すべてが終わった後、光莉は力なく横を向き、静かに目尻の涙を拭った。 背後から、高峯が彼女を抱きしめ、肩に軽く口づける。 「光莉、ちゃんと離婚して、俺のもとへ戻ってこないか?そうすれば、お前も藤沢家との争いを心配しなくて済む。あの男にだって、お前の再婚を邪魔する権利はないはずだ」 光莉は疲れたように目を閉じた。 「......どうすれば、私を解放してくれるの?」 たとえ離婚したとしても、高峯と結婚するなんてあり得ない。 「手放したくない。本来、お前は俺の女だ。俺は本気でお前を愛してる。そうじゃなければ、俺たちの子供をここまで育てたりしない」 「......つまり、何があっても手を離さないつもり?一生、私にまとわりつく気?」 光莉がそう問いかけたとき、その胸には深い絶望が広がっていた。 高峯はため息をつく。 「光莉......どうして俺を許してくれない?俺のお前への想いは、あの男にも負けていない......それに、西也に償いたいとは思わないのか?彼に真実を教えたくはないのか?」 「......その名前を口にしないで」 光莉の声が冷たくなる。 西也のことを持ち出されると、胸が痛んだ。 彼女の息子を奪ったのは高峯なのに、今になって西也を利用して自分を縛ろうとするなんて。 ―なんて狡猾な男。 彼女は母として、自分の息子を見捨てることなどできなかった。 西也が自分の息子だと知ったとき、彼と向き合いたいと思った。 でも、勇気が出なかった。 彼女には西也だけでなく、修というもう一人の息子がいる。 こんな状況になるなんて思ってもみなかった。 もし時間を戻せるなら、高峯なんて男と出会うことも、曜と関わることもなかったのに。 結局、彼女の人生は「男運」がなさすぎた。 ―どうして、私はいつも最低な男ばかり選んでしまうのか。 しかも、そんな男たちに限って、あとになって未練たらしく彼女にしがみついてくる。 ―本当に、笑わせるわ。 その夜、光莉はよく眠れなかった。 高峯の腕の中で、何度も悪夢を見た。 翌朝、高峯に無理やり朝食を取らされ、それからようやく彼の家を出ることができた。 車でヴィラの専用道路を走っていると、前方に車が一台、道を塞ぐように停まっていた。 光莉はブレーキを踏
光莉はじっと花を見つめた。 何も言わず、ただ静かに― 花は彼女を一方的に非難し、何も知らずに罵っている。 以前の光莉なら、すぐに言い返していただろう。 けれど、今はそんな気力すら湧かなかった。 光莉が沈黙を続けていると、花は苛立ち、眉をひそめる。 「なぜ黙っているのですか?何か後ろめたいことがあるのですか?図星を突かれたから?」 「お嬢ちゃん」 光莉は落ち着いた口調で答えた。 「ここで私を待ち伏せしていたということは、私のことを調べたのでしょう?......なら、なぜ私があなたの父と関係を持つことになったのか、考えたことはあるか?」 「考える必要なんてありません」 花の声が怒りに震える。 「あなたが父を誘惑したからでしょう!?もういい歳なのに、恥を知るべきでは?」 光莉はふっと笑った。 「私の歳が問題なの?それなら、若ければ誘惑してもいいの?歳をとったらダメなの?」 「話をすり替えないでください!」 花は語気を強める。 「どう言い訳しても、あなたが父を誘惑したのは事実です。あなたのせいで、私の両親は離婚したんですよ?......あなたはただの不倫女です!」 彼女は吐き捨てるように言った。 「しかも、あなたには夫もいて、息子もいる。それなのに、どうしてこんなことを?お金に困っているわけでもないのに、何が目的ですか?......スリルが欲しかったのですか?」 花の非難が続く中、光莉は相変わらず静かに彼女を見ていた。 無言のまま、ただじっと。 