Share

お互いのこと-10

last update Huling Na-update: 2025-01-15 05:11:52

毎日の負担に加えて土日はラーメン店でのアルバイトがある。

本業の仕事が忙しくなるにつれていろいろと余裕がなくなり、気づけば紗良はバイト先で杏介に会えることが唯一の楽しみになっていた。

季節は夏。

夏の夜でも暑さは昼間よりほんの少し和らいだ程度。

仕事終わりにコンビニの前で立ち話をしていてもじわりと汗が滲む。

「杏介さん、ぎゅってしてもいい?」

「いいけど、どうした?」

「ちょっと疲れちゃって……充電させて?」

紗良から積極的に杏介に甘えるのは珍しい。

一歩近づいた紗良を、杏介は優しく腕に絡め取った。

思ったよりも華奢な紗良と思ったよりも筋肉質な杏介。

ぎゅっとさせてと言ったのは紗良の方なのに、ドキドキと鼓動は速くなる。

今は夏で夜でも汗ばむというのに、二人くっついている感覚は不思議と暑さを感じない。

むしろ肌のぬくもりが心地良いとさえ感じてしばし微睡んだ。

「紗良?」

コテンと杏介の胸に頭を預ける紗良が微動だにせず杏介は声をかける。

「――紗良」

「はっ!」

呼ばれて慌てて頭を上げる。

「大丈夫?」

「なんか気持ちよすぎて一瞬寝ちゃってた気がする」

「前から思っていたけど、働きすぎなんじゃないか?」

「そんなことないよ」

「バイト、続けないとダメなのか? ダブルワークはしんどいだろう?」

「うん……でも、やめたら……困っちゃうし。私が働かないと」

アルバイトを辞める選択肢を考えたことがないわけではない。

実家暮らしで母親と共同生活をしているため派遣の給料で賄えないことはないのだ。

けれど海斗が成長するに従って必ずお金はかかる。

小学校、中学校、高校と、今のうちに貯金できるならしておくことに越したことはない。

そう思って続けているのだけど。

最近は本業の方が忙しく疲れがたまっていることを自覚している。

松田が上司に人を雇ってほしいと申し入れたが、なかなか難しいようだ。
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App
Locked Chapter

Kaugnay na kabanata

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   お互いのこと-11

    「俺を頼ってくれないか? 俺が紗良を支えるから」「…その申し出は嬉しいけど、子供ってね結構お金がかかるんだよね。私は海斗を引き取った以上、海斗に不自由な生活はさせたくないと思ってる。これは親としての私の責任なの。だから杏介さんに迷惑をかけたくないんだ。気持ちだけで十分救われる。ありがとう」ニコリと微笑む紗良だったが、無理をしているのだろういうことが見て取れ、杏介は胸が痛んだ。紗良に告白し断られてからも、杏介なりにいろいろ考えたり考えさせられることがたくさんあった。 だけど紗良を好きだという気持ちは変わらないでいる。口説いてみせるといいながら全然口説けていない自分が情けない。一緒にどこかへ出掛けたりこうして仕事終わりに会って話をしたり、そうやってまるで付き合っているかのように錯覚してしまうが、結局紗良の気持ちはあの時から全然変わっていないのだと感じて悔しくなった。「家まで送るよ」「いいよ、すぐそこだし」「これは紗良を大事にするっていう俺の気持ちだから」「……ありがとう」「……何かあったら一番に俺を頼れよ」「うん、わかった」そっと紗良の頭を撫でれば紗良は上目遣いでニコリとはにかんだ笑顔を見せる。 杏介の疲れを癒してくれる魔法のような笑顔。 心臓を掴まれるようなどうしようもなく愛おしい感情がわっと押し寄せてきて、撫でていた頭をぐいっと引き寄せた。「わわっ」紗良はバランスを崩して杏介の胸にダイブする。 しっかりと抱きしめられて困惑気味に「杏介さん?」と呟けば額に触れる柔らかな唇。「おやすみ、紗良」「……おやすみなさい、杏介さん」家の前でバイバイと手を振って別れたが、紗良はしばらくその場を動くことができなかった。 口づけられた場所をそっと手で触る。 後から後からどうしようもなく心臓が騒ぎ出して胸がいっぱいになった。「私、なんで……」なんでこんなにも胸が苦しいのだろう。 つらい苦しさではない、もっと胸がきゅっとなって体の奥から湧き上がるような気持ち。これが、愛しさとでもいうのだろうか――。

