(シャドークロー)
一度スキルを解除し、再びシャドークローを発動。最大で4か所まで出せるので、今度は両手と両耳に発現させた。
(ステータス)
黒川 夜
レベル:11 属性:闇HP:620
MP:590 攻撃力:330 防御力:310 敏捷性:365 魔力:480「1箇所につき25上昇か、MPは5消費ね。多分だけど俺、凄く強いんじゃないか?」
唯一ステータスを知るエミルさんと比較をしても、レベル22で攻撃力180であった事を考えれば、この異様さに誰であっても気付くだろう。
冒険者の中でも、オーク討伐の依頼を受けれるのはシルバーでも上のほうからみたいだし。 俺の強さは、ステータスだけで見たらゴールドでもおかしくない。「しかし、床を傷つけたり服が破ける心配があったから耳を指定したみたけれど、ギリギリ視覚に映るこのシルエットを見るに、L字の巨大なモミアゲがついてるようだぞ……」
耳を闇が覆い、そこから鉤爪のように伸びるそれは、巨大なモミアゲにしか見えなかった。
瞳を動かして自分のモミアゲが見えるって、どれだけ極太なんだ。「なるほど、レベル2も3分くらいで持続消費になるみたいだな。そうだ! どうせなら色んなところからシャドークローを生やしてみよう。第二回、黒川研究室へようこそ!」
(まずは頭っと……。シャドークロー)
頭部にシャドークローを発動させると、俺の髪型が尖ったリーゼントみたいになる。
「あー、なんかそんな気はしたよ。このモミアゲにこの頭、こんな感じの歌手がいた気がするな。次は肘いくか。服を脱いで裸になって……と」
(シャドークロー)
お次は両肘だ。手をぶらんとさせると、肘のあたりから垂直に刃が生えている。
肘を曲げてコンパクトに振り回せば、近接戦で敵を切り刻めそうだ。その分リーチに不安があるから使いどころが難しそうだけど。<「ふぁ~、背中が痛い……」 俺は、ゆっくりと身体を起こしながら、バキバキと鳴る背中をさすった。 冷たい床の感触がまだ肌に残っている。どうやら昨晩、訳も分からず裸のまま眠ってしまったらしい。「裸のまま床で寝ちゃったんだし、そりゃそっか!」 周囲を見回しながら、寝起きのぼんやりとした頭を振る。冷たい空気が肌を刺すようで、思わず腕を抱いた。あまりの寝相の悪さに、どこかで打ったのか膝にも軽い痛みがある。「さて、朝になったわけだが……。見ないわけにはいかないよなぁ」 彼はゆっくりと息を吐くと、自身のステータスを確認する。昨晩、突然の異常な成長を目にし、思考が追いつかずに寝落ちしてしまったのだ。(ステータス)黒川 夜レベル:11属性:闇HP:440MP:440攻撃力:150防御力:180敏捷性
「ちょっと待てよ……。俺の服売れるんじゃね?」 村の人、通りですれ違った人、大体みんな同じような服装だった。冒険者は金属や布製の防具を身につけていたが、依頼が終わるとやはり同じような服に着替えていた。富裕層の服装は分からないが、珍しい衣服は興味をそそるに違いない。 道端では子どもたちが泥遊びに興じ、荷馬車がのんびりと通り過ぎる。石畳の道に木漏れ日が揺れ、心地よい風が吹いていた。そんな平和な風景の中、俺はふとひらめいた。(作戦タイムだ。今日のプランを練り直そう) 寝具、衣服、桶、サボンを購入予定であったが、何店舗か古着屋と衣装屋に寄り、その後、桶とサボン等の日用品を購入することにした。寝具は冒険者用の野営用の物があるかもしれないと考え、明日以降にする。「うーん、どうやって売り込もうか。競い合わせで価格を吊り上げるのがいいかなー?」 テレビドラマで見た営業の人は、「別の店舗ではいくらだったので、それ以上で売りたい」という話術を用いて交渉していた。俺もそれを真似してみるか……。 胡坐をかいて腕を組み、脳漿を絞るように試行錯誤する。微かな木材の香りと、外から流れてくるパン屋の焼きたての匂いが混ざり合い、妙に心を落ち着かせた。「よし、行き当たりばったり作戦に決定しよう! 時間が勿体ない!」 今までの時間は何だったのか。結局、パワー系の思考に辿り着いてしまったが、導入部はばっちり考えていた。 一度に肌着とパンツと靴下の3つを売り込むのではなく、今日は肌着一点に絞る。 店に入ったらまずは店主に同じ物を探している旨を伝える。店主の目の色が変わる。入手経緯や素材の詳細、作り方など聞かれる事になるだろう。そこから臨機応変に対応し、買い取り価格を導き出す作戦だ。肌着を小さく折り畳み、ポケットにしまって準備完了だ。 ――カラーン、カラーン 鐘の音が響き渡る。昨日は気づかなかったが、正午に一度お昼を知らせる時報が鳴るよう
