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第4話

作者: 三たびの秋
小リンゴは小森可偉に取材の意図を説明した後、いろいろと「質問攻め」にした。

「あなたは、夜勤ですか?他に誰かまだ働いてますか?」

小森可偉は答えた。

「僕一人だけです。夜勤ではなくて、自分の意思で残業してるんですよ」

「さっき脚立に登ってたけど、何をしてました?」

「電球に埃がたまってるのを見つけたので、拭いてたんです」

「もしかして、オーナーですか?」

小森可偉は急いで手を振りながら否定した。

「まさか、全然そんなことないですよ!でも、社長が『年末に頑張った人には株を分けてあげる』って言うから、それを目指して努力してるんです。お金を貯めて、来年は結婚したいと思ってます」

「それなら、社長さんは本当に良い方ですね!あなたの夢が叶いますように!」

小森可偉は目の前の二人が親切そうな顔をしているのを見て、ついつい話が弾み、二人を厨房に案内して、自分が獲得した株の記録が書かれたボードを見せた。彼の名前は堂々とトップに書かれていた。

カメラに向かって誇らしげに語った。

「僕は今、すでに1.05%の株を手に入れてます。このレストランで一番努力してるのは僕です!食材の搬入から、料理の配膳、掃除、仕込み、さらにはトイレ掃除まで全部やってますよ。毎日6時間残業して、給料も月に6万円少ないけど、少し我慢して年末に株をもらう方が重要です。まだ若いですが、目標はちゃんと長期的に見てます」

小リンゴは、彼の熱意あふれる話に感心したような表情を浮かべながら、内心では「こんな時代にまだ社長の甘言を真に受けるなんて、本当に珍しい人だ」と思っていた。

帰る間際、小森可偉は二人にこう提案した。

「何か料理を注文していきませんか?シェフじゃないけど、料理は作れますよ。良ければ、ぜひ2万円分くらい注文してください!非営業時間の売り上げは全て追加収益としてカウントされます。年末には、あなたたちの厚意をちゃんと覚えておきますから!」

小リンゴは笑いながら、「今日はお腹いっぱいだから、また次回来る時に協力するね」と言い、小森可偉は名残惜しそうに二人を見送った。

小リンゴは「とんでもないスクープ」を掴んだつもりで、小森可偉の話に夢中になりすぎたせいで、厨房の細かいチェックを忘れてしまった。

レストランを出てから思い出し、ライブ配信の視聴者にこう語った。

「皆さん、電球まで拭くようなレストランの厨房に、何か問題を見つけられるわけがないでしょ?次回また来るね、少し楽しみを取っておこう!」

その夜が明けると、うちのレストランは完全にネットで話題となった。小森可偉の勤勉さが理由で、寺田社長は朝の会議で大いに褒め称えた。

私はすかさず提案した。

「社長、小森さんにはもっと株を与えるべきですよ!毎日残業してくれたおかげで、レストランは、こんなに早く有名になったんです。私の提案ですが、10%くらいの株を渡してもいいんじゃないですか?」

私の言葉を聞いた小森可偉は、目を輝かせた。他の同僚も便乗して声を上げた。

「10%増やしてあげてくださいよ!小森さんなら、その価値があるって、みんな納得してますから!」

寺田社長は少し困った様子を見せた。今はレストランが注目を浴びている時期で、もしスタッフたちが不満を抱き、ネット上で悪いことを書かれると大損害になりかねない。しかし、小森可偉に10%の株を与えるのは嫌だった。何しろ、1%だって渡したくなかったのだ。

少し考えた後、寺田社長は話題を変えた。

「小森さんの努力は確かに素晴らしいけど、良い面だけじゃないのよ。例えば、昨日の小リンゴさんが、宣伝をしたお礼として、20万円の費用を請求してきたの。この出費は本来なら、小森さんの株から差し引くべきところだけど、彼の善意から出た行動だし、それは私が責任を持つわ」

