第13話

「どこへ行くつもりだ。薬を塗って」

「ごめんなさい、私はお医者さんじゃないし、そうする義務もないわ」茉莉は冷たく拒絶した。

翼はさらに不満を募らせた。さっきまであんなに心配してくれていたのに、急に態度が変わるなんてありえないだろう。

「義務がないって？この傷は誰のせいで負ったものか、よく考えろ」

茉莉は言いかけた。「あなたが意地を張って車にぶつけなければ、怪我なんてしなかったでしょう」

だが、翼は全ての責任を彼女に追及し、茉莉はもう彼と言い争う気にはなれなかった。

薬を塗るくらい、すぐに終わることだ。

高橋が薬箱を持ってきたので、茉莉は眉をしかめつつ、綿棒とアルコールを手に取った。

「私はこれで失礼します。何かあったらお呼びください」

高橋が出て行き、茉莉は翼の傷の手当てを始めた。

彼の傷はそれほど深刻ではないものの、いくつかの場所では皮膚がむき出しになり、血もかなり流れていた。

アルコールを塗ると、翼は眉をしかめたが、声は出さなかった。

茉莉は少し優しく手当てを続けた。

「終わったわ」

茉莉は片付けをしようと立ち上がった。

「額にも傷があるぞ」翼は茉莉の雑な扱いに不満そうだ。

以前なら、彼が爪を少し割っただけでも彼女は大騒ぎしたものだが、今日はこんなに怪我をしているのに、彼女は気づきもしなかった。

茉莉は翼の額を見ると、こめかみの近くに小さな傷があることに気づいた。おそらく、飛び散ったガラスの破片によるものだろう。すでに血のかさぶたができていた。

彼女は無言で彼の手当てを続けた。

翼はソファに座っており、茉莉は彼の傷口を処置するために横に立っていた。

彼女は彼に非常に近く、細い腰を少し曲げている。彼女の髪のいくつかの束が翼の顔に触れ、彼女特有の香りが翼の鼻腔に漂ってきた。

翼は突然、少し暑く感じたので、いくつかのボタンを外した。

「動かないで」茉莉は彼の頭を軽く押さえた。

温かい小さな手が彼の額に触れると、翼は喉が乾いたように感じた。

彼は目を上げ、注意をそらそうとした。

しかし、目に入ってきたのは、真剣に手当てをしている茉莉の顔だった。

その瞬間、彼女の肌は透き通るように白く、細かいうぶ毛まで見えるほどだ。

小さな鼻、ぷっくりした艶やかな唇。

翼は不思議と、彼女の唇をかみたくなった。

その衝動に任せて、彼は茉莉の首を引き寄せた。

茉莉は不意を突かれ、彼の唇に近づいてしまったが、顔を横に向けて、彼女の頬が彼の唇に触れた。

滑らかで柔らかい感触と彼女の香りが同時に彼を襲い、翼は思わず彼女をさらに引き寄せた。

「何してるの」茉莉は抵抗し、怒りに満ちた目で彼を睨んだ。

翼は冷静さを取り戻し、冷たい表情で言った。「薬を塗ってただけだ。お前が俺を誘惑しようとしたんじゃないのか？」

「バカじゃない」

茉莉は綿棒を放り投げ、怒って階段を駆け上がった。

彼女の腰が揺れるのを見て、翼は以前彼女が転びかけた時に彼が彼女を支えた時の柔らかさを思い出した。

指先を揉みながら、彼は再び喉の渇きを感じ、キッチンへ行って冷たい水を一杯飲んだ。

一方、茉莉は寝室に倒れ込み、失望と後悔の気持ちが心に広がっていた。

翼への執着を捨てると決めたはずなのに、彼が怪我をしたと聞いて、なぜこんなにも動揺してしまったのだろう。

彼はますます、彼女の離婚の話を真剣に受け取っていないだろう。

......

翌日、翼は会社に行かず、茉莉も彼を避けて一日を過ごした。

三日目の朝、茉莉は目を覚まし、自分の行動に対して突然心の整理がついた。

彼女は確かに、翼から離れることを決意したが、感情というものは簡単に切り離せるものではない。

8年間も愛してきたのだから、習慣がすぐに変わらないものだ。

彼女は成長し、これをいつか乗り越えていくのだ。もっとおとなしく成長できるはずだ。

飛び降りた時の怪我もほとんど治ったので、今日は母方の祖父に会いに行こう。

茉莉はTシャツとジーンズに着替えた。

翼の妻としての立場を考慮して、彼女は長い間、こんなにカジュアルな服装をしていなかった。

階下に降りると、翼はまだ会社に行っておらず、リビングには不意の訪問者がいた。桃だ。

桃は精巧なスーツを着ており、顔には控えめなメイクを施し、ソファで翼と楽しそうに話していた。

「茉莉、起きたね」

彼女が階段を下りる音を聞き、桃は自然な態度で挨拶をし、まるで自分がこの家の主人であるかのような親しげな口調だった。

翼も彼女を見上げた。

腕の怪我がまだ治りきっていないせいか、彼の顔は普段よりも疲れそうに見えた。

いつもなら、彼女を見た瞬間に不機嫌な顔をするのに対して、今日は少し長めに視線を彼女に留めていた。

茉莉は彼を無視し、桃に軽く微笑んだ。「おはよう、どうしてここに？」