度、彼の義姉なのだから。義姉が今結婚して
結城おばあさんに気に入られるくらいだから、内海唯花は何か魅力を持っているはずだ。結城理仁は少し黙ってから言った。「別に会ってもしかたないさ。目があって、鼻があって、口があるだけだ」「はははははは」東隼翔はケラケラ笑った。親友は内海唯花に会わせてくれるつもりがないらしい。九条悟のほうはもしかしたらもう会ったことがあり、内海唯花について詳しいかもしれない。九条悟は噂好きだし、ネットワークも広いのだから内海唯花の祖先まで知り尽くしている可能性もある。東隼翔はこの話題はそれ以上続けず、親友が忙しいのがわかっていて、電話を切ってしまった。時間が経つのはとても速い。あっという間に夜になった。結城理仁はロールスロイスに座り、眉間を押さえた。彼は少し疲れていた。おそらくここ数日、少しおかしくなっていたからだろう。一日で二日や三日分の仕事をこなしていたのだから、疲れないほうがおかしい。「若旦那様、今日も屋見沢のほうに戻られますか?」運転手は尋ねた。結城理仁は座席にもたれかかり、目を閉じてしばらく運転手に返事をしなかった。二分ほど経ってから、彼は低い声で言った。「トキワ・フラワーガーデンに送ってくれ」「かしこまりました」七瀬は主人の話を聞いて、ほっと胸をなでおろした。主人はようやく奥さんのもとに戻ってくれるようだ。これで彼らも安心して日々過ごすことできる。主人は彼らボディーガードに対して何か八つ当たりのようなことをするわけではなかったが、ここ数日明らかに不機嫌そうで、ボディーガードたちは気を引き締め緊張状態が続いていたのだ。何か小さなヘマをしたらクビにされてしまう。結城理仁は会社から家に帰るのではなく、接待を終えてから帰っているので、家に帰る道のりはいつもより遠かった。それで二十分ほどかかって、ようやくトキワ・フラワーガーデンに到着した。結城理仁が玄関のドアを開けて部屋へと入った時、中は真っ暗だった。内海唯花はまだ帰ってきていないのだろうか?彼は部屋の電気をつけた後、時間を見てみると十一時だった。あのお嬢さんはもうすぐ帰って来るだろう。幸い彼があがってくるのが早かったので、ロールスロイスから降りる所を見られて正体がばれるようなことにならずに済んだ。二、三日ここには帰っていなかった。結城理
結城理仁はまたあの鶴を手に取り、妻の話を聞いた。「あなたが持ってるその鶴は神崎さんにあげたのより一回り大きいのよ。もっときっちり作ったんだから、どう?きれいでしょう?」自分のが神崎姫華が持っているものよりも大きいと聞いて、結城理仁はわけもわからず嬉しくなった。しかしそれを表情には出さず、淡々とうんと一言答えた。「きれいだ」内海唯花は笑って「あなたが気に入ってくれたならそれでいいわ」と言った。彼女は車の鍵をロ―テーブルの上に置くと、キッチンのほうへと歩いて行った。「ちょっと夜食を作るけど、あなたも食べる?」と彼に尋ねたが、理仁の返事を待たずに独り言をつぶやいた。「あ、忘れてた。あなたって夜食は太るから食べないんだった」結城理仁は彼女が勝手に判断してそう言ったので、もう何も言えなかった。しかし、結局彼はお腹は空いていなかった。内海唯花はキッチンでまたうどんを作っていた。結城理仁は暫くそこに立っていて、キッチンの入り口へと歩いて行った。キッチンの中には入らず、その入り口に立ち止り、内海唯花がネギとミツバを洗っているのを見ていた。彼女はうどんを作る時にこの二種類の薬味を入れるのが好きだった。そして、たまごと焼いた餅も入れた。彼女は以前、焼き餅を入れると歯ごたえがよくなってもっと美味しいと言っていた。