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第760話

Penulis: 夏目八月
今、身籠もっている夕美は、妊婦特有の繊細な感情に支配されていた。北條守の昇進を知った時の喜びも、上原さくらが夫の上司になると知った途端、涙が溢れ出した。

守の腕に寄り添いながら、夕美は声を詰まらせた。「私、嫉妬しているわけじゃないの。でも、どうして彼女があなたの上に立つの?大長公主の謀反の証拠を見つけたのはあなたでしょう。もしあなたがいなかったら、大長公主の謀反の企みなんて、今でも誰も気付いていなかったはずよ」

「我慢できないの。どうしてあなたはいつも彼女に押さえつけられているの?功績も、戦功も、あなたの方が上なはずでしょう?陛下がどうして女を大将になさるの?女が京都の玄甲軍を統べて、衛士も御前侍衛まで指揮下に置くなんて、おかしいじゃない。男たちの面目が丸つぶれよ」

守は妻の啜り泣く声を聞きながら、胸の内で苛立ちが募っていった。

あの夜、自分と対峙した刺客の正体を、彼は知っていた。

だとすれば、この功績は本当に自分の力で勝ち取ったものなのか。いや、あの人が与えてくれたものだ。

おそらく大長公主の謀反は既に把握していて、寒衣節に大長公主の陰謀を暴こうとしていたのだろう。自分はただ運が良かっただけだ。西庭にいて、地下牢まで追いかけ、武器を発見できただけの話。

なぜ北冥親王は自ら暴かず、禁衛府と御城番に暴かせたのか。これほどの大功を。

なぜ禁衛府と御城番にこの功績を譲ったのか。

おそらく、軍功の重みを知り尽くした北冥親王には、この程度の功績など眼中になかったのだろう。

守の瞳が暗く曇った。結局は出自の違いなのだ。

影森玄武が欲しがりもしないものが、自分には命を賭けても手に入らない。

「もういい。とにかく昇進はできたんだ」北條守は胸の苦みを押し殺し、親房夕美に優しい笑みを向けた。「これからはお前は御前侍衛副将の夫人だ」

「でも、私たち将軍家はいつになったら昔の栄光を取り戻せるの?上原さくらはあなたの上司よ。きっとこれからもあなたを押さえつけるわ。あの人はあなたに恨みも怨みも持っているのよ。もし策略にかかったら、この御前侍衛副将の地位だって危うくなるかもしれない」

北條守は指で彼女の涙を拭いながら言った。「そんなことはない。彼女はそんな人間じゃない」

夕美は彼の手を払いのけ、表情が一瞬にして怒りに染まった。「あなた、彼女の味方をするの?そんな人間
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    長公主が口を開いた。大和国が先に両国間の協定――民間人を傷つけず、捕虜を殺さない――を破り、戦時下で民を虐殺し、捕虜を拷問死させたことは、天地も怒りを覚える所業だと。一方、平安京の密偵による上原家の惨殺も、同様に許されざる大罪であると。「平和的な会談を進めるには、まずこれらの事実を双方が認めねばなりません。この前提に立ってこそ、両国の平和的な協議が可能となるのです」通訳の言葉が終わると、玄武と大和国側の会談担当官たちは同意を示した。ここから正式な会談が始まった。平安京側は五つの条件を提示した。第一に、大和国は平安京の殺害された民への公式謝罪。第二に、金一万両の賠償。第三に、穀物三十万石の賠償、大和国の責任で平安京まで輸送。第四に、鹿背田城で締結された和約の無効化、すなわち国境線を和約以前の状態に戻す。第五に、北條守、葉月琴音、佐藤承の平安京への引き渡し。覚悟はしていたものの、これらの条件は大和国側にとって到底受け入れられるものではなかった。玄武は答えた。「第一、第二の条件は受け入れ可能です。しかし、三十万石の穀物賠償と国境線の後退は同意できかねます。確かに我々に非があったことは認めます。ですが上原家の惨殺も関ヶ原の件と無関係ではありません。つまり、過ちは双方にある。第五の条件について、葉月琴音の引き渡しには応じますが、佐藤承は主たる責任者ではありません。当時、彼は重傷を負っており、部下の統制を怠った罪は我が国で裁くべきです」平安京の大学士・コウコウが言い返した。「上原家の惨殺は、貴国が先に協定を破ったことに端を発している。平安京側にも非はあろうが、貴国もその責任を負うべきではないか」「コウコウ殿、そのような物言いでは、先ほど我々が共に認めた事実を軽んじることになりませんか」清家本宗が指摘した。「長公主殿下もおっしゃった通り、この会談は事実を尊重する前提の上に成り立っています。上原家の惨殺は平安京の密偵の仕業です。その動機が何であれ、老人や子供、弱き者たちに対してあのような残虐な行為は許されることではありません」レイギョク長公主が介入した。「我々はその事実を重んじます。故に上原家の惨劇に関して、第一条、第二条の通り、遺族への謝罪と金一万両の賠償に応じる所存です。これにより第一、第二の条件は相殺となりましょう。ただ

