All Chapters of これで君と別れ、会えぬ日々へ: Chapter 1 - Chapter 10

病院に行く前に心の準備はしていたはずなのに、自分の命がもうすぐ終わると医者から直接聞かされ、莉奈は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。 「まだやりたいことがたくさんあるんです。入院なんてしていられません。他の方法はありませんか？」 彼女は悔しそうに尋ねた。 その間にも激しい咳は止まらず、顔を覆ったハンカチには赤い血が滲んでいた。 医者は困った表情で答えた。 「強い薬を処方できます。それで一時的に体力を回復させることは可能ですが、持っても......一週間です」 「一週間......それなら十分です」 莉奈は小さく苦笑し、俯いた。 最期の準備をするには、一週間あれば十分だった。 医者の処方した薬を手に、彼女は一人で病院を出た。 途中、婦人科の検査室の前を通りかかったとき、ふと聞き覚えのある声が耳に入った。 「先生、本当ですか？」 彼女は思わず立ち止まって振り返った。 検査室のドアは完全には閉じられておらず、隙間から中の様子が見えた。 そこでは、会社にいるはずの輝也が驚きと喜びに満ちた表情で若い女性を抱きしめていた。その手は彼女のお腹に添えられている。 「さくら、君妊娠したんだ！本当に妊娠したんだ！」 「さくら」と呼ばれるその女の子は、恥ずかしそうに私の夫である輝也の胸に寄り添っており、まるで恋人同士のように見えた。「輝也さん、これは私たちの赤ちゃんだよ」 「俺たちに子どもができたんだ！」 その光景は、鋭い刃のように莉奈の心を深く突き刺した。 喉元には鉄の味が込み上げ、彼女は勢いよく血を吐いた。 ティッシュで拭き取り、廊下のベンチに座り込んで息を整える。 隣に座っていたおばあさんが親切に水のボトルを差し出してくれた。 「お嬢さん、これを飲んで少し休みなさい」 おばあさんは彼女の指にある結婚指輪を見て、思わず尋ねた。 「ご主人はどこにいるの？こんなに体調が悪いのに、どうしてそばにいないの？」 莉奈はかすかに笑みを浮かべて答えた。 「仕事が忙しいんです」 おばあさんはため息をつき、今どきの若者は家族を大事にしないとぼやき始めた。 莉奈は携帯を取り出し、輝也にメッセージを送った。 「今どこにいる

翌朝、莉奈が目を覚ますと、輝也はすでにスーツを整え、仕事に行く準備をしていた。彼女は眉を少し寄せながら目をこすった。病気になってから、彼女の睡眠時間はどんどん長くなっていた。いつかそのまま、二度と目を覚まさなくなるのではないか、そんな考えがふと頭をよぎった。しかし、輝也はそんなことに気づく様子もなく、いつものように穏やかだった。彼女が目を開けたのを見ると、輝也は軽く身をかがめて、優しく彼女の額にキスをした。「起こしちゃった？ごめんね」「まだ眠いなら、そのまま寝ていていいよ。執事には邪魔しないよう伝えておくから」「俺は先に行くけど、何かあればすぐ電話してね」そう言うと、彼は軽く微笑みながら家を出ていった。輝也を見送った後、莉奈は洗面所に向かった。昨晩、彼の服に見えた痕跡を思い出すと、胸の奥に込み上げる嫌悪感を抑えきれず、額に残る彼のキスの痕を力強くこすった。皮膚が赤くなるほどに。朝食の時間、彼女はいつものように、携帯を手に取りニュースをチェックしていた。すると、一つの記事が目に留まった。普段なら見逃してしまうような芸能ニュースだったが、その日は違った。その記事にはさくらの名前が出ていた。最近公開された新ドラマで、無名で代表作もないさくらが、数々の人気女優を押しのけて主演を勝ち取ったという内容だった。彼女のSNSには批判が殺到していた。「コネで主演を取っただけ」「恥知らず」といったコメントが相次ぎ、非難の嵐だった。しかし、さくらは堂々と反論していた。「私の愛する人が、お金を使って応援してくれる。それのどこが悪いの？」その投稿には一枚の写真が添えられていた。写真には、高級感あふれるスーツを着た男性が、彼女にダイヤのネックレスをつけている様子が映っていた。輝くダイヤモンド、そしてその男性の美しい手指。写真には顔が映っていなかったが、莉奈には一目で分かった。その男性が輝也であることを。なぜなら、彼の手首には去年の誕生日に彼女が贈った時計がはめられていたからだ。彼女は軽く眉をひそめ、同時に食欲が失せた。朝食を終えた後、彼女は運転手を呼ばず、一人でタクシーを拾い南山へ向かった。そこは京城で最も大きな墓地だった。彼女の両親はすでに他界しており、頼れる親族もいな

