LOGINShare
第1121話
Related chapters
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1122話
和彦は呆れた表情をして言った。「早く取ってこいよ！」「はい、すぐに行きます」そう言って、アシスタントは持ち歩いているバッグを置いて、小走りで化粧室の方に向かって行った。和彦は仕方なく高村に言った。「ああ、私の前のアシスタントの小松さん、高村さんも知っていると思うけど、子供を産むために休暇を取って帰省したんだ。それでマネージャーが新しい人を探してくれたが、いつもどこかで忘れ物をしている」「小松さんね、もう産んだよね？」高村はウィッグを整えながら、和彦とおしゃべりをしていた。「そうですよ、もう産んでから２ヶ月たっている。来月にはもう出勤できるそうで、本当に期待してる」「できた」高村は櫛を片付けて言った。「小松さんが帰ってきたら、ご祝儀袋を渡しないと」「もちろん。これほど長い間、やはり小松さんが最も全てに配慮が行き届いている人だ」高村もそれに賛同した。そのとき、スタッフ証を持っている大道具係があわてて走ってきた。「高村さん、今はお暇ですか？重要な大道具を大道具室のあたりに忘れてしまいました。私は今とても忙しいので、取りに行っていただけませんか？」「いいよ。何？」「ガラスで作られた玉佩で、赤いひもがついています。部屋の左側の棚の二階の箱の中にあります」「はい、分かった」「ありがとうございます」大道具係はそう言って、早歩きで立ち去って忙しくなり始めた。「では、私は先に行くね」高村は和彦に別れを告げて、立ち去ろうとしたところ、彼の声がした。「ああ、高村さん、行かなくてもいいよ。大道具室と化粧室は近いと思うから、青木に電話をかけて、ついでに取ってきてもらえばいい。時間も無駄にならない」青木は、台本を取りに行ったアシスタントだ。「台本を早く見たいんじゃない？」「見なくてもいい。セリフはもうとっくに暗記している」「それならいいね」和彦はバッグの中から携帯電話を取り出して、青木に電話をかけて、玉佩の場所を知らせて、ついでに取りに行ってもらうように頼んだ。もう一人の俳優が体力を回復して、和彦に向かって芝居の稽古をしに来た。二人はお互いにセリフを言い合い、真面目にやり始めた。監督は台本を持ってやってきて、二人の稽古を見ながら、幾つかアドバイスをして、次のシーンの撮影の準備をさせた。高村は今は用事
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1123話
「何？」和彦は驚いた。「どうしたんだ？彼の怪我はどうなってる？ひどい？」まさか、撮影現場に殺人犯が混じっていたのか？犯人が道具室に隠れていた？こんな偶然がありえない。和彦は無意識に周りを見回し、高村に道具室から道具を取ってくるよう頼んだ道具係を探したが、見つからなかった。「私も知らない、早く行こう」「おい、君たち、どこ行くんだ？次のシーンを撮るんじゃないか？」トイレから戻った高村は、監督と和彦が去る背中を見て、すぐに追いかけてきた。和彦は高村が戻ってきたのを見て、簡単な言葉で事の状況を説明した。「高村さん、青木がやられたんだ。監督が道具室に殺人犯がいて、彼を刺したって」高村は驚き、顔色を変えた。「どうなった？傷はひどい？犯人は捕まったの？」「まだわからない。これから見に行こうとしてる」「じゃあ、急いで行こう、私も一緒に行く」高村はすぐに歩調を合わせてついて行った。「もし青木が道具を取りに行かなかったら、刺されたのは私かもしれない」監督はこの状況がおかしいだと感じ、尋ねた。「どういうことだ？」高村は簡単に状況を説明した。「偶然じゃないよね？」監督は驚いた。「でしょ、私もそう思う！」和彦は疑念を抱きながら言った。「もしかして、その犯人は高村を狙っていたんじゃないか？」和彦の言葉を聞いて、高村は一瞬足を止め、唇を噛んだ。まさか、彼女を狙ったのか？イリヤ？「道具を取って来いと言った道具係は誰だ？」高村はしばらく考えてから答えた。「名前はわからないけど、スタッフ証を持っていた」監督は顔色が良くなかった。深いため息をついた。「警察が来るまで待とう」道具室の前では、数人のスタッフが犯人を地面に押さえつけていた。誰かがロープを持ってきて、犯人を縛り上げていた。一方で、青木は地面に横たわり、汗だくで顔色が青ざめていた。短剣が腹部に刺さったままで、まだ抜かれていなかった。傷口の周りは血で染まっていた。スタッフたちは慎重に包帯を傷口に当て、刃の周りに圧力をかけていたが、包帯はすぐに血で赤く染まった。監督は周りの様子を見渡し、叫んだ。「みんな、ここに集まるな、戻って待ってろ！今日のことは誰にも言うな、ビデオを撮った人はわかるだろ、すぐに削除しろ！」監督と副監督の「脅し」によっ
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1124話
