ふと目を開けると外はほんのり薄暗くなっていた。
少しだけ眠るつもりが結構長く寝てしまったらしい。横を見るとアカリやソフィアさんは既に起きている。「あら、やっと起きたのね」
「どれぐらい寝てたでしょうか?」「数時間、といったところね。そろそろ野営のポイントに着く頃よ」ソフィアさんは僕の横で凛とした顔で座っていた。寝起きで見ると余計に美しさが際立つな。「よし、この辺でいいかな。野営にしようか」
アレンさんの指示通り、僕らは馬車から降りてクロウリーさんの亜空間魔法により出されたテントなどを設営していく。テントの設営は慣れないながらもなんとか一基作ることができた。
額の汗を拭いながら後ろを振り向くと僕が一基作る間に三つのテントが建っていた。「あら、やっと終わったのね」
「ええ……早すぎません?」「これくらい冒険者やってれば目を瞑ってもできるわよ」ソフィアさん凄いな。皇女とは思えぬ技術だよ。テントどころかキャンプ道具まで用意されていて、手際がいいというかもう何やってもソフィアさんに勝てる気がしないよ。焚火を囲んで座ると不意に静寂が訪れる。静かになると色々と考える事が脳裏に浮かんできて、センチメンタルな気持ちに陥った。今頃日本はどうなっているんだろうか。
本当にあの日に戻す事ができるのだろうか。「どうしたの?」
僕が浮かない顔をしていたからかアカリが心配そうな表情で覗き込んできた。「いや、姉さんとかどうしてるのかなって」
「紫音は元気にやってる。多分」アカリなりの励まし方なのだろう。僕はフフッと笑ってしまった。「そうだな、でも今一番心配なのは記憶までなくなってしまう事かな」
「時間を戻した弊害?」「そう。結局元の時間軸に戻れたとしても僕らの記憶まで消えてしまっていたら悲劇は繰り返される。それが怖いんだ」「忘れなければいい。私は忘れない」ア「僕からも聞きたい事があったんです」「そんな気はしておったよ。その赤眼の事じゃろう?」クロウリーさんは察していたらしい。僕が言うまでもなく言い当ててきた。「禁忌を侵した証、それが赤眼じゃ……。身体の中にある魔力回路に負荷がかかり、高位の魔法を使おうとすると暴走する。つまり、死が待っておる」「これは一生治るものではないという事ですか?」「現時点では治す事はできん。当然儂でも不可能じゃ」クロウリーさんで無理なら本当に無理なのだろう。期待はしていなかったが、やっぱりみんなの役に立つ事ができないのは辛い。中級魔法でも役立てる事はあるだろうが、それでも魔族と戦う事になれば上級魔法は必須となる。それが使えないとなると足手まといでしかない。「じゃがそこまで悲観する事はないぞ。禁忌を侵した者にしか使えん魔法も存在する」「そうなんですか?」そんな情報はアカリやアレンさんから聞いていなかったな。もしかして教えたくない危険なものなのだろうか。「失われた魔法じゃ、今では使える者が殆どおらんのでな。知らん者の方が多い」「アレンさんからも教えてもらえませんでした」「そうじゃろうて。儂のような長年生きている者でも極わずか。どうする?知りたいか?」知りたいかと言われれば知りたい。しかしそれが危険なものならあまり手を出すべきではないだろう。僕は少し悩んだ末に頷いた。「良かろう。ただし、これは他者に教えてはいかんぞ?もちろん、あの面子にもな」そう言いながらクロウリーさんはテントの方を見た。アレンさん達にも教えてはいけないらしい。僕はもう一度頷くと、クロウリーさんは若干を声を潜めた。「邪法。それはそう呼ばれておる」クロウリーさんは邪法について語ってくれた。過去に存在した大魔法使い。ある魔法使いが生み出した禁忌の魔法、それが邪法と呼ばれるものだ。どうして邪法と呼ばれるのか。