    Huling Na-update : 2025-01-16
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   いちばん大事なことは-01

    まだまだ暑く夏真っ盛りのある日、朝早くに杏介のスマホが鳴った。 今日は遅番のためダラダラと布団に転がりながら起きようか起きまいかと迷っていたときだ。画面に表示された【石原紗良】という文字が目に飛び込んだ瞬間、一気に目が覚めた。「もしもし?」「杏介さん……、あの……」ひどく小さな声で言いづらそうにどもるため、杏介は起き上がってスマホに耳を傾ける。「紗良? どうした?」「あの、えっと……」何か伝えたそうなのに言葉が出てこない状況に杏介は眉をひそめる。「落ち着いて。ゆっくりでいいから」「うん、あの……実はお母さんが――」話を聞いた杏介は大慌てで着替えると、カバンひとつ、家から飛び出した。ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てる。――お母さんが救急車で運ばれたの、どうしよう、杏介さん必死に伝えようとする紗良の声は震えていて、今にも消えてしまいそうな気がした。頼れと言ってもいつだって一人で頑張ってしまう。平気な顔をして一人で大丈夫だなんて、そんな風に笑い飛ばすくらいの紗良が、初めて杏介を頼った。 そんな気がした。海斗をかかえて一人で心細いのだろう。 杏介が行ったところでどうにかなるわけではないけれど、行かずにはいられなかった。いや、電話だけで済ますなんていう選択肢は最初からなかった。紗良のことだけではない。 海斗のことも、紗良の母親のことも、今どんな状況なのか気になって仕方がない。杏介にとっては紗良も海斗も母親も、大切な存在なのだ。 杏介に欠けていた、いや、知らなかった、家族のあたたかさを教えてくれた人たちだから――。

    Huling Na-update : 2025-01-17
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   いちばん大事なことは-02

    病院へ駆けつけると入口で紗良と海斗が待っていた。「紗良!」「杏介さん、わざわざ来てもらってごめんなさい。私、動揺してしまって電話をかけちゃって」「そんなことはいいんだ。お母さんは?」「朝起きたらなんか変だなって思って慌てて救急車を呼んだの。脳梗塞が再発したみたいで……あまり状態はよくなくて」「再発……?」コクンと紗良は頷く。 紗良の母親に持病があり通院しているとは聞いていたが、それが脳梗塞だったとは知らず杏介は背中に冷たい汗が流れる。だが紗良は、電話の時のあの消えそうな声とは違いずいぶん落ちついている。「せっかく来てもらったんだけど、私、一度家に帰って入院の準備をしてきます。海斗もごめんね、一回家に帰ろうか」「うん。おなかすいた」「あっ、そうだよね。ご飯食べてなかったね」着の身着のまま、といったところだろうか。 紗良は普段着に着替えているが、海斗はどう見てもパジャマ姿だ。 朝早かったために寝ている海斗を抱えて連れてきたのだ。「俺コンビニで何か買っていくから、とりあえず家に戻りな。車で来てるんだろう?」「杏介さん……」そんな迷惑はかけられない、と首を横に振ろうとするも杏介は海斗の手を引いて駐車場へ歩き出す。 慌てて紗良も歩き出すが、ふと向けられる柔らかな視線。「紗良。一番に俺を頼れって言っただろ。気にするなよ」「……うん」緊張の糸が一気に切れた気がした。 紗良の目にはじわりと涙が浮かぶ。 杏介の袖を控えめに掴めば、杏介はそれを柔らかく絡み取ってしっかりと握った。「あー! せんせーとさらねえちゃんも、てぇつないでるー。かいとといっしょー!」海斗が無邪気に茶化し、紗良も杏介も沈んでいた気分が少しだけ上向きになるようでふふっと笑った。