犯人はどこかを見つめたままで、口を閉ざした。「この仕事で、いくらもらったんだ？」犯人は依然として無言だった。「今、お前の任務は失敗したけど、金は受け取れるか？」犯人の顔色が固まった。高村は笑みを浮かべ、さらに問わず、立ち上がって二歩後ろに下がり、少し離れて立った。遠くからサイレンの音が聞こえた。ぼんやりと、あまりはっきりとしなかった。「救急車が来たか？」監督の目が輝き、急いで誰かを外に出して案内させた。医療スタッフは青木を救急車に運び、高村は自ら病院に同行したいと申し出た。結局、青木が怪我をしたことは、彼女と関係があるからだ。病院に着くと、青木は手術室に運ばれ、高村は看護師の指示で医療費や手術費を支払った。その後、彼女は領収書を手に持ち、手術室の外で待機した。待っている間、和彦から電話がかかってきた。和彦は、警察が到着した後、事実を正直に話すと、警察は監督に道具師を集めさせて確認を求めたと言った。しかし、そこで道具を取りに行かせた人物は誰もいなかった。幸いにも、撮影現場は普通の場所ではなく、後でプロモーション用に撮影した映像が公開されるため、撮影が終了しても多くのカメラが稼働していた。その中の一台がその人物の顔を捉えていた。監督と道具班のリーダーが確認したが、誰もその人物を知らなかった。明らかに、その人物も現場に紛れ込んでいたようだ。高村と和彦の前からその人物は姿を消し、逃げ出した。警察はすでにその人物を追いかけていた。和彦は再び青木の怪我を気にかけ、ため息をつきながら言った。「これからは彼がどじなやつと言わないようにする」もし青木が「ドジ」ではなかったら、危険な目に遭っていたのは高村だっただろう。彼女の体力では、犯人の手にかかれば命を落としていたかもしれない。一時間後、手術が終了し、医師が出てきて高村に知らせた。「青木は内臓を傷つけましたが、適切な処置が施されたため、命に別状はありません。今後は入院してしばらく治療が必要です」青木は病室に移され、彼の家族も病院に到着した。来たのは彼の母親で、地味な服装で優しげな雰囲気の女性だった。髪の生え際に少し白髪が混じり、顔色は黒ずんでおり、手には硬い皮膚ができていて、よく働いていることが一目でわかった。青木が病床に
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1125話
しかし、イリヤは国内にはおらず、警察は彼女に対して手が出せない。高村は非常に腹を立て、怒りが込み上げてきて、ずっとイライラしていた。怒りの理由は、イリヤの行動が明らかに自分の命を奪おうとしたもので、成功しなかったものの、無関係な人が怪我をした。まさかイリヤが嵐月市を離れた後も、まだ諦めていないとは思わなかった。しかし、彼女もイリヤに対してどうすることもできなかった。その時、晴人からの国際電話がかかってきた。彼の番号を見た高村は、何も考えずに赤いボタンを押して、電話を拒否した。今、彼の声を聞きたくなかった。電話を切った後、すぐに晴人が再度かけてきた。高村は電話を取ると、無愛想に言った。「どうした？」「高村、無事か？」慣れた声の中に、心配と焦りが混じっていた。どうやら、晴人も今日の出来事を知っているようだ。時差を考えると、彼の方ではまだ夜中のようで、かなりタイムリーに連絡してきた。高村は適当にごまかそうと思ったが、ふと思い立ち、「うん、病院にいる、死にそうだよ」と言った。「待ってろ、すぐに帰る」「いらない、会いたくない、あんたはそのままでいい、二度と帰ってこない方がいい」「怒ってるだけだろ？安心して、この件については必ず説明する」高村は言われたことに鼻で笑い、口を曲げた。「へぇ。じゃあ、用がなければ切るよ」イリヤの親がついている限り、晴人が何をしても無駄だろう。彼にはもう期待していない。「待って」高村が無関心な口調で答えるのを聞き、晴人の心は少し痛んだ。彼女はもう自分を信じていない。それでも、彼はゆっくりと信頼を取り戻させるつもりだ。「他に何かあるの？」「今後、撮影現場で何かあったら、中山を頼って。彼が助けてくれるから」高村は眉をひそめた。「中山？あの現場スタッフ？」「うん」晴人は言った。「わかった、じゃあ切るよ」高村は何も言わせず、さっさと電話を切った。深く息を吸って、内心の怒りを鎮めると、病室に戻った。「高村さん」青木は彼女が入ってくるのを見ると、ニコッと笑った。高村は急いで彼のところに行き、「動かないで、手術を終えたばかりなんだから、しばらくは休んで。今回は本当にありがとう、もしあなたがいなかったら」「ママ、お昼だよ。お腹すい
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1126話
