この日、離婚届にサインはできなかった。義父が心臓発作で倒れ、病院に運ばれたからだ。絵美は母親からまたも平手打ちを受け、顔には涙の痕が残っていた。一方の須藤は、事が発覚して以来、まるで死んだように一切姿を見せず、電話さえ出ようとしなかった。義父の容態がひとまず安定したのを確認し、俺は帰ろうとしたが、義母に呼び止められた。この出来事は義母にとって大きな打撃だったのだろう。以前は気品に満ちた貴婦人だった彼女の姿は一気にやつれ、その目は羞恥と悲哀に染まっていた。義父母は結婚後、長い間子供に恵まれなかったため、孤児院から須藤拓弥を引き取った。すると不思議なことに、その翌年には絵美を身ごもったという。須藤が幸運を運んできたと信じた二人は、彼を実の息子のように大切に育てた。当初は本気で後継者にするつもりだったが、須藤拓弥にはその器量がなかった。須藤グループは二人が人生をかけて築き上げたものだ。それを彼に任せて好き勝手にされるわけにはいかなかった。しかし、絵美にもその器量はなく、あの頃、二人は会社を売却し現金化する覚悟すらしていたという。そんな中で俺が現れたことで、二人は希望を見出し、将来は絵美の代わりに俺に会社を任せようと考えるようになった。須藤と絵美の関係について触れるとき、義母の声は涙で震えていた。「拓弥に会社を継がせたくなかったのは、実子ではないからではなく、ただ彼にはその力がなかったから。でも、あの子は誤解してしまったんだ、絵美がまだ高校生の頃、いつの間にか二人の間に許されない感情が芽生えてしまっていた」「もし彼が本当に真心から絵美を愛していたなら、私たちは古い考えに縛られるつもりはなかった。でも、彼の目当ては絵美じゃくて会社だと分かってしまったんだ」「あのことが発覚した時、私たちは二人にきちんと話をしたの。拓弥も、絵美とは距離を置くって約束してくれた。だから絵美があなたを連れてきた時、私たちはようやく安心できたのよ。二人とも、過去の気持ちを忘れたんだって。でも、まさか隠し方が上手くなっただけだなんて」「直哉くん、この件は私たちが本当に悪かったわ。でもね、絵美にもう一度チャンスをあげてくれないかしら?彼女はただ惑わされているだけで、本当に大切にしてくれる人が誰なのか、まだ分かっていないのよ。きっといつか彼女も気づくはず。
最終更新日 : 2025-01-14 続きを読む