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第11話

Author: 夜野小宝
絵理は純也に連絡しなかった。

さっき突っぱねたばかりの相手に助けを求めるなんて、彼女自身、口に出すのもためらわれた。

夜、絵理が風呂から上がると、雑賀から翌日の会議資料が送られてきた。

資料の量があまりにも多く、絵理は徹夜してようやく目を通し終えた。夜明けが近づく頃、ようやく横になり、ほんの少しだけまどろんだ。

「絵理ちゃん、起きて!絵理ちゃん、早く!」

ぼんやりとした意識の中、絵理は呼ばれて目を開けた。ベッドのそばに立つ音葉の顔には、明らかな心配の色が浮かんでいる。絵理は目を擦りながら呟いた。「音葉ちゃん、帰ってきたの?ん、今何時?」

「もうすぐ8時よ、キミ熱があるわ!体がすごく熱い。早く服を着て、病院に行くわよ」

音葉は昨夜、夜間の撮影があり、ちょうど仕事を終えて帰宅したところだった。ソファで眠る絵理を起こそうとしたら、彼女の体がひどく熱を持っているのに気づいた。

「8時?」

絵理の意識が一気に覚醒し、慌てて体を起こした。しかし、突然めまいが襲い、ソファから落ちそうになるのを音葉が慌てて支えた。「絵理ちゃん、大丈夫?」

昨夜の徹夜のせいで、頭がひどく痛んだ。

絵理は首を振った。「大丈夫。今日は会社で大事な会議があるの。もう遅れそうだから、急いで行かないと」

「社長でもないのに、キミがいないと会議できないわけ?休んだら?」

「ダメ。この会議は私にとって大事なの。休めない!」

音葉はふと思いついたように表情を変えた。「まさか、あの最低社長、わざと嫌がらせしてるんじゃない?」

絵理は小さく笑った。「考えすぎよ。彼は私に嫌がらせなんかしてない。ただ、チャンスをくれただけ」

絵理は会社での状況を簡単に説明した。音葉もこれがチャンスであることは理解していたが、それでも不安そうに眉をひそめた。「なんかさ、あいつ、わざとキミに近づこうとしてない?」

絵理は一瞬驚いたが、すぐに笑って首を横に振った。「まさか。ただの会議よ」

音葉はまだ納得していない様子だった。「絵理ちゃん、もう少しの辛抱よ。あんたが書いた脚本、知り合いの助監督に見せたの。すごくいいって言ってたから、会社に持ち込むって。もし売れたら、仕事辞めて、あの最低社長から離れられるわよ」

「本当に!?音葉ちゃん、ありがとう!」

絵理の目がぱっと輝いた。

小説を読むのが好きで、自分でも
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    絵理は少し暑さを感じ、そっと体をずらして距離を取ろうとした。その時、突然胃に激しい不快感が襲い、思わず唇を押さえた。もう片方の手で布団をめくろうとする。しかし、純也の腕があまりにも強く抱きしめていたため、彼女の動きはまるで男に甘えるような仕草に見えた。純也は彼女の無意識な動きに刺激され、下腹部に熱がこもるのを感じた。眉をひそめて目を開け、危険な視線を向ける。「立花、お前ほんとに壊されたいのか?」これ以上動けば、もう理性を保てる自信がなかった。今夜は手を出すつもりはなかったが、もし彼女が望むなら、それに応じてやるのも悪くない。絵理はたまらず眉を寄せ、かすれた声で言った。「安間社長、私……吐きそう……」……バスルームの中、絵理は便器の縁を必死に掴みながら激しく嘔吐した。まるで内臓まで吐き出してしまいそうなほどだった。ようやく吐き終わると、彼女はトイレの傍らにぐったりと座り込んだ。顔色は紙のように真っ白だった。純也は眉をひそめながら彼女を抱き上げ、洗面台のそばに座らせた。タオルを手に取り、彼女の唇をそっと拭いた。絵理は申し訳なさそうに言った。「安間社長、ごめんなさい。休ませてあげられなくて」「少しはマシになったか?」純也は眉間にしわを寄せて尋ねた。「はい……吐いたら、少し楽になっりました……」「我慢しろ、医者を呼ぶ」「大丈夫です、先生が言ってました。脳震盪のせいで吐き気がするのは普通らしいですから」絵理は小さな手で純也の袖をそっと掴んだ。純也は一瞬彼女を見たが、何も言わずにタオルを投げ捨て、コップに水を注いで彼女に差し出した。「ありがとうございます」絵理は水を口に含み、静かに口をすすいだ。ふと鏡を見ると、そこには冷たい美貌を持つ男の姿が映っていた。彼女の瞳に、言いようのない複雑な感情が宿る。最初は純也が冷酷なだけの人間かと思っていた。でも毒舌で皮肉屋な一面もあって、そして今、こうして細やかに世話を焼く姿を見てしまった……安間という男は、一体何者なのか?「何見てるんだ?」隣から冷たい声が響いた。絵理はハッと我に返り、いつの間にか純也をじっと見つめていたことに気づいた。気まずそうに首を振り、誤魔化した。「ん、なんでもないです。ただちょっと、くらっとしただけで」「ざまあないな!道路を渡る

