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空中散歩は青空に抱かれて

Author: 液体猫
last update Last Updated: 2025-04-19 19:09:23

 自身を軽々と抱き、宙を散歩する|全 思風《チュアン スーファン》の姿に、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は声を失った。

 浮遊する彼の足元を見れば、黒い羽が階段を造っている。それを伝って上へと登る様は、まるで宵闇の王のよう。地上にある町を見ようとしても、既に|豆粒《まめつぶ》状態だ。それほどまでに上空へと進んだ|全 思風《チュアン スーファン》は、歩みを止めていった。

 山すら視界に入らなくなると、彼は足元にある黒羽根の階段を一度だけ蹴る。瞬刻、階段は地上に近い場所からパラパラと崩れていった。残ったのは二人が立っている部分だけとなる。

「……はあー、風が気持ちいいね」

 |全 思風《チュアン スーファン》の長い三つ編みが|靡《なび》く。

 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は彼の黒髪を目で追い、その姿を焼きつけた。

 彼の|顔《かんばせ》は美しさのなかに鋭さがある。それは誰も答えることができない、強い眼差しだ。|烏《からす》の羽のように深く、底が見えない。

 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の視線に気づいた彼は、顔を近づけてくる。彼の長いまつ毛から影が生まれた。女性のようとまでは言わないが、それでも整った顔立ちをしている。

 ──本当に綺麗な人だ。どうして僕にここまでするのかはわからないけど……それでもこの人となら、どこまでも行けるんじゃないかって思えてしまう。

 彼の姿勢は気高かった。

 それでいて柔らかな笑み。

 |端麗《たんれい》で何者も寄せつけないほどに|煌《きら》めく姿に、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は声を失った。

「うん? どうしたの?」

 ズイッと、微笑みながら|華 閻李《ホゥア イェンリー》へ顔を近づける。よく通る声で語りながら子供の|額《ひたい》に一つ、口づけを落とした。

 すると、彼の耳を隠していた髪がふわりと|捲《めく》れていく。形のよい耳ではあったが、先が尖っていた。

 |華 閻李《ホゥア イェンリー》からの熱い視線に気づいた彼は、大人っぽい表情のままに口元へ笑みを浮かべる。そして子供の髪を優しく撫で「幸せだなあ」と、平和な時間を満喫していた。

「ふふ、どうしたの? 私の顔に何かついているのかい?」

「……あ、あの! ……っ!?」

 空気の薄い場所で大きな声を出したせいか、|噎《む》せてしまう。支えてくれている|全 思風《チュアン 
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     瞳が虚ろになった|華 閻李《ホゥア イェンリー》に、何度も呼びかけた。けれど|華 閻李《ホゥア イェンリー》はうんともすんとも言わない。「──|小猫《シャオマオ》!」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の肩を揺さぶった。 その時である。周囲から|人《・》の気配が消えた。それは文字通り人が、である。屋台を前にして並ぶもの、食べ物を売る者も、しっかりと目の前にいた。けれど彼らからは、|人《・》としての気配がなくなっていた。 ──どういうことだ? 直前まで、普通に人間の気配で溢れていたはずだ。「……いったいどうなって……|小猫《シャオマオ》!?」 考える暇もなく|華 閻李《ホゥア イェンリー》を含む、食品市場にいる者たちが一斉に動きだす。どの人間も|華 閻李《ホゥア イェンリー》と同じく、瞳に光を宿していなかった。そして誰もが体のどこかしらに鎖をつけている。 そんな人たちは食べ物すら放置して、街の北へと歩きだした。「し、|小猫《シャオマオ》!」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》を腕を掴み、行動を阻止しようとする。けれど凄まじい人混みのせいで手を離してしまった。 |全 思風《チュアン スーファン》は喉の奥から叫ぶ。|華 閻李《ホゥア イェンリー》を呼び続けながら邪魔をする人々をかき分けていった。 けれどおかしなことに、近づくどころか遠ざかっていく。|華 閻李《ホゥア イェンリー》の姿すら見えなくなるほどに人が増えていっているのだ。おそらく住宅街や|周桑《しゅうそう》など、蘇錫市(そしゃくし)の住人のほどんどが、鎖の言いなりになってしまっているのだろう。 女や子供はもちろん、性別や年齢関係なく集まっていた。「……っ!?」