小森可偉は一瞬、不安な表情を浮かべたが、寺田社長の言葉に安心した。しかし、その後の発言がさらに驚かせた。

「小森さん、年明けに結婚したいって言ってたわね?でも、こんな優秀なスタッフを手放したくないのよ。将来的には、支店で店長を任せたいと思ってるから、きっと10%なんて少ないくらいになるわよ!さあ、みんな仕事に戻りなさい!小森さんには、まだまだ期待してるわ。私にこんな婿がいるなら、本当に嬉しいでしょうね。みんな、小森さんを見習ってね!」

それが空約束だと分かりきっている明白な人たちは、皆それを冗談としていた。

寺田社長が去った後、小森可偉を「未来の若旦那」と呼び始め、冗談半分で「副社長」とまで呼ぶようになった。

小森可偉は顔を赤らめながらも、その呼び名を受け入れていた。本気で寺田社長の美しい娘と結婚できると信じているようだった。

だが、寺田社長の娘はまだ17歳の未成年だ。私も他の同僚も、社長が10%の株を渡したくないから、そう言ってるだけだって分かってるんだ。ただ一人、小森可偉だけが本気にしていた。

ある同僚が親切心から忠告した。

「どの社長が本当に株をくれると思ってるの?気をつけなよ」

しかし、小森可偉は夢見心地で答えた。

「努力しない人は僕の邪魔をしないでくれ。将来僕が若旦那になった時、嫉妬しても遅いよ!」

その言葉に呆れた同僚は、それ以上何も言わず立ち去った。

それから、小森可偉は以前にも増して仕事に励み、自分の夢を実現しようと必死になっていた。

ある日、厨房で彼が母親と電話しているのを偶然耳にした。母親が見合い相手を紹介したらしいが、こう断られていた。

「お母さん、僕は今、ちゃんとやってるよ。そんな結納金を要求するような俗っぽい女性はもう、紹介しないで。結婚相手は、自分で見つけるから」

私はその言葉を聞いて、思わず小さく笑った。

さて、これから面白いことになりそうだ。

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    ある日、寺田社長の娘、寺田瑛海が友人たちと近くで遊んでいた。夜になってお腹が空き、友人が彼女に言った。「ねえ、せっかくだから、お母さんのレストランでご飯食べようよ」「えっ?こんな時間じゃ、シェフさんも帰っちゃってるし、もう何も作れないんじゃない?」と寺田瑛海。友人は笑いながら彼女を軽く押し、冗談を言った。「まさかケチってるんじゃないでしょうね?このレストラン、今ネットで超人気なんだから、きっと夜も誰かいるよ。それに、あの『忠犬』を見に行くいいチャンスじゃない?」「忠犬」という言葉に少し興味を引かれた寺田瑛海は、友人たちとともにレストランへ向かうことにした。一行は女子4人と男子3人。到着すると、小森可偉は、厨房で夜の市場から拾ってきた傷んだ果物をせっせと処理していた。皮をむき、種を取り除いているところに、外からの声を聞いて急いで出てきた。「小森可偉か?」と誰かが指をさしながら聞いた。彼は笑顔を崩さず答えた。「そうですが、何かご注文ですか?」一行は遠慮なく席につき、次々と料理を注文した。小森可偉は料理を作って、レジカウンターに立ち寄り、どれくらいお金を使うか確認していた。少人数でも、合計で4万円近くの大金を使っていた。それも、ほとんどの料理は少ししか手をつけられていなかった。食べ終わると、一行は会計をせずにそのまま帰ろうとした。小森可偉は急いでスマホの支払いコードを出し、彼らに声をかけた。「お会計をお願いします」すると、彼らは一斉に嘲笑を始めた。「このレストランのスタッフって、社長の娘も知らないの?それで金を請求するなんて!」寺田瑛海は眉をひそめて言った。「母に言っとくから、大丈夫よ。お金なんて気にしなくていいわ」しかし、小森可偉は譲らなかった。「何言ってるんです?こんな夜中にタダ飯を食べるなんて許しませんよ。今日お金を払わないなら、誰一人として出られません!」そう言うと、ドアを閉め、鍵をかけてしまった。「バカじゃないの?信じられないなら、明日母にクビにしてもらうよ!」と寺田瑛海が怒ると、小森可偉は冷静に反論した。「本当に社長の娘なら、4万円くらいどうってことないでしょう?まず払ってください。それから、お母さんに返してもらえばいいじゃないですか。なぜ、僕を困らせるんです?」その言

