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第3話

著者: 椎子せつな
last update 最終更新日: 2025-01-03 10:28:27
大輔の上手な取り入り方に、森田は嬉々として笑いが止まらない様子だった。

一見、仲の良い家族に聞こえるかもしれない。でも、この平和は私の痛みの上に築かれている。森田の笑い声が針のように耳に突き刺さり、心を締め付けた。

「お母さんのことは気にしないで」森田は聖人ぶった態度を崩さない。「若い頃から根に持つタイプで、少々器が小さいところはあるけれど、それでも大輔の母親だしね。あの子が生まれた時のことを思い出すと......」

森田は言葉を濁らせ、また涙声になった。

「良い方に変わってくれると信じていたのに。こんなに長い月日が経っても、変わるどころか、むしろ性格が悪くなるなんて」

私はスーツケースに最後の洋服を詰めながら、あの日のことを思い出していた。

私がこっそり野良犬に餌をやっていたのを森田に見つかった時のこと。彼女は激怒し、そんな不潔な生き物が大輔に害を与えると思い込んで、包丁を持って飛び出していった。かわいそうな子犬たちを殺そうとしたのだ。

私は涙ながらに後を追いかけ、必死で説得した。路頭に迷う子犬たちは既に可哀想なのだから、これ以上傷つけないでと。

でも森田は私を「偽善者」「厚かましい女」と罵り、「息子の金で野良犬なんかに餌をやって」と怒鳴り散らした。揉み合ううちに、私は車道に押し出され、向かってきた車に撞かれてしまい、それが大輔の早産を引き起こすことになった。

胸が締め付けられる。あの頃、保育器の中でか細く横たわっていた大輔が、今ではこんなにも......

スーツケースのチャックを閉めると、私はリビングまで引きずって行き、そこにいる面々を見つめ、思わず皮肉めいた言葉が漏れた。

「あの時、私を車に撞かせて、大輔が早産で生まれて、ICUで一ヶ月も過ごしたのに、森田さん、一度でも顔を見に来ましたっけ?」

あの時の早産の時。

森田は泣き叫びながら健一に入院費を払わせまいとし、病院中を大声で騒ぎ立てた。病院が金を騙し取ろうとしている、単なる出産でなぜ入院が必要なのか、どうしてそんな法外な金額がかかるのかと。

彼女は二日間も病院で泣き喚き続けた。

最終的に、私の両親が他県から急いで駆けつけ、医療費を立て替えることになったのだ。

私は森田の表情が強張るのを見て、さらに畳みかけた。「あの時、私の両親が医療費を支払った途端、どうして急に泣き止んだのかしら。

急に態度を変えて、『医者の言う通りにしないと』なんて言い出したのは、なぜなのかしら?」

森田の顔に後ろめたい色が浮かんだ。私はこれまで大輔に過去のことを話したことはなかった。大人同士の揉め事を子供に押し付けるべきじゃないと思っていたから。

でも今日の大輔を見て、もう全てを話すしかないと観念した。

「大輔が一ヶ月の入院を終えて退院した時、真冬だというのにお湯を惜しんで冷水で赤ちゃんを洗い、退院したばかりの赤ちゃんを肺炎にかからせたのは、誰だったかしら?」

あの凍えるような冬の日。

外では大雪が降りしきる中、私がデパートで赤ちゃん用のミルクや哺乳瓶を買って帰ると、暖房の効いた部屋で、森田が大輔に冷水浴をさせているところに出くわした。

私は青ざめて森田を押しのけ、冷たくなった大輔を急いで布団に包んで温めた。

あの時、森田は私が大げさだと一蹴し、「子供は苦労しないと立派な人間にならない」なんて言い放った。

冷水を使ったのは、赤ちゃんの体を丈夫にするためだと森田は言い張った。

その結果、大輔はその日のうちに高熱を出してしまった。私が病院に連れて行こうとすると、森田は強引に止めようとした。「熱が出たのは邪気が憑いただけ」と言い張り、健一と手を組んで私から赤ちゃんを奪うと、お寺で符を買って来て、それを燃やした水を三杯も大輔に無理矢理飲ませたのだ。

