内海唯花の伯父の一人が甥に言った。「智文の仕事が一番重要だ。もし今回の件で智文が仕事を失いでもしたら」内海家の上から二番目の伯父は、その続きを言わなかった。彼の智明を見る目には責める色が見えた。ツイッターを利用して内海姉妹にモラハラをしたのは智明の意思だ。「おじさん、智文はあの会社で長年働いてきて、本社からの信頼も厚いんだ。こんな些細なことで仕事をクビになったりしないさ。俺がこの件は智文とは全くの無関係だと釈明すればいいだけの話さ」智明は個人経営をしているので、彼はネット上のことが彼の仕事に影響を与えるとは思っていなかった。内海家の二番目の伯父は、甥の話を聞いてすぐに安心した。そして息子に電話をかけ、ネットで今回の件は自分とは無関係だと説明し、巻き添えを食らって、仕事に影響を与えないようにと言った。「あの二人のクソガキどもは残酷な奴らだ」内海家の伯父は怒鳴った。「金を出したくないってんなら、出さなきゃいい話だろうよ。俺らを容赦なく窮地に追い込む必要なんかねえだろ。今や俺らは面目丸潰れだぞ」先に彼らが『不孝者の孫娘』をツイートをして、検索ワードには上がったが、その影響力は足りなかった。しかし、内海唯花からの反撃はかなりの影響力を持っていた。彼らには、親戚友人たちからの電話が絶えなかった。さらに知らない人間からも彼らを罵る電話がかかってきた。唯花姉妹がネット暴力に晒されたかどうか彼らは知らないが、彼らのほうはしっかりとネットからの攻撃を受けていた。ネット上は彼らへの怒りの声に満ち、わざわざ病院まで来て彼らを罵る者さえ現れた。病院の警備員がそのネット民たちを追い出したり、警察を呼ばなければ、彼ら一族は恐らく怒りに満ちたネット民たちから散々な目に遭わされていたことだろう。さらに卵を投げつけられていたかもしれない。ずっと黙っていた内海家のおばが口を開いて言った。「あんたたちがあんなことするって言った時、私は反対したでしょう。十数年前に、父さんと母さんは佐々木唯月たちと契約書にサインしたんだよ。そこには今後、彼女たちのお世話はいらない、葬式や墓のこともやる必要ないって書いてあったんだ。今母さんが病気になって、一致団結してあの子たちからお金を巻き上げようとするなんてさ。父さんと母さんだって子供がいないわけじゃないだろ。私らだって
内海家のおばあさんは村の中でも気が強く理不尽な人として知られていた。昔からずっと強硬な態度で、決して低い姿勢を見せない人だった。彼女はどうしても子供や孫たちに頭を下げて謝らせようとはしなかった。彼女は一体いつまでその姿勢を貫けることだろうか。内海唯花は故郷の親族たちがこの夜どのように過ごしているのかなど全く知らず、ぐっすりと眠っていた。空が明るくなる時間に両親が夢に現れ、彼女はお父さん、お母さんと叫び両親の手を掴もうとしたが、その手は虚しく空を切った。目が覚めた時、枕カバーが涙で濡れていた。しばらくの間ぼんやりと天井を見つめ、内海唯花はベッドから体を起こした。ティッシュを二枚手に取り、頬に残った涙の跡を拭って呟いた。「お父さん、お母さん、あなたたちの娘がいじめられてるってもしかして分かってるの?心配しないで、私とお姉ちゃんはもう15年前のような子供じゃないの。あいつらはもう私たちを容易く扱うことなんてできないのよ」彼女は携帯を手に取った。昨晩寝る前に携帯をマナーモードに設定しておいたのだ。見ると、多数の着信と未読のショートメッセージが来ていた。彼女が着信を見てみると、全て知らない番号からのものだった。おそらく内海家の人間がかけてきたものだろう。二つのショートメールを適当に開いてみると、やはり彼女にツイート文を消せという内容のものだった。しかも彼女たちはなんといっても同じ内海家の血が流れている家族なのだからとまで、ほざいているのだ。彼女がこのようにするのは、別に同じ血が流れている家族を窮地に追い込む気があるわけじゃないだろう。彼女がツイッターの記事を削除すれば、これ以上は言い争わないし、おばあさんの治療費を出せとも言わない。もし良心があって、お見舞いに来るなら祖父母への恩に報いることだなどと言っている。内海唯花はそれ以上ショートメッセージを見る気は失せてしまった。あの人たちは未だに自分たちは道理にかなっていて、彼女はやり過ぎだと、冷酷無情で容赦のない人間だと思っているのだ。どちらが先に手を出してきたのか等、全く考えてもいないのだ。もし彼女が十分な証拠を揃えて来なければ、姉妹二人のほうが彼らによって窮地に追い込まれていただろう。彼らは全く彼女たちに慈悲など示したことはない。さらには、図々しくも祖父母に対する恩に報いるべ