一人が手を振りながら言った。「早く晴人に電話して！さっきあんなに厳しく言ったから、きっとすごく傷ついてるよ。イリヤはイリヤ、彼は彼だから、イリヤのせいにして彼を責めちゃダメだ！彼だって一生懸命君を守ろうとしているんだよ！」もう一人はすぐに反論した。「イリヤは彼の妹だよ、どうして彼と関係を切れるんだ？今嵐月市にいるのに、イリヤはもう手を出した。これからも安心できないよ！今のうちに決別してしまったほうがいい」高村はスマホを手に取り、通話履歴を開き、一番上の番号を見ながら、もうすぐ指で押そうとしたその瞬間、思わず止まった。「まあいいか。彼が青木に言うなと言ったから、知らないことにしておこう」まずは彼がどう説明するか見てからにしよう。嵐月市。イリヤは退院していた。家で晴人を見かけると、いつも恐怖におびえているような素振りを見せる。仕方なく、夏希は晴人に別の場所に住んでもらうよう提案した。晴人は快くその提案を受け入れた。この出来事はまるで無形の戦争の勝利のようで、イリヤは非常に喜んだ。両親はやっぱり彼女をもっと好きになった。晴人はまるで家を追い出された犬のように、しょんぼりと家を出て行った。だが彼女は気づいていなかった。表向き夏希は彼女に従っているように見せていたが、実際には非常に心配していた。というのも、彼女は心理学者の提案に従い、イリヤを強制的に治療に連れて行き、薬を服用し、カウンセリングも受けさせたが、数日経っても全く効果がなく、むしろ症状が悪化したからだ。夏希は晴人がかつて、非常に権威のある心理学者を知っていると言っていたのを思い出し、彼にその心理学者をすぐに連れて来てくれるよう頼んだ。晴人はまたしても快く承諾した。「妹のためを思って、妹が早く回復することを願っている」という彼の態度は、夏希にますますイリヤが長期間の拘束によって心理的な問題を抱えるようになっただけで、晴人には何も関係ないと感じさせた。心理学者は翌日嵐月市に到着し、ウィルソン夫婦と会った。会話の中で、彼は仕方なく言った。「本来なら、この数日間は重要な仕事があったんですが、カエサルからずっと急かされて、妹の診療のためにこちらに来なければならなかったんです。兄妹の関係が良好みたいですね、だからすぐに駆けつけました」この迅速さに、夏希はま
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1127話
ボブ医師は真剣な表情で、冗談を言っているようには見えなかった。「あり得ない！」夏希はきっぱりと否定し、彼の専門性に疑念を抱いた。「冗談はやめてください。イリヤは自殺を図って、命が危うかったよ。どうしてそれが演技だなんて言えるか？」ボブは少し眉をひそめて考え込み、そして言った。「間違いありません。彼女には病気はありません。自殺を図るほど重症の患者は何人も見てきましたが、イリヤさんのような人は一人もいません。俺は微表情心理学も学んでおり、たとえイリヤさんが俺とコミュニケーションを取ろうとしなくても、彼女の目つき、表情、動作からおおよその考えが読み取れます。そのため、俺は疑念を抱いています。確かに彼女は腕を切ったかもしれませんが、君が言うほど深刻ではなかったと思います」「医者がそう言っていたし、その時私は彼女を病院で世話をしていた」夏希は強く言った。「医者が嘘をついている可能性もあります。彼女はその状態を装うこともできますし、もしかしたらイリヤは医学的な知識を持っていて、腕を切ったことは見た目ほど重傷ではないかもしれません。とにかく、彼女実際には病気ではありません」夏希は不快感を表しながら言った。「医者が嘘をつく？それなら、あなたも嘘をついているかもね？」ボブは顔色を変え、立ち上がった。「ウィルソンさん、俺の職業倫理と人格を侮辱しないでください。もし俺の結論を信じないのであれば、なぜカエサルが急いで俺を呼んだのですか？時間を無駄にするだけです。申し訳ありませんが、これで失礼します」「待ってください」イリヤの父親が声をかけ、去ろうとするボブを止めた。「ボブ先生、妻はただ娘のことを心配しているだけだ。侮辱するつもりはない。座ってください。俺たちは君を信じて頼んだのだ」ボブは冷笑し、再び座った。「カエサルの顔を立てて、今回は文句を言いません。カエサルから聞いた話では、前の心理学者の薬物治療とカウンセリングがまったく効果がなく、むしろ症状が悪化したとのことですね。君たちの家柄を考えれば、依頼した医師は決してただの無能な人間ではないはずです。では、なぜ効果がなかったのでしょうか？」この話を聞いて、夏希も少し疑念を抱き始めた。彼女はイリヤを非常に心配していて、依頼した心理学者も嵐月市ではそれなりに評価されている人だったのに、なぜ何の効果もな
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1128話
