僕らは今小屋の前にいる。
ログハウスというのか、木で自作したであろう小さな家だ。
庭も整備されていてちょっとした家庭菜園もやっているらしい。
「クロウリーはここに住んでいるんだ。あっと、カナタ。ボクより前に行ったら駄目だよ?」
クロウリーというお爺さんは来客に対してまず魔法が発動されるよう罠を仕掛けているらしい。
僕が先に行くと対処できず大怪我を負うそうだ。
アレンさんが一歩庭に足を踏み入れた瞬間、庭の至る所から石でできたいくつものトゲが襲いかかった。
「ほらね?」
障壁のお陰でアレンさんは無傷だったが、あれが僕だったらと思うと背筋が凍る思いだ。
「ほんと悪趣味な罠ね」
フェリスさんも肩をすくめやれやれと呆れているようだった。
「下手したら死人が出ません?」
「今の所は出てないらしいのよ。まあここまで到達できるような実力があればこの程度大した罠でもないしね」
言われてみればそれもそうか。
ここに来ているって事はプリズムゴーレムを倒してきてるんだもんな。
「……あ、出てきた」
アカリが小さく呟くと共にお爺さんが家から出てきた。
いるならさっさと出てきてくれたらいいのに。
「なんじゃ!騒々しいのう!?」
「やぁ、久しぶりだねクロウリー」
「なぬ!?お前は……アレン、か?生きておったのか!」
クロウリーさんはアレンさんを一目見て駆け寄ってきた。
お爺さんの見た目で全力疾走はインパクトが強すぎて怖いな。
「少し話したい事があってね。それと紹介したい人もいる」
「ほう?そこの禁忌を犯した青年の事か?」
クロウリーさんは僕をチ
「それで、こんな所まで足を運んだ理由を聞かせてもらおうかの」僕らは辛うじて座る事のできた長椅子に腰かけるとアレンさんが本題に入った。「神域について教えて欲しいんだ」「何じゃと?」突然神域という単語が出てきたからかクロウリーさんは怪訝な顔を浮かべていた。「どうしてまた神域の事が知りたくなった。あそこは名称に違わず神の領域じゃぞ?」「実は彼なんだけどさ――」アレンさんは僕の素性や神域に行かなければならない理由を説明した。クロウリーさんは僕が別世界から来た人間だと分かると興味深そうに視線を向けてくる。それはもうジットリとだ。上から下までジックリ見ると何か納得できる部分があったのか小さく何度も頷く。「なるほどのぉ、世界樹か。確かに神域にはそれらしきものはあったぞ」「やっぱり行った事があるのかい」「そりゃあ興味深いじゃろう。神域などと言われている場所なら未知の魔法があるのではないかと思っての。ただ、儂は許可を得ず神域に足を踏み入れたせいでえらい目に合ったわい」どうやら話を聞くと、神域は神族の許可を得ていなければ問答無用で攻撃されるらしい。本来なら結界に阻まれて簡単には入れないそうだが、クロウリーさんは強引にこじ開けたとの事。そりゃあ神族も怒るよ。土足で入っているのと同じなんだから。「神族に許可を取れば神域をうろつける。ただのぉ、その神族とやらがどこにおるか分からんのじゃ」「クロウリーの魔法でも無理なのかい?」「探知魔法の事か?あれでも無理じゃった。恐らく帝国内にもおるはずなんじゃがのう」各国に数人の神族が隠れているそうで、その人達を探すところからしなければならないようだ。「うーん、神族か……誰か彼らを探せるような心当たりはないかい?」「あったら儂が先に会いに行っとるわい」まあそうだよね。わざわざ危険を冒してまで強引に神域へと立ち入るような真似はしないだろうし。「ソフィアは心当たりあるかい?」
