佐々木唯月は言った。「うん、あれからなんだけど、あの人たちは良心的なフォロワーから助けてもらって、おばあさんは無事に入院して手術の日程まで決まったとか言ってた。ネット民は私たちのことを恩を仇で返す恩知らずな人間だとか散々罵ってたわ。おじいさんとおばあさんが苦労して立派な大人に育ててくれたのに、不孝者の姉妹だってね。おばあさんが病気になって入院しているのに、お見舞いにも来ない義理も人情もない冷たい人間だ。おじいさんとおばあさんにも、天国にいる両親にも顔向けできない最低な奴らだって」佐々木唯月は一日中家でネット上のコメントを読みながら、だんだん怒りが溜まっていった。自分の両親のことにも触れられて、更に憎しみが増していった。彼女の両親がまだ生きていた頃、おじさんたちよりも祖父母には孝行していた。しかし、両親が亡くなってから彼らは彼女たちにどのような仕打ちをした?「お姉ちゃん、あんなネット弁慶たちの言うことなんて気にしないで。ああいう人たちは本当のことなんか知らないで表面的なことだけ見て簡単に信じ込む奴らよ。自分が利用されてるってのに全く気がついていない。自分は正義感溢れる善良な人間だと思ってる。でも彼らは誰かの駒になって無実の人を傷つけているなんて知りもしないんだから」ネット上の物事は、いつだって180度方向がコロコロと変わるものだ。内海唯花は今までそういうのをたくさん見てきた。この時、結城理仁が低く落ち着いた声で言った。「内海さん、君のおばあさんはネット民からの手助けで入院できたんじゃないぞ。あいつらは自分で費用を払い、入院手続きし、手術を受けることになったんだ。そのネット上に書かれているのは、あいつらが自分で勝手に書き込んだものなんだ」姉妹は彼の方を向いた。結城理仁は説明を加えて言った。「俺が君と一緒に君の故郷に行っていた時、サービスエリアで電話して俺の会社と付き合いがある木下社長に調査を依頼したんだ。彼は君の親戚たちはとても良く過ごしていると言っていたよ。君の祖父母、おじ、いとこ、みんな病院からそう遠くないホテルに泊まっているようだ。そんなことをするのは、どうせ君たちにお金を出させるためだろうな」神様は不公平だ。あのような一族たちを世間にのさぼらせているのだから。お金はあるが、良心は皆無。15年前二人の孤児をいじめ
文章には悲しみと怒り、絶望と無力感がびっしりと詰まっていた。内海唯花は姉の日記をめくりながら昔のことを思い出し、さめざめと泣いていた。『おじいさんとおばあさんはなるべく多くのお金を手にするために、母方の祖父母やおじさんたちと収拾がつかないほど喧嘩してた。彼らはどちらも自分たちが相手よりも多くお金を分配されるためだけに争って、誰一人として私たち姉妹のことを考えてくれる人なんかいなかった。私たちを引き取って育てようともしなかった。私の両親はどちらも亡くなったのに、あの人たちはお金のことばかりで、私たちの気持ちも考えてくれなかった。これを家族、親戚と呼べるの?お父さん、お母さん、早く帰ってきてよ。娘の私たちが今辛い目に遭ってるんだよ?どうして私と妹を放ったらかしにするの?ひどすぎるよ。雨が降ってきたわ。神様が私たち姉妹が両親を亡くして、可哀想と思って涙を流してくれてるのかな?私たち親がいない孤児になっちゃった。お父さんって呼んでも、もう返事してくれない。お母さんって呼んでも、もう聞こえないみたい。妹はまだ小さくて何も理解できていないみたい。私が泣いたら、彼女も泣くの。妹はいつも私にパパとママはいつ帰ってくるの?って聞くの。彼女はお父さんとお母さんが恋しいんだよ。妹を抱きしめながら泣いて、教えてあげたわ。お父さんとお母さんはもう二度と帰ってこないんだって。私と妹を置いて、天国に行っちゃったんだって。私たち親がいない孤児になっちゃった......』......『おじいさんとおばあさんはお金を多くもらうために、六千万を渡せば、これからは私たちが彼らの世話をしなくていいって。おじいさんたちが死んでも葬式とかお墓のこととかは、息子や孫がたくさんいるから心配する必要ないって言ってた。彼らの頭の中はお金のことばっかり。金、金、金。お金は親族に対する情よりも大切なのよ。孫娘よりもお金が大事だなんてことがある?あのお金はあなたたちの息子とそのお嫁さんが命と引き換えにしたものじゃない。あの人たち、お金欲しさにここまで騒いで、自分の息子とお嫁さんの気持ちを考えたことがあるの?あ、そっか、お父さんとお母さんはもう死んだんだもの、あいつらが死人の気持ちなんて考える必要ないよね。あいつら、とうとうお金を手に入れることができたわ。父方の祖父母に六千万円。母方の祖
