「課長、改めて、ご結婚おめでとうございま〜す!」「ありがとう、みんな」「では、課長の結婚を祝って〜」「「「「かんぱーい!!!!」」」」 俺はビールの入ったジョッキを、社員たちと交わした。 今日は会社の社員たちと飲み会をしようと誘われた。 久しぶりの社員たちの飲み会なのだが、結婚祝いまで用意してくれて、本当にいい後輩たちを持ったなーと思った。 いい社員たちに、俺は本当に恵まれている。「課長、これ、わたしたちから課長と奥様に結婚祝いのプレゼントです」「え、いいのか? 悪いな」 飲み会の日、部下から結婚祝いというものをもらった。「ぜひ受け取ってください。奥様にも喜んでもらえるといいんですけど……」「嬉しいよ。妻もきっと喜ぶよ」「よかったです。 よかったら、開けてみてください」「ありがとう。じゃあ、早速開けさせてもらうよ」「はい!」 結婚祝いだと渡されたその紙袋の中には、ペアのグラスとペアの茶碗が入っていた。 しかもそのグラスには、俺たちの名前のイニシャルが刻印されていた。「うわ、すごいな。イニシャル入ってるのか? 凝ってるな」「奥様と色違いのお茶碗ですよ。夫婦仲良く使ってください」「ありがとう。嬉しいよ。これは妻も喜ぶよ」 色違いの茶碗とペアのグラスは嬉しいな。二人で使うことにする。「よかったです。本当にご結婚、おめでとうございます」「ありがとう。ようやくって感じだけどな」 35歳で結婚か。まさかこの歳で結婚するなんて思ってはなかったが……。「でも、奥様はとても可愛らしい方ですよね? 本当に素敵な方ですよね」「ありがとう。……まあ妻はまだ21だし、年の差もあるけど、結婚出来てよかったとは思ってるよ」 本当に妻が実来で良かったとつくづく思う。「課長みたいな一途な男性に愛されてる奥様、羨ましいですね」「そうか……?」 俺の方が実来に愛されていると感じる瞬間は、多々ある気がする。「そうですよ。 わたしにも早く現れてほしいです、運命の人」「そのうちきっと、いい相手が現れるさ。上原の元にも」「ありがとうございます。素敵な旦那様が現れることを期待して待ってます」「ははは。いい報告、期待してるよ」「出来るように頑張りまーす」 部下の上原も結婚には憧れがあるようで、素敵な人と出会えることを祈っている
「京介、大丈夫? はい。お水持ってきたよ」「あ、ありがとう。……心配かけてすまないな」 飲み会があった日の夜、京介は珍しく飲みすぎてしまったようで、頭が痛いと言っていた。「ううん。飲み会だったんだから、仕方ないよ。 頭痛薬、ここに置いとくね」 わたしはベッドで横になる京介のそばにお水と頭痛薬を置いた。「ありがとう。……実来は、優しいなほんと」「何言ってるの。普通だよ」 京介から二日酔いになったので来てほしいとLINEが来たのは、次の日のお昼だった。 返信をしたが既読がつなかったため、心配はしていたのだけど、結構辛そうだった。「お水もっと飲む?」「……いや、大丈夫だ」 本当に大丈夫かな。結構辛そうなんだけど……。こんなに弱っている京介を見たのは初めてだ。 こんなに弱っている京介を見るのも、悪くない気がしたのは、京介には内緒にしておこう。「あまりムリしないでね」「ああ……実来、ありがとう」「うん。 何か食べれそう?」「……うーん、どうかな」 二日酔いに良さそうなものがあれば、作ってあげようかなと思い聞いてみたが、あまり食べられなそうな感じだな。「じゃあ早く良くなるように、玉ねぎのお味噌汁作るね。 玉ねぎのお味噌汁は、二日酔いにいいらしいから。……キッチン、借りるね」「……ああ、ありがとう」「できるまで寝てていいからね。出来たら起こすから」「ああ、すまない」 わたしは大きなお腹を抱えながら立ち上がると、早速キッチンに立って、玉ねぎのお味噌汁と冷蔵庫の中に入っていた卵でだし巻き卵などを作った。 簡単な料理でも、美味しく作れると嬉しいものだ。 お皿に卵焼きを盛り付け、ご飯とお味噌汁を用意して、テーブルに並べた。「京介、出来たけど……食べられそう?」「ああ、ありがとう。 食べるよ、せっかく作ってくれたんだし」「ムリしなくていいよ」 と言ったけど、京介は「いや、食べたい」と言ってベッドから起き上がった。 「お、美味そうだな」「どうぞ、召し上がれ」「いただきます」 京介は、味噌汁と卵焼きを一口食べると、美味しいと言ってくれた。「うん、美味い。……美味いよ、実来」「良かった」 京介は「味噌汁が身体に染み渡るな」とホッとしたような顔をしていた。 「美味い、本当に。ちょうどいい味付けだよ」「またい
