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All Chapters of 永い愛の嘆き: Chapter 21 - Chapter 25

25 Chapters

第21話

威圧的なメッセージに、宏の顔が冷たく引き締まった。自分への挑発なら構わない。だが、深雪に手を伸ばそうなど、虫が良すぎる。深雪は、宏という竜のたった一つの逆鱗だった。触れれば牙を剥き、爪を立てる。返信せずに家入昇への報復を指示した。薬がお好きなら、存分に味わっていただこう。翌日、退社途中の家入の車がパンクした。運転手がタイヤ交換中、突然彼を殴打し、意識を失わせた。深雪に投与された量の数倍の薬を飲まされ、同じように段ボールに詰められ、ホームレスがたむろする地区へ放り込まれた。ホームレスたちが箱を開けると、肥満体の中年男が転がっている。金目の物を奪い、薬の効いたままドブ川の脇へ放置した。正気に戻った時、家入の体は廃れ、裸の写真がニュースを賑わせていた。「家入グループ」の「家入」は妻の実家の姓。入り婿で姓を変えた彼の解任に、誰も異論を挟まない。宏の手引きで家入の妻は不倫と横領の証拠を入手し、わずか数日後、家入昇は財産をすべて失い、法廷に立たされる身となった。何もかも奪われた男は、今なお夢の中にいるような感覚に囚われていた。どうしてこんなことに?つい先日まで、新たな部下を手に入れて妻からさらに財産を奪おうと、甘い妄想に耽っていたではないか。ふと頭をかすめたのは森崎宏の顔だった。「あの小僧……いや、とんでもない誤算だ」歯噛みしながら気付く。ここ数日の不運は全て森崎宏の仕業だ。冷や汗が背中を伝う。あの男は爪痕を残すことで、上流社会に宣言したのだ。小林深雪に触れる者は、どんな手段を使っても潰す――そうして家入昇の末路は、宏が張り巡らせた罠の完璧な証明となったのである。上流社会に衝撃が走った。森崎宏の名を嘲笑う者たちは、一斉に態度を改めた。深雪の元に舞い込む仕事が増え、母の病状も安定し、自宅近くの職場で充実した日々が続く。全てを終えた宏は、病院でパイプカット手術を申し込んだ。医師の制止を振り切り、術後数日で蒼い顔のまま深雪の家を訪れた。診断書を手に、玄関先で彼女を捉えた。「深雪、俺、手術した」宏は深雪の負担になりたくなかった。避妊薬は彼女の体を蝕む。そもそも子供への執着もない。ならば自分が縛ればいい。紙面にはっきり記された文字。深雪は息を詰まらせた。指先が震え、言葉が見つからな
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第22話

拉致事件を経て、深雪と宏の間にそびえていた壁が、いつの間にか低くなっていた。宏の血色の悪い顔を見つめながら、深雪は思った。宏は本当に、私の心を癒す方法を知っているんだわ。宏は深雪の心の緩みを察し、勢いに乗って続けた。「もちろん、本気だよ」「今度こそ、僕の全てを君に預ける。君の思いのままにさせてほしい」宏は腰を折り、深雪と額を合わせた。真摯な眼差しで言葉を紡ぐ。「前世のことは全部忘れよう。今生で一から始めよう。嘘も隠し事もない関係で」深雪は視線を泳がせ、もじもじと身をよじった。「……まだ、考えがまとまってないの」そう言うやいなや、しゃがみこんで宏の腕の囲いから逃れ、慌てて自宅のドアを開けて駆け込んだ。ウサギのように逃げる後姿を見送りながら、宏はくすりと笑った。苦肉の策もたまには効くものだ。少なくとも、深雪の心の鎧にひびを入れるきっかけは掴めた。ドアに背を預けた深雪は、ほてった頰を手のひらで押さえた。一度人生を終えた身なのに、どうしてまた少女のように頬を染めてしまうのだろう。全ては宏のせいだ。あの整った顔は、何度見ても胸を騒がせる。ここ数日、深雪の態度は確かに柔らかくなりつつあった。二人が共に最期を迎えられる未来さえ、どこかで望んでいる自分がいた。卒業間近の深雪はほぼ社会人として働いており、宏のアプローチにも以前ほど抵抗しなくなっていた。全てが平穏に回り始めたかのように思えた。ある日、学校の用事で休暇を申請しに上司の元へ向かった時、思いがけない光景を目にした。普段威厳のある課長が、宏にへりくだるように挨拶しているのだ。深雪の笑みがこわばった。自分が実力で掴んだと思っていたこの職場が、実は宏の一声で用意されたものかもしれない。同僚たちの訝しげな視線の理由がようやく腑に落ちた。宏の事業の拡大速度にも驚かされた。結局、前世と同じ轍を踏んでいるのではないか。強引な手段を使わないだけましだと言えるのか。頭ではわかっていた。自分なりに仕事をこなしているのだから。それでも脳裏をかすめる。この職場に宏がどれほどの力を注いだのか。今ここで真相を問いただせば、再び籠の鳥に戻ってしまうのか。足元に鉛を巻かれたように立ち尽くす深雪は、最後に覚悟を決めた。「宏、課長とお知り合いですか?」宏は瞬時に事情を悟り、
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第23話

