穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。
【同日 夜/自室】
(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)
しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。
(私は何をしたらいいの?)
部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。
(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)
ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。
(もしかして……)
穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。
*
【夢の中】
教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。
(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)
長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。
『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』
「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」
『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』
冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。
「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
ベッドの中で心地好い眠りについていた穂香(ほのか)は、聞きなれた電子音で目が覚めた。朝6時にセットしていたスマートフォンのアラームが鳴っている。(学校に行きたくない……)そんなことを思いながら、枕元に置いていたスマホを手探りで探す。高校二年生になったばかりの穂香は、一年生のときに仲が良かった友達全員とクラスが離れてしまった。別にイジメにあっているわけではない。だけど、仲がいい友達がクラスにいないことがつらい。「はぁ……」穂香のため息は、鳴り続ける電子音にかき消された。アラームを止めたいけど、スマホが見つからない。「あれ?」スマホを探すために、穂香はベッドから起き上がった。すると、部屋の隅にメガネをかけた見知らぬ男子高校生が佇んでいることに気がつく。(あっ、これは夢だ)普通なら悲鳴を上げるところだけど、男子高校生の髪と瞳が鮮やかな緑色だったので、穂香はすぐに夢だと気がついた。穂香を見つめる男子高校生は顔がとても整っていて、まるでマンガやゲームのキャラクターのように見える。「起きましたね。アラームは消しますよ」そんなことを言いながら男子高校生は、穂香のスマホのアラームを慣れた手つきで止めた。「穂香さん、おはようございます」「え? どうして、私の名前を?」と、言いつつ『そういえば、これは夢だった』と思い出す。夢なら知らない人が穂香の名前を知っていても不思議ではない。「えっと……どちらさまですか?」おそるおそる尋ねると、男子高校生はニッコリ微笑んだ。「嫌だなぁ、寝ぼけているんですか? 私はあなたの幼なじみのレンですよ。毎朝、穂香さんを起こしに来ているでしょう?」「幼なじみ? レン?」穂香には、レンという名前の知り合いはいなかった。そもそも幼なじみと呼べるような関係の人すらいない。(なるほど、これはそういう設定の夢なのね。夢だったら、いないはずの幼なじみがいても問題ないか)穂香は、初対面の幼なじみに遠慮がちに話しかけた。「えっと……。とりあえず、あなたのことは、レンさんって呼んだらいいですか?」「レンさんだなんて! いつも私のことはレンと呼んでいるじゃないですか」「あっ、そうなんですね」「穂香さん。いつものようにもっと気軽に話してください」(そんなことを言われても……)穂香はその『いつも』を知らない。「でも、レン