それが花をさらに苛立たせた。 「......もしかして」 花の目が鋭く細められる。 「兄への復讐ですか?」 その言葉に、光莉の表情が一瞬だけ動いた。 花はそれを見逃さなかった。 「そうでしょう?」 彼女は確信したように言う。 「兄があなたの息子の妻を娶ったことが気に入らないから、父と関係を持ったんですよね?そのせいで、こんな恥知らずな真似を......!」 花の怒りは収まらず、なおも続ける。 「あなたもあなたの夫も、それなりの地位のある人でしょう?こんなことが世間に知れたら、どうなるか考えたことはありますか?」 「なら、あんたも黙っておいたほうがいいわ」 光莉は花に一歩近づき、低い声で囁くように言っ
「お父さん、本当にそう思っているんですか?」 「じゃあ、お前はどうなんだ?」 高峯は言った。 「花、お前は馬鹿じゃない。いろいろなことを西也と一緒になって隠していただろう?なら、お前の義姉が本当は誰を愛しているのか、一番よく分かっているはずだ」 「......」 花は言葉を失った。 高峯は手を伸ばし、娘の肩を軽く叩く。 「お前も、西也を傷つけたくはないだろう?」 「......でも、お兄ちゃんが傷つく運命だったら、どうすればいいんですか?もし最後に......最後に、若子が愛してはいけない人で、お兄ちゃんもあの子を自分の子供として受け入れられないとしたら......」 この秘密を知っているのは、彼女と成之だけ。 父はまだ何も知らない。 「どうして西也に、若子が愛してはいけない人だと知らせる必要がある?恋愛において、少しくらい愚かなほうが幸せだ」 高峯は、ふと自分と光莉のことを思い出す。 ―本来ならば、光莉も「愛してはいけない人」だった。 彼女は曜の妻だった。 それでも、彼はどうしても彼女を手に入れたかった。 たとえ脅してでも、一緒にいる時間を作りたかった。 そして今、自分の息子もまた、誰かの妻を愛している。 ―俺たちはやっぱり親子だな。どこまでも、同じように頑固だ。 自嘲気味に笑った父の顔を見て、花は少し不思議に思った。 ―お父さん、まるで自分のことを言っているみたい...... 「......お母さんは、お父さんとの恋愛で、『愚か』だったってことですか?」 彼女は、つい母のために言い返してしまう。 ―お母さんの何がいけなかったの? 今まで、父が単に若い女性が好きなだけなのかと思っていた。 けれど、彼が選んだのは若い娘ではなく、他の誰かの妻だった。 それが、彼女には理解できなかった。 ―どうせなら、ただの浮気のほうがマシだったのに...... どうせなら、若くて綺麗な女と遊んで、すぐに飽きてしまえばよかったのに。 けれど、そうではなかった。 ―お父さん、本当にあの人を愛してるの......? それが怖かった。 紀子のことを聞いた途端、高峯は眉をひそめた。 「前にも言ったはずだ。俺とお前の母親は、もう離婚したんだ」 花は胸に湧き上がる
花の言葉は、高峯の怒りを一気に爆発させた。 彼は鋭い目つきで娘を睨みつけ、まるで今にも飛びかかってきそうな獣のようだった。 「今すぐここから出て行け。俺の許可なしに二度と来るな!」 そう言い捨て、高峯は背を向けた。 しかし、花も負けてはいなかった。 地面に倒れたままではいられない。彼女はすぐに立ち上がり、父の背中に向かって叫んだ。 「お父さん、あんまりです!お母さんを利用するだけ利用して、最後は捨てて離婚して、別の女と一緒になるなんて......そんなことして、良心は痛まないんですか!?」 高峯の足が止まる。 彼は拳を強く握りしめ、歯を食いしばった。 「......お前の母親に言われて来たのか?」 「お母さんは関係ありません!」花は鋭く言い返した。