私が必死で追いかけた時には、大輔はもう命が危ないところまで追い込まれていた。

大輔は私の話を黙って聞いていたが、次第に表情が固くなり、森田の方を向いた。

「おばあちゃん。

お母さんの言ってること......本当なの?」

もちろん、全て事実。

私が森田の後ろめたそうな目と向き合っていると、彼女が観念しそうになった瞬間、健一が書斎から姿を現した。

「何年も前の話を、どうして今さら蒸し返すんだ」

「結局はな」健一は私を非難がましく見た。「お前と母さんのコミュニケーション不足が原因だろう。

母さんだって孫を想う気持ちからしたことじゃないか。それがお前には許せない大罪なのか?」

健一はたった数言で森田の罪を帳消しにしてしまった。

大輔の表情が、何かを悟ったかのように変わった。

「お母さん、もうおばあちゃんを責めないで」大輔はまた和解を試みた。「おばあちゃんは昔の人だから、そういうことが分からないんだよ。いつまでもそれを言っても仕方ないでしょう。それに、今は病気なんだし。

もう過去のことは水に流そうよ」

私が森田の方を向くと、彼女は先ほどの弱々しい様子を一変させ、得意げな表情を浮かべていた。「そうよ、優子さん、私たちは家族じゃないの」

森田は目を光らせ、私のスーツケースに気づくと、急に話題を変えた。

「その荷物は何のつもり?

まさか、また家出する気?」森田は意図的に過去を蒸し返した。「前にもこうやって、健一に私を追い出させようとしたわね。もしかして......」

森田はまた泣き芝居を始めた。

「やっぱり私が来るべきじゃなかったのね。私が出て行きます!」

森田は全く動く気配すらないのに、大輔が彼女の前に立ちはだかり、健一の顔には怒りが浮かんでいた。突然、全てが虚しく思えてきた。

私は人生をこの家族のために捧げてきた。

そして見返りは。

たった一言、「細かいことにこだわる女」という評価だけ。

そう来るなら。

私という「細かい女」がいなくなれば、どれだけ平和に暮らせるのか、見てみたいものね。

「あなたが出て行く必要はありませんよ」

芝居がかった森田の言葉を遮り、彼女の驚愕の表情を横目に、冷ややかに健一を見つめた。「離婚しましょう」

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    森田は言葉を失った。私は容赦なく続けた。「本当に私を怒らせたら、あなたを刑務所で老後を過ごさせることだってできるのよ。私があなたの立場なら、毎日仏様に手を合わせて、おとなしく生きますけどね。人として生きられないなら、動物になればいいでしょう。私に近づかないで!」森田は「きゃあああ」と悲鳴を上げた。「優子、命懸けで戦ってやる!」森田の罵声が終わる前に、私は更に追い打ちをかけた。「あの時、大輔を殺すと脅して私を追い詰めたこと、それに尿毒症を装って居座ったこと、本当に昔の話を蒸し返して欲しいの?」言い終わる前に。電話は切れた。考えるまでもなく、森田が怖気づいたのは明らかだった。私は笑みを浮かべた。親友の顔を見ると、彼女は笑いながら親指を立てた。「やるじゃない」私は前髪をかき上げながら、「まあね」と。田中家の連絡先を全てブロックしただけでなく、旅行を早めに切り上げて、直接森田の実家へ向かい、必要な物を手に入れた。そのまま引き返して、健一の会社に乗り込んだ。健一は私を見るなり目の色を変え、怒鳴りつけようとした瞬間、私は離婚協議書を叩きつけてやった。「今日が最高のタイミングよ。今すぐサインして」健一は離婚協議書を見て嘲笑った。「断る。お前に何ができるってんだ?」確かに私には彼に直接手を出すことはできない。でも、バッグから用意していたスピーカーを取り出し、オフィス中に聞こえる声で話し始めた。「田中健一は先月百万円の裏金を受け取り、佐藤部長の悪口を陰で言い散らし、近田部長が二十歳のインターンと不適切な関係を持っているという件について......」言い終わる前に、健一は目を血走らせて飛びかかってきて、私の口を必死に押さえつけた。会社という場所の重みを、彼は痛いほど分かっていた。この会社で生きていきたければ。私の言うことを聞くしかない。「正気か、お前!」健一は私の口を押さえつけながら怒鳴った。「俺を潰して何の得があるんだ!」私は口を押さえられたまま、ヒールで彼の革靴を思い切り踏みつけた。彼が痛みに顔をゆがめる中、離婚協議書を顔面に叩きつけてやった。「サインして!」健一は結局サインした。所詮、骨の髄まで腰抜けなのだ。だからこそ、あの森田のいいなりになってきたんだ。そうよ