そこには誰もいないのに、確かに母の声がする。「穂香(ほのか)。早く朝ご飯、食べちゃって」扉が閉まると、母の声は聞こえなくなった。穂香には、何が起こっているのか理解できない。「……え? 今の、何?」呆然としている穂香に、レンは「あなたのお母さんが来たんですよ」と伝える。「でも、お母さん、いなかったよ⁉ 声はしたけど、いなかった!」そんなことあるはずないのに、そうとしか言えない。レンは「ああ」と言いながら小さく頷いた。「おばさんは、メインキャラではなくモブキャラですからね。立ち絵がないんですよ」「モブキャラ!? 立ち絵? 何を言ってるの?」動揺する穂香を、レンは不思議そうに見つめている。「モブキャラは、重要じゃない登場人物のことです。ほら、マンガやゲームでは通行人に顔が描かれていないことがあるでしょう?」「それとお母さんの姿が見えないことになんの関係が……って、あっ! これは夢だった」穂香は、ホッと胸をなでおろした。レンは、そんな穂香の肩にそっと手をおく。「夢ではありませんよ。これは現実です」「は?」穂香に向けられた緑色の瞳は、どこまでも真剣でふざけているようには見えない。「初めまして。恋愛ゲームの世界に閉じ込められてしまった主人公の白川穂香さん。私はあなたの幼なじみ兼お助けキャラ役の高橋レンです。この世界から脱出するために、協力しましょう」「……」穂香には、レンが何を言っているのかさっぱり分からなかった。ニッコリと微笑むレンを無視して、穂香はこのおかしな夢から覚めるためにもう一度ベッドにもぐりこむ。すぐに眠りへと落ちていく。まどろみの中で、聞きなれた電子音が聞こえた。「……変な夢、見た……」穂香がベッドから起き上がると、ベッドの側に立っている緑髪の男子高校生が、慣れた手つきで穂香のスマホを操作してアラームを止める。そして、さっき聞いた言葉を繰り返した。「初めまして。恋愛ゲームの世界に閉じ込められてしまった主人公の白川穂香さん。私はあなたの幼なじみ兼お助けキャラ役の高橋レンです。この世界から脱出するために、協力しましょう」「いやいやいや! 私に幼なじみはいませんからっ! どうして夢から覚めないの!?」レンはあきれたようにため息をつく。「穂香さん、主人公が『起きない』という選択肢は、この世界には設定されていない
確かに穂香(ほのか)は、ベッドから下りた。それなのに、いつの間にか、通学路を歩いている。「えっ!?」それはまるで、家からここまで瞬間移動でもしたようだった。しかも、穂香はいつも着ている制服ではない別の制服を着ていた。その制服は、隣を歩くレンとよく似たデザインで、レンのズボンと穂香のスカートは同じチェック柄だ。二人で並んで歩いていると、こういう制服の高校に通っている生徒に見える。しかし、穂香が通っている学校は、こんな制服ではない。不思議なことに穂香には、朝ご飯を食べた記憶も、着替えた記憶も、ここまで歩いてきた記憶もあった。「ど、どういうこと!?」レンは「日常パートをダラダラと流したら、ゲームプレイヤーが飽きてしまうので自動でカットされる仕様になっています」とニコニコ笑顔で教えてくれる。「自動カット!?」「重要な場面では、選択肢も出てきますよ。こんな風に」レンの言葉で、穂香の目の前に透明なパネルが二枚浮かび上がった。パネルにはそれぞれ【はい】と【いいえ】が書かれている。「本当にゲームの世界みたい……」「みたいではなく、ここはゲームの世界なんですよ」穂香が「恋愛ゲーム、だったっけ?」と確認すると、レンはコクリと頷いた。「穂香さんは、恋愛ゲームはご存じですか? 乙女ゲームとも呼ばれることがありますが」「それって、いろんなイケメンと恋愛を楽しむゲームだよね? くわしくないけど、広告で見たことはある」「そうそう、それです。あなたは、そのイケメン達を攻略して恋愛を楽しむゲームの中に、閉じ込められています」レンは、不安そうな表情を浮かべながら「ここまでは、大丈夫ですか?」と穂香に尋ねた。「う、うん。ようするに、この夢では、私は恋愛ゲームの世界に紛れ込んでしまっていて、ここから脱出するためにレンと協力しないとダメってことだよね?」「夢ではないんですけど……。まぁ、もう夢でいいか」レンは、キリッとした表情をこちらに向ける。「そうなのです。この恋愛ゲームの世界から脱出するために、これから一緒に頑張りましょう!」「何を頑張ればいいのか分からないけど……もし、脱出できなかったら私はどうなるの? まさか、死んでしまう、とか?」「いいえ。脱出できるまでやり直しをさせられるだけです。ついさっき、私があなたのスマホのアラームを止めるシーンを二回繰り返し
