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第11話

作者: 七月
私は和真を見つめた。

そして、その瞬間、はっきりと感じた。

かつて彼に抱いていた、かすかな恋心や執着が。

音を立てるように、急速に冷めていくのを。

それなのに、不思議と胸は痛まなかった。

何かを惜しむ気持ちすら湧いてこなかった。

「桃歌、聞いてる?」

和真は眉をひそめた。

だが、視線はずっと私から離れなかった。

「だから?」

「部屋に戻って、着替えてこい」

和真はそっと私の腕を握り、人気の少ない隅へと引き寄せると、声を落として言った。

「桃歌、君は理子より二つ年上だろ。譲ってやれよ」

私は彼の手を振り払い、笑った。

「もし嫌だって言ったら?」

和真は一瞬驚いた様子だったが、すぐに鼻で笑った。

「君にそんなことを言う資格があるのか?」

「それでも、嫌なの」

「嫌なら、別れるだけだ」

和真の端正な顔には、徐々に怒りと軽蔑が滲んできた。

まるで、私が怖気づいて別れを拒むとでも思っているようだった。

「ならそうしよう」

私は彼の手を振り払い、淡々と言った。

「望みどおりにするわ」

和真は突然、冷たい笑みを浮かべた。

その笑みには、嘲りが混じっていた。

「いい気になってるんじゃねえよ。消えろ」

私は何も言わず、そのままドアを開け、大股で部屋を出ていった。
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    部屋に戻ると、もう一度シャワーを浴び、楽な部屋着に着替えた。そして、さっさと荷物をまとめ、温泉リゾートをあとにした。帰りの道中、父から何度も電話がかかってきた。全部無視した。すると、今度は兄からメッセージが届く。「お前、和真と喧嘩したのか?」「さっさと謝れ。もういい加減にしろ」「俺は今、佐伯家との取引を進めてるんだ。邪魔するなよ」胸が詰まるような息苦しさを覚える。「私は彼と付き合ってただけで、売られた覚えはない」「もう別れたし、よりを戻すつもりもない」「お前、調子に乗ってんじゃねえぞ?」「はっきり言っとくぞ。あんな玉の輿を逃したら、お前なんかすぐに霜鳥家から追い出してやるからな」大学を卒業してから、私は完全に自立していた。両親からも、霜鳥家の財産は兄たちのものであり、私には何の関係もないと言われていた。家には何軒も不動産があるのに、私に与えられたのはたった38畳の普通のマンション一つだけ。他の資産はすべて兄夫婦名義になっている。霜鳥家の商売も、霜鳥家の未来も、私には何の関係もない。私は微笑みながら、短く返信した。「お好きにどうぞ」家に戻ると、三日間ひきこもった。どんな家庭に生まれたとしても、簡単に割り切れるものじゃない。感情を消し去るなんて、できるはずもない。夜になると気分が沈み、不眠に苦しんだ。頭が割れそうなほど痛む。仕方なく、キッチンへ行き、酒を少し飲む。アルコールのせいなのか、それとも気分のせいなのか。乳腺のあたりに、鈍い痛みが広がる。薬を飲んでも治らず、むしろどんどん痛みが増していく。我慢できずに病院へ行くことにした。専門医の診察を受けようと、できるだけ景に会わなくて済むように別の医師を選んだ。今の私は、心も体もボロボロで、彼と顔を合わせる自信がない。廊下で順番を待っていると、突然、看護師が声をかけてきた。案内された先は、景のオフィスだった。思わず踵を返し、その場を離れようとする。だが、彼の声が背後から響いた。「待て」振り返ると、彼は二、三日寝ていないのか、目の下にうっすらとクマができていた。疲れが滲んだ顔。「そこに座れ。手を洗ってくる」白衣を脱ぎ、真剣な表情で手を洗い始める。水が指の間を流れてい