カエサルが彼女を拘束したせいで、イリヤは復讐しようとしているのか？夏希は必死にその考えを否定しようとした。彼女は信じない！信じたくない。イリヤがこんな風になったのは、間違いを認めるどころか、カエサルを恨むようになったなんて。「考えすぎだよ。もしかしたら本当に病気かも」イリヤの父親は彼女を慰めるように言った。「真実を知りたいなら、簡単だよ。イリヤが気づかないように、彼女の部屋にカメラを仕掛ければ、すべてが分かる」「それはプライバシーの侵害よ」夏希は眉をひそめた。「でも、他に方法がないんだ。彼女の健康を守るためには、こうするしかない。万が一、彼女が本当に病気で、また自分を傷つけることがあったら、すぐに分かるようにしないと。安心して。カメラの映像にはパスワードをかけて、君しか見られないようにするから」夏希は少し考え、最終的にうなずいた。イリヤの父親は手際よく、午後にはエレンが最新型の小型カメラと使い方の説明書を持ってきた。夏希はボブ医師に頼み、治療の名目でイリヤを茶室に呼び、その隙にカメラを部屋の隠れた場所に設置するように手配した。毎回食事の時間には、家政婦がイリヤの食事を部屋まで持ってきていた。今回もそうだった。夕食後30分、夏希はいつものように水と薬を持って部屋に向かった。イリヤは薬を飲んだ後、あくびをしながら言った。「ママ、出て行って。ちょっと休みたいの」「うん、ゆっくり休んでね。おやすみ、明日ね」イリヤの部屋から出た後、夏希はそのまま書斎に直行した。コンピュータはすでに監視画面を開いていた。画面にはイリヤの姿はなかった。彼女は部屋にいない。おそらく、クローゼットかトイレに行ったのだろう。その瞬間、夏希は心の中で葛藤を感じた。一瞬、イリヤがクローゼットに行き、寝間着に着替えて休むことを願った。そうなれば、イリヤの病気が本当に深刻であることを意味するが、少なくともそれなら心の中で納得できる。しかしもう一方で、イリヤがトイレで吐いていることを願った。そうすれば、イリヤには病気はなく、身体は健康だが、善悪を判断できず、極端に自己中心的で悪意に満ちていることを意味する。心の中で不安を感じながら、監視カメラから音が聞こえてきた。「おぇ」その瞬間、夏希の心は底まで沈んだ。1分後、イリヤが
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1129話
ボブが部屋に戻った後、夫婦は無言でお互いを見つめていた。夏希は心底から疲れた様子でため息をつき、「これからどうすべきだと思う？」イリヤに直接暴露する？しかし、暴露した後はどうする？イリヤはどうなる？彼らはイリヤに対してどう接すればいいのか？夏希はただ頭が痛くて仕方がなかった。イリヤの父親は言った。「決心がつかないなら、明日でも考えても遅くはない。これまで君は本当に疲れ果てているから、まずは休んだほうがいい。とにかく、カエサルを呼び戻そう」その夜、夏希は眠れなかった。何度も寝返りを打ちながら、イリヤの子ども時代からの思い出が頭に浮かんで離れなかった。イリヤを産んだとき、事故に遭い、その結果カエサルが行方不明になったことは、夏希にとって長い間心の中でのトラウマだった。最初は、希望を胸に、長年を費やして、膨大なエネルギーを使った。夏希の体も次第に疲れが出てきた。時が経つうちに、希望は徐々になくなった。何か知らせがあっても、以前のように喜ぶことはなくなった。彼女はカエサルへの愛情をすべてイリヤに向け、共に過ごし、教え、たとえイリヤが学業に才能がないと気づいても、それでも責めることがなかった。イリヤが思春期の頃、夏希はひどい病気を患い、その時期はほとんど病院で過ごしていた。退院後、体が弱いからイリヤへの教育が以前のようにはできなくなった。もしかしたら、イリヤを盲目的にかわいがり、思春期の指導を疎かにしたことが、今の彼女を作り上げた原因かもしれないイリヤへの教えが不十分だったため、彼女がこうなったのは、親としての責任を果たせなかったからだと夏希は感じていた。そして、七八年前にカエサルを見つけた時のことを思い出した。その時、カエサルが行方不明になってから既に十年以上、ほぼ二十年が経過しており、夫婦はもはや希望を抱いていなかった。何年も何度も、情熱を失っては繰り返し失望していた。彼らは次第に、探し続ける人手を減らしていったが、心の中にはわずかながら「万が一」を捨てきれず、カエサルがまだ生きているのではないかという思いが残っていた。最終的に、残った数人で調査を続けることにした。虹崎市方面からカエサルの情報が入ったとき、夏希は心の中で何の波も感じなかった。ところが、情報提供者が断言して「その少年はカ
Latest chapter
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1374話
勇気は俯き、唇を噛んだ。何を言えばいいのか、分からなかった。 「それにね、この件については私にも非があるの」雪乃は彼を一瞥し、さらりと言った。「スマホの充電が切れてたんじゃなくて、わざと電話に出なかったのよ」 勇気は驚いて顔を上げ、雪乃を見つめた。 「勇気、私が伝えたかったのはね、もう私が勝手に出ていける状況じゃないってこと。あなたのパパはそれを許さない。あなたはとても優しい子だけど、まだ幼くて、大人の考えを変えることはできないし、下手をすれば巻き込まれてしまう。だから、もうこの件には関わらないで。分かった？」 雪乃の目には優しさが宿り、微笑みも穏やかだった。その声は落ち着いていて、柔らかかった。 勇気は、無意識にこくりと頷いた。 ママも同じことを言っていた。でも、ママの言葉には責めるような響きがあって、彼はひどく罪悪感を抱いた。ママがパパに叱られたのも、自分のせいだと思った。 