この世界から脱出できなければ、同じ日を繰り返す。(ゲームなら問題ないけど、それが現実に起こったらおかしくなってしまいそう……)この世界は夢だと分かっていても、目が覚めるまで穂香はここにいないといけない。(だったら、レンと協力したほうがいい)穂香(ほのか)は隣を歩くレンを見上げた。「これから何をすればいいの?」「この恋愛ゲームの世界から脱出する方法は、たったひとつです」レンは人差し指をたてる。「主人公である穂香さんが、イケメンから告白されること」「……えっと、ふざけてる?」戸惑う穂香に、レンは「まさか!」と大げさに驚いて見せた。「穂香さん、よく考えてみてください。この世界は恋愛ゲームなんですよ? 恋愛ゲームは何をするゲームですか?」「それは……恋愛だね」「そうです。だから、この世界はイケメンと恋愛するための場所なんですよ。イケメンと無事に恋人関係になったらゲームクリアです」「もしかして、ゲームをクリアしたら、この世界から脱出できるってこと?」「そうです!」ニコニコ笑顔のレンを見て、穂香は申し訳ない気持ちになった。「脱出方法は分かったけど、私には無理そう」「どうしてですか?」どうしてと言われても、穂香はこれまで告白したこともなければ、されたこともない。もちろん、付き合ったこともない。「だって私、美人じゃないし……」「恋愛ゲームの主人公が美人とは限りませんよ」「そうかもしれないけど……」今の穂香は恋人より、クラスに仲のいい友達がほしかった。友達がいなくて困っているのに、恋人のことなんて考えられない。穂香が黙り込んでいると、レンは穂香が不安になっていると思ったようだ。「大丈夫ですよ! あなたには、幼なじみ兼お助けキャラの私がついているのでご安心ください」レンは、自信たっぷりに右手を自分の胸に当てる。「あなたがイケメンから告白されるように、私が全力でサポートします」そういうレンの顔は、ものすごく整っている。(自分もイケメンなのに……)穂香はいいことを思いついた。「私じゃなくてレンが可愛い女の子に告白されるのを目指したほうがいいんじゃない? そのほうが早いと思う」穂香はとてもいいアイディアだと思ったのに、レンに「そういうゲームではないので」ときっぱり断られてしまう。「この世界の主人公は、穂香さん。あなたなのです
慌てる穂香を無視して、レンは「右手をご覧ください」と、まるでバスガイドさんのように案内を始めた。レンの言葉と同時に、通学路を歩いていたはずなのに、風景が見慣れた学校前に切り替わる。「また急に場面が!?」と驚く穂香に、レンは「そういう仕様です。慣れてください」と淡々と返した。学校は、穂香が通っている学校だった。「制服が違うから、てっきり別の学校に通うのかと思っていたけど、さすがは夢。そこらへんは適当なんだね」穂香の独り言を聞いたレンは「まぁ、そういうことにしておいてください」と笑っている。学校前は、ざわざわして大勢の人がいそうな気配がするのに、穂香の目には一人の金髪男子しか見えない。「留学生?」「いいえ、あれは生徒会長ですね」レンの言葉に、穂香は首をかしげた。「でも、この学校の生徒会長は、黒髪の日本人だよ? 何回か遠目で見たことあるから」「ああ、それについては、恋愛相手が一目で分かるように、髪の色と目の色が変わっています。ゲームのキャラクターっぽいでしょう? 生徒会長は金髪金目ですね」「それは確かにキャラクターっぽい……って、生徒会長が恋愛する相手なの!?」レンは「はい、そうです。彼、イケメンでしょう?」とニコニコしている。「確かにイケメンだけど……。生徒会長って私より先輩だし、そもそも一度も話したことないよ!?」「まぁまぁ、とりあえず近づいてみましょう、ね?」穂香は、レンに背中を押されて無理やり生徒会長の側に連れて行かれた。すると、姿はないのに複数の女子生徒の声が聞こえてくる。「生徒会長、おはようございますぅ!」「きゃー! 今日もカッコいいー!」「こっち向いてー!」穂香の目には、生徒会長が一人で困った顔をしながらフラフラしているようにしか見えない。穂香は、小声でレンに尋ねた。「生徒会長、一人で何しているの?」「どうやら女子生徒に囲まれて前に進めないようですね」「女子生徒なんてどこにもいないけど!?」レンは「ですから、モブキャラに立ち絵はないんですって」と教えてくれる。「あっそうか、私のお母さんも見えなかったもんね……変な世界」「受け入れてください」「うん、まぁもう受け入れつつあるよ。それで、こんな大人気な生徒会長に、何をどうしたら私が告白されるわけ? そんなの絶対に無理……」レンは「まぁまぁ、そう悲観せず。他
