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結城 芙由奈
結城 芙由奈
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Novels by 結城 芙由奈

偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした

偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした

父親を亡くし、入院中の母を養っている私――須藤朱莉は、ある大手企業に中途採用された。けれどその実態は仮の結婚相手になる為の口実で、高校時代の初恋相手だった。 二度と好きになってはいけない人。 複雑に絡み合う人間関生活。そしてミステリアスに満ちた6年間の偽装結婚生活が始まった――
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Chapter: 2-34 鉢合わせ 3
マーケット散策の後、エミが言った。「アカリ、モルディブと言ったら何と言っても魚料理よ。私ね、すごく美味しい魚料理を提供してくれるレストランを知ってるの。お店もお洒落で最近人気なのよ。今からそこに行くわよ。栄養のある料理を一杯食べて日本に戻る頃には2~3キロ位体重を増やす覚悟で食べた方がいいわよ。だって貴女痩せ過ぎだもの」「え? そうでしょうか……?」朱莉は鏡に映った自分の姿を思い出してみた。……そう言えば最近あばら骨が目立ってきたような気がする。「……分かりました。頑張って食べるようにします」「OK、そうこなくちゃね?」エミは楽しそうに笑った。****エミが朱莉を連れてやってきたのは美しい海がすぐそばに見えるシーフード料理の専門店であった。訪れている客は外国人観光客が多く目立っている。「この店はね、リーズナブルな値段ですごく美味しい魚料理を提供してくれる事で有名なのよ? だから外国人観光客にもとっても人気があるの」テーブルに着くとエミが説明してくれた。「アカリ、何を食べたい?」エミにメニューを手渡されると朱莉は頬を染めて俯いた。「……すみません。英語表記で……よく分からなくて……」「あ、ごめんなさい。それじゃアカリ。私と同じメニューでもいいかしら?」「はい、是非それでお願いします」エミは近くを通りかかったウェイターに話しかけ、何やら料理を注文した。「何を頼んだのですか?」話しが終わったエミに朱莉は尋ねた。「それは当然魚料理よ。フフフ…楽しみにしていてね」「はい、分かりました」それから料理が届くまで、朱莉とエミは世間話をしていた時のことだ。何気なく入口を見ると、丁度店内に入って来たカップルが朱莉の目に止まった。(そ……そんな……!)朱莉はその来店客を見て心臓が止まりそうになった。店内へ入って来たのは明日香と翔だったのである。(どうして……? まさかこんな場所で出会う事になるなんて……)心臓が急に苦しくなってきた。呼吸が荒くなる。「どうしたの? アカリ?」突然顔色が真っ青になった朱莉を見てエミが尋ねた。「あ……あの……す、すみません。な、何でも無いです……」「何言ってるの? 何でも無いなんてことないわ! 酷い顔色をしてるじゃない」エミが朱莉の肩に手を置いた時、突然2人に声をかけてきた人物がいた。「あら? 
Last Updated: 2025-03-13
Chapter: 2-33 鉢合わせ 2
エミが最初に連れて来てくれたのは地元のマーケットであった。モルディブで売られているスイーツや野菜はどれも日本では見た事もない品ばかりで、朱莉はすっかり目を奪われていた。「エミさん。これは何ですか?」朱莉が指さしたのは直径30㎝ほどで薄茶色の果実であった。「ああ、これはココナッツ……これがいわゆる未成熟の椰子の実よ」「ええ! これが……あの椰子の実なんですか?」朱莉は驚いた顔で山積みで売られている椰子の実を眺めた。「あら? アカリ。椰子の実を見るのは初めてなの?」「は、はい……お恥ずかしい事に」頬を染る朱莉。「別に恥ずかしがることじゃないわよ。それじゃ当然飲んだこともないのよね? 椰子の実のジュースが飲めるのはこの青い実の状態じゃないと飲めないの。これがもっと成長すると、表面の色がもっと茶色くなって。周囲に繊維がつくのよ」「へえ~……そうなんですか? ちっとも知りませんでした」「それじゃ椰子の実ジュース初体験してみましょうか?」エミは椰子の実を売っている男性に何か話しかけ、2つ椰子の実を購入した。男性店員は器用に先端だけ皮を剥いて切り落とすと、太くて長いストローを差し込んでエミに手渡す。エミは笑顔で受け取ると、朱莉に1つ手渡した。「向こうにベンチがあるから、そこに座って飲みましょうか?」2人でベンチに座ると早速エミが勧めてくる。「さあ、アカリ。飲んでみて?」「は、はい……」朱莉は恐る恐るストローに口を付けると、中のジュースを飲んでみた。「……」「どう? 美味しい?」「はい! とっても美味しいです。……何だかスポーツドリンクに味が似てますね」朱莉の答えにエミが驚く。「え? 美味しいの? それじゃ私も飲んでみるわ!」エミもストローに口を付けると、勢いよく飲み始めた。そしてストローから口を離す。「まあ! 本当にこの椰子の実は美味しい!」「え……? あ、あの……椰子の実にも美味しいとか不味いとか、あるんですか?」「ええ。そうよ。当たりはずれはあるわよ~。中には青臭くて飲みにくいのもあるからね。でもこの店のは……うん、当たりね! 美味しいわ!」2人は椰子の実ジュースの味を楽しんだ後、引き続きマーケットを散策した――