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    疲れたのか?あの連中と駆け引きしながら、あの女が必死に媚びを売り、演技をするのを眺める……純也は疲れなど感じていなかった。こんな場面には、とうの昔に慣れ切っていたからだ。だがなぜか、目の前の女の澄んだ瞳を見つめていると、不意に疲れを覚えた。純也は目を細めると、突然手を伸ばし、絵理の手首を掴んで自分の胸に引き寄せた。負傷した部分を避け、決して痛めつけることはなかった。男は大きな体をベッドに横たえ、逞しい腕で彼女の細い腰をしっかりと抱き寄せた。「少し疲れた。添い寝しろ」VIP病室のベッドはダブルサイズで、二人が横になっても窮屈にはならない。絵理は純也の胸に抱かれながら、目の前に広がる彼の逞しい胸板を見つめた。鼓動の音が規則正しく響き、彼女の瞳に複雑な感情が揺らいだ。純也が戻ってきて、こうして自分を抱きしめている。つまり、この取引に応じたということなのか?「お前の望みは叶えてやる。立花、俺は一度、お前に考え直す機会をやった。だが今回は違う。自分から俺の前に来たんだ。途中でやめたいと言っても、もう無理だ」頭上から、低く響く男の声が降ってきた。純也はまるで、彼女の心を読んでいるかのようだった。一度だけなら許してやる。それが俺の最大限の譲歩だった。だが二度目はない。実際、絵理に後悔するつもりはなかった。彼女の目が揺れ、少し落ち着かない様子で口を開いた。「安間社長、じゃあ加奈惠さんは……」「どこの刑務所が、夜中に囚人を釈放するんだ?」純也は淡々と答えた。絵理は唇を噛み、黙り込んだ。数秒の逡巡の後、彼女はそっと手を伸ばし、彼のシャツのボタンに指をかけた。この取引を受け入れた以上、もう躊躇する理由などないはずだった。決意は固めたはずなのに、いざ実行しようとすると、彼女の手は無意識に震えてしまった。彼女の柔らかな指先がシャツ越しにそっと滑る。その感触に、純也の体がわずかにこわばり、静かに目を開いた。深い瞳が腕の中の女をじっと見つめる。三つ目のボタンを外しかけた瞬間、彼の冷たい手が彼女の手首をしっかりと掴んだ。絵理の胸がぎゅっと縮まる。顔を上げると、純也の瞳に浮かぶ揶揄の色とぶつかった。「そんなに急いで身を捧げるつもりか?」「……」絵理は絶句した。ただ契約を果たそうとしただけなのに、まるで

  • 未熟な秘書、商界の大物に愛されて   第25話

    絵理はしばらく考え込んだが、答えは見つからず、頭もぼんやりとしてきたので、もう考えるのをやめた。「立花さん、こちらの病衣に着替えたほうが楽になりますよ」看護師がゆったりとした病衣を手渡しながら、微笑んで言った。「お手伝いしましょうか?」絵理はこの病院の人たちが、どこか彼女に対してへりくだった態度を取っているように感じた。おそらく、純也の影響だろう。「ありがとうございます。大丈夫です。自分で着替えられますから」絵理は誰かに着替えを手伝われるのが苦手だったので、丁寧に断った。「わかりました。何かあったら呼んでくださいね」「はい」……看護師が出て行った後、絵理はしばらくベッドの上でぼんやりした後、汚れたTシャツを脱ぎ、病衣に着替えようとした。体のあちこちに傷があるせいで、動作はどうしてもゆっくりになる。一方の腕をそっと袖から抜き、もう片方の袖に手をかけた……純也が病室に戻ったとき、目の前に広がっていたのは、まさにそんな光景だった――ベッドの上に座る絵理のTシャツがめくれ、ほっそりとした白い腹部があらわになっていた。程よく丸みを帯びたラインが覗き、白磁のように滑らかな肌が、視線を引きつけて離さなかった。だが、その美しさは無数の痛々しい傷跡によって無惨に損なわれていた。擦り傷に塗られた紫色の消毒液が、白い肌の上にまだら模様を作り、痛々しいながらもどこか滑稽に見えた――純也の頭に浮かんだのは、ダルメシアンだった。傷が痛むせいで、絵理はできるだけ患部に触れないように気をつけながらズボンを履いた。そのとき、何かの視線を感じた。その視線に、妙な不快感を覚えた。思わず振り向くと、ドアの前に立つ男の姿が目に入り、絵理はとっさに悲鳴を上げた。「な、な、なんで人の着替えを覗いてるんですか?」絵理は慌てて布団を引き寄せ、体を覆った。しかし、その勢いで足の傷に擦れてしまい、鋭い痛みが走る。顔をしかめながら、怒りに満ちた瞳で純也を睨みつけた。あの女と一緒に帰ったはずじゃないか、いつ戻ってきたのよ!純也は、大きく見開かれた黒い瞳をじっと見つめた。元々ダルメシアンのようだと思っていたが、今はさらにそれっぽくなっていた。純也は長い脚を悠然と動かし、何の躊躇もなく部屋へ入ってきた。そして、堂々とした仕草でベッドの端に腰を下ろした。

