Share

第637話

Author: 似水
「そうなんですか?由紀子さん、本当に何もご存じなかったんですか?まさか他の皆さんも?」

翠は由紀子の曖昧な口調に苛立ちを覚え、問い詰めるように聞くと、由紀子は少し困惑した様子で答えた。

「本当に知らなかったわ。とにかく焦らないで。まずは私がきちんと確認するから」

しかし、翠の口調はさらに強まった。

「由紀子さん、確認もしないで縁談の話を進めたんですか?そんな無責任なこと、許されると思ってるんですか?私をこんな三角関係に巻き込むつもりなんですか?」

由紀子は沈静するような口調で返した。「そんなつもりは絶対にないわ。あの時、雅之が離婚証明書を私たちに見せたのよ。でも、それが偽物だったなんて誰が想像できる?心配しないで。この件については責任持って対応するから」

翠は少し冷静さを取り戻しながらも、警告するように言った。

「本当にそうならいいけど。もし父がこのことを知ったら、怒って二宮家との提携を撤回する可能性だってありますからね」

由紀子は力強く答えた。「心配しないで。必ず解決してみせるわ。今すぐ確認してくる」

「分かりました」

電話を切った後、翠の表情は冷たさを帯びていた。

雅之に騙され、挙句の果てに三角関係の加害者にされかけたなんて、絶対に許せない!二宮家には、この件についてきっちり説明責任を果たしてもらわないと。

二宮家本宅書斎で、正光は由紀子の話を聞き終えると、険しい顔をさらに険しくさせ、手に持っていた書類を机に叩きつけた。

「このバカ息子が……!一体何をやらかしたんだ!俺たちを騙す気だったのか!」

由紀子も眉間にしわを寄せて同意した。

「本当よね。離婚なんて大事なことを曖昧にしてたなんて……もし江口家と提携を進める前にこのことが明るみに出てたら、大恥をかいてたところよ」

正光は怒りに任せて電話を手に取り、雅之に直接連絡を入れた。何度かのコールの末、ようやく応答があった。

「何の用だ?」

正光は怒りを抑えきれず声を荒げた。「まだそんなことを言うのか?お前と里香のことはどうなってるんだ?まだ離婚してないって本当か?」

雅之は冷ややかに答えた。「そうだが、それがどうした?」

正光は椅子を蹴り飛ばしそうな勢いで立ち上がった。

「俺を舐めてるのか!お前がDKグループを手にしたからって、俺に逆らえるとでも思ってるのか!いいか、いますぐ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 離婚後、恋の始まり   第638話

    桜井はそんな様子を見て、これ以上は言わなかった。雅之の態度からして、この事態も想定内なんだろうし、何かしらの手はすでに打っているに違いない。桜井は身を翻し、社長室を後にした。一方、社長室では雅之が手を止めたまま、冷静そのものの表情でデスクに向かっていた。鋭く整った顔つきは相変わらず感情を読ませないが、その漆黒の瞳の奥には何か底知れぬものが潜んでいるようだった。---病院で、かおるは届いた招待状をゴミ箱に投げ捨てると、苛立たしげに眉を寄せた。「ほんと最悪。雅之って、なんでいつもこう非常識なの?まだ離婚もしてないくせに、もう次の相手探してるとか、正気の沙汰じゃないわよ」里香は淡々とした声で答えた。「あの人の非常識っぷりなんて、今さらじゃないでしょ」かおるはため息をつき、ベッドの横に置かれた椅子を引いて腰を下ろした。軽く肩をすくめながら、呆れたように言った。「でさ、あいつは一体いつになったら離婚する気なんだ?お前らもう感情なんて残っちゃいないんだから、こんな泥沼続けてても意味ないだろ」里香は一瞬表情を曇らせた。脳裏に浮かんだのは、雅之の言葉だった。「必ず直す」、「もう一度だけチャンスをくれ」って。彼は、ボロボロになった関係をまだ諦められないのだと言った。でも、かおるの言う通り、これ以上こんなふうに絡み合っていて、何の意味があるというのだろうか。里香は小さく息を吐くと、静かに言った。「ちょっと手を貸して。ベッドに横になりたいの」「了解」かおるは立ち上がると、手際よく里香を支えてベッドに横たえさせた。目を閉じた里香は、運動で体力を使い果たしたせいか、すぐに眠りに落ちた。目を覚ますと、低く抑えられた声が聞こえてきた。「喜多野さん、本当なの?二宮グループがDKグループに圧力かけ始めたって話。これ、ただの家族内の喧嘩じゃないの?」かおるの声は小声だったが、興奮を隠しきれない様子だった。祐介は短く答えた。「俺が掴んだ情報だと、そうらしい。けど、どうしてこんなことになったのかはまだ分からない」「痛快じゃない!」かおるは膝を叩いて笑った。「あのクソ雅之を破産させちゃえばいいんだ!そうすれば忙しくなって、もう里香に構ってる暇なんてなくなるでしょ?」そう言って、ふと何か思いついたように目を輝かせ、祐介に向