「私はただ、いったいどこの女がお父さんを誘惑したのか知りたかっただけ!......でもまさか、こんなオバサンだったなんて!」 もし相手が若い女だったなら、そこまで驚きはしなかった。 もちろん腹は立っただろうが、それでもまだ「新しいものに目移りする」くらいの理由にはなる。 だが、よりによって父親が選んだのは、夫も子どももいる中年の女性だった―そんなの、現実味がなさすぎる! 「彼女は俺を誘惑したんじゃない!」 高峯は怒りのあまり声を荒げた。 「お前、俺と彼女の関係が知りたいんだろう?いいだろう、教えてやる」 彼は狂気を孕んだ笑みを浮かべながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「彼女は俺の初恋だ。俺が心から愛した女だった......だが、権力のためにお前の母親と結婚し、彼女を捨てた。ずっと後悔していた。そして今、俺は光莉を取り戻すためなら、どんな手段でも使う」 高峯の目が、獲物を捕らえた獣のように鋭く光る。 「だから俺は彼女を......力ずくで奪った。証拠の動画も撮ってある。もし俺と寝ることを拒めば、あの認知症の姑の元へ行ってやる。息子に、夫に、すべてをぶちまけてやる!あの家を一生、地獄に叩き落としてやるんだ!」 彼の表情は狂気じみていき、ついには声を上げて笑い出した。 「......これで、分かったか?」 彼は大股で花に歩み寄ると、その細い肩をがっしりと掴んだ。 「俺は自分の欲しい女のためなら、何だってやる。お前が俺の娘だろうと関係ない
花は泣きながら飛び出していった。 車に乗り込むと、そのままハンドルに突っ伏し、嗚咽を漏らす。 涙は止まらず、目はすでに赤く腫れていた。 ―どうして、父さんはこんな人なの?どうして......? ただ厳しいだけ、他人に冷たいだけの人だと思っていた。 でも違った。彼は狂ってる。家族にまで、あんなことをするなんて。 彼女は、彼の娘なのに。 さっき、もう少しで首を絞められて殺されるところだった― 痛む喉をさすりながら、花は車を走らせた。 向かったのは、祖母の家。 玄関を開けた瞬間、泣きながら叫んだ。 「おばあさん!おばあさん......!」 助けを求めるように、泣きながら走り込む。 紀子が物音を聞きつけ、すぐに階下へ降りてきた。 「花?どうしたの、こんな時間に......?」 「お母さん......!」 花は勢いよく飛び込み、母にしがみついた。 「どうしたの、花?何があったの?」 紀子は驚きながらも、娘をしっかり抱きしめる。 そして、そのとき気がついた。 花の首元―赤く痕がついている。 「......花、首を見せて」 そっと顔を上げさせると、首にはくっきりとした指の跡。 まるで誰かに強く締めつけられたような痕だった。 「どういうこと?誰がこんなことを......?」 紀子の声が強張る。 「早く教えて。誰にやられたの?」 花は涙を拭い、震える声で答えた。 「......父さん」 「......何ですって?」 紀子は息を呑んだ。 「......あの人が、あなたに手を上げたの?」 「お母さん......」 花はまた泣き出した。 紀子はすぐに花を抱き寄せ、ソファに座らせると、ティッシュで彼女の顔をそっと拭った。 「もう大丈夫だから。落ち着いて話して。何があったの?」 彼女は焦燥の色を隠せなかった。たった一人の娘なのだから。 母は体が弱い。花を産むのもやっとのことで、ずっと大事に育ててくれた。 父は厳しかったけど、それでも手を上げたことはなかったはず。 ―でも、今日、あの人は...... 紀子は震える娘を見て、怒りで体が熱くなった。 「お母さん......父さんが、どうしてお母さんと離婚したのか......全部知ってたの?