内海唯花は姉の日記をツイッター上にアップして『不孝者の孫娘』に対する反応を見せた。姉の日記のほかに、彼女が故郷に戻った時に集めた証拠もだ。二人のこの老人は非常に良い生活を送っていて、何百万もの貯金があり、彼らの子供たちは村の中でも一、二を争うお金持ちだという証明もした。結城理仁は妻と一緒に義姉の家に行く途中、内海唯花におじいさんから電話が来て、電話の向こうから聞こえてくる元気な声が、車に搭載されているレコーダーに録音されているかもしれないと思い出していた。彼が確かめに行ってみると、本当にその声は録音されていた。内海唯花はそのおじいさんとの通話記録を一緒にネットにアップした。その後は、ネット民が大騒ぎし、いかに怒り狂ったのかは言うまでもないだろう。結城理仁は九条悟に内海家を調べさせた資料を、唯花のツイートには一緒に掲載せず、九条悟に任せて彼女のネットフレンドとして、内海家の子供や孫たちの現在の仕事や収入の状況を暴露した。はじめ『不孝者の孫娘』というツイートのトレンドワードへの関心は高かったが、今や多くのネット民たちは怒りに燃え滾っていた。本来、内海唯花姉妹が不孝者だと罵っていた者たちは、『不孝者の孫娘』を書いた作者に怒りの矛先を向けた。突如風向きが変わり、内海智明のメディア関係者の友人たちは急いで公式アカウントに掲載していた文章を削除した。怒り狂ったネット民たちから叩かれるのを恐れたのだろう。「お姉ちゃん、もう大丈夫よ。心配しなくていいわ。あいつらはもう二度と私たちにお金の要求なんかしてこないわ。もし来たとしても、それは私たちに大目に見てくださいって言って謝罪するためよ」内海唯花は姉を慰めて言った。「私はあいつらに本当に腹が立ってるの」佐々木唯月はぐっすりと眠っている息子を抱いていた。「私たちがやるべきことはもう全部やったわ。正義は人々の心の中にある。神様が私たちを公平に扱ってくれるのを信じましょう。唯花、あなたと結城さんは一日中走り回っていて疲れたでしょう。急いで帰って休みなさい」「お姉ちゃん、陽ちゃんを連れて部屋に戻って休んでね」姉が甥っ子をベッドに寝かしつけて部屋から出てきた後、内海唯花夫婦はおやすみの挨拶をし、帰って行った。一日中忙しく動き回り、内海唯花もとても疲れきっていた。それでも家に着い
内海唯花はそれからすぐには部屋に戻らなかった。彼女はベランダに行き、ハンモックチェアに座って、そこに置かれた花たちと暗い夜空に点々と輝く星を見つめた。心が穏やかになってから彼女はようやく体を起こし部屋へと戻って行った。夫婦二人の夜は、このように静かで平穏だった。一方、病院にいる内海家の人々は、ネットからの激しい攻撃を受けていた。彼らは先に内海唯花姉妹にネット暴力を浴びせたのだが、彼女たち二人に与えた影響は少なかった。逆に、内海唯花の彼らに対する反応には、佐々木唯月が当時書き記していた日記だけでなく、当時の真相、村民たちの音声による証言もあった。さらに村役場は内海唯花の証言に間違いはないとお墨付きを与えていたのだ。彼らの仕事、収入、家などの詳細がネット上では何でもできるネット民たちによってかき集められた。自分で建てた別荘に住み、なかなか良い仕事に就き、年収は少なくとも数百万から数千万あり、多い者で数千万から億もあるのだ。彼ら若者ならまだしも、二人の老人ですら数百万から一千万を超える貯金があるのだ。彼らの経済状況がとても良いことは明らかだった。それなのに、おばあさんが病気になりその医療費を二人の孫娘に支払わせようとしているのだ。特に内海おじいさんと唯花の通話記録がネット上に晒されると、ネット民たちからの罵りの嵐だった。「自分らの金は惜しむくせに、孫娘に金を出してもらおうってモラハラじゃん。子供も孫もたくさんいて、それぞれ金稼いでるってのに、なんで自分の子供に金出させないんだ?」「自分の子供じゃなくて孫なんでしょ。しかも当時二人の両親が亡くなって、その賠償金を分ける時に老人のお世話とお墓のこととかも関わる必要ないってサインまでしたのに。よくも今になって、いけ図々しくも道徳なんか振りかざして、孫娘にお金出させようとするよね」「録音聞いてみるとさ、あのじじいの言いっぷり、本当に人として終わってるっしょ?しかも、孫娘にあいつらが来るときにかかった交通費とガソリン代まで出してもらおうって。しかもしかも、ホテル代までだよ。自分の親が病気で入院したんだから、それは息子、娘の責任じゃないわけ?」「孫たちが孝行者だから、ちょっとお金と労力を出すのはよく分かる。でも、孫娘ばっかりに執着してさ。孫息子に一円も出させないのは一歩譲ったとしても、孫娘の