「すみません、店員さんはいらっしゃいますか?」「はーい、本日は何をお探しでしょうか?」 店内に心地よいベルの音が響く。整然と並べられた服たちが、まるで新しい持ち主を待ち望んでいるかのように柔らかく揺れていた。「あ、あ、あの、そ、ぐふふ、こで、これと同じような服はありまてんか?」 気合を入れて喋ろうとしたところ、声は裏返り、噛み噛みで変な笑いまで出てしまう。 顔が燃えるように熱い。おそらく真っ赤に染まっていることだろう。 スマートな交渉で、なるべく高く売ってやろうとしていたのに。これではただの不審者じゃないか。(終わったー……) 店内の静けさが一層際立ち、まるで周囲の客たちの視線が突き刺さるように感じた。羞恥心で震える手が、無意識のうちに服を強く握りしめる。「な、何でもありませんの!」 取り返そうと冷静に話しだそうとしたら、今度はお嬢様になってしまった。 何やってんだ俺は。落ち着け、落ち着くんだ。呼吸を整えるんだ! コヒュー、コヒュー おかしい、呼吸すらおかしいぞ。 どうしよう……。 一回外に出て、何食わぬ顔で入り直して再挑戦するか? いや、そんなことをしたらなおさら怪しまれてしまう。 様子がおかしい俺を見た店員は、眉をひそめ、一歩後ずさる。「あの、お客様、大丈夫ですか?」「えぇ、大丈夫ですよ。どうかされましたか?」 一瞬の沈黙が店内に流れた。さっきまで取り乱していた男が、一転して冷静な表情を作り上げる。店員は明らかに困惑し、目の前の俺を慎重に観察している。(よっしゃ、取り戻した!) 何も取り戻していないが、こうでも思わないと先に進めない。完全に手遅れだが、やっと落ち着きを取り戻す。 クールで冷静
ギルドに到着すると、依頼を終えた冒険者が徐々に増えてくる時間帯であった。その活気ある雰囲気は、さながら祭りのようで、周囲には賑やかな笑い声やおしゃべりが響いている。多くの冒険者たちが、仲間たちと共に成功を祝ったり、次の冒険に向けて意気込んでいた。「結構いい時間になってしまったな」 自分に言い聞かせながら、さっそく受付に並ぶ。列はあっという間に進み、5分ほどで自分の順番が来た。そこには、昨日お世話になったアンネさんとはまったく異なる雰囲気の受付がいた。「おーっす新人ちゃ~ん! 依頼か~い?」 明るく無邪気で、まるで長年の友人のような親しみを感じる。さらりと軽い金髪に、薄い緑色の瞳。整った顔立ちも相まってホストみたいな雰囲気だ。ギルドといえば可愛い受付嬢のイメージだったけど、若いお兄さんのパターンもあるんだね。「いえ、本日初心者講座を予約してましたヨールといいます」「おっ、なーるほどねー。おーい、大先生! 生徒さんがいらしたぞー?」 異世界版パーティーピーポーだなぁ、なんて思っていると、明るい笑顔で振り返った女性が目に入った。「じゃ、ちゃちゃっとやっちゃいますかヨール君!」 名前を呼ばれて振り返ると、ミシェルさんが手を振っていた。「よろしくお願いします、ミシェルさん! 昨日の今日で奇遇ですね。」 ミシェルさんは、上品に染め上げた絹糸のように艶やかな濃紺の髪を後ろでまとめ上げ、肩から首にかけすっきりとした印象を与えている。彼女が身にまとっている鉄の胸当てに、軽やかな皮のスカートがよく似合っていた。依頼の後なのだろう、微かに埃にまみれた右頬が彼女に一層の勇ましさを与えている。まるで戦場に立つワルキューレが目の前にいるかのようだった。「とりあえず、冒険者の店に行くよー」 彼女の軽やかな声に導かれるように、店へと足を運ぶ。 冒険者の店とは、ギルドが運営している冒険者の必需品を網羅したアイテムショップだ。初心者から上級者下位までの装備も取り扱っており、1階に必需品、2階に武器や防具を置いている。 ギルドに併設された2階建ての店は、冒険者たち