「プルプルプル……」内海唯花の携帯が鳴った。彼女はうどんを作る手を止め、ぶつくさと言った。「こんな遅くに一体誰が電話かけてきたのよ」彼女が携帯に表示されているのが金城琉生であるのを見た時、眉間にしわを寄せた。しかし、やはり金城琉生からの電話に出て、結城理仁は彼女が「琉生君、どうしたの?」と尋ねるのを聞いた。金城琉生め、また電話かけてきやがった!結城坊ちゃんはすぐにウサギのように、ぴんと聞き耳を立てた。「唯花姉さん、唯月さんの旦那さんって佐々木俊介って言いますか?」金城琉生は家に帰った後、聞いたことがあるような気がしていた佐々木俊介という名前をどこで聞いたのか思い出したのだ。内海唯花の義兄の名前が確かこの名前だった気がしたのだ。それで彼はすぐに内海唯花に電話をして確かめようと思った。もちろん、彼には内海唯花から感謝されたいという下心があった。「ええ、義兄さんの名前は佐々木俊介って名前だけど、どうしたの?彼と知り
九条悟はすぐにそれが金城琉生だと当てた。今夜、金城琉生はホテルのビジネスパーティーに参加していたのだ。彼は金城グループでは、まだまだただの社員に過ぎないが、会社の継承者に内定している。金城家の御曹司という身分だから、パーティーではまるで水を得た魚のように、周りの人間からチヤホヤされ、ご機嫌取りをされていた。結城理仁は何も言わず、それを黙認したと同然だった。「だったら、証拠を今すぐ君に持って行ってあげようか?今トキワ・フラワーガーデンにいるのか?」彼は親友が社長夫人の人柄を探るために、自分の正体を隠して結婚し、わざわざトキワ・フラワーガーデンに家を買ったのを知っていた。「いや、いい。明日俺にくれ。今日はもう遅い、早めに休んでくれ。俺も風呂に入って寝る」九条悟はずっと結城理仁と内海唯花のことを見てきたが、結城理仁は九条悟に多くのことを話したくなかったので、すぐに電話を切ってしまった。九条悟はぶつくさと言った。「今夜寝られるか?ライバルに手柄を横取りされようとしてるってのに」結城理仁が寝られるかどうか、それは彼自身だけが知っている。内海唯花は金城琉生の話を聞いた後、全く驚いた様子はなく、腹を立てていた。「琉生君、教えてくれてありがとう」内海唯花は腹を立てていたが、すぐには爆発させず、金城琉生にお礼をしてまた尋ねた。「彼らの写真はある?」証拠が必要だ。それがあれば金城琉生が出会ったのが佐々木俊介というゲス男であると証明できる。「写真はないんです。パーティーで彼の名前をどこかで聞いたことがあるような気はしたんだけど、すぐには彼の名前をどこで聞いたのか思い出せなくて。家に帰った後にようやく唯花姉さんのお義兄さんがそんな名前だったなって思い出したんです。だから、電話して確かめようと思って。唯花姉さん、お姉さんに夫の浮気の証拠をこっそりと集めるように伝えてください。あの男が財産を他の誰かに渡してしまわないように」「ええ、そうするわ、ありがとう」金城琉生は笑って言った。「唯花姉さん、ただ教えただけですから、お礼なんていりませんよ。じゃあ、お休みのところお邪魔してすみません。唯花姉さん、おやすみなさい。明日の朝、明凛姉さんが好きな朝食を持って行きますから、唯花さんも一緒に食べてください」金城琉生はよく従姉の好きな食べ物や飲み物
