All Chapters of あの人のいない春: Chapter 1 - Chapter 10

24 Chapters

第1話

娘が生後1ヶ月を迎えたあの日、藤井遙華(ふじい はるか)はこの子を連れて、この世界から出て行くことにした。「宿主、本当に出て行くのですか?」それを聞いて、遙華の腕の動きは一瞬で止まった。ただそのまま赤ちゃんを抱き上げていた。しかし、遙華はすぐに固い決意を表している目つきで、「はい」と答えた。そのような迷いもない答えを得るとは思っていなかったからか、システムは少し残念そうな口調で、「もう少し待ちませんか?広瀬景市(ひろせ けいいち)はもうすぐ記憶が取り戻せるかもしれませんし」と言った。それに対して、遙華はまるで何の感情もないような目をして、ただ落ち着いた口調で、「もう待ちくたびれた。こんなに長い間、ずっとずっと待ってたから」といった。遙華の話を聞いて、システムもこれ以上何を言っても無駄だと分かった。「カウントダウンが始まりました。7日後、宿主は完全に元世界へ戻ります!」日差しが窓の外から、色とりどりのガラスを越して、机の上に置いてある写真を照らした。遙華の目つきは微妙に変わった。そして写真を手に取って、その中に映っている景市の顔を優しく触っていた。遙華は攻略ミッションの執行者であることを、誰でも知らなかった。小さい頃から、遙華はミッションの世界に来て、景市を攻略し始めた。この十年間、二人は学生時代の出会いから白無垢の日まで辿り着いた。景市は遙華のことを死ぬほど愛していると、誰もが言っていた。遙華に伝説の結婚式を挙げるために、何千万円も使って海外からバラを1万枚航空便で運送してもらったもの。数玉を手に入れて、遙華の健康を祈るために、999段の階段を額ずきながら上がったもの。遙華のために何十億円の大金も使って、宇宙を漂う広い星雲を買ってあげて、二人の名前で名付けたもの。だから、攻略ミッションを達成しても、遙華はこの世界に残って、景市と結婚して一緒に暮らすことにした。しかしある日、遙華は妊娠してから9ヶ月経った時、いきなりサンシュユの実が食べたくなってきた。冬の深夜3時に、景市は車で買いに行ったのだが、まさか交通事故に遭ってしまったとは。目が覚めた時に、景市は周りの人に関することを全部忘れてしまった。遙華に関することも。それだけでなく、景市は高校時代に遙華をいじめてきた真白菜々子(ましろ ななこ)に恋をした
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第2話

東北の春は雨になりがちで、雷も鳴りがちだった。深夜、遙華は布団にくるまって、手足が氷のように冷たかった。遠い昔にもそういう雷の日があったが、遙華は奈々子に廃棄の体育倉庫に閉じ込められ、一夜も恐怖の中で過ごしていた。だから、雷が遙華にとってトラウマになった。しかしそういう日に、いつも景市がそばにいて、自分を抱きしめて、優しい声で「大丈夫、怖くない。俺がいるから」と慰めていた。だが今、自分のそばに誰もいなかった。何度も自分の冷たい体を温めてきたあの人は、今、自分をいじめてきたあの女のものになった。あの女を慰めるかもしれない。抱きしめるかもしれない。昔自分をキスしたように、あの女をキスするかもしれない。遙華はこれ以上考えるのをやめて、そのまま目を閉じた。この夜、遙華はちゃんと寝れなかった。そのせいで、朝ネックレスの専門店からの電話に出た時、ずっとぼーっとしていた。「すみません。今なんて?」向こうの人は少し困惑したが、優しくもう一度述べた。「若奥様、広瀬会長が3ヶ月前にお子様のために特別発注した挨拶ギフトはもうご用意できたのですが、いつ取りにいらっしゃるのですか?」遙華はそれを聞いて、呆然としていた。そして、心臓がまたチクチクと痛みだした。昔、景市はあんなにこの子を迎えるのを楽しみにしていた。遙華が妊娠したことを知って、すぐに全市で3日間も花火を上げ続けてもらった。妊娠してから3ヶ月の時は、更に全市の遊園地も借り切った。9ヶ月経った時もそれ以上に、子どもへの挨拶ギフトをセットで発注した。今、挨拶ギフトはもうできたのに、彼はすでにすべてを忘れてしまった。遙華は深呼吸して、落ち着いたら、ようやく口を開いた。「後で行きます」娘を抱き上げて、ネックレスの専門店に来た時、売り場でイチャイチャしてる二人が目に入った。奈々子の隣で、ギフトが大量に並んでいた。頬を赤くしながら、奈々子は力を抜いて景市の胸に寄りかかって、照れているような口調で、「まだ子どももできてないのに、もうこんなにたくさんの挨拶ギフトを用意するの?」と言った。景市は可愛がっているように軽く奈々子の鼻先を擦った。「先に買っておいて、いつか使えるから」奈々子の顔は更に赤くなった。そして、何か見かけたように、ショーウィンドーに指を指した。
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第3話