魔導王と呼ばれるクロウリーさんが仲間になった。いや、こんな言い方すると失礼か。異世界でのイベントはついゲームのような感覚に陥る。「では神族を探すということじゃな。うーむ、一つだけ方法はあるといえばある」「あるんじゃないか。それを教えてくれよ」「いや、隠しているわけではない。ただのぉ、正攻法とは言いずらいのでな」正攻法でなくともそれしか方法がないのなら、それに頼るしかないのではないだろうか。「あるにはあるんじゃが……」「何をもったいぶってるのよクロ爺さん」「クロ爺さん!?何じゃその呼び方は!」フェリスさんもイライラしてきたのか若干本性が出かかっている。爆発しないでくれと願うばかりだ。「……まあよい。それでその方法なんじゃがな」まだ勿体ぶる。ちょっとしつこくて僕までイライラしてきた。「強引に結界を突破するんじゃ」「いやそれ自分がやってえらい目に合ったって言ってたじゃないか」「まあ最後まで聞けアレン。当然結界を突破すれば神族が現れる。そこでお前さんの出番じゃ」そう言いながらクロウリーさんは僕を見た。え?僕何も出来ないんですけど。「別世界の話をするといい。神族とて別世界に渡る術をもたんのじゃ。だから別世界の話なら興味を持つ」「な、なるほど……?」「でもそれってリスクが大きいじゃないの。クロウリー、もっと安全な方法を導き出しなさい」ソフィアさんも無茶を言う。この方法しかないって言ってたのに捻り出せとはなかなかの鬼だ。「もちろん儂が全力で守ろう。まあその必要はないと思うがのぉ」「どうしてそう言い切れる
「おお、久しいなオルランド。儂が来てやったぞ」「お、お、お前は……クロウリー!?」オルランド皇帝はとても驚いていて、今にも膝から崩れ落ちそうだった。それにしてもクロウリーさん、皇帝陛下相手に馴れ馴れしいな。アレンさんのように王の名を持つ冒険者はみんな皇帝陛下に馴れ馴れしいのだろうか。「まあ貴殿には用はない」「ならどうして謁見の間に飛んできたんだ!」それはそう。今のはクロウリーさんが悪い。オルランド皇帝に僕は同意見だ。「あー済まないねオルランド。まさかここに転移するとは思ってなかったよ」「む、アレンか。そもそもどうしてここに転移してきたのだ?」「話せば長くなるけど、簡潔に言うと神域に行くためさ」アレンさんは掻い摘んで話した。いや、掻い摘みすぎてオルランド皇帝が口を開けて呆けているよ。「し、神域!?待て待て待て!そんな大事な話を適当に流すな!」「でも話すと長くなるからさ」「長くなっても構わんわ!頼むから話してくれ、神域が絡むとなると国として体裁がいるだろう!」神域ってそういう場所なんだな。結局僕らは場所を移し、皇帝陛下含む六人で話をする事となった。「それでは神域にはどうやって入るつもりだ?言っておくが余も神族の知り合いなどおらんぞ」「まあそこはクロウリーの策があるみたいだよ」皆の視線が一人へと集中すると、クロウリーさんは咳払いをした。「おほん!そうじゃ、儂に策がある」「どうやって入るつもりだ。あそこは勝手に立ち入ろうものなら即座に始末される領域だぞ」「分かっておるわ。儂だって命からがら逃げてきたんじゃからな。……結界を強行突破する」またオルランド皇帝が目を見開いた。「待て待て!そんな事をすれば無事では済まんだろう!アレンやクロウリーお前達ならなんとかなるかもしれんが他の面子では死ぬぞ!」「もちろん儂とアレンが全力で守る。この国最強が二人もおるのだぞ?万
皇帝陛下は渋々ながら首を縦に振った。いや、振らされたというのが正しいだろう。「ソフィア……お前まで着いていくつもりなのか」「ええ、もちろん。カナタは危なっかしいですから」「ううむ……神族と対話をするつもりなら確かに皇族がいた方がいいかもしれんが……ううむ」オルランド陛下は頭を抱えていた。僕を守る為というのは多分建前だ。普通に神族をその目で見たいというのがソフィアさんの本音だろう。「あまり無茶な真似はしないでくれよソフィア」「ワタクシが今までにそんな真似をした事がありまして?」あるから言ってんだろ、とでも言いたげな表情でソフィアさんを見つめるオルランド陛下。「……頼むぞほんとに。アレン!ソフィアに傷一つでもつけるな」「なかなか厳しい事を言うね。まあ一応細心の注意は払うつもりさ。でもソフィアが勝手に動いて勝手に怪我をする分までは保証できないよ」「……致し方ない。それでいつ出発するのだ」「準備は万端にしておきたいからね。明日出るつもりさ」え、明日?そんな急に?確かに早い方が僕としては有り難いがそんな突発的な工程でいいのだろうか。「早いな……分かった。幸運を祈る。あわよくば神族と懇意にしてくれたら我が国としても嬉しい」「その辺りは運が絡むかもね。神族だって個性があるだろうし、当たりの神族に出会う事を祈るばかりさ」偏屈な神族が出てこなかったらいいな。アレンさんみたいな神族だったら大歓迎なんだけど。僕らは城を後にし宿り木まで戻ってきた。神域を目指すなら十分な準備が必要になる。アレンさんとフェリスさんは各々装備や野営道具を揃え、僕とアカリは適当に時間を潰せと言われ放り出された。「あれ、ソフィアさんも何か準備とかって……」「ワタクシはこの