「お母さん、本当に少しも悔しくないの?こんな仕打ち、どうして耐えられるの?」 花には想像もできなかった。 母がこんなにも長い間、ただ耐え続けてきたなんて。 「愛のためだとしても、こんなに惨めな恋が、本当に愛なの?愛って、お互いに支え合うものじゃないの?でも、父さんは何をしてくれた?」 これまでずっと、高峯は求め続けるばかりだった。 それに対して、紀子は何もかも差し出してきた。 ―バカみたい。 「花、あんたが怒るのは分かる。でも、これは私が自分で選んだことなの」 紀子は静かに言う。 「愛にはいろんな形があるのよ。私は、この形を選んだだけ。バカだと言われても構わない。お父さんは、私を愛してはいなかったかもしれない。でも、愛がなかった以外は、特に大きな問題のある人じゃなかった。それに......これは、きっと天罰なのよ。だって、私は自分を愛してくれない人と結婚したんだから。この苦しみは、私が自分で選んだものなの」 「なんでお母さんが罰を受けなきゃいけないの?」 花は怒りを抑えられなかった。 「父さんは、自分の目的のためにお母さんと結婚したのよ?罰を受けるべきなのは、あの人のほうじゃないの?」 「花......」 紀子は少し困ったように微笑む。 「彼はあんたの父親よ。私たちがどうなろうと、彼はあんたを大切に育てたでしょう?だから、そんな言い方はやめて。お願いだから、お母さんのために」 花は涙を拭いながら、悔しそうに唇を噛む。 「......お母さん、そんなふうに父さんをかばって、それが本人に伝わると思う?あの人の頭の中には、もう他の女のことしかないのよ?」 「どうしてお母さんは、こんなに優しいの......?お母さんがもっと強かったら、父さんはお母さんを捨てなかったかもしれない。あの女のことで必死になることもなかったかもしれないのに......!」 「この世界には、もう悪い人が多すぎるのよ」 紀子は穏やかに微笑んだ。 「だから、私は悪い人になりたくなかったの」 その目には、優しさだけでなく、どこかやるせなさが滲んでいた。 「お母さん......」 花は声を震わせながら、涙をぼろぼろと零す。 彼女の頬は、汗と涙でぐしゃぐしゃになっていた。 紀子の視線が、再び花の首元へと移る
「このこと、おばあさんに話す。おばあさんだったら、父さんを止められるはず。見てなさい、絶対にこのまま終わらせたりしない!」 花は怒りに震えながら言った。 その表情を見た紀子は、胸が締めつけられるような思いだった。 ―このままでは、花がいつか高峯と同じようになってしまう。 彼女の中に流れているのは、間違いなくあの人の血。 だからこそ、必死に寄り添い、育ててきた。 たとえ離婚したとしても、花には決してあの人のようになってほしくなかった。 「花、待って」 突然、紀子が彼女の手を取った。 「おばあさんに話さないで」 「......なんで?」 花は思わず声を荒げた。 「お母さんは、まだあの人たちの肩を持つの!?どうして?どうして!?なんであんな最低な二人を庇うの!?」 「違うのよ、花」 紀子は娘の肩をしっかりと掴み、真剣な表情で言った。 「お母さんは、あの人たちを庇ってるんじゃない。ただ、あんたを守りたいのよ」 「そんなのおかしいよ!どうしてそれが私を守ることになるの!?」 「お母さんはね、花の心が憎しみでいっぱいになるのが怖いのよ。おばあさんに話せば、きっと何かしら行動を起こすでしょう?そうなったら、すぐにお父さんにもバレるわ。私は、あんたとお父さんが敵対するようなことにはなってほしくない」 「でも、父さんと対立するのがそんなに悪いこと?お母さん、本当は父さんをかばってるんでしょ?」 花は悔しそうに言った。 「お母さんは、私が父さんを嫌うのが嫌なんでしょ?でも......でも私は、お母さんのことが好きだから!」 「......本当に、いい娘を持ったわ」 紀子は穏やかに微笑んだ。 