ギルドに戻ると、依頼を終えた冒険者で溢れ返っていた。打ち合わせスペースが使用できるのかと不安で見回すと、ミシェルさんはちゃっかりと席についていて、こちらに手を振っていた。 人ごみを掻き分けなんとか辿り着くと、講義の始まりだ。「まずは依頼だけどねー。」 依頼には通常依頼と指名以来の2種類がある。通常依頼は、掲示板に貼られている依頼表を取ったり、受付で案内してもらうことで受注できる。掲示板の依頼は個人が依頼した物で、所謂美味しい依頼が多く、冒険者は依頼が貼り出される時間になると、掲示板の周りに集まる。指名以来は、信頼の出来る冒険者に任せたい依頼者が受付嬢を通し、冒険者に依頼する。 依頼表は手に取ると消え、情報がプレートに記録される。依頼完了時は、プレートを受付嬢に渡すと依頼情報を読み取る魔道具を使用し、依頼内容が表示される。表示されるといっても番号が出るだけで、リストから番号を参照し、確認するという仕組みだ。 依頼を失敗すると違約金を取られるので、自分に合った依頼を選べないと破産してしまう。 ブロンズ級の受付で受注する依頼の例として、薬草採取が1本あたり大銅貨1枚、ミドルハウンド退治が1体あたり大銀貨1枚等々だ。スライムは退治しても砂粒状の魔石に変わるため、見つけるのが面倒だし、砂粒を持ち込まれても魔道具で覗かないと判断できないので、適当にボランティアで踏み潰しておいて程度の扱いらしい。モンスターを何体倒したかのカウントはモンスターから切り取った鼻の数でとる。鼻の無い魔物は討伐部位が指定されているので、モンスターの知識は深めておきたい。 ダンジョンはシルバー級から利用できる。ギルドの受付で入ダン料を払い、木札を受け取って、ダンジョンの入り口にいるダンジョン管理員に渡すと中に通される。シルバー級は小ダンジョンまで、ゴールド級で中まで、ミスリル級以上で制限が無くなる。 ブロンズ級のヨールもギルド規定上は小ダンジョンまでなら利用できるのだが、パーティーを組んでいないと断られる可能性が高い。「なるほど、勉強になりました。ミシェルさんは何級なんですか?」「わたしー? えっとねー……」
「あ~、夏休みだってのに補習なんて行きたくねぇ……」 俺――黒川 夜(くろかわ よる)は、照りつける太陽の光に目を細めながら、不満を漏らす。 高校2年の夏。数学のテストで壊滅的な点数(詳細は国家機密)を取ってしまったせいで、愛川かえで先生から補習を言い渡された。 しかも、俺だけじゃなく、同じような犠牲者があと3人いるらしい。教科ごとに分かれているせいで、各担当教師との二人きり。地獄のマンツーマンコースを強制されることに。 俺が通ってる白新高校は進学校。勉強はそこそこできるという自負がある。だが数学……てめえはダメだ。 数学とか、人生のどこで使うの……って思っちゃう。「まあ、言い訳だけどさ……はぁ……」 20分ほど歩いてようやく学校に到着。 ワイシャツの下に着ている母親がスーパーで買ってきた安物の肌着が、じっとりと汗を吸って気持ち悪い。 しぶしぶ机に教科書とノートを広げ、適当に漫画を開いて時間を潰していると── ガラガラガラッ…… 教室の扉が開く。 入ってきたのは愛川先生。そしてその後ろには……見知らぬ、異様なほど美しい金髪の女性。透き通るような肌、完璧な顔立ち、モデルどころかこの世のものとは思えないレベルの美貌。彼女は微笑みながら先生の肩にそっと手を置いている。 ……いや、先生の様子、おかしくね? 目の焦点が合っておらず、俺を見ているようでどこか別の場所を見ているみたい。 みんなからかえでちゃんの愛称で親しまれている彼女。栗色のショートカットに、教師らしいスカートタイプのスーツ姿。小動物を思わせる小柄で可愛らしい印象の先生が、なぜか今日は化け物のように感じてしまう。「黒川ぐん……ぎょうヴぁ補習し、じます。頭の悪い子はいでぃまぜん!」 ヨダレを垂らしながら、危ない薬でもやってるんじゃないかってくらい瞳孔が開いた目で俺を睨みつける愛川先生。その姿に、背筋がぞわりと粟立つ。「な、なんかやばくね……?」 絶対におかしい。あんなのかえでちゃんじゃない。 幸い、俺は窓から遠く、出口に近い席に座っている。逃げるなら今だ。自分の感覚を信じて席を立つ。 そして、一目散に走りだ……そうとした。「あら、補習はまだ終わっていませんよ?」 透き通った声が教室に響く。琴の音のように美しく、まるで脳に直接響くような、そんな声が。 金髪の