内海唯花はうどんを食べながら、姉にLINEを送った。まずは姉にまだ起きているかどうか尋ねた。佐々木唯月は返事を返さず、直接電話をかけてきた。文字を打つのは時間がかかって面倒だから、直接通話しようと思ったのだ。「唯花、まだ寝てないのね。さっき帰ってきたの?」佐々木唯月は妹が就寝する時間を把握している。以前、妹が彼女と一緒に暮らしていた頃、夜は遅く朝は鶏よりも早く起きていた。佐々木唯月は妹が義兄に気を使って、早起きして彼ら一家三人に朝食を作り、家事をしていたのを知っていた。妹はたくさんのことをしてくれていたのに、佐々木俊介からタダで住んで飲み食いしていると煙たがられてしまった。妹はお金も入れてくれていたのに……今その夫は傍にはいないから、佐々木唯月も気にしていない。彼女が今気にかけているのは妹だけだ。「うん、今夜食たべてるの。お姉ちゃん、ちょっと話したいことがあるのよ。琉生君がね、今日スカイロイヤルのビジネスパーティーに参加したらしいんだけど、そこで佐々木俊介に会って、あいつの横にはきれいな女の子がいたって。琉生君があいつはその人に対して特によくしていて、すごく仲がよさそうで熱々の恋人同士だったみたいって。琉生君はあいつに会ったことがないけど、佐々木俊介って名前を私から聞いたことがあったから、それで思い出して私に教えてくれたの。スカイ電機の部長だとも言っていたらしいから、きっと彼に間違いないわ。お姉ちゃん気を付けておいて、佐々木俊介の行動をよく観察しておいて。彼が財産を他に移動させたりしてないか注意して、自分をしっかり守るのよ」近年、妻を殺害してしまうような事件も増えている。内海唯花はまず姉にしっかり自分を守るようにと注意した。男がクソなら、さっさと別れるに越したことはない。クソ男のために命を懸けるなど、全く無意味なのだから。妹の話を聞いて、佐々木唯月は暫くの間黙っていた。彼女は実は早くから心の準備をしていた。佐々木俊介が外で浮気している可能性があるとわかっていたからだ。なんといっても彼はまだ30そこそこで、仕事でも成功していて、容姿もなかなか良い。外とは言わず会社の中にもたくさん若いお嬢さんがいるのだ。彼は毎日若くて綺麗なお嬢さんと接している。そして家に帰ると子供を産んで体形が崩れてしまった彼女を見ると、
内海唯花がご飯を食べる速度はとても速く、以前はいつも唯花が先に食べ終わって、すぐに唯月に代わって陽にご飯を食べさせ、彼女が食べられるようにしてくれていた。義母のほうの家族はそれぞれ自分が食べることばかりで、お腹いっぱいになったら、全く彼女のことを気にしたりしなかった。まるで彼女はお腹が空かないと思っているような態度だ。「母さん、エビ食べて」佐々木俊介は母親にエビを数匹皿に入れると、次は姉を呼んだ。「姉さん、たくさん食べて、姉さんが好きなものだろ」佐々木英子はカニを食べながら言った。「今日のカニは身がないのよ。小さすぎて食べるところがないわ。ただカニの味を味わうだけね」唯月に対する嫌味は明らかだった。佐々木俊介は少し黙ってから言った。「次はホテルに食事に連れて行くよ」「ホテルのご飯は高すぎるでしょ。あなただってお金を稼ぐのは楽じゃないんだし。次はお金を私に送金してちょうだい。お姉ちゃんが買って来て唯月に作らせるから」佐々木英子は弟のためを思って言っている様子を見せた。「それでもいいよ」佐々木俊介は唯月に少しだけ労働費を渡せばいいと思った。今後は海鮮を買うなら、姉に送金して買ってきてもらおう。もちろん、姉が買いに行くなら、彼が送金する金額はもっと多い。姉は海鮮料理が好きだ。毎度家に来るたび、毎食は海鮮料理が食べたいと言う。魚介類は高いから、姉が買いに行くというなら、六千円では足りるわけがない。佐々木家の母と子供たち三人は美味しそうにご飯を食べていた。エビとカニが小さいとはいえ、唯月の料理の腕はかなりのものだ。実際、姉妹二人は料理上手で、作る料理はどれも逸品だった。すぐに母子三人は食べ終わってしまった。