結城理仁はすぐにその微笑みをひっこめて、いつもの威厳のある様子へと表情を変えた。警戒心を持ったその黒い瞳は内海唯花の目と合った。「結城さん」内海唯花は彼に尋ねた。「あなたにキスしてもいい?」結城理仁「......」彼女は恥というものを知らないのか。まさか男性にこのような質問をするとは。「結城さんって笑うと素敵ね、ムズムズしちゃう。本当に結城さんを抱きしめて熱いキスをしたいわ」結城理仁は呆れて言った。「内海さん、どうやら君のその顔の皮は分厚いんだな」「私の顔の皮は薄いですけど」内海唯花はそう言い、笑いながら自分の顔をパシパシと叩いていた。「私たちは夫婦だから、さっきみたいなことを言っただけ。それに、法律上の夫婦だから、あなたにキスするのだって普通のことでしょ」それを聞いて、結城理仁は本能的に数歩後ずさりして彼女との距離をとった。彼のその挙動に唯花は大笑いした。結城理仁は当惑のあまり怒り出した。彼のこの挙動は、結局のところ彼女のせいなのだ。以前、彼女が前触れもなく彼の顔を触ったりしたからだ。あまりに大笑いしている彼女を見て、結城理仁は腹が立ってきた。彼はすぐさま数歩前に進むと、笑っている内海唯花をつかんで懐に抱き寄せ彼女の唇を塞いだ。そして、気ままに笑っていた彼女から笑みが消えた。内海唯花の笑い声は急に聞こえなくなった。彼女は驚いて目を大きく見開き、至近距離にある彼の端正な顔を見ていた。彼が笑っている顔がとても魅力的だったので、彼女はちょっと彼を冷やかしてみただけだった。彼が男女関係においては彼女よりも純粋であることを知ったうえで、彼をからかうのを面白がっているのだ。それがまさか彼に先手を取られるとは。なんと彼のほうから彼女にキスをしてきたのだ。結城理仁は彼女の赤い唇にキスをし、その笑い声を止めた後、彼女のその唇を深く堪能することなく、すぐに彼女を自分から引き剥がしてしまった。そして指先で彼女の額にデコピンをし、彼女は「いたっ」と一言漏らした。「人をからかうにも程がある。これは当然の報いだろ」結城理仁は低くかすれた声でひとこと言った。そして、彼はまるで何事もなかったかのように食卓に腰をかけ、淡々と朝食を食べ始めた。内海唯花「......」彼女は自分の唇を触り、淡々と朝食を食べ
「車のお金は俺にくれる必要はないよ」結城理仁は急に車を購入した件に話題を変えた。内海唯花は彼の銀行口座番号を知らないので、毎日直接彼の携帯に100万円送金するしかなかった。でも、彼はそのお金を受け取らないのだ。唯花は車を購入したその日の夜に100万円彼に送金したが、彼が受け取らなかったので、そのお金は自分の銀行口座に戻ってきた。「君に車を買ったのは、ただ俺の面子の問題だから。平日は仕事で忙しいし、たまには仕事上の接待やらパーティーやらで君を連れて行かないといけないかもしれないだろ。もし俺の奥さんがいつでも故障してしまうような電動バイクに乗ってるなんて知られたら、俺の面目丸潰れだ」結城理仁が彼女に車一台プレゼントしたのは、自分の面子のためだと言うのだ。「あれは、間違いを認めたそのお詫びとしてのものじゃなかったの?」内海唯花は彼に問い返した。結城理仁「......まあ、いろいろ含めた気持ちだと思ってくれ」「あなたが車をくれるっていうなら、今年はもう生活費をくれなくていいわ」結城理仁は顔をあげ彼女の目をみつめた。彼女の意見には賛成も反対もしなかった。内海唯花は彼が黙っているのを賛成意見として受け止め、このようにすれば彼に借りを作ることはないと思い、だいぶ気持ちが楽になった。「君のおばあさんの事だけど、しばらくは彼らの相手をする必要はないよ。耐えられなくなったら、自然と向こうから君に謝罪してくるだろうしね。それから、君の両親が当時君達姉妹に残してくれた家だけど、姉妹で訴訟を起こしたらいい。全部が戻ってくるとは限らないが、あいつらに半分のお金を支払わせるんだ。うまい汁を吸っておいて、また君たちに噛み付いてきたんだ。ああいう奴らには慈悲なんて与える必要はない」もし結城理仁が手を出せば、彼ら内海家の一族は全員乞食として生きて行くことすらも困難なのだ。しかし、これは内海唯花自身のことだから、彼はただアドバイスをするだけで、それからどうするかは、やはり彼女が決めることだ。「おばあさんの手術が終わって退院してから、訴訟を起こして両親の家を取り戻すわ」結城理仁は、うんと一言返事をした。彼らはなんといっても彼女の実の祖父母だ。彼女は血縁関係であることを考慮して、やはり彼らに最低限の余地は残してあげたのだ。朝食を