「ん……」 二回目に目を覚ましたのは、夜だった。「今何時だ……?」 ベッドのそばにある時計に目をやると、時間は十九時を過ぎていた。「もうこんな時間か……」 あの後寝たおかげか、頭痛はすっかり落ち着いていた。 寝室を出てリビングに行くと、実来はもう部屋にいなかった。「さすがに帰ったか」 ふとテーブルに視線を向けると、置き手紙がテーブルに置いてあった。「ん……? 手紙?」【京介へ夕飯にリクエストのハンバーグを作ったので、冷蔵庫に入ってるよ。よかったら温めて食べてね。実来】「実来……ありがとう」 玉ねぎのお味噌汁のおかげで、二日酔いも良くなった気がしたし、頭も少しスッキリしている気がするので、実来の作ってくれた夕飯を食べることにした。 メモの通り冷蔵庫を開けると、ラップに包んであったハンバーグが顔を出した。 とても美味しそうな、ハンバーグだ。 しかも付け合わせにブロッコリーやほうれん草のソテーまで乗っていて、彩りも良かった。「こんなに……」 すごいな、実来。栄養のバランスまでしっかりと考えられている。 実来が俺の妻で、本当に良かったなと思う。 ハンバーグをレンジで温めてお茶碗にご飯を盛り、味噌汁をコンロで温めて準備をし「いただきます」と手を合わせた。 熱々のハンバーグを食べると、ジューシーでボリュームもあって、とても美味しかった。 「……美味いな」 手作りのソースもまた、濃厚で美味しかった。 ハンバーグによく合う味付けだった。 「ごちそうさまでした」 あまりの美味しさに、あっという間に完食してしまった。 実来の愛情がたくさんこもった、美味しい料理だった。 【実来、ハンバーグすごく美味しかったよ。ありがとう】 食べ終わったあと、実来にLINEを送信した。 結婚したとはいえ、まだ一緒に住んではいないので早く一緒に住みたい。 こんなに美味しい料理をまだ一緒に食べられないなんて、本当に残念だ。【本当?良かった。 さっきハンバーグ食べたいって言ってたから、作っちゃった。】【本当に美味かったよ。 実来の料理のおかけで、元気が出たよ】【それはよかった】 実来の料理を毎日食べれる時が来るのが、待ち遠しいな……。 俺の大好きで愛おしい妻。「やばいな……もう会いたくなったな」 そのくらい俺は、実来に恋い焦
「今日は、赤ちゃんすごく動くね」「うん。男の子だから、元気いっぱいだよ」「もう少しで産まれるんだもんね」「うん。もう、楽しみ。 だけど少しだけ、不安かな」 今日は親友の彩花とまたお茶会の日だ。 京介と先月結婚したと言うのに、まだ新居には住めていないので、しばらくはまだ実家で暮らしている。 そしてわたしは、もう間もなく臨月を迎えようとしていた。 出産までの道のりはとても遠くて、毎日とても大変だ。 それでもわたしは母として、妻として、一生懸命頑張ると決めている。 左手の薬に光る結婚指輪が、わたしの結婚したという証なのだから。 子供が産まれたらきっと、何かと大変だと思うけど、協力して頑張っていきたい。 産まれてくる我が子のために。「赤ちゃん、どんな子になるんだろうね」「ね、確かに。どんな子になるんだろ?」 「きっと実来に似て、可愛い子になるんじゃない?」「そうかな? そうだと嬉しいけどね」 でも京介に似た子なら、きっとハンサムな子になるだろうな〜。「そうだよ。実来に似て、きっと可愛い子になるわよ」「うふふ。楽しみだな」 「赤ちゃん産まれたら、写真送ってね」 わたしは「うん、もちろん。たくさん送るね」と返事をする。「約束よ」「もちろん」 彩花はわたしにメニューを見ながら「実来、パンケーキ食べない?」と聞いてくる。「パンケーキ?」「ここのお店のパンケーキ、めちゃめちゃ美味しいんだよ、ふわっふわで」「ふわっふわ? えっ、それは気になるなぁ。食べたい」「じゃあ一つ頼んで、二人で分けっ子しようよ」「いいね。そうしよっか」 わたしたちは一番人気のホイップバターパンケーキを注文して、二人で分け合って食べた。「ん、ほんとだ。美味しいね」「ね、美味しいでしょ?」「うん、美味しい。確かにふわふわしてる」 厚みもあってふわふわなのに軽くて食べやすい。「ここのお店、インスタとかでも有名なんだよ」「そうなの?」「そうそう。今度、テレビにも出るみたいなんだけどね」「そうなんだ〜。いいお店に来たね」「そうでしょ?」「うん、ほんとに美味しい。止まらない」 二人であっという間にパンケーキを食してしまう。「今度はチョコバナナのパンケーキ食べない?」「いいよ〜。 せっかくだし、赤ちゃん産まれたらまた来たいな」「そうしよ