内海唯花の伯父の一人が甥に言った。「智文の仕事が一番重要だ。もし今回の件で智文が仕事を失いでもしたら」内海家の上から二番目の伯父は、その続きを言わなかった。彼の智明を見る目には責める色が見えた。ツイッターを利用して内海姉妹にモラハラをしたのは智明の意思だ。「おじさん、智文はあの会社で長年働いてきて、本社からの信頼も厚いんだ。こんな些細なことで仕事をクビになったりしないさ。俺がこの件は智文とは全くの無関係だと釈明すればいいだけの話さ」智明は個人経営をしているので、彼はネット上のことが彼の仕事に影響を与えるとは思っていなかった。内海家の二番目の伯父は、甥の話を聞いてすぐに安心した。そして息子に電話をかけ、ネットで今回の件は自分とは無関係だと説明し、巻き添えを食らって、仕事に影響を与えないようにと言った。「あの二人のクソガキどもは残酷な奴らだ」内海家の伯父は怒鳴った。「金を出したくないってんなら、出さなきゃいい話だろうよ。俺らを容赦なく窮地に追い込む必要なんかねえだろ。今や俺らは面目丸潰れだぞ」先に彼らが『不孝者の孫娘』をツイートをして、検索ワードには上がったが、その影響力は足りなかった。しかし、内海唯花からの反撃はかなりの影響力を持っていた。彼らには、親戚友人たちからの電話が絶えなかった。さらに知らない人間からも彼らを罵る電話がかかってきた。唯花姉妹がネット暴力に晒されたかどうか彼らは知らないが、彼らのほうはしっかりとネットからの攻撃を受けていた。ネット上は彼らへの怒りの声に満ち、わざわざ病院まで来て彼らを罵る者さえ現れた。病院の警備員がそのネット民たちを追い出したり、警察を呼ばなければ、彼ら一族は恐らく怒りに満ちたネット民たちから散々な目に遭わされていたことだろう。さらに卵を投げつけられていたかもしれない。ずっと黙っていた内海家のおばが口を開いて言った。「あんたたちがあんなことするって言った時、私は反対したでしょう。十数年前に、父さんと母さんは佐々木唯月たちと契約書にサインしたんだよ。そこには今後、彼女たちのお世話はいらない、葬式や墓のこともやる必要ないって書いてあったんだ。今母さんが病気になって、一致団結してあの子たちからお金を巻き上げようとするなんてさ。父さんと母さんだって子供がいないわけじゃないだろ。私らだって
内海家のおばあさんは村の中でも気が強く理不尽な人として知られていた。昔からずっと強硬な態度で、決して低い姿勢を見せない人だった。彼女はどうしても子供や孫たちに頭を下げて謝らせようとはしなかった。彼女は一体いつまでその姿勢を貫けることだろうか。内海唯花は故郷の親族たちがこの夜どのように過ごしているのかなど全く知らず、ぐっすりと眠っていた。空が明るくなる時間に両親が夢に現れ、彼女はお父さん、お母さんと叫び両親の手を掴もうとしたが、その手は虚しく空を切った。目が覚めた時、枕カバーが涙で濡れていた。しばらくの間ぼんやりと天井を見つめ、内海唯花はベッドから体を起こした。ティッシュを二枚手に取り、頬に残った涙の跡を拭って呟いた。「お父さん、お母さん、あなたたちの娘がいじめられてるってもしかして分かってるの?心配しないで、私とお姉ちゃんはもう15年前のような子供じゃないの。あいつらはもう私たちを容易く扱うことなんてできないのよ」彼女は携帯を手に取った。昨晩寝る前に携帯をマナーモードに設定しておいたのだ。見ると、多数の着信と未読のショートメッセージが来ていた。彼女が着信を見てみると、全て知らない番号からのものだった。おそらく内海家の人間がかけてきたものだろう。二つのショートメールを適当に開いてみると、やはり彼女にツイート文を消せという内容のものだった。しかも彼女たちはなんといっても同じ内海家の血が流れている家族なのだからとまで、ほざいているのだ。彼女がこのようにするのは、別に同じ血が流れている家族を窮地に追い込む気があるわけじゃないだろう。彼女がツイッターの記事を削除すれば、これ以上は言い争わないし、おばあさんの治療費を出せとも言わない。もし良心があって、お見舞いに来るなら祖父母への恩に報いることだなどと言っている。内海唯花はそれ以上ショートメッセージを見る気は失せてしまった。あの人たちは未だに自分たちは道理にかなっていて、彼女はやり過ぎだと、冷酷無情で容赦のない人間だと思っているのだ。どちらが先に手を出してきたのか等、全く考えてもいないのだ。もし彼女が十分な証拠を揃えて来なければ、姉妹二人のほうが彼らによって窮地に追い込まれていただろう。彼らは全く彼女たちに慈悲など示したことはない。さらには、図々しくも祖父母に対する恩に報いるべ
結城理仁はすぐにその微笑みをひっこめて、いつもの威厳のある様子へと表情を変えた。警戒心を持ったその黒い瞳は内海唯花の目と合った。「結城さん」内海唯花は彼に尋ねた。「あなたにキスしてもいい?」結城理仁「......」彼女は恥というものを知らないのか。まさか男性にこのような質問をするとは。「結城さんって笑うと素敵ね、ムズムズしちゃう。本当に結城さんを抱きしめて熱いキスをしたいわ」結城理仁は呆れて言った。「内海さん、どうやら君のその顔の皮は分厚いんだな」「私の顔の皮は薄いですけど」内海唯花はそう言い、笑いながら自分の顔をパシパシと叩いていた。「私たちは夫婦だから、さっきみたいなことを言っただけ。