海鮮料理二皿もきれいに平らげてしまい、エビ半分ですら唯月には残していなかった。佐々木母は箸を置いた後、満足そうにティッシュで口元を拭き、突然声を出した。「私たちおかず全部食べちゃって、唯月は何を食べるのよ?」すぐに唯月のほうを向いて言った。「唯月、私たちったらうっかりおかずを全部食べちゃったのよ。あなた後で目玉焼きでも作って食べてちょうだい」佐々木唯月は顔も上げずに慣れたように「わかりました」と答えた。佐々木陽も腹八分目でお腹がいっぱいになった。これ以上食べさせても、彼は口を開けてはくれない。佐々木
佐々木俊介は彼女を睨んで、詰問を始めた。「俺はお前に一万送金しなかったか?」それを聞いて、佐々木英子はすぐに立ち上がり、急ぎ足でやって来て弟の話に続けて言った。「唯月、あんた俊介のお金を騙し取ったのね。私には俊介が六千円しかくれなかったから、大きなエビとカニが買えなかったって言ったじゃないの」佐々木唯月は顔も上げずに、引き続き息子にご飯を食べさせていた。そして感情を込めずに佐々木俊介に注意した。「あなたに言ったでしょ、来たのはあなたの母親と姉でそもそもあんたがお金を出して食材を買うべきだって。私が彼女たちにご飯を作ってあげるなら、給料として四千円もらうとも言ったはずよ。あんた達に貸しなんか作ってないのに、タダであんた達にご飯作って食べさせなきゃならないなんて。私にとっては全くメリットはないのに、あんた達に責められて罵られるなんてありえないわ」以前なら、彼女はこのように苦労しても何も文句は言わなかっただろう?佐々木俊介はまた言葉に詰まった。佐々木英子は弟の顔色を見て、佐々木唯月が言った話は本当のことだとわかった。そして彼女は腹を立ててソファに戻り腰掛けた。そして腹立たしい様子で佐々木唯月を責め始めた。「唯月、あんたと俊介は夫婦よ。夫婦なのにそんなに細かく分けて何がしたいのよ?それに私とお母さんはあんたの義母家族よ。あんたは私たち佐々木家に嫁に来た家族なんだよ。あんたに料理を作らせたからって、俊介に給料まで要求するのか?こんなことするってんなら、俊介に外食に連れてってもらったほうがマシじゃないか。もっと良いものが食べられるしさ」佐々木唯月は顔を上げて夫と義姉をちらりと見ると、また息子にご飯を食べさせるのに専念した。「割り勘でしょ。それぞれでやればいいのよ。そうすればお互いに貸し借りなしなんだから」佐々木家の面々「……」彼らが佐々木俊介に割り勘制にするように言ったのはお金の話であって、家事は含まれていなかったのだ。しかし、佐々木唯月は徹底的に割り勘を行うので、彼らも何も言えなくなった。なんといっても割り勘の話を持ち出してきたのは佐々木俊介のほうなのだから。「もちろん、あなた達が私に給料を渡したくないっていうのなら、ここに来た時には俊介に頼んでホテルで食事すればいいわ。私もそのほうが気楽で自由だし」彼女も今はこの気分を
しかも一箱分のおもちゃではなかった。するとすぐに、リビングの床の上は彼のおもちゃでいっぱいになってしまった。佐々木英子は散らかった部屋が嫌いで、叫んだ。「唯月、今すぐ出てきてリビングを片付けなさい。陽君がおもちゃを散らかして、部屋中がおもちゃだらけよ」佐々木唯月はキッチンの入り口まで来て、リビングの状況を確認して言った。「陽におもちゃで遊ばせておいてください。後で片づけるから」そしてまたキッチンに戻って料理を作り始めた。陽はまさによく動き回る年頃で、おもちゃで遊んだら、また他の物に興味を持って遊び始める。どうせリビングはめちゃくちゃになってしまうのだ。