結城理仁はベランダの入口に立って、彼女に声をかけることはなく、黙ったまま一分ほど彼女を見つめた後、去って行った。そして妻が包んでくれたグルメが詰まった弁当を持って、仕事へと出かけて行った。家を出る前に、彼はきちんと内海唯花に「行ってきます」と一声かけて行った。「うん、車の運転気をつけてね」唯花は一言彼に注意した。理仁はドアを閉め、弁当箱二つをぶら下げて降りていった。彼のボディーガードは下で待っていた。立っている者、しゃがんでいる者、緑化帯に座っている者もいた。彼が二つの弁当箱を下げて降りてきたのを見ると、ボディーガードたちはすっくと立ち上がり、彼を見てあまりに驚き近づいてくる者は一人としていなかった。結城理仁「......」なんだ、彼が弁当箱二つ持っているだけで、彼らは主人を識別できなくなったのか?「若旦那様」ボディーガードの一人の七瀬の反応が一番早く、駆け足で彼の側に近寄っていった。そして、理仁の手からお弁当箱二つを受け取った。結城理仁は何も言わず、あのロールスロイスに向かって行った。すぐに数台のボディーガードの車に護送されてロールスロイスはマンションの駐車場から走り去ってしまった。内海唯花はこの時ちょうどベランダから外を見ていて、よく見かける高級車が数台の車に守られながら遠くに走り去っていくのを見ていた。それに夫が乗るあのホンダの車も最後尾について走っていった。高級車に出くわしたら、よろこんで道を譲り、追い越そうとはしないだろう。万が一にもぶつかりでもしたら、その修理代は一般人にとって相当なプレッシャーになる。このマンションには2億近くするロールスロイスに乗っている人が住んでいるのだから、ここがとても高級住宅地であることが分かる。結城理仁がこの家を買った時、一体いくらかかったのだろうか?彼は大企業に勤めていて、少なくとも管理職の一人である。しかし、彼の会社での立場がどれほどのレベルなのか内海唯花は何も知らなかった。彼女も一度も彼に聞いたことはない。彼はそもそも彼女を警戒しているし、もし彼の仕事や役職について聞けば、また彼は余計なことを考え始めるかもしれない。結城理仁が出かけた後、唯花は花の水やりを終わらせ、ハンモックチェアに腰掛けた。ゆったりとした気持ちでネットを開き、親戚への反撃をした後、
結城理仁は二つの弁当箱を弟のデスクの上に置き、低く落とした声で言った。「俺とおまえが同じ会社で働いてるってのをおまえの義姉さんが知って、多めに朝食を作ったんだ。これはおまえにって持たせてくれたんだぞ。いつも外食ばかりするな、健康的じゃないからな」「兄さんだってずっと外食ばっかだったじゃんか」自分のホテルで食べているとは言え、外食は外食だ。結城辰巳は持っていたコーヒーを置き、待ちきれない様子で弁当箱一つを持ち上げ、蓋を開けながら言った。「先週の土曜日にさ、義姉さんの料理の腕は拝見済だからなあ。ここ数日ずっとあの味を思い出してたんだよ。うわ、すっご。めっちゃ豪華じゃんか。見た目もきれいだしさ、絶対美味しいに決まってる」結城辰巳が二つの弁当箱を開けた後、耐え切れず義理の姉の腕前を褒めたたえた。ハンドメイドが上手なだけでなく、料理の腕までピカイチだとは。なるほど、ばあちゃんが義姉を気に入って、どうしても兄貴と結婚させようとするわけだ。すごくよくできた嫁じゃないか。弟の喜ぶ様子が見ていられなくて、結城理仁は気にしてないふりをして言った。「義姉さんは俺がいろいろ助けてあげたそのお礼に今朝早起きして、俺のためにしっかり栄養バランスのとれた朝食を作ってくれたんだ。全部食べきれなかったから、おまえにちょっとその残りを包んで食べさせてやるだけだ」結城辰巳「......」そしてすぐに彼は笑顔を作った。「義姉さんが俺用に弁当箱によそって兄さんに持たせたんだろ。絶対口つけてないやつじゃん」結城理仁は何も答えなかった。こんなことなら彼が全ての料理に口をつけて、結城辰巳に彼の残り物をあげていれば、このクソガキはこんな得意気な顔をしていられただろうか?「兄さん、他にまだ用あるの?」「なんだ、兄貴自らおまえに食いもんを持って来てやったってのに、急いで俺を追い出すつもりか?」結城理仁は不服そうに弟を見つめ、見るともなく見ていたらデスクの一角に置かれていたビーズ細工の招き猫が目に入った。彼はそのビーズ細工を持ち上げ、何度も何度も見て言った。「この招き猫はばあちゃんが飾ってるあのビーズ細工と同じ作者が作ったやつみたいだな」結城おばあさんは内海唯花が彼女にプレゼントしたハンドメイドの作品を家でも目立つ場所に置いているのだ。彼が特に気に留めな
内海唯花は自分の夫が、今まさにヤキモチを焼いているとは知る由もなかった。彼女は自分の店に戻り、特にやることがなかったので、またビーズ細工作りを始めた。牧野明凛は友人がまた招き猫を作り上げるのを見てから尋ねた。「唯花、最近どうしていっつも招き猫ばかり作ってるのよ。よく売れてるの?」内海唯花は一つ作り上げると、手を止めて少し休んでいた。親友から尋ねらると笑って答えた。「最近、ネットショップのほうの売れ行きが良くてね、よく売れてるのはこの招き猫で予約も多いのよ」「もしかして、あのツイッターでのあなたの反応を見たネット民たちが、あなたたち姉妹を可哀想に思って、ネットショップを探し出して売上に貢献してくれてるんじゃないの?」内海唯花は少し考えてからこう言った。「そうじゃないと思う。