結城理仁はすぐにその微笑みをひっこめて、いつもの威厳のある様子へと表情を変えた。警戒心を持ったその黒い瞳は内海唯花の目と合った。「結城さん」内海唯花は彼に尋ねた。「あなたにキスしてもいい?」結城理仁「......」彼女は恥というものを知らないのか。まさか男性にこのような質問をするとは。「結城さんって笑うと素敵ね、ムズムズしちゃう。本当に結城さんを抱きしめて熱いキスをしたいわ」結城理仁は呆れて言った。「内海さん、どうやら君のその顔の皮は分厚いんだな」「私の顔の皮は薄いですけど」内海唯花はそう言い、笑いながら自分の顔をパシパシと叩いていた。「私たちは夫婦だから、さっきみたいなことを言っただけ。それに、法律上の夫婦だから、あなたにキスするのだって普通のことでしょ」それを聞いて、結城理仁は本能的に数歩後ずさりして彼女との距離をとった。彼のその挙動に唯花は大笑いした。結城理仁は当惑のあまり怒り出した。彼のこの挙動は、結局のところ彼女のせいなのだ。以前、彼女が前触れもなく彼の顔を触ったりしたからだ。あまりに大笑いしている彼女を見て、結城理仁は腹が立ってきた。彼はすぐさま数歩前に進むと、笑っている内海唯花をつかんで懐に抱き寄せ彼女の唇を塞いだ。そして、気ままに笑っていた彼女から笑みが消えた。内海唯花の笑い声は急に聞こえなくなった。彼女は驚いて目を大きく見開き、至近距離にある彼の端正な顔を見ていた。彼が笑っている顔がとても魅力的だったので、彼女はちょっと彼を冷やかしてみただけだった。彼が男女関係においては彼女よりも純粋であることを知ったうえで、彼をからかうのを面白がっているのだ。それがまさか彼に先手を取られるとは。なんと彼のほうから彼女にキスをしてきたのだ。結城理仁は彼女の赤い唇にキスをし、その笑い声を止めた後、彼女のその唇を深く堪能することなく、すぐに彼女を自分から引き剥がしてしまった。そして指先で彼女の額にデコピンをし、彼女は「いたっ」と一言漏らした。「人をからかうにも程がある。これは当然の報いだろ」結城理仁は低くかすれた声でひとこと言った。そして、彼はまるで何事もなかったかのように食卓に腰をかけ、淡々と朝食を食べ始めた。内海唯花「......」彼女は自分の唇を触り、淡々と朝食を食べ
「車のお金は俺にくれる必要はないよ」結城理仁は急に車を購入した件に話題を変えた。内海唯花は彼の銀行口座番号を知らないので、毎日直接彼の携帯に100万円送金するしかなかった。でも、彼はそのお金を受け取らないのだ。唯花は車を購入したその日の夜に100万円彼に送金したが、彼が受け取らなかったので、そのお金は自分の銀行口座に戻ってきた。「君に車を買ったのは、ただ俺の面子の問題だから。平日は仕事で忙しいし、たまには仕事上の接待やらパーティーやらで君を連れて行かないといけないかもしれないだろ。もし俺の奥さんがいつでも故障してしまうような電動バイクに乗ってるなんて知られたら、俺の面目丸潰れだ」結城理仁が彼女に車一台プレゼントしたのは、自分の面子のためだと言うのだ。「あれは、間違いを認めたそのお詫びとしてのものじゃなかったの?」内海唯花は彼に問い返した。結城理仁「......まあ、いろいろ含めた気持ちだと思ってくれ」「あなたが車をくれるっていうなら、今年はもう生活費をくれなくていいわ」結城理仁は顔をあげ彼女の目をみつめた。彼女の意見には賛成も反対もしなかった。内海唯花は彼が黙っているのを賛成意見として受け止め、このようにすれば彼に借りを作ることはないと思い、だいぶ気持ちが楽になった。「君のおばあさんの事だけど、しばらくは彼らの相手をする必要はないよ。耐えられなくなったら、自然と向こうから君に謝罪してくるだろうしね。それから、君の両親が当時君達姉妹に残してくれた家だけど、姉妹で訴訟を起こしたらいい。全部が戻ってくるとは限らないが、あいつらに半分のお金を支払わせるんだ。うまい汁を吸っておいて、また君たちに噛み付いてきたんだ。ああいう奴らには慈悲なんて与える必要はない」もし結城理仁が手を出せば、彼ら内海家の一族は全員乞食として生きて行くことすらも困難なのだ。しかし、これは内海唯花自身のことだから、彼はただアドバイスをするだけで、それからどうするかは、やはり彼女が決めることだ。「おばあさんの手術が終わって退院してから、訴訟を起こして両親の家を取り戻すわ」結城理仁は、うんと一言返事をした。彼らはなんといっても彼女の実の祖父母だ。彼女は血縁関係であることを考慮して、やはり彼らに最低限の余地は残してあげたのだ。朝食を