「私を守ろうとしてくれるのは、とても嬉しい。でも、もしこのことが大事になったら、私はもっと苦しくなる。だからお願い。おばあさんには言わないでほしいの」 紀子の切実な願いに、花はため息をついた。 「......分かった。お母さんがそこまで言うなら、言わない」 「いい子ね」 紀子は娘の頬に手を添え、優しく微笑んだ。 「お父さんの件は、私が直接話すわ。もしまたあんたを傷つけるようなことをしたら、そのときは絶対に黙っていない」 彼女の声は優しかったが、そこには決意が込められていた。 何があ
松本若子は小さな体を布団に包み込み、お腹を優しく撫でながら、ほっと息をついた。よかった、赤ちゃんは無事だ。昨晩、修が帰ってきて、彼女と親密になろうとした。夫婦として2ヶ月会っていなかったため、彼女は彼を拒むことができなかった。藤沢修はすでに身支度を整え、グレーのハンドメイドスーツに包まれた長身で洗練された彼の姿は、貴族的で魅力的だった。彼は椅子に座り、タブレットを操作しながら、ゆったりとした動作で指を動かしていた。その仕草には、わずかな気だるさとセクシーさが漂っていた。彼は、ベッドの上で布団に包まって自分を見つめている彼女に気づき、淡々と言った。「目が覚めた?朝ごはんを食べにおいで」「うんうん」松本若子はパジャマを着て、顔を赤らめながらベッドから降りた。ダイニングで、松本若子はフォークで皿の卵をつつきながら、左手でお腹を撫で、緊張と期待が入り混じった声で言った。「あなたに話があるの」「俺も話がある」藤沢修も同時に口を開いた。「…」二人は顔を見合わせた。沈黙の後、藤沢修が言った。「先に話してくれ」「いや、あなたからどうぞ」彼が自分から話を切り出すことは滅多にない。彼は皿の目玉焼きをゆっくりと切りながら言った。「離婚協議書を用意させた。後で届けさせるから、不満があれば言ってくれ。修正させるから、できるだけ早くサインしてくれ」「…」松本若子は呆然とし、頭の中が真っ白になった。椅子に座っているにもかかわらず、今にも倒れそうな感覚だった。呼吸することさえ忘れてしまった。「あなた、私たちが離婚するって言ったの?」彼女はかすれた声で尋ねた。そのトーンには信じられないという気持ちが込められていた。密かに自分の足を摘んで、悪夢から目覚めようとさえしていた。「そうだ」彼の返事は、冷たさすら感じさせないほど平静だった。松本若子の頭は一瞬で混乱した。昨夜まで二人で最も親密な行為をしていたというのに、今では何でもないように離婚を切り出すなんて!彼女はお腹を押さえ、目に涙が浮かんだ。「もし私たちに…」「雅子が帰国した。だから俺たちの契約結婚も終わりだ」「…」この1年間の甘い生活で、彼女はそのことをほとんど忘れかけていた。彼らは契約結婚をしていたのだ。最初から彼の心には別の女性がいて、いつか離婚す
「このこと、おばあさんに話す。おばあさんだったら、父さんを止められるはず。見てなさい、絶対にこのまま終わらせたりしない!」 花は怒りに震えながら言った。 その表情を見た紀子は、胸が締めつけられるような思いだった。 ―このままでは、花がいつか高峯と同じようになってしまう。 彼女の中に流れているのは、間違いなくあの人の血。 だからこそ、必死に寄り添い、育ててきた。 たとえ離婚したとしても、花には決してあの人のようになってほしくなかった。 「花、待って」 突然、紀子が彼女の手を取った。 「おばあさんに話さないで」 「......なんで?」 花は思わず声を荒げた。 「お母さんは、まだあの人たちの肩を持つの!?どうして?どうして!?なんであんな最低な二人を庇うの!?」 「違うのよ、花」 紀子は娘の肩をしっかりと掴み、真剣な表情で言った。 「お母さんは、あの人たちを庇ってるんじゃない。ただ、あんたを守りたいのよ」 「そんなのおかしいよ!どうしてそれが私を守ることになるの!?」 