「蒼真さん、はい、こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします」「良かった」「私……こんなに幸せでいいんですか?」「藍花。たぶん、俺はお前より幸せだと思ってる」すぐ目の前の優しい笑顔に照れてしまう。「そんなことないです。私の方が幸せです」2人で微笑み合う。「ただ1つだけお願いがある。藍花にはうちの病院で出産してもらいたい。その方が何かと安心だ。俺も藍花のすぐ側にいるから」どこまでも私を大切にしてくれる蒼真さん。その気遣いに心から感謝した。「実は今の病院は婦人科だけなんです。出産できる病院を探そうと思っていたのでちょうど良かったです。それに松下総合病院には最高の先生と看護師が揃ってますから、私も安心して赤ちゃんを産めます。蒼真さんも同じ病院にいてくれるので心強いです。本当にありがとうございます」私は、蒼真さんとの子どもを産んでママになる。まだ全く実感は湧かないけれど、次々と起こっていく夢のようなストーリーに、私は子どもみたいに心が踊ってしまう。恥ずかしくなるくらい、幸せ過ぎてたまらなかった。***私達は、2人のことを病院のみんなにも話すことにした。婚約、そして妊娠のことはあっという間に広がり、いろいろな反響があった。七海先生が辞めた時以上に「白川先生」のファンはザワザワしているようで、改めて蒼真さんの人気ぶりに驚かされた。中川師長と歩夢君が特に喜んでくれたことはとても嬉しく、話せて良かったと思った。歩夢君も、「藍花さん、おめでとうございます。すごく嬉しいです。あなたが幸せで良かった」と、ニコッと最高の笑顔で微笑みかけてくれた。最初は病院中、そして患者さんまでが私達の噂で持ち切りだったけれど、いつしか穏やかに見守ってくれるムードになっていた。それからしばらくして、つわりがかなりキツくなり、私は仕事は辞めることにした。すごく寂しかったけれど、仕方がない。この状況ではまともに仕事ができず、みんなにも迷惑をかけてしまうとわかっているから。またいつか、ここで働けることを願って――私は、後ろ髪を引かれる思いで松下総合病院を去った。
しばらくして、蒼真さんは私をマンションに呼んでくれた。「一緒に暮らそう。藍花が心配だし、側にいたい」「いいんですか?」「ああ、もちろん。君の体もつらいだろうし、無理のないように過ごしてくれればいい。一緒にいれば、もし何かあった時、少しは安心だろう」「少しだなんて、私……正直不安だったので、蒼真さんと一緒にいられたら、本当に安心です」とはいうものの、蒼真さんはホワイトリバー不動産の御曹司。それに比べて私はごく普通の一般人。身分の違いには天と地ほどの差がある。本当に、私はここで蒼真さんと一緒に暮らしてもいいのだろうか?でも、少し前にも「身分の違いなんて関係ない。そんなものは一切気にするな」と、叱られてしまったから……だから、もう言わないようにしたかった。引越しも全て蒼真さんが手配してくれ、もったいないくらいに広くて素敵な部屋での生活が始まり……何だか心も体もリラックスできて、この環境ならお腹の赤ちゃんにも良さそうだと思えた。それに、何よりも、大好きな蒼真さんの側にいられること、それが1番心強くて嬉しかった。蒼真さんのぬくもりに包まれる安心感は半端なく、私はこの心穏やかで幸せな日々に感謝しかなかった。
まだ少し肌寒く感じる4月初旬。つわりも早めに落ち着いてホッとしていた。「藍花、大丈夫?寒くないか?」「大丈夫です、蒼真さん。ありがとうございます」「体、絶対冷やさないように」「はい」「10月には俺達の赤ちゃんがこの世に誕生するんだな……すごく不思議な気持ちだ」私のお腹をゆっくりとさすりながら蒼真さんが言った。「本当に信じられないです。私がママになるなんて」「俺もパパになるんだな。今から楽しみで仕方ないよ」「蒼真さんがパパで、この子は本当に幸せです。こんな素敵な人がパパで、赤ちゃんびっくりすると思いますよ」「そうだといいけどな。いつまでも素敵なパパでいられるようにしないとな」「蒼真さんならいつまでも若々しくてカッコ良くて、最高の自慢のパパになりますよ」「だったら藍花は自慢のママだな。