三人で街をぶらつくと、やはりというか当たり前だがかなり目立っていた。黄金の旅団自体有名なのは僕も知っている。中でも二つ名持ちであるアカリがいれば目立つ事は当然といえた。それに加えてソフィアさんまでいる。街行く人達はみな、あの男は何者なんだと言わんばかりの視線を向けてきていた。まあそれも仕方のない事だ。僕はというとフードを被りできるだけ顔を隠しているとはいえ、眼帯をしているのは見えてしまう。怪しい人物ですと言っているようなものだ。「どうしたのカナタ」「いや……あの、気にならないんですか?」「何が?」ああ、この方は慣れてしまっているようだ。そりゃあそうか。皇女様なんだから人の目に晒されるなんて日常茶飯事だろうし。「なんでもないです」「カナタは今、目立っているのが気になってる」アカリが補足説明を入れてくれた。やっと理解したのかソフィアさんは納得した表情を浮かべた。「慣れればいいわよ。貴方のいた世界でも目立っていたのでしょう?話を聞いたところそっちの世界には魔法という概念がないようだし」「そうそう慣れるものでもありませんよ。僕は芸能人でもありませんから」ただの一般人なんだよ僕は。大多数の人の目に晒される機会なんて殆どなく生きてきたんだ。「とりあえず食事を済ませたいわね。この近くにワタクシの行きつけのお店があるからそこに行きましょう」皇女様の行きつけ?嫌な予感しかしないが。連れてこられたお店というのは、外観からして庶民は出入り禁止と思えるような豪華絢爛さだった。あちこちに金の装飾があるし、案内の為の店員さんと思われる女性が微動だにせず突っ立っている。めちゃくちゃ高級料理店じゃないのか。「さあ、行きましょ」ソフィアさんはそんな僕の気など知らずサッサと店内へと入っていく。アカリも慣れているのか澄ました顔でソフィアさんに付いていく。
〜プロローグ〜2044年4月9日。平和な世界は一変した。降り注ぐ隕石、崩れる高層ビル、燃え盛る住宅街、焼け爛れた道路を闊歩する異形な生物。空が割れ轟音が耳を劈く。無事な人を探すほうが難しいくらいだ。「助けて!!足が!!!」「なんだよこの化け物は!!うわぁぁぁ!」「痛いよぉ……」あちらこちらで、声が聞こえる。僕は手を差し伸べる事もせず、そんな声を聞き流し目的地へと足を進める。横を見れば黒髪の女性が悲しそうな目で周囲を見渡す呟く。「何人死んだんだろう……」そんな呟きも聞き流し、歩き続ける。もう望みはあそこにしか残されていない。何もかもが昨日の風景とは違う。何処を見渡しても阿鼻叫喚。もう、元には戻れない。全ての元凶である僕には、ただ静観するほかなかった……―――――― 2043年9月2日。光が丘科学大学4回生、城ヶ崎 彼方《カナタ》。僕は近未来科学科に所属し、文明の発展に役立つ知識や技術を学んでいる。難しい事をしているように聞こえるが、ただ時代の最先端を知りたいから、なんて単純な動機で入っただけだ。昔は空飛ぶ車なんて物は出来たばかりで運用には至ってなかったみたいだが、今じゃ何処を見上げても車が飛んでいる。ちなみに僕は免許がないから乗ったことがない。両親は高校生の時に事故で亡くなったが姉と二人暮らしでなんとかやっていけてる。ただそんな姉もそろそろ弟離れしてほしいんだけどな……「カナター!ちょっと来てー!」ご近所さんに聞こえるほどの大声で2階の自室から僕を呼んでいるのは社会人2年目でアパレルショップで働いている城ヶ崎 紫音《シオン》。「姉さ