あれには小さい頃の私の写真と電話番号をネットに載せただけだし、私に関する他の情報を彼らは一切知らないはずよ。今はあのツイートもなくなったし、あのフォロワー数が多いアカウントたちですら公式アカウントに載せてた自分たちのコメントも消しちゃってるし」内海家の人たちの巻き添えを食らうのを恐れたのだろう。「タイミングよく、結城御曹司のゴシップ記事があの不孝者孫娘記事を押さえ込んでくれたおかげで関心度もそこまでは上がらなかったし、たくさんのネット民たちが私の仕事を探る前に私が反撃を食らわせたわけだし。だから、ネット民が私のネットショップに貢献しているとは考えにくいけど」結城御曹司のゴシップの話題が出ると、牧野明凛は急に興奮し始め、謎解きでもすると言わんばかりにこう言った。「おばさんの話によるとね、神崎家のお嬢様ったら、あなたと関係あるあのトレンド記事がネット民たちの注目を奪っていったのを見て、相当ご立腹だったらしく、裏で操ってあの検索トップ記事を押さえたから、あいつらのツイートが下火になっちゃったんだって」内海唯花はこのことを初めて知って、笑って言った。「ということは、神崎家のご令嬢が間接的にだけど、私の手助けをしてくれてたってことか」そのことを考えながら、彼女は笑った。「本当に神崎さんに感謝しなくっちゃ。一日も早く結城御曹司とくっつくといいわね。彼女は神崎家のお嬢様でしょう。お金ならいくらでもあるんだから、結城御曹司に何か問題がないかくらいは簡単に調べることができるでしょう
二人の会話はそれで遮られた。内海唯花は姉が甥っ子を連れて店に入ってくるのを見て、その手を止め、立ち上がってレジから出てきた。牧野明凛のほうが彼女よりも早く前に出ていき、愛嬌ある佐々木陽を抱っこした。そして陽の顔に何度もキスし、高い高いをして佐々木陽を大笑いさせ喜ばせた。「お姉ちゃん、なんでここに?」内海唯花は時間を気にしていた。この時すでに10時をまわっていて、この時間帯はいつもの姉なら家で昼食の用意をしているはずだ。でなければ、義兄が昼休憩に家に帰ってきてご飯ができていなかったら、また愚痴をこぼすからだ。「家にいてもつまらないんだもの。だからちょっと見に来たの。陽もあなたのところに行くってうるさいのよ」佐々木唯月は日除け帽子を外し、汗をぬぐって言った。「もうすぐ11月なのに、なんでまだこんなに暑いのかしら」ここの秋と夏はあまり変わらない。冬でもそこまで寒くはならないのだ。朝と夜だけ涼しくなる。昼間は太陽が燦々と照っていると、全身に汗をかくほど暑くなるのだ。「もう10時過ぎなのに、お姉ちゃん家に帰ってご飯を用意しなくていいの?」内海唯花は姉が夫のために、ご飯を作ってあげなければならないと思って言ったわけではない。普通の人なら昼になればご飯を食べるから、こう姉に尋ねただけだ。「ここへ来る前に陽にはたくさん食べさせたし、粉ミルクも持ってきたわ。ここで午後まで遊んで帰ったって問題ないわよ。もうちょっとしたらあなたと一緒にデリバリーでも頼みましょ。それか、私が今から近くの市場で買い物してくるから、お店のキッチンで二人にご飯を作ってもいいわ」「あの人なら......ご飯は、お米を洗って炊飯器に水も入れてきたし、コンセントも挿してきたわ。彼が帰ってきたら、自分でボタンを押すだけでいいの。おかずは、野菜はきれいに洗ってキッチンに置いてきたし、彼が自分で茹でたいなら、茹でればいいし、炒めたいなら炒め物でも作ればいいわ。彼の好きにしたらいいのよ」親友の姉のその話を聞いた後、牧野明凛は笑って言った。「唯月姉さん、これって半分だけやってあげたってこと?」「割り勘にするって言うんだもの、もちろんお金に限らず、何をするのも半々でやるべきでしょ。もし私が何でも全部してあげたら、何が割り勘と言えるの?彼が割り勘にしたいって言うんだから、そうして
「唯花さん、どうしたんだ?」理仁は彼女の異様な様子に気づき、急いで近寄ってベッドの端に腰をおろした。そして手を伸ばして彼女の身体に当て心配そうに尋ねた。「具合が悪いの?」「お腹が痛いの」「お腹が?もしかして夜食を食べた時に、食べ過ぎで痛くなったの?」唯花は彼をうらめしそうに見ていた。「違うの?だったら、どうしてお腹が痛くなった?」唯花は体の向きを変えて彼に背を向けた。「あなたにはわからないわ。ちょっと横になって我慢してたら良くなるわよ」理仁は眉をひそめた。彼は立ち上がって、すぐに腰を曲げ唯花をベッドから抱き上げた。そして整った顔をこわばらせて言った。「俺には医学的なことはわからない。でも医者にならわかるだろう。病院に連れて行くよ。我慢なんかしちゃだめだ。もし何かおおごとにでもなったら、後悔してももう遅いだろ」「病院なんか行かなくていいの。私はその……月のものが来ただけよ。だからお腹が痛くなったの」理仁「……月のもの……あ、あー、わ、わかったよ」彼は急いで唯花をまたベッドに寝かせた。「どうして痛くなるんだ?」