深雪は嬉しさのあまり、何をすべきかわからなくなってしまった。猫を抱き上げると、ぺちぺちと頬にキスをした。トントンは深雪の愛情を感じ取ったかのように、甘えた声で鳴きながら、小さな前足で彼女の頬をそっと押した。深雪は胸がいっぱいになり、慌ててどんちゃんと段ボール箱を抱え、家路を急いだ。猫を抱きながら、彼女は悟っていた。宏以外に、こんなことをする者はいない。これは彼なりの「信じてくれ。今度は二人でトントンを育てよう」というメッセージなのだと。前世のトントンの悲劇が脳裏をよぎり、宏が側にいる限り、また無実の災いが降りかかるのではないかと不安でたまらなかった。深雪は猫を長く抱きしめ、少し大きくなるまで育てたら、信頼できる人に託そうと決意した。自分と一緒にいれば傷つくかもしれない。飼い主である自分さえ最期まで傍にいられないのなら、最初から飼わない方がましだ。懐いた猫の温もりに万感の思いを抱えつつ、彼女は覚悟を固めた。まるで別れを察知したかのように、トントンの丸い瞳が潤んだ。ピンクの舌でミルクを舐めるのをやめ、深雪の掌をそっと舐めた。「私を離さないで。ご飯、少ししか食べないから」と言っているようだった。深雪の心は一瞬で溶け、決意が揺らぐ。果たして宏を信じていいのだろうか?自分でも答えが出せない。嘘に塗り固められた真心。どんな約束も、今の深雪には行動で示す言葉に及ばない。彼女の内側は二分されていた。一方が「宏を愛してる。信じてみよう」と叫び、もう一方が「死ぬ瞬間に誓ったじゃないか。自由になるって。なぜ同じ過ちを?」と嗤う。頭が割れそうな痛みの中、深雪はついに宏と真正面から話すことを決断した。「もしもし?宏、ちょっと話があるんですが」電話の向こうでは杯の音と媚びた笑い声が響いていた。商談中だと察した深雪は、急いで言葉を継いだ。「お忙しいならまた今度でも」切ろうとした瞬間、宏の声が遮った。「待って。北安ホテルの個室を押さえてある。そちらで待っていてくれないか?用事が片次第、すぐに向かう」「ええ」深雪の返事に、宏は珍しく笑みを浮かべ、グラスを一気に空にした。この数日かけた仕掛けが実を結び始めたのだ。会話への期待で、彼は新たに入ってきた若いウェイトレスの存在に気づかなかった。誰かが宏を指さすと、頬を薄く染めた若いウェイトレスが
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第24話