結城理仁はベランダの入口に立って、彼女に声をかけることはなく、黙ったまま一分ほど彼女を見つめた後、去って行った。そして妻が包んでくれたグルメが詰まった弁当を持って、仕事へと出かけて行った。家を出る前に、彼はきちんと内海唯花に「行ってきます」と一声かけて行った。「うん、車の運転気をつけてね」唯花は一言彼に注意した。理仁はドアを閉め、弁当箱二つをぶら下げて降りていった。彼のボディーガードは下で待っていた。立っている者、しゃがんでいる者、緑化帯に座っている者もいた。彼が二つの弁当箱を下げて降りてきたのを見ると、ボディーガードたちはすっくと立ち上がり、彼を見てあまりに驚き近づいてくる者は一人としていなかった。結城理仁「......」なんだ、彼が弁当箱二つ持っているだけで、彼らは主人を識別できなくなったのか?「若旦那様」ボディーガードの一人の七瀬の反応が一番早く、駆け足で彼の側に近寄っていった。そして、理仁の手からお弁当箱二つを受け取った。結城理仁は何も言わず、あのロールスロイスに向かって行った。すぐに数台のボディーガードの車に護送されてロールスロイスはマンションの駐車場から走り去ってしまった。内海唯花はこの時ちょうどベランダから外を見ていて、よく見かける高級車が数台の車に守られながら遠くに走り去っていくのを見ていた。それに夫が乗るあのホンダの車も最後尾について走っていった。高級車に出くわしたら、よろこんで道を譲り、追い越そうとはしないだろう。万が一にもぶつかりでもしたら、その修理代は一般人にとって相当なプレッシャーになる。このマンションには2億近くするロールスロイスに乗っている人が住んでいるのだから、ここがとても高級住宅地であることが分かる。結城理仁がこの家を買った時、一体いくらかかったのだろうか?彼は大企業に勤めていて、少なくとも管理職の一人である。しかし、彼の会社での立場がどれほどのレベルなのか内海唯花は何も知らなかった。彼女も一度も彼に聞いたことはない。彼はそもそも彼女を警戒しているし、もし彼の仕事や役職について聞けば、また彼は余計なことを考え始めるかもしれない。結城理仁が出かけた後、唯花は花の水やりを終わらせ、ハンモックチェアに腰掛けた。ゆったりとした気持ちでネットを開き、親戚への反撃をした後、
結城理仁は二つの弁当箱を弟のデスクの上に置き、低く落とした声で言った。「俺とおまえが同じ会社で働いてるってのをおまえの義姉さんが知って、多めに朝食を作ったんだ。これはおまえにって持たせてくれたんだぞ。いつも外食ばかりするな、健康的じゃないからな」「兄さんだってずっと外食ばっかだったじゃんか」自分のホテルで食べているとは言え、外食は外食だ。結城辰巳は持っていたコーヒーを置き、待ちきれない様子で弁当箱一つを持ち上げ、蓋を開けながら言った。「先週の土曜日にさ、義姉さんの料理の腕は拝見済だからなあ。ここ数日ずっとあの味を思い出してたんだよ。うわ、すっご。めっちゃ豪華じゃんか。見た目もきれいだしさ、絶対美味しいに決まってる」結城辰巳が二つの弁当箱を開けた後、耐え切れず義理の姉の腕前を褒めたたえた。ハンドメイドが上手なだけでなく、料理の腕までピカイチだとは。なるほど、ばあちゃんが義姉を気に入って、どうしても兄貴と結婚させようとするわけだ。すごくよくできた嫁じゃないか。弟の喜ぶ様子が見ていられなくて、結城理仁は気にしてないふりをして言った。「義姉さんは俺がいろいろ助けてあげたそのお礼に今朝早起きして、俺のためにしっかり栄養バランスのとれた朝食を作ってくれたんだ。全部食べきれなかったから、おまえにちょっとその残りを包んで食べさせてやるだけだ」結城辰巳「......」そしてすぐに彼は笑顔を作った。「義姉さんが俺用に弁当箱によそって兄さんに持たせたんだろ。絶対口つけてないやつじゃん」結城理仁は何も答えなかった。こんなことなら彼が全ての料理に口をつけて、結城辰巳に彼の残り物をあげていれば、このクソガキはこんな得意気な顔をしていられただろうか?「兄さん、他にまだ用あるの?」「なんだ、兄貴自らおまえに食いもんを持って来てやったってのに、急いで俺を追い出すつもりか?」結城理仁は不服そうに弟を見つめ、見るともなく見ていたらデスクの一角に置かれていたビーズ細工の招き猫が目に入った。彼はそのビーズ細工を持ち上げ、何度も何度も見て言った。「この招き猫はばあちゃんが飾ってるあのビーズ細工と同じ作者が作ったやつみたいだな」結城おばあさんは内海唯花が彼女にプレゼントしたハンドメイドの作品を家でも目立つ場所に置いているのだ。彼が特に気に留めな
