All Chapters of 私が来たとき、春が街を満たした: Chapter 21 - Chapter 25

25 Chapters

第21話

ホテルで荷物を整理し終えた頃には、雨もすっかり止んでいた。清香はバッグを手にレストランへ向かい、まどかと再会した。二人はしっかりと抱き合い、久しぶりの再会を喜びながら、お互いの近況を語り合った。晄夜から財産の半分を得たと聞いた瞬間、まどかは目を見開き、まるで皿でも飲み込みそうな表情になったかと思うと、そのまま清香に飛びついた。周囲の視線などお構いなしに、大声で叫び出した。「きゃああああああ! うちの親友が富豪になってるーっ!? やばい、今あたしこの大金持ちの太ももにしがみついてるんだけど!? これで残りの人生、安泰じゃん!」清香は慌ててまどかの口を押さえ、まわりの客に会釈して謝りながら、急いで彼女を個室へと連れて行った。ようやく静かになったところで、まどかは目を輝かせながら小声で尋ねた。「で、ほんとに振り込まれたの?」「うん、でも、使うのがちょっと怖い。なんか、落とし穴があるような気がして」その弱気な返答に、まどかは思わず手を握り、説得を始めた。「はあ? 何それ。堂々としなよ! あんたの正当な権利だってば。晄夜がくれたもんでしょ? 無理に結婚したわけでもないし、気にせず使っちゃいなよ!」その言葉に、清香の表情も少しずつ柔らかくなっていく。まどかは満足げにメニューを掴み、ろくに目を通すこともなく、店員にパシンと手渡した。「このお店で一番高いオーストラリア産ロブスター、ちょうだい!」大仰に注文を済ませた彼女は、得意げに顎を上げた。「どう? さっきの私、なかなかそれっぽくなかった?」清香は笑いながら両手で親指を立てた。「完璧だったわ。ただ……レシートが来た時、うちの中村社長はその余裕顔を保てるのかしら?」「ちょ、清香!? 今日のご飯、あんたのおごりでしょ?えっ、もしかして割り勘!?」そんなやり取りに笑い声がこだまし、楽しい時間が流れていった。食後、清香が会計のために店員を呼んだその時——背後から、不意に聞き覚えのある嫌味な声が飛んできた。「へえ、こんなところで清香に会うなんてねぇ」二人が振り向くと、階段を下りてきたグループが目に入った。見覚えのある顔ぶれは大学時代の同級生たち。そしてその中心には、以前と変わらず華やかに着飾った瑤子がいた。まどかはすぐに耳元でささやいた。
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第22話

取り巻きたちがその言葉に続いて、嘲るように笑い声を上げた。怒りに震えたまどかが前に出ようとしたその瞬間、清香はそっと彼女の腕を取って止めた。彼女は静かに、しかし真っ直ぐに瑤子を見つめ、落ち着いた口調で言った。「そのお金は、晄夜が自ら申し出たものよ。あなたが流布した噂と同じように——正々堂々、何ひとつ後ろめたいことはないわ」そのまま、彼女は一歩も引かず、瑤子の表情を意にも介さずに、まどかの手を引いてその場を後にした。だが、痛いところを突かれた瑤子は、羞恥心と怒りで我を忘れ、ちょうど通りかかった店員を思わず押し出した。熱々のスープ鍋が激しく傾き、湯が清香たちにかかる寸前——そのとき、晄夜が現れた。彼は何のためらいもなく、二人の前に飛び出し、全身でその災難を受け止めた。ジュウッという音が響く中、彼の左腕には瞬く間に水泡が広がり、顔面は蒼白に染まっていた。まさか彼がここにいるとは夢にも思っていなかった瑤子は、慌てて駆け寄ろうとしたが、晄夜は激痛に耐えながらも、その目には凍てつくような冷たさをたたえて彼女を睨みつけた。「ご両親の顔を立てて、これまで君のことは黙認してきた。けど、いつまでも分別のないことを繰り返すなら容赦しない」彼の言葉に瑤子が何か言い返そうとする暇も与えず、晄夜は驚きと混乱の中にいた清香たちを連れて、その場を離れた。夜風に吹かれながら、清香の心も少しずつ落ち着きを取り戻していった。彼の火傷を目にし、彼女はためらうことなくポケットから鍵を取り出し、自ら運転して病院へ向かった。到着した病院で、広がる火傷を見た看護師は仰天し、すぐに医師を呼びに走った。時刻は深夜。翌日仕事を控えるまどかを清香は何度も説得して帰らせた。急患処置室には四人だけが残った。晄夜の額から汗が滴り落ちそうになるたび、清香は静かにティッシュで拭い続けた。彼は苦しげな声で、息を詰まらせながら言った。「僕が怪我をしたのは君のせいじゃない。彼女が君を恨んだのも、元はといえば僕のせいだ。本当に、すまない」どちらが悪いか、善悪の境はこの場においてはもう意味がなかった。清香は何も答えず、処方箋を持って薬を取りに行った。戻ってきた時、彼の治療はすでに終わっていた。医師の丁寧な説明を聞いたあと、二人はようやく病院を後に
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第23話