「京介、ハッピーバレンタイン」「お、そっか。今日はバレンタインか」「うん。 だから、はい。バレンタインチョコ」「いいのか? ありがとう」 今日はバレンタインデーだ。 その日の夜、仕事から帰ってきた京介と夕食を食べた後にバレンタインチョコを手渡した。「実来からもらう初めてのバレンタインチョコか。……すごい嬉しいな」「バレンタインだから、一生懸命手作りしたの。 美味しいかは、分からないんだけどね」 でも一生懸命作ったから、喜んでもらえて嬉しい。こんなに喜んでもらえたのなら、作った甲斐がある。「ありがとう、実来。嬉しいよ、すごく」 今日は京介と迎える、初めてのバレンタインデーだから。 手作りチョコを京介に渡したくて、前の日の夜に、一生懸命手作りした。 元気に動く赤ちゃんと共に、わたしはドキドキとワクワクを募らせながら……。 大好きな京介のことを想いながら、生チョコレートと、チョコレートプリンを手作りした。 初めて京介のために手作りしたバレンタインチョコだから、いい思い出になることを夢見て、わたしは今日、この日を迎えた。「美味そうだな。……食べてもいいか?」「うん。食べてみて」「じゃあ早速……いただきます」 京介はまず、チョコレートプリンを一口食べていく。「うん、美味い。 甘さちょうどいいな」「本当に? 良かった」「ああ、大人の味って感じがする。……すごく美味いよ」 良かった。美味しいって言ってもらえることが一番嬉しいことだ。「うん、生チョコも美味い。 ちょっとほろ苦いこの感じがたまらないな。これも大人の味だ」 「そうかな? でもお口に合って、本当によかった」 生チョコは正直自信がなかったから、上手く出来て良かった。「本当に美味しいよ。 実来の愛情がたくさん詰まってて、実来の愛が伝わってくるよ」「嬉しいな。ありがとう、京介。……そう言ってもらえて、本当に嬉しい」「こちらこそありがとう、実来。 今までの人生のバレンタインの中で、最高の思い出に残るくらいのバレンタインになったよ」「それは嬉しいな」 京介は「ヤバイな。美味くて止まらなくなるよ」と言ってくれている。「嬉しい。 美味しそうに食べてくれるから、わたしも嬉しいよ」「実来、本当にありがとうな。……来月のホワイトデー、楽しみにしといてくれ」 京介がそう言っ
バレンタインデーが過ぎ、ニ月も後半に差し掛かろうとしている。 わたしもいつでも新居に引っ越せるように、少しずつ準備を始めた。 お母さんともこれから離れて暮さないといけなくなるし、本当に寂しくなる。 だけどそんなに遠い訳ではないし、いつでも遊びにいけるから、そこはよかったなって思う。 今の家は駅からは歩いて十五分くらいだし、乗り換えも一回で済むから、けっこうアクセスも便利だ。 快速があるから、行くにも少し早くなるから、それはそれでありがたい。 お母さんは寂しくなるだろうな……。「お母さん、寂しくなった時は遊びに来るね」「ええ、いつでも遊びに来なさい。赤ちゃんの面倒だって見てあげるわ」「それは心強いよ。ありがとう」「初めての子育ては、大変なことばかりだからね」 「そうだよね。本当に色々と大変そう」 わたしにちゃんと、お母さんが出来るのかな? 不安な思いを抱えていると、お母さんが「でも大丈夫。赤ちゃんを育てていくうちに、アンタも自然とお母さんになっていくから」と言ってくれた。「え?」「新米ママはママ一年目でしょ? 赤ちゃんと一緒で、ママになって初めて一緒に成長していくのよ」 ママ一年目か……。確かにそうだよね。「そうだよね」「そうよ。だから分からないこととか、悩んだ時は何でも相談しなさい。 後はストレスフリーが一番だから、迷ったり辛くなったらストレスを吐き出すことね」「うん。ありがとう、お母さん」「アンタがママになって、どんな風に子供を育てていくのか、お母さんは今から楽しみだわ」「やめてよー。プレッシャーになるから」 そんなお母さんも楽しみが勝っているのか「うふふ。楽しみね」と微笑んでいる。「アンタみたいにおっちょこちょいにならないといいけどね。 アンタに似たら、ちょっとドジになるでしょ?」「ええ、ひどい〜。そんなことないのに」「旦那さんに似たら、少し違うかもね」 た、確かに京介に似たらしっかりしていそう。「お母さんはアンタに似ないか、ちょっと心配だわ」「……似ないことを、祈るしかないね」「そうね?祈っておきましょうかね」 まあなんだかんだで、産まれてくる子には元気がいて欲しいから。 ちょっとおっちょこちょいでも、元気が一番だから。 元気に育ってくれることを願う。 京介に似て落ち着いた子だったら、いいん
「お母さん、後少しだけど、よろしくね」 「はいはい。今のうちに存分、甘えておきなさい」「はーい。 じゃあお母さん、お腹空いたからご飯食べたい」「アンタって子は……よし。ご飯にしよっか。お箸持っててくれる?」「うん」 お箸をテーブルに並べて、お味噌汁の入ったお椀を並べた。 お母さんのご飯を食べられるのも、後少しなんだよね……。なんか、寂しくなるな。 恋しくなる、母の味。 わたしの母の味は、なんだろうな。 やっぱり肉じゃがと、甘い卵焼きかな。「さ、食べましょう」「「いただきます」」 お母さんと一緒に夕飯を食べるのも残り少なくなって、なんだかんだで寂しい気持ちになる。 お母さん、これから一人で寂しくないかな……?「ん、美味しい。これだよ、これ。