どれくらい時間が経ったのだろう。 まぶたの裏に、ぼんやりと光を感じる。 そうだ、俺は補習中だったはず……。 そして、金髪の美女に触れられた瞬間、気を失って……。 意識があるんだから、俺はまだ生きてるんだよな。 いや、待て。この感覚、なんか分かるぞ。 ──夢だ! 漫画読んでて寝落ちしたに違いない! 安心しながら、ゆっくり目を開ける……というより、目を覚ますのほうが正しいか。あんな美女、想像の中でしかありえないもんな。ははは……。「は?」 目の前には、何もない光に包まれた世界が広がっていた。 地面もない、壁もない。ただ、眩い光の空間。 そんな中で、どういう原理か分からないが俺は立っていた。 「あれ、俺やっぱ死んだ?」 両手はある、足もある、服も着てるし声も出る。 これが天国ってところなのかな。「おーい、誰かいませんか~? さとしおじいちゃーん!」 大好だったさとしおじいちゃんなら、きっと天国でたくさん友人を作って楽しく暮らしているに違いない。もしかしたらと思った俺は、死んだ祖父の名前を呼んでみた。 しかし、返事はない。その時、背後から声がした。「あら、目が覚めたんですね?」 ──あの美女の声だ。 優しく、心に染み渡るような、俺にとっては生まれて初めて恐怖を感じた声だった。 背筋が凍る。全身が勝手に震えだし、汗が一気に噴き出す。 今回は体の自由は奪われていないようだ。なぜか振り返ろうとする体を全力で否定し、前に向かって走りだす。 光の中を走る。 どこまでも、どこまでも、後ろの恐怖から逃げるために。 心臓が痛い、呼吸が乱れる。 それでも走る。 もう限界だと思ったその時、前方にひときわ強く輝く光が見えた。「で……出口か!?」 最後の力を振り絞り、光へと飛び込む。「あら、いらっしゃい」 そして、俺は膝から崩れ落ちた。世界中の男性を魅了してしまいそうな美しい笑みを浮かべた金髪の美女が、まばゆい光の中から現れたのだ。「体育の補習ではなかったはずですけど、体を動かすのが好きなのかしら?」 美女は口角を上げ、くすりと笑う。「はぁ……ぜぇ……はぁ……ぜぇ……。な、なんですかあなたは?」 もう走れない。逃げれないのなら、対話を試みるしかない。全身の力が抜けるのを感じながら、俺は問いかけた。「あ
「さて、説明してもいいですか? 嫌と言われてもしますけどね」 相変わらずの微笑みを浮かべたまま、女神は話を続ける。 どうやら俺はグリードフィルという異世界へ行かなければならないらしい。そこには巨大な大陸があり、魔人族・獣人族・人族・巨人族の四つの種族が、それぞれ独自の国を築きながら暮らしているそうだ。 ただし、種族間の争いは絶えず、国境付近では小規模な戦争が常に勃発している。そして現在、各勢力の力関係はほぼ拮抗状態にあるとのこと。 俺は人族として転生し、4つの国を統一する手助けをしなければならないらしい。「あなたには人族として転生してもらい、四つの国を統一する手助けをしていただきます」「……いやいや待て待て、俺が? どうやって?」「それはあなた次第ですよ。方法は一つではありませんから、好きにやってください」 完全に他人事のような口ぶりだ。おまけに、めちゃくちゃ大変そうな役目を押しつけられている。「ちなみに、言葉は?」「通じるようにしてありますので、ご安心ください。あなたの得意なギャグも、ある程度は現地の言葉に変換されて伝わりますよ? 面白いと思われるかは分かりませんけどね」 おい、この女神……俺のことバカにしたよな?「ちなみに断ったら?」「断れませんよ?」 女神はくすくすと笑いながら言う。。「ここから先は強制です。あなたが異世界で何もしなくても、寿命が尽きれば終わり。逆に、統一に成功すれば、あなたを元の世界に戻し、補習に復帰させてあげます」「戻るだけかよ……」「それと、ちょっとだけ知能レベルを上げてあげましょうか? そうすればもっと面白いギャグが言えるようになるかもしれませんよ?」「……絶対バカにしてるだろ」 じろりと女神を睨むが、当の本人は涼しい顔だ。「さて、それじゃあ転移の準備をしましょうか。外見はそのままに、グリードフィルで生きていけるよう属性を身に宿した体に作り変わります」 次の瞬間、俺の体が光に包まれる。眩しさに目を細めながら、ふと気づく。 ──服が変わってる!? 麻を編んだような、通気性の良い長袖の上着とズボン。まるでファンタジー世界の農民みたいな格好だ。 控えめに言ってダサイが、まあしょうがないだろう。「さあ、これで異世界転移の準備は完了しました。向こうの生活に合わせて、服装も少し変更しておきまし