Last Updated: 2025-03-13
Chapter: 2-32 鉢合わせ 1
 翌朝――  7時にセットしておいたスマホのアラームが鳴った。朱莉は目を覚まし、スマホに手を伸ばして音を止めた時にメッセージが届いていることに気が付いた。(誰からなんだろう……?)着信相手は意外な事に琢磨からであった。「え? 九条さん? 何かあったのかな?」急いでメッセージを立ち上げた。『おはようございます。お身体はもうすっかり良くなられましたか? 実は昨晩副社長から連絡が入りました。残りの日数は自由行動をするようにと言伝がありましたので、ガイドの方と残りの旅行を楽しんでください。副社長と連絡を取りたい時は私を通して下さい』朱莉はそのメッセージを複雑な思いで眺めていた。このメッセージの意図するところは、もう自分とは直接メッセージのやり取りをしたくないという意思表示なのだろうか?一瞬その内容を読んだ時、朱莉は目の前が真っ暗になりそうになった。しかし、朱莉はまだ次のメッセージが残っている事に気が付いた。『日本に帰国後、朱莉さんが元から使用していたスマホから私にメッセージを送って下さい。そちらから今後は明日香さんには内緒の2人のメッセージの橋渡しをさせていただきます。尚、念の為こちらのメッセージを読まれた後は削除しておいて下さい』朱莉はそのメッセージを読んでギュッとスマホを胸に握りしめた。(翔先輩……もしかして私に冷たくしていたのは明日香さんから私を守る為だったの?)都合の良い考えであるのは朱莉は重々承知していたが、それでも自分の為に考えてくれたのだろうと信じていたかった――****――午前10時「おはよう、アカリ」ホテルのラウンジのソファに座ってガイドブックを呼んでいた朱莉は顔を上げた。「おはようございます、エミさん」笑顔で挨拶するも、エミは怪訝そうな顔で朱莉を見つめる。「ねえ……アカリ。何かあったの? たった数日会わなかっただけなのに、随分やつれてしまったように見えるけど、まだ体調悪いの?」心配そうに朱莉の顔を覗き込んできた。「え……そ、そうですか……?」体重は計ってはいないが、日本から持ってきた服が緩くなっている事には気が付いていた。食欲も殆ど無く、たいした食事をした記憶もない。「言われてみれば……ここの所、食欲があまり無くて」「駄目よ、それじゃ。まだ若いのに、そんなにガリガリに痩せてたら魅力も半減してしまうわよ。
Last Updated: 2025-03-13
Chapter: 2-31 夜の会話と過去の記憶 2
『いいか? 確かに明日香ちゃんがあの時怪我をしたのはお前のせいかもしれないが、今は傷跡だって残っていないじゃないか。見た目だって普通と全く違いが無いし。あんななのはもう時効だ。そうは思わないのか?』「だが、あの時の当時の明日香は本当に酷い怪我を負って、医者からも一生傷跡は残るって……」『だが、実際はどうなんだよ? 当然男女の仲なんだ。傷跡があるか無いかくらいは分かるだろう?』2人は踏み込んだ質問も出来る程の関係だった。「……今は……殆ど目立たない。だが……」『もういいよ、分かった。悪かったな。昔の事思い出させて』「いや……別にいいさ」『なぁ、本当にそんなんでこの先、ずっと明日香ちゃんのヒステリーに付き合いながら結婚生活を続けていけるのかよ?』「大丈夫だ。あの時にそう決めたからな」自長期気味に笑う翔。『翔……明日香ちゃんがあんな風になったのは……』「何だ?」『いや、何でもない。そんな事より、この旅行の間はもう朱莉さんとは接触するな。明日香ちゃんにもそう言え。朱莉さんに構うなって約束させろ。それ位は出来るだろう?』「ああ。やってみるよ」『全く頼りない返事だな……』「なあ、琢磨」『なんだよ。そろそろ切るぞ? 明日も早いんだから』しかし、翔は続ける。「こんなこと、お前に頼むのはどうかしていると思うんだが……聞いてくれるか?」『……言うだけ、言ってみろよ』「今後はなるべく朱莉さんとも連絡を取り合いたいと思っているんだ。ただ明日香には知られるわけにはいかない。もしばれたら朱莉さんに風辺りが強くなる」『ん? そう言えばお前、一体何所で電話かけてるんだよ?』「ホテルのバーだ」『チッ、ほんとにいい身分だな? まあいいや。それで話の続きは?』「それで今後はお前を通して朱莉さんと連絡を取りたいと思ってる。いいだろうか?」琢磨が呆れた声を出す。『……はあ? おまえ、本気で言ってるのか?』「本気だ。……駄目か?」『……本当なら断ってやりたい案件だよな……。けど朱莉さんを選んでお前に紹介したのは他でもない。この俺だ。ある意味、俺にも責任がある』「それじゃ……いいのか?」翔の顔が明るくなる。『仕方が無いさ。だがな、ずっと続くとは思うなよ? 少しずつお互いの関係を改善させて、ゆくゆくは俺を通さなくても連絡を取り合える仲になれるように努
Last Updated: 2025-03-12
Chapter: 2-30 夜の会話と過去の記憶 1