    Huling Na-update : 2025-01-18
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   いちばん大事なことは-03

    紗良が海斗を連れて帰宅すると、すぐ後に杏介もコンビニの袋を下げてやってきた。「適当に買ってきたからとりあえず食べよう」ガサガサと袋からおにぎりや惣菜パンや菓子パンを取り出せば、海斗がひょいっと覗きにくる。「なにがあるー?」「ツナマヨと鮭と明太子。海斗は明太子は食べれないかな? あとはソーセージパンとクリームパンと……」「あー! かいと、ツナマヨ! ツナマヨすきなんだよねー」「こら海斗! ありがとうといただきますでしょ」「せんせー、ありがとう。いただきまーす」海斗は器用におにぎりの包みを取り外し、大口を開けて食べ始めた。「ほら、紗良も。何食べる?」「あ、うん……」朝食は食べていないし杏介が買ってきてくれたたくさんの食べ物を前にしても、紗良はまったくお腹がすかなかった。 そんなことよりも母のことを想うだけで胸が苦しくなる。 ため息が出そうになるのを堪えていると、杏介の大きな手が頭の上に降ってくる。「落ち込むのはわかるよ。だけどちゃんと食べておかないと紗良の体がもたない。今日はまだ始まったばかりだろう? しっかり体力つけないと」「うん、わかってるけど……」頭では理解しているけど、どうにも食べる気が起きない。 どれが食べたいのかもわからない。「紗良が食べないなら、今ここでキスする。海斗の目の前で」「……はっ? えっ? 何言って……」「じーーー」杏介の突拍子もない提案に動揺したのも束の間、黙々とおにぎりを頬張っていた海斗が期待の眼差しで紗良を見ていたため、紗良の頬は一気に染まる。

    Huling Na-update : 2025-01-19
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   いちばん大事なことは-03

    「き、杏介さんっ! 冗談はやめてよ! 海斗も! 何? 何なのよっ!」「せんせー、さらねえちゃんおこるとこわいんだよ。しらなかった?」「うーん、知ってた。でも海斗が怒らせたんだろ?」「えー? せんせーのせいでしょ?」杏介と海斗はヒソヒソと責任を押しつけ合う。 完全にからかわれた紗良はムスッとしながら明太子おにぎりを掴むと綺麗に包装を解いた。「まったくもう、これだから男子は」などとぶつくさ言いながらおにぎりを一口かじる。 こんな時に、と思わなくはないが、二人のおかげでずっと張り詰めていた緊張が緩んで急にお腹がすいたような気がした。まだこれから病院に戻らなくてはいけないのだ。 杏介の言うとおり、しっかり食べておかないと今日を乗り切れない気がする。紗良がもぐもぐ食べていると、「さらねえちゃんげんきになったねぇ」「元気な紗良が一番いいよな」と男子たちはまたコソコソと笑ったのだった。早々に食べ終わった海斗は、すぐに杏介にまとわりつく。海斗にとって祖母が入院したことは大事ではなく、なんとなく非日常的なことが起こったという感覚にすぎない。 朝早くに病院まで連れ出されたが今はもう家に戻ってきているため、海斗の中ではいつもの日常だ。「せんせー、あそぼ」「こら、海斗」紗良が咎めるが、杏介はそれを手で制す。「いいからいいから。俺が海斗と遊んでいるから、紗良はお母さんの入院の準備とか、やらなきゃいけないことを優先させて」そんな風に言ってくれるので、紗良はありがたく従った。

