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疲れ切った社畜は、やっぱり異世界に転生しがち(後編)

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last update Last Updated: 2025-04-22 10:32:21

 ぽんこつなエレベーターが開いて、ハルトが入ってきた。

 十年ぶりに見る顔は、相変わらずの半端に長い髪。長旅によれたスーツ。

 ふたりは手を挙げて招くけど、わたしは一瞥をくれるのが精一杯だった。

 とは言え大人になっても幼なじみ同士、なぜか隣に座らせられ、いつのまにか同級生ふたりとは馴染んだような顔に戻っている。

 ふとユッコがちーちゃんとだけにしか通じない部活の話を思い出した弾みに、ハルトがこっちを振り向いた。

「るん……」

 少し気まずそうにみている。

「久しぶり」

「……久しぶり。」言葉を返しながら、わたしは僅かに目を逸らした。

 たぶん、このやり取りに空気が殺伐としたのだろう。

 ユッコがふと口を手で覆った。

「あ…… でも、るんるんとハルトって、雪解けしたんじゃなかった?!」

 とんでもない。まだ氷河期よ。

 わたしは伝票を手に取る。

 今夜は早めに帰れる。久しぶりに布団でちゃんと寝たい。

「るんるん、帰るの!?」

「うん。明日も仕事なんだ」

 そう言いながら、テーブルに少し多めに割り勘代を置いた。

 ユッコにもちーちゃんにも罪はない。

 でもハルトがここに来る無神経がわからない。

 もう懐かしい時間は終わり。そう思っていたのに。

「じゃ、送ってくよ」

 ハルトが、当然のように言った。

「ていうか、勝手についてきただけじゃん」

 山手線の車内で、わたしは小さくため息をつく。

 隣に座っているハルトは、気まずそうに肩をすくめた。

「なんか……久しぶりだから、話したくてさ」

 ……こういうところだ。

 昔から、わたしの意思よりも〝自分のしたいこと〟を優先する。

 渋谷で田園都市線に乗り換え、三軒茶屋で降りる。

 まっすぐ帰るつもりだったのに、わたしは遠回りをした。

「すげー、おれ、三茶ってはじめて」

「よかったね」

「──ん? 東京にもコメダあるんだ! そうだ、るん、よかったらあそこで話していかないか?」

「どうぞお一人で」

「なんでだよ、ちょっとくらい。十年ぶりじゃないか」

 十年がなんだってんだ。こっちは十週ぶりの定時あがりだぞ。

 たばこ屋の前で、わたしは立ち止まる。

「ここでいいから。ありがと。帰って」

「でも、ここいらって…… マンションとか、ないじゃん」

 わたしは、大きくため息をついた。

「──いい? わかりやすく言うよ、わたしはね、自分の家をアナタに知られたくないわけ」

 そして当然、幼馴染とは言え、こいつを部屋に上げたくない。

 ハルトは悲しそうな顔をした。

 わたしはリュックサックのショルダーを上げ直した。

「ちょっとは変わったかと思ったけど、なんも変わってないね、ハルトは」

 わたしは息を吸い、はっきりとした口調で言った。

「ちーちゃんにもアポ無しで頼み込んだんでしょ」

「……だって、言ったらるん、来てなかったろ」

「だからそういうところなんだってば!」

 ハルトは、深く頭を下げた。

「本当にごめん。でもおれ、結婚するから、どうしても今日、るんに返しておかなくちゃなものがあって……!」

 ちょっとだけ、時間が止まった。

 不覚にも、子供の頃、砂場で出会った街からきた少年のことを思い出した。

「──じゃあ何。 聞きたくないけど、話だけは一応、最後に聞いて帰るから」

 背中を向けたまま、わたしは言った。

 ハルトは、俯いているような声で言った。

「──返す前に、ひとつ謝らせて」

「あのとき、お父さんを助けてあげられなくて、ごめん」

 十年前、大学卒業と同時に、わたしはこの幼馴染と別れて、同時に絵筆を置いた。

「でも、今度、はじめての自分の企画した展示が決まったそうじゃん」

 わたしは目を上げる気力もなかった。

 最後だって聞いて、せいせいすると思ったのに、子供時代の半分がまた剥ぎ取られていく気持ちだけp。

「だから……おれ、すごいなって思った。あの内気だったるんが、東京で頑張り続けてたんだなって」

 わたしは、星のない夜空を見上げた。

「わかったから……もう、とにかく帰って」

 なんでか涙が出る。

「お幸せに」

 背を向け、歩き出そうとした瞬間。

「待って、最後、ホント、これだけ渡させて……」

 ハルトの右手が、わたしの肩に触れかけた。

「預かってたんだ、これ、きみのお父さんから──」

 そのとき──