校内にチャイムが鳴り響くと、また風景が切り替わった。いつの間にか日が暮れて、教室がオレンジ色に染まっている。放課後の教室で、穂香はレンと二人きりになっていた。「本当に変な世界だね。朝の教室から放課後まで時間が飛んだのに、授業を受けた記憶があるし、授業内容も覚えているなんて……」ため息をつく穂香に、レンは微笑みかける。「そのうち慣れますよ。で、誰と恋愛するか決めましたか?」「いや、普通に考えて全員無理でしょ」「やる前からそんなことを言ってはいけません。決めないという選択肢はないんですからね?」口調は穏やかだが、レンから『早く決めろ』という強めの圧を感じる。「でも……」「私がサポートしますから」「いや、だって……」穂香はレンに両肩をつかまれた。レンの口元は笑っているが、瞳は少しも笑っていない。「穂香さん、これからずっとこの世界を彷徨い続けるつもりですか? 何回も何回も何回も同じ朝を繰り返し続けると?」「ご、ごめんなさい!」つい謝ってしまうくらいの迫力がレンにはあった。あまりに必死なレンを見て、穂香はふと気がつく。「あっもしかして、レンも私と一緒で、この世界に閉じ込められている、とか?」「まぁ、そのような感じです」「そうだったんだ。だから、ずっと『協力して脱出しましょう』って言ってたんだね」どうしてレンが協力してくれるのか?どうしてそんなに必死なのか?その理由が穂香は、やっと分かった。(ずっとこんなおかしな世界にいるなんて嫌だよね。自分のためにも、レンのためにも誰かと恋愛しないと……)穂香は、おそるおそる尋ねる。「念のために確認するけど、恋愛するのは一人だけでいいんだよね?」レンは「当たり前です」と眉間にシワを寄せる。「良かった……全員と恋愛しないとダメとかじゃなくて」「ご安心ください。誰か一人から告白されると、この世界から脱出できます。失敗しても一日目の朝に戻されるだけなので、告白されるまで何回でもチャレンジできますよ」「そっか、分かった。じゃあ、いきなり恋愛相手を決めるのは無理だから、皆と少しずつ仲良くなれるように努力するのはどう?」レンは「ふむ」と言いながら考えるような仕草をする。「なるほど。まずはお友達からということですね?」「そうそう、だって私、さっき紹介された3人の誰とも、お友達ですらないからね?
次の日の朝、穂香が目を覚ますと目の前に文字が浮かんでいた。【10月5日(火)朝/自室】「うわっ!? 何これ?」「穂香さん、おはようございます」当たり前のように部屋にいるレンにも同じように穂香は「うわっ!?」と驚いてしまう。「どうかしましたか?」「あ、えっと、日付が目の前に浮かんでいるから、驚いちゃって……」「ああ、それですか。急に風景が変わってややこしいので、そういうのがあったほうが便利でしょう?」「そうだけど……。あの、レンはどうして私の部屋にいるの?」穂香の質問にレンは首をかしげる。「幼なじみが毎朝、起こしにくるのは、あるあるでは?」「そんなあるあるはないよ。もう起こしに来なくていいから」今さらだが、レンに寝顔やパジャマ姿を見られるのが恥ずかしくなってきた。穂香がベッドから下りるとまた風景が変わり、目の前に【同日の朝/教室】の文字が浮かぶ。穂香は、いつの間にか朝ご飯を食べて、身なりを整え、制服に着替えた状態で教室にいた。「まだ驚いちゃうけど、この瞬間移動みたいなの便利だね」「そうでしょう?」レンはなぜか自分が褒められたように嬉しそうだ。「あっ、穂香さん。恋愛相手の一人、穴織くんが登校してきましたよ! 仲良くなるチャンスです!」「え? あ、う、うん!」覚悟を決めた穂香は「穴織くん、おはよう」と挨拶をした。すぐに穴織は爽やかな笑みを浮かべる。「白川さん、おはよーって、あれ? 今日は早いな? 白川さんがおるってことは……」と言いながら、穴織はニッと笑って白い歯を見せた。「やっぱり、レンレンもおるやん! 