    Huling Na-update : 2025-01-20
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   いちばん大事なことは-04

    海斗はもう保育園の年長児だ。 されどまだ年長児。 できることは増え、我慢することも覚えた。それがきちんとできるときもあれば、まだまだ聞き分けがないときだってある。何より遊びたい盛り。口を開けば「さらねえちゃん」と呼ぶ。 その呼びかけに応えながら何かをすることはなかなかに時間がかかるしストレスにもなる。けれど今日は杏介がいて、海斗のことを見ていてくれて、それがどんなに助かっていることか。 紗良はカバンに母の荷物を詰めながら、それを嫌というほど実感した。「海斗、もう一回病院行くよ。出かける前にトイレ行って」「紗良。俺も行こうか?」「そんな迷惑はかけられないよ」「だったら、家で海斗と留守番していようか。その方が紗良も動きやすいだろう?」「そう、かもだけど……」口ごもる紗良が何を言おうとしているのか、もう杏介はわかっている。 だから先にはっきりと告げる。「迷惑じゃない。俺が紗良のために何かしたいだけだ」「……じゃあ。……海斗、先生とお家で待っていられる?」「いいよー」少しは抵抗を見せるかと思っていたが、海斗はあっさりと頷いた。 拍子抜けしてしまったのは紗良の方だ。 海斗は杏介にぴったりくっついたまま、真剣に絵本のひらがなを追っている。「大丈夫だよ、紗良。いっておいで」杏介がそう言うので、紗良は小さく頷いてから「いってきます」と家を出た。一人は思った以上に身軽だった。

    Huling Na-update : 2025-01-21
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   いちばん大事なことは-05

    病院では母の病状や今後の説明を受け、たくさんの書類に目を通しながら手続きを済ませる。ICUにいる母にはたくさんの管が付いていて、数年前の光景を思い出させた。初めて脳梗塞で倒れたときも同じくここに入院した。あのとき紗良はまだ学生で、ICUで作業する医療者の声と無機質な機械音を聞きながら母の様子を伺っていた。これからどうなるのだろうと思いつつも、その時は姉がいたために姉に頼りっきりだったと今さらながらに思い出す。一人で抱えるのはつらい。すぐに不安や重圧で押しつぶされそうになる。けれどすぐに脳裏に浮かぶ顔――。杏介の存在は絶対的で紗良は幾重にも助けられていた。今朝だって誰かに縋りたくて無意識に杏介に電話をかけていたくらいだ。それほどまでに紗良の中で杏介に対する信頼感は大きいことに気づかされる。今こうして一人でテキパキと手続きをこなすことができるのも、杏介が海斗を見ていてくれるから。杏介が紗良を気遣ってくれるからに他ならない。いつだって紗良に優しく、いつだって紗良の味方でいてくれる杏介。(もしもまだ、杏介さんの気持ちが変わってないのなら――)変わっていないのなら自分はどうしたらいいのだろうか。どうしたいのだろうか。このままズルズルと都合の良い関係でいて貰うことの方がよっぽど失礼ではないか。いつまでもそんな関係でいてはいけないのだと、こんなときに限って実感してしまう。いや、こんなときだからこそ、だろうか。

    Huling Na-update : 2025-01-21
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   いちばん大事なことは-06