彼は女性が生理中にお腹が痛くなるということを知らなかった。彼の家には若い女の子はいないのだ。両親の世代には女性がいるが、若い女性には今まで接したことがない。そう、だから本気でこんなことは知らなかったのだ。唯花が生理になった当日は、彼は彼女にジンジャーティーを入れてあげたが、あれは彼が以前、父親が母親にそのようにしてあげていたのを見たからだった。それで女性は生理中にはジンジャーティーのようなものをよく飲むのだと理解していた。「たぶん昼間たくさん動いたし、寒かったし、それで痛くなったんだわ。またジンジャーティーでも作ってくれない?」「わかった。暫く耐えてくれ。すぐに作ってくるから」理仁はすぐにジンジャーティーを作りに行った。キッチンで彼は母親に電話をかけた。「理仁、お母さんは寝ているぞ。何か用があるなら明日またかけてくれ」電話に出たのは父親のほうだった。「父さん、母さんを起こしてくれないか?ちょっといくつか聞きたいことがあるんだ」「聞きたいことって、今じゃないとダメなのか?言っただろ、母さんはもう寝てるんだって。彼女を起こすな。何だ、どんな問題なんだ?父さんに言ってみろ、解決できるかも
俊介はかなり怒りを溜めていた。一方、唯花のほうは今日、かなりスッキリしているようだ。夫婦二人が姉の賃貸マンションから出て来た後、唯花はずっと笑顔だった。理仁は可笑しくなって彼女に言った。「そんなに豪快に笑ってないでよ。お腹が痛くなるよ」「笑いでお腹が痛くなるっていうなら、ウェルカムよ。今頃、佐々木俊介はあの家に帰ってる頃よ。あいつ家に着いてどんな反応をしたかしらね?絶対入る家を間違えたって思ってるわよ。あはははは、あいつの反応を想像しただけで、思わず笑いが込み上げてくるわ。またちょっと大笑いさせて、あはははははっ……」理仁も彼女につられて笑ってしまった。そして危うく街灯にぶつかってしまうところだった。驚いた彼は急いでハンドルを切り、それをなんとかかわした。唯花もそれに驚いて笑いを止めた。安全運転になってから唯花は言った。「理仁さん、あなたの運転技術は如何ほどなの?下手なら、今後は私が運転するわ。私運転は得意なのよ。カーレースだって問題ないわ」「俺は18歳の時に免許を取ったもう熟練者だぞ。さっきはちょっとした事故だ、笑いすぎて集中力が落ちてたんだよ」唯花「……まあいいわ。もう言わないから、運転に専念してちょうだい」彼女は後ろを向いて後部座席に座っているおばあさんを見た。おばあさんが寝てしまっているようだから、夫に注意した。「おばあちゃん、寝ちゃったみたい。音楽をちょっと小さくして」清水はまだ唯月の家にいて、一緒に帰ってきていないのだった。理仁は彼女の指示に従った。そして唯花はあくびをした。「私も眠くなってきちゃった」「もうすぐ家に着くよ」「ちょっと目を閉じてるから、家に着いたら起こしてね」「君は一度目を閉じたら朝までその目を覚まさないだろうが。寝ないで、あと十分くらいだから。おしゃべりしていよう」唯花は横目で彼を見た。「あなたとおしゃべりしたら、優しい神様ですら飽きて寝ちゃうかもしれないわよ」理仁「……」暫くして、彼は言った。「唯花さん、俺は大人になってから、君を除いて俺にそんなショックを与えられる人間は一人もいなかったよ」「私は事実を述べただけよ」唯花は座席にもたれかけ、携帯を取り出してショート動画を見始めた。ショート動画によってはとても面白いので、眠気も全部消えてしまった。そし
俊介「……こんなにあるゴミも片付けてねぇじゃねえか!」唯月は可笑しくなって笑って言った。「私が当時、内装を始めた時には同じようにゴミが散らかっていたじゃないの。それは私がお金を出してきれいに片付けて掃除してもらったのよ。その時に使ったお金もあんたは私にくれなかったじゃないの。今日、それも返してもらっただけよ」「人を雇って掃除してもらったとしても、いくら程度だ?そんなちっぽけな金額ですらネチネチ俺に言ってくるのかよ」「どうして言っちゃいけないの?あれは私のお金よ。私のお金は空から降ってきたものじゃあないのよ。どうしてあんたにあげないといけないのよ。一円たりともあんたに儲けさせたりするもんか」俊介「……」暫く経ってから、彼は悔しそうに歯ぎしりしながら言った。「てめぇ、そっちのほうが性根が腐ってやがる!」「私はただ私が使ったお金を返してもらっただけよ。そんなにひどいことしてないわ。あんたが当時、自分のお金で買った家と同じものにしてやっただけでしょ」俊介は怒りで力を込めて携帯を切ってしまった。そして、携帯を床に叩きつけようとしたが、莉奈がすぐにその携帯を奪いにいった。「これは私の携帯よ、壊さないでよね」「クッソ、ムカつくぜ!」俊介はひたすらその言葉を繰り返すだけで、成す術はなかった。唯月の言葉を借りて言えば、彼女はただ自分が内装に使ったお金を返してもらっただけだ。