遙華は何も言わずに、娘を抱き上げながら、外へ歩いて行った。交差点で、彼女は娘を宥めていて、執事が車で迎えに来るのを待っていた。待っている間、横からいきなり騒音が耳に入ってきて、顔を上げたら、獣のような勢いで走ってきた車に気づいて、遙華は目を丸くした。まだ体が追いついていない時、「パーン!」とぶつかった音で、娘を抱えている遙華は10メートルも飛ばされて、血の中で倒れていた。遙華の視界がぼやけてきた。ただ路上に倒れたまま、血だらけになった娘が「おぎゃーおぎゃー」と泣いているのを見ていた。運転席にいる奈々子は怖がっている顔で景市に抱きついて、泣きながら「アクセルをブレーキだって思っちゃった」と言ったの。景市が全然気にしていないような顔で「大丈夫。あいつの夫だから、俺が代わりに承諾書にサインしてあげるよ」と言った。その瞬間、遙華は何も聞こえなくなった。ただ血が出ている感覚を味わっていた。景市、私はあんたの妻で、あんたの大好きだった人よ。腕に抱えているのは、あんたがずっと楽しみにしてた私たちの愛の結晶なのよ。もしいつか真実を知ったら、あんたは切腹したいくらい後悔するのかな?もう一度目が覚めた時、遙華は自分と娘はもう病院に搬送されてきたと気づいた。自分も血まみれで、肋骨が2本折れているのに、医者に処置してもらってすぐ、手に入っている注射針を抜いて、無理をしてまでベッドから起きて外に走っていった。「子ども、私の子どもが……!」まだあんなに、あんなに幼いのに。隣の医者がそれを見て、心を痛めてすぐに遙華を止めた。「患者さん、どうか落ち着いてください。全力でお子様を助けますので、まずはベッドに横になって、大人しく傷口を対処させてください。」遙華は涙で顔がビショビショで、ただ頭を横に振り続けていた。「私は大丈夫だわ。どうかあの子を助けてください!」すぐに、その子は救急室に搬送された。救急医師は会計伝票を出してあげたが、ただ生後1ヶ月の赤ちゃんなので、輸入薬でしか治せなかった。合計で2千万円も必要。遙華は考えもせずにカードを出したが、カードを差しても支払うことができなかった。看護師の困惑の目で、遙華はハッと思い出した。景市が記憶を失った後、このブラックカードを利用停止にしたことを!この中のお金は、全く使えなかった!遙華は動揺していた。仕方がな
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第4話

