第 4 話

佳子の手は震えが止まらず、涙が頬を伝い落ち、メモの上に落ちるとインクが滲んだ。

彼女は手で目尻の涙を拭い、唇を引き結んでその紙を破り、ゴミ箱に投げ捨てた。

佳子は祐摩をよく知っていた。

彼は、逆らわれることを嫌う人だ。

少しでも彼を不機嫌にさせると、徹底的に痛い目に遭わされるのだ。

佳子は小切手を手の中でぐしゃぐしゃに握りしめ、冷静さを取り戻すと、それをバッグにしまった。

彼女には感傷に浸る資格はない。

他の誰よりも、彼女はお金を必要としていた。

佳子は階下に降り、朝食を済ませた。

すると、ちょうどその時、総務から健診を忘れないようにという電話がかかってきた。

電話を切り、彼女はタクシーで病院へ向かった。

検査の際、佳子はお金を払って別の人に代わりに受けてもらった。

しばらくしてその人が戻ってくると、佳子は再びタクシーに乗り、別の病院で検査を受けた。結果が出るまでには数日かかるという。

医者は彼女のお腹を軽く触れ、「ほぼ間違いなく妊娠している」と告げた。希望を持たない方がいいとも。

佳子が病院を出た瞬間、祐摩から電話がかかってきた。「検査には行ったか？」

佳子は「行きました」と答えた。

祐摩はそれ以上聞いて来なかった。いずれ彼女の検査結果が彼のデスクに届くことを知っているのだ。

彼は簡単に話を終え、電話を切ろうとした。佳子は思わず彼を呼び止めた。「社長」

祐摩は眉を上げ、「何か用か？」

佳子は聞いてはいけないと知りつつも、どうしても尋ねずにはいられなかった。「小切手は…どういう意味ですか？」その言葉をやっとの思いで口にした。

祐摩の声は冷淡で、まるでビジネスのように「書いてあるだろ？」と返した。

彼は手にしていたペンを止め、無造作に続けた。「受け取るべき報酬だ」

佳子は拳を強く握り、しばらく黙っていた。

祐摩はさらに、「昨日の夜のあなたのサービスには満足している」と言った。

その言葉はあまりに淡々としていて、侮辱的な意味合いは感じられなかった。

だが、それでもまるで鋭い針のように彼女の心臓を刺し、無数の傷を刻んでいく。

彼にとって佳子はただのサービス業の一員にすぎない。

他のスタッフと何も変わらない。

ただ、彼女は夜の相手をしているだけなのだ。佳子は時々、本当に祐摩に少しでも憐れみを分けてくれないかと問いたくなる。

しかし、彼は冷酷な人間であり、無関係な者に情けをかけることはない。彼は常に損をしない生き方を選んでいるのだ。

佳子は深く息を吸い込んで「もう切ります」と言い、電話を切った。

その日の午後、祐摩は助手に彼女の検査結果を印刷して自分のデスクに置くよう指示した。

助手は緊張しながら、すぐにその仕事を終え、「検査結果は問題なく、健康そのものでした」と報告した。

祐摩は二三ページを流し読み、うなずいて助手を退出させた。

佳子は休暇の二日目に病院から報告書を受け取り、自分が妊娠していることを確認した。

そして、まだ形もはっきりしない小さな胎児のエコー写真も見た。

佳子は報告書を折りたたみ、バッグにしまうと、気持ちは再び混乱した。今はただ、状況に応じて動くしかないと思っていた。

短い休暇が終わり、佳子は再び会社に戻った。

宇佐美佳奈が彼女の腕を引っ張りながら愚痴をこぼした。「社長がここ数日、オフィス中の人たちをひどく叱りつけて、すごいピリピリしてるんです。私たちもう死にそう」

佳子は不思議に思った。「彼、機嫌が悪いの？」

宇佐美佳奈は神秘的な顔つきで彼女の耳元に囁いた。「社長の好きな人が帰国したらしいんですけど、どうやら体調が良くないみたいです」