『なんだよ、翔……突然電話を掛けてきたくせにだんまりなんて』電話越しから琢磨の声が聞こえてくる。「いや……何となくお前の声が聞きたくなってな……」『……』「なんだよ琢磨。俺の話……聞いてるのか?」琢磨から返事が無いので翔は再度声をかけた。『聞こえてるよ。それよりなんだよ、気色悪いな……。男から声が聞きたくなったって言われたのお前が初めてだ。前代未聞だよ。で……まさか、その為に俺に電話を掛けてきたって言うのか?』「ああ……そうだ」『……おい! 翔! お前ふざけてんのか? 今何時だと思ってるんだよ? 真夜中の2時だぞ? そっちは何時なんだよ』「22時くらい……かな?」翔はチラリと時計を見た。『お前なぁ! 東京の方が4時間も時差が早いじゃないか! いい加減にしろよ。こっちも明日は仕事なんだぞ? こんな時間に電話がかかってくるから、何か緊急事態でもあったかと思うじゃないか。びっくりさせるなよ!』「あ……ああ、そうだった。モルディブと日本は……時差があるのを忘れていたよ。すまない、悪かった」受話器越しから琢磨の大きなため息が聞こえてくる。『おい……翔。何かあったんだろう? いいから話してみろよ。もう目も覚めてしまったしな』「悪いな……琢磨」『ば~か。今更なんだよ……。それで何があったんだ?』「実は……」翔は重い口を開いた。明日香が朱莉の前で翔と明日香のキスシーンの写真を撮らされたこと。朱莉への嫌がらせがエスカレートしない為に、自ら朱莉を無視するような態度を取ってしまったこと。そして明日香がわざと自分達の情事の時間に朱莉を呼び出して、その現場を彼女に見せてしまったこと……。それらを全て琢磨は聞いていたが、やがて深いため息をついた。『おい……。なんだよ、それ……今の話、本当か?』「ああ……。本当だ」『まじかよ……酷い話だな』「全くだよ」『おい、まるで他人事のような言い方をしているようだが、いいか? これは明日香ちゃんに限らずに話してるんだぞ? 翔、お前も明日香ちゃんと同罪だ。いや、俺から言わすと明日香ちゃんよりも酷い男だ』「俺が……?」『お前、まさか……自覚していないのか?』「い、いや……。そんなことは無い。俺は……本当に酷い、最低な男だよ」『こうなること、本当は薄々気付いていたんじゃないのか? だからこそ、朱莉さんがモルデ
Last Updated: 2025-03-12
Chapter: 2-29 すれ違う気持ち 2
「それじゃあね……今年のクリスマスは夜景の素敵なホテルで過ごしたいわ。ねえ、いいでしょう?」「ああ。それ位大丈夫さ。よし、最高級のホテルを手配しよう」「本当!?やった!」明日香は嬉しそうに手を叩く。「それじゃあね……教えてあげる。実はね、朱莉さんには部屋の中に荷物を置くから、中へ入るように伝えてあったのよ?」「何だって……? でも尋ねて来る気配は無かったぞ?」翔は首を捻った。「それはそうよ、だって朱莉さんにはこう伝えたんだもの。翔が眠ってるかもしれないから、静かに部屋に入ってきてねって。時間は夜の10時を指定したわ」朱莉はシャンパンを飲み干す。「何だって……夜の10時……?」翔はその時の記憶を呼び戻し……顔色が変わった。(ま……まさか……!)「明日香! 夜の10時って……確か昨晩あの時間は……!」翔は明日香の両肩を激しく掴んだ。「な、何よ! 痛いじゃない! ええ、そうよ。昨晩はいつにもまして情熱的な夜だったわ」酔いが回って来たのか、明日香は頬を薄っすらと染めながらじっと翔の顔を見つめた。「ま……まさか……朱莉さんはあの時……部屋に入ってきていた……のか?」翔は右手で頭を押さえながら明日香を見つめた。「そうよ。でも……知らなかった……。誰かに見られるのって……あんなにも興奮するものなのね……?」「!!」明日香の言葉に翔は耐え切れず、無言で立ち上がると部屋を出て行った。ドアを閉めた途端、何よ、馬鹿! と明日香のヒステリックな喚き声と、何かが割れる音が聞こえたが……とても翔は部屋に戻る気にはなれなかった。何処へ行くともなしに、トボトボとホテルを後にする。「くそ……! 何て事だ……!」翔は手近に生えていたヤシの木を殴りつけた。そして、今日自分が朱莉に取ってしまった態度を悔いていた。「俺は何て酷い言葉を彼女に投げつけてしまったんだろう……。いや、それどころか昨日から徹底的に存在を無視するような態度を取ってしまっていた」今朝のラウンジで見た朱莉の表情が目に浮かぶ。守れない約束なら初めからしないでくれ。そう言い、すぐに朱莉から視線を逸らしたが……一瞬朱莉の表情が目に止まった。朱莉は大きな瞳を震わせていた。それは泣くのを必死にこらえたような表情に見えた。顔色は真っ青になり、小さな身体は小刻みに震えていた。その姿を見た時、一
Last Updated: 2025-03-12
はじめまして、期間限定のお飾り妻です

はじめまして、期間限定のお飾り妻です

【あの……お仕事の延長ってありますか?】 貧しい男爵家のイレーネ・シエラは唯一の肉親である祖父を亡くし、住む場所も失ってしまう。住み込みの仕事を探していたときに、好条件の求人広告を見つける。けれどイレーネは知らなかった。この求人、実は契約結婚の求人であることを。そして一方、結婚相手となるルシアンはその事実を一切知らされてはいなかった。呑気なイレーネと気難しいルシアンの期間限定の契約結婚が始まるのだが……?