  • 未熟な秘書、商界の大物に愛されて   第24話

    絵理の全身が一瞬こわばり、茫然と顔を上げた。視線の先には、純也の骨ばった指先がティッシュを持ち、彼女の額の血を拭おうとしていた。絵理の瞳が一瞬揺れ、無意識に顔をそらした。「安間社長、自分でやります」小さくそう呟く。彼の隣には女が座っていた。その視線を感じると、絵理はどうしても落ち着かず、唇を噛みながら痛みをこらえ、体をずらして隣の席に移ろうとした。「じっとしてろ」純也が眉をひそめて叱るように言い、絵理の腰に回した腕を緩めることなく、そのままティッシュで傷を拭った。傷口に触れると鋭い痛みが走り、絵理は思わず眉を寄せ、低くうめき声を漏らした。「痛むか?」純也が眉を上げて尋ねた。「はい」これだけの傷を負って、痛くないわけがない。「自業自得だ」「……」「道路を渡る時に車も見ないとはな。頭でも打ったのか?」純也は不機嫌そうに言い放った。絵理は呆れて何も言えなかった。助けてくれたことへの感謝の言葉が喉まで出かかったが、結局飲み込んだ。純也の口調は強く、絵理はまだ頭がぼんやりしていて、反論する気力もなかった。ただ黙って、何も言わずにいた。純也は冷たい視線を彼女の青ざめた顔に落とすと、もう一度傷を拭い始めた。表情こそ冷ややかだったが、その手の動きは先ほどよりも幾分優しかった。隣にいた女は、驚愕の表情を浮かべながら絵理を見つめ、信じられないといった様子だった。その瞳には、嫉妬の色が滲んでいた。運転席の雑賀はバックミラー越しにそっと後部座席を盗み見し、内心驚いていた。純也さんは、わずかな汚れすら許せないほどの潔癖症だったはずだ。それなのに、泥まみれの秘書を抱えたままでいるなんて。ちっ、あの潔癖はどこ行ったんだ?……ぼんやりとした意識のまま、絵理は病院のVIP病室へ運ばれた。道中、ずっと純也の腕の中にいた。最初、絵理は申し訳なく思っていたが、次第に頭がぼんやりしてきて、それどころではなくなった。雑賀が事前に病院へ連絡を入れていたため、専門医や教授たちが病室の前で待ち構えていた。純也が絵理をベッドに横たえると、医師たちがすぐに駆け寄り、手際よく診察を始めた。しばらくして、医師たちは絵理の傷口を丁寧に消毒し、一通りの処置を終えた。絵理の額の傷は生え際にあり、幸いにもそれほど深くなかった。縫う必要も