  • 株と空約束で同僚を騙す社長   第5話

    レストランの人気は引き続き上昇し、注目を集めようとする数多くのユーチューバーが群がってきた。社長が掲げた方針のもと、今では小森可偉一人だけではなく、他にも貧しい生活に悩む4~5人の同僚が夜遅くまで残業するようになっていた。一方で私は、相変わらず定時に退社し、勤務中にやるべきことだけを淡々とこなしていた。なぜなら、こうした高いインセンティブが与えられる状況では、いずれどこかにルールの盲点が現れるだろうと分かっていたからだ。私はそのようなことに関与するつもりもないし、口を挟む気もなかった。そんな中、レストランを注視している無数の目が浮き彫りにしたのは、いくつかの運営上の問題だった。そして、それがすぐにマイナスイメージとしてネット上で拡散された。【SNSに浮上した負面の投稿】「このレストラン、サクラを雇ってるんじゃないの?こんなに話題になるわけないでしょ。客の残したフルーツを、別のフルーツプレートに再利用してるのを見た!」「料理が辛いのは分かるけど、それで味や匂いをごまかそうとしてるんじゃないの?今日食べたレバー、絶対に腐ってた!」「小森可偉なんて完全に仕込みのキャラでしょ!今どき、そんなに真面目に働くすスタッフなんているわけない。数日間の残業ならまだしも、毎日なんて信じられない!」「あいつが仕込み担当で、トイレ掃除までやってるんでしょ?その店の料理なんて、吐き気がするよ」寺田社長はネット上の批判を目にした。その後、数日間、マイクを持ったインフルエンサーたちが押し寄せ、質問攻めにするようになった。それで、事態の深刻さをようやく認識した。特に料理の品質に関する疑問に対して、急いで動画を撮り、潔白を主張した。「当店では、決して劣悪な食材を使用することはありません!いつでもチェックしに来ていただいて結構です!」しかし、「年末に本当にスタッフに株を分け与えるのか?」という質問には、一切触れようとしなかった。寺田社長はスタッフを急遽集めて会議を開き、次のように厳命した。「残業は禁止、ユーチューバーのインタビューも受けないこと!まずは料理の品質を守り、当店の評判を維持することが最優先です!」すると、小森可偉が最初に反論した。「残業できないなら、どうやって業績を積み上げて株を手に入れればいいんですか?それは困ります

  • 株と空約束で同僚を騙す社長   第4話

    小リンゴは小森可偉に取材の意図を説明した後、いろいろと「質問攻め」にした。「あなたは、夜勤ですか?他に誰かまだ働いてますか?」小森可偉は答えた。「僕一人だけです。夜勤ではなくて、自分の意思で残業してるんですよ」「さっき脚立に登ってたけど、何をしてました?」「電球に埃がたまってるのを見つけたので、拭いてたんです」「もしかして、オーナーですか?」小森可偉は急いで手を振りながら否定した。「まさか、全然そんなことないですよ!でも、社長が『年末に頑張った人には株を分けてあげる』って言うから、それを目指して努力してるんです。お金を貯めて、来年は結婚したいと思ってます」「それなら、社長さんは本当に良い方ですね!あなたの夢が叶いますように!」小森可偉は目の前の二人が親切そうな顔をしているのを見て、ついつい話が弾み、二人を厨房に案内して、自分が獲得した株の記録が書かれたボードを見せた。彼の名前は堂々とトップに書かれていた。カメラに向かって誇らしげに語った。「僕は今、すでに1.05%の株を手に入れてます。このレストランで一番努力してるのは僕です!食材の搬入から、料理の配膳、掃除、仕込み、さらにはトイレ掃除まで全部やってますよ。毎日6時間残業して、給料も月に6万円少ないけど、少し我慢して年末に株をもらう方が重要です。まだ若いですが、目標はちゃんと長期的に見てます」小リンゴは、彼の熱意あふれる話に感心したような表情を浮かべながら、内心では「こんな時代にまだ社長の甘言を真に受けるなんて、本当に珍しい人だ」と思っていた。帰る間際、小森可偉は二人にこう提案した。「何か料理を注文していきませんか?シェフじゃないけど、料理は作れますよ。良ければ、ぜひ2万円分くらい注文してください!非営業時間の売り上げは全て追加収益としてカウントされます。年末には、あなたたちの厚意をちゃんと覚えておきますから!」小リンゴは笑いながら、「今日はお腹いっぱいだから、また次回来る時に協力するね」と言い、小森可偉は名残惜しそうに二人を見送った。小リンゴは「とんでもないスクープ」を掴んだつもりで、小森可偉の話に夢中になりすぎたせいで、厨房の細かいチェックを忘れてしまった。レストランを出てから思い出し、ライブ配信の視聴者にこう語った。「皆さん、電球まで拭