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Chapter: 83話 イレーネの考え
「失礼いたしました」ルシアンは一礼すると、書斎を後にした。――パタン扉を閉じて、ため息をついた時。「ルシアン様」廊下の角から音もせず、メイソンが姿を現した。「うわぁ! な、何だ!?」いきなり音もせずに目の前に現れたことで、ルシアンは情けない声をあげてしまう。「イレーネ様のお部屋ですが、ルシアン様の隣のお部屋に御案内いたしました」「そ、そうか? なら様子を見に行くことにしよう」驚きでドクドクする胸を押さえながら、ルシアンはイレーネがいる部屋へと向かった。「ここにいるのか」ルシアンはバラのレリーフが刻まれた白い扉の前で足を止めると、早速ノックした。――コンコン少し待っていると扉が開かれ、イレーネが姿を現す。「ルシアン様。お話は終わられたのですか?」「ああ、終わった。それで……少し話がしたい。入っても良いか?」「ええ、どうぞお入り下さい」「失礼する」ルシアンは開け放たれた室内に入ると、ソファに腰掛けた。「イレーネも座ってくれ」「はい、ルシアン様」イレーネが着席すると、さっそくルシアンは本題に入ることにした。「今夜19時に夕食会を開くことになっているから、それなりのドレスを着用してくれ。メイドの手伝いが必要なら俺から口添えしておくが?」「着替えは用意してあります。1人で準備できますので、お手伝いは大丈夫です」ニコニコと笑みを浮かべて返事をするイレーネ。「そうか……分かった。ところで……いくつか尋ねたいことがあるのだが、いいだろうか?」「はい、どのようなことでしょうか?」「イレーネは祖父がワイン好きなことを知っていたのか?」「はい、勿論です。リカルド様に教えていただきましたから」「何!? リカルドに!? な、何故だ! 祖父のことなら俺に聞けば良かったじゃないか」思わず席を立ち上がるルシアン。「申し訳ございません。たまたまルシアン様が不在で、リカルド様に教えていただきました。その際、マイスター伯爵は無類のワイン好きと伺ったのでワインを持参してきたのです」「そうか……たまたま俺が不在で、たまたま居たリカルドに助言してもらったということだな?」(リカルドめ……イレーネが祖父のことを尋ねてきたなんて話、一度もしていないとは……)ルシアンは何故か仲間はずれにされたような気分で面白くない。「それで、君の祖父がワイン
Last Updated: 2025-03-13
Chapter: 82話 祖父との面会
「その娘が、この間お前が話していた婚約したいと話していた相手か?」ジロリとジェームズがイレーネを見る。「いえ。婚約したい相手ではなく婚約者です。お祖父様に2人の結婚を認めていただくために、彼女を連れて参りました」緊張しながら返事をするルシアン。「……ところで、いつまで2人はそうやって手を繋いでいるつもりだ?」「え? あ! こ、これはその……違うんです!」慌ててイレーネの手を離すルシアン。ジェームズに指摘されるまで、ルシアンはイレーネと手を繋いでいたことに気づかなかったのだ。すると、今まで沈黙していたイレーネが口を開いた。「はじめまして。マイスター伯爵様。私はイレーネ・シエラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」貴族令嬢らしく、完璧な挨拶をするイレーネ。「……確か、『コルト』とか言う田舎出身の男爵令嬢らしいな。未だに田園風景が多く、まだまだ発展途上の地域だろう?」ジェームズは無愛想な表情でイレーネを見つめる。(出た! 祖父の嫌味な態度が……!)「お祖父様。それは……」ルシアンが口を挟もうとした時、イレーネが笑みを浮かべる。「マイスター伯爵様は『コルト』のことを、よくご存知なのですね。はい、あの場所は田園風景が多く残されているので、農産物が特産品です。特に『コルト』のワインは絶品です。本日、こちらに1本お持ちしておりますので御夕食の際にお召し上がりになってみませんか?」「何? ワインだと?」険しかったジェームズの眉が少しだけ緩む。一方、驚いたのはルシアンだ。(何だって!? 『コルト』産のワインだって? そんな物を用意していたのか!?)「はい、ワインはお好きですか?」「う、うむ……そうだな。好き……だ」ゴホンと咳払いするジェームズ。「それは良かったです。祖父は若い頃、ワイン作りが得意だったのです」「なる程……君の祖父が」得意げに語るイレーネの話にジェームズは頷く。(イレーネ! 俺はそんな話、初耳だぞ!!)何も聞かされていなかったルシアンはイレーネに目で訴える。すると……。「何だ? ルシアン。お前は先程から彼女ばかり見つめおって……」「い、いえ! 決してそんなつもりでは……!」ジェームスの言葉に、ルシアンは首を振る。「まぁ良い。着いたばかりで疲れただろう。夕食の際にまた詳しく話を聞こう」ジェームズはス
Last Updated: 2025-03-12
Chapter: 81話 緊張するルシアン
「ようこそ、ルシアン様。そして御令嬢、お待ち申し上げておりました」スーツを着用した大柄な男性が2人を出迎えた。男性は小柄なイレーネにとっては見上げるほどの大男だった。「まぁ……なんて大きな方なのでしょう」イレーネは男性を見上げ、思ったままの言葉を口にする。「う……ゴホン! イレーネ。彼はこの城の執事、メイソンだ。メイソン、彼女は俺の婚約者である、イレーネ・シエラ。よろしく頼む」ルシアンは咳払いすると、2人を引き合わせた。「イレーネ様でいらっしゃいますか? はじめまして、執事のメイソン・タイラーと申します。どうぞ、お気軽にメイソンとお呼び下さい」そしてメイソンはニコリと笑みを浮かべる。「私はイレーネ・シエラと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」2人が挨拶を交わしたところで、ルシアンはメイソンに尋ねた。