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第644話 政略結婚など望まない
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話が合わないと分かると、彼女たちも無理強いはせず、麻雀卓を囲むことにした。しかし四人目が足りない。蘆谷夫人が電話で人を呼び、待っている間、三井鈴が二回ほど席を埋めた。「小林夫人が電話に出ないわ。何かあったのかしら？」「知らなかったの？昨夜、小林夫人がナイフを持って金榜に乗り込んだそうよ。彼女が到着した時、ロビーの画面では夫と女性のビデオが繰り返し流れていたとか」江崎夫人は生き生きと話し、興奮した様子だった。「どんなビデオ？」「そう、あれよ。分かるでしょう？」三人の夫人たちは一斉に笑い出した。「誰かの逆鱗に触れたのね。小林家は財力があるのに、これは面子を潰されたわね」「金榜は顧客のプライバシーを簡単には漏らさないはず。ここまでできる人なら、きっと大物ね」三井鈴は手の中の牌を見つめ、黙って笑った。女性たちの集まりに、三井悠希は辟易して、外で息抜きをする口実を作り、三井鈴にメッセージを送った。「外で待ってる。二回打ったら出てこい」彼女もそのつもりだった。最後の一枚を切り、丁寧に席を立とうとした時、突然ドアが開き、柔らかな声が響いた。「申し訳ありません、皆様。遅くなりました」三井鈴は振り返った。とても魅力的な女性だった。年は取っていて、目尻には細かい皺があったが、一挙手一投足、一つ一つの表情に、男性が好む色気が漂っていた。「葵、やっと来てくれたわ」江崎夫人は特に熱心に、前に出て迎えた。「お電話を頂いてすぐに出てきましたの。お待たせするわけにはいきませんから」彼女は座るよう促され、三井鈴を一瞥した。「まあ、珍しく美しいお嬢様ね。どちらのお嬢様？」三井鈴は彼女のこの馴れ馴れしさが気に入らず、すぐには返事をせず「急用ができましたので、失礼させていただきます。申し訳ありません、皆様」彼女たちも引き止めなかった。三井鈴がドアまで来た時、突然江崎夫人の声が聞こえた。「お宅の陸さんが事故に遭ったって聞いたけど、大丈夫なの？」三井鈴の足が止まった。陸？「些細な怪我です。陽大が彼を重用して、回復するとすぐに海外のプロジェクト視察に送り出しました」「なんて幸せなの」三井鈴はドアノブを握っていた手をゆっくりと離し、後ずさりして戻ってきた。「予定が取り消しになりました。もう少し皆様とお付き合いさせていただきます
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第646話 賭け金は私のものになった
彼女が三井鈴を知らないのは当然だった。この社交界では、正妻と愛人の境界線がはっきりしていて、男たちは誰を社交の場に連れて行けるか、誰を連れて行けないかをよく分かっていた。田中陽大と菅原麗は早くに離婚していたが、この数年間、彼は田中葵に正式な立場を与えることはなく、せいぜい田中陸との縁故によって、多額の金銭を与えられ、それで彼女はこれらの奥様たちのサークルで交際する資本を得ていたにすぎない。外部から彼女に敬意を払うのは、一つは菅原麗が高慢で、彼女たちの活動に参加することがないため、もう一つは田中陸のことで、彼が昇進して、彼女が息子の力で立場を得るのではないかと推測されていたためだ。「田中さんは冗談を言っているんですね。陽大さんのお顔を立てるのは当然ですよ」三井鈴は淡々と言った。彼女の顔を立てるのではなく、田中陽大の顔を立てるということだ。田中葵は怒らなかった。「陸の口から、あなたのことを聞いたことがあるわ」「彼は私のことを何と？」「三井家の四女、活発で魅力的だって。彼はとても気に入っていたわ」三井鈴は蠅を飲み込んだような吐き気を覚えた。