二日間の短い休息を経て、清香はすぐさま仕事モードに切り替えた。彼女は詩織に同行して提携交渉に臨み、その中で実務的な知識や交渉の勘どころを数多く学んでいった。プロジェクトの進行は驚くほどスムーズで、まるで最初から障害など存在しなかったかのようにすべてが自然と運んでいった。神谷グループとの正式な打ち合わせの際、晄夜本人は姿を見せず、副社長が代理として出席した。彼がそこにいないことに、清香は心の底でそっと安堵し、あらかじめ用意していた契約書を手渡した。先方はその内容を確認すると、協力的な姿勢を見せた。ただ、一つだけ条件を加えてきた。契約期間中、両社の調整役として連絡窓口を担う人物を清香にしてほしいと。詩織はすぐに気づいた。これはきっと、晄夜の意向だ。彼はこのプロジェクトを口実にして、清香をそばに引き止めたいのだと。少し迷った末、詩織は彼女本人の気持ちを確かめるべきだと判断し、打ち合わせを終えた後、近くのカフェでふたりきりの時間を設けた。「清香、ちょっと唐突なんだけど、もし差し支えなければ、晄夜との結婚のこと、話してもらえないかな?」清香は一瞬だけ沈黙し、やがて静かに頷いた。そして、四年間の学生生活と三年間の結婚生活——彼女の人生の三分の一に及ぶ年月を、まるで他人の物語でも語るかのように、淡々と話して聞かせた。あの数えきれない夜を支えてくれた深くて大きな愛も、結局は時間の中で少しずつ削り取られ、今では痕跡も残っていない。話し終えたとき、詩織は言葉を失っていた。どんな励ましも慰めも、この場ではただ空虚に響くだけだった。静寂だけが、個室の空気を何度も往復した。その沈黙の中で、清香は彼女の目に宿る哀しみと優しさに気づき、ふわりと微笑んだ。その微笑みは、すべてを越えた人だけが持つ、静かな確信と穏やかさに満ちていた。「詩織さん、あなたが迷ってるのは分かってる。プロジェクトを成功させたい、でも私にまた傷ついてほしくはない。私が昔話をしたのはね、もうとっくに過去を手放せているって、伝えたかったの。彼らがどんな理由で私を指名してきたとしても、私にとってはただの仕事。経験は少ないかもしれないけど、あなたが必要としてくれるなら、チームのために、私は全力で応えるよ。期待は絶対に裏切らないって、そう決めてるから」まっすぐなその
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第24話