    アルバイト先にもしばらく休むことを伝え、お昼時もだいぶ過ぎた頃、紗良はようやく自宅へ戻った。「ただいまー」玄関を開けると奥から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。リビングに足を踏み入れれば、散乱した折り紙や絵本、そして杏介の膝に座ってスマホゲームをしている海斗がいた。「ああ、紗良、おかえり」「ただいま。おかげで手続きとかいろいろと終わったよ。杏介さん、大変だったよね?」「あ、ごめん。部屋が散らかりすぎてるな。あと、海斗にスマホゲームさせるのはよくなかったかも」「ううん。全然いいの。すごく助かってるから。海斗、よかったね」うん!と元気のいい返事が返ってくるも海斗はゲームに夢中になったまま杏介の膝の上でご機嫌だ。「紗良、バイトは休んだ?」「うん、さすがに行けないから。しばらくお休みさせてもらうことにしたの」「そうか。それがいいな」「あ、二人ともお昼はどうしたの?」「残ってたおにぎりとかパンを食べたよ。紗良は? ちゃんと食べた?」「うん、病院のカフェで少し……」本当はアイスコーヒーを一杯飲んだだけなのだが。 それを言えば杏介は心配するに決まっているので、食べたことにしておく。 朝は杏介と海斗が気持ちを盛り上げてくれたため食べることができたが、やはり一人での食事は喉を通らなかった。「よかったら夕飯食べてって。それくらいしかお礼できないんだけど……」「ありがとう。でも今から仕事だからさ。また今度いただくよ」「えっ、お仕事だったの? ごめんなさい、こんなに長くいてもらって」「いいんだ。気にするなよ。今から仕事だけど、何かあればすぐに電話してくれて構わないから。夜中でもいつでも。まあ、何もなくてもかけてくれていいんだけど。いつでも紗良の声聞きたいし」「ありがとう、杏介さん」思わず潤んでしまった目を隠すために紗良は少し俯く。 そんな紗良の頭を杏介は優しく撫でた。「海斗も、また来るからな」「わかったー。こんどまたゲームやらせてね」「紗良姉ちゃんの言うこと聞いていい子にしてたらな」「わかった。いいこにする」海斗は親指を突き立てキリリと頷く。後ろ髪を引かれながらも、杏介は仕事に向かった。 こんなときこそ仕事を休んでずっと紗良の元にいたいと思ったが、シフト勤務でなおかつ生徒を抱える身としては早番と遅番を変更してもらうので精一杯だ

    Huling Na-update : 2025-01-22

Pinakabagong kabanata

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-03

    「どうしたの、海斗」「これを見て!」海斗はおもむろにランドセルを背負う。 まだまだピカピカのランドセルを、紗良に見せつけるように体を捻った。「ランドセル?」「そう! ランドセル! 写真撮りたい。リクもさなちゃんも写真撮りにいったんだって」「写真? 写真なら撮ってあげるよ」紗良は自分のスマホのカメラを海斗に向ける。「ちがーう。そうじゃなくてぇ」ジタバタする海斗に紗良は首を傾げる。 咄嗟に杏介が「あれだろ?」と口を挟む。「入学記念に家族の記念写真を撮ったってことだよな?」「そう、それ! 先生わかってるぅー」「ああ~、そういうこと。確かに良いかもね。お風呂で何か盛り上がってるなぁって思ってたけど、そのことだったのね」「そうそう、そうなんだよ。でさ、会社が提携しているフォトスタジオがあるから、予約してみるよ」「うん、ありがとう杏介さん」ニッコリと笑う紗良の頭を、杏介はよしよしと撫でる。 海斗に関することなら反対しないだろうと踏んでいたが、やはりあっさりと了承されて思わず笑みがこぼれた。「?」撫でられて嬉しそうな顔をしながらも、「どうしたの?」と控えめに上目遣いで杏介を見る紗良に、愛おしさが増す。「紗良は今日も可愛い」「き、杏介さんったら」一瞬で頬をピンクに染める紗良。 そんなところもまた可愛くて仕方がない。夫婦がイチャイチャしている横で、海斗はランドセルを背負ったまま「写真! 写真!」と一人でテンション高く踊っていた。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-02