  • 株と空約束で同僚を騙す社長   第3話

    これから、小森可偉は毎日残業し、夜中まで食材を切り続けていた。だが、彼がどれだけ努力しようと関係なく、私は定時になればさっさと退勤していた。他の同僚も少しはやる気を見せたものの、30日間も高強度の労働を続けられる者はほとんどいなかった。それは寺田社長にとってはむしろ都合が良かった。寺田社長の考えでは、毎月1度の会議で少し励ましの言葉をかければ、スタッフたちは1週間か10日くらいは勤勉になる。それだけでも、レストラン全体の利益を少しは向上させられるというものだった。その月の決算をまとめてみると、確かに全員が経費削減に努めたことがわかった。例えば、水道代や電気代を節約し、ティッシュや割り箸の使用量も控えた。また、お客様に無料で提供する梅ジュースの量まで減り、さらには食材費用まで削減されていた。食材費はレストランのコストの大部分を占めるため、寺田社長はこれを非常に喜び、「社員に空約束を与えたのは正解だった」と自画自賛していた。全員に目標ができたおかげで、サービスも以前より格段に良くなり、ネット上でも高評価が続出していた。その結果、ユーチューバーたちも注目し始めた。そんな中、人気のあるグルメレポーター「小リンゴの美味探訪」が火鍋専門店でのライブ配信を終えた帰り道に、偶然深夜のうちのレストランを見つけた。彼女は厨房でまだ誰かが働いている様子を見て、視聴者にこう呼びかけた。「わぁ、みんな見て!この店、最近ネットで話題になってるけど、なんと深夜2時にもまだ作業してる人がいるのよ!ココスの労働時間といい勝負じゃない?ちょっと覗いてみようか?コメントでアイデアを教えて!何が見たい?」ライブ配信のコメント欄には視聴者たちが盛り上がり、10分も経たないうちに、視聴者数が3,000人以上増加した。【コメント欄】「また小リンゴがやらかす気か?」「サービスが本当にいいのか見てみよう!深夜に追加注文したら、対応してくれるのかな?」「いやいや、厨房の衛生状態をチェックしろよ。小リンゴの配信で無傷で終わる厨房なんて見たことない!」コメントがどんどんヒートアップする中、小リンゴも興奮を隠せなかった。四川料理店のうちのレストランは、料理の味が絶品で、最近ネット上で高評価を受けているだけでなく、サービスもココスに匹敵すると評判だった。もし