「メイソン。早速祖父に御挨拶したいのだが……今何処にいる?」「はい、旦那様は書斎にいらっしゃいます」恭しく返事をするメイソン。「では早速行こう。彼女の荷物を頼む」「はい、お部屋に運んでおきます」するとイレーネはメイソンに声をかけた。「あの、荷物なら自分で運びますわ」「え?」その言葉にメイソンは目を見開く。「い、いや! 荷物はメイソンにまかせておこう。それよりも早く祖父の元へ行かないと」ルシアンは慌てたようにイレーネの手を引くと、歩き出した。「え? ルシアン様?」何故ルシアンが慌てているのか、訳も分からないままイレーネは手を引かれてその場を後にした――****「イレーネ。以前にも話しただろう? 貴族女性はむやみやたらに荷物を持つものではないと」ルシアンはイレーネの手を引きながら話しかけてきた。「あ、そうでしたね。私ったらついうっかりしておりました。申し訳ございません」「い、いや。忘れてしまっていたなら仕方がない。だが、今後は気をつけるようにな。特に祖父の前では」素直に謝るイレーネに、ルシアンは声のトーンを落とす。「それにしても、本当にお城に住んでらしたのですね……床が大理石ですし、豪華なシャンデリアですねぇ」イレーネがうっとりした様子で周囲を見渡す。「そうか? あまり感じたことはないがな」その後、書斎に行くまでの間に2人は多くの使用人たちとすれ違った。彼らは深々とおじぎをしながらも、好奇心いっぱい
Last Updated: 2025-03-11
Chapter: 80話 浮かれるイレーネ、不機嫌なルシアン
ガラガラと走り続ける馬車の中。昨夜一睡も出来なかったルシアンはウトウトとまどろんでいた。その時……。「ルシアン様! 見て下さい! すごいですよ!」馬車から外を眺めていたイレーネが突然大きな声をあげた。「な、何だ? どうかしたのか?」イレーネの声に一気に目が覚めた。「ほら、御覧ください。お城ですよ! お城!」イレーネが指さした先には森に覆われるようそびえ建つ城だった。「あれが祖父が住んでいるマイスター家の別荘だ。そろそろ到着しそうだな」「ええ!? あの城に現当主様が住んでいらっしゃるのですか!?」イレーネが驚きの声を上げる。「そうだが? それほど驚くことか?」「驚くことですよ! まさかお城に住んでいらっしゃるなんて、思いもしませんでしたから。私、一度でいいからお城に上がってみたかったのです。それがまさかこんな形で夢が叶うなんて……連れてきて下さってありがとうございます」イレーネは深々とお辞儀をした。「いや、礼を言うのはこちらの方だ。わざわざ祖父に会うためにこんな遠方までついてきてくれたのだからな。しかし……それほどまでに城に上がってみたかったのか?」「ええ、女性なら誰でも一度は夢を見るのでは無いでしょうか? 絵本の世界のようにお城で素敵な王子様に出会う……そんな夢を」うっとりした目つきで城を眺めるイレーネ。一方、ルシアンは何故か面白い気がしない。(何だ? そんなに王子というものに憧れているのか?)「そうか、だが残念だったな。生憎あの城に住んでいるのは年老いた老人だ。50年遅過ぎる」つい、意地の悪い言葉を口にしてしまう。「ルシアン様……?」しかしイレーネがじっと自分を見つめている姿を見た途端、後悔の念が押し寄せてくる。「す、すまない! 俺はただ……現実の話を……だな…」「プッ!」突然イレーネが口元を押さえて吹き出す。「イレーネ?」「フフフ……ルシアン様って真面目な方だと思っておりましたが、冗談も言えるのですね」「え? 冗談?」「確かに、お城に住んでいる方が全て王子様だとは限りませんよね? ですがルシアン様のお祖父様なら、きっと素敵な方に違いありません。お会いするのがとても楽しみですわ」素敵な方と言われ、悪い気がしないルシアン。「そうかな? だが今の話を祖父が聞けば喜びそうだな」そんな会話を続けているうちに、
Last Updated: 2025-03-10
Chapter: 79話 これは何だ?
――午前10時イレーネとルシアンは『ヴァルト』の駅に降り立った。「まぁ……何て気持ちの良い場所なのでしょう。森や山があんなに近くに見えるなんて。私が住んでいた『コルト』よりもずっと、自然豊かで素晴らしいわ」嬉しそうに周囲を見渡すイレーネ。「ここは避暑地として貴族たちから人気の場所だからな。その為、別荘地帯としても有名なんだ」イレーネの荷物を持ったルシアンが背後から声をかける。「ルシアン様、本当に私の荷物なのに持っていただいてよろしかったのですか?」申し訳無さそうにイレーネが尋ねる。「当然だ。俺が一緒にいるのに、君に荷物を持たせるわけにはいかないだろう? 大体俺の荷物など殆ど無いし」腕時計を見ながら返事をするルシアン。「そう言えば、何故ルシアン様の荷物は無いのですか?」「祖父の別荘には俺の服は全て揃っているからだ」「なるほど、流石はルシアン様ですわね」イレーネは妙な所で感心する。「突然の来訪だから迎えの馬車は無いんだ。あそこに辻馬車乗り場がある。行こう」ルシアンが指さした先には、数台の客待ちの辻馬車が止まっている。「はい、ルシアン様」2人は辻馬車乗り場へ向かった――****ガラガラと走り続ける馬車の中で、イレーネは上機嫌だった。「こんなに美しい森の中を走る馬車なんて、素敵ですね。空気もとても美味しく感じます」森の木々の隙間からは太陽の光が幾筋も差し込み、幻想的な美しさだった。「ああ……そうだな」浮かれるイレーネに対し、ルシアンの表情は暗い。何故なら、もうすぐ頑固な祖父との対面が待ち受けているからだ。(祖父は気難しい人物だ……果たして、こんなに脳天気なイレーネを受け入れてくれるだろうか? 何しろ前例があるからな。だが、今にして思えば反対されて良かったのかもしれない……)ルシアンは苦い過去を思い出し、ため息をついた。すると……。「どうぞ、ルシアン様」突然、イレーネが小さなガラスポットを差し出してきた。中には透明な丸い粒がいくつも入っている。「……これは何だ?」「ハッカのキャンディーです」「え?」顔を上げてイレーネをよく見ると、口の中で何かコロコロ転がしている。「先程から元気がありませんが、馬車に酔われたのではありませんか? 私はこのように舗装された道も辻馬車も慣れておりますが、ルシアン様はそうではありません