ギルドに戻ると、依頼を終えた冒険者で溢れ返っていた。打ち合わせスペースが使用できるのかと不安で見回すと、ミシェルさんはちゃっかりと席についていて、こちらに手を振っていた。 人ごみを掻き分けなんとか辿り着くと、講義の始まりだ。「まずは依頼だけどねー。」 依頼には通常依頼と指名以来の2種類がある。通常依頼は、掲示板に貼られている依頼表を取ったり、受付で案内してもらうことで受注できる。掲示板の依頼は個人が依頼した物で、所謂美味しい依頼が多く、冒険者は依頼が貼り出される時間になると、掲示板の周りに集まる。指名以来は、信頼の出来る冒険者に任せたい依頼者が受付嬢を通し、冒険者に依頼する。 依頼表は手に取ると消え、情報がプレートに記録される。依頼完了時は、プレートを受付嬢に渡すと依頼情報を読み取る魔道具を使用し、依頼内容が表示される。表示されるといっても番号が出るだけで、リストから番号を参照し、確認するという仕組みだ。 依頼を失敗すると違約金を取られるので、自分に合った依頼を選べないと破産してしまう。 ブロンズ級の受付で受注する依頼の例として、薬草採取が1本あたり大銅貨1枚、ミドルハウンド退治が1体あたり大銀貨1枚等々だ。スライムは退治しても砂粒状の魔石に変わるため、見つけるのが面倒だし、砂粒を持ち込まれても魔道具で覗かないと判断できないので、適当にボランティアで踏み潰しておいて程度の扱いらしい。モンスターを何体倒したかのカウントはモンスターから切り取った鼻の数でとる。鼻の無い魔物は討伐部位が指定されているので、モンスターの知識は深めておきたい。 ダンジョンはシルバー級から利用できる。ギルドの受付で入ダン料を払い、木札を受け取って、ダンジョンの入り口にいるダンジョン管理員に渡すと中に通される。シルバー級は小ダンジョンまで、ゴールド級で中まで、ミスリル級以上で制限が無くなる。 ブロンズ級のヨールもギルド規定上は小ダンジョンまでなら利用できるのだが、パーティーを組んでいないと断られる可能性が高い。「なるほど、勉強になりました。ミシェルさんは何級なんですか?」「わたしー? えっとねー……」
ギルドに到着すると、依頼を終えた冒険者が徐々に増えてくる時間帯であった。その活気ある雰囲気は、さながら祭りのようで、周囲には賑やかな笑い声やおしゃべりが響いている。多くの冒険者たちが、仲間たちと共に成功を祝ったり、次の冒険に向けて意気込んでいた。「結構いい時間になってしまったな」 自分に言い聞かせながら、さっそく受付に並ぶ。列はあっという間に進み、5分ほどで自分の順番が来た。そこには、昨日お世話になったアンネさんとはまったく異なる雰囲気の受付がいた。「おーっす新人ちゃ~ん! 依頼か~い?」 明るく無邪気で、まるで長年の友人のような親しみを感じる。さらりと軽い金髪に、薄い緑色の瞳。整った顔立ちも相まってホストみたいな雰囲気だ。ギルドといえば可愛い受付嬢のイメージだったけど、若いお兄さんのパターンもあるんだね。「いえ、本日初心者講座を予約してましたヨールといいます」「おっ、なーるほどねー。おーい、大先生! 生徒さんがいらしたぞー?」 異世界版パーティーピーポーだなぁ、なんて思っていると、明るい笑顔で振り返った女性が目に入った。「じゃ、ちゃちゃっとやっちゃいますかヨール君!」 名前を呼ばれて振り返ると、ミシェルさんが手を振っていた。「よろしくお願いします、ミシェルさん! 昨日の今日で奇遇ですね。」 ミシェルさんは、上品に染め上げた絹糸のように艶やかな濃紺の髪を後ろでまとめ上げ、肩から首にかけすっきりとした印象を与えている。彼女が身にまとっている鉄の胸当てに、軽やかな皮のスカートがよく似合っていた。依頼の後なのだろう、微かに埃にまみれた右頬が彼女に一層の勇ましさを与えている。まるで戦場に立つワルキューレが目の前にいるかのようだった。「とりあえず、冒険者の店に行くよー」 彼女の軽やかな声に導かれるように、店へと足を運ぶ。 冒険者の店とは、ギルドが運営している冒険者の必需品を網羅したアイテムショップだ。初心者から上級者下位までの装備も取り扱っており、1階に必需品、2階に武器や防具を置いている。 ギルドに併設された2階建ての店は、冒険者たち