それに、法律上の夫婦だから、あなたにキスするのだって普通のことでしょ」それを聞いて、結城理仁は本能的に数歩後ずさりして彼女との距離をとった。彼のその挙動に唯花は大笑いした。結城理仁は当惑のあまり怒り出した。彼のこの挙動は、結局のところ彼女のせいなのだ。以前、彼女が前触れもなく彼の顔を触ったりしたからだ。あまりに大笑いしている彼女を見て、結城理仁は腹が立ってきた。彼はすぐさま数歩前に進むと、笑っている内海唯花をつかんで懐に抱き寄せ彼女の唇を塞いだ。そして、気ままに笑っていた彼女から笑みが消えた。内海唯花の笑い声は急に聞こえなくなった。彼女は驚いて目を大きく見開き、至近距離にある彼の端正な顔を見ていた。彼が笑っている顔がとても魅力的だったので、彼女はちょっと彼を冷やかしてみただけだった。彼が男女関係においては彼女よりも純粋であることを知ったうえで、彼をからかうのを面白がっているのだ。それがまさか彼に先手を取られるとは。なんと彼のほうから彼女にキスをしてきたのだ。結城理仁は彼女の赤い唇にキスをし、その笑い声を止めた後、彼女のその唇を深く堪能することなく、すぐに彼女を自分から引き剥がしてしまった。そして指先で彼女の額にデコピンをし、彼女は「いたっ」と一言漏らした。「人をからかうにも程がある。これは当然の報いだろ」結城理仁は低くかすれた声でひとこと言った。そして、彼はまるで何事もなかったかのように食卓に腰をかけ、淡々と朝食を食べ始めた。内海唯花「......」彼女は自分の唇を触り、淡々と朝食を食べ
「車のお金は俺にくれる必要はないよ」結城理仁は急に車を購入した件に話題を変えた。内海唯花は彼の銀行口座番号を知らないので、毎日直接彼の携帯に100万円送金するしかなかった。でも、彼はそのお金を受け取らないのだ。唯花は車を購入したその日の夜に100万円彼に送金したが、彼が受け取らなかったので、そのお金は自分の銀行口座に戻ってきた。「君に車を買ったのは、ただ俺の面子の問題だから。平日は仕事で忙しいし、たまには仕事上の接待やらパーティーやらで君を連れて行かないといけないかもしれないだろ。もし俺の奥さんがいつでも故障してしまうような電動バイクに乗ってるなんて知られたら、俺の面目丸潰れだ」結城理仁が彼女に車一台プレゼントしたのは、自分の面子のためだと言うのだ。「あれは、間違いを認めたそのお詫びとしてのものじゃなかったの?」内海唯花は彼に問い返した。結城理仁「......まあ、いろいろ含めた気持ちだと思ってくれ」「あなたが車をくれるっていうなら、今年はもう生活費をくれなくていいわ」結城理仁は顔をあげ彼女の目をみつめた。彼女の意見には賛成も反対もしなかった。内海唯花は彼が黙っているのを賛成意見として受け止め、このようにすれば彼に借りを作ることはないと思い、だいぶ気持ちが楽になった。「君のおばあさんの事だけど、しばらくは彼らの相手をする必要はないよ。耐えられなくなったら、自然と向こうから君に謝罪してくるだろうしね。それから、君の両親が当時君達姉妹に残してくれた家だけど、姉妹で訴訟を起こしたらいい。全部が戻ってくるとは限らないが、あいつらに半分のお金を支払わせるんだ。うまい汁を吸っておいて、また君たちに噛み付いてきたんだ。ああいう奴らには慈悲なんて与える必要はない」もし結城理仁が手を出せば、彼ら内海家の一族は全員乞食として生きて行くことすらも困難なのだ。しかし、これは内海唯花自身のことだから、彼はただアドバイスをするだけで、それからどうするかは、やはり彼女が決めることだ。「おばあさんの手術が終わって退院してから、訴訟を起こして両親の家を取り戻すわ」結城理仁は、うんと一言返事をした。彼らはなんといっても彼女の実の祖父母だ。彼女は血縁関係であることを考慮して、やはり彼らに最低限の余地は残してあげたのだ。朝食を
「私たちの家は何階にあるの?」「十六階だよ」俊介は莉奈のスーツケースを車から降ろし、それを引っ張って莉奈と一緒にマンションの中へと入っていった。エレベーターで、ある知り合いのご近所さんに出くわした。彼らはお互いに挨拶を交わし、そのご近所さんが言った。「佐々木さん、あなたの奥さん、午後たくさんの人を連れて来てお引っ越しだったんでしょ?どうしてまたここに戻ってきたんですか?」「彼女は自分の物を引っ越しで運んで行っただけですよ」相手は莉奈をちらりと見やり、どういう事情なのか理解したようだった。そして俊介に笑いかけて、そのまま去っていった。なるほど、この間佐々木さんが奥さんに包丁で街中を追い回されていたのは、つまり不倫していたからだったのか。夫婦二人はきっと離婚したのだろう。唯月が先に引っ越していって、俊介が後から綺麗な女性を連れて戻ってきたのだ。もし離婚していないなら、ここまで露骨なことはしないだろう。「さっきの人、何か知っているんじゃないの?」莉奈は不倫相手だから、なかなか堂々とできないものなのだ。