「私は彼のことはあまり覚えていないわ。ただ覚えているのは......太っていて、化粧っけが多くて、身長が160センチに満たない、田中さんにそっくりな人だったってことだけね」この言葉に、田中葵の顔色が暗くなった。「あなた、人違いをしているわ。私たちの陸は、その端正な容姿で有名なのよ」江崎夫人も慌てて丸く収めようとした。「そうよ、陸さんはお会いしたことがありますが、身長は185センチはありますわ。この業界で、彼ほど優れた方は数少ないわ」三井鈴は目を上げた。「田中仁と比べるとどう？」この名前を聞いて、江崎夫人は一瞬固まった。「......それは、もちろん少し劣りますわ」これは業界で公認の事実だった。田中仁の容姿は抜群で、正邪の間でちょうど良いバランスを保ち、さらに18歳で博士号を二つ取得して豊勢グループを率いるという経歴があり、田中陸が及ぶところではなかった。三井鈴は軽く笑った。「江崎さんは目が見えるのですね。でなければ、前の奥様を捨てて、目も心も見えない人を娶ったのかと思いましたわ」江崎夫人も愛人から正妻になった身で、だから田中葵と特に親しかった。今このように暴かれ、とても気まずか
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第647話 お兄さんと呼んで
ドアをノックすると、従業員が開けた。蘆谷夫人が顔を上げると、清らかな月光のような男性の姿が目に入った。田中仁は人差し指を立て、声を出さないように合図した。その時、三井鈴はすでに十数回勝っていた。もう一人の夫人は状況を見極め、次々と良い手札を回し、彼女の頭の回転の良さも相まって、田中葵と江崎夫人はほぼ完敗に近い状態だった。テーブルの上には大量のチップが積まれていた。田中葵は表情を曇らせ、最後の一局を終えると引き下がった。「三井さん、お見事です。私の負けを認めます」三井鈴は愛らしい後ろ姿で答えた。「ありがとうございます。負けることは怖くありませんが、負けを認められないことこそ怖いことです。田中さんはもう少しカードの練習が必要かもしれませんね」田中葵は黙り込んだ。彼女がチップを集めて立ち去ろうとした時、振り返った瞬間に男性の冷たい腕の中に倒れ込んだ。鼻を打って痛み、顔を上げると、「田中仁？」一同がその方向を見た。男性は微笑みながら、心配そうに彼女の鼻を優しくさすった。「いつ来たの？」彼女の声は柔らかくなった。「今来たところだ。疲れてないか？」「ちょっとだけ」二人の親密な様子は明らかに単なる間柄ではなかった。田中葵は立ち上がり、「仁くん、どうしてここに？」田中仁は三井鈴の襟元を直しながら、田中葵を見ることもなく答えた。「仕事の用事があります。三井さんがここにいると聞いたから、様子を見に来ました」「江崎さんから聞いたが、三井さんは陽大さんの半分娘のようなものだそうだね。三井家には三人のお兄さんがいるとか。あなたは四番目のお兄さんということになるのかしら？三井さんは、あなたのことをお兄さんと呼ぶべきじゃないかしら」その言葉を聞いて、田中仁は冷ややかに田中葵を見やり、目に込められた冷気が増した。三井鈴は即座に言い返した。「私たちは兄妹ではありません」「私がどう見るかは重要ではない。世間がどう見るかが重要なのだ。田中家と三井家の関係は外でもよく知られているから。兄妹でなくても兄妹同然でしょう」田中仁の大きな手が下がり、三井鈴の手をしっかりと握った。「田中さん、言い過ぎですよ。もし私が世間の目を気にしていたら、あなたと陸さんはとっくに足の踏み場もなくなっていたはずです。そう思いませんか？」田中葵の顔から最
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第648話 赤穗望愛が消えた