「すみません、店員さんはいらっしゃいますか?」「はーい、本日は何をお探しでしょうか?」 店内に心地よいベルの音が響く。整然と並べられた服たちが、まるで新しい持ち主を待ち望んでいるかのように柔らかく揺れていた。「あ、あ、あの、そ、ぐふふ、こで、これと同じような服はありまてんか?」 気合を入れて喋ろうとしたところ、声は裏返り、噛み噛みで変な笑いまで出てしまう。 顔が燃えるように熱い。おそらく真っ赤に染まっていることだろう。 スマートな交渉で、なるべく高く売ってやろうとしていたのに。これではただの不審者じゃないか。(終わったー……) 店内の静けさが一層際立ち、まるで周囲の客たちの視線が突き刺さるように感じた。羞恥心で震える手が、無意識のうちに服を強く握りしめる。「な、何でもありませんの!」 取り返そうと冷静に話しだそうとしたら、今度はお嬢様になってしまった。 何やってんだ俺は。落ち着け、落ち着くんだ。呼吸を整えるんだ! コヒュー、コヒュー おかしい、呼吸すらおかしいぞ。 どうしよう……。 一回外に出て、何食わぬ顔で入り直して再挑戦するか? いや、そんなことをしたらなおさら怪しまれてしまう。 様子がおかしい俺を見た店員は、眉をひそめ、一歩後ずさる。「あの、お客様、大丈夫ですか?」「えぇ、大丈夫ですよ。どうかされましたか?」 一瞬の沈黙が店内に流れた。さっきまで取り乱していた男が、一転して冷静な表情を作り上げる。店員は明らかに困惑し、目の前の俺を慎重に観察している。(よっしゃ、取り戻した!) 何も取り戻していないが、こうでも思わないと先に進めない。完全に手遅れだが、やっと落ち着きを取り戻す。 クールで冷静
「ちょっと待てよ……。俺の服売れるんじゃね?」 村の人、通りですれ違った人、大体みんな同じような服装だった。冒険者は金属や布製の防具を身につけていたが、依頼が終わるとやはり同じような服に着替えていた。富裕層の服装は分からないが、珍しい衣服は興味をそそるに違いない。 道端では子どもたちが泥遊びに興じ、荷馬車がのんびりと通り過ぎる。石畳の道に木漏れ日が揺れ、心地よい風が吹いていた。そんな平和な風景の中、俺はふとひらめいた。(作戦タイムだ。今日のプランを練り直そう) 寝具、衣服、桶、サボンを購入予定であったが、何店舗か古着屋と衣装屋に寄り、その後、桶とサボン等の日用品を購入することにした。寝具は冒険者用の野営用の物があるかもしれないと考え、明日以降にする。「うーん、どうやって売り込もうか。競い合わせで価格を吊り上げるのがいいかなー?」 テレビドラマで見た営業の人は、「別の店舗ではいくらだったので、それ以上で売りたい」という話術を用いて交渉していた。俺もそれを真似してみるか……。 胡坐をかいて腕を組み、脳漿を絞るように試行錯誤する。微かな木材の香りと、外から流れてくるパン屋の焼きたての匂いが混ざり合い、妙に心を落ち着かせた。「よし、行き当たりばったり作戦に決定しよう! 時間が勿体ない!」 今までの時間は何だったのか。結局、パワー系の思考に辿り着いてしまったが、導入部はばっちり考えていた。 一度に肌着とパンツと靴下の3つを売り込むのではなく、今日は肌着一点に絞る。 店に入ったらまずは店主に同じ物を探している旨を伝える。店主の目の色が変わる。入手経緯や素材の詳細、作り方など聞かれる事になるだろう。そこから臨機応変に対応し、買い取り価格を導き出す作戦だ。肌着を小さく折り畳み、ポケットにしまって準備完了だ。 ――カラーン、カラーン 鐘の音が響き渡る。昨日は気づかなかったが、正午に一度お昼を知らせる時報が鳴るよう