邪法の効果は分かった。ただ、その邪法を使えばどんな代償を払わなければならないのか。それを聞くのが怖かった。「どうじゃ?なかなか面白い邪法ばかりじゃろう?」「……そうですね。どれも僕が喉から手が出るほど欲しい力です。ただ、その邪法を使えばどんな代償を払わなければならないのですか?」代償を払わず強大な力を得る事は不可能だ。必ず重い代償を払うのが世の常だろう。「そうじゃな……邪法全てに通ずる話になるが、使えば使う程寿命を削る。連発はできんと思うがよい」「寿命、ですか」「そうじゃ。といっても一回使って十年失うような重い代償ではない。とはいえ一年から五年の寿命は失う」「ここぞという時以外は使わない方がいいんですね」一年から五年しか寿命を削らないのであればまだ気が楽かもしれないな。僕はまだ若いし寿命だってまだまだある。それでも調子に乗って使いすぎないようにしないと。「それで、その邪法はどうやって習得するのでしょうか?」「それはもう簡単な話じゃ。邪法を扱える者に見せて貰えばいい」見るだけで覚えられるのか?そんなバカなと言いたかったがクロウリーさんは冗談を言っているような表情ではなかった。「儂は一応使えはするが……見ての通り禁忌を犯してはおらん。つまり、儂の扱う邪法は不完全な代物だと思うといい」「不完全でも使えるんですか?」「もちろん。儂がそれだけ優秀という事じゃ。さっきも言ったが赤眼を持っていなければまず使えん。儂は疑似的に赤眼へと変えてしまう魔術を持っておるのでな」魔導王ともなればもうなんでもありだな。この世の全ての魔法を使えるんじゃないだろうか。「もっと簡単な方法がある。儂の手を握れ」言われた通り手を握ると、突然クロウリーさんの目が赤眼へと変わった。「儂が魔力をカナタに流し込む。邪法の使い方を伝える事ができる特殊な魔法じゃ」「あ、ああ
夜が明けるとテントを畳み、馬車へと乗り込む。昨日クロウリーさんに教えてもらった邪法を試してみたい所だが、アレンさん達にバレないように使うにはなかなか難しい。できればぶっつけ本番は避けたい所だし、どこかタイミングを見測らって試すしかない。「どこか上の空のようだけどどうしたんだい?」「いえ、平和な時間だなと思いまして」アレンさんが僕の様子を不審に思ったのか問い掛けてきた。僕は適当に返しておいたがバレたのかとドキッとした。また長い馬車に揺られる事数時間。「クロウリー、神族と本気でやり合ったら勝てそうだったかい?」アレンさんの言葉に僕は噴き出した。まさかとは思うが神族を倒そうと思っているのだろうか。「うーむ、そうじゃな……一対一ならば勝てるじゃろうて。ただ、二人を相手にするのは些か厳しいぞ」「なるほど……じゃあとりあえず二人までならどうにかなりそうだね」アレンさんは万が一の事を考えて、二人で神族を抑え込むつもりのようだ。二人までといったのはこっち側の戦力で圧倒的なのが二人だけだからだろう。フェリスさんとアカリも十分強者の部類だが、アレンさんとクロウリーさんに比べれば数段落ちる。ソフィアさんも”黄金の旅団”より劣るという話だし、僕は言わずもがなだ。「ちょっとアレン。神族とやり合うなんて馬鹿げた話は止めて頂戴」「ん?いやいや、もしもの場合さ。流石にボクだって神族とやり合うのは骨が折れるからさ」勝てない、と言わないのはやはり自身の表れか。事実アレンさんに勝てるような人は数える程しかいないだろうし。そもそも神族って名前が付いているくらいだし、神の如し力を持っているのでは?人間の身で勝てる相手なんだろうか。全然神族の強さが想像できないな……。「もしも、ね。じゃあもしも神族が三人以上で襲ってきたらどうするつもり?」「その時はフェリス
帝都を出て早五日。危なげなく今のところは安全に移動する事ができていた。風景も徐々に草原から木々が生い茂る山道へと変化している。山を越えるとは聞いていたが、想像していたより斜面はきつくなく緩やかに馬車は登って行く。神域の結界は目に見えないとの事だが、それでどうやって判断するのか。答えは簡単だ。神域に入ろうとするとどうしてかいつの間にか同じ場所に戻ってしまうそうだ。永遠に神域へと足を踏み入れる事は叶わない。普通の人なら神域の結界に阻まれているなど理解するのもできないらしい。そこでクロウリーさんの出番だ。結界の境目を見つけ出す特殊な魔法で位置を特定するらしく、原理は分からないがとにかく絶対に見つける事が可能だそうだ。結界の境目を見つけたら次にこじ開ける作業へと入る。そこからはアレンさんの出番だ。神族に感知されてしまうと当然大挙して押し寄せる。それが一体なのか十体なのかは分からないが、クロウリーさんが結界を破壊するまでアレンさんが抑えなければならない。その間、僕は後方待機だ。まあ何の役にも立たないから、前に出ても仕方がない。結界を破ったタイミングで恐らく既にアレンさんと神族の戦闘は始まっている。そこでやっと僕の出番がくる。アカリやフェリスさん、ソフィアさんに守られながら前に出て神族との交渉に移るというわけだ。交渉が上手くいかなかったら……その時に考えるしかないだろう。「どうしたのカナタ君。浮かない顔ね」フェリスさんが僕の顔を覗き込んでくる。考え事をしていたせいで、真顔で窓の外を見ていてしまっていた。「いえ、何となくプ