  • 離婚後、恋の始まり   第639話

    里香は軽くうなずいた。「そうね、確かにひどすぎるわ。二宮家の後継者だなんて言いながら、雅之があんな態度じゃ、立派な後継者とは到底言えないわね」かおるは眉を寄せ、不思議そうに尋ねた。「里香ちゃん、それってどういう意味?」里香はチラリとかおるを見やりながら、さらりと答えた。「彼自身の自業自得ってことよ」かおるは吹き出し、肩を震わせながら笑った。「ほんとその通り!自業自得だわ!」祐介は無言でリンゴの皮を丁寧に剥き、剥き終えたリンゴをそっと里香に差し出した。「ありがとう」里香はリンゴを受け取り、小さく礼を言った。祐介は果物ナイフを紙ナプキンで拭き、机の上に置いた。その口元にはどこか意味深な笑みが浮かんでいた。「実際のところさ、今のタイミングで雅之に離婚を申し立てたらどうだ?あいつ、いろいろ忙しくて、もう君に構ってる余裕なんてないだろ。俺が手伝うよ。離婚、絶対成功させてやる」里香はリンゴをひと口かじった。酸味と甘味が口の中で広がる。その表情は特に変わらないままだ。「ところで、その弁護士費用って高いんじゃない?」祐介の笑みがさらに深まった。「心配いらないよ。俺が紹介する弁護士なら、特別に割引してくれる」「じゃあ、考えてみるわ」里香は軽く言った。かおるは身を乗り出し、焦ったように口を挟んだ。「ちょっと、何を考える必要があるのよ!こんなチャンス逃したら、あのクソ男が逆転しちゃったらどうするの?」里香は思わず笑い出した。祐介も肩をすくめて笑いながら言った。「まあ、その可能性もゼロじゃないけどな」里香は少し目を伏せて考え込み、再びリンゴをかじった。そして、祐介を見上げて一言。「じゃあ、祐介兄ちゃん、お願いできる?」「よっしゃ、その調子!」かおるが興奮気味に声を上げた。祐介は軽くうなずき、「分かった」とだけ短く答えた。その目は真剣そのもので、余計な言葉を足すこともなく、ただ黙々と約束を込めていた。里香はそれ以上何も言わず、黙々とリンゴを食べ終えた。その時、病室のドアがノックされた。「里香ちゃん!」聡が手に荷物を抱えて部屋に入ってきた。里香の顔色が良くなっているのを見て、嬉しそうに微笑む。「調子、良くなったみたいだね」その後ろから星野が花束を持って入ってきた。彼は無言のまま花束を里香に手渡し、穏やかに言った。「

  • 離婚後、恋の始まり   第640話

    「ん?」里香は首を傾げて、疑わしそうにかおるを見つめた。かおるはニヤニヤしながら、「あとで話すって。今はちょっと無理」と軽くかわした。また何を見つけたのよ……里香は言葉を飲み込んだものの、かおるの異様な興奮ぶりに呆れるばかりだった。一方、聡は手に持った袋を掲げながら、「これ、体にいいもんばっか入ってるから、ちゃんと食べてさ。退院する頃には、真っ白ぽっちゃり美人になれるって!」と冗談を飛ばした。「ちょっと……ぽっちゃりは勘弁してよ」里香は想像してしまった自分を恥じながら、口元を引きつらせた。聡は大笑いしつつ、「冗談だって!太らせるわけないだろ?でも、ちゃんと食べないと駄目だよ。分かった?」「分かった分かった。ありがとね、さすが社長は気が利くわ」と里香は軽くおどけてみせた。「それよりさ、こっち来た時、ずいぶん盛り上がってたみたいだけど、何の話してたの?私にも教えてよ、共有しようよ」聡が首を傾げて尋ねると、かおるが横から口を挟んだ。「うちの里香ちゃん、訴えて離婚するってさ!」「え、もう離婚済みじゃなかったの?」聡は目を丸くした。かおるが簡単に状況を説明し、「あのクズが偽の離婚証明書作って、里香を騙してたんだよ!ありえないでしょ!」と声を荒げた。聡は驚きを隠せず、「そんなことになってたのか……」と呟いた。「そうだよ」里香は小さく頷いた。星野は黙ったまま眉を寄せ、「まさか……そんなことをするなんて」と言葉を詰まらせた。その目にはどこか哀れみが浮かんでいた。「で、訴えたら勝てる見込みはどれくらいあるんだ?」聡が尋ねると、祐介が静かに答えた。「離婚問題に強い弁護士を紹介するつもりだ。必ず助けてみせる」聡は祐介をちらりと見て微笑み、「里香ちゃん、いい友達がいて本当に羨ましいよ。命懸けで助けてくれるなんてさ」「勝てるかどうか分かんないけど、やってみなきゃ気が済まない」里香は決意を込めてそう言った。「その意気だ!そんなクズ男なんてゴミ同然、さっさと捨てちゃえ!」聡は明るい声で励ました。しばらく雑談が続いた後、聡は席を立って帰っていった。星野が里香のそばに寄り、「小松さん、何か手伝えることがあれば遠慮なく言ってください」と真剣な目で伝えた。「うん、必要な時は頼むね」里香が微笑むと、星野の顔