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    窓辺に腰掛け、せせらぎを眺めながら、あの日のことを思い出していた。森田が粗暴な男を連れて私の部屋に押し入り、大輔の首を絞めながら脅迫した日のことを。「優子、あの男の言うことを聞かないなら、この子の命はないわよ」森田は大輔の命を人質に取り、私は森田の腕の中で泣き叫ぶ息子を見つめ、目の前で下劣な笑みを浮かべる男を見た。結局、我が子のために屈服し、手にしていたハサミを落として、男の要求を受け入れようとした。しかし幸いにも、そこまで事が及ばないうちに、健一が帰宅した。彼は台所から包丁を持ち出して戸に叩きつけ、男を追い払った。そして森田の偽りの涙の中で全てを知ることになった。森田がパチンコで大負けして借金を返せなくなり、この卑劣な手段を思いついたのだと。森田は泣きながら土下座して許しを請い、二度と同じ過ちは繰り返さないと誓った。やはり実の母親だからと。健一は警察沙汰にしないよう懇願し、息子のため、この家庭のために、私は全てを飲み込んだ。健一は誠意を示すため森田を実家に追い返した。過去を振り返ると、皮肉な笑みがこぼれる。あの時、迷わず森田を刑務所に送り、法の裁きを受けさせるべきだった。私の優しさが、全ての禍根を残してしまった。でも、まだ何も遅くはなかった。私は窓辺に腰掛け、不動産屋に連絡を入れ、マンションを相場より安く売り出した。さらに弁護士とも連絡を取り、離婚訴訟を開始。親友と楽しく過ごす私とは対照的に、健一と森田のところは大パニックに陥っていた。私が先手を打って物件を売り出したため、連日大勢の内見客が訪れていた。不動産屋の話によると、最初の内見の時、森田が箒を振り回して追い払おうとしたという。不動産屋は面白そうに話した。「奥様の義母さん、あんなに元気いっぱいで、がん患者には全然見えませんでしたよ。私より長生きしそうですもの!」私は不動産屋に、登記簿は私一人の名義だと伝え、もし邪魔するようなら不法侵入で警察に通報するよう指示した。この一件以来。大輔と健一はあの手この手で私に連絡を取ろうとし、どうしても繋がらないと知らない番号から電話をかけてきた。「優子!」受話器の向こうから。健一の激高した声が響いた。「やりすぎだぞ。家を売りに出すなんて、正気か!売ってしまったら、俺と大輔はどこで暮らせばい

  • 子宮ガンの診断書を持って来た義母に、離婚届を突きつける   第4話

    「健一さん」私は用意していた離婚協議書を突き付けた。「サインしてください」「そうすれば、あなたがお母様にどう孝行するかは、私の知ったことではありませんから」健一は手の中の離婚協議書を見つめ、声が裏返った。「優子、よくもそこまで図に乗ったな!」彼は怒り狂った。「お前は昔ちょっと苦労したからって、俺の人生を好き勝手にしていいと思ってるのか。言っておくが、離婚したら、お前なんか誰も見向きもしない中古品だ、ポイ捨ての屑同然だぞ!自分を何様だと思ってやがる」健一が罵詈雑言を浴びせる中、森田の顔には明らかな勝ち誇りが浮かんでいた。そして、まさかの大輔までもが父親の味方をして私を責め立てた。「こんなくだらないことで父さんと離婚するなんて、僕はお母さんのお腹にいたことを後悔するよ」大輔の目には私への嫌悪感が満ちていた。「こんな冷血な母親を持つなんて!本当に恥ずかしい!」もし以前だったら。大輔がこんな言葉で私を傷つけたら、きっと死にたい気持ちでいっぱいになっていたはず。でも今は違う。森田に少し面影が似てきた大輔を見つめながら、冷静に言い返してやった。「もし人生をやり直せるなら、絶対にあなたなんか私のお腹の中では育てないわ。下水道に流してでも、産むことなんてなかったでしょうね!」大輔は即座に激高し、ソファーから跳ね上がった。私は彼をじっと見つめた。「なに?私を殴るつもり?」大輔は怒りのあまりローテーブルを蹴り飛ばし、健一に向かって怒鳴った。「父さん!この女を出て行かせろよ!どこまで行けるか見てやろうじゃないか!」健一はもちろん、私には行き場なんてないと思い込んでいた。だから、上から目線で私を見下ろし、恩着せがましい口調で言った。「最後のチャンスをやるよ。謝るなら、今回のことは水に流してやる。最後まで意地を張るなら、容赦はしないぞ」私は彼に白眼を向け、スーツケースを引きずって外へ向かった。玄関で急に振り返ると、リビングにいた全員が一斉に私を見つめていた。私は笑みを浮かべた。「サインだけは忘れないでくださいね。「狂った一家とはもうお別れよ。私だってもう限界!」父子と森田の驚愕の表情を尻目に、もう一度白眼を向けてから、ドアを思い切り強く閉めてやった。すると、ドア越しに健一の声が聞こえて