誰よりも綺麗で、可愛くて、キラキラ輝いて……。この子のママは世界一素敵なママだ」「は、恥ずかしいです」「恥ずかしくないだろ?本当のことなんだから」何気ない日常のやり取り、私は、いろんなことに幸せを感じながら、明日、蒼真さんと婚姻届を出す。前々から蒼真さんの4月の誕生日に出すことを決めていた。妊娠中ということもあり、2人で真剣に話し合った結果、式は挙げないことにして、ドレスとタキシードで写真撮影をすることになった。数日前にカメラマンさんが撮ってくれた写真の中の私達は、2人とも笑顔だった。それを見ていたら、少しずつではあるけれど、本当に夫婦になったんだと実感した。白いタキシード姿の蒼真さんは、世界中の誰よりもカッコ良くて、この人を他の誰にも渡したくないと思った。永遠に私の側にいて、私のことだけを見ていてほしいと心の底から願った。蒼真さんは私の平凡な人生をバラ色に染めて、180度変えてくれた。これからは……「白川先生」と「新人看護師」という関係ではなく「夫婦」として長い道のりを一緒に歩むんだ。***そして、10月――木々の葉っぱが赤や黄色に美しく色づいた秋晴れの日に、私達の待望の赤ちゃんが誕生した。産声をあげたのは元気な男の子。七海先生の紹介で入った女医さんが、赤ちゃんを取り上げてくれた。さすが七海先生の肝いりの先生だけあって、腕も確かで出産時の声掛けも素晴らしかった。女医さんや蒼真さん、周りのみんなのおかげで、私は安心して出産す
陣痛も短く、驚く程に安産で、スっと出てきてくれた赤ちゃんに感謝した。この世に生を受け、一生懸命生まれて来てくれた我が子がどうしようもなく愛おしくて、涙が止まらなかった。蒼真さんもパパになることを楽しみにしてたから、小さなその体を初めて腕に抱いた瞬間、大粒の涙をこぼしていた。その顔を見て、私もまた泣いた。あの白川先生が涙を流すなんて……という感じもあったのか、周りにいた女医さんや看護師さんまでみんなもらい泣きしていた。赤ちゃんの泣き声と共に、分娩室は感動の連鎖で温かな空気に包まれた。入院中は代わる代わる中川師長や歩夢君、他の看護師達も部屋に寄ってくれて、赤ちゃんを抱っこして喜んでくれた。中川師長は「孫ができたみたい!」と言ってくれ、歩夢君は毎日「可愛い可愛い」と言って部屋に来てくれた。私への気持ちなんか決して口にせず、私と赤ちゃんを優しく見守ってくれている感じがしてすごく有難かった。赤ちゃんの名前は、しばらくして蒼真さんが決めてくれた。「蒼太(そうた)」元気な男の子にピッタリの名前だと思った。私が絶対に「蒼」という漢字を入れてほしいと頼んだこともあって、ずいぶん悩んでいたけれど、ようやく蒼太に決めたようだった。気づけば、蒼真さんと急接近して、付き合って、赤ちゃんまで授かって、そして結婚まで……こんな人生、私には予想もできなかった。あまりにも嘘みたいな展開に自分でも驚いている。とんでもないシンデレラストーリーに、私はまだ半分夢見心地だ。だけど、いつまでもフラフラしていてはいけない。本格的に子育てが始まったのだから、ママになった自覚はキチンと持たなければ。慣れない家事をしながらの育児に、最初は戸惑いはあったけれど、それでも毎日私なりに一生懸命頑張った。夜泣きしたり、ミルクを飲まなかったり、眠れない日々が続いても、やっぱり我が子はとてつもなく可愛くて、愛おしかった。子どもの笑顔には、疲れを吹き飛ばす偉大な力があるということを、ヒシヒシと実感していた。
それでも「疲れているだろう」と、蒼真さんは私を気遣ってくれる。診察、回診、手術……きっと自分の方が何倍も疲れているはずなのに……その、人を思いやる優しさに、私は心から感謝の気持ちでいっぱいになっていた。***それから1年――1歳になった蒼太に会いに、久しぶりに月那が遊びにきてくれた。月那は今は仕事に大忙しで、旦那様ともラブラブだった。「本当に幸せだよね、藍花。こんな立派な新居を建ててもらって、こんな可愛い蒼太君がいてさ」蒼太を見て微笑む月那は相変わらず美人だ。こんな美しい女性が私の友達だなんて、かなりの自慢になる。「うん、幸せだよ。みんなに感謝しかないよ。月那にはずっと相談に乗ってもらって、本当に感謝してる。