やっぱりお母さんの肉じゃが、本当に美味しい」「ならよかった。アンタは昔から甘めが好きだもんね」「うん。お母さんの作る肉じゃが、お袋の味って感じだもん」「そっか。お袋の味か……」「うん。後ね、甘い卵焼きも」 お母さんの作る甘い卵焼きはとにかく大好き。高校の時のお弁当にも、毎日甘い卵焼きは入っていたし。 甘い卵焼きは大好きだから、食べるとほころぶ気がする。「卵焼きはいつもお砂糖たっぷり入れてるからね」「そう。その甘いヤツが極上に美味しいんだよね」「それはよかった。遊びに来たら、また作ってあげるわね」「やった。嬉しい〜。子供にも食べさせてあげたいな」「食べさせてあげなさい。 実来の料理が、いつかお袋の味になるようにね」 わたしのお袋の味か……。いつかそうなったらいいなって思う。「そうだね、頑張ろう。 料理もっと上手くなりたいから、お袋の味ってヤツを作ってみてもいいかもなあ」「頑張りなさい。母は強し、よ」「うん」 母は強し……か。 確かによくそれを聞く。 お母さんいわく、母になると精神的にも強くなるらしい。 さすがお母さん、尊敬する。「ねぇ、お母さん」「ん?」「肉じゃがとご飯、おかわりしていい?」「いいわよ。いっぱい食べるわね」「だって、美味しいんだもん」「食べすぎてあんまり太り過ぎないように、気を付けなさいよ」「うん。気を付ける」 その後はご飯をしっかりと食べた後に、お風呂に入った。 お風呂から上がると、京介からLINEが来ていた。【実来、ご飯食べたか?
「……ふうっ」 お腹がかなり大きくなっていたわたしは、立ち上がったりするのが大変で、産まれるまでようやく後少しという所まできた。 妊婦生活も臨月に差し掛かり、もういつ産まれてもおかしくない状況になっていた。 身体が重いし、歩くのも大変だ。 だけど、お腹の子が元気に動くのを感じて、早く産まれてきてほしいという思いが強くなっているのは、確かだった。 この子と、産まれてくる赤ちゃんに早く会いたいという気持ちが、以前よりも強くなっていき、早く対面したいと思ってる。 わたしが母親になって初めて気付いた、愛情という感情。 そして産まれてくる子に対する、この奇跡という名の宝物。 二人でたくさんその奇跡を共有したい。「もう少しだな、産まれるまで」「うん」 京介も優しく微笑みながら、元気に動くお腹の子を眺めている。「……実来」「ん?」「出産、頑張ろうな」 京介が何かと助けれてくれるから、わたしは頑張られる気がする。「うん、頑張るね」「本当に、実来のために何も出来ないのが申し訳ないくらいなんだけどな」「そんなことないよ。……不安な時に、こうやってそばにいてくれるだけで、それだけでわたしはもう安心するんだよ」 わたしがそう話したら、京介は「そうか……?」とわたしを見る。「うん。正直、今すごく不安だし。……だけど、京介がいてくれるだけで、その不安が少し和らぐからとても頼りになるよ??」「そっか。 ならよかった」「ありがとう、京介。 出産までもう少しだから、頑張るからね」「ああ、大丈夫だ。……俺がそばにいるからな」「……うん、ありがとう」 微笑むわたしに京介は優しく手を握ってくれて、寒いからとコートを掛けてくれる。「ありがとう、京介」「今日は一段と冷える。……身体に障るといけないから、中に入ろうか」「うん」 京介の家にはもうほとんど何もなくなっていた。 ベッドと冷蔵庫がぽつんと置いてあるだけで、とても殺風景になっていた。「……いよいよ明後日には、引越しだな。ここともお別れだ」「そうだね。なんだか、寂しくなるね」 もうここに来ることもなくなるのか……。と思うとなんだか寂しくなる気がする。「そうだな。 まあ今度は実来と子供と三人で暮らせるようになるし、楽しみもあるけどな」「うん、そうだね。 わたしたち、三人で暮らす新しい家だも
「木葉ー、準備出来た?」「うん! まま、できたっ!」「よし、じゃあ保育園行こっか」 木葉が産まれてから、早くも三年が経った。あんなに小さかった木葉も、今でも言葉も話せるようになり、日々子供の成長というのを実感している。 木葉も保育園ではお友達も出来たみたいで、今は保育園に行くのが楽しいみたいだ。 毎日保育園に行くことをとても楽しみにしている。 母としてはそれはとても嬉しいことで、木葉にお友達が出来ることもそうだし、毎日少しずつ出来ることが増えていくことも親としてはやっぱり嬉しい。 京介とも日々そんな話をしているのだけど、京介は木葉のことが本当に好きみたいで、毎日仕事から帰ると木葉の元へ歩み寄っている。「出発進行!」「おー!」 木葉を自転車の後ろに乗せ、保育園まで送り届けている私の毎日の日課は、ここから始まる。 京介のが家を出るのが早いので、私は毎日木葉を保育園まで送ってから家のことをやっている。「よしよし、起きしちゃったか〜」 木葉が産まれてから一年後には、第二子である女の子を出産し【うらら】と名づけた。 