オークション会社に売り出した金額を振り込んでもらったら、遙華はすぐに病院に駆けつけて、手術の費用を全額支払った。やることを全部済んだ後、遙華はようやく安心して自分の傷口を対処してもらった。ベッドの横で、娘の小さいほっぺたについている傷跡を優しく触っているうちに、遙華の心が痛くなってきた。「いい子、もう少し我慢して。すぐに連れて帰るから」深夜、看護師の説得で、何日もちゃんと寝れなかった遙華はようやく眠気で眠りに落ちた。しかしその手はずっと娘の手を放さなかった。何時間寝ていたか、遙華がもう一度目が覚めた時に、病室の電気はすでに消された。遙華は電気をつけて、娘の様子を確認しようとしたら、視界が明るくなった瞬間、息が止まった。いつの間にか、ベッドの上に誰もいなかった。娘が……!遙華はパッと椅子から立ち上がって、急いで病室から出て行った。病院から出たばかりで、こそこそしている奈々子が自分の娘を抱えて、バイクに乗っている見知らぬ男に渡そうとしているところを目撃した!「この子こんなに可愛いし、美人になるに違いない。山奥に売れば、自分の息子の未来の妻にしたい人も絶対いるはず。きっと儲かるって」遙華の頭が真っ白になった。「何してるの?娘を返して!」取り引きがバレた瞬間、男はすぐに慌てながら子どもを抱えて、バイクのハンドルを握り、アクセルを踏んで前へ走って行った。「止まれ!」遙華は考える余裕もなく、ただ狂ったように追いかけて、バイクのタンデムシートを掴んだ。顔色が暗くなった男は、力強く遙華を蹴った。「このクソ女が、放せ!」蹴られた胸元から痛みが伝わったが、遙華の両手はただギュッと掴んでいるままだった。子どもも二人の激しい喧嘩で泣き出した。その泣き声を聞いて、遙華の心はチクチクと痛みだした。そして歯を食いしばって、男の腕を噛み締めた。「この野郎、よくも噛んだな!」男は暴言を吐きながら、更にアクセルを踏んだ。遙華はこのまま勢いのついたバイクにずっと引っ張られ続けてきた。足も地面に擦られて、傷だらけになった。土の匂いと血の匂いが混ざって、遙華の鼻を刺激していた。しかし、遙華はまるで何も感じていないようで、ただただ放さずに子どもを掴んで、より力強く歯で噛み締めていた。「クソがっ、頭おかし
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第5話

その瞬間、景市は躊躇った。後ろに振り向いて、疑いの満ちためで目で奈々子を見ていた。奈々子もその目で見られて、全身が震えてきた。すぐに焦りながら否定して、涙までその目からこぼれ落ちた。「違うの、景市。濡れ衣を着せられてるの」それを聞いて、遙華の怒りがまた胸元から湧いてきた。一歩前へ出て、ビンタしようとしたら、「もういい!」と言っている景市に突き飛ばされた。景市は自分の身で後ろにいる奈々子を守っていた。その目つきはいきなり冷たくなって、まるで冬の風のように、震えさせるような怖い目つきだった。「遙華、お前いい加減にしろ。奈々子は見舞いに来たんだぞ。濡れ衣を着せるなんて」その目で睨まれた遙華は、一瞬体を震えて、自分の手を握りしめた。それから、じっくりと言葉を発した。「濡れ衣?体に付いてる傷、見えてないの?」その血だらけの姿を見た時、何故か、景市の心がまたチクッと痛みだした。その痛みをなんとか抑えて、景市は遙華に怒鳴った。「お前そんなに腹黒いし、作った傷だとしてもおかしくないだろ!?奈々子は優しいから絶対にそんなことをしないが、たとえ本当に子どもが攫われても、お前の自業自得だ」たとえ本当に子どもが攫われても、お前の自業自得だ。その言葉を聞いて、遙華はまるで体の温度が全部失ったような感じだった。そして狂ったように景市に突っかけて、拳で殴りながら叫んだ。「景市、あんたはあの子の父親なのよ。よくもそんなことを言えるね!」景市は眉を顰めて、遙華を強く押した。「暴れるなら家でしろ。ここで恥をかかせるな!」遙華は「トン!」膝から崩れ落ちた。ただ涙を流して、その人が奈々子をしっかりと守りながら去っていくのを見ていた。最後に見たのは、奈々子のその煽っているような目だった。どれくらい経ったか、突然、雨が一雫遙華の顔に落ちてきた。降り出した雨はどんどん激しくなり、コンクリートの道が濡れて、浅い色が深く染められた。同時に、顔からこぼれ落ちた涙と混ざりあった。これからの数日間、遙華は一歩も離れずに娘のベッドの横で、娘を守っていた。別荘の召使いから何回も電話が来て、どれも奈々子が別荘でパーティーを開いて、家をめちゃくちゃにしたという苦情だった。それ以外に、ここ数日、景市から「奈々子に謝れ」というメッセージも何件
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第6話