彼が買ったばかりの家はまだ内装工事が始まる前のものなのだから、誰を責めることができる?「俊介、これからどうするの?」莉奈も唯月は性根の腐った最低女だと思っていた。なるほど俊介が彼女を捨ててしまうわけだ。あんな毒女、今後一生お嫁には行けないだろう。莉奈は心の中で唯月を何万回も罵っていた。「こんな家、あなたと一緒に住めないわ」彼女は豪華な家に住みたいのだ。「私もマンションは大家さんに返しちゃったし、私たちこれからどこに住むの?」俊介はむしゃくしゃして自分の頭を掻きむしって、莉奈に言った。「ホテルに行こう。明日、部屋を探してとりあえずそこを借りるんだ。この家はまた内装工事をしよう。前は唯月の好みの内装だったことだしな。また内装工事するなら、俺らが好きなようにできるだろ。莉奈、君のところにはあといくらお金がある?」莉奈はすぐに返事をした。「
「ドタンッ」携帯が床に落ちた時、画面がひび割れてしまった。俊介は急いで屈んで携帯を拾い、携帯の画面が割れてしまったことなど気にする余裕もなく、再び部屋の中を照らして見渡してみた。莉奈も携帯を取り出して、フラッシュライトで彼と一緒に部屋の状況を確認するため照らしてみた。豪華な内装がないだけでなく、ただの鉄筋コンクリートの素建ての家屋にも負けている。「俊介、やっぱり私たち入る家を間違えてるんじゃないの?」莉奈はまだここは絶対に自分たちの家ではないと希望を持っていた。俊介は奥へと進みながら口を開いた。「そんなわけない。間違えて入ったんじゃない。それなら、この鍵じゃここは開かないはずだ。ここは俺の家だ。どうしてこんなことになってるんだ?うちの家電は?たったのこれだけしか残ってないのか?」俊介の顔がだんだんと暗い闇に染まっていった。彼は食卓の前に立った。このテーブルは彼がお金を出して買ったものだ。この時、頭の中であることが閃いた。俊介はようやく理解したのだ。唯月の仕業だ。「あのクッソ女ぁ!」彼はどういうことなのか思いつき、そう言葉を吐きだした。「あいつが俺の家をこんなにめちゃくちゃにしやがったんだ!」俊介がこの言葉を吐いた時、怒りが頂点に達していた。莉奈はすぐに口を開いた。「早く警察に通報してあの女を捕まえてもらいましょう。賠償請求するのよ。あなたの家をこんなふうにしてしまったんだから、どうしたって内装費用を要求しなくっちゃ」内装費?俊介は警察に通報しようと思っていたが、莉奈の言った内装費という言葉を聞いて、すぐにその考えを捨ててしまった。そして、警察に通報しようとしていたその手を止めた。「どうして通報しないの?まさかしたくないとでも?まだあの女に情があるから?」莉奈は彼が電話をかけたと思ったらすぐに切ってしまったのを見て、とても腹を立て、言葉も選ばず厳しく責めるような言い方をした。彼女は自分が借りていたあの部屋はもう契約を解消してしまったし、全てを片付けて彼と一緒にこの家に帰ってきたのだ。ここに着くまでは、豪華な部屋に住めると思っていて、家族のグループチャットにキラキラした自分を見せつけようと思っていたというのに。結果、目に入ってきたのは素建ての家屋にも遠く及ばない廃れ果てた家だったのだ
「私たちの家は何階にあるの?」「十六階だよ」俊介は莉奈のスーツケースを車から降ろし、それを引っ張って莉奈と一緒にマンションの中へと入っていった。エレベーターで、ある知り合いのご近所さんに出くわした。彼らはお互いに挨拶を交わし、そのご近所さんが言った。「佐々木さん、あなたの奥さん、午後たくさんの人を連れて来てお引っ越しだったんでしょ?どうしてまたここに戻ってきたんですか?」「彼女は自分の物を引っ越しで運んで行っただけですよ」相手は莉奈をちらりと見やり、どういう事情なのか理解したようだった。そして俊介に笑いかけて、そのまま去っていった。なるほど、この間佐々木さんが奥さんに包丁で街中を追い回されていたのは、つまり不倫していたからだったのか。夫婦二人はきっと離婚したのだろう。唯月が先に引っ越していって、俊介が後から綺麗な女性を連れて戻ってきたのだ。もし離婚していないなら、ここまで露骨なことはしないだろう。「さっきの人、何か知っているんじゃないの?」莉奈は不倫相手だから、なかなか堂々とできないものなのだ。俊介は片手でスーツケースを引き、もう片方の手を彼女の肩に回し彼女を引き寄せてエレベーターに入っていった。そして微笑んで言った。「今日の午後、俺が何しに行ったか忘れたのか?あの女と離婚したんだぞ。今はもう独身なんだ。君は正式な俺の彼女さ、あいつらが知ってもなんだって言うんだ?莉奈、俺たちはこれから正々堂々と一緒にいられる。赤の他人がどう言ったって気にすることはないさ」莉奈「……そうね、あなたは離婚したんだもの」彼女は今後一切、二度とこそこそとする必要はないのだ。エレベーターは彼ら二人を十六階へと運んでいった。「着いたよ」俊介は自分の家の玄関を指した。「あれだよ」莉奈は彼と一緒に歩いていった。俊介は預けてあった鍵をもらって、玄関の鍵を開けた。ドアを開くと部屋の中は真っ暗闇だった。彼は一瞬ポカンとしてしまった。以前なら、彼がいくら遅く帰ってきても、この家は遅く帰ってくる彼のためにポッと明りが灯っていたのだ。今、その明りには二度と火が灯ることはない。「とっても暗いわ、明りをつけて」莉奈は俊介と部屋の中へ入ると、俊介に電気をつけるように言った。俊介はいつものようにドアの後ろにあるスイッチ