俊介は片手でスーツケースを引き、もう片方の手を彼女の肩に回し彼女を引き寄せてエレベーターに入っていった。そして微笑んで言った。「今日の午後、俺が何しに行ったか忘れたのか?あの女と離婚したんだぞ。今はもう独身なんだ。君は正式な俺の彼女さ、あいつらが知ってもなんだって言うんだ?莉奈、俺たちはこれから正々堂々と一緒にいられる。赤の他人がどう言ったって気にすることはないさ」莉奈「……そうね、あなたは離婚したんだもの」彼女は今後一切、二度とこそこそとする必要はないのだ。エレベーターは彼ら二人を十六階へと運んでいった。「着いたよ」俊介は自分の家の玄関を指した。「あれだよ」莉奈は彼と一緒に歩いていった。俊介は預けてあった鍵をもらって、玄関の鍵を開けた。ドアを開くと部屋の中は真っ暗闇だった。彼は一瞬ポカンとしてしまった。以前なら、彼がいくら遅く帰ってきても、この家は遅く帰ってくる彼のためにポッと明りが灯っていたのだ。今、その明りには二度と火が灯ることはない。「とっても暗いわ、明りをつけて」莉奈は俊介と部屋の中へ入ると、俊介に電気をつけるように言った。俊介はいつものようにドアの後ろにあるスイッチ
賑やかだった午後は、暗くなってからいつもの静けさへと戻った。唯月は結婚当初、この家をとても大切に多くのお金を使って内装を仕上げた。それが今や、彼女が当時買った家電は全て持ち出してきてしまった。そして、新しく借りた部屋には置く場所がなかった。彼女は中からよく使うものだけ残し、他のものは妹の家にではなく、中古として売ることにした。それもまた過去との決別と言えるだろう。唯月が借りた部屋はまだ片付けが終わっていなかったので、料理を作るのはまだ無理で、彼女はみんなを連れてホテルで食事をすることにした。そして、その食事は彼女がまた自由な身に戻ったお祝いでもあった。唯月のほうが嬉しく過去と決別している頃、俊介のほうも忙しそうにしていた。夜九時に成瀬莉奈が借りているマンションへとやって来た。「莉奈、これだけなの?」俊介は莉奈がまとめた荷物はそんなに多くないと思い、彼女のほうへ行ってスーツケースを持ってあげて尋ねた。「もう片付けしたの?」「普段は一人暮らしだから、そんなに物は多くないのよ。全部片づけたわ。要らない物は全部捨てちゃったの」莉奈はお気に入りのかばんを手に持ち、それから寝る時に使うお気に入りの抱き枕を抱えて俊介と一緒に外に出た。「この部屋は契約を解消したわ」「もちろんそれでいいよ。俺の家のほうがここよりもずっと良いだろうし」「あの人はもう引っ越していったの?」莉奈は部屋の鍵をかけて、キーケースの中からその鍵だけ外し、下におりてから鍵をそこにいた人に手渡した。その人は大家の親戚なのだ。「もう大家さんには契約を解消すると伝えてあります。光熱費も支払いは済ませてありますから。おじさん、後は掃除だけです。部屋にまだ使える物がありますけど、それは置いたままにしています」つまり、その人に掃除に行って、彼女が要らなくなったまだ使える物を持っていってくれて構わないということだ。おじさんは鍵を受け取った後、彼の妻に掃除に行くよう言った。俊介はスーツケースを引いて莉奈と一緒に彼の車へと向かい、歩きながら言った。「暗くなる前に、あいつから連絡が来たんだ。もう引っ越したってさ」同時に唯月は彼女の銀行カードの口座番号も送っていた。今後、彼に陽の養育費をここに振り込んでもらうためだ。そして彼女は俊介のLINEと携帯番号を全て削
理仁は悟のことを好条件の揃った男じゃなかったら、彼女の親友に紹介するわけないと言っていた。確かに彼の話は信用できる。一方の悟は、来ても役に立てず、かなり残念だと思っていた。彼が明凛のほうを見た時、彼女はみんなが荷物を運ぶのを指揮していたが、悟が来たのに気づくと彼のもとへとやって来た。そして、とてもおおらかに挨拶をした。「九条さん、こんばんは」「牧野さん、こんばんは」悟は微笑んで、彼女に心配そうに尋ねた。「風邪は良くなりましたか?」「ええ。お気遣いありがとうございます」唯花はそっと理仁を引っ張ってその場を離れ、悟と明凛が二人きりで話せるように気を利かせた。そして、唯花はこっそりと夫を褒めた。「理仁さん、あなたのあの同僚さん、本当になかなかイイじゃない。彼も会社で管理職をしているの?あなた達がホテルから出て来た時、彼も一緒にいるのを見たのよ」「うん、あいつも管理職の一人だ。その中でも結構高い地位にいるから、みんな会社では恭しく彼に挨拶しているよ」そしてすぐに、彼は唯花の耳元で小声で言った。「悟は誰にも言うなって言ってたけど、俺たちは夫婦だから言っても問題ないだろう。彼は社長の側近なんだ。社長からかなり信頼されていて、会社の中では社長の次に地位の高い男だと言ってもいいぞ」唯花は目をパチパチさせた。「そんなにすごい人だったの?」理仁はいかにもそうだといった様子で頷いた。