〜プロローグ〜2044年4月9日。平和な世界は一変した。降り注ぐ隕石、崩れる高層ビル、燃え盛る住宅街、焼け爛れた道路を闊歩する異形な生物。空が割れ轟音が耳を劈く。無事な人を探すほうが難しいくらいだ。「助けて!!足が!!!」「なんだよこの化け物は!!うわぁぁぁ!」「痛いよぉ……」あちらこちらで、声が聞こえる。僕は手を差し伸べる事もせず、そんな声を聞き流し目的地へと足を進める。横を見れば黒髪の女性が悲しそうな目で周囲を見渡す呟く。「何人死んだんだろう……」そんな呟きも聞き流し、歩き続ける。もう望みはあそこにしか残されていない。何もかもが昨日の風景とは違う。何処を見渡しても阿鼻叫喚。もう、元には戻れない。全ての元凶である僕には、ただ静観するほかなかった……―――――― 2043年9月2日。光が丘科学大学4回生、城ヶ崎 彼方《カナタ》。僕は近未来科学科に所属し、文明の発展に役立つ知識や技術を学んでいる。難しい事をしているように聞こえるが、ただ時代の最先端を知りたいから、なんて単純な動機で入っただけだ。昔は空飛ぶ車なんて物は出来たばかりで運用には至ってなかったみたいだが、今じゃ何処を見上げても車が飛んでいる。ちなみに僕は免許がないから乗ったことがない。両親は高校生の時に事故で亡くなったが姉と二人暮らしでなんとかやっていけてる。ただそんな姉もそろそろ弟離れしてほしいんだけどな……「カナター!ちょっと来てー!」ご近所さんに聞こえるほどの大声で2階の自室から僕を呼んでいるのは社会人2年目でアパレルショップで働いている城ヶ崎 紫音《シオン》。「姉さ
バスに揺られること15分。隣には黒髪でショート、整った顔で誰もが見惚れる姉、紫音がいる。「緊張するなー自分が壇上に立つわけじゃないけどテレビとかも来るんでしょ?カナタは緊張してる?」落ち着きがない様子で僕の顔を覗き込んでくる。実際緊張してない訳がない。著名な科学者や研究者も来るし、テレビも来る。もちろん取材とかもされるだろうし生中継もされるって話も聞いてる。「もちろん緊張してるよ。流石に全世界に向けて話すんだから緊張しない訳がないよ」天才だろうが、僕は一介の大学生。今までテレビなんて出たことないし、著名な人達とも顔を合わせたことがない。ここまで大げさになるなんて、著名人の言葉は重いんだなと実感する。今日の朝もテレビで、[異世界は存在する!?そもそも行くことが出来るのか!?][科学者の五木さんが理論上可能と大胆発言!]なんてテロップが流れて芸能人が騒いでたな。誰だよ五木さんって。「姉さんも覚悟しといた方がいいよ。僕の身内ってだけで取材されるだろうから」「ええー!?聞いてないよそんなの!」「考えたら思いつく事じゃないか、一介の学生が世界に向けて発言するのに姉さんには何にも聞いて来ない訳がない」記者も僕の素性やプライベートではどういった生活をしているのか、なんて所まで知ろうとしてくるだろうし、一番身近な姉に聞くのは当たり前だろう。「次は、国際大会議場前〜」目的地を読み上げる運転手。窓に顔を向けると白く大きな3階建ての建物が見えてきた。バスを降りるとどこを見てもテレビカメラや取材陣で溢れている。僕を見つけた1人の記者が駆け寄ってきた。「彼方さん御本人ですね?」顔はもう出回ってるから知ってるくせに、と思いつつも真面目な顔で答える。「はい、本人です」その一連のやり取りを見ていた他の記者やテレビカメラも寄ってくる。「すみません、時間が押してるので取材はまた後でお願いします」断りを入れて、人をかき分けつつ会場へと足を運ぶ。「私を置いてくなーカナター!」残念、姉は取材陣に囲まれてしまったようだ。僕の代わりに適当に答えてくれ、申し訳ない。と、心にも思っていないが軽く両手でゴメンの合図を送って先に会場入りをした。――――――五木隆は若くして先進科学分野で実績を残した著名人である。反重力装置の開発に成功し、宇宙探査に大きく