「ふぁ~、背中が痛い……」 俺は、ゆっくりと身体を起こしながら、バキバキと鳴る背中をさすった。 冷たい床の感触がまだ肌に残っている。どうやら昨晩、訳も分からず裸のまま眠ってしまったらしい。「裸のまま床で寝ちゃったんだし、そりゃそっか!」 周囲を見回しながら、寝起きのぼんやりとした頭を振る。冷たい空気が肌を刺すようで、思わず腕を抱いた。あまりの寝相の悪さに、どこかで打ったのか膝にも軽い痛みがある。「さて、朝になったわけだが……。見ないわけにはいかないよなぁ」 彼はゆっくりと息を吐くと、自身のステータスを確認する。昨晩、突然の異常な成長を目にし、思考が追いつかずに寝落ちしてしまったのだ。(ステータス)黒川 夜レベル:11属性:闇HP:440MP:440攻撃力:150防御力:180敏捷性
(シャドークロー) 一度スキルを解除し、再びシャドークローを発動。最大で4か所まで出せるので、今度は両手と両耳に発現させた。(ステータス) 黒川 夜 レベル:11 属性:闇 HP:620 MP:590 攻撃力:330 防御力:310 敏捷性:365 魔力:480「1箇所につき25上昇か、MPは5消費ね。多分だけど俺、凄く強いんじゃないか?」 唯一ステータスを知るエミルさんと比較をしても、レベル22で攻撃力180であった事を考えれば、この異様さに誰であっても気付くだろう。 冒険者の中でも、オーク討伐の依頼を受けれるのはシルバーでも上のほうからみたいだし。 俺の強さは、ステータスだけで見たらゴールドでもおかしくない。「しかし、床を傷つけたり服が破ける心配があったから耳を指定したみたけれど、ギリギリ視覚に映るこのシルエットを見るに、L字の巨大なモミアゲがついてるようだぞ……」 耳を闇が覆い、そこから鉤爪のように伸びるそれは、巨大なモミアゲにしか見えなかった。 瞳を動かして自分のモミアゲが見えるって、どれだけ極太なんだ。「なるほど、レベル2も3分くらいで持続消費になるみたいだな。そうだ! どうせなら色んなところからシャドークローを生やしてみよう。第二回、黒川研究室へようこそ!」(まずは頭っと……。シャドークロー) 頭部にシャドークローを発動させると、俺の髪型が尖ったリーゼントみたいになる。「あー、なんかそんな気はしたよ。このモミアゲにこの頭、こんな感じの歌手がいた気がするな。次は肘いくか。服を脱いで裸になって……と」(シャドークロー) お次は両肘だ。手をぶらんとさせると、肘のあたりから垂直に刃が生えている。 肘を曲げてコンパクトに振り回せば、近接戦で敵を切り刻めそうだ。その分リーチに不安があるから使いどころが難しそうだけど。
扉を開けば、カランカランと木製のベルが鳴る。 カウンターには誰もいない。左右に通路があり、カウンターの隣に2階へ続く階段があった。「すみませーん、月貸で部屋を借りたいんですが」 大きな声を出してみる。 すると、カウンター奥のドアがギィと軋む音を立てながらゆっくりと開く。「おう、いらっしゃい。1部屋なら空きがあるぞ。大銀貨30枚だけどいいか? 朝は銀貨2枚、夜は銀貨4枚で食事も出来る。予約制だから事前に言ってもらう必要がある。ということで、今日の食事は締め切りだけどな」 姿を見せた店主は凄かった。アメリカのトップボディビルダーのような体つきで、腕なんか俺の太ももより太い。肩幅なんて俺2人分はありそうだ。 跳ねるように大胸筋を動かす店主に大銀貨30枚を支払い、部屋へと案内してもらう。 3畳ほどの狭い部屋には、木の床と天井、土の壁、ふすまのような入口……以上! あ、鍵もあったよ。つっかえ棒にするための木だけどね……。 内側からは鍵をかけれるけど、出かける時はウェルカム状態だ。 建物の中をとりあえず区切って空間にしましたよって感じ。「贅沢は言ってられないか」 床に座り、明日からの事を考える。 とりあえず、布団と着替えが欲しいところ。ずっと同じ服というのは、元日本人として気持ち悪い。何着か予備を買っておくべきだろう。それに、しばらくここで暮らすのだ。何よりも優先すべきは布団。1日の三分の一を過ごす大事な場所だからな。 起きたら街で必要な物を買い足すことにしよう。「あ! そういえば……試したい事があったんだ!」 レベル2になったシャドークローを思い出し、変化を検証してみる事にした。 さっそくステータスを開いてみる。(ステータス) 黒川 夜 レベル:11 属性:闇 HP:620 MP:620 攻撃力:230 防御力:210