バスに揺られること15分。隣には黒髪でショート、整った顔で誰もが見惚れる姉、紫音がいる。「緊張するなー自分が壇上に立つわけじゃないけどテレビとかも来るんでしょ?カナタは緊張してる?」落ち着きがない様子で僕の顔を覗き込んでくる。実際緊張してない訳がない。著名な科学者や研究者も来るし、テレビも来る。もちろん取材とかもされるだろうし生中継もされるって話も聞いてる。「もちろん緊張してるよ。流石に全世界に向けて話すんだから緊張しない訳がないよ」天才だろうが、僕は一介の大学生。今までテレビなんて出たことないし、著名な人達とも顔を合わせたことがない。ここまで大げさになるなんて、著名人の言葉は重いんだなと実感する。今日の朝もテレビで、[異世界は存在する!?そもそも行くことが出来るのか!?][科学者の五木さんが理論上可能と大胆発言!]なんてテロップが流れて芸能人が騒いでたな。誰だよ五木さんって。「姉さんも覚悟しといた方がいいよ。僕の身内ってだけで取材されるだろうから」「ええー!?聞いてないよそんなの!」「考えたら思いつく事じゃないか、一介の学生が世界に向けて発言するのに姉さんには何にも聞いて来ない訳がない」記者も僕の素性やプライベートではどういった生活をしているのか、なんて所まで知ろうとしてくるだろうし、一番身近な姉に聞くのは当たり前だろう。「次は、国際大会議場前〜」目的地を読み上げる運転手。窓に顔を向けると白く大きな3階建ての建物が見えてきた。バスを降りるとどこを見てもテレビカメラや取材陣で溢れている。僕を見つけた1人の記者が駆け寄ってきた。「彼方さん御本人ですね?」顔はもう出回ってるから知ってるくせに、と思いつつも真面目な顔で答える。「はい、本人です」その一連のやり取りを見ていた他の記者やテレビカメラも寄ってくる。「すみません、時間が押してるので取材はまた後でお願いします」断りを入れて、人をかき分けつつ会場へと足を運ぶ。「私を置いてくなーカナター!」残念、姉は取材陣に囲まれてしまったようだ。僕の代わりに適当に答えてくれ、申し訳ない。と、心にも思っていないが軽く両手でゴメンの合図を送って先に会場入りをした。――――――五木隆は若くして先進科学分野で実績を残した著名人である。反重力装置の開発に成功し、宇宙探査に大きく
「何処にいるんだろうカナタは」ひとり呟くのは姉の紫音。取材陣にもみくちゃにされて、やっと抜け出したと思ったら弟がどこに行ったかわからず会場内を彷徨っていた。周りは自分より年上の人達ばかり。何処にいても聞こえてくるのは弟の話。「まだ学生だろ、彼方って子は」「いや、学生だなんて馬鹿に出来ないぞ。あの五木隆が目を付けて今回の場を設けたくらいだからな」「大体異次元へのアクセスなんて人類にはまだ早いんじゃないのか?」彼方の発表内容に対して、賛否両論ありそうな声があちらこちらから聞こえてきて、つい言い返しそうになる。「みんな分かってないなーうちの弟は天才なんですからね!」プリプリしながらも周囲を見渡し弟を探すが一向に見つからない。そのうち適当な席にでも座るかと、空いてる場所を探していると眼鏡をかけた一人の女性が前から手を振って近づいてきた。「紫音ちゃん!やっと見つけたわ!」「あれ!?茜さん!」紫音に声を掛けてきたのは、斎藤茜。光が丘科学大学のOBで今は地球工学の研究者として働いている。弟に誘われ大学の文化祭に行ったときに初めて知り合い、気があったからなのかプライベートでも遊ぶほどの仲でもある。「そりゃあ来るでしょうよ、大学の後輩がこんな大きな舞台に出るんだから!」彼方ともそれなりに付き合いがあり、私達姉弟からしたら保護者みたいな立場の人だ。「でも彼方が何処に行ったか分からないんですよ……」「彼方君は多分舞台裏にいるわよ?今日の主役なんだから」「あ!そうか。そりゃ探しても見つからない訳だ」肩を竦めて苦笑いをする紫音。会場には所狭しと人が詰め掛けている。紫音と茜は空いてる席を探しつつ、会場内を彷徨いた。中にはテレビで見た事のあるアナウンサーなども視界に入り、それだけ注目を浴びているのだと再認識する。「あ!ほら!壇上に出てきたわよ!そこの席にでも座りましょ」そんなやり取りをしているとやっと壇上に彼方が現れたようだ。隣には五木って人が立っている。大きな拍手と共に壇上にスポットライトが当たる。「さあ、彼方君が唱えた異世界へのアクセス方法とやらを聞かせてもらいましょうか」品定めするような眼つきで茜は壇上に目線をやった。――――――眼前に広がる無数のカメラや人の目線。これから僕が全世界に向けて異次元への行き方を提唱するんだ。