 軽トラックの、けたたましいクラクションが鳴り響き、

 まぶしいヘッドライトが、わたしたちの視界を白く塗りつぶした。

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     スマホを手に取る。 鳴動は、着信ではなく、アラームだった。 画面表示の時刻は「10:28」。「──そっか。お客さん、来るんだっけ」 ふと、そこで思い立って、わたしは賭けをする気持ちで、目を閉じた。 これでつぎに目を開けた時、三茶のマンションの天井が見えたらこれは、いわゆる夢オチだなと。 また急いで身支度をして、駅で並んで、身体が持ち上がるような田園都市線に身を押し込むんだ。 それで渋谷駅まで行く。 そして道玄坂を登って……  忙しすぎて毎日走っていた元の世界と、 暇すぎて不安になる魔界という異世界。 元の世界と、あの魔界。 どっちに、わたしは居たいんだろう。 ──閉じていた目を、わたしは開けた。 けれど場所は変わらず、湖畔の裏庭。 と、言うことは、異世界転生は現実だったんだ。 スマホの時計も、「10:31」のまま。 わたしは、仕方なしに鼻をこする。「ハラ、くくるしかないか……」 気乗りしないけれど、生き返るための婚活を──。 そうなると……まもなく魔王が手配した〝マッチング業者〟とやらが来る、十一時じゃないか。「うわ、ヤッバ!」 急に、お仕事感がぶり返してきた。「マジか! なんもしてない……」 わたしは洗面所に走った。 鏡の前で髪をとめ、水道の蛇口をひねると、そこに前、鏡に映る自分の姿に…… わたしは、驚愕した。 ──若返っていた。 魔王は「いろいろと支度はしておく」と言っていた。 でも、それは化粧水だけじゃなかったようだ。 わたしの容姿というか、身体そのものが、女子高生のころに戻っている。 たしかに昨夜は「腰が痛い」だの「老眼」だの「高血圧」だの言ったけれど、だからと言って、ティーンに戻すのは、ちょっと年齢差別がひどくないかと、ちょっと魔王にムカついた。 すると気になって、わたしは、前髪の生え際にある傷を確かめた。 傷跡は、まだ新しい縫い跡として、残っていた。 水を止めるのも忘れて、わたしは視線を落とした。 もしかして、昨日、ふたりして事故に遭う直前、ハルトが言いかけたのは、この傷のことだったのかなと。  ──午前十一時。 玄関のチャイムが鳴った。 ひとり暮らしの心得で、チェーン錠をしたまま応対する。 ……が、訪問者の姿を見て、わたしはあまりのファンタジーさ加減に力が抜けた。 ─

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    仰向けに、ベッドで横になる。 しかし、出社しなくて良いとなると…… シンプルに退屈だな。 十一時には来客の予定があるけれど、それまでこうしてベッドの上でゴロゴロしているのも、なんだかもったいない。 スマホを手にしても、地図以外のアプリがない。 仰向けになっていると、昨晩、魔王とした契約が思い浮かんでくる……。 『……よいか、相川るん。 余の魔力は、負のエネルギーを帯びながら死んだ魂を、他の世界からこの魔界へ引き込むことで召喚することができる。 そして逆もまた然り。〝正のエネルギー〟を蓄えれば、次に来る死の瞬間、お前たちを元の世界に押し上げてやることもできよう。 だが、〝正のエネルギー〟つまり、創造の喜びを貯めるのは容易ではない。 いずれ分かることだが、時間がかかるのだ。 その間も、お前の肉体は魔界で歳を重ねる。 だが心配は要らぬ。元の世界へ戻れば、見た目も年齢も、死ぬ前の姿へと戻っているはずだ。 よいか、相川るん。 お前は、お前の絵を描き、あるいは繁殖し、生み出し育むという創造の喜び、すなわち〝正のエネルギー〟を存分に集めよ。 そのこつは、楽しむことだ。 それが心臓に飽和した状態、すなわち、喜びに満たされた上で次の死を迎えた瞬間、お前たちの帰還は果たされる。 そして、その頃には、この魔界にも再び創造の力が満ち溢れるていることだろう……』 ──いつの間にか、眠っていた。 朝か。昼か。 ベッドサイドに身を起こし、明るい寝室で、ぼんやりとする。 手が、うっかり化粧ポーチを引き寄せていた。 いや違う。ここは三茶じゃない。 魔界だ。 もうしばらく出社する予定なんてないのに、手が勝手にポーチを探していたあたり、社畜の強い呪縛を感じる。 「やめた、やめたぁ」 放り出して、髪も二度寝の激しい寝癖のまま、台所で湯を沸かしはじめた。 ──にしても、うっかり明日のことを考えると、不安になるくらいヒマだ。 ほぼっていうか、状況的には完全無職のわたしは、この湖畔に蘇った生家で、いったい何をしたらいいのか。 腕を組んでわたしは考える。 なんでも出来るはずなのに、何をしたいのかが分からない。 じゃあまた横になるかって言うと、このまま寝たら、きっと夜通し起きてることになるんだろう