佐々木英子は眉間にしわを寄せて、キッチンの入り口までやって来ると、ドアに寄りかかって唯月に尋ねた「唯月、あんたさっき妹に何を持たせたの?あんなに大きな袋、うちの俊介が買ったものを持ち出すんじゃないよ。俊介は外で働いてあんなに疲れているの。それも全部この家庭のためなのよ。あんたの妹は今結婚して自分の家庭を持っているでしょ。バカな真似はしないのよ、自分の家庭を顧みずに妹ばかりによくしないで」佐々木唯月は後ろを振り返り彼女を睨みつけて冷たい表情で言った。「うちの唯花は私の助けなんか必要ないわ。どっかの誰かさんみたいに、自分たち夫婦のお金は惜しんで、弟の金を使うようなことはしません。美味しい物が食べたい時に自分のお金は使わずにわざわざ弟の家に行って食べるような真似もしませんよ」「あんたね!」逆に憎まれ口を叩かれて、佐々木英子は卒倒するほど激怒した。暫くの間佐々木唯月を物凄い剣幕で睨みつけて、佐々木英子は唯月に背を向けてキッチンから出て行った。弟が帰って来たら、弟に部屋をしっかり調べさせて何かなくなっていないか確認させよう。もし、何かがなくなっていたら、唯月が妹にあげたということだ。母親と姉が来たのを知って、佐々木俊介は仕事が終わると直接帰宅した。彼が家に入ると、散らかったリビングが目に飛び込んできた。そしてすぐに口を大きく開けて、喉が裂けるほど大きな声で叫んだ。「唯月、リビングがどうなってるか見てみろよ。片付けも知らないのか。陽のおもちゃが部屋中に転がってんぞ。お前、毎日一日中家の中にいて何やってんだ?何もやってねえじゃねえか」佐々木唯月はお椀を持って出て来た。先
それを聞いて、佐々木英子は唯月に長い説教をしようとしたが、母親がこっそりと彼女の服を引っ張ってそれを止めたので、彼女は仕方なくその怒りの火を消した。内海唯花は姉を手伝ってベビーカーを押して家の中に入ってきた。さっき佐々木英子が姉にも六千円出して海鮮を買うべきだという話を聞いて、内海唯花は怒りで思わず笑ってしまった。今までこんな頭がおかしな人間を見たことはない。「お母さん」佐々木英子は姉妹が家に入ってから、小さい声で母親に言った。「なんで私に文句言わせてくれないのよ!弟の金で食べて、弟の家に住んで、弟の金を浪費してんのよ。うちらがご飯を食べに来るのに俊介の家族だからってはっきり線を引きやがったのよ」「あんたの弟は今唯月と割り勘にしてるでしょ。私たちは俊介の家族よ。ここにご飯を食べに来て、唯月があんなふうに分けるのも、その割り勘制の理にかなってるわ。あんたが彼女に怒って文句なんか言ったら、誰があんたの子供たちの送り迎えやらご飯を作ってくれるってんだい?」佐々木英子は今日ここへ来た重要な目的を思い出して、怒りを鎮めた。しかし、それでもぶつぶつと言っていた。弟には妻がいるのにいないのと同じだと思っていた。佐々木唯月は義母と義姉のことを全く気にかけていないと思ったのだった。「唯月、高校生たちはもうすぐ下校時間だから、急いで店に戻って店番したほうがいいんじゃないの?お姉ちゃんの手伝いはしなくていいわよ」佐々木唯月は妹に早く戻るように催促した。「お姉ちゃん、私ちょっと心配だわ」「心配しないで。お姉ちゃんは二度とあいつらに我慢したりしないから。店に戻って仕事して。もし何かあったら、あなたに電話するから」内海唯花はやはりここから離れたくなかった。「あなたよく用事があって、いつも明凛ちゃんに店番させてたら、あなた達がいくら仲良しの親友だからって、いつもいつもはだめでしょ。早く店に戻って、仕事してちょうだい」「明凛は理解してくれるよ。彼女こそ私にお姉ちゃんの手伝いさせるように言ったんだから。店のことは心配しないでって」「あの子が気にしないからって、いつもこんなことしちゃだめよ。本当によくないわ。ほら、早く帰って。お姉ちゃん一人でどうにかできるから。大丈夫よ。あいつらが私をいじめようってんなら、私は遠慮せずに包丁を持って街中を