地上に倒れていた少女は、他ならぬ深雪に面影の似た風見満だった。この人生での満は高校に上がったばかり。宏の支援も庇護もないまま、彼女は素直に学校に通い続けることができなかった。家は貧しく、高校を卒業させるのもやっと。大学など到底無理な話だった。前世の彼女は学業の合間を縫って必死に働き、何とか地方の大学に進学。宏に見出され、衣食住に困らない生活を手に入れた。しかし今生では、その容貌が早くも目に留まり、宏の元へ送り込まれる寸前だった。ところが宏は微塵も興味を示さず、逆に席を立ってしまった。深雪との約束へ向かう宏を、満は店主に強制され追いかけるしかない。宏が北安ホテルの個室に入った直後、満も後を追って到着した。興奮していたのか、宏は背後に尾行されていることに気付かなかったようだ。個室の扉を開けた瞬間、深雪の視界に飛び込んできたのは、宏の影にぴたりと張り付いた満の姿だった。「どうして彼女があなたについてきたの?」深雪の声は震えていた。まさかまた前世と同じ展開になるなんて。もしかして二人は最初から繋がっていたのか?この間ずっと私を弄んでいたのか?深雪は首を振り、失望のあまり数歩後ずさった。宏が振り返ると、怯えた小動物のように縮こまっている満が目に入った。「ついてくるな!消えろ!」「お願いです……傍に置いてください!立場なんかいりません!さもないと……殺されます、本当に!」青白い少女の顔には本物の恐怖が滲んでいた。店主から金を受け取った代償が、こんな末路を招いたのだ。前世の満だと気付かない宏は業を煮やし、通りがかったウェイターに札束を握らせた。「あの女を放り出せ。二度と近寄らせるな」金に目がくらんだウェイターは、満を引きずるように連れ去った。「あの狂女とは何の関係もない」宏は必死に弁明した。深雪は眉を寄せた。「あの子が風見満だと分からなかったの?」「風見……満?」宏の表情が瞬時に凍りついた。前世、浴槽に横たわった深雪の亡骸を思い出す度、胸を締め付ける憎悪が甦る。「あの女を生かしておくわけにはいかない。お前をあんな目に遭わせた張本人だ」宏の険しい形相に、深雪は思わず身を引いた。その反応に気付いた宏は話題を転じ、テーブルに手を引いた。「話そうか?何を聞きたい?」宏が深雪の手を引
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第25話

宏は迷うことなく深雪の手を握り、力を込めた。「俺を信じてみてくれないか?すでに薬の研究に投資しているんだ。すぐに成果が出ると信じてる。頼む、信じて」「もし何年経っても君の病状が悪化するなら……俺も自分を醜くする。君が旅立つ日が来たら、一緒について行くから」宏はふっと笑った。「忘れたのか?言っただろう。俺は君を愛してる。死ぬほどに」その言葉に、深雪の頬に涙が光り、やがて笑みがこぼれた。深雪はわざとらしく目を輝かせて言った。「宏が醜くなったら、好きじゃなくなるかもよ」「たとえ醜くなっても、君にぴったりくっついて離れないからな」宏は慌てて答えた。二人だけが知っている。深雪の言葉は本心ではないことを。深雪は笑いながら、料理を口に運んだ。「宏……本当にいいの?私と一緒にいるって」深雪は真剣な眼差しで彼の瞳を見つめた。宏は視線を重ね、ゆっくりとうなずいた。「ああ、決めてる」続けて彼は言った。「これからは、嘘をつかないでくれ。何かあればすぐ話し合おう。心のままに……信じ合おう。約束だ」「わかった」深雪は彼に賭けてみることにした。数年後、深雪の母の病状は治療で抑えられていたが、次第に衰えていった。深雪は前世で一度、母の死を経験していた。今回は覚悟ができていた。母と過ごす日々は、全てが「盗んだ時間」のように感じられ、彼女は一秒も無駄にしなかった。残された時間で、宏と深雪は母を連れ、かつて行けなかった場所へ旅立った。最期の瞬間まで、母は笑顔だった。死神は深雪に慈悲を見せなかった。前世と同じく、彼女の体にも異変が現れた。治療と研究を続けても、病状は好転しない。深雪は苦い薬を飲み続け、胃液を吐き出すほどだったが、それでも諦めなかった。宏とトントンと過ごす時間が、少しでも長くなれば──。余命を悟った深雪は、宏に懇願した。「宏……一緒に旅に出よう。トントンも連れて」キャンピングカーを買い、二人一匹は各地を巡った。そして最後──天寿を全うしたトントンを見送り、深雪は宏の腕の中で静かに息を引き取った。宏は躊躇わず、大量の睡眠薬を飲み干すと、深雪をきつく抱きしめた。頬を伝う最後の涙が、彼の覚悟を物語っていた。彼は事前に全てを整えていた。二人の遺体は火葬され、海に散骨される。財産の一部は医療
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