夜になってようやく、資材業者の最終選定が決まった。契約書にサインする直前、田中仁は意味ありげな笑みを浮かべた。「これは民生工事です。偽装や手抜きは一切許されません。発覚した場合、容赦はしませんよ」相手は彼よりもかなり年上だったが、この時ばかりは彼の威圧的な雰囲気に圧倒され、何度も汗を拭いながら「もちろんです、もちろん」と答えた。全てが終わり、田中仁はこめかみを揉んで疲れを和らげようとした。新しく就任した助手がコーヒーを差し出し、「田中様、お疲れ様です。車の準備ができておりますが、どちらへ向かいましょうか」田中仁の目は充血していた。「私はコーヒーは飲まない」助手は即座に引っ込めた。「別のものをお持ちしてきます」「いい」田中仁は上着を手に取って外へ向かい、それ以上は咎めなかった。「母の所へ戻る」ピーターが車の傍で報告を待っていた。田中仁は立ち止まった。シャツの襟元のボタンを二つ外し、夜風が吹くと引き締まった筋肉の線が垣間見えた。「何があった？」「赤穗望愛が......我々の部下に撒かれました......」ピーターは言い終わるとすぐに頭を下げた。田中仁の表情が即座に曇った。「どうして撒かれた？国境はお前の管轄だろう！」「我々の部下は赤穗望愛がどこへ逃げようとしているのか見ていたのですが、彼女は狡猾で、尾行に気付くと、戦う機会も与えず、そのまま海に飛び込んで姿を消しました」ピーターは素早く続けた。「部下たちは潜って探しましたが、下に秘密の通路があるはずです。我々が把握していない経路です」田中仁の胸が激しく上下し、冷徹な表情は無感情で、恐ろしいほど厳しかった。しばらくして彼は口を開いた。「今日から、お前の任務は赤穗望愛の監視から国境全域の監視に変更だ。どんな些細な動きでも、誰であろうと、即座に報告しろ！」「はい！」手がかりを追おうとしていたのに、赤穗望愛が逃げてしまった。田中仁は彼女が再び戻ってきて、三井鈴に危害を加えることを恐れていた！ピーターが去った後、助手は車の中で田中仁に業務報告をした。彼の地位では、帰宅途中の時間さえも貴重だった。彼は秘書室から新しく抜擢され、一時的に愛甲咲茉の後任を務めていた。報告はたどたどしかったが、田中仁は目を閉じて休んでいるように見えながらも、時折間違いを指摘した。「デー
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第649話 贈り物は単なる口実
「業績は倍増しましたが、eコマースのアフターサービスの問題は依然として最重要課題です。各部署は問題の特定と解決に全力を尽くしてください」三井鈴が落ち着いた様子で話し終えると、少し喉が渇いていた。隣に座る男性が彼女に水を差し出した。彼女は口の動きだけでお兄さん、ありがとうと言った。土田蓮たちが業務報告を終えてから、「年末が近づいていますが、帝都グループの忘年会の計画を進めなければなりません。三井様、今年はどのようにいたしましょうか？」三井鈴は安田グループにいた時も、多くの忘年会を担当していた。ほとんどが退屈なもので、出し物を準備し、上司に媚びを売る必要があった。面白くないと感じた彼女は考えて、「今年は皆さんがこれほど頑張ってくれたので、パーティーを開いて、楽しく過ごしませんか」ビデオ会議の画面上が一気に盛り上がった。「それはいい考えですね！」「テーマは何にしましょうか？」三井鈴は考えて、「社員の皆さんに通知を出して、投票してもらいましょう」会議が終わり、顔を上げると、三井陽翔が意味深な笑みを浮かべて彼女を見ていた。「なかなか民主的だな」三井鈴は微笑んだ。その時、三井陽翔の秘書が外から入ってきた。「金榜クラブは今夜、満席だそうです」三井陽翔は少し顔を傾けた。「田中仁は何を送ったんだ」三井鈴も耳を澄ませた。田中仁が金榜クラブに贈り物を送ったというニュースはすぐに市中に広まり、今夜は必ず満席になると豪語していたという。