自分ら、ほんとに仲ええなぁ」レンは「そんなことはないですよ」と口元だけで笑っている。ニコリともしていない緑色の瞳は、穂香に向けられていて『ほら、もっと話せ!』と無言で訴えていた。(レンからの圧が、圧が強い!)穂香が必死に会話を探しているうちに、穴織は他の生徒に呼ばれて行ってしまった。「穂香さん」と、背後からレンに名前を呼ばれた穂香は、思わず「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。怒られそうとおびえながら振り返ると、レンは小さなメモ帳を手に持ちめくっている。「とりあえず穴織くんと挨拶はできましたね。彼は、毎朝これくらいの時間に登校しているので、私たちも明日からこの時間に登校しましょう」「えっと」穂香が戸惑っていると「どうかしま
【同日 昼休み/体育館裏】穂香(ほのか)は目の前に浮かぶ文字を見つめた。(午前中の授業を全部飛ばして、もうお昼休みになってる……)ガヤガヤと騒がしい教室とは違い、体育館裏は静かだった。レンは、また小さなメモ帳をめくっている。「ここにいるはずなのですが」「誰を探しているの?」穂香の質問を聞いたレンは、呆れたようにため息をついた。「あなたの恋愛相手に決まっているでしょう? そもそも、穂香さんは今、恋愛ゲームのメインキャラ以外は見えないようになっているんですよ」「あっ、そうでした」しかも、恋愛相手の髪と目の色が赤、黄、青とカラフルになっていて分かりやすい。ふと、穂香の視界の隅に黄色が見えた。体育館裏の角に誰かいる。穂香は小声でレンに耳打ちした。「レンが捜しているのって、もしかして金髪の生徒会長?」「はい、そうです」だったら、さっき見えた黄色は生徒会長の髪かもしれない。「あそこにいるみたい。挨拶に行ったほうがいいかな?」「そうですね。とりあえず、顔見知りにならないと何も始まりませんから」「えっと、じゃあ穴織くんのときみたいに、生徒会長の情報も教えてくれるの?」穂香の質問に、レンは「もちろんです」と答えた。「生徒会長は、様々な業種の経営している企業グループの跡取りですね」穂香が「それは、お金持ちってこと?」と尋ねると、レンは「はい、ものすごくお金持ちということです。今より昔の言い方ですと、財閥とか言ったりもしましたね」と教えてくれる。「財閥って……」驚く穂香に、レンは「では、頑張ってくださいね」と無責任な言葉をかけた。(何をどう頑張ったらいいのやら。仕方がないから、偶然会ったふりして挨拶だけでもしようっと)穂香が体育館裏の奥に歩いて行くと、足音で人が来たことに気がついたのか、少し見えている黄色が慌てたように揺れた。(移動されたら困るんだけど!)穂香は速足で近づき、ひょいと角を覗き込む。そこには予想通り生徒会長がいた。輝く金髪に、宝石のような黄色い瞳が穂香を見つめている。(す、すっごい美形!)レンも穴織も、どちらもとても顔が整っている。二人ともアイドルができそうなイケメンだった。でも、初めて近くで見た生徒会長は、イケメンを通り越して、もはや王子様のようだ。穂香がポカンと口を開けていると、生徒会長は手に持っていたお弁当
穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。【同日 夜/自室】(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。(私は何をしたらいいの?)部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。(もしかして……)穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。*【夢の中】教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