  • 離婚後、恋の始まり   第641話

    祐介の表情は淡々としていて、こう聞いた。「何かあったのか?」「パパとママが月宮家の人たちとお見合い結婚の話を進めようとしているの!」蘭は涙声で訴えた。「私、絶対お見合いなんて嫌!月宮のことなんて好きじゃないし、絶対結婚したくない。祐介兄ちゃん、お願いだから私を連れていって!」祐介は依然として気だるそうな態度で答えた。「どうやって君を連れていくんだ?」蘭はさらに泣きじゃくった。「何でもいいから、どんな方法でも構わない。私を連れて行ってよ!月宮と結婚するなんて絶対嫌なの!」祐介は微かに目を伏せ、その感情を隠すようにして、しばらくしてから静かに言った。「分かった。場所を教えろ」「分かった!」電話は切れた。祐介は視線を里香に向けて言った。「用事ができたから、先に行く」里香は軽く頷いた。「分かった」祐介は立ち上がり、ふと彼女に近づいた。何か言おうとしているかのようだったが、里香は反射的に後ずさり、距離を取った。「どうした?」彼女は不思議そうに彼を見つめた。その自然な仕草が祐介の目に少し影を落とした。しかし、彼はただ微笑み、里香の頭を軽く撫でた。「心配するな。君が離婚をうまく進められるよう、俺が手伝う」里香は胸が少しざわつきながらも、静かに頷いた。「分かった」祐介はそのまま立ち去った。里香は微かに息をついた。さっきのあの一瞬、祐介が何かしてくるのかと思った。でも、何もしてこなくてよかった。かおるが帰ってくると、病室には里香と付き添いの看護師だけだった。「え?」かおるが不思議そうに声を上げた。「祐介兄ちゃんは?」里香は「用事があって先に行っちゃった」と答えた。「そうなんだ」かおるは軽くうなずき、「夕飯、三人分買ったのに。祐介兄ちゃんがいなくなっちゃったから、食べきれないじゃん」里香が微笑み、付き添いの看護師の山田に向かって言った。「山田さんも一緒にどうぞ」「いいね」かおるも頷き、山田を呼んで一緒に食事をすることになった。夕方になり、日が沈み、空の最後の橙色の夕焼けも消え去った。里香は窓辺に立ち、足の感覚に少し慣れようとしていた。だが、少しずつ汗が額に滲み、もうすぐ立っているのも限界だ、と思ったその瞬間、腰に力強い腕が回され、あっという間に彼女は抱き上げられ、ベッドにそっと下ろさ

  • 離婚後、恋の始まり   第642話

    逆立つかおるを見つめながら、雅之の表情はさらに暗くなった。「出て行け」薄い唇が少しだけ動き、たった一言を吐き出す。全身から冷たい殺気が漂っていた。かおるは身体を震わせ、内心ではすっかり気おされていた。一般人に過ぎない自分は雅之に太刀打ちできるわけがない。雅之が本気で自分の首を絞めようと思えば、蟻をつぶすのと同じくらい簡単にできるだろう。でも、ここで引き下がるわけにはいかない!自分には里香を守る責任があるからだ!かおるは深く息を吸い込み、こう言った。「これまで里香ちゃんにしたひどいことは置いといて、この離婚の件についてだって、なんで彼女をだますの?あんた、本当に里香ちゃんを愛してるの?」雅之の表情はさらに暗くなり、その瞳には冷たい憤怒が宿る。冷たい視線を彼女に向けて言い放つ。「それはお前と何の関係がある?」「あるに決まってるでしょ!」かおるは彼をにらみつけた。「あんたのせいで、里香ちゃんは不幸になり、以前のような明るい性格じゃなくなった。里香ちゃんを一体どんなふうに変えたつもりなの?最初に里香ちゃんと出会ったときの彼女の姿を覚えてる?明るく元気で、笑顔いっぱいの里香ちゃんを台無しにしたのはあんただ!」「かおる……」里香が彼女の袖を引っ張り、雅之と正面切って対立しないようにと合図を送った。雅之にはこういう話は通じない。そもそも、彼は愛って何かなんて分かってないんだから。かおるは振り向いて彼女を一瞥し、ほんのりと笑った。「こんなこと、ずっと言ってやりたかったの。今日言えて、少しは胸がスッとしたわ」里香の心はじんわりと温かくなった。家族のいない自分にとって、かおるは家族以上の存在だった。どんな時でも、かおるは必ず自分の味方でいてくれる。雅之は冷ややかな目でかおるをじっと見つめ、部屋中の空気がひんやりした。かおるは言った。「里香ちゃんを解放してあげて。正直、彼女に何かあったらって思うと怖いの。あんたが後悔するかどうかなんて、私には関係ない。ただ、里香ちゃんが無事でいてほしいだけ」「もう満足した?」雅之の低く抑えた声には、何の感情の色もなかった。かおるは眉間にしわを寄せた。「あんた……」雅之は冷淡に彼女を見つめ、「もう言い終わったなら、出てけるか?」と口を開いた。「この……!」かおるは彼に驚きの目を向け

  • 離婚後、恋の始まり   第643話

    里香の身体はすぐに緊張し、警戒の眼差しで雅之を見つめた。雅之はじっと彼女を見つめながら、静かに言った。「里香、本当に気にしなくなったのか?」里香は可笑しく感じた。「雅之、あなたは一体何をしてるの?」雅之が彼女の手を握り、自分の胸の上に置いた。その端正な顔には少し混乱の色が滲んでいた。「お前の言葉を聞いて、なんでこんなに辛いんだろう?特にここが……」里香の指が少し縮み、自分の手を力強く引き抜いた。「そんなこと言っても意味ないよ。もうどうでもいいの……」「違う」雅之は彼女の言葉を遮った。「どうでもいいなんかじゃない。お前は僕を愛してくれてた。お前は……」「昔の話でしょう」里香は冷静に彼を見つめ、その目には微塵の感情もなかった。かつて、その顔を見るだけで胸がドキドキしたり、触れたり口づけしたいと思った。けれど、いつからか、彼を見つめても冷たさしか感じなくなった。もうあの心を掴むときめきは消え去った。愛は消え失せ、気にすることもなくなり、どうでもよくなった。雅之も気づいたんだろう。里香は本当に自分を愛していないのだ、と。愛というものは、取り戻すことができるものなのかな?雅之は軽く唇を結び、色気溢れた喉仏が上下に動いた。その瞳には暗く狂おしい感情が渦巻いていたが、それもすぐに消え去った。「僕が悪かったのか?けど、里香、僕は本当に君と離婚したくないんだ」その声はとても穏やかだった。普段の冷たくて傲慢な態度はなく、まるで友人のように心の中の本音を語っていた。これまで言わなかったこと。だが、雅之は突然気づいた。今言わなくては、二度と伝える機会が来ないかもしれないと。里香の長いまつ毛が微かに震え、少しの間沈黙した後にようやく口を開いた。「離婚しましょう。私たち、もう……」「僕は許さない」雅之の声は少し冷たくなり、かつての冷酷さや傲慢さが戻って来たかのようだった。「離婚なんて、許さない。僕が同意しない限り、たとえ僕が死んでも、僕たちは離婚しない」その目には偏執した狂気が浮かんでいた。雅之は里香をじっと見つめて言った。「分かってるよ。お前が祐介に頼んだこと。彼を巻き込んだ以上、何が起きても知らないぞ」里香は眉をひそめた。「それはどういう意味?」雅之は彼女の手を握り、その抗う感触を感じる