内海唯花は自分の夫が、今まさにヤキモチを焼いているとは知る由もなかった。彼女は自分の店に戻り、特にやることがなかったので、またビーズ細工作りを始めた。牧野明凛は友人がまた招き猫を作り上げるのを見てから尋ねた。「唯花、最近どうしていっつも招き猫ばかり作ってるのよ。よく売れてるの?」内海唯花は一つ作り上げると、手を止めて少し休んでいた。親友から尋ねらると笑って答えた。「最近、ネットショップのほうの売れ行きが良くてね、よく売れてるのはこの招き猫で予約も多いのよ」「もしかして、あのツイッターでのあなたの反応を見たネット民たちが、あなたたち姉妹を可哀想に思って、ネットショップを探し出して売上に貢献してくれてるんじゃないの?」内海唯花は少し考えてからこう言った。「そうじゃないと思う。あれには小さい頃の私の写真と電話番号をネットに載せただけだし、私に関する他の情報を彼らは一切知らないはずよ。今はあのツイートもなくなったし、あのフォロワー数が多いアカウントたちですら公式アカウントに載せてた自分たちのコメントも消しちゃってるし」内海家の人たちの巻き添えを食らうのを恐れたのだろう。「タイミングよく、結城御曹司のゴシップ記事があの不孝者孫娘記事を押さえ込んでくれたおかげで関心度もそこまでは上がらなかったし、たくさんのネット民たちが私の仕事を探る前に私が反撃を食らわせたわけだし。だから、ネット民が私のネットショップに貢献しているとは考えにくいけど」結城御曹司のゴシップの話題が出ると、牧野明凛は急に興奮し始め、謎解きでもすると言わんばかりにこう言った。「おばさんの話によるとね、神崎家のお嬢様ったら、あなたと関係あるあのトレンド記事がネット民たちの注目を奪っていったのを見て、相当ご立腹だったらしく、裏で操ってあの検索トップ記事を押さえたから、あいつらのツイートが下火になっちゃったんだって」内海唯花はこのことを初めて知って、笑って言った。「ということは、神崎家のご令嬢が間接的にだけど、私の手助けをしてくれてたってことか」そのことを考えながら、彼女は笑った。「本当に神崎さんに感謝しなくっちゃ。一日も早く結城御曹司とくっつくといいわね。彼女は神崎家のお嬢様でしょう。お金ならいくらでもあるんだから、結城御曹司に何か問題がないかくらいは簡単に調べることができるでしょう
二人の会話はそれで遮られた。内海唯花は姉が甥っ子を連れて店に入ってくるのを見て、その手を止め、立ち上がってレジから出てきた。牧野明凛のほうが彼女よりも早く前に出ていき、愛嬌ある佐々木陽を抱っこした。そして陽の顔に何度もキスし、高い高いをして佐々木陽を大笑いさせ喜ばせた。「お姉ちゃん、なんでここに?」内海唯花は時間を気にしていた。この時すでに10時をまわっていて、この時間帯はいつもの姉なら家で昼食の用意をしているはずだ。でなければ、義兄が昼休憩に家に帰ってきてご飯ができていなかったら、また愚痴をこぼすからだ。「家にいてもつまらないんだもの。だからちょっと見に来たの。陽もあなたのところに行くってうるさいのよ」佐々木唯月は日除け帽子を外し、汗をぬぐって言った。「もうすぐ11月なのに、なんでまだこんなに暑いのかしら」ここの秋と夏はあまり変わらない。冬でもそこまで寒くはならないのだ。朝と夜だけ涼しくなる。昼間は太陽が燦々と照っていると、全身に汗をかくほど暑くなるのだ。「もう10時過ぎなのに、お姉ちゃん家に帰ってご飯を用意しなくていいの?」内海唯花は姉が夫のために、ご飯を作ってあげなければならないと思って言ったわけではない。普通の人なら昼になればご飯を食べるから、こう姉に尋ねただけだ。「ここへ来る前に陽にはたくさん食べさせたし、粉ミルクも持ってきたわ。ここで午後まで遊んで帰ったって問題ないわよ。もうちょっとしたらあなたと一緒にデリバリーでも頼みましょ。それか、私が今から近くの市場で買い物してくるから、お店のキッチンで二人にご飯を作ってもいいわ」「あの人なら......ご飯は、お米を洗って炊飯器に水も入れてきたし、コンセントも挿してきたわ。彼が帰ってきたら、自分でボタンを押すだけでいいの。おかずは、野菜はきれいに洗ってキッチンに置いてきたし、彼が自分で茹でたいなら、茹でればいいし、炒めたいなら炒め物でも作ればいいわ。彼の好きにしたらいいのよ」親友の姉のその話を聞いた後、牧野明凛は笑って言った。「唯月姉さん、これって半分だけやってあげたってこと?」「割り勘にするって言うんだもの、もちろんお金に限らず、何をするのも半々でやるべきでしょ。もし私が何でも全部してあげたら、何が割り勘と言えるの?彼が割り勘にしたいって言うんだから、そうして
「この前、唯花と結城さんが買ってきてくれたプレゼント、あの時私は割り勘のことでとても怒ってたから、全部私の部屋に持っていったの」佐々木唯月は椅子に腰掛けた。内海唯花はキッチンへと行き、冷蔵庫からフルーツを取り出して、きれいに洗った後お皿に盛って、姉に持ってきた。牧野明凛は唯月に温かいお茶を渡した。彼女はそのお茶を数口飲んだ。佐々木唯月は家庭事情を周りに知られるのは怖くなかった。今日彼女が来たのは、溜め込んでいた悔しさと怒りを妹にぶちまけたかったからだ。これ以上溜め込んだものを誰かに打ち明けなければ、うつ病を発症してしまいそうだった。それに、牧野明凛も知り合ってから何年も経つ。彼女はなんといっても口が固い子だ。彼女はこう言った。「私が翌日起きた時、あいつらは俊介がもう送ってしまった後だったわ。帰りたいなら勝手に帰ればいい。