「彼は本当にすごいんだ。職場で悟の話題になったら、誰もが恐れ敬ってるぞ」唯花は再び悟に目を向けた。しかし、理仁は彼女の顔を自分のほうに向けさせ、素早く彼女の頬にキスをした。そして低い声で言った。「見なくていい、俺の方がカッコイイから」「彼って結城家の御曹司に最も近い人なんでしょ。だからよく見ておかなくちゃ。結城社長の身の回りの人がこんなにすごいんだったら、社長自身もきっとすごい人なんでしょうね。だから姫華も彼に夢中になって諦められなかったんだわ」理仁は姿勢を正して、落ち着いた声で言った。「悟みたいに優秀な男が心から補佐したいと思うような相手なんだから、結城社長はもちろん彼よりもすごいに決まってるさ」「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれた人って、彼なんでしょう?」理仁「……」彼は九条悟が情報集めのプロだということを彼女
部屋の中から運び出せるものは全て運び出した後、そこに残っている佐々木俊介が買った物はあまり多くなかった。みんなはまた、せかせかと佐々木俊介が買った家電を部屋の入り口に置いて、それから内装の床や壁を剥がし始めた。電動ドリルの音や、壁を剥がす音、叩き壊す音が混ざりに混ざって大合唱していた。その音は上の階や階下の住人にかなり迷惑をかけるほどだった。唯月姉妹二人は申し訳ないと思って、急いで外に行ってフルーツを買い、上と下のお宅に配りに行き謝罪をし、暗くなる前には工事が終わることを伝えた。礼儀をもって姿勢を低くしてきた相手に対して誰も怒ることはないだろう。内海家の姉妹はそもそも上と下の住人とはよく知った仲で、フルーツを持って断りを入れに来たので、うるさいと思っても住人たちは暫くは我慢してくれた。家に子供がいる家庭はこの音に耐えられず、大人たちが子供を連れて散歩に出かけて行った。姉妹たちはまたたくさん食べ物を買ってきて、家の工事を請け負ってくれている人たちに配った。このような待遇を受けて、作業員たちはきびきびと作業を進めた。夕方になり、外せるものは全て外し、外せないものは全て壊し尽くした。「内海さん、出たごみはきれいに片付けますか?」ある人が唯月に尋ねた。唯月はぐるりと一度部屋を見渡して言った。「必要ありません。当初、内装工事を始めた時、かなりお金を使って綺麗に片付けてもらいましたから。これはあの人たちに自分で片付けてもらいます。私が当初、人にお願いして掃除してもらった時に払ったお金とこれでチャラになりますからね」唯花は部屋の中をしげしげと見て回った。壁の内装もきれいさっぱり剥がして、床もボロボロにした。全て壊し尽くしてしまった。姉が掃除する必要はないと言ったのだから、何もする必要はないだろう。これは佐々木俊介たちが自分で掃除すればいいのだ。「明凛、あなたの話を聞いてよかったわ。あなたの従兄に作業員を手配してもらって正解ね。プロの人たちだから、スピードが速いのはもちろん、仕上がりもとても満足いくものだわ」明凛は笑って言った。「彼らはこの道のプロだから、任せて間違いなかったわね」「彼らのお給料は従兄さんに全部計算してもらって、後から教えてちょうだい。お金をそっちに入金するから」明凛は頷いた。「もう従兄には言ってあ
「あ、あなたは、あの運転代行の方では?」唯花は七瀬に気づいて、とても意外そうな顔をした。七瀬は良い人そうにニカッと笑った。「旦那さんに名刺を渡して何かご用があれば声をおかけくださいと伝えてあったんです。仕事に見合うお給料がいただければ、私は何でもしますので」唯花は彼が運転代行をしていることを考え、代行運転の仕事も毎日あるわけじゃないから、アルバイトで他のことをやっているのだろうと思った。家でも暇を持て余して仕事をしていないのではないかと家族から疑われずに済むだろう。「お手数かけます」「いえいえ、お金をもらってやることですから」七瀬はそう言って、すぐに別の同僚と一緒にソファを持ち上げて運んでいった。明凛は何気なく彼女に尋ねた。「あの人、知り合い?」「うん、近所の人よ。何回か会ったことがあるの。普段は運転代行をしているらしくて、理仁さんが前二回酔って帰って来た時は彼が送ってくれたのよ。彼がアルバイトもしてるなんて知らなかったけどね。後で名刺でももらっておこう。今後何かお願いすることがあったら彼に連絡することにするわ。彼ってとても信頼できると思うから」陽のおもちゃを片付けていたおばあさんは、心の中で呟いていた。七瀬は理仁のボディーガードの一人だもの、もちろん信頼できる人間よ。人が多いと、作業があっという間に進んだ。みんなでせかせかと働いて、すぐに唯月がシールを貼った家電を外へと運び出した。唯月と陽の親子二人の荷物も外へと運び出した。「プルプルプル……」その時、唯花の携帯が鳴った。「理仁さん、今荷物を運び出しているところよ」唯花は夫がこの場に来て手伝えないが、すごく気にかけてくれていることを知っていて、電話に出てすぐ進捗状況を報告したのだった。理仁は落ち着いた声で言った。「何台かの荷台トラックを手配したんだ。きっともうすぐマンションの前に到着するはずだよ。唯花さんの電話番号を運転手に伝えておいたから、後で彼らに会って、引っ越し荷物を義姉さんの新しいマンションまで運んでもらってくれ。もし義姉さんのマンションに置く場所がなければ、とりあえずうちに荷物を置いておいていいから」彼らの家はとても広いし、物もそんなに多くないのだ。「うん、わかったわ。理仁さん、本当にいろいろ気を配ってくれるのね。私たちったら