両親が佐々木英子の子供の世話をし、送り迎えしてくれている。唯月は誰も手伝ってくれる人がおらず自分一人で子供の世話をしているから、ずっと家で専業主婦をするしかなかったのだ。それで稼ぎはなく彼ら一家にこっぴどくいじめられてきた。母と娘はまたかなり待って、佐々木唯月はようやく息子を連れて帰ってきた。母子の後ろには内海唯花も一緒について来ていた。内海唯花の手にはスーパーで買ってきた魚介類の袋が下がっていた。佐々木家の母と娘は唯月が帰って来たのを見ると、すぐに怒鳴ろうとしたが、後ろに内海唯花がついて来ているのを見て、それを呑み込んでしまった。先日の家庭内暴力事件の後、佐々木家の母と娘は内海唯花に話しに行ったことがある。しかし、結果は唯花に言いくるめられて慌てて逃げるように帰ってきた。内海唯花とはあまり関わりたくなかった。「陽ちゃん」佐々木母はすぐにニコニコ笑って彼らのもとに行くと、ベビーカーの中から佐々木陽を抱き上げた。「陽ちゃん、おばあちゃんとっても会いたかったわ」佐々木母は孫を抱きながら両頬にキスの嵐を浴びせた。「おばあたん」陽は何度もキスをされた後、小さな手で祖母にキスされたところを拭きながら、祖母を呼んだ。佐々木英子は陽の顔を軽くつねながら笑って言った。「暫くの間会ってなかったら、陽君のお顔はぷくぷくしてきたわね。触った感じとても気持ちいいわ。うちの子みたいじゃないわね。あの子は痩せてるからなぁ」佐々木陽は手をあげて伯母が彼をつねる手を叩き払った。伯母の彼をつねるその手が痛かったからだ。佐々木唯月が何か言う前に佐々木母は娘に言った。「子供の目の前で太ってるなんて言ったらだめでしょう。陽ちゃんは太ってないわ。これくらいがちょうどいいの」佐々木母は外孫のほうが太っていると思っていた。「陽ちゃんの叔母さんも来たのね」佐々木母は今やっと内海唯花に気づいたふりをして、礼儀正しく唯花に挨拶をした。内海唯花は淡々とうんと一言返事をした。「お姉さんと陽ちゃんを送って来たんです」彼女はあの海鮮の入った袋を佐々木英子に手渡した。「これ、あなたが食べたいっていう魚介類です」佐々木英子は毎日なかなか良い生活を送っていた。両親が世話をしてくれているし、美味しい物が食べたいなら、いつでも食べられるのに、わざわざ弟の家に来
二回も早く帰るように佐々木唯月に催促しても、失敗した英子は腹を立てて電話を切った後、母親に言った。「お母さん、唯月は妹の店にいて、陽君が寝てるから起きてから帰るって。それでうちらに鍵を取りに来いってさ」佐々木家の母親は眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに言った。「陽ちゃんが寝てるなら、唯月が抱っこして連れて帰って来ればいいじゃないの。唯花には車もあるし、車で二人を連れて来てくれればそんなに時間はかからないじゃないか」息子の嫁はわざと自分と娘を家の前で待たせるつもりだと思った。「わざとでしょ。わざと私たち二人をここで待たせる気なんだよ」佐々木英子も弟の嫁はそのつもりなのだと思っていた。「前、お母さんがわざと鍵を忘れて行ったことがあったじゃない。彼女が不在だったら、電話すれば唯月はすぐに帰ってきてドアを開けていたわ。今回みたいに私らを長時間待たせることなんかなかった。お母さん、俊介たち夫婦が大喧嘩してから唯月の態度がガラッと変わったと思うわ」佐々木母もそれに同意した。