いろんなことが月那の言う通りになっていくのがすごく驚いたよ」「当たり前だよ。月那様には全てお見通しだったからね。あの時の藍花はすごく迷ってた。3人のイケメンの間で揺れてたよね」「そう……だったね。あの時の自分は何もわからなくて本当に困ってた。ただ頭を抱えているだけで、前に進むことができなかったから」「まあ、仕方ないけどさ。あんなイケメン達に告白されたら、人間誰だってちょっとしたパニックになるよ。きっと世界が違って見えるんだろうな。その世界が見れた藍花は本当に幸せ者だよ」「世界が違って見えたかどうかはわからないけど……でも、もし月那がいなかったら、私は素直になれてなかったかも知れない。今でもまだ、月那がいう『違う世界』で迷子になってたかも……」本当にそうだ。恋愛マスターの月那がいたから、私は今の幸せを掴めたんだ。月那には、感謝してもし足りない。「ううん、藍花の中ではさ、本当は決まってたんだよ。3人の中で白川先生が1番好きだって。だから……白川先生と上手くいった……」「……そ、そうなの?」「うん。でも、藍花は優しいからさ。みんなに対していろいろ考えてたら何が何だかわからなくなってたんだよ。七海先生も、歩夢君も、みんなを大切に考えて……。私、見てて可哀想なくらいだったから。でもいろいろあった結果、藍花は世界で2番目に幸せになれたんだから、良かったんだよ」ニコッと笑う月那。「世界で1番幸せなのは……月那、だね」「もちろん、その通り。なかなかやるね」2人の笑い声、久しぶりの楽しい時間が嬉しかった。
私は病院から少しだけ離れたところに新居を建ててもらい、月那はマッサージ店の近くのマンションを買った。常にいつでも会える距離……ではないけれど、大好きな月那とはたまにはこうして会いたい。月那のアドバイスはやはり直接聞きたいし、そばにいてくれるだけでかなり安心できる存在だから。「ねえ、あれからみんなどうしてるの?病院行ってもなかなか情報聞き出せないしさ」「月那、スパイじゃないんだから」「似たようなもんよ。客商売、情報が全てでしょ」「ダメだよ、病院の内部事情をお客さんに話したら」「当たり前だよ。言っちゃダメなことは言わないようにしてる。それくらい心得てるから大丈夫……たぶんね」「たぶんって、本当にダメだって~」「大丈夫、大丈夫、ちゃんとわかってますよ。だけど、白川先生と藍花のことは当然みんな知ってるよ。患者さん達も喜んでたし。あの子なら仕方ないって、白川先生のファンのおば様達が言ってたから」「そ、そうなんだ……」蒼真さんのファンって……まるでアイドルみたいな扱いだ。「それでもさ。未だに病院じゃ、みんな白川先生のことをハートマークのついたキラキラした瞳で見つめてるから気をつけた方がいいよ~」そう言って、月那は意地悪そうに微笑んだ。「うん。そうだね。でも、病院じゃなくても蒼真さんといるとみんなそんな目で見てるから。本当にどこにいても注目の的で……」あのルックスでは絶対に目立ってしまうから仕方がない。ただでさえそうなのに、最近はますます男性としての魅力に磨きがかかっている。やはり蒼真さんは無敵だ。「うらやましいよね、本当。だってさ、太一といても誰も振り向かないから」月那が大きな声で笑う。だけど……みんなは月那のことを見ているんだ。太一さんには申し訳ないけれど、2人は美女と野獣というか……月那みたいなすごい美人はなかなかいないし、どうしても目を引いてしまう。私達とは逆――視線は全て蒼真さんに向いているから。「ねぇ、それよりさ。歩夢君はどうしてるの?元気なの?」突然、月那が話題を変えた。
「うん、今、すごく頑張ってるんだって。蒼真さんが歩夢君をとても可愛がってるみたいで、人一倍動けるし、患者さんからの人気もあるって言ってた」「そうなんだ。歩夢君、やるね~。本当に真面目ないい子なんだね。見た目も可愛くてイケてるしさ。キュートな眼鏡男子って感じで」「うん、そうだよね。本当にみんな癒されてた。歩夢君がいてくれたら職場が安定するというか……」「安定剤だね」「確かに。歩夢君、前にお母さんのために早く1人前になりたいって言ってたけど、十分過ぎるくらい頑張ってる。体を壊さないかって蒼真さんも心配してた。まあ、中川師長がすぐ側にいるから大丈夫と思うけど。