でも雪乃は違う。彼女は優しくて理解がある。パパが彼女を好きになるのも無理はない。 雪乃は勇気の頭を軽く撫で、「勇気はいい子だね。さぁ、一緒にゲーム機を開けましょう」と言った。 彼女は箱を彼の前に押し出し、机の上から小さなカッターを見つけた。 「うん」 勇気はカッターを手に取り、慎重に外装を切り開いた。包装を剥がし箱を開けると、そこには新品のずっと欲しかったゲーム機が入っていた。 彼の顔には満ち足りた笑みが浮かんだ。 雪乃は彼の背後で、ふっと微かな笑みを浮かべた。 その視線は勇気の頭越しに、本棚の上の家族写真に向けられていた。写真の中――早紀は夫と息子を幸せそうに抱きしめていた。 勇気はゲーム機を大事そうに抱え、そっと指先で撫でた。それだけで、心が満たされた。 さっき階下で感じた悔しさや辛さもずいぶんと和らいでいた。 雪乃はゲーム機をセットアップし、起動してみせた。 本体だけでは足りない。ゲームもなければ。このゲーム機のソフトの多くは別途購入しなければならない。 雪乃はその場ですべてまとめて買った。 勇気はゲーム一覧に並んだ人気タイトルの数々を見て、興奮を抑えきれず叫んだ。「ありがとう！」 「さぁ、これで遊べるわね」雪乃は立ち上がり、壁の時計にちらりと目をやった。「そろ
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1373話
早紀は、とうに気づいていた。雪乃は決して単純な女ではない。そして今、その思いはさらに強くなった。 今回の補償の申し出も、中村家の使用人たちを自分の味方につけるためのものだった。 この場で彼女の提案を却下すれば、使用人たちは自分を疎ましく思うに違いない。だが、受け入れてしまえば、彼らが雪乃に取り込まれるのを黙認することになる。 もちろん、彼らがわずかな金で買収されることはないだろう。だが、それでも雪乃に対して好意を抱くきっかけにはなってしまう。 直人が言った。「そんなことをする必要があるか？ もともと彼らの仕事だろう？」 「そういう問題じゃないのよ......」 「よし、だったら君が払うことはない。俺が出そう......そうだ、今夜はチョウザメが食べられるぞ」 「本当？ あなたが釣ったの？」 「そう」 「わぁ、すごい！」 早紀：「......」 部屋で、ベッドに突っ伏し、顔を枕に埋めたまま、勇気の肩が小さく震えていた。 泣きたくなんかないのに、涙が止まらなかった。 パパは、あんなに怒ったことなんてなかったのに。たったあの女のために。 彼はただ、ママのためを思ってやったのに。なのにママは彼に謝れと言い、勝手な行動を責めた。 その時、部屋の外から控えめなノックの音がした。 「......出てけ！」勇気は顔を上げ、怒鳴りつけた。 ノックは一瞬止まったが、すぐに再開された。さっきよりも軽く、しかし、ためらいのない音だった。 勇気は苛立ちながら、裸足のまま床を踏み鳴らして扉へと向かった。勢いよくドアを開け、怒鳴りつけようとした瞬間、そこに立っていたのは、雪乃だった。 彼の表情が一変した。無意識に視線をそらし、硬い口調で言った。「......何しに来た？」 彼女は、ただ買い物に行っていただけだった。 彼がカードを渡して「出ていけ」と言った時、彼女は心の中で笑っていたはずだ。こんなにも馬鹿なことをするなんて、と。 雪乃は何も言わず、彼を部屋に招く素振りすら待たずに、すっと中へと足を踏み入れた。そして、ドアを静かに閉めた。 彼女の視線が、部屋の中をゆっくりと巡った。壁に貼られたサッカー選手のポスター、机の上に広げられたままのノート、そして最後に、赤
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1372話
「パパに謝って、自分が間違っていたって言いなさい」 母親の厳しい表情と向き合い、勇気は悔しさでいっぱいになりながら、しょんぼりとうつむいた。かすれた声で絞り出すように言った。「......パパ、ごめんなさい。僕が悪かった」 直人も少し冷静になり、ようやく状況を把握した。 早紀は、いつも時勢を読むのが早い。前回、失敗した以上、軽率に手を出すような真似はしないはず。 今回の件は、どうやら勇気が単独で思い付き、行動した結果だろう。 「......もういい、お前たちは部屋に戻れ」直人がそう言うと、早紀は勇気を連れて階段を上がろうとした――その時、玄関の扉が突然開いた。 皆が振り向くと、雪乃がいくつかの上品なショッピングバッグを手に、嬉しそうに笑いながら入ってきた。 しかし、その場にいた全員の視線が彼女に集中すると、笑顔が一瞬ぎこちなくなり、戸惑った様子で室内を見回した。「......何かあった？」 雪乃が直人に向かって尋ねた。この女、わざとね。早紀は心の中で冷笑し、勇気の手を引いて階段を上がた。 今日の騒ぎも、きっと雪乃の策略だ。 卑しい女だ。子供まで巻き込むとは。 一方、直人はようやく胸をなでおろし、雪乃の手首をぐっと掴んだ。その声には叱責の響きがあるものの、どこか甘さも滲んでいた。「雪乃ちゃん！