ひらがなでうららが可愛いなって言うのと、産まれたのが春ということもあり、うららと名づけたのだけど、木葉もうららのことに興味があるみたいだ。 ちゃんとお兄ちゃんをしてくれるか心配ではあるけど、きっと木葉なら大丈夫だろうと思う。 京介も家族が増えることを喜んでくれていたので、うららが産まれた時も泣いて喜んでくれた。「うらら、ミルク飲もうか」 うららにミルクを飲ませるためにソファに座る。「飲んでる飲んでる」 うららがミルクを飲んでる姿もとても可愛くて、ついうっとりしてしまう。「うらら、もうお腹いっぱいかな?」 ミルクを飲み終えたうららの背中を優しく叩きゲップを出す。「よく出来ましたね、うらら」 二人目は女の子なのが何よりわたしは嬉しい。 うららが産まれてからは、我が家はもっと楽しくなったし、もっと素
✱ ✱ ✱「京介、ご飯出来たよ」 「ああ、ありがとう実来」「うん。温かいうちに、食べよう」「ああ、そうだな」「「いただきます」」 新しい新居に住み始めてから、およそ半年が経ったけど、わたしたちは仲良く子育てにバタバタしながら過ごしている。 わたしたちの子供は二人で名前を決めて、【木葉(このは)】と命名した。 植物の生命力のように力強く成長してほしいと願って、木葉と名付けた。 木葉はとても元気で、よく笑う子で、笑った顔がとても可愛い子だ。 自分たちの子がこんなにも可愛くて愛おしいだなんて、産まれてからもっと気づいた。 木葉はパパが大好きで、結構京介に懐いてる感じがする。 本当に可愛くて、愛おしい木葉。 二人で木葉を育てていくのってとても大変だし、分からないことばかりで戸惑うことばかりだ。 それでも毎日が幸せで、わたしも京介も、毎日笑顔が耐えない。 木葉を見ているだけで癒やされて、そして木葉と一緒にパパとママとして成長している。 それってわたしたちにとって、とても特別なことであり、かけがえのないものであることに間違いはない。「木葉にも、ミルクあげないとね」「そうだな。俺がやろうか?」「ううん、大丈夫。わたしがやるから」「そうか? じゃあ俺は食器を洗うよ」 京介はわたしが木葉に付きっきりになっていると、食器洗いやお風呂掃除などを率先してやってくれるから、わたしも助かっている。「ありがとう、京介。助かる」「気にしなくていいって」 木葉にミルクをあげながら「京介って、明日も朝早いんだよね?」と問いかけると、京介は「ああ。明日は朝一で会議がある」と答える。「分かった。 じゃあ明日はお弁当、用意しておくね」「ああ、ありがとう」「卵焼きは、いつもの甘くないヤツでいいよね?」「ああ」 京介と一緒に住み始めてから、京介のために毎日お弁当を作るようになったわたし。 愛妻弁当という訳ではないけど、京介は仕事大変で毎日遅くまで頑張ってくれているから、栄養のバランスを考えて作るようにしている。 卵焼きはいつも甘くないヤツで、お出汁を使った出汁巻き卵にしている。 甘いのがあまり好きじゃないみたいだから、飽きないように工夫をしているつもりではあるけれど、それでも毎日美味しいって食べてくれるから、
京介の言葉を借りるなら、わたしも京介の喜ぶ顔がもっと見たいし、京介のいろんな顔をこれからも見たいと思ってる。「これからもどうぞ、よろしくな。 父親として未塾な俺だけど、子育て一緒に頑張ろうな」「うん。こちらこそ、よろしくね」 京介とこうして過ごす日々は、これからもっと愛おしくなる。そんな日々を毎日、きっと宝物になる。「俺、実来に頼りっぱなしになってしまうかもしれないけど、俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」「うん、ありがとう」「俺は実来のことをずっと支えていきたいし、ずっとそばで守っていきたい。もちろん、子供のことも守っていくよ。……俺たちは、三人で家族だからな」 そう、わたしたちは家族だ。 これから家族として、みんなで明るい未来を作っていくと約束したんだ。 京介、これからもわたしはあなたの妻でいたい。妻として、母親として、しっかり頑張るからね。「わたしも京介のそばで、ずっと支えていきたいと思ってるよ。……この子と三人で、幸せな家族になろうね」「……ああ」 こうしてわたしたちの、新たな家族としての生活がスタートした。 夫婦であり、子供の親でもあるわたしたちだけど。今日からはこの新しい新居で、新しい場所で、家族として生活していくんだ。 どんな困難なことでも、どんなに大変なことでも、夫婦二人なら乗り越えていけそうな気がした。 わたしたちは数ある人たちの中から出会って、結婚して、子供が出来て……。この特別な出会いに、本当に感謝している。 この出会いがまさにほんの一瞬だったとしても、出会うべくして出会った二人なんじゃないかって、勝手に思っている。 