ほんと、新人なのに私の何倍も偉いよ。私は……さっさと辞めちゃったしね」歩夢君の頑張っている話を聞くとすごく嬉しくなる。でも、バリバリ仕事ができることが、少しうらやましくも思える。私も、歩夢君みたいに看護師という仕事が好きだから……「藍花が辞めたのは妊娠したからだし、またいつか復帰するって思ってるんだからさ。何も卑屈になる必要はないよ。それまでは白川先生と蒼太君のために「奥さん」と「お母さん」を頑張りな」「うん、そうだね」「そうだよ、藍花は本当に幸せ者なんだからさ」「ありがとう、月那。今は家族のことだけ考えて、いつかまた看護師に復帰できたら、その時はしっかり頑張るね。蒼真さんと同じ病院は無理かも知れないけど、ここの近くにも病院はたくさんあるからね」「うんうん、頑張れ!応援してる」「……ありがとう。すごく心強いよ」「あっ、そうだ。あともう1人のイケメンは?」「……七海先生?」月那がうんうんとうなづく。「蒼真さんにはたまに連絡があるみたいだよ。あれからお見合い相手の人と結婚したんだって。でも……」「ん?」「……七海先生、フラれたみたいで……」「嘘!あの超イケメンが!?」「そうみたいなんだ。残念だけど……」「えっ、七海先生、結婚したお見合い相手にフラれたの?」「……うん」蒼真さんから聞いた時はすごく驚いた。せっかく新しい1歩を踏み出したのに……「でも何で?あんな超イケメンをフルなんて度胸あるよね」「別れた原因はわからないんだって。フラれたとだけ聞いたって。今は1人で、もう一生結婚はしないって言ってるみたい。お父様の病院で産婦人科医として仕事に生きるって……」
「そっか……。奥さん、毎日側にいてわかったんじゃないかな。七海先生の中には他の誰かがいて、自分を見てないって。最初からわかってたつもりだったけど、実際に側にいると余計につらいと思うからさ」「……」その言葉について、私は何も言えなかった。「大好きな七海先生と別れるのは寂しかったかも知れないけどさ。その分、藍花が幸せにならなきゃダメだよ。奥さんだって、七海先生より良い人に必ずいつか巡り会えるんだから。そのための離婚だよ。絶対に」「月那……」その言葉にほんの少し救われる。七海先生が私のことをずっと想ってくれているなんて、自惚れたくはないけれど、奥さんの、好きな人と別れる決断は、ものすごくつらかっただろうと、今の私には痛いほどわかる。結婚して蒼真さんの側にいて……私はどんどん彼を好きになっていくから。「七海先生はさ、たぶん1人で大丈夫だよ。あの人、結局誰と結婚しても一生藍花を想い続けるから。それが七海先生の幸せなんじゃない?」「そんな……。私、どうしたらいいかわからないよ」「出たね、藍花の迷い癖」「えっ?」「いいんだよ、どうもしなくて。本当にほおっておきなよ。好きにさせてあげたらいいんだよ」「でも……」「でもじゃない。七海先生にとってはそれが1番の幸せなんだって。藍花は気にせずに自分の幸せだけを考えたらいいの。でないと白川先生に悪いよ」「……うん。わかった……」「素直でよろしい!いい子だね、よしよし」月那は私の頭を優しく撫でた。その仕草に少し照れる。「とにかくさ。七海先生と歩夢君はそれぞれに幸せなんだからね。自分のせいだとか考えちゃダメだからね。藍花が幸せになることが、2人にとって何よりも嬉しいことなんだからね」
「春香さん、楠本さんの陣痛の間隔が狭くなってきたわ。七海先生にも知らせてきて」「はい、わかりました。すぐに行ってきます」「お願いね」「はい!」七海先生のお父様が経営している総合病院の分娩室。私はこの病院に新しく就職し、初めての出産を迎えている。張り詰めた空間にとても緊張している。私は七海先生に声をかけ、その時を待った。楠本さんという妊婦さんは初産でまだ23歳と若い。今日の日を楽しみにしながらも、不安もあると言っていた。この若さで、子供を持つということがどういうことなのか、正直、私にはあまり理解はできないけれど、きっと、とんでもなく大変なことなんだろうと思った苦しいつわりを経験し、トツキトオカ、お腹の中で成長した我が子。その我が子に会える日を、夢にまでみて頑張ってきた楠本さん。