  • 鳥籠の帝王   操られた華

     |華 閻李《ホゥア イェンリー》を包む|彼岸花《ひがんばな》は、少しずつ光を失っていく。根元から枯れ始め、花びらや雄しべたちがハラハラと崩れ落ちていった。けれど床につく前に消えていき、まるで幻でも見ているかのような錯覚に陥る。 同時に、白虎の前肢にあった|血晶石《けっしょうせき》が跡形もなく消滅するのを確認した。「──|全 思風《チュアン スーファン》よ。|閻李《イェンリー》はいったい何をした?」  なんとも言えぬ不思議な現象の場に居合わせた|爛 春犂《ばく しゅんれい》が問う。彼は全ての術を解除し、眠る|華 閻李《ホゥア イェンリー》につき従う|全 思風《チュアン スーファン》の肩に触れた。 「……正直な話、私にもわからない。だけど白虎の|殭屍《キョンシー》化を阻止し、|血晶石《けっしょうせき》そのものを消し去ったのは、間違いなく|小猫《シャオマオ》だ」 本人の意識かどうかは別として、と語り加える。|爛 春犂《ばく しゅんれい》の手を軽く払い、感情のない瞳で凝視した。けれどすぐに興味の対象から外す。 「どんな理由があるにせよ、|小猫《シャオマオ》が浄化した事に変わりはない」 |爛 春犂《ばく しゅんれい》に冷めた瞳を向けた。それは他言するなという証でもあった。「……安心せい、|全 思風《チュアン スーファン》殿。このような事、言いふらしはせぬ。言ったところで誰も信じてはくれまいて」「話が早くて助かるよ」 |全 思風《チュアン スーファン》の直前までの全てを敵視するような眼差しは消える。笑顔を浮かべ、暗黙の了解として、|爛 春犂《ばく しゅんれい》と握手を交わした。 しかしどちらも心の内を見せるようなことはしない。どちらかというと探りあっていた。笑顔で

  • 鳥籠の帝王   光の子、道の先を示す

     |華 閻李《ホゥア イェンリー》の背中から|彼岸花《ひがんばな》が生まれた。淡く、蛍のように優しく、それでいて、暖かい光をまとっている。「……っ|小猫《シャオマオ》!?」  いとおしい子へ腕を伸ばして助けようとした。けれど眩しくて直視できない。 |全 思風《チュアン スーファン》も、少し離れた場所にいる|爛 春犂《ばく しゅんれい》ですら両目を閉じてしまうほどだ。 それでも彼は諦めることなく、手探りで|華 閻李《ホゥア イェンリー》の居場所を見つける。子供の細腕を引っ張り、己の胸元へと押し戻した。「|小猫《シャオマオ》!」 未だ、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の背中に浮き出ている|彼岸花《ひがんばな》を睨む。触ろうとしても透けてしまい、剥ぎ取ることすら不可能であった。 それでもうつ伏せになっている|華 閻李《ホゥア イェンリー》の喉で脈を測る。トクン、トクンと、弱いが脈はあった。 目映いばかりに煌めく花は背から頭上へと移動する。両腕に包まれている白い仔猫の姿をした|神獣《しんじゅう》は、苦しそうに鳴いていた。「……はあー」  |全 思風《チュアン スーファン》のため息は、場を落ち着かせていく。|華 閻李《ホゥア イェンリー》を|床《ベッド》まで運び、安心の吐息を溢した。結界を維持したままの|爛 春犂《ばく しゅんれい》に目配せし、疲れと心配からくる汗を拭う。 再び|華 閻李《ホゥア イェンリー》を黙視した。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の瞳を隠すのは長いまつ毛で、ときおり苦痛に蝕まれるように濡れる。それは涙で、|全 思風《チュアン スーファン》は何度も雫を己の指先で拭いた。 ──白虎の身体に浮かんでいた青白い血管が薄れていっている