三人で街をぶらつくと、やはりというか当たり前だがかなり目立っていた。黄金の旅団自体有名なのは僕も知っている。中でも二つ名持ちであるアカリがいれば目立つ事は当然といえた。それに加えてソフィアさんまでいる。街行く人達はみな、あの男は何者なんだと言わんばかりの視線を向けてきていた。まあそれも仕方のない事だ。僕はというとフードを被りできるだけ顔を隠しているとはいえ、眼帯をしているのは見えてしまう。怪しい人物ですと言っているようなものだ。「どうしたのカナタ」「いや……あの、気にならないんですか?」「何が?」ああ、この方は慣れてしまっているようだ。そりゃあそうか。皇女様なんだから人の目に晒されるなんて日常茶飯事だろうし。「なんでもないです」「カナタは今、目立っているのが気になってる」アカリが補足説明を入れてくれた。やっと理解したのかソフィアさんは納得した表情を浮かべた。「慣れればいいわよ。貴方のいた世界でも目立っていたのでしょう?話を聞いたところそっちの世界には魔法という概念がないようだし」「そうそう慣れるものでもありませんよ。僕は芸能人でもありませんから」ただの一般人なんだよ僕は。大多数の人の目に晒される機会なんて殆どなく生きてきたんだ。「とりあえず食事を済ませたいわね。この近くにワタクシの行きつけのお店があるからそこに行きましょう」皇女様の行きつけ?嫌な予感しかしないが。連れてこられたお店というのは、外観からして庶民は出入り禁止と思えるような豪華絢爛さだった。あちこちに金の装飾があるし、案内の為の店員さんと思われる女性が微動だにせず突っ立っている。めちゃくちゃ高級料理店じゃないのか。「さあ、行きましょ」ソフィアさんはそんな僕の気など知らずサッサと店内へと入っていく。アカリも慣れているのか澄ました顔でソフィアさんに付いていく。
皇帝陛下は渋々ながら首を縦に振った。いや、振らされたというのが正しいだろう。「ソフィア……お前まで着いていくつもりなのか」「ええ、もちろん。カナタは危なっかしいですから」「ううむ……神族と対話をするつもりなら確かに皇族がいた方がいいかもしれんが……ううむ」オルランド陛下は頭を抱えていた。僕を守る為というのは多分建前だ。普通に神族をその目で見たいというのがソフィアさんの本音だろう。「あまり無茶な真似はしないでくれよソフィア」「ワタクシが今までにそんな真似をした事がありまして?」あるから言ってんだろ、とでも言いたげな表情でソフィアさんを見つめるオルランド陛下。「……頼むぞほんとに。アレン!ソフィアに傷一つでもつけるな」「なかなか厳しい事を言うね。まあ一応細心の注意は払うつもりさ。でもソフィアが勝手に動いて勝手に怪我をする分までは保証できないよ」「……致し方ない。それでいつ出発するのだ」「準備は万端にしておきたいからね。明日出るつもりさ」え、明日?そんな急に?確かに早い方が僕としては有り難いがそんな突発的な工程でいいのだろうか。「早いな……分かった。幸運を祈る。あわよくば神族と懇意にしてくれたら我が国としても嬉しい」「その辺りは運が絡むかもね。神族だって個性があるだろうし、当たりの神族に出会う事を祈るばかりさ」偏屈な神族が出てこなかったらいいな。アレンさんみたいな神族だったら大歓迎なんだけど。僕らは城を後にし宿り木まで戻ってきた。神域を目指すなら十分な準備が必要になる。アレンさんとフェリスさんは各々装備や野営道具を揃え、僕とアカリは適当に時間を潰せと言われ放り出された。「あれ、ソフィアさんも何か準備とかって……」「ワタクシはこの