そんな彼女を側で見ていたら、その思いが伝わってきて、なんとしても無事に元気な赤ちゃんを出産させてあげたいと心から思った。「楠本さん、大丈夫ですよ。落ち着いてゆっくり呼吸してくださいね」先輩看護師の声掛けに、うなづく楠本さん。苦しみながらも、必死に頑張っている姿が涙ぐましい。妊娠を知ってから暴力を振るうようになった彼氏と別れ、楠本さんは、赤ちゃんを1人で産むことを決意した。周りには頼れる人がいないと嘆きながら、それでもこの命は消したくないと泣いていた。シングルマザーとして、我が子を育てることは相当な覚悟だと思った。「七海先生、お願いします」分娩室に七海先生が入ってきた。その凛々しい姿に、きっと楠本さんも安心していることだろう。この人なら大丈夫、全てうまくいくと、私も絶大な信頼をしている。「はい。楠本さん、大丈夫ですよ。もうすぐ赤ちゃんに会えますからね。ここにみんないますよ、安心して、一緒に頑張りましょう」「は、はい……っ、お願いします」痛みに耐えながら、七海先生に応える楠本さんはとても立派だ。きっとこの人は強くて優しい、素敵な母親になる。私はそのお手伝いができることに喜びを感じた。七海先生、先輩看護師、私……みんなで必死に出産に臨んだ。新しい命が、今、ここに誕生する――汗をかき、教えられた通りの呼吸法で必死に頑張る姿。そんな姿を見ていたら、自然に涙が溢れてきた。堪えるのが難しいほど、この光景は神秘的だった。そして――待望の赤ちゃん
「蒼真さん、蒼太、おはよう。さあ、起きてね~。とっても良い天気よ」朝食用に作った焼きたてのパンの香りが部屋中に漂う。「いいね、手作りのパン。朝から最高だ」ほっぺにキス。蒼真さんからのご褒美に照れる私。「美味しい!ふわふわしてる」「蒼太はパンが好きだもんね」「うん。パンの中でもママが作るパンは最高に美味しいから。何個でも食べられるよ」「あら、嬉しいわ~」「また作ってね」「もちろん。毎日でも作るわよ~」朝食を済ませ、それぞれ病院と学校に向かう。「気をつけてね、行ってらっしゃい~」私は、蒼真さんと蒼太を見送る。2人は笑顔で私に手を振る。これが毎日の日課。平凡だけど、何気ない日々の繰り返しに幸せを感じる。「気をつけて……頑張って。家族みんなが今日も一日元気で笑っていられますように」祈るようにつぶやく。私は、2人のことが大好きだ。どちらもイケメンぶりはいい勝負。見た目も性格も、文句のつけようがない。「今日は晩御飯、何にしようかな~。まずは洗濯と掃除。お天気が良いから張り切っちゃお~」ふと見上げた空には白い雲。モクモクしててお菓子みたいで可愛い。キラキラした日差しの中で、両手を広げて深呼吸する。さあ、今日も新しい1日が始まる。ワクワクドキドキ、希望に満ち溢れた1日が――
私達は、お互い何もつけていない体を絡ませ、淫らに燃えた。「蒼真さん……気持ち……いい」「本当?じゃ、もっと激しくしてやる」この快感……他の誰かではダメ、蒼真さんとでなければ絶対に味わえない。これからは、こうしてまた、いつだってあなたを感じることができる。素直に……嬉しい。私は、世界一、幸せだ。「お願い……もう離さないで」「ああ。もう二度と離れない。ずっと1人でいて改めてわかった。俺は世界でただ1人、藍花だけを愛してるって。ほんの少しの間も離れたくない……」「蒼真さん……嬉しい……」どこまでも蒼真さんの甘い言葉に酔いしれる。こうしてこのまま、ずっとあなたに抱かれていたい。2人きり、快楽に溺れていたい。そして、他の誰かじゃなく、一生、私のことだけを愛してほしい。わがままな私の欲望と願望は、海よりも深く果てしない。決して曲げることのできないこの想い。蒼真さん、蒼太、私――これからアメリカという見知らぬ土地での新しい生活が始まる。毎日、蒼太と英語で会話していたおかげで、何とか日常会話も話せるようになった。これから先のことに多少の不安はあるけれど、やはり、それ以上に楽しみの方が大きい。こうして家族一緒にいられること以上に幸せなことなんて無いと思うから――蒼真さんはこちらの大学病院でかなり期待されていて、将来の教授候補だ。蒼太も明るい性格だからアメリカでの暮らしにすぐに溶け込めるだろう。私も、また1から頑張って、看護師を目指したいと思っている。未来に歩みを進めようとすれば、必ず何かが起こってしまう、でも、私には何も怖いものはない。蒼真さんという無敵な外科医の腕の中で、「幸せ」を感じながら生きていけるのだから。