「穴織くん、いらっしゃい。ど、どうぞ」「……お邪魔します」脱いだ靴を綺麗にそろえるところに、穴織の育ちの良さがうかがえる。 「私の部屋は2階で……」「あの、白川さん。今、部屋の中に、レンレンがいたような気がしてんけど?」「あ、うん。ちょうど遊びに来ていて……」穴織は「白川さんの、その発言が嘘じゃないことに驚くわ」とため息をついた。「と、言うと?」「だって、白川さんは今日、学校を早退したんやで? 俺も今、抜けてきたところやし…。レンレンがここにおるの、おかしくない?」穴織に嘘はつけない。穂香は本当のことを言うしかなかった。「そのことだけどレンは、登校したら私達が校門で話していて怪しかったから、今日は学校を休んだって言っていて……」「ふーん」こちらに向けられた探るような眼差しがつらい。「わ、私の部屋はこっちだよ」部屋に案内すると、部屋の中からレンが良い笑顔で手を振った。「穴織くん、いらっしゃい」「うぉい!? 白川さんの部屋やのに、自分の部屋のごとく、めっちゃくつろいでるやん!?」穴織からのツッコミを、レンは「穂香さんとは、幼馴染ですので」の一言で片づける。穂香も「本当にレンは、ただの幼馴染で……」と伝えると、穴織に「分かっとる、分かっとるけど……幼馴染って、こんな距離感が普通なん?」ともっともな質問をされてしまった。「さ、さぁ?」
穴織は「ところで……」と咳払いをする。「さっきも聞いたけど、白川さんは見えないものが見えるだけじゃなくて、ジジィの声も聞こえてるねんな?」探るような視線を向けられた穂香は、素直に「うん」とうなずいた。「え? マジで?」サァと穴織の顔から血の気が引いていく。「俺、なんか変なこと言ってなかった?」「ううん、言ってないよ。でも、穴織くんって何者なの? 嘘が分かるっていってたよね?その『ジジィ?』さんも……」穴織が「あ、あー……」と言いながら困ったように頭をかいた。「うん、まぁ、全部は話されへんけど、話せるところは話すわ。でも、ちょっと待ってほしい。今は、この学校で起こってることを調べなアカンから……」「分かった。私は帰ったほうがいいかな?」「うん、そのほうが助かる! あとで電話するわ」明るい笑顔で手をふる穴織に、穂香が手を振り返すと風景が変わった。【同日 昼/自室】(あっ、学校から家の自室まで飛ばされてる)レンが「おかえりなさい」と微笑んだ。「穂香さん、今日は早かったですね。学校を早退してきたんですか?」「うん。今、学校でおかしなことが起こっていて。って……レンはどうしてここにいるの!?」「登校したら、校門であなたと穴織くんがバラがどうとか言っているのを聞いて、何かヤバそうだなと思い、即、帰宅しました」「……そこは、私のために『サポートしてやるか』的な流れにはならないんだね」
穴織は、穂香の腕をつかむと、人がめったに来ない非常階段の踊り場まで連れて行った。「何が目的や?」冷たい声だった。「お前……白川さんに成り代わってんのか? それとも、『白川穂香』なんていう生徒は、初めからおらんかったんか?」「え?」穂香が、戸惑いながら穴織を見つめると、サッと視線をそらされた。「ほんま、最悪や。警戒していたはずやのに、いつの間にか心を許して、友達やと思ってた……」胸ポケットからは『むしろ、それ以上の好意が芽生えそうじゃったからな。いや、もう手遅れか? 最悪の初恋じゃのう』とのんきな声がする。無言で胸ポケットを叩いた穴織は、ハッとなった。「もしかして、ジジィの声も、ずっと聞こえてんのか?」穴織は、胸ポケットから光る武器を取り出した。小さくなっていた武器は、取り出したと同時に元の大きさへと戻る。「どこからが計画や」穂香が一歩、後ずさると、穴織は一歩近づく。「どうして、俺に近づいた? 早く言わんと……」壁際まで追い詰められた穂香は、穴織から放たれる殺気のようなものに圧倒されて声すら出せない。(い、言わないと、殺される!)なんとか声を絞り出す。「……ぁ、わ、私……」穂香は、自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていることを話した。
【同日 朝/生徒会室前】(生徒会室までとばされてる)生徒会室の扉もバラの花で飾られていた。(穴織くんは、中にいるのかな?)穂香が生徒会室の扉をノックしようとすると、背後から口をふさがれ、後ろに引っ張られた。すぐに耳元で「なんで来たん! 白川さん!」と怒った声が聞こえる。「穴織くん? だって」「だってやない!」穂香が素直に「ごめんなさい」と謝ると、穴織は「あっいや、俺もごめん」と言いながら拘束を解いてくれた。「そりゃ気になるよな。ちゃんと説明できんくてごめん」どこか悲しそうな顔をしている穴織に、「ううん、私のほうこそごめん」と再び謝る。「俺な、ちょっとやらなあかんことがあって……。白川さんを巻き込みたくないねん」「……分かった」穂香は、もう一度「ごめんね」と伝えると、その場をあとにした。