Last Updated: 2025-03-09
Chapter: 78話 昨夜のことは
――翌朝「今朝も素晴らしく良い天気ですね」食堂車両で朝食をとりながら、笑顔でイレーネがルシアンに話しかける。「……ああ、そうだな」眠気を殺しながらルシアンがコーヒーを口にし……チラリとイレーネを見る。(昨夜のアレは俺の見間違いだったのか? イレーネはいつもと全く変わった様子は見られないしな……)「ルシアン様? どうかされましたか? 私の顔に何かついています?」キョトンとした顔で首を少しだけ傾けるイレーネ。「い、いや。何でも無い……フワ……」危うく欠伸が出そうになり、必死で耐えるルシアン。「何だか眠そうですね? もしかして寝不足ですか?」「大丈夫だ、気にしないでくれ」けれど、ルシアンが一睡も出来なかったのは事実だった。「あ、分かりました!」イレーネが少しだけ身を乗り出す。「わ、分かった? 何がだ?」(まさか、昨夜のことを言い出すつもりじゃないだろうな……? いや、いくら何でもそれはないだろう。誰だって人に知られたくないことの一つや2つ持ち合わせているものなのだから)イレーネがじっと見つめる。「ルシアン様。さては……」「さ、さては……?」ゴクリと息を呑むルシアン。「寝台列車の旅が嬉しくて眠れなかったのではありませか?」「は?」思いもしない言葉をかけられ、間の抜けた声を出す。「ええ、その気持良く分かります。かくいう私も昨夜は興奮して中々眠ることが出来ませんでした。羊の数を1352匹まで数えたところまでは記憶しているのですけど、そこから先は眠ってしまったようなのです。いつもなら500匹以内には眠りについていたのですけど」ペラペラと笑顔で話すイレーネを見ていると、ルシアンは自分が思い悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えてきた。(一体何なんだ? 昨夜俺は見慣れないイレーネの泣き顔を見たせいで一睡も出来なかったというのに……だが、敢えて彼女は気丈に振る舞っているだけなのかもしれない。うん、きっとそうに違いない)そんなことを考えていた時。「そう言えばルシアン様。昨夜私……お祖父様が亡くなったときの夢を見てしまったのです」「え!?」驚きでルシアンの肩が跳ねる。「久しぶりでしたわ……お祖父様が亡くなったときの夢を見てしまうなんて。恥ずかしいことに、夢の中で子供のように泣いてしまいましたわ。どうしてあんな夢を見てしまったのかしら
Last Updated: 2025-03-08
悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

20歳の子爵家令嬢オリビアは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビアは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビアは媚びるのをやめることにした。すると徐々に周囲の環境が変化しはじめ――
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Chapter: 79話 一番大切な存在 <完>
 ランドルフ、ミハエル、ゾフィーが逮捕されて一カ月後――「オリビア様、お疲れ様です。お茶を煎れて参りました」専属メイドのトレーシーが紅茶を運んで書斎に現れた。「ありがとう、トレーシー」書類から顔を上げ、オリビアは笑みを浮かべる。「どうぞ」机の上に置かれた紅茶を早速口にした。「……美味しい、ありがとう」「いえ。それでお仕事の方はいかがですか?」「そうねぇ。学業との併用は中々大変だけど、領地を運営するのも当主である私の役目だから頑張るわ」 ランドルフもミハエルも不正を働いた罪で、フォード家は危うく爵位を取り上げられそうになった。しかし侯爵家のアデリーナの口添えと、フォード家に唯一残されたオリビアが優秀ということもあり、取り潰しが無くなったのである。そして今現在、オリビアがフォード家の女当主とし切り盛りしているのであった。「でも大学院にいかれないのは残念ですね」「あら、そんなことはもういいのよ」トレーシーの言葉に、オリビアは首を振る。「え? よろしいのですか?」「勿論よ。第一、私が大学院に行こうと思っていたのは、家族や私を見下す使用達と暮らしたくは無かったからよ。けれど家族は一人残らず出て行ったし、私を見下す使用人はもう1人もいないわ」「ええ、確かにそうですね。今や、この屋敷の使用人達は全員、オリビア様を尊敬しておりますから」「そういうこと。だから、もうこの家を出る必要が無くなったのよ。それに大学院にいこうとしていたのはもう一つ理由があるのよ。より高い学力があれば、就職に有利でしょう? だけど今の私はフォード家の当主という重要な立場にあるの。つまり、もう仕事も持っているということになるわよね?」「ええ、確かにそうですね。ところでオリビア様、本日は卒業式の後夜祭が行われる日ですよね? そろそろ準備をなさった方が良いのではありませんか?」書斎の時計は15時を過ぎたところだった。後夜祭は19時から始まる。「そうね。相手の方をお待たせしてはいけないものね。トレーシー、手伝ってくれる?」「ええ。勿論です」トレーシーは笑顔で頷いた――****――18時半ダークブロンドの長い髪を結い上げ、オレンジ色のドレスに身を包んだオリビアは後夜祭のダンスパーティーが行われる会場へとやって来た。既に色とりどりの衣装に身を包んだ学生たちが集まり
Last Updated: 2025-03-03
Chapter: 78話 逮捕してください!