さっさと帰ってほしいって思ってたんだし。でも、あいつら帰る前に、唯花たち夫婦が買ってきてくれた贈り物を全部持っていったのよ。陽にくれたおもちゃも、義姉さんにいくつも取られたの。ほんっとに腹が立つわ!俊介もうちにはそういう贈り物がいらないから、彼の姉に渡して食べてもらうって。あいつの姉が何か足りないものある?あの人たちはどっちも働いてるし、収入もあるし、子供は義父母が面倒みてるじゃない。あの二人も若いころは年金もしっかり払ってたし、今二人とも退職金もらって食べるのだって困ってないわよ。それなのに、俊介に毎月お金をもらってさ、そのお金は義姉さんの家に払ってるようなものでしょ?義姉さん夫婦が稼いだお金は全部貯金に回してるのよ。自分の親のお金と、弟のお金で生活してるの。弟に妻子がいなくて姉のためにお金を出すっていうなら、誰も文句は言えないけど、私と彼はもう一つの家庭を持っているのよ。家のローンも返さないといけないのに、恥もせず弟のお金を使って自分たちの生活をしているなんて」佐々木唯月は自分の夫の愚かさと理不尽さに腹が立っていた。両親が彼のお金を愛娘に渡していると知りながら、依然として何がなんでも両親に毎月お金を振り込んでいるのだ。なのに、彼女に対してはケチでお金を惜しむのだから、彼女の怒りはすでに頂点に達していた。さらに、夫の家族たちはうまく本性を隠し通していたと罵った。結婚する前、それぞれ彼女に対して良い態度を取っており
内海唯花はうんと一言答えた。彼女は甥っ子にキスをし、あやしていた。「陽ちゃん、幼稚園に行きたい?」「やだ」この年齢の子供はなんといっても母親にべったりな年頃なのだ。内海唯花は笑って、姉に言った。「お姉ちゃん、陽ちゃんをどの幼稚園に通わせるか決めてるの?もし決めてるなら、週末陽ちゃんをそこに連れて行って遊ばせてみよう。そこの環境になれさせるのよ。たくさん遊んで楽しかったら、幼稚園に行くのも嫌がらないわ」週末、多くの幼稚園が親が子供を連れてきて見学し、遊べるように開放しているのだ。佐々木唯月はうんと一言返事し、また続けて言った。「もう一つ死にそうなくらい腹立たしいことがあるの。あの義姉さんが俊介に自分の二人の子供をこの街に連れて来て、ここで学校に通わせるって言うのよ。私の家に一緒に住んで、その子供の送り迎えとご飯、宿題の面倒まで見ろですって。私のことを都合の良いタダの家政婦だとでも思ってるのかしら?俊介はそれなら喜んで三万円の食費を出すって。今子供一人面倒みてるんだから、あと一人二人増えたくらいなんともないって。自分のお腹を痛めて生んだ子供ならいくら大変でも、きつくてもお世話はできるわ。でも、他所の子供の面倒って、こんなんじゃ骨折り損で何の割にも合わないわ。しかも、家の名義を姉に譲るですって。こうすれば彼女の子供も地区の学校に通えて、二人の子供が通うのにも便利だからって。本当に馬鹿なんじゃないの、家の名義を他人に譲って、後から取り戻せるとでも本気で思ってるのかしら?」内海唯花と牧野明凛はもはや何も言えなかった。「......」普段彼女たちはネット上で、一部のネット民がこのような事を言っているのを見たことがあったが、まさか佐々木唯月も彼らと同じような目に遭っているとは。佐々木唯月は一度口を開けたら、もうなりふり構わず、全てをぶちまけた。彼女はまた二口お茶を飲み、続けた。「唯花、私も義兄さんに言ったのよ、もし家の名義を義姉さんに譲るって言うなら、私が出した内装代を返せって。もし家を取り戻せなかったら、私にとっては損でしかないもの。当時内装代に800万も私使ったんだから」彼女が長年仕事で稼いだお金は、全部その家のために使ってしまっていた。「もしその費用を私に返さないって言うなら、即離婚よ。離婚しても絶対にあの内装代は返し
数分経ってから、内海唯花はつぶやいた。「私があなたの部屋に入りたいとでも思ってるの?いつか、懇願されても絶対に入ってやらないんだから」自分も部屋に入ると鍵をかけることを思い出し、内海唯花はつぶやくのを止めた。つまるところ、これはスピード結婚の後遺症のようなものだ。結城理仁自ら作ってくれたあさりの味噌汁を飲み終えて、内海唯花は部屋に戻って休んだ。この夜はもう二人に会話はなかった。次の日、内海唯花が目を覚ますと、太陽はすでに昇っていた。彼女がベットサイドテーブルにある携帯を見ると、すでに七時過ぎだった。早起きに慣れている彼女はこの時間に起きることはあまりない。彼女は普段明け方六時くらいに起きているのだ。昨晩お酒を飲んだせいだ。幸いなことに、起きても二日酔いにはなっていなかった。しかし、お腹がとても空いていた。昨夜は姉に心を痛め、姉の家で夕食を食べる時に彼女はあまり食べていなかったので今お腹ぺこぺこだったのだ。素早く服を着替え、洗面を終えると部屋を出た。キッチンに行って朝食を用意しようと思っていた時、食卓の上にすでに並べられた朝食が目に入ってきた。