「おお、久しいなオルランド。儂が来てやったぞ」「お、お、お前は……クロウリー!?」オルランド皇帝はとても驚いていて、今にも膝から崩れ落ちそうだった。それにしてもクロウリーさん、皇帝陛下相手に馴れ馴れしいな。アレンさんのように王の名を持つ冒険者はみんな皇帝陛下に馴れ馴れしいのだろうか。「まあ貴殿には用はない」「ならどうして謁見の間に飛んできたんだ!」それはそう。今のはクロウリーさんが悪い。オルランド皇帝に僕は同意見だ。「あー済まないねオルランド。まさかここに転移するとは思ってなかったよ」「む、アレンか。そもそもどうしてここに転移してきたのだ?」「話せば長くなるけど、簡潔に言うと神域に行くためさ」アレンさんは掻い摘んで話した。いや、掻い摘みすぎてオルランド皇帝が口を開けて呆けているよ。「し、神域!?待て待て待て!そんな大事な話を適当に流すな!」「でも話すと長くなるからさ」「長くなっても構わんわ!頼むから話してくれ、神域が絡むとなると国として体裁がいるだろう!」神域ってそういう場所なんだな。結局僕らは場所を移し、皇帝陛下含む六人で話をする事となった。「それでは神域にはどうやって入るつもりだ?言っておくが余も神族の知り合いなどおらんぞ」「まあそこはクロウリーの策があるみたいだよ」皆の視線が一人へと集中すると、クロウリーさんは咳払いをした。「おほん!そうじゃ、儂に策がある」「どうやって入るつもりだ。あそこは勝手に立ち入ろうものなら即座に始末される領域だぞ」「分かっておるわ。儂だって命からがら逃げてきたんじゃからな。……結界を強行突破する」またオルランド皇帝が目を見開いた。「待て待て!そんな事をすれば無事では済まんだろう!アレンやクロウリーお前達ならなんとかなるかもしれんが他の面子では死ぬぞ!」「もちろん儂とアレンが全力で守る。この国最強が二人もおるのだぞ?万
魔導王と呼ばれるクロウリーさんが仲間になった。いや、こんな言い方すると失礼か。異世界でのイベントはついゲームのような感覚に陥る。「では神族を探すということじゃな。うーむ、一つだけ方法はあるといえばある」「あるんじゃないか。それを教えてくれよ」「いや、隠しているわけではない。ただのぉ、正攻法とは言いずらいのでな」正攻法でなくともそれしか方法がないのなら、それに頼るしかないのではないだろうか。「あるにはあるんじゃが……」「何をもったいぶってるのよクロ爺さん」「クロ爺さん!?何じゃその呼び方は!」フェリスさんもイライラしてきたのか若干本性が出かかっている。爆発しないでくれと願うばかりだ。「……まあよい。それでその方法なんじゃがな」まだ勿体ぶる。ちょっとしつこくて僕までイライラしてきた。「強引に結界を突破するんじゃ」「いやそれ自分がやってえらい目に合ったって言ってたじゃないか」「まあ最後まで聞けアレン。当然結界を突破すれば神族が現れる。そこでお前さんの出番じゃ」そう言いながらクロウリーさんは僕を見た。え?僕何も出来ないんですけど。「別世界の話をするといい。神族とて別世界に渡る術をもたんのじゃ。だから別世界の話なら興味を持つ」「な、なるほど……?」「でもそれってリスクが大きいじゃないの。クロウリー、もっと安全な方法を導き出しなさい」ソフィアさんも無茶を言う。この方法しかないって言ってたのに捻り出せとはなかなかの鬼だ。「もちろん儂が全力で守ろう。まあその必要はないと思うがのぉ」「どうしてそう言い切れる
「それで、こんな所まで足を運んだ理由を聞かせてもらおうかの」僕らは辛うじて座る事のできた長椅子に腰かけるとアレンさんが本題に入った。「神域について教えて欲しいんだ」「何じゃと?」突然神域という単語が出てきたからかクロウリーさんは怪訝な顔を浮かべていた。「どうしてまた神域の事が知りたくなった。あそこは名称に違わず神の領域じゃぞ?」「実は彼なんだけどさ――」アレンさんは僕の素性や神域に行かなければならない理由を説明した。クロウリーさんは僕が別世界から来た人間だと分かると興味深そうに視線を向けてくる。それはもうジットリとだ。