唯花は車を止めた。「唯花、どう?問題なさそう?」明凛が心配して尋ねた。唯花は笑って「大丈夫よ」と返事した。唯月は車を降りると、カードでマンションのエントランスを開けて管理人に言った。「引っ越しするんですけど、この方たちは引っ越しを手伝ってくれる人たちです」管理人はマンション前にいる大勢を見て、唯月に言った。「これは引っ越しですか?それとも、立て壊し作業ですか?あの人たちは、なんだかたくさん工具を持ってるみたいですけど、引っ越した後にまたリフォームをなさるんで?」「ええ、まあ、もう一度リフォームするようなものですね」しかし、それは彼女のお金を使ってではない。管理人はそれ以上は聞かなかった。喧嘩しに来たのでなければ、それでいいのだ。唯月が先頭に立ち、彼ら一行は威勢よくマンションの中へと入っていった。その仰々しい様子が多くの人の目を引き、みんな足を止めて見ていた。「唯月さん、こんなにたくさんの人を連れてきて、どうしたの?」知り合いが唯月に挨拶するついでにそう尋ねた。唯月は笑って言った。「引っ越しした後に、内装を壊すんです。もう一度リフォームする必要がありますから」「今のままでもすごく良い内装なのに、どうしてまた?」「今の内装はあまり好きじゃないので、一度壊してまたやり直すんです」その人は「ああ」とひとことだけ言い、すぐに褒めて言った。「それも旦那さんがよく稼いでらっしゃるから、こういうこともできるわね」普通の人なら、内装してある家をまたやり直すということはしないだろう。唯月は笑って言った。「それでは失礼します」佐々木俊介は確かに稼ぐことはできるが、今後の彼女にはそんなことなど何の関係もない。唯花と明凛はおばあさんを連れてその行列の一番最後についていた。先頭に立って一行を引っ張っていく姉を見て、唯花は親友に言った。「離婚したとたんに、お姉ちゃんが帰ってきたって感じがするわ。あの溌溂としていた昔のお姉ちゃんよ」明凛はそれを聞いて頷いた。結婚相手を間違えると、本当に女性を底にまで突き落としてしまう。「唯花ちゃん、お姉さんはこれからの生活はどうするつもりなの?」おばあさんは心配した様子で尋ねた。「もし再婚したいのであれば、おばあちゃんに声をかけてちょうだい。私が良い男性を選んでくる
「家電製品だって、全部あなたが買ったものじゃないわよ。勝手に持って行かないでちょうだいよ」佐々木母は唯月に全部の家電を持ち去られるのを心配していた。「おばさん、安心して。私がお金を出して買ったもの以外には一切触らないから。もし何か足りないものがあったら、遠慮なく私に言って」佐々木母は鼻を鳴らし、黙っていた。「プルプルプル……」俊介の携帯はまた鳴り出した。社長からの着信だとわかり、俊介は慌てて電話に出た。電話で社長に何を言われたのかわからないが、俊介の表情が急に険しくなり、慌てて返事をした。「社長、用事はもう済みましたので、今すぐ会社に戻ります。どうして注文が突然キャンセルされたんですか。わかりました、社長、ご安心ください。必ずその注文を取り戻します」電話を切ると、俊介は両親に言った。「父さん、母さん、会社に急用があるから、タクシーで帰ってくれないか」そして、唯月に言った。「唯月、今夜十時までに荷物をまとめて出て行ってくれよ。俺はその時間に帰るから」言い終わると、俊介は急いでその場を離れた。唯月に「お元気で」の一言も言わなかった。俊介の両親は息子の慌てて行った後ろ姿を見送った。佐々木父は唯月姉妹を一瞥したが、何も言わず、妻を連れてタクシーを探し、家へ帰ろうとした。唯花は姉を車に乗せ、荷物を運びに行った。「お姉ちゃん、どうやら彼の仕事がうまくいっていないみたいね」唯花は元義兄が上司の電話を受けた時の驚いたような顔を見逃さなかった。「彼が今の地位まで行けたのはお姉ちゃんのおかげかもよ。お姉ちゃんが人が良いから神様に家族が守られていたってことだよ。だからお姉ちゃんが傍にいなくなると、彼はすぐ谷底に落ちていくことになるんだわ」唯花は心からそう望んでいたのだ。ある男が成功できるためには、後ろにちゃんとできる妻がいることだ。こういう妻がいるからこそ、男たちは何の心配もなく、全力で仕事ができるのだ。こういう女性はお年寄りたちによく言われるいい嫁なのだ。唯月は淡々と言った。「彼の仕事なんてどうなってもいいの。どうせ私はもうちゃんとお金をもらったから。唯花、私が落ち着いたら、結城さんにあのお友達を呼んできて、食事に招待させてね。あの方はたくさん助けてくれたから。あの証拠がなかったら、俊介はきっと何の恐れもな