  • 株と空約束で同僚を騙す社長   第2話

    小森可偉は、自分が先輩社員にトイレ掃除を命じられ、それを偶然にも寺田社長に見られたことで0.01%の株をもらえることを知って、顔を真っ赤にして興奮していた。20代半ばの学歴のない田舎出身の小森可偉で、実家では親戚たちに「何の取り柄もない」と見下されてきた。しかし今、こんな大金を稼ぐチャンスを手に入れたからには、絶対に逃さないと心に決めた。苦労するだけだろう?彼にはそれが一番得意なんだ。何といっても、工事現場で働くよりはずっと楽だから。この寺田社長のレストランには、20人以上のスタッフがおり、繁華街の大型ショッピングモール内に店舗を構えていて、月間売上は2千万円に達していた。小森可偉は、乏しい知識を駆使して計算し、1年間頑張れば、年末には数百万円の分け前を手にできるはずだと期待していた。先ほどトイレ掃除を命じた先輩社員が、彼をからかいながら言った。「本当に運が良かったな、お前」しかし小森可偉は、その言葉に込められた皮肉を全く気にせず、得意げな表情を浮かべていた。その後、寺田社長は前世と同じように私を呼び止め、空約束の話を始めた。「頑張れば、他の人よりも倍の報酬をあげるわよ」私は今回は満面の笑みで感謝の意を伝えた。「ありがとうございます、社長!これから一生懸命働きます。そして、他の人たちにも頑張るように促して、みんなでこのレストランを大きくしていきましょう!」私の言葉を聞いた寺田社長は、目の奥に嘲笑を隠せなかった。私は話を続けた。「さっきの小森さんですが、0.01%の株をもらいましたよね。彼の努力を記録するために、ホワイトボードを用意してキッチンに掲示したいと思います。それを見れば、他のス他の人たちも刺激を受けるはずです」寺田社長は少し迷った様子で、「節約できるところは節約してちょうだい。ホワイトボードを買うにも、お金がかかるわけだから、その費用を節約できたら、それもあなたの功績として認めるわ」私はOKサインを出した。おそらく寺田社長は、私が費用を惜しんで、ホワイトボードの話を諦めるだろうと思ったのだろう。しかし、私は自腹を切って翌日にはホワイトボードを設置し、掲示してしまった。翌日、彼女が店を巡回に訪れた時、ボードにはすでに5人分の報奨記録が記されていた。その中で、小森可偉は最も目立っており、

  • 株と空約束で同僚を騙す社長   第1話

    「若い人はもっと働かなきゃダメだ、努力すれば必ず成果が出る。年末の評価の時に、成果に応じて株を分けるから、みんなもがんばって、分け前をもらえるようにしなさい!今日、小森さんが率先してトイレの掃除をしてくれたから、年末の株を0.01%増やしておいたよ。みんな、彼を見習ってね!」今話しているこの40代後半の女社長は、顔に厚化粧をしていて、香水の匂いが強烈に漂っている。その状況を見た私は、今、社長が空約束をしている最初の日に、戻すことを理解した。会議が終わった後、社長は私を一人だけ呼び止めた。「シェフとして、模範となるようにしなさい。来年、支店を開店したら、あなたに任せるから。残業2時間で、株を0.01%増やし、他の人の分まで仕事をしたら、株が0.01%増える。会社のために2万円節約したら、株を0.01%増やす。これがさっきみんなに話したことだけど、あなたには倍にしてあげる」この話を聞いた私は、「その方針をまとめて印刷して、社印を押して全員に配布してください」と頼んだ。万が一彼女が方針を変えた場合、証拠が必要だからだ。しかし、社長はお茶を一口飲んで、私を見ながら言った。「じゃあ、しっかりと考えて、どう書くか決めるわね。とりあえず、仕事に戻って」私は特に反論せず、「文書を出してくれれば、それに従うだけ」と思った。結局のところ、仕事をしているなら、もっと働けばその分だけ報酬が増えるのは当然だろうから、同僚で社長に方針を書かせる必要はなかった。彼女が顔を立てられるようにしておいたのだ。しかし数週間が経ち、方針の文書は一向に見当たらず、その間に小森可偉への株増加の話ばかり聞こえてきた。仕込み担当の小森可偉は毎日残業して、月給7万円のところを、4万円少なくしてでも、自分から野菜洗浄、清掃、配膳などの仕事も引き受けた。その結果、1年間働き詰めで、やっと社長に株がどれくらいもらえるか尋ねた。その時、社長はためらわずに私を引き出した。「シェフさんが言ってた通り、社印のない文書がないので、株を交換することはない」実際に、小森可偉を除けば、誰も口だけの社長の言葉を本気にしていなかった。株を分けるなんてあり得ないし、むしろ給料がちゃんと出るだけで感謝すべきだというのが現実だった。小森可偉は社長に丸め込まれたことに気付き、すべての怒りを

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