  • 未熟な秘書、商界の大物に愛されて   第23話

    「安間さ~~ん」女の甘ったるい声が、静寂な夜の空気を切り裂くように響いた。絵理の体がびくりと震え、驚いたように振り返ると、赤いドレスを纏った若く美しい女性が車から降り、微笑みを浮かべながら優雅な足取りでこちらへ向かってきた。絵理は思わず固まった。まさか純也が誰かと一緒に来ていたなんて!さっき自分が言った言葉を思い出し、絵理の顔が一気に熱を帯びた。彼女はこの女性を純也の妻だと思っていたが、その薬指に指輪がないことに気づき、ようやく理解した。ただの親しい女性の一人なのだろう、と。「安間さん、この方が秘書の立花さんですね?かなり怪我がひどそうですし、病院に連れて行きましょう」女は純也のそばへ歩み寄り、にこやかな笑顔を浮かべながら絵理を見つめた。その表情はあたかも絵里を気遣っているように見えたが、目の奥にはひそかな警戒の色が滲んでいた。さっき車の中では、絵理の顔は見えず、ただスタイルの良い若い女性だと思っていた。それなら特に気にする必要もない、と。しかし、今こうして彼女の顔を見て、彼女は驚愕した。たとえ怪我を負っていても、この顔は女としての嫉妬心を刺激するほど美しかった。無愛想な純也が自ら助けた理由も、これなら納得できる。絵理の表情がこわばり、気まずそうに純也の腕から手を離した。純也の周りには、女が溢れるほどいる。わざわざ女に困ることなんてないはずだ。なら、この取引は成立しない。「社長、もう片付きました」雑賀が歩み寄ってきた。乱れたスーツには血の跡が滲み、いつもは知的な雰囲気の彼に、荒々しさが加わっていた。「殺したんですか?」絵理は雑賀の後ろを見やると、地面には広がる血の跡。その上に運転手が倒れたまま動かなかった。雑賀は気楽そうに笑った。「立花さん、こいつは死んじゃいないです。ただ打たれ弱いだけです。片足と片腕が折れただけで気を失ってます。でも、こんなクズは死んでも文句は言えないですよね?安心してください。半年は病院から出られないです」絵理は小さく頷き、何か言おうとしたが、ふと足を動かした瞬間、傷口が擦れて鋭い痛みが走った。思わず身体が震え、強く唇を噛みしめた。その時、純也が突然絵理を抱き上げ、大股でマイバッハの後部座席へ向かった。冷たく短く言い放つ。「病院へ行くぞ」絵理は驚いて目を見開き、

  • 未熟な秘書、商界の大物に愛されて   第22話

    どうして彼がここに?文哉じゃない、騎士でもない、彼女を救ったのは、まさか――安間純也!純也は険しく眉をひそめた。遠目では分からなかったが、近づいて初めて気づいた。絵理の全身は傷だらけで、額から血が流れ、顔色はまるで白紙のように蒼白だった。男の瞳が鋭く光り、その場の空気が一瞬で張り詰めた。元々冷え冷えとした雰囲気を纏っていた彼の周囲に、さらに凍り付くような殺気が漂い始める。絵理が何も言わないため、彼女の傷の具合が分からない。純也は迷うことなく、彼女の体を横抱きにし、そのまま大股で路肩に停めたマイバッハへと向かった。その頃、運転手もよろめきながら立ち上がり、凶悪な表情で純也に怒鳴りつけた。「てめぇ、余計なことに首突っ込んでんじゃねぇよ!死にてぇのか?大人しくその女を渡せ!さもねぇと殺すぞ!」純也はそちらに目を向けることもなく、まるで何も聞こえていないかのように無視した。鋭い殺気を纏った顔のまま、雑賀のそばを通りながら低く言い放つ。「潰せ」「了解です。社長」雑賀は少し離れた場所にいる運転手に視線を向け、穏やかな顔のまま、冷酷な笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと一歩を踏み出す。「な、何する気だ?てめぇ、やめろ!俺を舐めると……ぎゃあああ!!!!」言葉の途中で、運転手の口から豚のような悲鳴が響き渡る。凄惨な暴力が繰り広げられた。最初こそ運転手も抵抗しようとしたが、数発の攻撃を受けた瞬間に戦意を失い、後はただ悲鳴を上げるしかなかった。夜明け前の静かな街に、その叫び声だけが響き続ける。純也は険しい顔で眉を寄せたまま、腕の中の絵理をしっかりと支えながら車へ向かい、そのまま彼女をボンネットの上にそっと降ろした。男の高い背が夜の闇に映え、その黒曜石のような瞳が静かに彼女を見下ろしていた。「骨までやられてるのか?」街灯の下、絵理の体は小刻みに震えていた。全身傷だらけで、髪は乱れ、服は汚れ、まるで地に打ち捨てられたかのように無残な姿だった。呆然としたまま、彼女は目の前の男の冷たい顔を見つめた。純也の瞳が鋭く細められ、声に一層の厳しさが加わる。「言え!どこが痛む?」絵理はじっと彼を見つめた。彼は、彼女のことを心配してる?彼女が沈黙を続けるのを見て、純也は怪我が深刻なのだと判断したのか、その瞳にさらに冷たい影を落と

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