仕事の都合で、清香は最上階のペントハウスを借りた。翌日、隣室に誰かが引っ越してきた。それは、晄夜だった。京北に戻ってきてからの一ヶ月、彼女は思いがけず、いや、あまりにも頻繁に彼と出くわした。スーパーの陳列棚の前、火鍋屋の入り口、公園の片隅——本来なら彼のような人間が足を踏み入れることのないような場所で、彼は現れた。清香は気づいていた。彼が自分の後をつけていることに。たまに鉢合わせになれば、二人は形式的な挨拶を交わした。その他の時間、彼はただ静かに彼女の後ろを歩いていた。まるで影のように。やがて清香も、そんな存在に慣れていった。「無料のボディーガードが付いてると思えば、悪くないか」——そんな風に自分に言い聞かせながら。隣人になってからは、顔を合わせる頻度も増え、晄夜の笑顔も日に日に柔らかさを帯びていった。夕食、散歩、外出——彼は事あるごとに誘ってきた。けれど清香は、いつも丁寧に断った。「ごめんなさい」その一言が彼の目に一瞬の陰りを落とす。それでも彼は、翌日になればまた何事もなかったように現れ、元気よく声をかけてくる。その姿に、ふと大学時代の彼を思い出した。瑤子の機嫌をとるために、懸命に笑っていた彼。怒らせないように、拒まれないように、必死だったあの頃と同じだった。だが、清香は瑤子ではない。与えられる愛情を当然のように受け取ったり、弄ぶ趣味もない。清香はただ、静かに自分の人生を生きていきたいだけ。それだけでいいのだ。季節は巡り、春が過ぎ、夏が過ぎ、そして秋が深まる頃——一年にわたるこのプロジェクトも、いよいよ終わりを迎える。契約終了日は、清香の25歳の誕生日と重なっていた。彼女はその日に合わせて、サンフランシスコ行きのフライトを予約していた。出発の前夜。深夜まで荷造りをしていると、外では静かに小雪が降り始めていた。時計の針がちょうど12時を指したとき、ドアがノックされた。開けると、ケーキを手にした晄夜が立っていた。「誕生日、おめでとう。」微笑んでいたはずの彼の横顔に、なぜかかすかな哀しみがにじんで見えた。清香は一瞬、時が止まったように感じた。けれどすぐにいつもの落ち着きを取り戻し、礼儀正しくお礼を言った。ろうそくに火が灯され、彼女は目を閉じて静かに願いを込めた
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第25話

目を覚ますと、窓の外は一面の銀世界だった。雪は静かに、しんしんと降り続いている。清香が階下へ降りると、道端には晄夜が立っていた。彼は黙って近づき、スーツケースに手を伸ばしながら、どこか言葉にできない複雑な響きを帯びた声で言った。「今日は雪がひどくて、タクシーもつかまらない。空港まで、送らせてくれないか?」今度は、清香は首を横に振らなかった。彼がまだ何か、語り残した言葉を抱えていると直感でわかったから。そして——この別れにはもう「次」がないことも。終わりを告げるための、最後の時間だった。車がゆっくりと走り出す。雪道のせいか、あるいは彼の意図的な遅さか。けれど時間にはまだ余裕があった。清香は言葉を発することなく、ただ窓の外の白い景色を見つめ続けた。時が流れる中、静寂に耐えきれなくなった晄夜がようやく口を開いた。心の波立ちを押し隠しながら、彼女の心を引きとめようとするように。「清香、二年目のクリスマス、覚えてる? あの時も大雪だった。母さんの体調が悪くて、君が一緒にお寺まで祈願に付き合ってくれた。そのとき俺が引いたおみくじ、こう書かれてた。『願わくば、ただひとりの心を得んことを』……」その言葉を聞いて、清香もあのときの光景を思い出した。おみくじを解いた老僧が、こんなことを言っていた。「それは縁であり、劫でもある。早く悟ることができれば、それは吉兆へと転ずるだろう」彼女はその意味が分からず、自分への言葉だと思い悩んでいた。あの頃の彼女は、彼と永遠を願っていたのだ。けれど今となってはわかる。くじを引いたのは彼だった。あの言葉も、彼に向けられたものだったのだ。そして、彼が心から手を取りたいと願った相手も、結局自分ではなかった。そのことに思い至り、清香はそっと笑った。「あまり、覚えていないわ」晄夜はしばらく黙り込んだが、すぐにまた話題を変えた。語られたのは、彼らが夫婦として過ごした日常のささやかな記憶だった。彼女の記憶にはもう霞んでいるそれらの出来事を、彼はまるで宝物のように細やかに語った。それは、この一年のあいだ、何度も彼が反芻していた想い出だった。けれど、清香の表情には懐かしさの影も差さない。やがて車は空港に到着した。彼女がスーツケースを引いて車を降りようと
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