 大学から帰宅したオリビアは異変を感じた。屋敷の前に見たこともない馬車が3台も止められているのだ。「あら? あの馬車は一体何かしら?」いやな予感を抱きながら、扉を開けて驚いた。エントランスには大勢の使用人が集まっていたのだ。「あ! オリビア様! お帰りなさいませ!」「お待ちしておりました! オリビア様!」使用人達が口々にオリビアに挨拶してきた。「ただいま。一体、これは何の騒ぎなのかしら?」すると一番古株のフットマンが手を上げた。「私から説明させて下さい。実は先程、警察の方達がいらしたのです」「え!? 警察!? ど、どうして警察が……って駄目だわ、思い当たることが多すぎるわ」片手で額を抑えてため息をつく。今は屋敷を追い出されてしまったが、義母のゾフィーは違法賭博にのめりこんでいた。兄のミハエルは裏金を積んで王宮騎士団に裏口入団し、父ランドルフは裏金を貰って、でたらめなコラムを書いていたことで閉店に追いこんだ飲食店もあるのだ。「それでは、屋敷の前に止められた馬車は警察の馬車ということね? それで警察の人達は何処にいるのかしら?」「はい、皆さんは旦那様とミハエル様、それにゾフィー様の部屋にいらしています」「何ですって!? 全員なのね!? もしかしてお父様だけかと思っていたけれど……とにかく、挨拶に行った方が良さそうね」そのとき。「いえ、それには及びませんよ」背後で声が聞こえて、オリビアは振り返った。すると10人以上の警察官が、紙袋やら箱を手にしている。「失礼、あなたはこちらの御令嬢でいらっしゃいますか?」先頭に立ち、口ひげを生やした警察官がオリビアに尋ねてきた。「はい、私はこの屋敷に住むオリビア・フォードです」「留守中にお邪魔してしまい、大変申し訳ありません。実はフォード家の人々に買収と賭博の容疑がそれぞれかけられまして、証拠物を押収させていただきました」「そうでしたか。ご苦労様です」ペコリと頭を下げると、警察官は不思議そうにオリビアを見つめる。「あの、何か?」「いえ、随分冷静だと思いまして。驚かれないのですかな?」「ええ、勿論驚いています。それで証拠が見つかればどうなりますか?」「勿論賭博も買収も犯罪ですからね。逮捕されるのは時間の問題でしょう。既にランドルフ氏は連行されていきましたから」その言葉に、オリビアはニ
Last Updated: 2025-03-03
Chapter: 77話 あなたのおかげ 2
 その日の昼休みのことだった。「アデリーナ様!」大学併設のカフェテリアで待ち合わせの約束をしていたオリビアは、こちらに向かってくるアデリーナに笑顔で手を振った。「オリビアさん、遅れてごめんなさい」小走りで駆け寄って来たアデリーナが謝罪する。「そんな、謝らないで下さい。私もつい先ほど到着したばかりですから」本当はアデリーナに会うのが待ちきれずに15分程早く到着していたが、そこは内緒だ。「フフ、そうなの? それじゃ中へ入りましょうか?」「はい!」オリビアは大きく返事をすると、2人は店の中へ入った。「あら、結構混んでいるのね?」カフェテリア内は多くの学生たちで溢れ、空席が見当たらなかった。「その様ですね。アデリーナ様、他の店に行きましょうか?」そのとき。「アデリーナ様! 私達もう食事が終わったので、こちらの席をどうぞ!」すぐ近くで声が聞こえた。見ると、2人の女子学生が食事の終わったトレーを持って手招きしている。そこで早速、オリビアとアデリーナは女子学生たちの元へ向かった。「どうも私たちの為に席をありがとうございます」「ありがとうございます」アデリーナが丁寧に挨拶し、オリビアも続けて挨拶した。「いいえ、私達アデリーナ様のファンですから」「お役に立てて嬉しいです」女子学生たちは笑って去っていき、その姿をオリビアは呆然と見つめていると、アデリーナが声をかけてきた。「オリビアさん、食事を選びに行きましょう」「は、はい!」返事をしながらオリビアは思った。アデリーナのような人気のある女子学生と、子爵家の自分が一緒にいてもいいのだろうか――と。** 食事が始まると、早速話題はミハエルの話になった。ミハエルがアデリーナの兄、キャディラック侯爵にズタボロにされ、王宮騎士団をクビにされたこと。帰宅してみると大泣きしして暴れた後に、開き直って引きこもり宣言をしたものの、父から『ダスト村』への追放宣言を受けた事。そして夜明け前に幾人かの使用人を連れて旅だったことをかいつまんで説明した。「まぁ! たった1日でそんなことがあったのね? でも、何だか申し訳ないわ……オリビアさんのお兄様が追放されたのは、兄のせいなのだから」アデリーナは申し訳なさそうにため息をつく。「そんな! アデリーナ様は何も悪くありません。私が望んだことですし、そ
Last Updated: 2025-03-02
Chapter: 76話 あなたのおかげ 1
 いつものように自転車に乗って大学に到着したオリビア。1時限目の授業が行われる教室へ行ってみると、入り口付近にマックスがいた。彼はオリビアの姿を見つけると、笑顔で手を振ってくる。「オリビア!」「おはよう、マックス。どうしてここにいるの? ひょっとして同じ授業を受けていたかしら?」「いいや、俺はこの授業を受けていない。オリビアを待っていたのさ」「そうだったのね。でも良かったわ。私も丁度あなたに会いたいと思っていたのよ」「え? 俺にか?」「ええ、そうよ!」そしてオリビアはマックスの右手を両手でしっかりと握りしめた。「お、おい! どうしたんだよ?」顔を赤らめて狼狽えるマックス。「ありがとう! 全て貴方のお陰よ! 感謝するわ」「え? 俺のお陰……?」「そうよ。父が裏金を受け取って、全くでたらめなコラムを書いていたことを暴露してくれたのでしょう?」「まさか……もう新聞に載っていたのか!?」「ええ、今朝食事の席で父が新聞を凝視していたのよ。何を読んでいるのかと思えば、自分に関する記事だったのよ。散々な事を書かれていたわ。コラムニストの職を失ったばかりか、この町全ての飲食店を出入り禁止にされたそうなの。