  • 離婚後、恋の始まり   第644話

    瀬名の顔に浮かんでいた笑みが、ふっと薄れた。雅之を見つめるその目には、明らかな苛立ちが滲んでいる。「二宮さん、あまりにも気まぐれすぎませんか?そんな無責任な態度で本当にいいんですか?離婚の噂が立ったとき、どうして離婚しなかったんです?今度は二宮家と江口家の縁談の話が広まって、うちの瀬名家まで巻き込まれてるんですよ。一体、何を考えてるんですか?」「はっ!」雅之は冷笑を浮かべた。「僕が離婚したって言ったら、あんたら信じるのか?じゃあ、神様だって名乗ったら、それも信じるというのか?」瀬名の顔色がさらに険しくなった。里香が首をかしげ、不思議そうに口を挟んだ。「瀬名家まで巻き込まれてるって、どういうこと?」雅之は肩をすくめながら、淡々と答える。「僕が独身だからって、みんな僕と結婚したがるらしいんだよ。江口家も、瀬名家も。まるで世の中の男が絶滅したみたいにさ。笑えるだろ?」里香:「……」翠のことは聞いていたけど、瀬名家まで?まさか、瀬名家のお嬢様までそんな話が?「言葉に気をつけなさい!」瀬名が低い声で制した。「今のあんたは内憂外患状態でしょう?これ以上敵を作ってどうするつもりですか?」雅之は冷ややかな目で瀬名を一瞥し、さらりと言い放った。「あんた相手くらいなら、余裕だろ」「よく言うよ!」瀬名は冷笑を浮かべた。「どうなるか見ものですね。やれるもんならやってみなさいよ!」いつの間にか、病室内に張り詰めた緊張感が漂い始めていた。里香はその場の空気に息苦しさを感じ、戦場にでもいるような気分になった。しばらくして、堪えきれなくなった里香が口を開いた。「あの……喧嘩するなら、外でやってくれない?私は休みたいんだけど」雅之はすぐに反応し、冷笑しながら瀬名を睨んだ。「聞いたか?彼女は休みたいんだとさ。この事故の責任者が、どの面下げてここで文句言ってるんだ?」「お前……!」瀬名は雅之の辛辣な言葉に思わず顔をしかめた。そんな様子を見た里香が、ため息をつきながら雅之に注意した。「雅之、少しは礼儀を考えられないの?事故の原因を全部瀬名さんに押しつけるのはおかしいでしょ?」雅之は淡々と反論する。「お前には何の関係もないだろ」瀬名は二人の微妙なやりとりを感じ取りながらも、里香に向き直って言った。「小松さん、もし何か困ったことがあったら

  • 離婚後、恋の始まり   第645話

    病室内、里香は雅之に何も言わず、そのままベッドに横になり、目を閉じた。雅之はしばらく彼女をじっと見つめ、ようやく口を開いた。「離婚しようって言い出したのはお前だろ。でもな、もし僕に何かあったら、その責任は全部お前だからな」里香は彼を睨みながら、ため息交じりに答えた。「道理って分かってる?今離婚すれば、静かに手続きできるのよ。どんな失敗をするっていうの?」雅之は無表情で言い放った。「嫌なもんは嫌なんだよ」里香は呆れ果て、心の中で叫んだ。またこれか!離婚を言い出したのが私だから、何かあったら全部私のせい?相変わらず無茶苦茶な論理!その後の数日間、星野は毎日のように病室に来て、スナックやフルーツを差し入れてくれた。1週間が経った頃、里香はニュースで、DKグループが資金不足に陥り、社員が大量退職しているという報道を目にした。破産寸前の状況だ。二宮グループがDKグループに加えた圧力は尋常ではなく、破産するまで追い詰めるつもりなのだろう。親子の関係って、普通こういうもんじゃないよね?「小松さん」星野の声と共に、手作りのヨーグルトとフルーツのデザートを持った彼が病室に入ってきた。「これ、食べてみてください。けっこう自信作なんですよ」里香は苦笑いを浮かべながら言った。「こんなに食べ続けてたら、退院する頃には本当に太っちゃうかもね」星野はにこやかに返した。「太った方がいいんじゃないですか?」里香は全力で拒否した。「嫌よ、絶対太りたくない!」星野は目を細めて笑いながら、軽く肩をすくめた。「まあまあ、フルーツだし、そんなに太りませんって」結局、里香は断りきれず、それを受け取った。星野は、里香がニュースを見ているのに気づき、尋ねた。「DKグループのこと、気にしてるんですか?」「いや、たまたまテレビつけたら流れてただけよ」「最近、この件けっこう話題ですよね。二宮さん、ここ数日来てないんじゃないですか?」「うん」里香は頷いた。「来ない方が清々するわ」そのおかげで、ここ数日は穏やかに過ごせて、久しぶりにリラックスできていた。星野は里香をじっと見つめた後、静かに言った。「彼がこんな状況でも、本当に心配になったりしないんですか?」里香は少しだけ視線をそらしてから、淡々と答えた。「心配なんて、しない