京介も同じ気持ちなら、嬉しいな。 わたし、毎日が本当に幸せで、今が一番幸せでよかったと思ってる。 その気持ちはこれからだって変わらないし、変わることなんてない。 京介とだから、こんなにも幸せなんだと思っている。「……ねえ、京介」「ん?」「わたしと出会ってくれて、ありがとう。わたしと結婚してくれて、ありがとう。 わたしを愛してくれて、ありがとう。 わたしと家族になってくれて、ありがとう」「……実来」「京介と出会って、わたしはいつも楽しいことばかりだよ。……これからもきっと、楽しいの予感しかしないよ」「……本当だな。 家族が一人増えたし、楽しいことたくさんしていこう。思い出を作
「先生、ありがとうございました」「何かあったら、また来てくださいね」 「はい。ありがとうございます」「では、お大事に」「お世話になりました」 出産を終えてから数日後、わたしと赤ちゃんは無事に退院することが出来た。 赤ちゃんも健康で何事もなかったから、本当によかった。「さ、帰ろうか。新しい我が家へ」「うん。帰ろう。新しい我が家へ」 赤ちゃんと一緒に後ろのシート乗り込むと、京介の運転で新しい新居へと帰った。 楽しみだな、新しい新居での暮らしがこれから始まっていく。 赤ちゃんが産まれて、これから新しい生活が始まるんだな……。ワクワクもするし、ドキドキもするし、でも不安もあるけれど。 だからこそ、この一瞬の瞬間や時間を、家族三人で共有していきたいと思う。 子供を初めてチャイルドシートに乗せた時、なんだかとても緊張してドキドキした。 産まれて間もない子供だけれど、わたしたちの大切な宝物だ。 大切な大切な、家族と言う名の存在。 これからしっかりと、この子を自分たちの手で育てていきたい。 こうして産まれてきてくれた、わたしたちの宝物に感謝したい。「さ、出発しようか」「うん。お願いします、パパ」「パパか。……そうだよな、俺はパパなんだよな」「うん。そうだよパパ」 子供にとって、父親は京介一人だけだ。 わたしにとって京介は旦那さんで、そして大切な家族だ。 とても愛おしい存在なんだ。「なんかまだ、パパって呼ばれるの慣れないな」「そのうち慣れるよ」 これからの三人での生活は、きっとドタバタ続きで大変だろうけど、なんとか頑張っていこう。 新米ママと、新米パパとしてね。 赤ちゃんにとって、わたしたちは親なのだから。 そして車を走らせること四五分ほどで、わたしたちの新しい新居に到着した。 わたしはしばらく入院していたこともあり、実際の中はまだ写真などでしか見ていなかったから、どんな風になっているのか、とても楽しみだった。 ここで暮らせるなんて、なんだかまだ夢のようだけど……。 チャイルドシートから子供を降ろして、抱っこして家の中へと向かう。 階段もあるけど、エレベーターで行けるのでスイスイだ。 しかも子供がいる家庭にとっては、こういうのは便利すぎてすごい。 良く出来てるなって感じがする。 さすが新築マンションだな。 セキュリ
もうダメ……。本当に痛くて、子宮が取れそうな感覚になってしまう。 なぜか一緒に涙も出てきてしまったし。「森嶋さーん、赤ちゃんの頭がまだ出てきてないから、指示出したらその通りにやってみてくれるかな」「は、はいっ……」 赤ちゃんの頭もまだ出て来てないの!? こんなに痛いのに……。わたし、こんな弱気で頑張れるのかな……。「森嶋さん、息を吸ってから吐いてみてくれる?」「は、はいっ」 言われた通りに、息を吸って吐いてを何回かやってみた。「OK、いいよ。 森嶋さん、次いきんでくから息を吐きながらいきんでみてくれるかな」「えっ、はっ、いたたっ……!」 いたたたた……! やばい、めちゃめちゃ痛いっ! 言われた通りにいきんでくと、力が入るからかなり子宮が圧迫されたような感じがして、とても痛かった。 もはやこれは我慢できないほどの痛みだった。 ああ、早く赤ちゃん出てきて……。痛みに一生懸命耐えながら、そんなことばかりを考えていた。「森嶋さん、もう一回いきんでー!」「はいいいっ……!」 思いっきり力を振り絞りながら、いきんでいく。「ふんんんっ……!!」 やばい、痛いし身体が限界を迎えそうだ。 おでこや身体全体に汗をたくさんかきながら、本当に必死だった。 途中からはもう、何だかもうよく分からなくて、ただただ赤ちゃんが出てきてくれることだけを祈っていた。「森嶋さん、まだいきまないでね〜」 「っ……はあ、はあ……っ」 もう苦しい……。無理かも……。「森嶋さん、赤ちゃんの頭が見えてきたよー! はーい、もう一回いきんでみて!」「ふんんんんっ……!!」 でも赤ちゃんの頭が見えてきたって言葉を聞いて、少しだけ嬉しくなった。 もう少しで、もうちょっとで赤ちゃんと会えるんだ……。「実来!頑張れー!!」 一生懸命いきんでいく中で、やっと京介の姿が見えたけど、不安そうな顔でこっちを見ていた。 でも……きっと大丈夫。京介が応援してくれてるし、ここで見守ってくれているんだから。 「森嶋さん、旦那さんが到着されましたよー! よかったですね!」「っ、は、はいっ……!」「実来、もう少しだ!頑張れっ!」「う、うんっ……!」 京介の声が聞こえてくる度に気持ちが高まるし、元気がもらえる。「森嶋さーん、赤ちゃんの頭出てきたよー!もう少しだから、この
