ここ数日、看護師に触れられるだけで震えていた私が、彼には、何の拒絶もなかった。真昼の光が鋭く照りつけ、熱気が地面から立ち昇る。外の世界と、この場所を隔てるように。私は、呆然と彼を見つめた。すると、彼は私の隣に座った。四手連弾。高校を卒業して以来、私は音楽と距離を置いていた。かつての夢は、ピアニストになることだった。けれど、私にとっての音楽は、すでに過去のものになっていた。最後の音が消える。彼は、微笑んだ。目尻がゆるやかに弧を描き、梨渦が浮かぶ。「僕は、鈴木星矢。お姉さん、久しぶり」私の記憶に、星矢という名前はなかった。けれど、彼は言う。「忘れててもいいよ。でも、いつか必ず思い出すから」彼は、私のピアノの練習に付き合い、ゲーム機を持ち込んで、一緒に遊んでくれた。彼の存在は、明らかにおかしい。それでも――私は、彼を嫌いになれなかった。彼は、いつも笑っていたから。母のように、涙に溺れることもなく。智秀のように、真夜中に私の枕元に立ち尽くす亡霊のようでもなく。星矢は、星矢だった。彼だけが、私に優しくしてくれた。それが、何よりも不思議だった。もしかすると、人の感情は、伝わるものなのかもしれない。彼が微笑めば、私はほんの一瞬だけ、痛みを忘れることができた。「お姉さん、僕が連れ出してあげようか?」ある午後、彼は突然そう言った。私は、智秀から逃げられるとは思えなかった。それでも、無意識のうちに、頷いていた。だから、その夜――星矢は、私の病室に潜み、夜更けを待った。深夜。すべてが静まり返った頃、彼は、私の手を引き、そっと病室の窓を開けた。二階なんて、大した高さじゃない。私の心臓が、これほどまでに高鳴ったのは、いつ以来だっただろう。白いシャツの少年。指先が私の手首をかすめる。月のない夜。ぼんやりとした光が、彼の輪郭を淡く映し出す。目尻には、小さな痣。私の目に涙が浮かんできた。理由もわからず、ただ、泣きたくなった。彼はしゃがみ込み、袖口で私の涙を拭った。「星矢、あなたのことをどうしても思い出せない」「思い出せなくてもいいよ、結衣。でもね、僕たちは前に進まなきゃ」彼の乗り物は、自転車だった。私は、彼の背後に座る。夜風が、静かに頬
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