とたんに風景が変わる。【同日 朝/3階廊下】(学校の3階に飛ばされてる?) 3階には、3年生の先輩方のクラスがある。(どうしてこんなところに?)不思議に思って辺りを見回すと、黒髪の女子生徒がおまじないの紙を握りしめていた。(あの先輩も、おまじないをしたんだ)きっとおまじないに頼りたくなるくらい好きな人がいるのだろう。(女子生徒って久しぶりに見た気が……あれ?)恋愛相手しか見えないこの世界で、女子生徒が見えるという違和感。(見えるということは、あの先輩はモブじゃなくて、重要なキャラってことだよね? でも、恋愛相手ではないということは……)穴織は、おまじないをこの学校に広めた人物を探している。そして、穂香がその犯人候補になっていた。(私は無実だから、じゃあ、この先輩がおまじないを広めた人ってことなのかな?)そうではなかったとしても、重要な人物には変わりない。穂香は先輩に気づかれないように、そっとその場を離れて穴織の元へ向かった。まだ生徒会室前にいた穴織に駆け寄り「怪しい人を見つけたよ! 3年の先輩で」と急いで報告する。この時の穂香は、犯人らしき人を見つけた喜びで頭がいっぱいになっていた。戸惑う穴織の腕を引っ張り、先ほどの先輩がいた教室の近くへと連れていく。黒髪の先輩をこっそりと見せると、穴織の胸ポケットから『わずかだがあの娘から瘴気が溢れておる』と聞こえたので、穂香は嬉しくなった。(これで私が無実だと証明できたかな? お役に立てた
【同日 夜/自室】(学校の教室から、夜の自室までとばされてる。これは、もう早くおまじないをしろってことだよね)穂香の目の前におまじないをするかしないかの選択肢が現れたが、迷うことなく「する」を選んだ。(確か、この紙を枕の下に入れて寝るんだっけ?)枕の下におまじないの紙を入れてから、穂香はベッドに仰向けになった。これで好きな人の夢が見れるらしい。(そんな都合のいいことが……。たぶん、起こるんだろうなぁ、ここは恋愛ゲームの世界だし)目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。*【夢の中/教室】(あっ、無事に夢が見れたみたい)教室には、穂香の他にもう一人いた。(誰だろう?)真っ白な服に、同じく真っ白な帽子をかぶっている(軍服のような、着物のような……)白い軍帽の下では、長い赤髪が風に揺れていた。切れ長の赤い瞳に冷たい横顔。それは、確かに見覚えがあった。「もしかして、穴織くん?」穂香の問いかけに反応して、こちらをふり返った人は、確かに穴織の顔をしている。しかし、その顔からは表情が抜け落ちていた。「えっ? 穴織くん、だよね?」うつろだった赤い瞳の焦点が、徐々に定まり「……白川さん?」と呟いたとたんに、いつもの穴織の顔になる。「どうして、白川さん
【同日 昼休み/教室】(朝の教室から、お昼休みの教室に飛ばされてる)穂香が教室内を見回すと、穴織が分かりやすく悩んでいた。いつもニコニコしている顔から笑顔が消えるだけで、だいぶ雰囲気が変わる。少し伏せられた瞳は切れ長で、その横顔は冷たそうだ。(さすが元無表情クールキャラって感じ)「穴織くん、難しい顔してどうしたの?」穂香の声で我に返った穴織は、すぐにいつもの笑みを浮かべた。「あ、白川さん……ちょうど、良かった……」ちょうど良かったと言うわりには、綺麗な赤い瞳が泳いでいる。穴織の制服の胸ポケットが淡く光り、話す武器の声が聞こえてきた。『涼(りょう)、何をためらっておる?』そのとたんに、穴織は胸ポケットを手で押さえる。(教室で急におじいさんの声が聞こえても、騒ぎになってないってことは、この声、普通の人には聞こえていないんだね)「白川さん。文化祭のことで話があるねんけど、ちょっといいかな?」穴織に手招きされ、穂香は一緒に廊下に出た。「白川さん、これ知ってる?」穴織が持っている紙は、たった今、穂香がレンからもらったおまじないの紙と同じだった。「あっそれ、女子の間で流行っている、おまじないに使う紙だよね?」「そう! 白川さんって……これやったことある?」「ううん、ないよ」穴織の胸