「何処にいるんだろうカナタは」ひとり呟くのは姉の紫音。取材陣にもみくちゃにされて、やっと抜け出したと思ったら弟がどこに行ったかわからず会場内を彷徨っていた。周りは自分より年上の人達ばかり。何処にいても聞こえてくるのは弟の話。「まだ学生だろ、彼方って子は」「いや、学生だなんて馬鹿に出来ないぞ。あの五木隆が目を付けて今回の場を設けたくらいだからな」「大体異次元へのアクセスなんて人類にはまだ早いんじゃないのか?」彼方の発表内容に対して、賛否両論ありそうな声があちらこちらから聞こえてきて、つい言い返しそうになる。「みんな分かってないなーうちの弟は天才なんですからね!」プリプリしながらも周囲を見渡し弟を探すが一向に見つからない。そのうち適当な席にでも座るかと、空いてる場所を探していると眼鏡をかけた一人の女性が前から手を振って近づいてきた。「紫音ちゃん!やっと見つけたわ!」「あれ!?茜さん!」紫音に声を掛けてきたのは、斎藤茜。光が丘科学大学のOBで今は地球工学の研究者として働いている。弟に誘われ大学の文化祭に行ったときに初めて知り合い、気があったからなのかプライベートでも遊ぶほどの仲でもある。「そりゃあ来るでしょうよ、大学の後輩がこんな大きな舞台に出るんだから!」彼方ともそれなりに付き合いがあり、私達姉弟からしたら保護者みたいな立場の人だ。「でも彼方が何処に行ったか分からないんですよ……」「彼方君は多分舞台裏にいるわよ?今日の主役なんだから」「あ!そうか。そりゃ探しても見つからない訳だ」肩を竦めて苦笑いをする紫音。会場には所狭しと人が詰め掛けている。紫音と茜は空いてる席を探しつつ、会場内を彷徨いた。中にはテレビで見た事のあるアナウンサーなども視界に入り、それだけ注目を浴びているのだと再認識する。「あ!ほら!壇上に出てきたわよ!そこの席にでも座りましょ」そんなやり取りをしているとやっと壇上に彼方が現れたようだ。隣には五木って人が立っている。大きな拍手と共に壇上にスポットライトが当たる。「さあ、彼方君が唱えた異世界へのアクセス方法とやらを聞かせてもらいましょうか」品定めするような眼つきで茜は壇上に目線をやった。――――――眼前に広がる無数のカメラや人の目線。これから僕が全世界に向けて異次元への行き方を提唱するんだ。
五木にスポットライトが当たると皆が静かになった。静まったことを確認し、マイクを握る。「皆様本日はお集まりいただきありがとうございます。ご存じでしょうがまずは自己紹介をさせて頂きます。半重力装置でお馴染みの科学者、五木隆です。私の右手にいるのは今回の主役、城ケ崎彼方さんです。ではご本人から一言挨拶を頂きましょう」そう言って五木さんは僕にマイクを渡してきた。覚悟を決めるんだ。世界を救わなければならない、でも決して知られるわけにはいかない。震える手でマイクを握りしめ、カラカラに乾いた喉から声を出す。「初めまして、ご紹介に預かりました城ケ崎彼方と申します。本日は異次元へのアクセスを理論上可能とした為皆様に分かりやすくご説明していこうと思います」その言葉だけで精一杯だ。手汗も凄いし声も震える。そのまま五木さんにマイクを返すと小声で、リラックスリラックスと微笑みながら声を掛けてくれた。「では今回どうやって異次元世界へと行くのか、そもそも本当に異次元へ渡る方法など存在するのか、質問は無限にあるでしょうがしばしの間静粛に聞いていただこうと思います」ここからは五木さん主体で、話は進んでいく。僕はプロジェクターに表示された内容の詳細を説明しそれに対して五木さんから質問される。それが約2時間にも及び、僕もだいぶ慣れてきたのか言葉が詰まらず出てきてスラスラと答えていく。余裕が出てきたのだろう、会場内に姉の姿を見つけた。手を振っているが振り返せる訳ないだろうこんな衆人環視の中で……隣にいるのは茜さんか。