「お父さ~ん!」「蒼太!」嬉しそうに駆け寄る蒼太を抱きしめた蒼真さん。久しぶりの再会に胸が踊る瞬間。やっと……会えた。蒼真さんは、私のことも抱きしめてくれた。この安心感……私は、なんとも言えないこの感覚がとても好きだ。「久しぶりだな、元気だったか?」「はい、ずっと元気でした」そうは言うけど、毎日電話やメールで話をしていたのにね。長いようであっという間だった4ヶ月。蒼太の卒業式が無事に終わって、私達はアメリカにやってきた。今日からまた3人で暮らせる。そう思うと心から幸せだと思えた。新居は日本の家の2倍はあるだろう。お庭にはプールもあって、まるで映画で見ていた世界だ。何から何までスケールの大きさに圧倒される。「こんな立派なところに住めるなんて夢みたいです」「わぁ~プールもある!僕、水泳得意だからいっぱい泳ぐ!」蒼太はアメリカでの暮らしを楽しみにしてくれていた。それは、私にとって、とても有難かった。「一緒に泳ぐのが楽しみだな」「うん。これからはダディと一緒だから何するのも楽しみだよ」「ダディ?」「こっちではダディなんだよね?僕、こっちでもたくさんたくさん頑張るよ!」「ダディって」蒼真さんは、ほんの少しだけ成長した蒼太に感心しているようだった。私達に向ける優しい眼差し。その顔を見ていたら、ポカポカ温かな気持ちになる。蒼真さんに会えた喜びがどんどん溢れだしてくる。ずっと……やっぱり少し寂しかったから。ううん、いっぱい寂しかった。会いたくて会いたくて仕方なくて――ようやく会えた感動で、私は胸がいっぱいになった。***夜になると、はしゃぎ過ぎて疲れたのか、蒼太は早々に眠ってしまった。「藍花、相変わらずとても綺麗だ」私達はワインを飲み、そしてベッドに入った。久しぶりに一緒のベッドで眠れると思うと妙に改まってしまう。「ずっとこうしたかった。藍花と1つになりたい」蒼真さんは、そう言って、私の体に優しく触れた。「私もです。すごく恥ずかしいですけど……」あなたに抱かれたくて体が疼く夜もあった。でもようやく……私はまた女になれる。「恥ずかしがらないでいい。お前の全てを見せてくれ」離れていた時間を取り戻すかのように、2人の長い長い夜が、今始まった。
「充分です。蒼真さんは、もうすでに最高の父親であり、最高の旦那様です。私は……あなた以外は見ていません」「俺も、藍花しか見ていない。この先死ぬまでずっと、お前だけを愛すると誓う。絶対に……俺から離れるな」そう言って私を抱きしめてくれた蒼真さんの体は、とても熱かった。蒼太は少し離れて見て見ぬふり。「蒼太おいで」蒼真さんの声を聞いて、ニコッと笑って走ってくる姿が可愛らしい。「いいか、蒼太。お前はお母さんのことを支えて、しっかり頑張るんだぞ。今度アメリカで会えるまでは、蒼太がお母さんを守るんだ」「うん、わかってる。お母さんのこと、安心して任せてよ。アメリカに行ったら僕もお医者さんになるための勉強を頑張る」我が子の真剣な顔をじっと見て、何度もうなづく蒼真さん。「頼もしいな」「お父さんには負けないよ」2人は年齢は違っても、今から良きライバルだ。蒼太は、どんどん蒼真さんに容姿が似てくる。そんな息子のことが、父親としては可愛くて仕方がないのだろう。「痛いよ」「じゃあな、行ってくる」蒼太のことも強く抱きしめてから、別れを惜しむように蒼真さんは日本を離れた。はるか遠くに消えてしまうまで、蒼太は飛行機に向かってずっと笑顔で手を振っていた。この子は私が守る――どんなことがあっても。だから安心してね、蒼真さん。初めて出会った頃の2人からは想像もつかないけれど、私達は結構お似合いの夫婦なのかも知れない。なんて……やっぱり厚かましいのかな?あなたはとてつもなく深い愛情を、毎日私にくれる。だから、私はあなたに「愛されてる」と、ちゃんと信じていられる。永遠に蒼真さんから離れたくない、ずっとあなたと共に生きていきたい。こんなにも幸せにしてくれて、本当に、本当にありがとう。白川先生、私はあなたが大好きです。いっぱい、いっぱい、愛してる。