    「おーい、二人ともー、いつまで入ってるの?」バスルームの扉がノックされ、紗良のシルエットが映った。 海斗と内緒話をしていたら、ずいぶんと長湯をしてしまったらしい。「今出るとこー」「でるでるー!」ザバッと勢いよく湯船を飛び出す海斗を、杏介は慌てて呼び止める。「海斗、わかってるよな?」「もちろん! 俺にまかせてよ!」二人目配せをしてからようやく湯船から上がった。 全然体を拭けていないまま裸でリビングへ走って行く海斗を見て、杏介は少々不安になる。 と、やはり「早く着替えなさい」と紗良の咎める声が響いてきて、今日も我が家は平和だなと思った。「もー、杏介さんも叱ってよ」「ん? ごめんごめん。海斗~そんなことじゃ海斗のお願い事はきけないぞ」「あー、ごめんなさーい。今着替えてるからちょっと待って」「……お願いごと?」紗良は首を傾げる。 何か欲しいものでもあるのだろうか? 誕生日はまだ先だし、クリスマスもまだまだ先のこと。 学校でなにか情報でも仕入れてきたのだろうか。それならあり得るかもしれない。「紗良姉ちゃん」海斗は紗良のことも相変わらず『紗良姉ちゃん』と呼ぶ。慣れ親しんだ名を変えることは容易ではない。紗良もわかっているから深くは追求しない。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-01

    家族になって数ヶ月、いつからだろうか、杏介の帰りが早い日は海斗と一緒にお風呂に入ることが習慣になっていた。男同士、くだらない話題で盛り上がりついつい長湯をしてしまう。「はー、さっぱりするー」海斗が湯船につかって「ごくらくごくらく」と呟く。「極楽って、どこで覚えたんだ? 意味知ってるのか?」「えー? なんかね、リクが言ってたからさ~。ごくらくって良いことって意味でしょ?」「うーん、ちょっと違うけど。あながち間違いではないな」「えー? そうなのー? うーん」海斗は小学一年生。新しい友達も増え、良い言葉も悪い言葉もたくさん覚えてくるようになった。微笑ましく感じることもあれば、きちんと正してやらなくてはいけないこともある。子育てはなかなか難しい。「ところで海斗、相談があるんだけど」「うん、なになにー?」「あのな――」杏介は少し声をひそめる。うんうんと真剣に耳を傾け、海斗は男同士の秘密ごとにはっと口元を押さえた。「先生、それめっちゃいい!」「だろ?」杏介と海斗はグッと親指を立てる。海斗は未だ杏介のことを『先生』と呼ぶ。本当は『お父さん』と呼んでほしいところだが、無理強いをするつもりはない。海斗の気持ちを大事にしたいからだ。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編② ある日の朝の出来事-05

    紗良はぐっと体を起こし、先ほどとは反対に杏介を布団に押しつける。 突然のことに驚いた杏介は目を丸くしたが、その後更に驚いた。杏介を見下ろした紗良は片方の髪を耳にかけ、杏介の上に降ってきたのだ。柔らかくあたたかい感触の唇が押しつけられ、杏介の心臓が思わずドキンと跳ねた。 ほんの一瞬だったように思う。「……続きは夜ね」紗良は恥ずかしくなって、バタバタと寝室を出て行く。 小さく呟かれた声はしっかりと杏介の耳に届いて、頭の中で反芻する。 妻のあまりの可愛さに、杏介は布団の中で一人身悶えすることになったのだった。こんな夫婦のイチャイチャなやりとりがされているなか、隣で寝ている海斗はまったく起きない。 まるで空気を読んでいるかのようでありがたいことだ。「……そろそろ海斗、一人で寝てくれないかな」もう小学一年生。 海斗もいずれは一人で寝ることになるだろう。 そうしたら存分に紗良を堪能できるのに……などとやましいことを考えつつ、まだまだ可愛くて手のかかる海斗を起こしにかかった。キッチンからはパンの焼ける良いにおいが漂ってくる。 紗良が朝食の準備を始めたのだ。「海斗~いいかげん起きろ~」何度揺すっても起きない海斗の布団をはぐ。 「まだねる~」とむにゃむにゃ呟く海斗を引きずるように起こし、自分も準備に取りかかる。こんな何気ない日常がなんて幸せなことだろうと、杏介は知らず微笑んだ。 【END】