  • 桜華、戦場に舞う   第957話

    スーランキーは腹の底から悔しさが込み上げてきた。本来なら、先制的に咎め立て、受け入れがたい条件を突きつけ、会談を決裂させて帰国後に宣戦布告するはずだった。それが今や、そうした手段は取れないばかりか、会談は受け身に回り、おまけに姪である長公主にまで見下される始末。これほどの屈辱はなかった。傍らに座る穂村宰相は、この展開に心を落ち着かせた。平和的な会談ができれば上々だ。鹿背田城の件は確かに大和国の過ちであり、謝罪と賠償による償いは当然として、まずは平和的な話し合いの機会が必要なのだ。平安京側は鹿背田城事件の記録を配布した。その中には多くの供述記録が含まれており、当時、平安京の皇太子と共に捕らえられた兵士たちの証言だった。命からがら生還した者たちが、当時の惨状を克明に語っていた。村の住民が皆殺しにされたわけではなく、難を逃れた者もいた。彼らもまた、その残虐さの一端を目撃していた。記録の中で、あの若き将は「ユウヨウ」と呼ばれ、平安京の先皇太子であることは明記されていなかった。しかし影森玄武と清家本宗は知っていた。ユウヨウとは先皇太子・ケイイキの字であることを。この記録を読み進めながら、玄武たちの胸は重く沈んでいった。葉月琴音と葉月天明らが幾度も取り調べを受け、全ての詳細を吐露するよう迫られたにもかかわらず、まだ隠し事があったのだ。民を人質に取り、虐待してユウヨウを誘い出そうとした残虐な手段。そしてユウヨウ自身への仕打ちも。レイギョク長公主は穂村宰相の存在を認識しており、シャンピンに命じて一部を手渡させた。玄武の合図で、賓客司の役人たちは上原家の惨殺事件の記録も配布し始めた。上原家の悲劇は関ヶ原と切り離せず、会談の場で避けては通れない案件だった。その場は死のような静寂に包まれ、ただ書類をめくる細かな音だけが響いていた。レイギョク長公主は長年朝政に携わり、決して慈悲深い性格ではなかったが、上原家の惨殺記録を読み進めるうちに、瞳に涙が滲んできた。最も痛ましく感じたのは、上原家の男たちが皆、国のために命を捧げ、残されたのは老人と子供、女性たち、そして使用人だけだったという事実だった。死に様は凄惨を極め、全員が刃物で無残に切り刻まれ、幼い子供たちすら容赦なく殺されていた。スーランキーは記録を粗く読み進め、百八の傷とい

  • 桜華、戦場に舞う   第956話

    供述書は大和国の文字で記されており、平安京側は完全には理解できない。二人の通訳官が平安京の言葉で静かに読み上げていく。テイエイジュは全ての責任を自らに帰していた。かつて上原洋平が平安京軍を撃退し、多くの将兵が命を落とした。さらに上原さくらの外祖父である佐藤承が関ヶ原を守り続け、大小無数の戦いを繰り広げてきた。佐藤家への憎しみ、そして上原さくらへの憎悪が、今回の京での暗殺計画につながったというのだ。供述を聞き終えても、平安京使節団の表情は晴れなかった。結局のところ、如何様にも関ヶ原での争いと無関係にはできない事態となっていた。使節団は、北冥親王のやり方に一定の敬意を抱いた。この件を会談の取引材料にせず、その前に公正な解決を求めてきたことに。しかし、それだけに心は一層重くなった。むしろ卑劣に会談の場で取り上げてくれた方が、こちらも遠慮なく対応できたものを。リョウアンを除く使節たちは、心の中でスーランキーを罵り尽くしていた。兄のスーランジーと比べられるなどと思い上がって、自分が道化に成り下がっていることにも気付かないとは。玄武は平静を装いながら一同を見つめていた。会談とは、結局のところ心理戦なのだ。本来なら、はるばる来て罪を問う平安京側が被害者であり、条件を突きつける立場にあった。怒りを露わにし、詰問し、法外な要求さえできたはずだ。しかし王妃暗殺未遂という事件により、突如として立場が逆転してしまった。実際のところ、上原家の件でのみ非があるだけなのだが、暗殺未遂が昨夜起こり、その直後の今日が会談という時機が、彼らの心理を大きく揺さぶっていた。スーランキーは供述書を手の甲で押さえながら、玄武の視線を受け止め、声高に言った。「話は別だ。暗殺の件が事実かどうかは、まだ確認できていない。詳しい調査は後回しにして、本題に戻ろうではないか」玄武は姿勢を正し、厳しい表情で応じた。「事実かどうか確認できていないと?スーランキー殿は昨夜、自らの耳で聞いたはずだが。暗殺計画に疑念があるのなら、貴方がたの調査が終わるまで会談を延期してもよいが」「延期など許されない」スーランキーは苛立ちを隠せない。「説明が欲しいというのだろう?大和国での暗殺なら、大和国の法で裁けばよい。ここで時間を引き延ばすな」レイギョク長公主が突然怒声を上げた。「黙りなさ