「ちょっと早く着いちまったか。ヨール、明日の初心者講習でも予約してきたらどうだ?」 人だかりから逃げるようにラシードさんのパン屋を後にした為、約束よりも早くギルドに到着してしまった。「そうですね、予約してきます」 冒険者達は今頃依頼をこなしているのであろう。 朝の喧騒が嘘のようにギルドは静まり返っていた。「あのー、さきほど冒険者登録をしたヨールです。初心者講座を予約したいのですが、次の開催はいつでしょう?」 朝と同じ受付嬢に声をかけた。「はーい。最短ですと、明日の夕方になりますがどうされます?」 感じのいいお姉さんだ。それに美人ときた。冒険者からの人気も高いんだろうな。 お金もそんなに持っているわけじゃないし、講座を受けるのは早いほどいい。「では明日でお願いします。何か準備するものはありますか?」「そういったことも踏まえての初心者講座ですので、手ぶらで構いませんよ。今くらいの時間には来ておいて下さいね」 俺は、なるほどと横手を打って感心した。 一から教えてくれるなんて、ずいぶんと手厚いんだな。せっかく冒険者になってくれた人が、何も分からず無茶をして死んじゃったら大変だもんね。「さて、ギルド長に会いに行こう」「では、ご案内致しますね」 冒険者の数が少なかったからか、受付嬢がギルド長の部屋まで案内してくれた。 予定よりは早いが、何か動きがあったかもしれない。遅れるよりはいい。「エミル殿、丁度良かった! さあ掛けてくれ」 俺達がソファーに座るとギルド長が話を続ける。「調査が終了したよ。森にオークの集落は無かった。しかし、計13頭のオークが見つかってね、何らかの異変が起きているのは間違い無いと思う。例えば、新しいダンジョンが発現する前触れ……とかね。可能性を挙げだしたらキリがないが、しばらくは森のパトロールが必要となりそうだ。ということで、森にあった5頭分のオークの素材を差し引いて、請求は金貨9枚と大銀貨50枚でどうだろうか」
メイド服のウエイトレスさんからテラス席に案内され、焼きたてなのか、いい香りのするパンを興奮気味に頬張る。「んーーー! な、な、何これ! ピーの香ばしさが全然違う、この新作のパン、サックリと焼き上げられたピーの香りが素晴らしいよ! そして中のビーフシチューが凄いんだ、パンと一体となるよう具材の大きさが計算され、ホクホクの野菜とよく煮込まれたお肉がホロホロと溶ろけるように混ざり合う」 あまりの美味しさに、思わず感想が口からこぼれてしまう。 ――ザワザワ そんな俺を見て、通りを歩く人が足を止めている。「そうか! 野菜が煮崩れないようお肉と別で煮たんだ! このお肉もハーブと塩のシーズニングに漬け込んでいたのか? いや、それだけじゃない……すりおろした野菜だ、揉み込んであるんだ! シチューのスパイスと肉の漬けダレが味に深みをだしているぞ!」 しかし、食レポコメンテーターと化した俺の口は、勝手に無数の言葉を紡ぎだす。 完成度の高いパンが舌を楽しませてくれている。黙って食べるなんて無理だよ。 ――ザワザワザワ 大はしゃぎしている俺を珍しく思った、通りを歩く人々が観衆となり、俺たちが座るテラス席の周囲には人集りができ始めていた。「おい、あのパン新作らしいぞ!」「あそこのパン評判いいのよね、私も1つお願いしようかしら」「言われてみたらピーのいい香りがするな!」 普通に食事をしているつもりなのだが、いつの間にか客寄せピエロと化していたらしい。 観衆たちがお客さんとなり、次から次に店の中へと入っていく。「ふぁー、このドライフルーツの凝縮された甘味ったら砂糖のそれとは全く違う! 天日でしっかり干しているんだろうな、水分が飛んで芳醇な香りが脳を刺激するようだよ! ん?これは……、お酒だ! 果物のお酒がパンに練り込んであるんだ、これが一層味を引き立たせているのか! おいおい、待ってくれ、ピーの種類がさっきと違うのか? さっきのパンより甘い香りがするぞ! 硬めのパンを噛めば噛むほど口の中が幸せに包まれてい