あの人もやっぱり来ていたのか。事前に取り決められていた流れももうじき終盤に差し掛かる。その時ふと右端に腕を組みこちらを睨んでいる黒髪長髪の男性が目に映った。あんな人見たことがないが、睨んでいるってことは僕の発表に対して何か思うところでもあるのだろう、そう思い目線を外す。「ではこれより質疑応答の時間に移りたいと思います。挙手して当てられたら発言お願いいたします」五木さんがこちらに目線を合わせてきたが、今からが大変だからだろう。僕も目線で大丈夫と返した。「そちらの、スーツにショートカットで眼鏡の女性。どうぞ」まさかいきなり茜さんが指されるとは思わず少し驚いていると僕に目を向け少し微笑んだ。いや違うなあれはニヤッとした顔だ、あの人は僕の困ることを
帝都を出て早五日。危なげなく今のところは安全に移動する事ができていた。風景も徐々に草原から木々が生い茂る山道へと変化している。山を越えるとは聞いていたが、想像していたより斜面はきつくなく緩やかに馬車は登って行く。神域の結界は目に見えないとの事だが、それでどうやって判断するのか。答えは簡単だ。神域に入ろうとするとどうしてかいつの間にか同じ場所に戻ってしまうそうだ。永遠に神域へと足を踏み入れる事は叶わない。普通の人なら神域の結界に阻まれているなど理解するのもできないらしい。そこでクロウリーさんの出番だ。結界の境目を見つけ出す特殊な魔法で位置を特定するらしく、原理は分からないがとにかく絶対に見つける事が可能だそうだ。結界の境目を見つけたら次にこじ開ける作業へと入る。そこからはアレンさんの出番だ。神族に感知されてしまうと当然大挙して押し寄せる。それが一体なのか十体なのかは分からないが、クロウリーさんが結界を破壊するまでアレンさんが抑えなければならない。その間、僕は後方待機だ。まあ何の役にも立たないから、前に出ても仕方がない。結界を破ったタイミングで恐らく既にアレンさんと神族の戦闘は始まっている。そこでやっと僕の出番がくる。アカリやフェリスさん、ソフィアさんに守られながら前に出て神族との交渉に移るというわけだ。交渉が上手くいかなかったら……その時に考えるしかないだろう。「どうしたのカナタ君。浮かない顔ね」フェリスさんが僕の顔を覗き込んでくる。考え事をしていたせいで、真顔で窓の外を見ていてしまっていた。「いえ、何となくプ
夜が明けるとテントを畳み、馬車へと乗り込む。昨日クロウリーさんに教えてもらった邪法を試してみたい所だが、アレンさん達にバレないように使うにはなかなか難しい。できればぶっつけ本番は避けたい所だし、どこかタイミングを見測らって試すしかない。「どこか上の空のようだけどどうしたんだい?」「いえ、平和な時間だなと思いまして」アレンさんが僕の様子を不審に思ったのか問い掛けてきた。僕は適当に返しておいたがバレたのかとドキッとした。また長い馬車に揺られる事数時間。「クロウリー、神族と本気でやり合ったら勝てそうだったかい?」アレンさんの言葉に僕は噴き出した。まさかとは思うが神族を倒そうと思っているのだろうか。「うーむ、そうじゃな……一対一ならば勝てるじゃろうて。ただ、二人を相手にするのは些か厳しいぞ」「なるほど……じゃあとりあえず二人までならどうにかなりそうだね」アレンさんは万が一の事を考えて、二人で神族を抑え込むつもりのようだ。二人までといったのはこっち側の戦力で圧倒的なのが二人だけだからだろう。フェリスさんとアカリも十分強者の部類だが、アレンさんとクロウリーさんに比べれば数段落ちる。ソフィアさんも”黄金の旅団”より劣るという話だし、僕は言わずもがなだ。「ちょっとアレン。神族とやり合うなんて馬鹿げた話は止めて頂戴」「ん?いやいや、もしもの場合さ。流石にボクだって神族とやり合うのは骨が折れるからさ」勝てない、と言わないのはやはり自身の表れか。事実アレンさんに勝てるような人は数える程しかいないだろうし。そもそも神族って名前が付いているくらいだし、神の如し力を持っているのでは?人間の身で勝てる相手なんだろうか。全然神族の強さが想像できないな……。「もしも、ね。じゃあもしも神族が三人以上で襲ってきたらどうするつもり?」「その時はフェリス