上から下までジックリ見ると何か納得できる部分があったのか小さく何度も頷く。「なるほどのぉ、世界樹か。確かに神域にはそれらしきものはあったぞ」「やっぱり行った事があるのかい」「そりゃあ興味深いじゃろう。神域などと言われている場所なら未知の魔法があるのではないかと思っての。ただ、儂は許可を得ず神域に足を踏み入れたせいでえらい目に合ったわい」どうやら話を聞くと、神域は神族の許可を得ていなければ問答無用で攻撃されるらしい。本来なら結界に阻まれて簡単には入れないそうだが、クロウリーさんは強引にこじ開けたとの事。そりゃあ神族も怒るよ。土足で入っているのと同じなんだから。「神族に許可を取れば神域をうろつける。ただのぉ、その神族とやらがどこにおるか分からんのじゃ」「クロウリーの魔法でも無理なのかい?」「探知魔法の事か?あれでも無理じゃった。恐らく帝国内にもおるはずなんじゃがのう」各国に数人の神族が隠れているそうで、その人達を探すところからしなければならないようだ。「うーん、神族か……誰か彼らを探せるような心当たりはないかい?」「あったら儂が先に会いに行っとるわい」まあそうだよね。わざわざ危険を冒してまで強引に神域へと立ち入るような真似はしないだろうし。「ソフィアは心当たりあるかい?」
僕らは今小屋の前にいる。ログハウスというのか、木で自作したであろう小さな家だ。庭も整備されていてちょっとした家庭菜園もやっているらしい。「クロウリーはここに住んでいるんだ。あっと、カナタ。ボクより前に行ったら駄目だよ?」クロウリーというお爺さんは来客に対してまず魔法が発動されるよう罠を仕掛けているらしい。僕が先に行くと対処できず大怪我を負うそうだ。アレンさんが一歩庭に足を踏み入れた瞬間、庭の至る所から石でできたいくつものトゲが襲いかかった。「ほらね?」障壁のお陰でアレンさんは無傷だったが、あれが僕だったらと思うと背筋が凍る思いだ。「ほんと悪趣味な罠ね」フェリスさんも肩をすくめやれやれと呆れているようだった。「下手したら死人が出ません?」「今の所は出てないらしいのよ。まあここまで到達できるような実力があればこの程度大した罠でもないしね」言われてみればそれもそうか。ここに来ているって事はプリズムゴーレムを倒してきてるんだもんな。「……あ、出てきた」アカリが小さく呟くと共にお爺さんが家から出てきた。いるならさっさと出てきてくれたらいいのに。「なんじゃ!騒々しいのう!?」「やぁ、久しぶりだねクロウリー」「なぬ!?お前は……アレン、か?生きておったのか!」クロウリーさんはアレンさんを一目見て駆け寄ってきた。お爺さんの見た目で全力疾走はインパクトが強すぎて怖いな。「少し話したい事があってね。それと紹介したい人もいる」「ほう?そこの禁忌を犯した青年の事か?」クロウリーさんは僕をチ
プリズムゴーレムの無様な姿を見て、僕はつい苦笑を漏らしてしまった。脅威という割にはあまりに滑稽な姿。五メートルはあろうかと思える巨体が地面に尻餅をついているのだから、これで笑うなという方が難しい。「攻撃力は高いけど動きは単調なのよ。だからゴーレムの対処はそれほど難しくはないわ」「なるほど……でも当たれば死にますよね?」腕をぶん回されて直撃しようものなら身体が弾け飛ぶのではなかろうか。「もちろんよ。ゴーレムの強みはその攻撃力なのだから。でも当たらなければいい話でしょう」「まあそうなんですけど……」言うのは簡単だけども。ソフィアさんなら簡単に対処できるのだろうが、僕の体力では恐らく数分持てばいい方だ。「ああ、終わったわね」「早いですね」「普通はこれだけ練度の高い共闘はできないけど、彼らは"黄金の旅団"だからこの早さで対処できる。貴方が入ったクランというのはそういう所よ」僕が加入したのはあくまで必然的な流れがあったからだけど、普通の人からすれば"黄金の旅団"というだけで格上扱いされるようだ。「ついていくのは大変だけれど、まあなるようになるわよ。せめてワタクシ程度の実力は身に着けた方がいいかしらね」「ソフィアさんの実力ってこの世界でいうとどの辺りなのかが想像つかないんですが」「ワタクシは……そうね、一応S級と同格だという自覚はあるわ」皇女なのにS級ってなんだよ。天は二物を与えたのか?権力も実力も美貌も全て兼ね備えたパーフェクトウーマンだよもう。「S級……今の僕はどの辺りですか?」「カナタはC級ね」よわっ。冒険者の中でも最弱だよ。いや、考え方を変えるんだ。僕は元々一般市民なんだから、C級として数えられるだけいいんじゃないか?「その武器とかを考慮してC級よ」「その武器がなければ……