どこに行ってた？なんで電話に出ないんだ？」 「んー、携帯の充電が切れちゃって、電源が落ちてたの。現金を持っててよかったわ。持ってなかったら帰れなかったかも」雪乃は悪びれずに笑ってみせた。 直人は、呆れたように将暉を見た。「全員、戻るように伝えろ」 「承知しました」 「もういい。解散しろ」 命令を受け、使用人たちは次々と頭を下げて去った。 しかし、告げ口をしたお手伝いさんだけは、その場を動かず逡巡していた。 奥様を怒らせた今、この屋敷での自分の立場は危うい。 そんなお手伝いさんの様子をよそに、雪乃はようやく状況を察し、驚いたように言った。 「......もしかして、私を探してたの？」 「そうだよ」 「......」 直人の機嫌が悪そうなのを見て、雪乃はショッピングバッグをお手伝いさんに預けると、すぐに彼の腕にしなだれかかった。「直人くん、ごめんな
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1371話
直人はお手伝いさんを指さし、低い声で命じた。 「お前、前に出ろ」 鋭い視線と対峙した瞬間、お手伝いさんの顔がさっと青ざめ、ゆっくりと前へ進み出た。 「あ、あのう......」 「何か言いたいことがあるんじゃないか？」 彼女はしばらく考えた後、ためらいがちに口を開いた。 「......今朝、二階の掃除をしていたときに、私は......」 「何を見た？」 「......勇気さんと雪乃さんが話しているのを見ました。それだけじゃなく...... 勇気さんが雪乃さんに何かを渡して、その後、雪乃さんは出かけて行きました」 話しながら、彼女は何度も二階をちらりと見やった。 直人の顔色が、一瞬で冷たく沈んだ。今にも爆発しそうになった。その時、玄関の扉が勢いよく開いた。 早紀が肩掛けバッグを手にしながら、部屋へと入ってきた。 「何があったの？」 執事の将暉や家政婦たちが居並ぶ中、室内の張り詰めた空気を察し、彼女は不審そうに直人を見た。 直人はちらりと早紀を見ただけで、冷たく言い放った。 「勇気！下りてこい！」 状況が分からず戸惑う早紀に、将暉がそっと近づき、手短に説明をした。 話を聞くうちに、早紀の顔がわずかにこわばった。 彼女は階段の方を見やると、冷たい視線をお手伝いさんへ向けた。 「あなた、本当に勇気が雪乃と話しているのを見たの？」 お手伝いさんは真っ青になり、一歩後ずさった。 しまった。奥様を怒らせた。しかし、今さら証言を覆せば、奥様からも直人からも疑われる。どのみち逃げ場はない。 彼女はぎゅっと唇を噛みしめ、決意したように頭を下げた。「確かに、見ました」 勇気は、縮こまるように階段を降りてきた。小さな手で服の裾をぎゅっと握りしめ、どうすればいいのか分からなかった。 「勇気、今朝、雪乃と何を話した？」直人は顔色をこわばらせ、低い声で問い詰めた。 父の厳しい威圧に、勇気の肩が小さく震えた。唇を噛みしめ、目には涙が滲んでいた。 その時、早紀がそっと勇気の傍に寄り、肩を優しく叩いた。「勇気、ママに教えて。雪乃さんと話したの？もし話していないなら、正直に言えばいいのよ。パパは決して濡れ衣を着せたりしないわ」 彼女の言葉には、明
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1370話
昼下がり、勇気は食卓につき、目の前の湯気の立つ料理を眺めながら、上機嫌だった。 肉をひと切れ箸でつまみ、口に運んだ。じんわり広がる旨味を味わいながら、心の中で思った。雪乃がいなくなった。これでようやく家に平穏が戻った！ しかし、その幸せな気持ちは午後四時までしか続かなかった。 夕陽の残光が、リビングの大きな窓から差し込んだ。 直人が扉を開けて入ってきた。釣りから帰ってきたばかりの彼の顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。 友人たちと釣りに出かけた今日、一番の釣果をあげたのは彼だった。中でも特大のチョウザメ一匹、三人がかりでようやく引き上げ、重さを量ると約5キロもあった。 釣り場となったのは、ある私有のリゾート地にある貯水池で、養殖された魚が放たれ、釣りはリゾートの娯楽のひとつにすぎない。それでも、ここまでの大物を釣り上げたのは運がよかった。直人の機嫌はすこぶるいい。 「後部座席に釣り道具があるから、片付けておいて。それと、箱にチョウザメが入ってる。今夜の一品にするよう、料理を頼む」 召使いが「かしこまりました」と応じ、足早に向かった。 直人は二階へ行った。真っ先に雪乃の部屋へ向かおうとしたが、途中でふと足を止めた。身に染みついた魚臭さに気づき、進路を変えた。 「お父さん、おかえり！」物音に気づいた勇気が、部屋の扉から顔を覗かせた。 「ああ。今日はすごく大きな魚を釣ったんだ。料理を頼んだから、何にして食べたい？」 「わぁ！すごいね、お父さん！焼き魚が食べたい！」 「よし、じゃあ半分は焼き魚にして、もう半分は蒸してもらおう」 勇気は、上機嫌な父の様子を見て、雪乃が出て行ったことを伝えるべきか迷った。 しかし、直人はすでに自室へ向かっていた。「よし、君は宿題をしなさい。父さんは風呂に入る」 「......うん」 喉まで出かかった言葉を、勇気は飲み込んだ。 お風呂から上がってから、話そう。 直人はさっとシャワーを浴び、着替えを済ませると、上機嫌で雪乃の部屋へ向かった。彼女に今日の釣果を自慢するつもりだった。 だが、部屋はもぬけの殻だった。 不審に思い、一階へ降りた。 「雪乃はどこだ？」家政婦を呼び出し、尋ねた。 「今朝、外出されました」