Latest chapter

  • 離婚後、恋の始まり   第859話

    かおるはぽかんとした顔で話を聞いていた。最後にグラスをテーブルに置き、心配そうに里香を見つめる。「それで、目はどうなの?もう治ったの?」里香はうなずいた。「みっくんのおかげよ。彼があそこから助け出してくれて、病院にも連れて行ってくれたの。みっくんがいなかったら、たぶん、本当に見えなくなってたと思う」かおるはすぐにみなみの方へ顔を向けた。「ありがとう」みなみはにこっと笑って言った。「気にしないで。前に君たちにも助けてもらったし、当然のことさ」かおるはまた里香に視線を戻し、ふと彼女のお腹へ目をやると、そっと手を添えた。「ここに赤ちゃんがいるの?」里香はやさしくうなずいた。「うん」かおるはパチパチと瞬きをしながら言った。「あのクソ野郎……雅之の?」「そう」かおるは手を引っ込め、真剣な顔で尋ねた。「どうするつもり?」「産むつもりだよ」「でもさ、もし産んだら……あの雅之にバレたら、絶対にしつこくなるよ。今度こそ、もう逃げられなくなる」里香はお腹にそっと手を当て、ゆっくりまばたきしながら答えた。「彼に知らせるかどうかはまだ考え中」かおるも迷っていた。子どもを産むということは、いずれ必ず雅之に知られてしまうということ。それを避けたいなら、彼に絶対見つからないように姿を隠すしかない。それしかない。「帰ってきたなら、一言あのクソ男に知らせてやりなよ。あいつ、あんたのこと探して、何日もろくに寝てないらしいよ」「知らせるつもり。これから彼に会いに行く」直接顔を出すのが、いちばん効果的なサプライズになる。かおるはじっと彼女を見つめたまま、何か言いたげに口をつぐんだ。里香は立ち上がった。「ご飯作るね。二人とも、もうちょっと休んでて」「ダメダメ!」かおるはすぐに彼女を止めて、ソファに座らせ直した。「今あんた妊婦なんだよ? 料理なんかしてどうすんの。キッチンは気軽に入っていい場所じゃないから。デリバリー頼むからさ」みなみも口をはさんだ。「彼女の言うとおりだよ。この数日、まともに休めてなかったんだろ? 少し寝て、食べてからでも遅くないさ」ふたりに説得され、里香もしぶしぶうなずいた。「わかった。じゃあ、ちょっと休むね。何かあったら呼んで」「うんうん、行ってらっしゃい

  • 離婚後、恋の始まり   第858話

    「うん」里香はうなずいて、車の中で静かに待っていた。みなみはレッカー車を呼び、およそ40分後にようやく到着。車はそのまま引かれていった。その後、二人はバス停に向かって歩き出した。距離にして2キロ。ほぼ20分かけて、ゆっくり歩いた。というのも、里香の体がまだ本調子ではなく、時々立ち止まって休まなければならなかったからだ。バスがカエデビル近くの停留所に着いたころには、すっかりあたりは暗くなっていた。冬はいつも、日が暮れるのが早い。里香はみなみを見て、声をかけた。「よかったら、ちょっと上がってお茶でも飲んで休んでいって」でも、みなみは首を振った。「いや、無事に送り届けられただけで十分さ。これ、俺の番号。何かあったら連絡して」里香は少し気まずそうな顔をした。これだけ助けてもらったのに、自分は何も返せていない。「晩ごはん、まだでしょ?私、料理は得意なんだ。一緒にご飯食べてから帰りなよ」もう一度、引き止めた。みなみは断ろうとしたが、そのとき、タイミングよくお腹がグーッと鳴った。二人ともバタバタしていて、まともに食事をとっていなかったのだ。みなみは困ったように笑いながら言った。「どうやら、お言葉に甘えるしかないみたいだね」里香は微笑みながら、彼と一緒にカエデビルの中へ入っていった。エレベーターのドアが開いた瞬間、玄関前の床にうずくまる一人の人影が目に入った。膝を抱え、虚ろな目でただ座っている。「かおる!」里香はすぐに駆け寄り、しゃがんでその顔をのぞきこんだ。かおるはぼんやりした様子で、突然目の前に現れた里香を見るなり、反射的に目をゴシゴシこすった。「り、里香ちゃん?夢じゃないよね?本当に……本当に里香ちゃんなんだよね?」里香はそっと彼女の手を押さえ、優しく言った。「うん、私だよ。戻ってきたよ。何もなかった、大丈夫。夢なんかじゃないよ、ちゃんと帰ってきたから」かおるは数秒のあいだ固まっていたが、急に「うぅ……」と嗚咽をもらし、勢いよく里香にしがみついた。「怖かったよ、本当に怖かった!この数日、心配でたまらなかったんだから、ううう……どこ行ってたの?誰に連れてかれたの?ううう……でも無事でほんとによかったぁ!」声を上げて泣きながら、まるで心の支えをようやく見つけたかのように