賑やかだった午後は、暗くなってからいつもの静けさへと戻った。唯月は結婚当初、この家をとても大切に多くのお金を使って内装を仕上げた。それが今や、彼女が当時買った家電は全て持ち出してきてしまった。そして、新しく借りた部屋には置く場所がなかった。彼女は中からよく使うものだけ残し、他のものは妹の家にではなく、中古として売ることにした。それもまた過去との決別と言えるだろう。唯月が借りた部屋はまだ片付けが終わっていなかったので、料理を作るのはまだ無理で、彼女はみんなを連れてホテルで食事をすることにした。そして、その食事は彼女がまた自由な身に戻ったお祝いでもあった。唯月のほうが嬉しく過去と決別している頃、俊介のほうも忙しそうにしていた。夜九時に成瀬莉奈が借りているマンションへとやって来た。「莉奈、これだけなの?」俊介は莉奈がまとめた荷物はそんなに多くないと思い、彼女のほうへ行ってスーツケースを持ってあげて尋ねた。「もう片付けしたの?」「普段は一人暮らしだから、そんなに物は多くないのよ。全部片づけたわ。要らない物は全部捨てちゃったの」莉奈はお気に入りのかばんを手に持ち、それから寝る時に使うお気に入りの抱き枕を抱えて俊介と一緒に外に出た。「この部屋は契約を解消したわ」「もちろんそれでいいよ。俺の家のほうがここよりもずっと良いだろうし」「あの人はもう引っ越していったの?」莉奈は部屋の鍵をかけて、キーケースの中からその鍵だけ外し、下におりてから鍵をそこにいた人に手渡した。その人は大家の親戚なのだ。「もう大家さんには契約を解消すると伝えてあります。光熱費も支払いは済ませてありますから。おじさん、後は掃除だけです。部屋にまだ使える物がありますけど、それは置いたままにしています」つまり、その人に掃除に行って、彼女が要らなくなったまだ使える物を持っていってくれて構わないということだ。おじさんは鍵を受け取った後、彼の妻に掃除に行くよう言った。俊介はスーツケースを引いて莉奈と一緒に彼の車へと向かい、歩きながら言った。「暗くなる前に、あいつから連絡が来たんだ。もう引っ越したってさ」同時に唯月は彼女の銀行カードの口座番号も送っていた。今後、彼に陽の養育費をここに振り込んでもらうためだ。そして彼女は俊介のLINEと携帯番号を全て削
理仁は悟のことを好条件の揃った男じゃなかったら、彼女の親友に紹介するわけないと言っていた。確かに彼の話は信用できる。一方の悟は、来ても役に立てず、かなり残念だと思っていた。彼が明凛のほうを見た時、彼女はみんなが荷物を運ぶのを指揮していたが、悟が来たのに気づくと彼のもとへとやって来た。そして、とてもおおらかに挨拶をした。「九条さん、こんばんは」「牧野さん、こんばんは」悟は微笑んで、彼女に心配そうに尋ねた。「風邪は良くなりましたか?」「ええ。お気遣いありがとうございます」唯花はそっと理仁を引っ張ってその場を離れ、悟と明凛が二人きりで話せるように気を利かせた。そして、唯花はこっそりと夫を褒めた。「理仁さん、あなたのあの同僚さん、本当になかなかイイじゃない。彼も会社で管理職をしているの?あなた達がホテルから出て来た時、彼も一緒にいるのを見たのよ」「うん、あいつも管理職の一人だ。その中でも結構高い地位にいるから、みんな会社では恭しく彼に挨拶しているよ」そしてすぐに、彼は唯花の耳元で小声で言った。「悟は誰にも言うなって言ってたけど、俺たちは夫婦だから言っても問題ないだろう。彼は社長の側近なんだ。社長からかなり信頼されていて、会社の中では社長の次に地位の高い男だと言ってもいいぞ」唯花は目をパチパチさせた。「そんなにすごい人だったの?」理仁はいかにもそうだといった様子で頷いた。「彼は本当にすごいんだ。職場で悟の話題になったら、誰もが恐れ敬ってるぞ」唯花は再び悟に目を向けた。しかし、理仁は彼女の顔を自分のほうに向けさせ、素早く彼女の頬にキスをした。そして低い声で言った。「見なくていい、俺の方がカッコイイから」「彼って結城家の御曹司に最も近い人なんでしょ。だからよく見ておかなくちゃ。結城社長の身の回りの人がこんなにすごいんだったら、社長自身もきっとすごい人なんでしょうね。だから姫華も彼に夢中になって諦められなかったんだわ」理仁は姿勢を正して、落ち着いた声で言った。「悟みたいに優秀な男が心から補佐したいと思うような相手なんだから、結城社長はもちろん彼よりもすごいに決まってるさ」「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれた人って、彼なんでしょう?」理仁「……」彼は九条悟が情報集めのプロだということを彼女