「っ……いたたたっ……!」 え、なんかお腹痛い……! なにこれ! それから数日後、その日はお天気が良かったので外の中庭を歩いていた。 その時、急にお腹にドッと痛みを感じた。 あまりにも痛みが強くて、わたしはその場にしゃがみ込んでしまった。「森嶋さん、大丈夫ですかっ!?」 そこへ通りすがった先生がわたしの元へ駆け寄る。「お、お腹が、痛くてっ……!」 痛みでまともに話すことも出来ない。 きっとこれは、陣痛かもしれない。「森嶋さん、ちょっとお腹触りますね」 先生がわたしのお腹に触れると「森嶋さん、すぐに病室に移動しましょう。子宮口が少し開いてるかもしれません」とわたしに告げた。「先生、い、痛いです……!」「大丈夫ですよ、森嶋さん。一緒に頑張りましょうね」「は、はいっ……!」 それは今までに感じたことのないような痛みで、どうしようもなくて、思わず泣きそうになってしまった。 車イスを用意されて病室に移動すると、超音波検査などを行った。 そして先生は、子宮口を確認していく。「森嶋さん、子宮口がもうちょっとで開きそうだから、もう少しだけ我慢してね」「ううー……まだ、ですか?」「後もう少しだから、もうちょっとだけ待ちましょうね」 それからもう少しだけ、子宮口が開くのを痛みに耐えながら待っていた。「はぁ……はぁ……痛いよお」 先生まだかな……。 いつまで待てばいいのかは分からないけど、子宮口が開かないと赤ちゃんが出て来られないとのことだったので、陣痛を促す薬を投与してもらい、完全に開くまで待つことになった。 でも開くのもいつになるのかわからないので、途方に暮れそうだった。「せ、先生……?」 それからどのくらい経ったかは分からないけれど、痛みに耐えながら待っていたら、先生が来てくれたのでようやくかなと思った。「森嶋さん、子宮口確認するね」「は、はいっ……」 陣痛って、こんなにも痛いのか……。本当にすごく痛い。 生理痛の何倍も痛いから、何度も泣きそうになってしまった。 だけどここまで来たら後少しだから、と自分に言い聞かせた。「森嶋さん、良かったね!ようやく子宮口開いたよ。 よし、出産準備に入るからちょっと待っててね」「は、はいっ……!」 良かった……。ようやく開いたみたいで、産む準備に入れるそうだ。「森嶋さん、旦那さ
「おねえちゃんは、いつあかちゃんうまれるの〜?」 わたしのそぱに来た紗奈ちゃんという女の子は、わたしのお腹に目を向けている。「こら、紗奈!お姉ちゃんの邪魔しちゃダメでしょ?……すみません、うちの子が」 紗奈ちゃんのお母さんは、わたしの元へとゆっくり歩いてくる。「いえ。 紗奈ちゃん、お姉ちゃんもね、もう少しで赤ちゃんが産まれるんだよ」 「さなも、あかちゃんたのしみなんだぁ! おねえちゃんも、あかちゃんがんばってね〜」 紗奈ちゃんに応援してもらったおかげで、なんだか気持ちが明るくなった気がしたわたしは、紗奈ちゃんに「ありがとう、紗奈ちゃん」と紗奈ちゃんの頭を撫でた。「紗奈、こっちに来なさい! パパにジュース買ってもらいな」「うんっ!パパのとこいく〜」 紗奈ちゃんはパパのところへ行こうと走り出す。「こら!走っちゃダメよ、紗奈!」「パパ〜!」「紗奈! もう、紗奈ったら……。騒がしくて、すみません」「いえ。 可愛いですね、紗奈ちゃん。おいくつですか?」「四歳です。女の子なんですけど、とにかく活発で困るんですよ〜」「そうなんですか? でもすごく可愛いですよね」 紗奈ちゃんを見ていると子供ってやっぱりいいなって思う。 これがわたしの理想の家族像かもしれない。「ありがとうございます。 出産は初めて?」「はい。 なので、本当に不安だらけで……」「初めてはそうだよね。 うちももう三人目だけど、やっぱり毎回不安になりますよ」 そうなんだ……。三人目でも不安になるんだな。「三人目ですか? すごいですね。男の子ですか?女の子ですか?」「うちは全員、女の子なのよ。 男の子一人くらい欲しいかったんだけどね」「女の子だと、可愛いですよね。 可愛い服とか、いっぱい着させられそうですし……」 いつかは子供と一緒にリンクコーデみたいな感じにするのが、夢ではある。 そうなったらいいな。「でも女の子も女の子で、大変ですよ? 騒がしくて、言うこと聞かないのよ〜」「え、そうなんですね?」「でもやっぱり、子供は可愛いですよね。やんちゃで大変だけど、それでもやっぱり可愛いのよね〜」 そう言われたので、わたしも「だってすごく、幸せそうですもん」と思わず口にしてしまう。「そうですかね?」「はい。もう楽しそうな家族だっていうのが、目に見えて分かります」