それは彼女の好きなイングリッシュ・ブレックファーストで、美味しそうな食べ物が食卓に並んでいた。結城理仁はスクランブルエッグを二皿持ってキッチンから出てきた。内海唯花が起きて来たのを見て、淡々と言った。「俺が起きた時、君はまだ起きてなかったから、外でいろいろ買って来たんだ。それからスクランブルエッグは今作った」「全部あなたが作ったのかと思ったわ」危うく彼の料理の腕が高級レストランのシェフみたいだと褒めるところだった。外で買って来たものだったのか。内海唯花はお腹が空いていたので、夫に遠慮せず食卓に座り箸を持ってまずはソーセージを挟んで食べた。「これとっても美味しいわね。コンビニで買ったんじゃないでしょ?」イングリッシュ・ブレックファーストを作るなら、確かにコンビニでもその材料は揃っているが、そこまで美味しくはないだろう。やはりホテルで食べる朝食には負ける。「車でスカイロイヤルホテルまで行って買ってきたんだ。あそこの朝食はいろいろあるし、味もとても良いって有名だしな。食べないなら食べないで済むけど、食べるならやっぱり一番美味しいものを食べないとと思って」実際は、彼
結城理仁は別に怒ってはいなかった。ただ内海唯花に自分が笑っているところを見られたくなかっただけなのだ。彼はマンションに入ると、妻が後に続いて来ていないことに気付き、足を止めた。後ろを振り向き大きな声で彼女に尋ねた。「もしかして、今夜はずっとそこに突っ立って過ごすんじゃないだろうな?」内海唯花はハッとして、嬉しそうに彼のほうに走ってきた。「結城さん、怒ってないの?」結城理仁は冷ややかに彼女を一目見た。彼の目つきはいつも通り氷のように冷たかったが、手を伸ばして彼女のおでこをツンと突いて言った。「次はないぞ!」内海唯花はまるで間違いを犯した小学生のように、手を挙げて誓った。「次は絶対にしないと誓います!」結城理仁は何も言わず体を前に向けて歩いて行った。内海唯花は急いで彼に続いた。彼の逞しいその後ろ姿を見つめながら、内海唯花の酔いはだんだん覚めてきた。そして心の中で不満をつぶやいていた。おばあさんは彼女に彼を押し倒せと言ったが、彼のこの氷のように冷たい様子では、彼女は本当に彼を襲えるような自信はなかった。しかし、彼をからかって遊ぶのは本当に面白い。彼女もたった一杯のお酒でこのように彼をからかえるのだ。普段なら彼の顔に触れるのが限度だ。ただ顔を触っただけでも、痴漢を警戒するかのように彼女に警戒心を持っている。まるで彼の顔に触れたのではなく、彼のズボンを脱がせたかのようだ。家に帰り、結城理仁はそのままキッチンへと入って行った。内海唯花は彼が一体何をするのか分からず、一声尋ねたが、彼女に返事をしなかった。だからわざわざ返事をもらえず恥をかくような真似をしないようにベランダへ行き、ハンモックチェアに腰掛けた。体を椅子にもたれかけ、つま先で地面を蹴って椅子を軽く揺らした。その時考えていたのは姉の結婚についてだった。彼女と結城理仁はスピード結婚で、結婚する前はお互いに相手のことを知らなかった。スピード結婚をした後は、二人とも相手を尊重し合っている。たぶん、まだお互いによく相手を知らず、どちらも自分の欠点を見せていないからだろう。否定できないのは、彼女は姉よりも幸せな結婚生活を送っているということだ。少なくとも、結城理仁が彼女に対してどのような態度を取ろうとも、彼女が悲しむことはないのだ。だって愛していないんだから!しかし、
内海唯花は彼に起こされ体を起き上がらせた。まるで子供のように手で目をこすった後、彼を瞬きせずに、じっと見つめていた。突然、彼女は彼の方に手を伸ばし、瞳を輝かせてはっきりした声で言った。「お兄さん、抱っこして私を降ろして」結城理仁はイライラしながら手を伸ばし、彼女をポンと叩いて冷たい声で言った。「忠告しただろう。酔ったのをいいことに俺をからかうんじゃないって。君はほろ酔い状態だろ、頭がはっきりしていないわけじゃないはずだ。君が今自分で言ってることと、やってることは、心の中でははっきり分かってるはずだぞ」そうだ、内海唯花ははっきりと分かっている。しかし、酒が入っているので、彼女はその勢いに任せているのだ。結城理仁が彼女にふざけるなと警告すればするほど、彼女はつい彼をいじりたくなる。大の大人の男が、一人の女性にマウントを取られないか恐れるって?誰かに知られたら、笑われるだろう。結城理仁「......」内海唯花は、ひひひと笑って彼に尋ねた。「あなたもしかして結城御曹司とおんなじで、実は秘密があるとか?」彼は男女関係においては、彼女よりも純粋なのだ。内海唯花は酒の力を借りて、思わず彼をからかってしまいたくなった。「どんな秘密があるって?」「アレがダメなのか、それか女性よりも男性のほうが好きなのか」結城理仁の表情は暗くなっていった。「おばあさんはいつも私たちをくっつけようとしてるでしょう。