それが一番ショックだったみたいね」「そうか……実は新聞社の知り合いに記事の件を頼んだと伝える為にオリビアを待っていたんだが、まさかもう記事になって出回っていたとは思わなかったな」マックスは感心したように頷く。「もしかして、薄々気付かれていたんじゃないかしら? それですぐ記事にすることが出来たのよ。そうに違いないわ」「やけに嬉しそうだな。だけどオリビアはそれでいいのか?」「え? 何のことかしら?」「決まっているだろう? 仮にも父親だろう? 自分の親が窮地に立たされているのに、オリビアはそれで大丈夫なのか?」「ええ、勿論よ」「げっ! 考える間もなく即答かよ……」「だって私は生まれた時からずっと、フォード家で酷い扱いを受けてきたのよ。父からは無視され、兄からは憎まれ、義母や義妹に使用人達すら私を馬鹿にしてきたのよ。だからもうフォード家がどうなっても構わないわ」「そうか……中々闇が深いんだな」腕組みしてマックスが頷く。「だからアデリーナ様には本当に感謝しているの。私が変われたのは、あの方のお陰だもの」「なるほどな……それじゃ、俺は…
Last Updated: 2025-03-01
Chapter: 75話 嘆く父
「そう言えばお父様。先程熱心に新聞を読んでおられましたが、何か気になる記事でもあったのですか?」珍しく食後のお茶を飲みながら、オリビアはランドルフに尋ねた。「ギクッ!」ランドルフの肩が大きく跳ねる。「ギク……? 今、ギクと仰いましたか?」「あ、ああ……そ、そうだったかな……?」かなり動揺しているのか、ランドルフは自分のカップにドボドボと角砂糖を投入し、カチャカチャとスプーンで混ぜた。「あの、お父様。さすがにそれは入れ過ぎでは……?」しかし、ランドルフは制止も聞かず、グイッとカップの中身を飲み干す。「うへぇ! 甘すぎる!」「当然です。先程角砂糖を7個も入れていましたよ。それよりもその動揺具合……さては何かありましたね? 一体何が新聞に書かれていたのですか?」オリビアはテーブルに乗っていた新聞に手を伸ばす。「よせ! 見るな!」当然の如く、新聞を広げて凝視するオリビア。「……なるほど……そういうことでしたか」新聞記事の中央。つまり一番目立つ場所にはランドルフの顔写真付きの記事が載っていた。『ランドルフ・フォード子爵、別名美食貴族。裏金を受け取り、実際とは異なる飲食店情報を記載。被害店舗続出』大きな見出しで詳細が詳しく書かれている。(マックス……うまくやってくれたみたいね)オリビアは素知らぬ顔でランドルフに尋ねた。「お父様、こちらに書かれている記事は事実なのですか?」「……」しかし、ランドルフは口を閉ざしたままだ。「お父様、正直にお答えください」すると……。「そう、この記事の言う通りだ! 私は『美食貴族』として界隈で名高いランドルフ・フォードだ! 私のコラム1つで、その店の評判が決まると言っても過言では無い! 店の評判を上げて欲しいと言ってすり寄ってくるオーナーや、ライバル店を潰して欲しいと言って近付く腹黒オーナーだって掃いて捨てる程いる! だから私は彼らの望みを叶える為にコラムを書いてやった! これも人助けなのだよ!」ついにランドルフは開き直った。「それなのに……一体、どこで裏金の話がバレてしまったのだ……? そのせいで、もう私は『美食貴族』の称号と、コラムニストの副業を失ってしまった。それだけではない、この町全ての飲食店に出入り禁止にされてしまったのだよ! もし入店しようものなら……け、警察に通報すると! もう駄目
Last Updated: 2025-02-28
Chapter: 74話 選ばれた人達
 翌朝――朝食の為にオリビアがダイニングルームへ行くと、既にランドルフが席に着いて新聞を食い入るように見つめていた。食事の席は父とオリビアの分しか用意されていない。オリビアが席に着いてもラドルフは気付かぬ様子で新聞を読んでいる。(一体、何をそんなに熱心に読んでいるのかしら?)訝しく思いながら、オリビアは声をかけた。「おはようございます、お父様」「え!?」ランドルフの肩がビクリと大袈裟に跳ね、驚いた様子で新聞を置いた。「あ、ああ。おはよう、オリビア。それでは早速食事にしようか?」「はい、そうですね」そして2人だけの朝食が始まった――「あの……お父様。聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」食事が始まるとすぐにオリビアはランドルフに質問した。「何だ?」「今朝はお兄様の姿が見えませんね。まさか、もうここを出て行かれたのですか?」「そのまさかだ。ミハエルは夜明け前に自分が選別した幾人かの使用人を連れて、屋敷を去って行った。多分、もう二度とここに戻ることはあるまい」オリビアがその話に驚いたのは言うまでもない。「何ですって? お兄様が1人で『ダスト』村へ行ったわけではないのですか?」「私もミハエル1人で行かせるつもりだった。だが、あいつは絶対に自分一人で行くのは無理だと駄々をこねたのだ。身の回りの世話をする者がいなければ生きていけるはず無いだろうと言ってな。いくら言っても言うことをきかない。それで勝手にしろと言ったら、本当に自分で勝手に使用人を選別して連れて行ってしまったのだよ」そしてランドルフはため息をつく。「そんな……それでは誰が連れていかれたかご存知ですか?」「う~ん……私が分かっているの2人だけだな。1人はミハエルの新しいフットマンになったトビー。もう1人は御者のテッドだ。後は知らん」「えっ!? トビーにテッドですか!?」「何だ? 2人を知っているのか?」「え、ええ。まぁ……」知っているどころではない。トビーをミハエルの専属フットマンに任命したのはオリビア自身だ。そして御者のテッドは近々結婚を考えている女性がいるのだから。「何て気の毒な……」思わずポツリと呟く。「まぁ、確かに『ダスト』村は何にも無いさびれた村だ。だが、存外悪くないと思うぞ? トビーは身体を動かすのが大好きな男だ。あの村は開拓途中だからな、
Last Updated: 2025-02-27
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