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   社畜、ジョブチェンジ(前編)

     ──翌日。 わたしは、十年ぶりに朝寝坊をした。  生家のベッドで起きると、スマホの画面には「10:00AM」の文字。 どうしてスマホが使えるのかはわからないけど、眠いわたしは、あくにをし、寝癖のついた頭を掻いた。 昨夜、魔王は言っていた。「子を産ませるためなら支援を惜しまない」……と。 見回しているこの生家の寝室も、電話も、そのうちの一つなのだろう。  とりあえず、わたしはこの魔界の〝国賓〟あるいは〝ふたりめのイブ〟らしい。「……フフん」 バックに世界の最高権力者である魔王がついているのだから、親方日の丸どころの話じゃない。 ……とはいえ、のんべんだらりとしてもいられないか。 わたしは魔王と、絵を描かない代わりに、婚活の契約を結んだ。 その期限は、三年。  ベッドを離れ、裏庭の縁側を兼ねた廊下に立つ。 サッシの向こうに、テラスの裏庭と広い湖が見えた。 この湖畔の生家は、魔王のちからで昨晩、地面から生えてきたものだ。 昨夜は馬車でこの地に着いて、降ろされて、呆然と夜の湖を眺めていたら、地面から音を立てて見慣れた実家が生えてきたんだから、シンプルにたまげた。 こうして朝の光のもとで眺めると、湖の浅瀬には、淡く睡蓮が広がっていて美しく、中ほどからは深いのか、ダークブルーの水面にさざなみが立っている。 対岸には、小さな森が見える。 さらに彼方には王都の尖塔が小さく霞んで見える。  湖のほとりに生えたおかげで、良い感じに借景を得たこの廊下からの景色が、何度見ても新鮮だ。 室内を振り返ると、祖母のいた床の間に、なぜだかわたしが三茶のマンションに置いてきたシングルベッドがある。    3LDKの平屋建は、二十年以上も前に火事で失

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   魔王の間(後編)

     魔王が言うには、この魔界にもその昔、魔族と共存する多くの人間が暮らしていたらしい。「じゃあ、どういうこと? あなたがその人類を滅ぼしてしまったって……」 見上げているわたしに、魔王は言った。「彼らは旺盛な繁殖力と競争心、そして創造力をもち、この魔界でも大いに繁栄していたのだ……」 しかし、彼らは魔界で無秩序に増えすぎた。 その結果、魔族との間で戦争が起きた。「そうか。つまり、あなたたち魔族が、その戦争に勝ったというわけね」 魔王はうなづく。「だが…… その後、人類なきこの魔界は文化的な発展を止めてしまってな。かろうじて維持はできているが、創造を欠いた世界は、いずれ破壊の力に押し潰されよう」 そう言いながら魔王は、目を、ゆっくりとこちらに向けた。「——そこで余は、お前たち、つがいを魔界に召喚した。人類の持つ創造性を再び導入するためにな」 彼は山羊の顔で、静かに迫る。「相川るん、かような訳だ。この魔界で、その岸部ハルトと繁殖しろ」 わたしはめまいがして、その場に膝をつきそうになった。「ちょ、っと待って……」 立っていられず、藁をも掴む思いでハルトミイラの肩に手を置いた。 どう言うこと……繁殖って…… 足に力が入らない。うつむいたまま言う。「じゃあ、魔王…… あなたはつまり、ハルトとわたしをさせるというか、結婚させようと思って、魔界に召喚したってわけ……」 この言葉に、魔王はうなずく。「左様。」 そこで、わたしが思いっきりハルトを指差しながら言うと、魔王は少し黙った。「いやでも!こいつ、死んじゃってますよね!?」「……そうだな」 いや、そこは反省しないでほしい……。「しかし魂は内側に残っておるようだ。早急に蘇生させよう。式までに間に合うようにな」 ……シキ? 式って、あの、結婚式か? わたしは、魔王を見上げなおした。「嫌か?」「──嫌です! わたし、コイツとだけは無理なんで!」 胸の前で両手をクロスし、るんは首をぶんぶん振った。「だって、ハルトにはもう――」 そう。もう別の婚約者がいる。わたしが横入りするわけにはいかない。「お断りします!……それにね、繁殖って言ったって、わたしぶっちゃけ尿酸値が高いし、血圧だって要注意って言われてるんですよ!」 それに貧血で、肩も腰も痛いし、便秘だし冷え性だし! 