「確かにね」佐々木英子は怒って言った。「唯月はこの間うちの俊介をあんな姿にさせて、ずっと俊介を迎えに来るのを拒んでいたわ。だから、私たちで俊介を説得して帰らせることになった。私たちは全部陽君のためだったのよ。もし陽君のためじゃなければ、俊介に言ってあんな女追い出してやったのに。家は俊介のものよ。本気でうちらを怒らせたら、俊介にあいつを追い出させましょ!」昔の佐々木唯月は夫の顔を立てるために、義姉である佐々木英子には寛容だった。いつも英子から責められ、けちをつけられても許していたのだ。今佐々木英子は更に唯月のことが気に食わなくなり、弟にすぐにでも唯月を追い出してもらいたかった。離婚しても、彼女の弟みたいに条件が良ければ成瀬莉奈のように若くてきれいなお嬢さんを嫁として迎えることができるのだ。佐々木唯月が俊介と離婚したら、一体誰があんな女と結婚しようと思う?再婚したかったら、70や80過ぎのじいさんしか見つからないだろう。「この話は私の前でだけ話しなさい。俊介には言わないのよ」佐々木母は心の中では唯月に不満を持っていたが、孫のためにもやはり息子と嫁の家庭を壊したくなかったので、娘に忠告しておいた。娘が息子の前でまた嫁の悪口を言うのを止めたかったのだ。「お母さん、わ
「妹はあんたに何か貸しでも作ってたかしら?あんたの母親と姉が食べたいんでしょ、なんで妹がお金を出す必要があるのよ?俊介、結婚してから三年余り、私は仕事をしてないからお金を稼いでない。だけど、家庭のためにたくさん犠牲にしてきたのよ。私が裏であなたを支えてなかったら、あんたは安心して仕事ができた?今のあんたがいるのは一体誰のおかげだと思ってるの?お金をくれないってんなら、私だって買いに行かないわ。それから、送金するなら私の労働費もプラスしてもらわないとね。あんたが割り勘にしたいって言ってきたのよ。あれはあんたの母親と姉で私があの人たちに食事を作ってやる義務なんかないわ。私に料理をしてあの人たちに食べさせろっていうなら、お給料をもらわないとね。三年以上夫婦としてやってきたんだから、それを考慮して四千円で手をうってあげるわ」佐々木俊介は電話の中で怒鳴りつけた。「金の浪費と食べることしかできないやつがよく言うぜ。今の自分のデブさを見てみろよ。てめえが家庭のために何を犠牲にしたってんだ?俺には全く見えないんだがな。俺が今仕事で成功しているのは俺自身が努力した結果だ。てめえのおかげなんてこれっぽっちも思っていないからな。なにが給料だよ?俺の母さんはお前の義母だろ?どこの嫁が義母に飯を作るのに給料を要求するってんだ?そんなこと他所で言ってみ?世間様から批判されるぞ」「お金をくれないなら、私は何もしません」佐々木唯月はそう言うと電話を切ってしまった。佐々木俊介は妻に電話を切られてしまって、怒りで携帯を床に叩きつけたい衝動に駆られた。しかし、その携帯を買ってからまだそんなに経っていないのを思い出してその衝動を抑えた。その携帯は成瀬莉奈とお揃いで買ったものだ。一括で同じ携帯を二台買い、一つは自分に、もう片方は成瀬莉奈にあげたのだ。だからその携帯を壊すのは惜しい。「このクソデブ女、陽が幼稚園に上がったら見てろよ!俺と離婚したら、お前みたいなブスを誰がもらってくれるんだ?くたばっちまえ!」佐々木俊介はオフィスで佐々木唯月をしばらく罵り続け、結局は唯月に一万円送金し彼女に海鮮を買いに行かせることにした。しかし、唯月が買い物をした後、レシートを残しておくように言った。夜彼が家に帰ってからそれを確認するためだ。「あいつ、お姉ちゃんに帰ってご飯を作れって?