私はずっと30歳になる男性に彼女がいないなんて、きっとブサイクなんだって思ってたの。あなたに会った後、誤解してたって気づいたわ。あなたはブサイクなんかじゃなくて絶世のイケメンなんだって。それから、また考えたの。あなたってもしかしてちょっと問題があるんじゃないかって......」内海唯花はケラケラ笑って、両手も忙しく結城理仁の顔に伸ばし自由気ままに彼の端正な顔を触った。「結城さん、あなたDVなんかしないよね?言っておくけど、私は空手を習ってたの。私にそんなことしてみなさい、完膚なきまでにあなたを叩きのめしてやるんだから。あらまあ、こんなにカッコイイんだもん。本当にちょっとキスしたいわ。なんならちょっとお姉さんにキスしてみてよ。ねえ、ねえ、記念にちょっとだけキスを......」内海唯花はやりたい放題、彼をからかい調子に乗ってい
姉妹はお互いに支えあって長年生きてきたから、唯月は妹のことを熟知していた。妹が彼女に代わって鬱憤を晴らしてくれようと思っているのを知っていて、わざと妹を長く家にいさせていた。お酒を持ってきて、妹と一緒にそれを夜遅くまで飲み続け、深夜になって夫婦はようやく帰って行った。内海唯花はお酒が飲めるほうでも飲めないほうでもなく普通だ。姉が持って来たお酒は度数が高いものだったから、一杯飲んだ後、彼女は少し酔ってしまい、姉の家を離れる頃には頭がクラクラしていて歩くのもふらついていた。佐々木唯月はこの新婚夫婦を玄関のところで見送った。彼女は昔働いていた頃、よく上司に付き合って接待に行き、お酒に強くなっていたので、一杯の度数が高いお酒を飲んだくらいではどうということはなかった。「結城さん、唯花は酔ってるから、よろしくお願いします」佐々木唯月は妹の夫にしっかりとお願いをしておいた。妹をここまで酔わせておけば、内海唯花が佐々木俊介のところに殴り込みにいくこともできないだろう。唯月は妹が佐々木家に行って、彼らが束になって妹をいじめるのが怖かったのだ。あのクズ一家は、彼女たちの実家の親戚たちと張り合えるくらい最低な奴らだ。「義姉さん、ちゃんと唯花さんの面倒を見ますから安心してください」結城理仁は軽々と内海唯花の体を支えながら下へとおりていった。唯花が何度も転んでしまいそうになったので、理仁は彼女をお姫様抱っこするしかなかった。「君はそんなに酒に強くないのに、それでも飲むんだから。義姉さんが酒を持ってきた理由はこんなふうに君を酔わせるためだろう。それなのに、バカみたいに飲んじゃって」内海唯花は両手を結城理仁のクビに回し、おくびを出した。その酒の匂いが鼻に刺さり、結城理仁は顔を横に背けて彼女に言った。「俺のほうをむいてその息を吐き出すなよ。酒の匂いで鼻がもげてしまいそうだ」「もっと嗅がせてやるわ!」内海唯花はわざと彼の顔に近づいた。「お姉ちゃんの意図が分かっていながら、私を止めなかったわね」結城理仁は彼女がこのように近寄るのに慣れていないので、危うく彼女を地面に落としてしまいそうだった。「おまえな!」彼は怒って低く張った声で言った。「頭は冴えてるって分かってるぞ。俺の隙を狙ってふざけるのも大概にしろよ!」内海唯花はふんと鼻を
昔は姉が妹を守っていた。今その妹は大人になり力をつけ、今度は彼女が姉を守る番なのだ。「唯花」佐々木唯月は妹を引き留め、言った。「必要ないわ。お姉ちゃんも軽い怪我しただけだから。彼にも何もメリットはなかった。私が包丁持って街中を追いかけまわしたから、あの人ビビッて今後は家庭内暴力なんてする勇気はないでしょう」「お姉ちゃん、家庭内暴力は繰り返し起こるわ。あいつが手を出してきたのに、カタをつけておかないと、ちょろいと思われてまた手を出してくるはずよ」家庭内暴力など決して許してはいけない!「お姉ちゃんも分かってるから。だから絶対にあの人に負けないで殴り返してやったの。そして包丁持って街中追いかけまわしたのよ。あなたは知らないでしょうけど、彼は私の行動にすごく驚いてて、両足をガタガタ震わせてたわ。夫婦が初めて喧嘩する時は必ず勝たないといけないって言うでしょう。私のほうが勝ちよ。今後彼が私に手を上げようとするなら、彼自身どうなるかよく考えないとね」佐々木唯月は妹が佐々木俊介のところに行かないように力強く引き留めた。「彼も実家に帰っちゃったわ。あの人のところに行くってことはあの佐々木家全員を相手にしないといけないから、逆にやられちゃうかもしれない。行かないで、お姉ちゃんはもう彼に遠慮したりしない。今後彼が手を出そうが怒鳴りつけてこようが、私も相手になってやるんだから」「お姉ちゃん、どうしてすぐ私に教えてくれなかったのよ」内海唯花はとても胸が苦しくなり姉のまだ青あざが残っている顔をそっと触り、自分がその傷を受けたかのように辛そうに尋ねた。「お姉ちゃん、まだ痛む?佐々木俊介の奴!こんな力強く殴るなんて!長年培ってきた情もあるし、陽ちゃんも生んであげたってのに、お姉ちゃんにこんなひどい事するなんて」佐々木唯月は苦笑した。「私は今こんなふうになっちゃったもの。彼はもうずいぶん前から私を嫌っていたわ。結城さんも一緒に来たの?」「来てるよ。リビングで陽ちゃんと遊んでくれてる」佐々木唯月は声を抑えて、妹に念を押した。「唯花、あなたもお姉ちゃんの結婚が今ではこんなに面倒なことになったのを見たでしょ。寿退職をしてあの人の私を一生面倒見るっていう戯言を信じ込んじゃったせいね。あなたは絶対に経済的に独立していたほうがいいわ。女の人はどんな時だろうと、自分