  • 鳥籠の帝王   涙、そして強くなる想い

     |爛 春犂《ばく しゅんれい》を加え、二人は蘇錫市(そしゃくし)で起きている出来事を再度話し合う。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は窓際に。 |全 思風《チュアン スーファン》はそんな子供にピッタリとくっつくように、隣へと座ってきた。 そして、情報を持ってきた|爛 春犂《ばく しゅんれい》は二人の前に腰を落ち着けている。 彼ら三人の中心には机があり、茶杯の中には緑茶が入っていた。おやつとして胡麻団子が置かれており、三人は各々で好きな物を選んで食す。そんななか、|華 閻李《ホゥア イェンリー》だけが他の二人よりもたくさん食べていた。「ねえ|小猫《シャオマオ》、さっきあんなに食べてたよね? まだ食べるつもりなのかい?」 胡麻団子を何個も頬張る|華 閻李《ホゥア イェンリー》に、|全 思風《チュアン スーファン》は顔を引きつかせながら問うた。 頬についた胡麻を取ってあげると、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は無邪気に「ありがとう」と言って微笑む。 ──んん! 可愛い!  愛くるしい見目の|華 閻李《ホゥア イェンリー》に幸せを覚え、満面の笑みになった。「──こほんっ!」 緩い現場を見かねた|爛 春犂《ばく しゅんれい》が、わざとらしい咳払いをする。しまりのない表情をする|全 思風《チュアン スーファン》を睨み、淡々と話を進めた。 |爛 春犂《ばく しゅんれい》が持ってきた話は、以下の通りである。 [|國《くに》中で白服の男たちが目撃されている] [目撃された場所では|殭屍《キョンシー》が出現し、最悪街や村が滅んでしまう。この蘇錫市(そしゃくし)でも白服の男たちの目撃情報があり、何らかの形で関わっている可能性がある] [|殭屍《キョンシー

  • 鳥籠の帝王   従者の鎖

     太陽が真上に差しかかった頃、|華 閻李《ホゥア イェンリー》たちは昼食をとっていた。 辛さが決め手の|麻婆豆腐《マーボードウフ》、高級食材であるフカヒレを使用したスープ。肉汁たっぷりの|包子《パオズ》、卵とニラの色合いが美しい食べ物などもある。箸休めには、ほうれん草の唐辛子炒めもあった。食後のおやつとして月餅、杏仁豆腐なども置かれている。 それらはざっと十人前ほどはあった。「うわあ、美味しそう……ねえ、本当にこれ食べていいの!?」 数々の料理を前にして両目を輝かせる。|華 閻李《ホゥア イェンリー》は大きな瞳いっぱいに食べ物を映し、頭上を確認した。「うん、いいよ。私も多少食べるけど、|小猫《シャオマオ》は遠慮なくいっちゃって!」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》が見上げた先にいるのは|全 思風《チュアン スーファン》である。彼は我がことのように喜びながら、|華 閻李《ホゥア イェンリー》へとご飯を勧めた。 そんな二人は何とも奇妙な姿勢をとっている。どちらも座ってはいた。しかし|華 閻李《ホゥア イェンリー》は床にではなく、|全 思風《チュアン スーファン》の膝上にである。 |全 思風《チュアン スーファン》はがに股になりながら、|華 閻李《ホゥア イェンリー》を乗せていた。 そんな彼の頬は絶賛綻び中で、しまりのない笑顔をしている。その姿はまるで、普段は強面だが小動物を愛でる時だけは優しくなるような……何とも言えない緩み具合だった。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の方は、それを当たり前として受け入れている様子。大きくて逞しい彼を椅子代わりに、満面の笑みで箸を走らせていた。 数分後、ものの見事に全てを平らげる。最後に残った杏仁豆腐すらもペロリとお腹の中へと入れた。「&h

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