佳子は一瞬呆然とした。美保が帰国したのか？ そんな話は聞いていない。

しかし、美保の体が良くないのは確かだ。

佳子は美保を好きではなかった。そして彼女の母親のことも同じくらい嫌っていた。

美保は、かつて彼女の母親の家に住んでいた。彼女の母親は、美保の母親に追い詰められ、最後には飛び降り自殺したのだ。

人は死んでしまえば楽になるが、生きながらえたまま苦しむのは、もっと恐ろしいことだった。

佳子は冷たく「そう」とだけ答えた。

夜、佳子は祐摩と一緒にチャリティーの食事会に出席しなければならなかった。車の中で、彼が明らかに機嫌が悪いことを感じ取った。

冷たく、圧倒的な雰囲気が漂っていた。

ホテルに近づいた頃、佳子はようやく「社長、今夜はお酒を飲まないでいいですか？ちょっと体調が良くなくて…」と口にした。

子供が生まれるかどうかは別として、今は自分の子供を守らなければならなかった。

祐摩は黒い目を上げ、感情のない目で彼女を見つめ、気分が悪いせいか、言葉もいつもより辛辣だった。「あなたを連れてきたのはただの飾りじゃないんだ」

佳子は唇を噛みしめ、「本当に体調が悪くて、医者からもお酒を控えるように言われてるんです」と言った。

祐摩は少し怒りを抑えているように見えた。彼が激怒しない限り、その怒りは表には出ない。

彼は感情を制御できないことを自分に許していないからだ。

冷たい声で言った。「あなたの検査結果を見たが、特に問題はなかったぞ」

車がホテルの入口に停まったが、祐摩はすぐには降りず、突然、佳子の顎をつかんで言った。「それともあなたは値上げを望んでるのか？毎月数百万円でも、酒を一杯代わりに飲んでくれないのか？」

佳子の顎は彼に強くつかまれ、少し痛みを感じた。

祐摩がここまで感情を失うことは滅多にない。

彼女は心の中で、美保の病状が悪化したのだろうと考えた。その怒りの矛先が自分に向けられたのだ。

佳子は痛みに耐えながら、「値上げなんて望んでいません」と答えた。

祐摩は「そうか」と返事し、彼女の潤んだ目を見つめながら、「なら、つわりみたいに吐きそうなふりや、お酒を飲めないふりはやめろ」と言った。

佳子の顔は青ざめ、反射的に「妊娠なんてしていません」と否定した。

祐摩は「信じている。約束を破るような人間じゃないと思ってる」と淡々と続けた。

佳子は唇をかみしめ、「はい」と答えた。

車を降りると、佳子は祐摩の腕を取って会場に入った。食事会の参加者は、お金持ちや権力者ばかり。

業界を動かすお金持ちや、政治に影響を与えるような権力者が揃っていた。

祐摩はただのお金持ちではなく、名門出身の権力者でもあり、多くの者が彼に取り入ろうとしていた。

佳子と祐摩の結婚は公にされていなかった。

そのため、会場の誰も佳子が彼の妻であることを知らず、彼女をただの愛人か秘書のように見ていた。

飽きたら捨てられる、寝たらもう新鮮味はなくなり、数ヶ月後には新しい女性が枕元にいるだろう。

佳子も、祐摩が自分を大切にしていないことを十分理解していた。

食事会の最中、祐摩の友人の渡辺創が佳子のことを聞いてきた。「あの美しい秘書が大崎さんの奥さんだって噂を聞いたけど、あれって本当？」

数秒の沈黙の後、祐摩は無関心そうに「私は彼女のサポーターだ」と答えた。

その答えを、佳子は一字一句、はっきりと聞いていた。

渡辺創は、意味ありげに笑い、佳子の美しい顔をじっと見つめながら「じゃあ、社長、彼女を二日ほど貸してくれないか？」と言った。