姉妹二人はとても仲が良いとマンションの住人はよく知っていた。佐々木唯月が妹にその件を話さなかったのは、妹を心配させたくなかったからだ。「坂本さん、ありがとうございます」内海唯花は坂本おばあさんにお礼を言い、結城理仁を引っ張って、急ぎ足で姉の住むマンションへと入って行った。「昨日お姉ちゃんを送り届けたら、義兄さんがご飯を作っていなかったことで責めてきたの。その時、義兄さんの顔つきは、まさに誰がを殴りそうな感じだった。それが私に気づいた瞬間、また顔つきが変わったわ」内海唯花は結城理仁にぶつぶつ言った。「お姉ちゃん、どうして私に教えてくれなかったのよ」内海唯花は姉にとても心を痛めていた。女性が結婚するのはまるで転生するのと同じだ。彼女はひどい男のもとに転生してしまったのだ。三年の結婚生活で、義兄の姉に対する態度は180度変わってしまった。結城理仁は落ち着いた声で言った。「義姉さんも君に心配かけたくなかったんだよ。さっきあの坂本さんが言ってたじゃないか、義姉さんは包丁を持って、旦那さんを街中追いかけまわしたんだろ。つまり義姉さんは旦那さんに負けなかったわけだ。あまり心配しなくて、大丈夫さ」内海唯花が心配しないわけがない。でも、彼女は結城理仁には多くは話さず、彼を引っ張ってマンションの上の階へとあがって行った。そして姉が彼女に渡していた鍵を取り出して玄関のドアを開けた。佐々木唯月はこの時キッチンでご飯を作っていて、玄関のドアが開く音が聞こえると、佐々木俊介が戻ってきたのかと思いフライ返しを持って出てきた。もし佐々木俊介がまた暴力を振るおうものなら、もう容赦はしないと考えていた。佐々木俊介は実家に帰った後、一切彼女には連絡をよこしていなかった。しかし、彼女の義父母と義姉がひたすら彼女にメッセージを送り罵ってきた。彼ら佐々木家のLineグループでも彼女の悪口を言っていた。佐々木家の他の親戚たちに、彼女は妻としての役割を全くこなしていなかったから、夫に殴られる羽目になったのだと言って、佐々木家の他の親戚たちにも、彼女が悪いと言うように頼んだ。彼女が殴られたのは全て彼女が悪いのだ、佐々木俊介は何も間違っていない。彼女の当然の報いなんだと口から出る言葉はすべて彼女への悪口ばかりだった。ある親戚は年上の虎の威を借りて、彼女に対し
彼は少し止まって、また言った。「明日の朝は俺が君を店まで送るよ」彼がこんなにも気を使ってくれるので、唯花は電動バイクを店に残して、理仁の車に乗った。牧野明凛は夫婦二人が帰って行くのを目線で見送り、つぶやいた。「だんだん夫婦らしくなってきたわね」結城理仁は常に冷たくて寡黙だが、しかし彼の内海唯花への優しさは細かいところに見て取れた。「もし私も結城さんみたいな人と巡り合えたら、喜んで即結婚するわ」残念なことに、彼女のお見合い相手たちは結城理仁には遠く及ばない。あれらのいわゆるハイスペック男というのは、ただ収入が高いだけで、そのように呼ばれているだけなのだ。実際、ハイスペックという言葉からは、かけ離れている。この前のカフェ・ルナカルドでお見合いしたあの相手は、内海唯花のほうを気に入っていた。私的に仲介業者を通して内海唯花のことを尋ねていて、既婚者であることを知ったのに、まだくだらない夢を見ていた。牧野明凛は直接、あのお見合い相手に電話をかけ、ひどく怒鳴りつけた。もしも奴が私的に内海唯花にコンタクトを取り、彼女の結婚生活をめちゃくちゃにしたら、地位も名誉も傷つけると。内海唯花の目の前に現れなければ、牧野明凛は彼の命を助けたのと同じことだと思った。本気で内海唯花のところに行き告白でもしてみろ。彼女が相手を完膚なきまでに痛めつけるだろう。なんといっても空手を習っていたのだから。「途中に姉の家があるから、姉の家に行って様子を見てから帰りましょう」内海唯花は一日に一回は姉のところに行かないと、どうも慣れないのだ。結城理仁は、うんと一言返事した。少しして、夫婦二人は佐々木唯月の住むマンションに到着した。この時間帯はだいたい夜ごはんを終えた時間で、食後に子供を連れて外で散歩をするのが好きなマンションの住人が出てきていた。だから、この時刻はマンション周辺がとても賑やだった。結城理仁が車を停めた後、内海唯花が先に車を降り後部座席のドアを開け車から果物の入った袋を二つ取り出した。それは理仁がどうしても義姉に贈り物をしたいと言って買ったものだ。夫婦は佐々木唯月が住んでいる棟のほうへと歩いて行った。すぐに内海唯花はどこかおかしいことに気が付いた。彼女は姉の家に三年住んでいて、マンションの住人をよく知っていた。それが今日みんなが彼女を