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1369話
陽翔の父親はうなずき、「ただ一つ条件がある。加奈子が前に産んだ子供は絶対に連れてこないことだ」「......わかった」......中村家では、早紀が加奈子を病院に連れて行って検査を受けさせていた。勇気は家で宿題をしていた。すぐに宿題を終わらせた彼は、下の階でリラックスしようと思い立った。部屋を出ると、勇気は二階のバルコニーで雪乃が日向ぼっこしながら読書をしているのを見かけた。彼女は非常にリラックスした様子だった。しばらく迷っていたが、結局勇気は賢太郎の言うことを聞かず、雪乃の方へ歩いていった。足音を聞いて、雪乃は振り向いて一瞬彼を見た後、笑顔で言った。「勇気、どうしたの？」まるで長い間知り合いのような口調だった。彼女の笑顔を見て、勇気は眉をひそめ、顔をしかめて冷たく言った。「お前に僕の名前を呼ぶ資格があるか？」雪乃は驚いて眉を上げたが、すぐに笑いを抑えきれず、口元に笑みを浮かべながら言った。「わかった、勇気って呼ばないわ。じゃあ、何て呼べばいい？」勇気は彼女が怒ると思っていたが、予想に反して彼女はにっこりと笑って、全く怒る様子もなかった。まるで拳が綿に当たったような気分で、勇気は頭が一瞬止まり、やっと口を開いて言った。「......若だんな」「若だんな、何か用ですか？」雪乃は首をかしげて彼を見た。勇気は急に立ち上がり、わずか二分後に椅子を持って彼女の隣に座り、尋ねた。「今年何歳？」「二十歳」勇気は指を使って計算しながら言った。「この年齢なら、大学に通ってるべきじゃない？」雪乃はうなずいた。「普通はそうだと思うけど、学費が高すぎて、高校で辞めたの」「家族は君を支えてくれなかった？」「家族はいない」雪乃は彼を見て言った。「私は孤児院で育ったの」勇気は一瞬驚き、怒りながら言った。「それでも、生活が辛くても、他人の家庭を壊すようなことをしてはいけない！」雪乃は軽く鼻で笑いながらも、目元が赤くなり、涙をこらえた。「選べるなら、誰だってこんな道を歩みたくないよ。元々、私は普通にウェイトレスをしていたの。でも、ある遊び人が私の顔を気に入って、私を養いたいって言ってきた。断ったら、彼が酔って暴れたんだ。会長が助けてくれた後、彼はしばしば私に会いに来たんだ......」勇気は理解した。父親
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1368話
直人も釣りに行くことになった。もし、会った瞬間に直人が二人の結婚のことを持ち出したら、大変だ。その言葉が終わると、執事が入ってきて伝えた。「中村会長が迎えに来て、釣りに一緒に行く準備ができています。車はすでに外にあります」陽翔の父親：「......」釣り道具をトランクに積み込んで、陽翔の父親は後部座席のドアを開けて車に乗り込んだ。「待たせたな」「いいやそんなことはない」直人は笑いながら言った。「顔色があまり良くないようだが、何かあったのか？」「うちのあの息子が！」陽翔の父親は胸の中で苛立ちを抱えながらも、怒りを抑えつつ言った。「学がないのは仕方ないとしても、いつも何か問題を起こす」「陽翔はまだ若いから、結婚して落ち着けばいいさ」直人は心の中で状況を理解しており、陽翔の父親が言っているのは陽翔と加奈子のことだと分かっていた。それで慎重に言葉を選んで話し始めた。「陽翔と加奈子のことはもう知っている。両家は代々親しくしてきたから、何か言うべきことがあるなら、はっきり言ってしまおう。陽翔と加奈子は幼い頃から一緒に育って、今は加奈子が陽翔の子供を妊娠した。俺の意見では、このまま順調に進めて、結婚を決めたほうがいいと思う」陽翔の父親はその言葉を聞いた瞬間、顔色が一変し、拳を握りしめ、冷ややかな息を吐いた。「言うのは簡単だ！もし加奈子が今、賢太郎の子供を妊娠していたら、君はどうする？賛成するか？」直人は静かに答えた。「賢太郎には分別があるから、そんなことはしないだろう。さっきも言った通り、陽翔は学がないが、賢太郎とは違う。もしこのことが陽翔のお兄さんに起きていたら、俺は絶対に反対する。でも、今の陽翔には加奈子がぴったりだ」陽翔の父親：「......」彼は謙遜しているのだ！息子は自分で責めるべきで、他の誰も責めることはできない！「陽翔がどうだって言うんだ？陽翔は学がないが、これまで問題を起こしたことはない。あのとき、もし彼女がそそのかさなければ、陽翔だってあんなことにはならなかった！」もし直人の前でなければ、陽翔の父親の言葉はもっと厳しくなっただろう。直人は眉をひそめ、冷静に説得し始めた。「過去のことはもう忘れて、今は前に進むべきだ。加奈子は本質的には悪い子じゃないし、陽翔は彼女を本当に好きだ。今、子供もできたんだ