  • 離婚後、恋の始まり   第857話

    英里子は取り繕うように微笑んで言った。「雅之くんが来たわね」雅之は返事をしながら、蘭の顔を見つめた。その顔色の悪さに気づき、少し疑うような口調で尋ねた。「蘭、どうしたんだ?」その瞬間、蘭の目元がうっすら赤くなり、唇をぎゅっと結んでから言った。「大丈夫です」雅之はさらに言葉を続けた。「誰かに嫌なことされたのか?俺かお祖父さんに言ってくれれば、きっと力になってくれる」蘭は小さく「うん」とだけ答え、静かに部屋へ戻っていった。雅之も英里子に一言挨拶して、その場を後にした。車に乗り込むと、シートに身を預けたまま、その表情は氷のように冷え切っていた。桜井が口を開いた。「北村のおじいさんが祐介の目的に気づいたら、もう味方にはならないでしょうね。あんな態度をとった以上、北村家は本気で離婚させるつもりかもしれません」もし離婚となれば、祐介がこれまで積み上げてきた努力は全て水の泡になる。雅之は目を開けた。漆黒の瞳には血のような赤みが差し、低く沈んだ声で言い放った。「自業自得だ」里香が再び目を覚ましたのは、翌日の午後だった。鼻先には強い消毒液の匂いが漂い、視界には再び光が差していた。思わず笑みがこぼれる。見えるようになったのだ。「起きた?ちょうどいいタイミングで来たよ。消化にいいお粥を買ってきたんだ。少しでも食べておきな」みなみの声がそばから聞こえてきた。顔を向けると、みなみは立ち上がってこちらへ歩いてきて、にこやかな笑顔を浮かべていた。里香は身を起こし、感謝の気持ちを込めて彼を見つめた。「ありがとう」どうやら、手術は成功したようだ。みなみは軽く肩をすくめながら言った。「礼なんていらないよ。お互い様だろ?君がいなかったら、俺も道端で倒れたままだったかもしれないし」里香はそれ以上は何も言わなかった。たとえ自分がいなくても、きっと誰かが彼を助けただろう。命を落とすようなことにはならなかったはずだ。みなみは小さなテーブル板をベッドにセットし、里香はお粥を食べた。胃の中がじんわり温まり、体が生き返るような心地だった。みなみが聞いた。「これからどうするつもり?」里香は少し考えてから答えた。「家に帰るわ。それに、私を監禁してたのが誰なのか、はっきりさせたい」みなみは力強くう

  • 離婚後、恋の始まり   第856話

    薬を打たれると、里香は短い時間昏睡状態に陥り、再び目を覚ましたときには視力が戻っているはずだという。里香は小さくうなずいて、それを受け入れた。今の自分には、他に選択肢なんてなかった。このまま何も見えずにいるわけにはいかない。あまりにも不便すぎる。だから賭けるしかなかった。もしうまくいかなかったとしても、受け入れるしかない。でも、もしうまくいけば?みなみは黙ってそばで見守っていた。医者が注射を終えると、二人で診察室を後にした。廊下の突き当たりでは、窓の隙間から冷たい風が静かに吹き込んでいる。医者は恭しく頭を下げながら言った。「ご指示の件、すでに完了しております。彼女の目はすぐに回復するでしょう」「うん」みなみは短く返事をし、すぐに言葉を継いだ。「できるだけ長く眠らせておいてくれ」「承知しました」そのころ、警察もすぐに捜査を開始していた。桜井は車内で疲れきった様子の雅之を見て、低く静かな声で言った。「社長、もう何日もろくに眠っておられないでしょう。一度お休みになったほうが……奥様はきっと無事ですよ」だが、雅之は掠れた声で答えた。「彼女の居場所が分からない限り、眠れるわけがない」桜井は心の中で重いため息をついた。これは一体どういうことだ?祐介のやつ、胆が据わりすぎている。まさか本当に里香に手を出すなんて!雅之を敵に回したら、ただじゃ済まされないだろうに!雅之は眉間を指で押さえながら言った。「贈り物を用意してくれ。喜多野のおじいさんに会いに行く」「かしこまりました」一方そのころ、蘭は病院のベッドで目を覚ました。顔色はひどく青白く、無意識に手が自分の下腹部へと伸びた。「赤ちゃん……私の赤ちゃん……」そのそばでは、母の英里子が涙にくれていた。「蘭、赤ちゃんはまた授かれるわ」その言葉を聞いた瞬間、蘭の目からぽろぽろと涙がこぼれた。「どういう意味?私の赤ちゃんは?どこにいるの!?ねぇ、私の赤ちゃんは!?」英里子は娘の手を優しく握りしめた。「そんなこと言わないで、蘭。今は身体がとても弱ってるの。そんなに感情を乱したらだめよ」蘭は嗚咽しながら、深い悲しみに沈んでいった。「私の赤ちゃん……もういないんだね……」しばらく泣き続けたあと、ふいに英里子の手をぎゅっと強く握った