邪法の効果は分かった。ただ、その邪法を使えばどんな代償を払わなければならないのか。それを聞くのが怖かった。「どうじゃ?なかなか面白い邪法ばかりじゃろう?」「……そうですね。どれも僕が喉から手が出るほど欲しい力です。ただ、その邪法を使えばどんな代償を払わなければならないのですか?」代償を払わず強大な力を得る事は不可能だ。必ず重い代償を払うのが世の常だろう。「そうじゃな……邪法全てに通ずる話になるが、使えば使う程寿命を削る。連発はできんと思うがよい」「寿命、ですか」「そうじゃ。といっても一回使って十年失うような重い代償ではない。とはいえ一年から五年の寿命は失う」「ここぞという時以外は使わない方がいいんですね」一年から五年しか寿命を削らないのであればまだ気が楽かもしれないな。僕はまだ若いし寿命だってまだまだある。それでも調子に乗って使いすぎないようにしないと。「それで、その邪法はどうやって習得するのでしょうか?」「それはもう簡単な話じゃ。邪法を扱える者に見せて貰えばいい」見るだけで覚えられるのか?そんなバカなと言いたかったがクロウリーさんは冗談を言っているような表情ではなかった。「儂は一応使えはするが……見ての通り禁忌を犯してはおらん。つまり、儂の扱う邪法は不完全な代物だと思うといい」「不完全でも使えるんですか?」「もちろん。儂がそれだけ優秀という事じゃ。さっきも言ったが赤眼を持っていなければまず使えん。儂は疑似的に赤眼へと変えてしまう魔術を持っておるのでな」魔導王ともなればもうなんでもありだな。この世の全ての魔法を使えるんじゃないだろうか。「もっと簡単な方法がある。儂の手を握れ」言われた通り手を握ると、突然クロウリーさんの目が赤眼へと変わった。「儂が魔力をカナタに流し込む。邪法の使い方を伝える事ができる特殊な魔法じゃ」「あ、ああ
「僕からも聞きたい事があったんです」「そんな気はしておったよ。その赤眼の事じゃろう?」クロウリーさんは察していたらしい。僕が言うまでもなく言い当ててきた。「禁忌を侵した証、それが赤眼じゃ……。身体の中にある魔力回路に負荷がかかり、高位の魔法を使おうとすると暴走する。つまり、死が待っておる」「これは一生治るものではないという事ですか?」「現時点では治す事はできん。当然儂でも不可能じゃ」クロウリーさんで無理なら本当に無理なのだろう。期待はしていなかったが、やっぱりみんなの役に立つ事ができないのは辛い。中級魔法でも役立てる事はあるだろうが、それでも魔族と戦う事になれば上級魔法は必須となる。それが使えないとなると足手まといでしかない。「じゃがそこまで悲観する事はないぞ。禁忌を侵した者にしか使えん魔法も存在する」「そうなんですか?」そんな情報はアカリやアレンさんから聞いていなかったな。もしかして教えたくない危険なものなのだろうか。「失われた魔法じゃ、今では使える者が殆どおらんのでな。知らん者の方が多い」「アレンさんからも教えてもらえませんでした」「そうじゃろうて。儂のような長年生きている者でも極わずか。どうする?知りたいか?」知りたいかと言われれば知りたい。しかしそれが危険なものならあまり手を出すべきではないだろう。僕は少し悩んだ末に頷いた。「良かろう。ただし、これは他者に教えてはいかんぞ?もちろん、あの面子にもな」そう言いながらクロウリーさんはテントの方を見た。アレンさん達にも教えてはいけないらしい。僕はもう一度頷くと、クロウリーさんは若干を声を潜めた。「邪法。それはそう呼ばれておる」クロウリーさんは邪法について語ってくれた。過去に存在した大魔法使い。ある魔法使いが生み出した禁忌の魔法、それが邪法と呼ばれるものだ。どうして邪法と呼ばれるのか。