「藍花、今日はお前を抱きたい」「どうしたんですか?改まって……」「お前を見てたらしたくなった」今でも時々、蒼真さんは私を求めてくれる。そのおかげで私は、いつまでも女でいられる気がしている。こういう愛の形がいつまでも続けばいいと思ってはいるけど……女性としての努力を忘れないようにしないと、いつか蒼真さんに飽きられてしまいそうで少し怖い。「藍花……綺麗だよ」「もっと……して、蒼真さん」私、今でもまだ蒼真さんに「しつけ」られている。いや、違う。私が「しつけ」てもらいたがっている。まだまだあなたに抱かれたいと、この体はどこまでもあなたを欲してる。「俺は、お前のことを心から愛してる。どんなことがあってもそれを忘れるな。いいな」「はい。私もあなたを、蒼真さんを愛してます」2人の濃密な夜は、いつだって、甘くてとろけるような愛情で満たされている。こんな日々がずっと続くよう、私は心で深く願った。***エアポートから飛び立つ飛行機を見送る。だんだん小さくなるそれを見上げながら、一足先にアメリカに旅立った蒼真さんのことを想った。案外早くに蒼真さんの海外行きが決まり、側にいなくなるのは少し不安だったけれど、目の前に迫った蒼太の小学校の卒業式を終えてから、私達は後から追いかけることにした。「俺はしっかり向こうの病院で外科医として修行するつもりだ。世界で通用する最高の技術を身につけたい。お前達に恥じないよう、蒼太にとっては立派な父親として、藍花にとっては良き夫として生きていきたい」出発前に私に言ってくれたその言葉。私は、感極まって涙が溢れて止まらなかった。少しの間でも離れてしまう寂しさと、新しい場所での活躍を応援する思い、私達への深い愛情に対する感謝が入り交じった、何とも言えない気持ちになった。
蒼太が小学校の高学年になった頃、蒼真さんに看護師への復帰を勧めてもらった。学校でのPTA活動などにも参加していたら、あっという間の高学年。そろそろ私も……と思っていたタイミングだったので、とても驚いた。でも……すごく嬉しかった。また看護師として患者さんのために頑張れる――そう思うと自然に喜びが湧き上がり、気持ちが引き締まった。松下総合病院に戻ってほしいとのお誘いもあったけれど、私は蒼太のために近くにある小さめの総合病院に勤めることにした。ヒヨコのまま辞めてしまったので、今度もまた新たな気持ちで1からスタートしたいと思った。久しぶりのナースステーションに最初は緊張したけれど、中川師長みたいな頼れる先輩がいて、私にいろいろ教えてくれるのが有難かった。蒼真さんの知り合いの先生もいて、とても働きやすい環境に、私は意外とすぐに馴染むことができた。精一杯頑張ろうと毎日奮闘している私を、家族が支えてくれることが、何より有難く、感謝しかなかった。外科医として期待されている蒼真さんは、ゆくゆくは海外で活躍するかも知れない。まだ何もわからないけれど、その時は私も仕事を辞めて着いていかなければならないだろう。いや、もちろん、着いていきたい。そのために、私は今、働きながら英会話スクールにも通い始めた。蒼真さんは英語がペラペラで、蒼太も小さな頃から蒼真さんと英語で会話していて結構話せる。私だけが置いてけぼりにならないように今頃慌てているのが正直なところだ。とにかく、どんなことになっても一喜一憂せずにどっしり構えていられるよう、今はしっかり自分の仕事、家事、子育て……ができるようにと気合いを入れている。時々、孫の顔を見にきては、バタバタしている私をさりげなく助けてくれる両親達にも感謝だ。子守りや家事を手伝ってくれると、とても助かる。みんな蒼太が可愛くて仕方ないようで、孫に会いに来るのが生きがいだとまで言ってくれている。私は……そんな優しい人達に守られ、支えてもらいながら、毎日を生きている。