その言葉を聞いて、3人の視線も遙華の体に集まった。景市の父と母は心配しているような顔で遙華を見ていた。母は彼女の前まで来て、慰めているように手を握った。「遙華、怒っているのは分かるけど、変なこと言わないで。景市を他の女と結婚させてどうするの?一番愛してるのは遙華なのに」そうね。景市が遙華のことを死ぬほど愛しているのを誰もが知っていた。しかし、あれは記憶を失う前のことだった。目の前で正座して、傷だらけの男を見て、遙華は泣きそうなのに、口角をキュッと上げた。「お義母さん、今の景市の頭には奈々子しかいないよ。それなら、叶えてあげてもいいんじゃない?」何故か、遙華は自分の味方でいてくれているのに、景市はどんどん不安になってきて、激しくドキドキしてきた。出て行きそうな遙華を見て、景市はすぐによろよろと立ち上がって、遙華のほうに突っかけて、腕を掴んだ。「遙華、お前どういう意味だ?これで奈々子にビンタしたことを許されると思うのか?馬鹿馬鹿しい。奈々子に関わることは絶対に譲れないからな。一生許さなからな」遙華はそれを聞いて、少しニヤけた。奈々子に関わることは絶対に譲れない?昔遙華が奈々子にいじめられている時に、景市は殺したいくらい奈々子が大嫌いだった。今は自分の大嫌いだった人にそこまで弄ばされているとは。景市が思い出して死ぬほど後悔する姿は少し楽しみになってきた。見れないのは残念だが。遙華は構ってあげなかった。ただ景市の手を振り払って、後ろを向いて外へ歩き出した。後ろから景市にどのように呼ばれても、足を止めることもなかった。景市と奈々子の伝説の結婚式の当日、この都市半分の人も来た。しかし「新郎新婦」を祝うために来たのではなく、笑いに来たのだ。それでも、景市と奈々子は全く気にしていなかった。奈々子は更に、自分の結婚指輪についている大きなダイヤモンドを自慢するために、ずっとカメラマンにドアップにしてもらった。それは景市が奈々子のためにオークション落札相場で、2億円も入札して落札した結婚プレゼントだった。しかし景市は知らなかった。この結婚指輪はあの時、自分の手で遙華につけた結婚指輪だということを。遙華はあの二人が舞台で抱き合って、熱い口づけを交わしている姿を眺めて、何も言わずに、グラスに残っている最後
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第7話

遙華は一生懸命もがいて、なんとかここから脱出しようとしたが、自分は釘で固定された椅子に縛られて、微動もしなかった。だから、この目で自分のことを一生愛してると言ったあの人が、自分の目の前で、自分の大嫌いな女を抱くのを見ているしかなかった。微かな光の下で、体格が立派な男が片手で、小さな女の顔を触りながら、荒い息で、力加減を調整しつつ何回もキスをした。もう1つの手は女の腰に回して、まるで逃げさせないようにギュッと自分の体に引き寄せていた。景市の体の下で、奈々子は少し顔を上げて、魅惑的に景市の肩に両腕を置いて、求めているような目をした。景市が奈々子に優しくキスして、唇に、首に、目にキスしている姿は遙華の目に入った。景市がずっと奈々子に甘い言葉をかけて、愛してると、心が奈々子でいっぱいと、幸せにしてあげるとか言っている声は遙華の耳に入った。最後に、奈々子が景市のものになった瞬間も見届けた。何度もその動きを繰り返して、何度も声を上げて、何度も何度も、切りがなかった。縛られた遙華は目を丸くしてそのすべてを見ていた。びしょ濡れの顔に隠されたのは、虚無で感覚が麻痺しているような目だった。あの二人は一夜も布団の中から出てこなかった。夜が明けたら、景市はようやく腰を折って、お姫様抱っこで奈々子を浴室に連れて行った。腕の中の奈々子の額にキスをした景市は、椅子に縛られた遙華のほうには見向きもしなかった。ドアを閉める時だけ足を止めて、命令しているように遙華に言いつけた。「奈々子と俺にスープを作ってくれ。この後飲むから」浴室のドアは「バタン」と閉められた。遙華も現れた警備員に縄を解けられた。その瞬間、力が入らなかった遙華は椅子から滑って床に崩れ落ちた。腰を折って、吐きそうで何も吐けなかった。数十分後、遙華はようやく落ち着いて、麻痺したような顔でドアの外へ行って。スープができたら、2階からまた二人の喘ぎ声が聞こえた。しかし遙華は動揺もしなかった。できたスープをテーブルに置いたところで、かかりつけ医は自分の娘を抱き上げながら入ってきた。自分の娘を見て、遙華のとっくに死んだはずの心はまるで生き返ったようだった。娘を抱き上げた瞬間、医者は瓶に入っている薬を遙華に渡した。「若奥様、記憶が取り戻せる薬が市場に出ました。広瀬会
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第8話