佐々木唯月は強く下唇を噛みしめ、泣かないように堪えていた。彼女はもう佐々木俊介に泣かされた。だから、もう二度と彼のために涙を流すことはしたくなかった。彼女がどれだけ泣いても、彼がもう気にしないなら、流した涙で自分の目を腫らすような辛い思いをする必要があるのか?「大丈夫よ」佐々木唯月は証拠をまた封筒の中に戻し、気丈に平気なふりをして言った。「お姉ちゃんの気持ちはだいぶ落ち着いているわ。今彼の裏切りを知ったわけではないのだし」「唯花」佐々木唯月は封筒を妹に渡した。「お姉ちゃんの代わりにこの証拠をしっかり保管しておいてちょうだい。私が家に持って帰って、彼に見つかったら財産を私から奪われないように他所に移してしまうかもしれない。そうなると私が不利になるわ」「わかった」内海唯花は封筒を受け取った。佐々木唯月は冷静に言った。「あなたに言われた通り、まずは何もしらないふりをしておく。仕事が安定したら、離婚を切り出すわ。私がもらう権利のあるものは絶対に奪い取ってみせる。あんな奴の好きにはさせないんだから!」結婚した後、彼女は仕事を辞めてしまったが、彼女だって家庭のために多くのことをやってきたのだ。結婚してから佐々木俊介の稼ぎは夫婦二人の共通の財産である。彼の貯金の半分を奪い取って、発狂させてやる!それから、現在彼らが住んでいるあの家のリフォーム代は彼女が全部出したのだ。佐々木俊介にはそのお金も返してもらわなければならない。「お姉ちゃん、応援してるからね!」内海唯花は姉の手を握りしめた。「お姉ちゃん、私がいるんだから、思いっきりやってちょうだい!」「唯花」佐々木唯月は妹を抱きしめた。彼女が15歳の時に両親が亡くなり、それから姉妹二人で支え合って、一緒に手を取り合い今日までやってきた。だから、彼女は佐々木俊介というあのゲス男には負けたりしない。「プルプルプル……」佐々木唯月の携帯が突然鳴り響いた。妹から離れて、携帯の着信表示を見てみると佐々木俊介からだった。少し躊躇って、彼女は電話に出た。「唯月、今どこにいるんだ?」佐々木俊介は開口一番、彼女に詰問してきた。「一日中家にいないでさ、母さんと姉さんが来たらしいんだ、家に入れないって言ってるぞ」佐々木唯月は冷ややかな声で言った。「お義母さ
結城理仁は椅子に少し座ってから、会社に戻ろうとした。内海唯花が食器を洗い終わりキッチンから出てくると、彼が立ち上がり出ていこうとしていたので、彼に続いて外に出て行った。彼は一言もしゃべらず、車から大きな封筒を取り、振り返って内海唯花に手渡し声を低くして言った。「この中に入ってる」内海唯花は佐々木俊介の不倫の証拠を受け取り、もう一度お礼を言おうとした。その時彼のあの黒く深い瞳と目が合い、内海唯花は周りを見渡した。しかし、通りには人がいたので、やろうとしていたことを諦めた。「車の運転気をつけてね。会社にちゃんと着いたら私に連絡して教えてね」結城理仁は唇をきつく結び、低い声で返事をした。彼は車に乗ると、再び彼女をじいっと深く見つめて、それからエンジンをかけ運転して店を離れた。内海唯花はその場に立ったまま、遠ざかる彼の車を見つめ、彼らの間に少し変化があるのを感じた。彼が自分を見つめる瞳に愛が芽生えているような気がした。もしかしたら、彼女は気持ちをセーブせず、もう一度思い切って一歩踏み出し、愛を求めてもいいのかもしれない。半年の契約はまだ終わっていないのだから、まだまだチャンスはある。そう考えながら、内海唯花は携帯を取り出し結城理仁にLINEを送って彼に伝えた。「さっきキスしたかったけど、人がいたから遠慮しちゃったわ」メッセージを送った後、彼女は結城理仁の返事は待たなかった。少ししてから、内海唯花は大きな封筒を持って店に入っていった。佐々木陽は母親の懐でぐっすり寝ていた。牧野明凛は二匹の猫を抱っこして遊んでいて、内海唯花が入って来るのを見て尋ねた。「旦那さんは仕事に行った?」「うん、仕事の時間になるからね。彼は仕事がすごく忙しいから夜はよく深夜にやっと帰ってくるの」内海唯花も二匹の子猫を触った。結城理仁が彼女にラグドールを二匹プレゼントしてくれた。彼女に対して実際とてもよくしてくれている。犬もとても可愛い。ペットを飼うことになったので、彼女は後でネットショップで餌を買うことにした。「お姉ちゃん、あそこにソファベッドがあるから陽ちゃんをそこで寝かせたらいいよ。ずっと抱っこしてると疲れるでしょ」内海唯花は姉のもとへ行き、甥を抱き上げて大きな封筒を姉に渡して言った。「これ、理仁さんが友達に頼んで集め