部屋の中から運び出せるものは全て運び出した後、そこに残っている佐々木俊介が買った物はあまり多くなかった。みんなはまた、せかせかと佐々木俊介が買った家電を部屋の入り口に置いて、それから内装の床や壁を剥がし始めた。電動ドリルの音や、壁を剥がす音、叩き壊す音が混ざりに混ざって大合唱していた。その音は上の階や階下の住人にかなり迷惑をかけるほどだった。唯月姉妹二人は申し訳ないと思って、急いで外に行ってフルーツを買い、上と下のお宅に配りに行き謝罪をし、暗くなる前には工事が終わることを伝えた。礼儀をもって姿勢を低くしてきた相手に対して誰も怒ることはないだろう。内海家の姉妹はそもそも上と下の住人とはよく知った仲で、フルーツを持って断りを入れに来たので、うるさいと思っても住人たちは暫くは我慢してくれた。家に子供がいる家庭はこの音に耐えられず、大人たちが子供を連れて散歩に出かけて行った。姉妹たちはまたたくさん食べ物を買ってきて、家の工事を請け負ってくれている人たちに配った。このような待遇を受けて、作業員たちはきびきびと作業を進めた。夕方になり、外せるものは全て外し、外せないものは全て壊し尽くした。「内海さん、出たごみはきれいに片付けますか?」ある人が唯月に尋ねた。唯月はぐるりと一度部屋を見渡して言った。「必要ありません。当初、内装工事を始めた時、かなりお金を使って綺麗に片付けてもらいましたから。これはあの人たちに自分で片付けてもらいます。私が当初、人にお願いして掃除してもらった時に払ったお金とこれでチャラになりますからね」唯花は部屋の中をしげしげと見て回った。壁の内装もきれいさっぱり剥がして、床もボロボロにした。全て壊し尽くしてしまった。姉が掃除する必要はないと言ったのだから、何もする必要はないだろう。これは佐々木俊介たちが自分で掃除すればいいのだ。「明凛、あなたの話を聞いてよかったわ。あなたの従兄に作業員を手配してもらって正解ね。プロの人たちだから、スピードが速いのはもちろん、仕上がりもとても満足いくものだわ」明凛は笑って言った。「彼らはこの道のプロだから、任せて間違いなかったわね」「彼らのお給料は従兄さんに全部計算してもらって、後から教えてちょうだい。お金をそっちに入金するから」明凛は頷いた。「もう従兄には言ってあ
「あ、あなたは、あの運転代行の方では?」唯花は七瀬に気づいて、とても意外そうな顔をした。七瀬は良い人そうにニカッと笑った。「旦那さんに名刺を渡して何かご用があれば声をおかけくださいと伝えてあったんです。仕事に見合うお給料がいただければ、私は何でもしますので」唯花は彼が運転代行をしていることを考え、代行運転の仕事も毎日あるわけじゃないから、アルバイトで他のことをやっているのだろうと思った。家でも暇を持て余して仕事をしていないのではないかと家族から疑われずに済むだろう。「お手数かけます」「いえいえ、お金をもらってやることですから」七瀬はそう言って、すぐに別の同僚と一緒にソファを持ち上げて運んでいった。明凛は何気なく彼女に尋ねた。「あの人、知り合い?」「うん、近所の人よ。何回か会ったことがあるの。普段は運転代行をしているらしくて、理仁さんが前二回酔って帰って来た時は彼が送ってくれたのよ。彼がアルバイトもしてるなんて知らなかったけどね。後で名刺でももらっておこう。今後何かお願いすることがあったら彼に連絡することにするわ。彼ってとても信頼できると思うから」陽のおもちゃを片付けていたおばあさんは、心の中で呟いていた。七瀬は理仁のボディーガードの一人だもの、もちろん信頼できる人間よ。人が多いと、作業があっという間に進んだ。みんなでせかせかと働いて、すぐに唯月がシールを貼った家電を外へと運び出した。唯月と陽の親子二人の荷物も外へと運び出した。「プルプルプル……」その時、唯花の携帯が鳴った。「理仁さん、今荷物を運び出しているところよ」唯花は夫がこの場に来て手伝えないが、すごく気にかけてくれていることを知っていて、電話に出てすぐ進捗状況を報告したのだった。理仁は落ち着いた声で言った。「何台かの荷台トラックを手配したんだ。きっともうすぐマンションの前に到着するはずだよ。唯花さんの電話番号を運転手に伝えておいたから、後で彼らに会って、引っ越し荷物を義姉さんの新しいマンションまで運んでもらってくれ。もし義姉さんのマンションに置く場所がなければ、とりあえずうちに荷物を置いておいていいから」彼らの家はとても広いし、物もそんなに多くないのだ。「うん、わかったわ。理仁さん、本当にいろいろ気を配ってくれるのね。私たちったら