  • 桜華、戦場に舞う   第955話

    玄武はその話題に触れる勇気もなく、急いで話を変えた。「いつお着きになられたのです?どうして一報くださらなかったのですか?」「お前たちには忙しい事情があろう。儂はここで様子を見守っておった。どうじゃ、事は運んだか?捕らえたのか?」この問いから、今夜の暗殺未遂事件を知っているのは明らかだった。玄武は誇らしげに答えた。「さくらたち三人でテイエイジュを捕縛し、刑部に送致しました。平安京一の武芸者を自称していましたが、さくらの前では大した手こずりもせずに転んでしまいました」「ふむ」皆無は淡々と応じ、さくらを横目で見ながら続けた。「あやつは取り柄といえば武芸だけ。それもまあまあというところじゃ。そもそもテイエイジュなど平安京一の武芸者でもなかろう。真の達人は朝廷には出仕せんのじゃ。やつを倒したところで大した手柄でもない。うぬぼれるでない」「はい」さくらは素直に頷いた。さくらは様々な出来事を経て、周囲の目は大きく変わっていた。同情を寄せる者、敬意を抱く者、妬みの目を向ける者。しかし唯一、皆無幹心だけは梅月山時代と変わらぬ態度で接していた。まるで何も変わっていないかのように。有田先生は宮宴以降の出来事を簡潔に説明した。燕良親王家と淡嶋親王の屋敷の動き、そして迎賓館からの報告を要約して伝えた。玄武が口を開く前に、皆無幹心が言い放った。「他のことは後回しでよい。睡眠だけは疎かにできん。お前は会談の主席だ。万事お前次第じゃ。早く休むがよい」師匠の言葉に逆らう道理もない。だが玄武は一つだけ気になることを尋ねずにはいられなかった。「師伯様が院を爆発させたとは、どういうことでしょう?」有田先生は慌てて目配せし、詮索を止めようとしたが、玄武は気付かない。「火薬を扱っていたら、爆発したということじゃ」皆無は淡々と答えた。「えっ?」玄武は師伯にそんな趣味があったとは知らなかった。「あれほど大きな院が、全て?」「いや、儂の寝所が吹き飛んだだけじゃ」「では師匠様、しばらく京にお留まりください」有田先生は意外だった。まさかこんな質問が許されるとは。皆無幹心に促され、玄武とさくらは休むために退室した。深水青葉も疲れたと言って立ち上がろうとしたが、皆無の冷たい声が飛んだ。「なに、明日の会談にでも出るつもりか?」椅子から半身を上げかけた深水は、