風呂場で、景市は長らく奈々子と「二次会」で盛り上がっていて、ようやく寂しそうな顔で奈々子をお姫様抱っこして、外へ連れ出した。手慣れたように隣に置いてあるバスタオルを取って、適当に自分と奈々子の体を巻いて、そのまま階段を下りた。テーブルの上のまだほかほかのスープを見た時に、景市は足が止まった。遙華は作らないと思っていた。この前自分と奈々子のために何かしろと言った時に、遙華はいつも死ぬほど嫌がっていたから。なのに今は、大人しくスープを作ってくれた。なぜか、景市の心から強い不安を感じた。いつも以上に強い不安だった。しかし隣の奈々子は疑いもしなかった。ただ椅子に座りながら、景市にスープを盛ってあげた。棒立ちして全然動いていない景市を見て、文句を言っているような感じで、「景市、早く来て一緒に飲もうよ。もうお腹がペコペコだよ」と言った。それを聞いて、景市はすぐに心の中の不安を置いておいて、椅子に座りながら、テーブルに置いてあるスープボウルを手に取った。「ほら、あーんしてあげる」こうして、二人はお互いにあーんしながら、スープボウルの中のスープを飲み干した。最後の一口を飲み干した瞬間、景市はいきなり頭から激痛が走った。埋もれた無数の記憶が一気に海の底から頭に流れてきた!「パーン!」手に持っていたスープボウルは一瞬で地に落ちて、バラバラに割れた!「景市、どうしたの?」奈々子はその真っ青な顔色にびっくりして、焦って支えようとしたが、次の瞬間、男は急に顔を上げて、鋭い目つきで奈々子を睨んでいた。「近づくな。触るな!」その憎悪に満ちた目を見て、奈々子はゾッとした。その目は何万回も見てきた。昔遙華をいじめている時に、景市はいつもそのような鋭い目つきで自分を睨んでいた。そして、信じられないほど強い力で奈々子の首を締めていた!この瞬間、ひどく嫌な予感が奈々子に襲ってきた。逃げたいのに、怖さのあまりどうしても動けなかった。目の前の景市が自分に近づいてくるのを見ていることしかできなかった。そして、景市は奈々子の首を絞めて、冷たい声で、「真白、このクソ女が……!」と怒鳴った。奈々子の頭が一瞬で真っ白になった!その瞳には恐怖しかなかった。それって、思い出したの!?たった一夜、広瀬家は何もかも変わっ
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第9話