輝也は莉奈の視線に気づき、一瞬動きを止めた。 何かが違う。いつもの莉奈とはどこか違っている気がした。 「そうだよ」 彼は優しく手を伸ばし、莉奈を抱き寄せた。 「早く君に会いたくて、他の誘いは全部断ったんだ」 隣にいたさくらが突然口を開いた。 「田中さん、さっき結構お酒を飲んでいましたよね。お酒を覚ますスープでも作りましょうか？」 莉奈が振り返ると、さくらの挑発的な視線とぶつかった。 輝也は冷たい表情でさくらを一瞥し、静かに言った。 「必要ない」 「まだいるのか？早く帰れ」 さくらの顔は引きつり、不満げな声で答えた。 「はい、お邪魔しました。すぐに失礼します」 彼女は急いでバッグを手に取り、どこか拗ねたような足取りで部屋を出て行った。 莉奈は沈黙したまま輝也を見つめた。 自分を抱きしめながらも、彼の視線はさくらの背中を追っていることに気づいていたからだ。 「疲れたから、先にシャワーを浴びるわ」 彼女はそっと輝也の腕をほどき、寝具に目を向けた。 「それと、使用人にシーツを取り替えるように頼んでおいて」 輝也の目に一瞬驚きが走ったが、彼女は続けた。 「あなたの酒の匂いが移って、気になって寝られないわ」 輝也はほっと息をつき、笑顔で頷いた。 「分かったよ」 その夜、莉奈は一睡もできなかった。 このベッドで夫が他の女性と絡み合っていた光景を思うと、胸の奥からは嫌悪感が止めどなく湧き上がった。 翌朝、その嫌悪感は極限に達した。 朝日が昇り、輝也はいつも通り仕事に出かけた。彼が家を出た後、莉奈は自分の荷物を整理し始めた。 その途中、突然携帯に一通のメッセージが届いた。 送信者はさくらだった。 「莉奈さん、一度お話ししたいことがあります」 莉奈は無視しようとしたが、さくらからは次々とメッセージが送られてきた。 「きっと気づいていますよね？私と輝也さんが特別な関係にあるって」 「彼の心はもう完全に私のもの。あなたには興味ないのよ」 「早く身を引いたらどう？そのほうがみんなのためよ」 「知らなかったでしょう？昨日、あなたが帰ってくる前、彼が私を離そうとしなかったのよ」 続

最終日、莉奈は病院に向かった。 医師から処方された薬はすべて飲み終わり、身体はもはや限界だった。 病室に入ると、そのまま意識を失って倒れた。 途中、一度だけ目を覚ました。 彼女が目を開けると、ベッドの傍らには若い看護師が付き添っており、慌てた様子で尋ねてきた。 「ご家族やご友人に、何か伝えたいことはありませんか？」 莉奈は力なく手を動かし、スマートフォンを開いた。 ここ数日間、輝也からの連絡は一度もなかった。 唯一メッセージを送ってきたのはさくらだった。 彼女は毎日のように輝也との出来事を報告し、写真を添付して送ってきた。 そこには、彼とプールで遊ぶ様子、買い物を楽しむ様子、映画や遊園地でのデートの写真が並んでいた。 莉奈は、それらの写真を静かに確認するとスマートフォンを閉じ、看護師に手渡した。 「特にありません......」 「これらを全部、燃やしてください」 看護師は涙を堪えながら頷いた。 「分かりました」 すべてを託した後、莉奈は静かに目を閉じた。 窓の外では細雪が舞い落ちていた。明日には大雪となり、全ての痕跡を覆い尽くすだろう。 自分と輝也の愛もまた、風の中に溶け込み、痕跡を残すことなく消え去るのだ。 「輝也、来世では会わないでいましょう」 それが彼女の最期の言葉だった。その後、莉奈は二度と目を開けることはなかった。

なぜだ？ 彼には分からなかった。 莉奈はなぜこんなことをしたのだろうか。 輝也は顔を上げ、かすれた声で問いかけた。 「全部......燃やしたのか？」 使用人は嘘をつく勇気もなく、ただ頷いた。 「はい、そうです」 彼は震える手でスマートフォンを取り出し、莉奈の番号にかけた。 「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」 その無情なアナウンスを聞きながら、彼は何度もリダイヤルした。 次に彼は、彼女の友人や同僚に次々と電話をかけた。ひとりひとりに彼女の居場所を尋ねたが、誰一人として莉奈がどこにいるのか知らなかった。 輝也は絶望した。 自分の人生に莉奈がいないのに、生きる意味などあるのだろうか。 突然、彼の脳裏に莉奈が最近話していたことがよぎった。 「プレゼント......そうだ、プレゼントだ！きっと俺に何かを残している！」 希望の光が彼の目に宿り、彼はほとんど混乱した手つきで寝室に駆け込んだ。 寝室は空っぽだった。 ベッドサイドの写真も、書棚に並んでいた彼女が愛読していた小説も、全てが消え去っていた。 唯一、純白の包装紙に包まれた箱が、ベッドの上に置かれていた。 輝也の胸は張り裂けそうだった。震える手でその箱をゆっくりと開けた。 しかし次の瞬間、彼の全身の血が凍りついたように感じた。 「これ、なんだ......？」 箱の中に入っていたのは、「癌診断報告書」と大きく書かれた封筒だった。 手が震えて紙を持つことさえできず、彼は目を凝らして中を確認した。 「患者名：莉奈、診断結果：骨ガン末期.....」 「余命一週間未満、家族には速やかに葬儀の準備を推奨......冗談じゃない！」 彼は怒りに任せて診断書を床に叩きつけた。紙が散らばり、彼の足元に散らばった。 「誰だ！こんなふざけたものを置いたのは！」 彼は執事と使用人に向かって怒鳴りつけた。 「こんな悪質な冗談を仕掛けたのは誰だ！命が惜しくないのか！」 「違います！ご主人様、本当に違います！」 使用人たちは口々に否定し、ここ数日、誰も寝室に入っていないと説明した。 輝也はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて理性