佐々木母は心を痛めて言った。「離婚して、あんな大金を唯月に分けたでしょ。唯月はせめてあなたのために息子を産んでくれたから、お金を分けてあげても一応義理はあるわ。母さんは惜しいと思うけど、仕方ないってわかるよ。でもすぐ結婚式を挙げて、結納も用意しないといけないなら、これもお金がかかるよ。俊介、自分が銀行でも経営してるつもりなの?そんなお金なんてないわよ」「母さん、心配しないで。莉奈との結婚式にかかる金は自分で出すから、父さんと母さんの手を煩わすことはないよ」自分からお金を出さなくても、佐々木母はそれが惜しいと思っていた。それに、彼女が愚かにも内海家に行って、彼らに唯月に離婚しないように説得してもらうために、数十万も出してしまったのを思い出し、道端の石で自分の頭を思い切り叩きたくなった。自分はどうしてあんな馬鹿なことをしたんだろうか?息子が離婚手続きが終わったら、彼女は絶対内海じいさんのところに行って出した数十万を取り戻そうと決めた。内海じいさんは図々しく数十万を要求し、唯花を通じて絶対唯月を説得すると大口をたたいたのに、何もできなかったから、お金を返すべきだ。十分後、全員役所に到着した。唯花姉妹は先に着いていて、役所の入り口で佐々木一家を待っていた。佐々木俊介が着くと、夫婦二人はためらうことなく、役所に入っていった。三年前、二人は手を繋いで役所に入って、結婚届を出したのだ。あの時、唯月は俊介と白髪になるまで一緒にいられると信じていた。まさかそれがたった数年だけで、夫婦二人はまたここに来ることになった。今回は離婚手続きのためだった。二人は協議離婚のため、これ以上の争うこともなく、必要な書類も揃っていた。順番が回ってくると、職員は毎日多くの離婚手続きをしていて、もう慣れたので、彼らを説得しようともせず、規定通りに離婚手続きを終わらせた。唯花と俊介の両親は傍で待っていた。三人を驚かせたのは、結婚届を出してくるカップルは少ないのに、離婚しにくる夫婦は長い列を作っていたことだった。唯花は隣の俊介の両親をちらりと見て、離婚率が高いのは夫婦二人の問題だけでなく、両方の家族にも問題があると心の中で思った。姉がここまで来たのも、佐々木家の人間のせいだった。「唯花」唯月が離婚手続きが終わり、気持ちが軽くなって妹を呼び
「今後、陽ちゃんに会いたい時、電話してちょうだい。陽ちゃんをあなたの実家のほうに連れて行くから。でも、ちゃんと時間通りに陽ちゃんを送ってきてちょうだいね」これは唯月が莉奈に保証したことだった。子供を利用して、莉奈と俊介の仲を壊すようなことはしない。そして、離婚後、できるだけ俊介と顔を合わせないようにするのだ。「わかった」俊介は特に異議はなかった。「今から役所へ行って手続きを済ませよう。俺は休みを取ってきているから、終わったら早く会社に戻らないと」俊介も落ち着いていた。唯月は妹の車に戻り、妹と一緒に役所へ行った。俊介は両親を乗せ、唯花の車について行った。佐々木母は車で暫く泣いていた。夫に散々説得され、もうどうしようもないとわかると、佐々木母は涙を拭きながら息子に言った。「手続きを済ませたら、唯月に荷物をまとめてさっさと出て行かせなさいよ。一晩も泊まらせないで。私はお父さんと先に家に帰って、荷物をまとめてからこっちに引っ越してくるよ。今年は星城で新年を迎えましょう。お姉ちゃんと義兄さんも休みになったら、彼女たちも呼んできてね。皆で一緒に新年を迎えましょう。それから、成瀬さんに正月は実家に帰らないで、私たちと一緒に過ごすように伝えなさい。その時、ご飯を作ってくれる人が必要だからね」俊介は、自分がどうしても離婚したくて、陽の親権も手放したことで、親たちをひどく悲しませたことを自覚していた。今両親が何を言ってきても、彼はできる限り全部応えた。莉奈に一緒に正月を過ごさせ、家族のために食事を作ってくれることについては、俊介は何の疑問も抱いていなかった。これまでは、正月の食事は全部唯月が作ってくれたからだ。役所へ向かう途中、俊介は莉奈からの電話を受けた。電話で、莉奈は彼に尋ねた。「俊介、手続きは終わった?」「今役所へ向かっているところだ。後十分ほど着くはず。さっき唯月の言った通りに、財産を分けたんだ」莉奈はほっとした。幸い、他のトラブルは起こっていないようだ。「全部終わったらメールをちょうだい」「わかったよ。莉奈、今夜、そっちへ行って、荷物を運んであげるからね」俊介は上機嫌だった。俊介は唯月が出て行ったら、すぐ莉奈を迎えに行くことにしていた。親と姉の家族たちが引っ越してくる前に、二人きりの時