  • 桜華、戦場に舞う   第954話

    有田先生は腹部を擦りながら、両手で顔をこすった。まったく困ったものだ。「淡嶋親王の屋敷に何か動きがあったか?」「馬車が三台、裏門に回されております。荷物を積み込んでいるようで、遠目には金品のように見えました」「逃げる気か」有田先生が呟く。「皆無さん、有田先生、途中で止めるべきでしょうか」当然ながら、有田先生は皆無の意見を仰ぐ。「皆無師範はいかがお考えでしょう」「どこへ逃げられよう。必ず燕良州へ向かうはず。尾行をつけさせ、途中で金品を全て奪い取らせよ。手ぶらで燕良州まで行かせるのだ。そして燕良州では......」皆無は水無月清湖に冷ややかな視線を向けた。「お前の配下に見張らせよ。やつの一挙手一投足、全て報告するように」「承知いたしました!」水無月は歯を食いしばって答えた。有田先生は監視をつけることは予想していたが、金品を全て奪い取るという手には感心した。実に手の込んだやり方だ。皆無幹心は二人を一瞥すると、ようやく慈悲の心を見せた。「水瓶を外に運んで下ろすがよい。それぞれやるべきことをやれ」二人は大赦を得たかのように喜び、震える手で水瓶を運び出した。瓶があまりに大きく、出入り口をかろうじて通れるほどで、もう少し狭ければ出し入れも叶わなかっただろう。水瓶を下ろすと、二人は再び戻って来て説教を待った。これまでに何度も罰を受けてきた経験から、一つ一つの手順を飛ばすわけにはいかないことを心得ていた。「師叔のご慈悲、誠にありがとうございます」皆無幹心は茶を一口啜り、ゆっくりと語り始めた。「師叔が意地悪く罰を与えているわけではない。恨むなら、あの出来の悪い師匠を恨むがいい。山で火薬の研究をして私の院を吹き飛ばしておきながら、京の弟子たちの助力を頼むとは。お前たちが少しは罰を受けねば、この胸の内の怒りも収まるまい」二人は顔を見合わせた。師匠はまた北森から手に入れた火薬の調合法を弄っているのか。以前、さくらが戦場へ赴くと知った時にも、そんなことをしていた。これまでにも試みはあったが、いつも失敗に終わり、ただの音と煙を立てるだけだった。今回は師叔の院まで吹き飛ばしたとなると......もしや成功したのか?水無月は思わず尋ねてしまった。「どのくらい破壊されたのですか?院全体が吹き飛んだのでしょうか?」愚かな質問だった。

  • 桜華、戦場に舞う   第953話

    彼女は決して簡単に命を諦める女ではなかった。たとえ惨めに生きようとも、死ぬよりはましだと考えていた。人生が永遠に不運であるはずがない――そう彼女は固く信じていた。生きていさえすれば、必ず再起の機会は訪れる。女将になれなくとも、別の道で這い上がればいい。この世は広大なのだから、十分な執念さえあれば、必ず自分の居場所は見つかるはずだ。だから、死ぬわけにはいかなかった。北條守は琴音の言葉を戯言のように感じた。「逃げ道を知っていたところで、何になる。平安京からどれだけの人数が来ているか分かっているのか?総勢百人以上、そのうち護衛だけでも六、七十人はいる。俺にはとても救い出せる相手ではない」「あなた一人でなくていい。北冥親王家が助けてくれるはず」琴音は息を潜めて囁いた。「私が平安京の手に落ちれば、佐藤承も連れて行かれるよう仕向けられる。北冥親王家は佐藤承を見捨てはしない。あなたは彼らについていくだけでいい。佐藤承を救う時に、ついでに私も助け出してもらえばいいの」北條守は背筋が凍る思いだった。「何を言っている?佐藤大将までも平安京に引き渡されるよう仕向けるだと?一体何を話すつもりだ」琴音は横目で彼を見やり、冷笑した。「知る必要はないわ。ただこの頼みを聞いてくれればいい。私を助ければ、あなたの借りは帳消しよ。それ以降は、私の生死があなたと何の関係もなくなる」「できない」北條守は深いため息をつきながら答えた。「そんなこと、俺にはできない」「北條守、あなたの心の中にはずっと上原さくらがいた。結局、私を裏切り続けたのね」琴音は冷ややかに見据えた。「それでも私は、あなたのために証言を変えた。その恩すら忘れるというの?」「教えてくれ、どうやって......」「助けるか助けないか、それだけ答えて」琴音は眉をひそめ、彼の言葉を遮った。「あなたが手を貸そうが貸すまいが、佐藤大将は無関係ではいられない。必ず私と一緒に平安京に連れて行かれる。この恩を返すか返さないか、それだけ答えなさい」北條守は疑惑の目で彼女を見つめ、呟くように言った。「こんな状況でまだ策を弄ぶつもりか」「当然よ。大人しく死を待つとでも?」琴音は腫れ上がった指を一本ずつ、北條守の目の前に突き立てた。歪んだ表情で続ける。「これほどの苦しみを味わいながら、私は佐藤大将の命令を受けたと言い張

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