  • 離婚後、恋の始まり   第855話

    里香は少し首をかしげ、声を頼りにたずねた。「……みっくん?」驚いたようなみなみの声が返ってきた。「君の目、どうしたの?」「私を監禁してた人に、目に薬を打たれたの……今は、何も見えないの」その言葉を聞いたみなみは、そっと手を伸ばし、彼女の手首を握った。「じゃあ、俺が連れて行くよ。まずは病院で診てもらおう」少し迷いはあったけど、今は他に選択肢がなかった。ここに留まっているわけにはいかない。もし監禁してた相手が戻ってきたら……里香はみなみに従い、その場を離れる決心をした。けれど、どうして彼が自分を見つけられたのか、その疑問だけは拭えなかった。「ねぇ、みっくん。どうやって私のこと見つけたの?」みなみは、彼女を気遣いながら外へと連れ出しつつ、答えた。「近くの工事現場で働いてたんだ。そしたら、君がベランダに立ってるのを見かけて、すぐ駆けつけようとしたんだけど、警備員に追い出されてさ。それでしばらく様子をうかがってたら、君が閉じ込められてるっぽいのに気づいて……なんとかして奴らを引き離したんだよ」その説明に、どこか引っかかるものを感じた。でも今は何も見えない。信じるしかない。「ありがとう……」そう言うと、みなみはふっと笑ってこう言った。「前に君が俺を助けてくれたでしょ?少しでも恩返しできて、ほんとに嬉しいよ」「段差、気をつけてね」彼は耳元でそっと注意を促し、里香は慎重に階段を下りていった。車に乗り、エンジンがかかって走り出すと、ようやく心が少しだけ落ち着いた。やっとこの地獄みたいな場所から抜け出せた!自分を監禁していたのが誰なのか――いずれ分かったときには、絶対に許さない!みなみの車が走り去った直後、数台の車が敷地に入ってきた。景司の秘書が車を降り、その後に続いて降りてきた人物に気づいた。「雅之様」秘書は丁寧に頭を下げた。だが雅之はそれを無視し、そのまま早足で別荘の中へと入っていった。敷地の中を隈なく探しても、里香の姿はどこにもなかった。そこへ桜井が近づき、報告した。「別荘内には監視カメラが設置されていません。道路のカメラも破壊されています」誰かが明らかに仕組んだものだった。雅之の顔が険しくなる。そのまま景司の秘書の前へ歩み寄り、冷たい声で問いただした。「お

  • 離婚後、恋の始まり   第854話

    耳をつんざくようなブレーキ音が鳴り響いた。「バンッ!」祐介がハンドルを拳で叩いた。その先、ヘッドライトに照らされた別荘には、煌々と灯りがともっている。里香は、あそこにいる。けれど、あと一歩、届かなかった。もし今回の契約を諦めたら、喜多野家でこれまで積み重ねてきた努力が全部水の泡になる。祐介は両手でハンドルをギュッと握り締め、手の甲には浮き出た血管が交差している。顔はうっすらとした暗がりに隠れ、緊張からか顎のラインがきりっと引き締まっていた。別荘に鋭い視線を投げると、祐介は再びエンジンをかけ、ハンドルを切って空港に向けて猛スピードで走り出した。「早くドア開けてよ!本当に来ちゃったんだから!」陽子の焦った声が洗面所のドア越しに響く。二人のボディーガードも、全力でドアを押し始めた。だが、内側にはキャビネットが立てかけられ、里香も必死になって押し返していた。絶対に開けさせない。その一心で。でも、女ひとりの力で大の男二人に対抗するのは無理がある。顔は真っ青で、額にはじんわりと汗が滲んでいる。「だ、だめだ……あいつら、もう着いたみたい……もう私、関係ないから!逃げる!」すでに息も絶え絶えの中、陽子の慌てた声が響いた。彼女はボディーガードと里香を置き去りにして、別のドアから逃げていった。「ちっ、逃げんのかよ?あんた、旦那様に怒られても知らねぇぞ?」一人のボディーガードが舌打ちして低く呟いた。もう一人の声が響いた。「俺たちも逃げようぜ。どうせこの仕事、辞めちまってもいいし。もし来たのが雅之だったら……捕まったら、生きて帰れねぇぞ」「だな、逃げろ!」そう言って、ふたりともすぐにその場から立ち去った。彼らはただの雇われガードマンに過ぎず、祐介に特別な忠誠心があるわけでもない。外のやり取りを耳にして、張り詰めていた里香の身体から一気に力が抜けた。その場にへたり込み、大きく肩で息をしながら呟いた。助かった……数人相手に抵抗したせいで、全身がクタクタでもう動けない。しばらくすると、洗面所の外から誰かの声が聞こえてきた。「ここにはいないな、こっちにもいない!」「この部屋も空っぽだ。どこに行った?」聞き覚えのない声ばかり。里香はその声を聞いて、思わず眉をひそめた。雅之の人じゃない?

  • 離婚後、恋の始まり   第853話

    その言葉を聞いた瞬間、里香の顔色がサッと変わった。無理やり連れていくつもり?ダメ、絶対に行けない!誰かがもう助けに来てるはず。時間を稼がなきゃ!後ずさりしながら、里香は頭の中で寝室の家具の配置を必死に思い出していた。左手がテーブルに触れた瞬間、目がパッと光った。足音が近づいてくる気配を感じたその刹那、机の上にあった帆船のオブジェをつかみ、ためらいもなく相手に向かって投げつけた。帆船のオブジェは大きくてずっしり重く、持ち上げるのもやっとだったが、それでも何とか投げられた。二人のボディーガードは咄嗟に身を引き、帆船は床に落ちて鈍い音を立てた。もし直撃してたら、頭が割れて血まみれになってたかもしれない。盲目なのに、こんな反撃ができるなんて!陽子は焦りながら叫んだ。「早くしなさいよ、もうすぐ来ちゃうわよ!」その隙に、里香はさらに後ろへ下がりながら、手探りでトイレの方向を探る。たしか右側のはず……!進む途中、手に触れたものを片っ端から後ろに投げ飛ばし、ようやくドアノブに触れた瞬間、すぐさま中に飛び込み、内側から鍵をかけた。それを見た保鏢たちは舌打ちし、「合鍵を持ってこい!」と陽子に怒鳴った。「わ、わかった、ちょっと待って!」陽子は里香の思いがけない動きに驚きつつ、ボディーガードたちの怒声に我に返り、慌てて合鍵を取りに走った。外でのやり取りを耳にして、里香は向こうが合鍵を持っていることに気づいた。ドアを開けられるのは時間の問題。このままじっとしてはいられない。手探りで再び動き出し、キャビネットにぶつかると、それを全力で押してトイレのドアの前に移動させた。トイレは広いが、動かせそうなものはほとんどなく、頼れるのはこのキャビネットだけ。幸い、トイレのドアは内開き。そう簡単には開かないはず。今の彼女にできるのは、雅之の人間が一秒でも早く到着してくれるよう祈ることだけだった。一方その頃、桜井は一本の電話を受け、険しい表情で雅之に報告した。「社長、奥様が祐介に連れ去られました。現在、郊外の別荘に監禁されているようです」その言葉に、雅之は勢いよく立ち上がった。「人を連れて行くぞ!」「はい!」三手に分かれて、すぐに出発!車の中でも、雅之の表情は険しいままだった。まさか、本当に祐介だ