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編② ある日の朝の出来事-04

    「き、杏介さんっ。ちょっと……」杏介の甘い視線に気づき、紗良はこの先のことを想像して、焦って左側にいる海斗を確認する。 相変わらず大爆睡の海斗は起きる気配がない。 杏介もそれは気にしたようで視線をチラリと動かすが、すぐに紗良に戻ってくる。「ちょっとだけ」「んっ……」頬に手を添えながら濃密なキスを落とす。 寝ぼけ眼には刺激的なその行為に、一気に目が覚めるような、それでいてまだ眠りの淵にいたいような微睡んだ感覚に溺れそうになった。もう仕事なんて放棄して、このまま二人で過ごしたい。 一日中布団の中でくっついていたい。そんな風に思考が持っていかれたときだ。ピピピッピピピッ枕元に置いていた目覚まし時計が鳴り出し、ハッと我に返る。 杏介を押しのけて目覚まし時計に手を伸ばせば、不満顔の杏介と目が合った。「……だって、起きる時間だもん」紗良は時計の針が見えるように杏介に示す。 杏介と結婚してから、紗良の起きる時間は少しだけ遅くなった。 五時半に起きていたのを六時に変えたのだ。 出勤時間の遅い杏介が、海斗の送り出しや洗濯干しを担ってくれたからだ。「不完全燃焼……」ポツリと呟く杏介に、紗良は困ったように眉を下げる。 紗良とて、起きなくてもいいならこのまま寝ていたい。 杏介といつまでもくっついていたい。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編② ある日の朝の出来事-03

    そう思うと、もう、そうとしか思えなくなる。この紗良の異常な行動は照れているからだろうか。だとしたら嬉しすぎてたまらないと杏介の胸は逸る。杏介はイルカのぬいぐるみをそっと抜き取る。と、「あっ」と紗良は声を上げてイルカの行方を追いつつ、杏介とバッチリと目が合った。「おはよう紗良」「……おはよう」それはもうごまかしようのない状況に、紗良は観念してぎこちなく挨拶を返す。杏介にじっと見つめられて、紗良は不自然に目をそらした。「ねえ、さっきのもう一回して」「さ、さ、さ、さっきのって?」「キスしてくれたよね?」「……お、起きてたの?」「んー? それで起きた。夢うつつだったからちゃんとしてほしいなーって」「……」「照れてる紗良も可愛い。毎日紗良のキスで起きたい。一日頑張れそうな気がする」「わっ」ぐいっと腰を引き寄せられて、ひときわ杏介と密着する。こんなこと初めてじゃないのに、いつもちょっと恥ずかしくて、でも嬉しい。杏介の胸に耳を当てれば、トクトクと心臓の音が聞こえる。とても安心する音に紗良は目を閉じた。と、突然体がぐいんと回る感覚に紗良は「わわっ」と声を上げる。横向きで寝ていたのに仰向きにされ、上から杏介が覆い被さってきたのだ。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編② ある日の朝の出来事-02

    触れたい――。そう思うのに、いつも自分からは触れられない。 杏介がきてくれるから応えるだけ。 それはそれで嬉しくてたまらないのだけど。 やっぱり自分からも積極的に……と思いつつ結局勇気が出ないまま流れに身を任せている状態。もう恋人じゃない、夫婦なのだから、何となく今までとは違う付き合いになるのではなんて思っていたけれど、まだまだ恋人気分が抜けないでいる。そもそも、恋人期間があったのかどうなのか、微妙なところではあるけれど。紗良はそっと手を伸ばす。 杏介の髪に触れるとさらっと前髪が流れた。少しだけ体を起こして杏介に近づく。 吐息が感じられる距離に心臓をバクバクさせながら、ほんのちょっとだけ唇にキスを落とす。ん……と杏介が身じろいだ気がして紗良は慌てて身を隠した。杏介が目を開けると、目の前にはイルカのぬいぐるみ。いつも紗良が抱きしめて寝ているあれだ。 そのイルカのぬいぐるみに身を隠すようにして紗良が丸まっている。この寝相は新しいなと思いつつ紗良の頭を撫でると、紗良はビクッと体を揺らした。 完全に起きていることがバレるくらいの動じ方だ。「……紗良、起きてるの?」「……起きてません」なぜそこで否定を……と思いつつ、目を覚ます前に感じた唇の感触を思い出して杏介は寝ぼけて回らない頭を無理やり動かした。(あれは夢じゃなくて、もしかしてキスだった?)