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1367話
「安心しなさい。彼女はもう反省してるよ」直人は何かを思い出したように続けた。「静子はどうする？陽翔があの子を受け入れると思うか？」「仮に陽翔が受け入れられなくても、中村家に子供一人養えない道理がない」直人はそれ以上言わず、早紀と少し話して、家から出発した。彼は知らなかった。陽翔家では陽翔の父親が大荒れしていることを。海外にいるはずの次男が突然現れたのだ。「陽翔！俺は本当にがっかりだぞ！」陽翔の父親がぶんと拳でテーブルを叩きつけ、怒りを込めて言った。「こっそり帰国しただけでなく、また加奈子と一緒になりたいだと！なんて腹立たしい奴なんだ！」陽翔の母親も優しく諭した。「執行猶予になった理由を忘れたの？あの子は計算高い女だよ。あなたを利用しているだけ。いい結婚相手じゃないよ。両親の言うことを聞いて、しばらく海外で過ごしなさい。みんながこの件を忘れた頃に、母さんがいいお相手を探してあげるから」「いい加減にしろ！」陽翔は頑固に首を振った。「俺は加奈子が好きだ。加奈子と結婚したい。彼女は『ご両親に逆らわないで』って...でもお父さんたちは...」「お前...！」陽翔の母親は怒りで顔を真っ青にしながら言った。「彼女はうちの財産と地位を狙っているんだから、私たちに逆らえないことくらい分かっているはずだよ。まだ分からないの？ 彼女にとって、あなたは予備の恋人でしかないのよ。今はどうしようもなくて選んだだけで、もし他に選択肢があれば、とっくにあなたなんか捨ててるわ！」 陽翔の父親は鼻で笑い、警告するような口調で言った。「結婚というのはそんな軽々しく決めていいものじゃない。加奈子のような女が、うちにふさわしいと思うか？ あいつは父親の分からないガキを産んだんだぞ。まさか、その子の継父になるつもりか？」「関係ない」陽翔の目が光った。「加奈子は俺の子を妊娠した。どうあろうと結婚する」「な...なんですって！？」陽翔の父親は眼前が真っ暗になった。「加奈子は俺の子を妊娠した」「お前、なんて親不孝者だ！」陽翔の父親は怒りで心臓発作を起こしかけていた。 妊娠していなければ、まだどうにかなった。 だが、加奈子は妊娠していて、中村家の人もすでにそのことを知っているはずだ。そうなると厄介だ。 両家は長年の付き合いがある。前回、中
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1366話
勇気は賢太郎の言葉を聞いて、口を大きく開け、呆然とした目でしばらく何も言えなかった。象牙の塔にいる純粋な小学生として、彼は初めて観念的な衝撃を受けた。兄さんの言うことは、教科書や先生が教えてくれることとはまったく違っていたけれど、実際に自分の周りで起こっている現実のことだった。童話では、王子とお姫様が愛によって一緒になり、幸せに暮らす。アニメでは、悪者は必ず罰を受ける。でも今、ビッグボスは自分の父親だ。権力、富、社会的地位、父はどれも持っていて、家族みんなが彼に頼って生きている。父親は正しさや間違いには関心がなく、自分の好みにしか関心がない。今、彼が好きなのは雪乃だから、母親は雪乃を傷つけるようなことは一切できない。呆然とした表情をしている彼を見て、賢太郎は彼が理解するのを待って邪魔せずに、机に向かって仕事を続けた。しばらくして、勇気は賢太郎を見て、ぼんやりと口を開いた。「もし自分がもっと賢かったり、健康だったりしたら、父さんは雪乃の子供を望まなかったかな？」「そうではない」賢太郎は頭を振った。勇気は彼を一度見つめ、失望したようにため息をついた。兄さんは賢く、健康なのに、自分が生まれてきた。何かを思いついた彼は再び言った。「じゃあ、貯めたお金を雪乃に渡して、子供を堕ろさせて、ここから出て行かせたら、彼女は同意するかな？」「しない」賢太郎はコンピュータの画面を見ながら答えた。「今や、雪乃が出て行きたいと思っても、もう簡単には行かせない。たとえ雪乃が同意しても、父さんは許さない。もしお前がそうしたら、父さんはお前を責めるし、母さんがそれを唆したと疑って、母さんに怒りをぶつけるかもしれない。分かるか？」「うーん......」勇気は無力そうに頭を垂れた。「それに、雪乃がいなくても、ほかの女がいるだろ？」「......じゃあ、どうしたらいいんだ？」「早紀の言うことを聞いて、何もするな」「......」勇気は魂を抜かれたようにその場を去った。一夜があっという間に過ぎ、翌朝の朝食後、賢太郎は会社へ向かった。たとえ土曜日でも、彼には暇がなかった。直人は今日、何人かの友人と山へ釣りに行く約束をしていた。出かける前に、早紀が話があると言って、二人は書斎へ向かった。「......つまり、加奈子が今