夜が明けるとまた僕らは山登りを開始する。アレンさんから聞いていた通り、襲い掛かってくる魔物の数も増えてきていた。「エアカッター!」「……そこ」前ではフェリスさんが、後ろではアカリが次々に魔物を屠っていく。アレンさんは高みの見物で、僕に関してはもはや傍観者でしかない。「目を離しては駄目よ。魔物の動きをしっかり覚えておきなさい」「はい」ソフィアさんに言われるがまま僕は二人の戦闘を眺める。魔物が死角から襲い掛かってきても危なげなく倒していた。どうやって死角への攻撃を躱しているのかはどれだけ見ていても分からなかった。ソフィアさんに聞くと全然参考にならない答えしか返ってこない。「死角の敵への対処?そんなの経験がものをいうのよ」この調子である。何の参考にもならない。それができたら苦労しない。順調に山を登っていくとやがて少し開けた場所へと出た。やっと腰を下ろして休憩ができる。そう思った矢先、隣にいるソフィアさんが手で僕が前に行かないよう押さえた。「え?」「気付かないの?いるのよそこに」「何がですか?」良く見てみればアレンさん達も戦闘態勢を取っていた。しかし僕の目にはただ広いだけの空間にしか見えない。「えっと……何がいるんですか?」「プリズムゴーレム。あのクロウリーが生み出したゴーレムさ。日本での言い方に変えるなら自動迎撃システムってやつかな」なるほど、分かりやすい。となると僕らは歓迎されていないって事だろうか。「視認できない透明な障壁で身を覆っていてね。生半可な冒険者では倒す事はできない仕様になっているんだ」「恐ろしいですね……」「まあボクらからすれば問題はないけど、今まで出会ってきた魔物に比べたら遥かに危険だからカナタは絶対にソフィアの側を離れないようにね」見えない脅威なのだから、
山登りを始めて一時間。まだ中腹にも到達しておらず、僕らは一旦休憩を取ることになった。少し開けた場所で腰を下ろすと、水を一気飲みする。一時間も山登りしていれば流石に喉が渇く。大して動いているわけではないが、運動をあまりしていない僕にしてみれば山登りも十分激しい運動だ。「あら、そんなに疲れたのかしら?」「あまり山登りの経験もないので……」「男ならもっと体力をつけなさいな」ソフィアさんは息一つ乱れていない。お姫様なのに凄い体力をしているな。戦う皇女って、なんかカッコいい。「ここから日が暮れるまで登って、野宿。次の日には到着って感じかな?」「頂上に家があるんですか?」「そうなんだよ。面倒だろう?偏屈な爺さんだからねぇ」アレンさんは呆れたような表情で肩を竦める。食料とか自給自足なのかな。頂上だったら街へ買い出しに行くのも一苦労のはずだ。また、僕らは山を登り続ける。やがて日が暮れると、テントを張りキャンプファイアーをする。辺りは真っ暗でいつどこから魔物が襲って来るか分からない恐怖からか僕は全然落ち着かなかった。「あまり食が進まないかい?」アレンさんはそんな僕の様子を見てか、話し掛けて来た。正直、落ち着かないせいであまり食欲が湧かなかった。「それは安心していいよ。魔物が近づいてきたらアカリが対処するから」「うん」アカリを見るとドヤァと顔に書いてあった。気配察知に関してはこの中でアカリが一番優れているらしい。なんだかそれを聞いたからか急に食欲が湧いてきた。安心感ってやっぱ大事なんだな。食事を終え、近くの川で身体を洗った後僕はアレンさんと同じテントへと入った。既に気が緩んだ格好で寝転がっているアレンさんもまだ寝てはいない。「どうだい?初めての冒険は」「そうですね…&hell