  • 子宮ガンの診断書を持って来た義母に、離婚届を突きつける   第3話

    大輔の上手な取り入り方に、森田は嬉々として笑いが止まらない様子だった。一見、仲の良い家族に聞こえるかもしれない。でも、この平和は私の痛みの上に築かれている。森田の笑い声が針のように耳に突き刺さり、心を締め付けた。「お母さんのことは気にしないで」森田は聖人ぶった態度を崩さない。「若い頃から根に持つタイプで、少々器が小さいところはあるけれど、それでも大輔の母親だしね。あの子が生まれた時のことを思い出すと......」森田は言葉を濁らせ、また涙声になった。「良い方に変わってくれると信じていたのに。こんなに長い月日が経っても、変わるどころか、むしろ性格が悪くなるなんて」私はスーツケースに最後の洋服を詰めながら、あの日のことを思い出していた。私がこっそり野良犬に餌をやっていたのを森田に見つかった時のこと。彼女は激怒し、そんな不潔な生き物が大輔に害を与えると思い込んで、包丁を持って飛び出していった。かわいそうな子犬たちを殺そうとしたのだ。私は涙ながらに後を追いかけ、必死で説得した。路頭に迷う子犬たちは既に可哀想なのだから、これ以上傷つけないでと。でも森田は私を「偽善者」「厚かましい女」と罵り、「息子の金で野良犬なんかに餌をやって」と怒鳴り散らした。揉み合ううちに、私は車道に押し出され、向かってきた車に撞かれてしまい、それが大輔の早産を引き起こすことになった。胸が締め付けられる。あの頃、保育器の中でか細く横たわっていた大輔が、今ではこんなにも......スーツケースのチャックを閉めると、私はリビングまで引きずって行き、そこにいる面々を見つめ、思わず皮肉めいた言葉が漏れた。「あの時、私を車に撞かせて、大輔が早産で生まれて、ICUで一ヶ月も過ごしたのに、森田さん、一度でも顔を見に来ましたっけ?」あの時の早産の時。森田は泣き叫びながら健一に入院費を払わせまいとし、病院中を大声で騒ぎ立てた。病院が金を騙し取ろうとしている、単なる出産でなぜ入院が必要なのか、どうしてそんな法外な金額がかかるのかと。彼女は二日間も病院で泣き喚き続けた。最終的に、私の両親が他県から急いで駆けつけ、医療費を立て替えることになったのだ。私は森田の表情が強張るのを見て、さらに畳みかけた。「あの時、私の両親が医療費を支払った途端、どうして急に泣き止んだのか