  • 離婚後、恋の始まり   第852話

    祐介は確認のためにスマホを取り出して画面を見たが、すぐに眉をひそめた。とはいえ、しぶしぶ通話に出た。「もしもし?」電話の向こうから蘭の声がした。「今どこにいるの?どうしてまだ帰ってこないの?」祐介は冷たく答える。「今夜は戻らない」「ダメよ!」蘭の声は一気に数段高くなった。「どうしても帰ってきてもらうから!祐介、最初に私に何て言ったか覚えてる?私たち、結婚してどれくらい経ったと思ってるの?全部忘れたの?」祐介の表情はすでに冷え切っていて、口調にも一切の温度がなかった。「今、忙しいんだ。無理を言うな」「私が無理を言ってるって言うの!?」蘭の声はさらにヒートアップした。「ただ帰ってきてって言ってるだけじゃない!それのどこが無理なの?祐介、まさか私に隠れて、何かやましいことしてるんじゃないでしょうね?だから家に帰れないの?今すぐ帰ってきて!今すぐ!」すでに蘭の声にはヒステリックな響きが混じっていた。以前の祐介は、少なくとも多少は彼女に対しての忍耐もあって、優しさを見せることもあった。けれど、両家の結婚が決まってからは、彼の態度は日を追うごとに冷たくなっていった。結婚後は、家に顔を出すことすら減り、次第に蘭も気づきはじめる。祐介が結婚したのは、愛していたからじゃない。彼の目的は、蘭の家が持つ権力だったのだと。その事実に気づいた瞬間、蘭の心は音を立てて崩れそうになった。自分はただの駒だったなんて。都合よく使われるだけの存在だったなんて……そんなの、受け入れられるわけがない。私は、モノじゃない。もし祐介にとって私は必要ない存在なら、いっそ離婚してしまったほうがマシ。こんな人、もういらない。しかし祐介は、蘭のヒステリックな声にも耳を貸さず、淡々と通話を切った。蘭は怒りに任せて、別荘の中のものを手当たり次第に壊し始めた。その拍子に胎動が激しくなり、そのまま救急で病院に運ばれることに。使用人からその報せを受けた祐介。車の中、蘭はお腹を押さえながら苦しげな表情を浮かべていたが、その目の奥には、どこか期待の光も宿っていた。私は祐介の子を身ごもってる。きっと、彼もこの子のことは大切に思ってるはず。祐介が病院に来てくれさえすれば、それだけでいい。冷たい態度だって、我慢できるから。でも

  • 離婚後、恋の始まり   第851話

    「はい」秘書はそう返事をし、そのまま背を向けて部屋を出ていった。ゆかりの部屋は景司の向かい側にある。秘書の足音が遠ざかるのを確認してから、ようやくドアを静かに閉め、スマホを取り出してとある番号に発信した。「里香がどこにいるか、わかったわ」その目には鋭い光が宿っていた。「でも、その代わりに、ちょっと協力してほしいの」相手はくすっと笑って、「どう協力すればいいの?」と問い返してきた。「今の私じゃ、雅之に近づくことすらできない。だから、手伝って。できれば既成事実を作ってほしいの。彼と関係を持てば、もう逃げられないわ!」相手はまた鼻で笑い、「いいよ、問題ない」とあっさり承諾した。ゆかりの目には、何がなんでも手に入れてやるという強い決意が宿っていた。そして、里香の現在の居場所を口にした。「兄さんはもう向かわせてるわ。急いだほうがいいわよ」そう言い残し、通話を切った。夜の帳が静かに降りる。真冬の冷気が骨の芯まで染み渡る中でも、街の喧騒は止むことがない。郊外の別荘。その一角だけが異様なほどの静けさに包まれていた。陽子は作り直した夕食を持って里香の部屋へと入ったが、里香はその料理に手をつけようとしなかった。もしも、この中に中絶薬なんかが混ざっていたら……?そんな考えが頭をよぎると、怖くてどうしても箸を持つ気になれない。顔には明らかな拒否の色が浮かんでいた。陽子はそんな彼女の様子を見て、できる限り誠意を込めた声で言った。「本当に、何も入っていません。どうか、信じてください」しかし、里香は首を横に振る。「信じられません」「でも、何も食べなかったら、お腹の赤ちゃんが持ちませんよ。産みたいって思ってるんでしょう?だったら、ちゃんと食べなきゃ」その言葉に、一瞬だけ迷いが生まれた。けれど、不安はどうしても拭えない。沈黙を破るように、陽子はさらに言葉を重ねた。「旦那様は、お腹の赤ちゃんには絶対に手を出さないって、ちゃんと約束されました。その方はそういう約束を破るような方じゃありません。安心して、大丈夫ですよ」それでも里香は箸を取ろうとはせず、瞬きをしながらぽつりと訊ねた。「じゃあ、教えてください。彼は、いったい誰なんですか?」相手の素性も名前も分からないままで、どうやって信じろとい

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status