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Auteur: maruko
last update Dernière mise à jour: 2025-04-16 10:48:57

始めは平民のまま王立学園に通うルルーシアには貴族との軋轢があった。

如何取り繕ってもルルーシアは13歳迄は平民達の中で生活していたから、やはり所々にそれは出てしまう。

校舎の死角でよく令嬢たちに囲まれた。

ルルーシアは平民として入学しているのに身につけているものが明らかに貴族子女と同じ、いやそれ以上の物もあったからだ。

ドーマ子爵家は爵位こそ下位だが内情は公爵家並に裕福だったからだろう。

マリーヌの兄であるドーマ子爵は商売に関しても領地経営に関しても鬼才を放つ程に優秀な男だった。

令嬢達に囲まれてドレスを汚されたり、嫌がらせで文具を壊されたりする度にルルーシアの心のケアをしてくれたのは、従兄のカイルだった。

カイルはルルーシアの二歳上だったが、学園にはあまり登校していなかった。

成績優秀な彼は学園で学ぶよりも父親の商談に付いて行くほうが、将来的に良いと考えていたからだった。

だがルルーシアの学園の様子を知るとそれからは積極的に登校するようになり、昼食も一緒に取ってくれるようになった。

それは一年だけの重なりだったけれど、その間にルルーシアは友人を作り学園生活を滞りなく過ごす事が出来るようになった。

帝国での生活でカイルの存在はルルーシアの心の支えだった。

その感情をルルーシアは“兄の様”と位置付けた。

ルルーシアが17歳になった頃、帝国とカザス王国の鉄路が継った。

それからは毎年鉄道で王国へと旅した。

相変わらずマークは優しく会うと全身で愛情を表現してくれる、言葉にしてくれる、少しも惜しまずに。

だからルルーシアもマークへの思いを彼に惜しまずに返していた。

それでも何度か誘われたけれど伯父である子爵との約束だけは守った。

必ず二人っきりならないように気を付けて、カフェに入ってもルルーシアの侍女が様子を伺えるほどに近くに座っていた。

「シアは平民なのに侍女を付けてもらってるの?」

マークの疑問は尤もだったが伯父の意向だからルルーシアには、その理由も解っていない。

だからそのままをマークに伝えるしかなかった。

「ふぅん」

ルルーシアの言葉に不満そうにマークは唇を尖らせたが、その様子が可愛いとルルーシアは思ってマークの心理までには考えが及ばなかった。

それからも月日は流れ、とっくの昔に成人も過ぎたのにマークはルルーシアを迎えには来なかった。

彼からの手紙も態との様に婚約や婚姻には触れていなかった。

昔のルルーシアであったならば、おそらく成人を迎えた18歳の時にでも、いつ迎えに来てくれるのかと訊ねていただろう。

だが貴族の理を学んでしまった中途半端な平民のルルーシアは、それを聞くことが“はしたない”行為だと脳内にインプットされていた為、聞きたくても聞けないというジレンマに圧しつぶされていた。

年に一度会えたときにもそれは同じだった。

だが何時までもそんな誤魔化しは効かない。

21歳の春、滔々ルルーシアはマークに問う事にした。

「マーク」

「ん?何?シア」

「私との事は、私との未来は⋯貴方はどう考えていらっしゃる?」

何時もそんな事を決して言わないルルーシアの勇気を振り絞った言葉に、マークは右手を口に宛てながら目を見開き、そしてそのまま肩を落として項垂れた。

「⋯もう少しだけ待ってくれないか?今度、騎士団で副団長になれるかもしれないんだ。だから⋯その⋯少し忙しくて⋯もう少し、ごめん。ゴメンなシア。こんなに待たせてしまって」

そう言いながらマークは言葉を誤魔化すようにグイッとルルーシアを引き寄せて抱きしめた。

抱きしめられながらルルーシアは、もう一度勇気を出す。

「いつまでもは待てないわ。私、こちらに今すぐ戻る事も視野に入れてるのよ。貴方が良いと言ったなら直ぐに引っ越してくるわ」

「だから、まだ無理なんだ!わかってくれよシア。副団長になったら迎えに行くから。約束するよ」

「⋯⋯わかったわ(それが貴方の答えなのね)」

心の中で独り言ちてルルーシアはマークの胸に涙を隠した。

この旅の3ヶ月前にルルーシアは一通の手紙を受け取っていた。

宛名はルルーシア、差出人は知らない名前だった。

【ミレーヌ・セドワ】

その名前を見た時、ドクンと胸が大きく跳ねた。

マーク・セドワ、マークには兄はいたが姉も妹も居なかったはず、セドワ伯爵夫人の名前でもない。

ではこの方は一体誰なのだろう

震える指先でペーパーナイフで封蝋を弾く。

封蝋の紋もセドワ家の物だった。

中の便箋を手に取り、まだ震える指で開く。

それはマークの妻からの手紙だった。

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