ふと目を開けると外はほんのり薄暗くなっていた。少しだけ眠るつもりが結構長く寝てしまったらしい。横を見るとアカリやソフィアさんは既に起きている。「あら、やっと起きたのね」「どれぐらい寝てたでしょうか?」「数時間、といったところね。そろそろ野営のポイントに着く頃よ」ソフィアさんは僕の横で凛とした顔で座っていた。寝起きで見ると余計に美しさが際立つな。「よし、この辺でいいかな。野営にしようか」アレンさんの指示通り、僕らは馬車から降りてクロウリーさんの亜空間魔法により出されたテントなどを設営していく。テントの設営は慣れないながらもなんとか一基作ることができた。額の汗を拭いながら後ろを振り向くと僕が一基作る間に三つのテントが建っていた。「あら、やっと終わったのね」「ええ……早すぎません?」「これくらい冒険者やってれば目を瞑ってもできるわよ」ソフィアさん凄いな。皇女とは思えぬ技術だよ。テントどころかキャンプ道具まで用意されていて、手際がいいというかもう何やってもソフィアさんに勝てる気がしないよ。焚火を囲んで座ると不意に静寂が訪れる。静かになると色々と考える事が脳裏に浮かんできて、センチメンタルな気持ちに陥った。今頃日本はどうなっているんだろうか。本当にあの日に戻す事ができるのだろうか。「どうしたの?」僕が浮かない顔をしていたからかアカリが心配そうな表情で覗き込んできた。「いや、姉さんとかどうしてるのかなって」「紫音は元気にやってる。多分」アカリなりの励まし方なのだろう。僕はフフッと笑ってしまった。「そうだな、でも今一番心配なのは記憶までなくなってしまう事かな」「時間を戻した弊害?」「そう。結局元の時間軸に戻れたとしても僕らの記憶まで消えてしまっていたら悲劇は繰り返される。それが怖いんだ」「忘れなければいい。私は忘れない」ア
宿に戻ると既に準備が整っているのかみんな馬車の前で談笑していた。クロウリーさんが小粋なトークでもしてるのか、会話の中心にいるのは魔導王だった。「お待たせ、さあ行こうか!」「おお、カナタ似合っているではないか!ふむふむ……機能的でありながら魔法防御にも秀でているときたか。流石はリオンの商会じゃな」クロウリーさんのお眼鏡にも叶ったようで概ねいい評価だった。アカリは無言でグッと親指を上に向けてポーズをとる。似合っているらしい。「あら、案外似合っているのね。いいじゃないの、ちょっと奇抜だけれど」「奇抜……なんですねやっぱり。これ僕のいた世界では凄く普通の服なんですが」こっちの世界の人からしてみれば奇抜に映るようだ。まあ僕としては着慣れた服だし機能も盛り込まれているし構わないけど。「いいわね!日本にいたのを思い出すわ!」フェリスさんは日本を懐かしんでいるが、ついこないだまでいたんだから懐かしさもクソもあったものではない。雑談もそこそこに馬車へ乗り込みいよいよ出発する。ここからは長旅だ。平和的に事が進んでくれればいいが、結界を強引にこじ開けるのだからそう上手くはいかないだろう。「クロウリー、馬車には結界を張ってくれたかい?」「当然じゃ。中級程度の魔物なら触れただけ消滅するわい」とんでもなく恐ろしい会話が耳に入って来たが、聞こえなかったフリをしておこう。……魔物じゃなくて人間も触れたら消滅するんじゃなかろうか。ルフランの街をもう少し堪能したかったな。店も色んな種類があった。
「完成したよ」リオンさんの所にいくなり、掛けられた言葉だ。まさか昨日採寸してもう出来上がったのだろうか。リオンさんの部下であろう女性が手に黒い服を持ってくる。まさかとは思うが黒いスーツか?「これは私が独自に開発した特殊な繊維でできた高機能型防護服だ。まずはサイズに問題がないか着てみてくれ」言われるがまま僕はその服へと着替える。着替えててすぐに分かったよ。これはスーツだって。着替えてアレンさんの前に姿を見せると拍手された。「おお!いいじゃないかカナタ!凄い似合ってるよ」「まあ、そうですよね。何度か日本でも着てましたし」研究発表会などでは必ず着ていたし、まあ着慣れているといえば着慣れている。「これは特殊な繊維を使っているから、ナイフ程度で切りつけたところで切れ目一つ入らない頑丈さがある。魔法に対しても多少の抵抗力を持たせているから革製の防護服に比べればより防御力は高い」「ありがとうございます。オーダーメイドってこんなにすぐできるもんなんですね」「今回はアレンからの依頼だからね。そりゃあ全力で作るさ」アレンさんからの依頼は基本最優先にしているらしい。「これで神域に挑めるね。ありがとうリオン。はいこれ、今回の依頼料」「よし、十分だ」アレンさんはパンパンに貨幣が詰まった袋をそのまま手渡すとリオンさんは中身も見なかった。信頼しているのは分かるけどチラッと中くらい見たらいいのに。まあ多分中身は金貨ばっかりなんだろうけど。リオンさんと別れ僕らは帰路につく。着替えてそのまま出てきたが歩きやすさといい、とても快適な気分だ。ただ、少しばかり目立つのが玉に瑕だが。「準備はこれで完全に整ったよ。さあいよいよ神域を目指すわけだけど、長旅になるよ~」「大体どれくらいかかるもんなんですか?」「うーん、多分だけど順調にいって一週間は確実にかかると思った方がいいね」それは確かに長旅だ。それだけの