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   魔王の間(前編)

     わたしは、もともと根っからの文化系。いや、元ひきこもり。  突っ込んでくるトラックを、横に跳んで避けるようなタマじゃない。 だから、今も何が起きたのか分からないまま、反射的に身をこわばらせ、目をきつく閉じたまま、最期の時を待った。  ……が、いつまで経っても衝撃も痛みも訪れない。  不思議に思い、恐る恐る目を開けると—— そこは、見覚えのない石敷きの広間だった。  見回すと、天井は高く、壁際には松明がいくつか灯っている。ゆらめく橙色の光が、広々とした空間に陰影を落としている。 「……ここ、どこ?」  三茶のたばこ屋から、一体どうしてわたしは……こんな場所に? とにかく現状を把握しようとした、そのとき── 石敷きの間に、威厳のある声が響いた。 「——余はホーガン。この魔界を統べるもの」  反射的に、声の主へと視線を向ける。 そこには——山羊頭の巨人が、半裸で玉座に腰をかけていた。「またの名を、魔王。訳あってお前たちを召喚した」 魔王……?召喚……?  わたしは戸惑いながら、まず自分の手足を確認した。どこにも傷はない。痛みもない。 ──クルマに突っ込まれたのに、だ。 ……でも、確実におかしい。  そうか、わたしは死んだんだ。  じゃあこの状況は。まさか地獄ってやつか。  広間を見回そうと左に向いた瞬間、わたしは、すぐ隣にある異様な物体と目が合った。 ——立ったままのミイラ。 干からびた肌、  萎びたまま半開きに固まっている口。  右手は少し前に差し出され、乾漆像のように固まっている。 ……眉毛を下げているせいで、どこか悲しげに見えるミイラは、 「……く、空也上人?」 思わず口をついて出た。   でも、服装が違う。よれたスーツに革靴だ。  そして—— どこかで見た、半端にちゃらいロングヘア。 わたしは、その顔の頬を両手で掴んだ。「は…… ? ハルト!?」 わたしは思わず叫んだ。 ——干からびて立っていたのは、元カレのハルトのミイラだった。 魔王の声が、広間に響く。「つがいで召喚をしたのだが、お前の拒絶心も強すぎたようだな……。伴侶のほうが生きながらミイラになってしまったようだ」 「は!?」 わたしは魔王に言った。   「いや待って……! そこ、わたしのせい!?」 魔王と煮干しみたい

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   疲れ切った社畜は、やっぱり異世界に転生しがち(後編)

     ぽんこつなエレベーターが開いて、ハルトが入ってきた。 十年ぶりに見る顔は、相変わらずの半端に長い髪。長旅によれたスーツ。 ふたりは手を挙げて招くけど、わたしは一瞥をくれるのが精一杯だった。 とは言え大人になっても幼なじみ同士、なぜか隣に座らせられ、いつのまにか同級生ふたりとは馴染んだような顔に戻っている。 ふとユッコがちーちゃんとだけにしか通じない部活の話を思い出した弾みに、ハルトがこっちを振り向いた。「るん……」 少し気まずそうにみている。「久しぶり」 「……久しぶり。」言葉を返しながら、わたしは僅かに目を逸らした。 たぶん、このやり取りに空気が殺伐としたのだろう。  ユッコがふと口を手で覆った。「あ…… でも、るんるんとハルトって、雪解けしたんじゃなかった?!」 とんでもない。まだ氷河期よ。  わたしは伝票を手に取る。  今夜は早めに帰れる。久しぶりに布団でちゃんと寝たい。「るんるん、帰るの!?」 「うん。明日も仕事なんだ」 そう言いながら、テーブルに少し多めに割り勘代を置いた。  ユッコにもちーちゃんにも罪はない。  でもハルトがここに来る無神経がわからない。  もう懐かしい時間は終わり。そう思っていたのに。「じゃ、送ってくよ」 ハルトが、当然のように言った。 「ていうか、勝手についてきただけじゃん」 山手線の車内で、わたしは小さくため息をつく。  隣に座っているハルトは、気まずそうに肩をすくめた。「なんか……久しぶりだから、話したくてさ」  ……こういうところだ。  昔から、わたしの意思よりも〝自分のしたいこと〟を優先する。 渋谷で田園都市線に乗り換え、三軒茶屋で降りる。  まっすぐ帰るつもりだったのに、わたしは遠回りをした。「すげー、おれ、三茶ってはじめて」「よかったね」「──ん? 東京にもコメダあるんだ! そうだ、るん、よかったらあそこで話していかないか?」「どうぞお一人で」「なんでだよ、ちょっとくらい。十年ぶりじゃないか」 十年がなんだってんだ。こっちは十週ぶりの定時あがりだぞ。   たばこ屋の前で、わたしは立ち止まる。「ここでいいから。ありがと。帰って」「でも、ここいらって…… マンションとか、ないじゃん」 わたしは、大きくため息をついた。「──いい? わかりや

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