別荘にあるものが全部燃え尽きるまで、景市がずっと別荘で立っていた。奈々子を思い出させるものが1つから1つ、火に投げ荒れるのを見て、景市は全くスッキリしていなかった。逆に苦しみと辛さで心がいっぱいだった。燃やされるものを見て、この1ヶ月間の記憶が頭の中から消えなかった。記憶の中、遙華が自分を見ている時その絶望な顔と娘の絶えない号泣ばかりだった。急に襲ってきた痛みで、景市は自分の胸元を押さえた。顔色もますます真っ青になっていた。少年時代から結婚すると約束してあげた遙華なのに。昔から楽しみにしていた娘なのに。そんなに遙華のことが、遙華との娘のことが大好きなのに。昔なら、少しでも傷つかせなかったのに、この1ヶ月間で、記憶を失った自分にあんなに傷つけられたなんて!景市は苦しそうに目を瞑った。その時に執事が駆けつけて、困った顔で彼を見ていた。「若旦那様、すべての空港、列車、電車の情報を調べてみたが、若奥様の搭乗記録や乗車記録は全く見つかりませんでした。それに若奥様の身分証明書やSNSのアカウントもすべて消されました」そう言って、執事は少し怯えながら景市の反応を待っていた。景市が記憶を取り戻してから、した2つ目のことは遙華と娘の行方を調べてもらうことだった。記憶を取り戻した途端、景市はすでにあっちこっちで遙華たちを探していた。最初は何回も何回も遙華に電話をかけてみたのだが、届いてきたのは「電源が入っていないか、電波の届かない所にいます」と知らせる冷たいアナウンスだった。なぜか焦りだした景市は、すぐに車で探しに行った。最初、景市は二人がまだ病院にいると思っていたから、何人か連れて病院に行ったが、病院に着いたら、看護師から遙華と娘はすでに退院したと聞いた。その後、景市は遙華が散々傷つけられたから、ただ怒って娘を連れて家出をしたかもしれないと思っていた。子どもはまだ幼いから、きっとそんなに遠く行っていないと思っていて、景市はまた車で遙華たちの行けそうなところを全部探し回っていた。なのに、全然人影が見えなかった。最終的に、景市は広瀬家のもとで働いている人全員に東北で探し回ってもらったが、今から見れば、それでも手がかりはないようだ。それを聞いて、景市は呆然としていた。しばらくしたら、やっと我に返って
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第10話

景市は突然夢から覚めて、乱れた呼吸を整えながら、涙も止まらなくなった。入ってきた母を見た瞬間、景市の目には後悔と苦しみしかなかった。「お母さん、なんで止めなかったんだ……?」それを聞いた母は一瞬ぼんやりした。そして苦笑いを浮かべながら、口を開いた。「もう止めたわ、何度もね。景市はその子が自分の子だと知ったのに、その子がそのまま落として、畜生だとか言って、遙華があんたの一番大好きな女性だって教えてあげたのに、私たちのほうが惑わされたとか言った」……母はその時の光景を思い出しながら話していた。いつの間にか、目も濡れていた。「景市は小さい頃から、決めたことは誰も止められない性質で、あの時はその長所にかなり感心してたわ。活かしたら、きっと遙華と幸せに暮らせるって。しかし今から見れば、どうやら勘違いだったようだね。お父さんはもう探すために遣った人たちを全員帰らせたわ。景市はもう遙華たちにあんなにひどいことをしたから、たとえ見つけても目障りになるだけよ」「か、帰らせないで!」景市は自分の体調も気にせずに、すぐにベッドから起きて、母を止めようとした。「お母さん、遙華と娘は俺にとって大切だよ。もしこのまま見つからないと、俺は気が狂ってしまうんだ!」母は自分に頭を下げている息子を見て、複雑な気持ちが目に満ちた。産まれたばかりの景市はひどい目に遭ったから、母は非常に景市のことを甘やかした。景市のしたいことは、止めることもなかった。遙華との婚姻関係においても、尚更干渉していなかった。しかし今、景市の母はただ静かに景市の手を払い、言った。「もしあんたに見つけられたら、遙華たちはきっと今のあんたよりも気が狂ってしまうわ。景市、自分の夫が自分をいじめた女のことを好きになっても、他の女のために何回も自分と娘を傷つけても、更に他の女を抱いても許せるほど心の広い女性はいないわ」景市の伸ばした腕は一瞬で下がった。そして、「で、でも全部俺自分の意志でしたことじゃないんだ。記憶を失ったから……」とぶつぶつと呟いていた。それを聞いた母は深くため息をついた。「でもしたのは事実でしょう?」この一瞬で、病室は静寂に包まれた。景市はそのまま長らく呆然としていた。それから、よろよろと膝から崩れ落ちて、顔を隠しながら泣き出し
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