彼女は尋ねたことがあったが、彼は神秘的に答えを避け、時が来れば分かると言うだけだった。秘書は少し困った様子で、「分かりませんでした」「金榜クラブは言わないだろう。贈り物は単なる口実だ。これほど大々的にやっているのは、有力者たちを集めるためだ」秘書は悟ったように、「しかし、上層部の方々は北沢グループの権力を恐れて、そう簡単には釣られないのではないでしょうか」「高級クラブは金榜クラブだけじゃない。北沢グループの顔を立てる人が行かないからといって、豊勢グループの顔を立てる人が行かないとは限らない」今や豊勢グループの方が明らかに優勢だった。三井鈴は少し笑みを浮かべた。田中仁のこの手段は少し拙いかもしれないが、効果的だった。三井陽翔は彼女の笑みを見逃さず、指で机を軽く叩いた。「昨日、江崎夫人
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男は疑わしげに受け取った。書類の入った封筒だった。彼が手を伸ばすと、女は即座に服を整えて起き上がり、彼の眼鏡を差し出した。頬骨の高い年配の男で、古めかしい黒縁眼鏡をかけると、非常に厳格な印象だった。彼は封筒を破り、中身を取り出した。なんと契約書で、一枚一枚めくって最後の署名を見た後、歯ぎしりをした。「よくやってくれた、田中仁め」北沢グループは不動産で財を成し、その資産は何世代も贅沢に暮らせるほどだった。しかし、北沢の当主は不肖の次男を持ってしまった。株式投資に魅せられ、家財の半分を失い、ちょうど卒業したばかりの田中仁に底値で買い取られ、それが彼の最初の大金となった。その後、田中仁は豊勢グループを運営する傍ら、この資金でMTグループを設立した。女は興味深そうに近寄り、署名欄に北沢雅人（きたざわまさと）の名前があるのを見た。彼女は甘い声で無邪気に言った。「雅人さん、田中仁さんと取引があったんですね？」「取引じゃない。血で血を洗う恨みだ」彼は目を細めた。女は驚いた。「どんな恨みですか？」彼は顔を上げ、突然女を突き飛ばした。「聞かれてもいないことは黙っていろ！」彼女は横に倒れ、痛みで立ち上がれず、手を握りしめた。北沢雅人は契約書を丸めて車内のゴミ箱に投げ捨て、怒りで顔が青ざめていた。小林正雄が這いつくばって助けを求めてきた時、相手が田中陸なら簡単に威嚇できただろう。しかし、相手が田中仁とは予想外だった。北沢雅人は強い手は使えず、面子を潰すくらいしかできなかったが、田中仁は真っ向から当時の契約書を送り返してきた。これは過去の失敗を思い出させ、同じ轍を踏むなという警告だった。当時、若造に底値で買い取られたことは、北沢雅人にとって最大の屈辱だった。今また蒸し返され、田中仁を殺してやりたい気分だった。車外の部下は震えながら、「北沢様、私たちは......」北沢雅人は遠くの賑わう金榜クラブを睨みつけた。「こう伝えろ。永遠に勝ち続けられる者などいないとな」そう言うと、運転手に出発を命じた。揺れる車内で、女は驚いて北沢雅人を見つめた。北沢家は県内最大の四大財閥の一つで、以前ほどの輝きはないとはいえ、誰もが簡単には手を出せない存在だった。彼女がありとあらゆる手を使って彼に近づいたのもそのためだった。今回の屈辱に対し
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この日、東雲グループ社内は終日てんてこ舞いで、青峰正二は水を飲む暇さえなかった。山本哲の応対を終えた後、三井鈴に割り当てられていた三十分の面談時間も、最終的には二十分に縮められていた。三井鈴は彼のオフィスで長く待たされながらも、万全の準備を整えていた。二冊のファイルには帝都グループが東雲グループとの協業にふさわしいことを証明する資料がびっしり詰まっていた。青峰正二は両手を机の上で組み、話を聞き終えると頷いた。「三井さん、君の理念と実行力はとても先進的だと思います。