第 0005 話

千尾里奈は緊張と不安でいっぱいだったが、それでも思い切ってゆっくりと喜田星志に向かって歩いた。

「幸いなことに、地面には蟻がいない。そうでなければ、このように歩けば、何匹の蟻が踏み殺されたかわからないだろう」 喜田星志は冷たく言った。

千尾里奈の顔はさらに赤くなった。

彼女はゆっくりと歩いたが、部屋はその程度の広さしかなく、数歩も歩かずに喜田星志の前に到着した。

彼女は緊張の中で、ベッドの端に座っている喜田星志から1メートルほどしか離れていないところにぎこちなく立っていた。

喜田星志は千尾里奈を見つめた。彼は何も言わず、ただ黙って彼女を見ていた。

千尾里奈は彼に不快な思いをさせられ、手も足もどこに置いていいかわからなくなった。彼女は緊張して飲み込み、慎重に口を開いた。「お義兄さん......」

喜田星志は突然手を伸ばし、彼女の手をつかんで、強く引っ張り、そしてそれを回転させた。千尾里奈は悲鳴を上げ、天地がひっくり返るような気がして、ついにベッドに倒れこんでしまった。喜田星志は彼女の真上で身を伏せていた。彼は目を光らせて彼女を見ていた。

千尾里奈は、喜田星志に見つめられてさらに緊張し、不安になった。

義兄は何をしたいのだろう？

「お......お義兄さん......」緊張のあまり、彼女の声は震えていた。

喜田星志は何も言わなかったが、彼女を見ていると、その小さな顔は丸く赤く、まるで熟した桃のようだった......

千尾里奈は、自分を見ている喜田星志の目が少し変だと思った。まるで......ネズミを見つけた猫のようだ。

千尾里奈はこの分野での経験はなかったが、バカではないので、喜田星志の意図を理解し、恐怖で全身が凍りついた。心臓も高鳴った。その手は下のベッドシーツを強く握った。力を入れ過ぎて、手の甲には血管が浮き出ていた。

喜田星志は彼女の硬直と緊張を察知した。しかし、彼は気にしなかった。彼女は緊張していたが、彼は緊張していなかった。自分の心に従って、彼は頭を下げた......

痛くはなかったが、むず痒い感じがあった。

彼女は震え、驚きとショックで目を大きく見開き、喜田星志を見た。

彼らはそのような関係なのに、彼はよくも本当に唇を落としたなんて！！！

千尾里奈の味はとても美味しく、喜田星志はもう一度味わいたいと思い、もう一度頭を下げようとした。近づいてくるハンサムな顔を見て、千尾里奈の表情は恐怖に変わり、彼の胸に手を当てた。

喜田星志は顔をしかめ、不満そうに千尾里奈を見た。

千尾里奈は緊張し、怯え、恥ずかしがりながら、義理の兄になりかけた男にいじめられていた。彼女はごくんと唾を飲み込み、恐る恐る口を開いた。「お義兄さん......私たち......そんなことしちゃいけないんだよ」

「こんな趣味があるのか」 喜田星志は淡々と言った。

「......」

千尾里奈は一瞬凍りつき、怪訝そうに喜田星志を見た。

何の趣味？

「お義兄さんと呼ぶのは......特別な楽しみがあるのか？」 喜田星志のきれいな桃花眼には、少し嘲笑を含んでいた。

「......」

千尾里奈は息を詰まらせ、不満そうな赤い顔で喜田星志を睨みつけた。

「そんなことしてない！」 千尾里奈は怒って言い返した。

「ちょうど俺もそういう趣味がなかったので、お義兄さんって呼ばないでくれ」 喜田星志は言った。

千尾里奈は言葉を失った。

お義兄さんと呼ばずに何と呼べばいいのだろう？

喜田星志とでも？

彼女はいつも喜田星志を年長者として見ていたし、年長者を名前で呼ぶのは少し失礼に思えた。

「俺は君の夫だ」喜田星志は話をつづけた。

千尾里奈は驚いた表情で喜田星志を見た。

「どんな理由であろうと、とにかく、俺達は結婚したのだ。これから君がこの喜田星志の妻だ。わかったか？」 喜田星志は真剣に千尾里奈を見つめた。

千尾里奈は言葉に詰まった。

字面どおりの意味は彼女が理解していた。だが、もしそうなったら、姉はどうする？

喜田星志は彼女の表情を見ただけで、何を考えているのかわかった。

「わからないの？いつかわからせてあげるよ」

「......」

千尾里香たちはホテルを出ると、斎藤由美子は千尾佐助に隠れて千尾里香を慰めた。「里香、あんまり考えすぎないで。これからたくさんの時間があるし、ゆっくり図ってもいいじゃん」

千尾里香は悲しそうにうなずいた。

「しばらく一人になりたいの、パパとママが先に帰って、私は帰らないから」千尾里香は千尾佐助と斎藤由美子に言った。

「一人でどこに行くの」斎藤由美子は心配そうに尋ねた。

「ママ、心配しないで、何も起きないよ、私もう大人だから、バカなことはしないよ」千尾里香は言った。

斎藤由美子は一瞬ためらったが、最後にうなずいた。「わかった。でも里香、バカなことは考えるな」

千尾里香はかろうじて微笑んでうなずいた。

千尾家の人が去っていくのを見送った後、千尾里香は振り返ってホテルに入り、フロントに来た。フロントの接客係に、彼女は言った。「私は新婦さんの親戚です。新郎新婦の隣の部屋のルームカードを下さい」

今日、このホテルは喜田家の貸切で、県外から来た客や泥酔した客が泊まっていた。