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第2話

春香の腕には数千万円もする翡翠のブレスレットが目に入った。私は一瞬それを眺めた後、すぐに陽介の目をまっすぐ見据えながら、静かに言った。

「あなた、このブレスレットを春香にあげて、私には『おまけ』をくれるってどういうこと?私にはその程度で十分だって?」

彼は予想外の言葉に、一瞬戸惑ったように無言になったが、それを見た春香がすかさず泣きそうな顔で言い出した。

「お姉さん、ごめんなさい。私がこのブレスレットが気に入ったから陽介お兄さんがくれただけなの。もし気に障ったら、返すから。

陽介お兄さんと喧嘩しないでね。私のためにそんなことするのは無駄だから」

そう言いながらも手元からブレスレットを離す様子はなく、涙をぽろぽろこぼしながら陽介にしがみついている。

それを見て、陽介は彼女を庇うように抱き寄せ、私に苛立った表情を見せた。

「春香、気にするな。お前にあげたものはお前のものだ。それにしても、明珠はいつも小さなことばかり気にするんだ」

私はただ一瞥しただけで、返事もせず、パソコン画面に戻った。

そんな私を見て、陽介はさらに苛立った様子で、春香を抱き寄せながら外へ歩き出した。そして、わざと大きな音を立ててドアを開け、そこで私をじっと見つめた。

彼が私に譲歩させようとしているのは分かっている。いつもそうだった。私が先に和解を求めると、彼はますますつけあがってきた。

だから今は、彼の方を見ることさえせず、彼が春香に贈った数千万円のブレスレットの分も財産分与にしっかり加えた。

私を見て、陽介は思い切ってドアをバンと閉めた。

彼が出て行った直後、両親から電話がかかってきて、夕食に一緒に来ないかと誘われた。

実家に着くと、玄関で陽介とばったり出会った。彼は少しぎこちない笑顔を浮かべながら、「一緒に入る?」と尋ねてきた。

私は頷いて、そのまま中に入っていった。

夕食はとても気まずい雰囲気だった。両親は結婚式の日のことをまだ気にしているのか、陽介に対する態度があまり良くなかった

昔なら、私が間に入って場を和ませることもあっただろう。しかし今は、陽介が一人で気まずそうに座っているのをそのまま見ているだけだった。

夕食が終わり、帰ろうとタクシーを呼ぼうとしたその時、陽介が車を私の前に停めてくれた。ドアを開けて乗り込むと、助手席には「春香専用席」と書かれたシールが貼ってあった。

彼は気まずそうに咳払いし、「春香がどうしてもって言うから......お前はあんまり乗らないしさ」と説明したが、私は冷静に、「うん、若い子だしね、こういうの好きだもんね」とだけ答えた。

その後も彼は眉をひそめ、何か言おうとしていたが、その時私の携帯電話が鳴った。彼を気にせず、スマホでメッセージを返していた。

用事が終わった頃、陽介はすでに別荘の前に車を停めていた。私が降りると、春香は待ちきれずに彼の胸に飛び込んで、「陽介お兄さん、会いたかった!」と甘えた声をあげた。

私の目の前でのことだったので、陽介は少し困った表情を浮かべていた。春香が彼の顔にキスしようとするのを慌てて止めた。

「もう大人なんだから、そんな子供っぽいことはやめなよ」

春香は得意げな顔で私を見ながら、甘えた声で言った。

「大人になったからって、妹であることが変わるわけじゃないでしょ?」

私は二人のやり取りを無視して、さっさと中に入っていった。

ドアを開けると、モニターに春香と陽介の写真が何枚も繰り返し映し出されていた。

二人が一緒に日の出を見ているものや、食事をしているもの、さらには最後の写真には二人が情熱的にキスをしている瞬間が収められていた。

私がその写真をちらっと見ただけで、陽介は慌てて私のそばに寄ってきて言った。

「明珠、これらの写真は全部嘘だよ。信じて、絶対に怒らないで。怒るのは子供に良くないから」

振り返って彼を見ると、彼の目には一瞬の動揺が浮かんでいた。私は頷きながら言った。

「うん、いい写真だね」

陽介は眉をひそめた。

「明珠、怒らないの?」

私は平然として答えた。「うん、全然」

その言葉が終わると、私のスマートフォンが鳴った。

医者からかかってきた電話で、明日入院する件について詳しく話したいとのことだった。私は一旦脇に移動して電話に出て、陽介の顔色には目を向けなかった。

用事が終わって宴会に戻ると、陽介が春香をかばいながら、別の誰かに大声で叱責しているのが見えた。

彼らの言葉から、どうやらその人がうっかり春香の服の裾にワインをこぼしてしまったらしく、陽介はしつこく謝罪を求めていた。

その光景を見て、数年前のことを思い出した。

当時、私は陽介と一緒に宴会に出席して、シャンパンタワーの前を通りかかった時、春香に押されてしまった。その拍子に私はバランスを崩し、シャンパンタワーに倒れ込んでしまった。グラスは音を立てて割れ、ワインと血が混ざって私の体に流れ落ちた。

私は陽介に助けを求めたが、彼は大勢の前で私を罵った。「ちゃんと歩けないのか!こんな大きなシャンパンタワーが見えないのか?

そんなところにぶつかるなんて、今回の宴会がどれほど重要かわからないのか?本当に無能な人間が生きている意味がわからない!

もし私があんたなら、今すぐにでもこの場で死んでしまった方がマシだ!」

思い出に耽っていると、目の前の光景が滑稽に思えた。

私はそのまま背を向けて立ち去った。

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