ただ、市場がそれをどう受け取るかはまだ時間が必要です。社内での協議を経た上で、正式な返答をさせてください」この無難な返答は三井鈴の予想通りだった。彼女は動揺せず、笑顔で手を差し出した。「お時間をいただき、ありがとうございました、青峰様」青峰正二は急ぎの用件があるようで、秘書に見送りを任せた。エレベーターを待つ間、土田蓮が声をかけた。「三井さん、今回は準備も完璧でした。まだ結果が出たわけじゃありませんし、ご自分を責める必要はありませんよ」三井鈴は軽く頷いた。覚悟はしていたとはいえ、話がまとまらなかったことに少なからず落胆はしていた。その時、エレベーターが開き、中から一人の女性が現れた。背が高く、知性と色香を兼ね備えたその女性は、スカーフを首に巻き、年齢は重ねているが見た目は四十前後にしか見えないほど若々しかった。その後ろには部下たちが付き従っていた。明らかにただ者ではなく、東雲グループ側が事前に人を配置していたようで、彼女の姿を見るなりすぐに駆け寄った。「どうぞこちらへ！」三井鈴はわずかに眉を上げた。周囲では東雲グループの社員たちが小声でささやき合っていた。「あの人が栄原グループから来た幹部？ずいぶん若いな、想像と違う」「栄原グループの本社って浜白じゃないよな？わざわざ来たってことは、もう提携は確定ってことだろう」土田蓮は不安そうに三井鈴を見つめた。さっき青峰正二がやけに急いで彼女を帰そうとした理由が、ようやく腑に落ちた。栄原グループからの来訪者を迎えるためだったのだ。東雲グループが帝都グループよりも彼らを重視していることは明らかだった。勝敗は、もう目の前に見えていた。だが三井鈴は落ち着いた表情でエレベーターのボタンを押しながら言った。「栄原グル
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第841話 スパイを潜り込ませる
あの日、三井鈴は田中仁に何も言わなかった。田中仁も豊勢グループについては一言も触れなかった。二人の間には、妙にぎこちない、だが確かな暗黙の了解があった。山本哲が浜白にやってきたのは視察のためであり、その後が私的な予定だった。田中仁は富春園に席を取っていた。ここでは歌舞伎が評判で、店主は彼の来訪を見て、わざわざ花形役者を舞台に上げた。彼は劇場内の一角に立ち、周囲は夏の風景に彩られ、まるで江戸の風流な青年のようだった。愛甲咲茉が駆けつけると、彼の背中を見つめたまま一瞬動きを止め、すぐに前へ出た。「田中様、葉さんがお見えです」隣に立つ女性は控えめな装いで、帽子とマスクを外すと素朴な顔立ちが現れたが、その中に艶めかしさが滲んでいた。「田中様」田中仁は湖の蓮を見つめながら言った。「聞いたぞ、先月夜色で7500万稼いだってな。トップだそうだな」女は素直に答えた。「浜白には金持ちの御曹司が多いんです。私のやり方は、彼らにウケがいい」「田中陸は喜んでいるか」「私のランクじゃまだ彼に会う資格はありません。だいたい陸さんを通すんです。来週陸さんが戻ってきたら、会わせてくれるって約束してくれました」クラブはバーとは違う。バーなら金持ちの二世でも、芸能人でも、インフルエンサーでも誰でも開けるが、クラブの経営には莫大な人脈と資本が必要だ。夜色は前回の摘発で大打撃を受けたが、わずか二ヶ月足らずで持ち直した。中には腕の立つ者も多く、皆が南希の指示に従っている。そして南希のさらに上に立つのが田中陸だ。この女は、そのとき田中仁が送り込んだ人物だった。彼女は愛甲咲茉に封筒を渡した。「中には田中葵と愛人の男のツーショットが入ってます。その男もろくでもない。田中葵の金で女を囲ってるんです。そのうちの一人は、夜の仕事をしてた頃の私の知り合いで、写真は本物です」愛甲咲茉はそれを田中仁に手渡した。彼は封筒を開けもせず、端をつまみながら女を見据えた。「後悔してないのか。あなたを救った田中陸を裏切って。そのことを奴が知れば、生きたまま皮を剥がされるぞ」女の目には光が宿り、涙がにじんでいた。「でも、地獄に突き落とそうとしたのも彼です。私を利用しただけです。本当に私を救ってくれたのは田中様、あなたです」その答えに対し、田中仁は満足とも不満とも言わず、た