「……ふうっ」 お腹がかなり大きくなっていたわたしは、立ち上がったりするのが大変で、産まれるまでようやく後少しという所まできた。 妊婦生活も臨月に差し掛かり、もういつ産まれてもおかしくない状況になっていた。 身体が重いし、歩くのも大変だ。 だけど、お腹の子が元気に動くのを感じて、早く産まれてきてほしいという思いが強くなっているのは、確かだった。 この子と、産まれてくる赤ちゃんに早く会いたいという気持ちが、以前よりも強くなっていき、早く対面したいと思ってる。 わたしが母親になって初めて気付いた、愛情という感情。 そして産まれてくる子に対する、この奇跡という名の宝物。 二人でたくさんその奇跡を共有したい。「もう少しだな、産まれるまで」「うん」 京介も優しく微笑みながら、元気に動くお腹の子を眺めている。「……実来」「ん?」「出産、頑張ろうな」 京介が何かと助けれてくれるから、わたしは頑張られる気がする。「うん、頑張るね」「本当に、実来のために何も出来ないのが申し訳ないくらいなんだけどな」「そんなことないよ。……不安な時に、こうやってそばにいてくれるだけで、それだけでわたしはもう安心するんだよ」 わたしがそう話したら、京介は「そうか……?」とわたしを見る。「うん。正直、今すごく不安だし。……だけど、京介がいてくれるだけで、その不安が少し和らぐからとても頼りになるよ??」「そっか。 ならよかった」「ありがとう、京介。 出産までもう少しだから、頑張るからね」「ああ、大丈夫だ。……俺がそばにいるからな」「……うん、ありがとう」 微笑むわたしに京介は優しく手を握ってくれて、寒いからとコートを掛けてくれる。「ありがとう、京介」「今日は一段と冷える。……身体に障るといけないから、中に入ろうか」「うん」 京介の家にはもうほとんど何もなくなっていた。 ベッドと冷蔵庫がぽつんと置いてあるだけで、とても殺風景になっていた。「……いよいよ明後日には、引越しだな。ここともお別れだ」「そうだね。なんだか、寂しくなるね」 もうここに来ることもなくなるのか……。と思うとなんだか寂しくなる気がする。「そうだな。 まあ今度は実来と子供と三人で暮らせるようになるし、楽しみもあるけどな」「うん、そうだね。 わたしたち、三人で暮らす新しい家だも
「お母さん、後少しだけど、よろしくね」 「はいはい。今のうちに存分、甘えておきなさい」「はーい。 じゃあお母さん、お腹空いたからご飯食べたい」「アンタって子は……よし。ご飯にしよっか。お箸持っててくれる?」「うん」 お箸をテーブルに並べて、お味噌汁の入ったお椀を並べた。 お母さんのご飯を食べられるのも、後少しなんだよね……。なんか、寂しくなるな。 恋しくなる、母の味。 わたしの母の味は、なんだろうな。 やっぱり肉じゃがと、甘い卵焼きかな。「さ、食べましょう」「「いただきます」」 お母さんと一緒に夕飯を食べるのも残り少なくなって、なんだかんだで寂しい気持ちになる。 お母さん、これから一人で寂しくないかな……?「ん、美味しい。これだよ、これ。やっぱりお母さんの肉じゃが、本当に美味しい」「ならよかった。アンタは昔から甘めが好きだもんね」「うん。お母さんの作る肉じゃが、お袋の味って感じだもん」「そっか。お袋の味か……」「うん。後ね、甘い卵焼きも」 お母さんの作る甘い卵焼きはとにかく大好き。高校の時のお弁当にも、毎日甘い卵焼きは入っていたし。 甘い卵焼きは大好きだから、食べるとほころぶ気がする。「卵焼きはいつもお砂糖たっぷり入れてるからね」「そう。その甘いヤツが極上に美味しいんだよね」「それはよかった。遊びに来たら、また作ってあげるわね」「やった。嬉しい〜。子供にも食べさせてあげたいな」「食べさせてあげなさい。 実来の料理が、いつかお袋の味になるようにね」 わたしのお袋の味か……。いつかそうなったらいいなって思う。「そうだね、頑張ろう。 料理もっと上手くなりたいから、お袋の味ってヤツを作ってみてもいいかもなあ」「頑張りなさい。母は強し、よ」「うん」 母は強し……か。 確かによくそれを聞く。 お母さんいわく、母になると精神的にも強くなるらしい。 さすがお母さん、尊敬する。「ねぇ、お母さん」「ん?」「肉じゃがとご飯、おかわりしていい?」「いいわよ。いっぱい食べるわね」「だって、美味しいんだもん」「食べすぎてあんまり太り過ぎないように、気を付けなさいよ」「うん。気を付ける」 その後はご飯をしっかりと食べた後に、お風呂に入った。 お風呂から上がると、京介からLINEが来ていた。【実来、ご飯食べたか?