真っ赤な顔の穴織は、「白川さん。ちょっとそこで待っててくれる?」と言いながら、通路の角に駆けていった。しばらくすると、穂香の耳元に穴織の声が聞こえてくる。(え? この距離で声が聞こえるっておかしくない?)もしかすると、恋愛ゲームをうまく進められるように、ひそひそ話が聞こえるようになっているのかもしれない。穂香は、心の中で『穴織くん、立ち聞きしてごめん!』と謝った。「ジジィ、おいジジィ!」『朝からうるさいのぉ』穴織が『ジジィ』と呼んでいるのは、話す武器だ。「なんかおかしいねん! 俺、白川さんに魅了されてないか?」『はぁ? 穴織家の血を受け継ぐ者に、魅了術なんか効くわけあるまい』「そ、そうやんな……でもっ」『なにを小娘一人に動揺しておる? 前の学び舎には、もっと綺麗な娘がたくさんいたであろう?』「いや、あいつらは論外やで。急にケンカをふっかけてくるし、俺が勝ったら穴織家の血が優秀やから、俺との子どもが欲しいとか、めっちゃ気持ち悪いこと言ってくるし!」会話の流れでなんとなく穂香は、穴織が前の学校で美少女ハーレム状態だったことを察した。(穴織くん、モテモテだったんだ。でも、相手にしていなかったみたい。それって恋愛に興味がないってことだよね? そんな人とどうしたら恋愛できるの?)穂香の不安をよそに、会話は続いている。『その綺麗どころを片っ端から無視して、顔色一つ変えずに淡々と任務だけをこなし、冷徹機械人形と呼ばれていたお前が、今さら何をあせっておるのだ?』「そ、そうやねん! 今まで他人なんか気にしたことなかったし、今回も潜入のために『普通の学生』を調べて演じてただけやねんけど……。演じているうちに、普通の生活の楽しさに目覚めてしまったというか……」少し間を空けて、穴織の真剣な声が聞こえた。「白川さんと話してたら、俺、本当に普通の人になれたみたいで、なんかめっちゃドキドキする……」『まだまだ青いのぉ。浮かれて気をぬくでないぞ。あの小娘の正体は、まだ分かっていないんじゃからな』「そうやけど……いや、そうやな」穴織の言葉を聞きながら、穂香は『なるほどね』と納得した。(穴織くんは、今まで特殊な環境で生きてきたから『普通』に強く憧れているんだね。だから、ものすごく普通な私に、こんなにも好意的なんだ)よくできた愛され設定だと、穂香は感心する
風景が変わり、穂香の目の前に日付が現れる。【10月7日(木)朝/自宅玄関】「うわ!? 騒いでいる間に、次の日になっちゃってる!」 慌ててレンの姿を探しても見当たらない。「嘘でしょ!? 私を穴織くんと2人っきりで登校させる気なの⁉」昨晩『ようやく恋愛ゲームになってきました』と喜んでいたレンならやりかねない。穂香がおそるおそる玄関の扉を開けると、家の門付近に赤い髪の青年が見えた。(う、うわ……穴織くん、本当にいるよ)穂香がどうしたものかと悩んでいたら、こちらに気がついた穴織が人懐っこい笑みを浮かべて片手を上げた。「白川さん。おはよー!」「う、うん。おはよう……」穴織の爽やかさに圧倒されながらも、穂香はなんとか挨拶を返す。「じゃあ、行こうか!」そう言って穂香の隣を歩き始めた穴織は、本気で一緒に登校する気のようだ。【同日 朝/通学路】「……えっと。穴織くん、急に一緒に登校しようって、どうしたの?」穂香が思い切って尋ねると「え? 迷惑やった?」と逆に聞かれてしまう。「いや、迷惑ではないけど……」「じゃあ、いいやん! あ、レンレンとは、いつもどこで合流するん?」穂香は、穴織をまじまじと見つめた。「どしたん?」大きく息を吐きながら、穂香は胸をなで下ろす。「そっか……。穴織くんは、3人で登校するつもりだったんだね……」「え?」「おかしいと思ってたんだよ」いくら『敵かも?』と疑われているとしても、いきなり2人きりで登校しようなんて攻めすぎている。(私とレンと穴織くんで登校するつもりだったから、あんなに強引だったんだ)穂香が「今日は、レンいないよ」と伝えると、穴織は「え? なんで?」と驚いている。「私が、穴織くんに誘われたってレンに言ったから、レンが勘違いして気を利かせてくれたんじゃない?」「気を利かせるって?」「その、デ、デート的な? 2人きりで登校したいって勘違いしたってことだね、たぶん?」誤魔化しながら伝えると、穴織の顔がカァと赤くなった。「あ、ちがっ!」「大丈夫、大丈夫。私は勘違いしていないし、ちゃんと分かっているから」「そ、そうなん? でも、レンレンは勘違いしてんねんな? なんか、ごめんっ!」「別にいいよ」 穴織は、申し訳なさそうな顔をしている。「だって、自分ら、めっちゃ仲良いやん? 俺が邪魔してレンレ