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第840話 母親だと思わなくていい
菅原麗は彼に背を向けたまま、水槽の魚に餌をやっていた。口調はどこか刺があった。「今のあなたはお忙しい身。私に会うにも予定が必要みたいね」田中仁は表情を引き締め、もう一袋の餌を手渡した。「忙しくなんてない」「そう？」菅原麗は明らかに怒っていた。声が鋭くなり、田中仁を睨みつける。「MTで順風満帆だそうじゃない。全力で打ち込んでるって、聞いたわよ」「愛甲が話したか」「誰が言ったかはどうでもいいの。事実かどうかを聞いてるの！」田中仁の顔から柔らかさが消え、研ぎ澄まされた鋭さが浮かんだ。「そうだ」「そう、ですって？」怒りの頂点に達した菅原麗は、彼の手から餌を払って地面にばら撒いた。「前に私に何て言った？豊勢グループのポジションは一時置いておくとは言ったけど、もう争う気がないなんて聞いてないわ。今のあなた、どういうつもり？」田中仁はその場に立ち尽くし、胸が一度ふくらみ、静かに吐息と共に落ち着かせた。「母さんは、俺が豊勢グループに戻らなかったことを責めてるのか」「最低限、何か動きを見せなさい！」「どんな動き？父さんに頭を下げるってことか？」母子が向き合って立つ。菅原麗は彼を鋭く見据えた。「悪いこと？私は浜白に来て、田中葵と正面から戦うって決めたのよ。彼女のやり方なんて昔から嫌いだったけど、相手にする価値もなかった。でも今は違う。田中陸は野心丸出し。このままじゃ豊勢グループはあの子のものになるわ」その頃、三井鈴は着替えて階下に降りてきたところで、二人の激しい口論を耳にして立ち止まった。「麗おばさん……」菅原麗は三井鈴を一瞥もせず、田中仁に鋭く言い放った。「今のあなたは立派よ、一人で会社を立ち上げて。でも、自分に聞いてみなさい。MTをどれだけ成功させたところで、豊勢グループの指一本に勝てる？田中家族の跡取りって肩書きがなければ、あなたの名前にどれだけの価値が残るの？」世界トップ50に入る企業が、世間の評判ひとつで崩れるわけがない。田中仁の理事ポストだって、そう簡単に揺らぐものじゃないはずなのに。菅原麗の声は固く、そして執念に満ちていた。「豊勢グループは、私の息子のものじゃなきゃダメなのよ！」田中仁の表情は影を帯び、何の感情も浮かべなかった。「ここ二、三日のうちに豊勢グループへ戻って。お父さんに謝りなさい。私のことでも
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第839話 こんな商売までやるのか
「なによ、やっちゃいけないことって。花に水をやってるだけじゃない」三井鈴はホースをいじりながら、涼を求めるように水を自分の脚へとかけていた。水滴は彼女のすらりとした脛を伝って落ち、芝生へと吸い込まれていった。その光景を見ていた田中仁は、喉を鳴らしながら車のそばからゆっくりと歩み寄ってきた。「旦那様がお戻りです！」と使用人が声を上げた。三井鈴は反射的にホースの水を止め、背中に隠しながら聞いた。「いつ来たの？」田中仁は白いシャツに黒いパンツという装いで、夏の黄昏の中ひときわ目を引いた。整った顔立ちはどこか涼しげだった。彼は袖をまくって彼女の手からホースを奪いながら言った。「なるほど、君の名前は三井花だったんだな」三井鈴はきょとんとした。「どういう意味？」「花に水やってるんじゃなかったのか？