僕だけ別室に連れていかれると女性が二人綺麗な立ち姿で待機していた。一体何が始まるんだ。戦々恐々と僕はリオンさんに尋ねた。「あの……何かするんですか?」「ん?アレンから何も聞いていないのかい?私はこう見えて服飾関係の仕事をしているんだ。だから君に合う服を見繕ってくれという内容だと思ったのだが、違うのかい?」ああそういう事か。アレンさんは僕が装備している革製のしょぼい防具ではなく、今まで着ていたような服で頑丈なものを用意してもらおうという考えだったらしい。「ってことは採寸ですかね?」「そういうことさ。君も察しがいい、アレンが気に入るのも納得したよ」「気に入られているのかどうかは分かりませんよ」「いや、気に入っている者でなければ私に紹介などしないよ。さあ、君達始めてくれ」リオンさんが先程の部屋へと戻ると僕はあれよあれよとされるがまま、採寸を行った。全裸にされるなんて聞いていなかったぞ……。採寸を終えてみんなの待つ部屋へと戻ると、話は区切りがついていたのか帰り支度をしていた。採寸だけしてもらっただけだけど、もう帰るのかな。「じゃあ明日もう一度来るからよろしく頼むよ」「任せろ。私が完璧に仕上げてみせよう」支払いとかどうするのかな。アレンさんに聞こうとも思ったが無粋な真似はしないでおくかとやめておいた。事前に予約していたのか、宿に到着すると一人一部屋用意されていて僕は束の間の一人の時間を楽しむ事ができるとうれしくなった。ここ最近は誰かとずっと一緒にいたからな……。別に誰が悪いとかではないんだけど、たまには一人の時間も欲しくなるってものだ。「カナタ、私と同じ部屋」「え?」「私の部屋はクロウリーが亜空間の中にある荷物を整理する為に使うって」ああ、残念だ。結局一人部屋ではなくなった。アカリと同じ部屋で泊まる事になっ
夜が明けると各々準備万端で宿り木の前に集合していた。”黄金の旅団”が所有する馬車で行けるところまで向かい、そこからはクロウリーさん頼りの旅程だ。「さてと、みんな準備は大丈夫かな?」アレンさんが集まっているメンツを見回しそう言うとみんな頷く。僕は準備といっても大した装備はない。防具だって革製のものでなければ動きが鈍くなるし、武器もライフルと魔道具数個程度だ。馬車で移動するのもだいぶ慣れた。この世界に順応していたといっても過言ではない。ただ、やっぱり自動車と比べると遅いし揺れるし乗り心地でいえば自動車に軍配が上がる。馬車に揺られる事数時間。帝都を出て最初に到着したのは中規模の街だった。「ここは商業都市ルフランさ。ここで少しばかり休憩といこうか」初めて来た街は高い建物が多く、帝都とはまた違った雰囲気だった。「カナタ、はぐれてはだめよ」「僕も子供じゃないんですから……」「興味津々といった目をしていたわよ。だからワタクシから離れないように」ソフィアさんは僕の母親か?と思えるような発言をする。確かに興味はある。だからといってフラフラと歩き回るほど僕は馬鹿じゃない。まあソフィアさんには何を言っても無駄なので僕は黙って従う事にした。「凄いですね……道路、というのか道も綺麗に舗装されてますし建物も白っぽい色が多いですね」「商業都市だからよ。あまり奇抜な色は商人が好まないのよ」そうなのか。案外奇抜な色の方が目立っていいと思ったんだけどな。「悪目立ちしても商人にとっては一利にもならないわ」「そういうもんなんですね」「この街にいるはずの彼に会いに行こうか」アレンさんの知り合いがこの街に住んでいるそうだ。僕ら一行は目的の人物に会う為、見慣れない高層ビルような建物へと入った。「やあ、彼はいるか