  • 子宮ガンの診断書を持って来た義母に、離婚届を突きつける   第2話

    森田の泣き声に、健一は苛立ちを隠せない様子だった。それでも優しくあの女をなだめようとする。慰められれば慰められるほど、森田の態度は増長していき、私への視線は挑戦的になる一方で、声は極端に可哀想ぶっていた。「息子よ、お前の父さんは早くに死んで、私は必死で一人でお前を育てた。それだけでも私の役目は果たせたわ!今じゃ、この婆も死に際よ。お父さんのような待遇なんて望まないわ。ただ、あなたと大輔と少しでも長く過ごしたいだけなの。全て私が悪かったわ。夫婦仲を裂いたのも私。出て行くわ、出て行く!」もちろん、あの女が本当に出て行くわけがない。私は素早く健一の腕を掴み、放っておくように言った。森田は玄関まで行き、健一が私に制止されているのを確認すると、またしても大声で泣き崩れ、床に座り込んだ。「なんて薄情な!息子よ!嫁をもらって実の母親を捨てるなんて!うぅうぅ!」あの女が本当に出て行くはずがない。これは初めての芝居じゃない。昔から、こうして弱者を演じては同情を誘ってきた。彼女との付き合いの中で、何度も騙された過去がある。でも今は違う。同じ手を使っても、もう私には通用しない。しかし、森田はやはり健一の母親なのだ。実の母が死にものぐるいで泣き叫び、さらにがんまで患っているとなれば、健一だって放っておけるはずがない。私の手を振り払うと、すぐさま森田を助け起こし、私に向かって怒鳴りつけた。「いい加減にしろ!早く母さんに謝れ!」そして、私が最も愛情を注いできた大輔までもが、非難に満ちた目を向けてきた。「お母さん、父さんとおばあちゃんから全部聞いたよ。たかが些細なことで、どうしてそんなに長く恨みを持ち続けるの?おばあちゃんの命も無視するつもり?」たかが些細なこと。愛情込めて育て上げた息子を、私は信じられない思いで見つめた。何か言おうとした矢先、大輔が言い放った。「おばあちゃんを住まわせないなら、もうお母さんのこと認めないから!」大輔が私を脅すなんて。私が必死で育て上げた子が、彼を殺しかけたあの女のために私を脅すなんて。私の心は底冷えし、観念したように言い放った。「今ここではっきりさせましょう!この家には、あの人か私、どちらかしかいられないわ!」私は怒りで全身を震わせながら、大輔の目をじっと見つめ、涙が

  • 子宮ガンの診断書を持って来た義母に、離婚届を突きつける   第1話

    仕事から帰宅して玄関を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、ソファで脚を組んでひまわりの種をポリポリ食べている森田美代子の姿だった。あの女は私に向かってにやりと笑いかけてきた。「お帰りなさい、優子さん」私の表情が固まった。なぜここにいるのか理解する前に、あの女はソファから立ち上がり、私の前まで来ると、「びっくりした?予想外だったでしょう?あなたの旦那さんと息子さんが直々に私を呼び戻してくれたのよ。悔しいでしょう?」森田は得意げに言い放った。「血のつながりってそういうものなの。私と健一、大輔との絆は、あなたみたいなよそ者には決して理解できないわ!」あの女の表情は、相変わらず吐き気を催すようなものだった。その顔を見ただけで胸が悪くなり、問い詰めようとした矢先、部屋から出てきた健一と大輔と目が合ってしまった。二人の笑い声は、私の姿を認めた瞬間にピタリと止んだ。居間に流れる沈黙が、まるで空気を凍らせているようだった。さっきまで得意げだった森田は、手のひらを返したように態度を豹変させ、「健一を責めないで。このお婆さん、もう長くないから、どうしても家に入れてって頼んだのよ」と哀れっぽく訴えかけた。高圧的な態度を一変させ、しおらしく検査結果を取り出す。「検査でがんが見つかったの。子宮がんよ。もう私の命も長くない、希望なんて何もないわ」森田は涙声で続けた。「私を追い出すなんて、人でなしのすることよ」まるで追い出されることを恐れているかのような演技。見事な演技で涙を流しながら、床に座り込んだ森田。「この老いぼれの最期の願い、叶えてくださらない?」私は森田の完璧な演技を冷ややかに見つめ、それから沈黙を通す健一と大輔に視線を移した。「二人はどう思うの?」私と森田美代子の不仲の理由。健一だって分かっているはずだ。あの時、事態がここまで深刻化したからこそ、私たちの結婚生活を守るため、健一は苦渋の決断で森田を実家に戻してもらった。そして何度も誓ったはずだ——この先、最期の親孝行の時が来ても、決して森田を私の前に現すことはないと。そして今。わずか数年で。健一は昔の誓いなど忘れ果て、黙って私の前に立ち、青ざめた顔で私の手を掴んだ。「孝は百行の本だ」健一は重々しい声で言い放った。「産後のあの件を、いつまでも

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