自分の全身にかけてるみたいだぞ」田中仁は視線を横に流し、彼女の胸元にまでかかった水が透けさせた輪郭を見逃さなかった。ようやく意味を察した三井鈴は、顔を赤く染めたが、どこか気にしていない様子だった。「三井花ね？でも、なんかいい響きかも。この庭、広いしさ、梨の木でも一本植えようよ。来年の春には真っ白な梨の花が見られるかも」田中仁がホースを高いところに片付けると、彼女はその後ろから口をとがらせてついていった。「もしかしたら、梨の実も食べられるかもよ」彼女の思考はいつも自由奔放で、思いついたことをすぐ口にする。田中仁は振り向かずに聞いた。「高校のときの農業実習、出たことあるか？」三井鈴は少し考えた。当時、数学が苦手だったせいで補習ばかり受けていて、実習なんてほとんど参加できなかった。「知ってるくせに。あの頃、物理なんていつも最下位から数えたほうが早かったんだから」田中仁は覚えていたようで、くすっと笑った。「夏に植えるより、春のほうが育つんだけどな」「やってみなきゃわかんないでしょ」彼女は負けず嫌いな笑みを見せた。田中仁がふと振り返り、彼女の首に貼られた絆創膏を目にした。表情が一瞬だけ変わる。「その首、どうした？」三井鈴は表情を崩さずに返した。「夏の蚊は手強いの、刺されただけよ」彼はそれ以上疑わず、背後の棚にもたれかかった。「高校時代の物理、最高成績って何点だった？」「後ろから2番目？たまに3番目ってとこ」三
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第838話 あなただけの命令に従う
「明は空気の読めない男じゃない。あなたたち教え子の中でも、いちばん規律を守って、本分を弁えてるやつだ。絶対に一線を越えたりしない」電話の向こうで、山本哲は諭すように語っていた。「じゃあ私は？」「あなたが？よく聞けたもんだな？表向きは素直なフリをして、裏ではいちばん手に負えん。あと少しで先生の頭の上に乗るとこだったぞ！」もし菅原麗との縁がなければ、山本哲は田中仁のやり方をとっくに止めていたはずだ。商人の分際で政界の人間にまで手を伸ばし、浜白の大物ふたりを失脚させたのだ。あまりにも常軌を逸している。師弟の情けでここまで助けてきたが、もうこれ以上は無理だ。それが限界だった。田中仁は薄く笑っただけで、それ以上何も言わなかった。山本哲がいちばん可愛がっていたのは、田中仁でも木村明でもなく、今は姿を消したあの優等生だった。電話を切ると、愛甲咲茉がドアをノックして入ってきた。今日の業務報告を終えると、彼女は口を開いた。「田中会長が再び豊勢グループを掌握しましたが、体力的には厳しいです。田中陸があちこち奔走して、表向きは補佐してるふりをしながら、実質は権力を掌握しています。理事会も委員会も、彼には頭が上がりません」「皆、こう思っています……」愛甲咲茉は言いかけて、ためらった。「続けて」「皆さん、あなたはもう完全に支持を失って、豊勢グループでの立場も無くなったと思っています。もともと支持していた理事たちも、今では揺れていて、私に探りを入れてきます」愛甲咲茉は口にはしなかったが、田中仁がMTの案件に全力を注いでおり、豊勢グループでの権力低下などまったく気にかけていないのは明らかだった。「どう答えた？」「豊勢グループの調達部と経理部には、私たちの人間がいます。だから私はこう言いました。田中様は豊勢グループを諦めるつもりはない。落ち着けば戻ってくるから、信じて待ってほしい、と」田中仁は静かに顔を上げた。愛甲咲茉は思わず身をすくめた。「それは私の指示だったか？」「いえ……」愛甲咲茉は歯を食いしばって言った。「でも、豊勢グループはあまりにも大きすぎて、ここまで築き上げるのに時間もかかりました。三井さんのために全部捨てるのは、あんまりです」田中仁が怒るのを恐れてか、彼女はさらに弁解した。「田中様がこの数年で成し遂