最高の秋日和。私はやはりこの季節が1番好きだ。今日は、小学校1年生になった蒼太を連れて、久しぶりのキャンプにやってきた。川沿いの美しい紅葉が見られる素晴らしいロケーションの中、私達はバーベキューを楽しんでいた。「蒼太!危ないから気をつけてね。絶対遠くに行っちゃダメよ」「はーい!大丈夫だよ」目の前に広がる浅瀬の川。すぐ近くで石を並べて遊んでる蒼太は、いつも以上にはしゃいでいる。「蒼太、楽しそうだな」「そうですね。今日はみんなで来れて良かったです。蒼太、パパと一緒でちょっと興奮気味です」「そっか……。喜んでくれているなら嬉しいな」「とても喜んでますよ。蒼太はパパが大好きだから」「なら良かった。でも、普段なかなか時間が取れないからな……。本当に申し訳ないと思ってる」「そんなこと気にしないで下さい。蒼真さんには大切なお仕事があるんですから。休みの日だって勉強もしなくちゃいけないし。私は蒼太さんの体が心配です」いつだって患者さんのために頑張っている蒼太さん。最近は特に無理をしているような気がする。「体は大丈夫だ。医師もちゃんと人間ドックを受けてるから心配しなくていい」「……そ、そうですよね」それでも、本当はとても心配だった。「たまにこうして藍花と蒼太、家族と一緒にいられるだけでリフレッシュできてるから。今日もこんなに気分が良い」「それなら……いいんですけど」「そんなに心配しなくていいから。でも、藍花が俺を大事に思ってくれてるのは有難い」「あ、当たり前です!もし蒼真さんが倒れたら私は……」色々と悪い方に考えると目が潤む。「本当に大丈夫だから。俺はお前達のためにいつまでも元気でいたいと思ってる。ずっとずっと3人でこうして一緒にいたい。だから、ちゃんと気をつける」「……はい」「藍花も無理するな。何をするにも一生懸命だから」私のことを心配してくれている……その気持ちがとても嬉しい。「そんなことはありません。私は大丈夫です。でも……そうですよね。私も元気で蒼真さんや蒼太とずっと一緒にいたいです」「ああ。俺達は2人とも元気じゃないと」「はい」「藍花と蒼太が毎日元気に笑ってくれてれば、他には何もいらない。俺は、それだけで頑張っていける」いつものセリフ、何度聞いても胸が熱くなる。こんなにも私達はこの人に大事にしてもらえてい
「嘘っ!またオーナーに怒られたの?」「うん。今月の売り上げがイマイチだったから……。思うようにはいかない」マンションの小さな部屋で、食事中に缶のビールを握りしめ落ち込む太一。「し、仕方ないよ。きっと来月はもうちょっと頑張れるよ。まあ、また気合入れていこー」満面の笑顔でそう言ったものの、実際、経営はかなり苦しかった。実は最近、すぐ近くに同じような店ができ、うちより規模も大きいし、オシャレで、かなりの人気になっている。そのことは、間違いなく売り上げが下がった原因の1つだ。でも……それでも頑張るしかない。弱音を吐いても何も変わらないから。「そうだな。月那のウエディングドレス姿見たいし、新婚旅行にも連れていきたいし」それが、太一の口癖。「それは別にいいって。気にしなくて大丈夫だから。とにかく、心も体も元気じゃないと何も前に進まないんだから、笑顔で乗り切ろうよ。太一はお客さんからの評判いいんだし、頑張ってたら、必ずまたこっちにお客さんが戻ってきてくれるから。絶対大丈夫!」太一と私のマッサージの腕は誰にも負けることはない、それだけは絶対に自信があった。「ありがとうな、月那。俺は、お前がいるから頑張れる。本当に……感謝してる」一瞬で顔が真っ赤になる。私は慌ててビールを喉の奥に流し込んだ。「あ~ちょっと酔っ払ったかも~。そうだ、ベランダ行こっ。太一も一緒に出よう。さっ」私は、太一を無理やり外に連れ出した。「うわぁ、いいね~。気持ちいい風だな、最高~」「ほんとに秋の風って最高~」こうして隣に太一がいてくれる安心感は半端ない。「月……めっちゃ綺麗だ」 「そうだね。いつか連れてってくれるんでしょ、あそこに」私は、腕を空に伸ばして指をさした。「ああ。任せとけ!絶対、行くから。2人であの月に!」そう言って、太一は私のことを抱きしめた。「ちょっと痛いよ、太一。もう、こんなムキムキの立派な腕をしてるんだから、めそめそしてちゃダメだよ。元気出しな。笑おうよ」私も、太一の腰に両腕を回した。このでっかい感じ、これが好き。「ガッハッハッ。これでいいか?」「バカじゃないの?本当に太一はお調子者なんだから」まだ抱き合ったまま、今日は離さないんだね。ちょっと照れる。「なあ、月那」「ん?」「俺、お前と結婚して良かったよ。本当に……大正解。これ