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    私は彼の手を払い、後ずさる。「確か私たち、昨日の時点で別れたはずよ」「だから、私が何をしようと、もう関係ないでしょ?」理子が驚いたように声を上げた。「えっ?桃歌姉、和真兄と別れたの?」私は無表情のまま、彼女を見つめる。「ええ、そうよ。市川さんにとって嬉しいニュースでしょ?」「ちょっと!何それ?」彼女はすぐにムッとした顔になる。「私、喜ぶなんてしてない!私が悪者みたいな言い方はやめてよ!」「和真兄、何とか言ってよ。変な噂を流されて、私が浮気相手だなんて言われたら困るよ!」和真は彼女の手を軽く叩いて宥め、後ろへ下がらせると、私に向かって不機嫌そうに言った。「たったこれだけのことで、まだ文句を言うのか?」「何度も言っただろう?俺と理子は、兄妹みたいなものだって。何もないって」理子も、嫌味ったらしく口を挟んでくる。「桃歌姉、あまり人を疑わない方がいいよ。男女間だって、純粋な友情も成立するから」「桃歌、そんなことで騒ぎ立てると、後で後悔することになるぞ」「別に騒いでなんかいない。ただ、もう付き合いたくないだけ」「それに、昨夜もちゃんと話したはず。私たちはもう終わったの」本当は、彼と長々と話をする気もなかった。正直、体もまだ痛いし。景の馬鹿野郎。三回目に至らなかったのは、さすがに助かった。もしそうなってたら、私は今頃、ベッドから一歩も動けなかっただろう。「じゃあ言ってみろよ」和真が一歩前へ進み、私を見据える。「昨夜、部屋に戻らなかったのは、どこにいたんだ?」私は小さく笑い、軽く眉を上げた。「たまたま会った友達と、ちょっと飲んで話してただけ。悪い?」「本当にそれだけ?」「あんたには関係ないわ」私は適当に髪をかき上げながら、彼を挑発するように微笑んだ。和真の瞳が一瞬鋭く光り、指を突きつけながら声を荒げた。「首のそれは、何だ」彼の視線を追い、指先で首元を軽く触れる。「虫に噛まれたかも」「桃歌!ふざけんなよ!」「じゃあ何だと思ったの?」「それに百歩譲って、本当にあんたが考えてるようなことだったとして、それがどうしたっていうの?」「男女の間にも純粋な友情ってあるんでしょ?ちょっとキスしたくらいで騒ぐこと?」そう言いながら、隣にいる理子

  • 川沿いに降り注ぐ霜如く   第17話

    翌朝、私が目を覚ましたときには、すでに陽が高く昇っていた。だが、景の姿は、どこにもなかった。喉の渇きに耐えかね、水を飲もうとした瞬間、身体がまるで轢かれたかのように痛むことに気づいた。しばらくベッドの上でじっとしてから、ようやく身を起こし、枕元に置かれたコップの下に、小さなメモが挟まれているのを見つける。そこには、彼の筆跡でこう書かれていた。「桃歌、ごめん。重篤な事故が発生して、病院が緊急対応に追われている。どうしても戻らなきゃならない」「こっちが落ち着いたら、また連絡する。いい子にしてて」そのメモを見つめたまま、しばらくぼうっとしていた。頭に浮かんだ最初の考えは——もしかして、これは男がよく使う口実なんじゃないかということ。景にとって、昨夜のことは一夜限りの関係に過ぎなかったのかもしれない。それでも、どうしても気になってスマホを開き、検索してみる。トップニュースには、あの連鎖追突事故の報道が出ていた。負傷者たちはちょうど彼の病院の近くで搬送され、多くがすぐに運び込まれたらしい。彼は嘘をついていなかった。ただ、「また連絡する」と言っていたけど……彼が連絡してきたら、何を話すのか。私は何をどうすればいいのか。頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えがまとまらない。でも、一つだけはっきりしているのは。これ以上、ここにいたくない。だから私はすぐにベッドから起き上がり、簡単に身支度を整えたあと、部屋に戻って荷物をまとめることにした。ちょうど庭を出て湖のそばまで来たところで、和真と理子たちの一行とばったり鉢合わせた。関わりたくなかった私は、くるりと背を向けて別の道を行こうとする。だが、理子がすぐに私を呼び止めた。「桃歌姉、そのシャツ……男物よね?」私は思わず、襟元をぎゅっと握りしめた。部屋を出る前、首筋から胸元にかけての無数の痕を鏡で確認し、慌ててクローゼットから新品のメンズシャツを取り出した。おそらく、景が泊まる時のために用意されていたものだろう。理子の一言で、自分の服装に気を取られた私は、少し焦る。だがその前に、和真の顔色が、明らかに変わっていた。「桃歌、その服、どこで手に入れた?」私は平静を装いながら、まず最初に考えたのは、これは私が望んで仕掛

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