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編② ある日の朝の出来事-01

    微睡みのなか目を開けると、一番に目に飛び込んできた顔に、紗良は一気に目が覚めた。「きっ……」杏介さんと叫びそうになって慌てて口を閉じる。目覚まし時計のアラームはまだ鳴っていない。まだほの暗く静かな部屋の中。杏介と、反対側にいる海斗の規則的な寝息だけがすーすーと聞こえてくる。イルカのぬいぐるみを抱いた紗良は、なぜか杏介に包まれるようにして寝ていたようで、しばし思考が止まる。(……なんで?)というのも、海斗を真ん中に三人で川の字になって寝たはずである。それなのにどういうわけか海斗は紗良の背中側におり(しかも寝相が悪すぎて布団からはみ出ている)、紗良は杏介にぴっとりとくっついている状態。紗良の腰には杏介の腕が巻きついている。要するに、イルカのぬいぐるみを抱いている紗良を杏介が抱いている、という形になるわけだが。(……抱きしめられてる)それを理解した瞬間、紗良の心臓はバックンバックンと騒ぎ出した。結婚して四ヶ月ほど経つというのに、隣に杏介が寝ているというだけでドキドキとしてしまう。間近に見る杏介の寝顔は、男性なのに綺麗で可愛いと感じる。長い睫毛や通った鼻筋、形の良い唇。そのどれもが愛おしく感じて胸が騒ぐ。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編① 泡沫の恋心-04

    ◇海斗のプール教室は、いつも弓香さんと一緒に観覧席から見守っている。 全面ガラス張りなのでほとんどすべてが見渡せ、海斗のみならず別のクラスを担当している杏介さんの姿もしっかりと確認できる。「うちも海ちゃんと一緒に同じクラスに上がれてよかったわ」「一緒だとやる気も上がるしいいよね」「でも先生が代わっちゃったのがちょっとなー。どうせなら小野先生がよかったわ」「弓香さん、小野先生推しだもんね」私は杏介さん推しだけど、なんて心の中で唱える。 チラリと視線を海斗から杏介さんに向ければ、逞しい体が目に入った。……急に思い出してしまう。あの日のことを。あの逞しい体に、抱かれたんだよね。 すごくかっこよくて、何度もキスをしてくれて、何度も紗良って名前を呼んでくれて、幸せで胸が張り裂けそうになった。初めてはすっごく痛かったけど、でもそれ以上に、杏介さんとひとつになれたことが嬉しくてたまらなかった。私、こんなにも杏介さんのことを好きで愛していたんだって改めて実感した。「おーい、紗良ちゃん? 紗良ちゃーん」「は、はいっ!」「どした? 推しでも見つけた?」「いや、なんでもないよっ」あまりにも杏介さんのことを見ていたからだろう、弓香さんが不思議そうに首をかしげる。前はプール教室の先生なんて全員同じ顔に見えていたし、推しだなんて考えたこともなかった。 だけど今はもう、全員違う顔に見える。当たり前だけど、杏介さんが一番かっこいい。もうちょっとしたら、弓香さんにもちゃんと報告しよう。 杏介さんと結婚しますって。 そしたら何て言うだろう? 驚くかな?その時のことを考えて、私はまたドキドキと心を揺らした。 【END】

Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status