結城理仁は心の中では内海唯花が内海家の兄弟たちに対処できないのではないかと心配していたが、何も言わず電話すら彼女にかけなかった。結婚してからもうすぐ一か月になる。彼は内海唯花のことを結婚当初よりは少し理解していた。もし本当に彼女が対処できないというのなら、必ず彼に助けを求める電話をしてくるはずだ。そんな彼女が電話してこないということは、つまり彼女だけでも問題はないということなのだ。しかも、彼女のほうが道理にかなっているわけだから、負けることはないだろう。このような考えを巡らせ、結城理仁は夕方仕事が終わって、車を乗り換えた後、星城高校に向かった。会社を出る時、九条悟は彼が最近仕事の接待や付き合いにもいかないし、九条悟にまかせっきりでプレッシャーばかり彼にのしかけてくると文句を言っていた。結城理仁は直接九条悟にひとこと述べた。「俺には妻がいるんだ。仕事が終わったら家に帰って奥さんと一緒にいるべきだろう。お互いの心を通わせなくちゃな」九条悟「......」言い訳だ!明らかにただの言い訳だ!言い訳をして逃れようとしているだけだ!九条悟は再び心の中で上司に悪態をついた。結婚してからというもの、だんだんと怠惰になっている。本当に結城理仁らしくないじゃないか。結城理仁はそんな九条悟の悪態など知る由もなく、星城高校に到着し、内海唯花の店に多くの高校生たちがいるのが見えた。参考書を見ているものもいれば、文房具を選んでいる者もいた。自分にはここでは異色のオーラがあるのを考慮し、結城理仁は直接店にはいるのはやめておいた。自分が入って、生徒たちが驚き店から出て行ってしまうと内海唯花の商売の邪魔になってしまうからだ。内海唯花は彼が教頭先生よりも厳格なのに、教師にならないのはもったいないと言っていた。しばらくして、生徒たちは塾へ行く時間になり、次々と店から出て行った。結城理仁はようやく車から降りて、店の中へと入っていった。内海唯花はその時、少しごちゃごちゃしたレジを片付けているところだった。そして結城理仁が入って来るのを見て、意外そうに大股で堂々と入って来る彼を見た。この男性は本当に並外れたオーラを持っている人だとまた感心した。まるで王者のご光臨かのようだ。これでは生徒が店に彼がいるのを見て、入ろうとしないわけだ。彼は本当にオ
金城琉生も唯花の親戚たちは最先端をゆくクズ中のクズだと思っていた。面の皮が辞書よりも厚く、恥知らずだ。「唯花、さっきのあなたたちの会話は全部録音しといたからね」牧野明凛は言った。「録音はあなたに送るわ。あいつらがまたネット上でデタラメ言ったり、ありもしないことを言い出したりしたら、使うといいわ」それを聞いて内海唯花は親指を立ててグーサインを作った。彼女はあまりの怒りでこっそり録音しておくのを忘れていたのだ。「琉生、まだ仕事に行かないの?」牧野明凛はその録音を親友に送信した後、従弟がまだ店にいることに気づき、彼に仕事に行くよう催促した。金城琉生はもうすこし唯花と一緒にいたかったので、口では「実家の会社で働くんだし、少しくらい遅れたって問題ないよ」と言った。「実家の会社で働くからこそ、もっと頑張らなきゃダメなんじゃないの。きちんと会社の規則を守ってみんなのお手本にならないと、後ろ指さされることになるわよ。さあ、早く仕事に行って。もしおばさんが、あなたがまだ会社に来ないことを知ったら、雷が落ちるわよ」金城琉生は金城家の長男の息子という立場で、彼女のおばとおじの金城琉生に対する期待はかなりのもので、彼が金城家の後継者になることを期待しているのだ。内海唯花も「琉生くん、早く仕事に行ったほうがいいわよ。これ以上ここにいたら、あっという間に退勤時間になっちゃう」と言った。金城琉生はもたもたしていたが、結局は車の鍵を取り出して外へと向かって歩いて行った。そして内海唯花に念を押した。「唯花姉さん、絶対にご馳走してくださいよね」「分かってるよ。お姉さんがあなたとの約束を破ったことがある?」金城琉生はしぶしぶ店を離れた。金城琉生が去ってから、店の中はいつも通り静かになった。牧野明凛はまた小説を読み始め、内海唯花のほうはハンドメイドを始めた。正午近くになって、忙しい時間帯になるので彼女は道具を直した。同時刻の結城グループにて。社長オフィスで仕事の話を終えた後、九条悟が何げなく言った。「結城社長、今連絡が来て、奥さんの親族たちが十数人、何台もの車ですごい勢いで彼女のお店に押し寄せてきたみたいだぞ」それを聞くと、結城理仁の瞳が少し揺れたが、相変わらず無表情で頭すら上げずに淡々と言った。「内海唯花は自立した人間だ。彼女のほう