「お母さんはね、花の心が憎しみでいっぱいになるのが怖いのよ。おばあさんに話せば、きっと何かしら行動を起こすでしょう?そうなったら、すぐにお父さんにもバレるわ。私は、あんたとお父さんが敵対するようなことにはなってほしくない」 「でも、父さんと対立するのがそんなに悪いこと?お母さん、本当は父さんをかばってるんでしょ?」 花は悔しそうに言った。 「お母さんは、私が父さんを嫌うのが嫌なんでしょ?でも......でも私は、お母さんのことが好きだから!」 「......本当に、いい娘を持ったわ」 紀子は穏やかに微笑んだ。 「私を守ろうとしてくれるのは、とても嬉しい。でも、もしこのことが大事になったら、私はもっと苦しくなる。だからお願い。おばあさんには言わないでほしいの」 紀子の切実な願いに、花はため息をついた。 「......分かった。お母さんがそこまで言うなら、言わない」 「いい子ね」 紀子は娘の頬に手を添え、優しく微笑んだ。 「お父さんの件は、私が直接話すわ。もしまたあんたを傷つけるようなことをしたら、そのときは絶対に黙っていない」 彼女の声は優しかったが、そこには決意が込められていた。 何があ
「お母さん、本当に少しも悔しくないの?こんな仕打ち、どうして耐えられるの?」 花には想像もできなかった。 母がこんなにも長い間、ただ耐え続けてきたなんて。 「愛のためだとしても、こんなに惨めな恋が、本当に愛なの?愛って、お互いに支え合うものじゃないの?でも、父さんは何をしてくれた?」 これまでずっと、高峯は求め続けるばかりだった。 それに対して、紀子は何もかも差し出してきた。 ―バカみたい。 「花、あんたが怒るのは分かる。でも、これは私が自分で選んだことなの」 紀子は静かに言う。 「愛にはいろんな形があるのよ。私は、この形を選んだだけ。バカだと言われても構わない。お父さんは、私を愛してはいなかったかもしれない。でも、愛がなかった以外は、特に大きな問題のある人じゃなかった。それに......これは、きっと天罰なのよ。だって、私は自分を愛してくれない人と結婚したんだから。この苦しみは、私が自分で選んだものなの」 「なんでお母さんが罰を受けなきゃいけないの?」 花は怒りを抑えられなかった。 「父さんは、自分の目的のためにお母さんと結婚したのよ?罰を受けるべきなのは、あの人のほうじゃないの?」 「花......」 紀子は少し困ったように微笑む。 「彼はあんたの父親よ。私たちがどうなろうと、彼はあんたを大切に育てたでしょう?だから、そんな言い方はやめて。お願いだから、お母さんのために」 花は涙を拭いながら、悔しそうに唇を噛む。 「......お母さん、そんなふうに父さんをかばって、それが本人に伝わると思う?あの人の頭の中には、もう他の女のことしかないのよ?」 「どうしてお母さんは、こんなに優しいの......?お母さんがもっと強かったら、父さんはお母さんを捨てなかったかもしれない。あの女のことで必死になることもなかったかもしれないのに......!」 「この世界には、もう悪い人が多すぎるのよ」 紀子は穏やかに微笑んだ。 「だから、私は悪い人になりたくなかったの」 その目には、優しさだけでなく、どこかやるせなさが滲んでいた。 「お母さん......」 花は声を震わせながら、涙をぼろぼろと零す。 彼女の頬は、汗と涙でぐしゃぐしゃになっていた。 紀子の視線が、再び花の首元へと移る
花は泣きながら飛び出していった。 車に乗り込むと、そのままハンドルに突っ伏し、嗚咽を漏らす。 涙は止まらず、目はすでに赤く腫れていた。 ―どうして、父さんはこんな人なの?どうして......? ただ厳しいだけ、他人に冷たいだけの人だと思っていた。 でも違った。彼は狂ってる。家族にまで、あんなことをするなんて。 彼女は、彼の娘なのに。 さっき、もう少しで首を絞められて殺されるところだった― 痛む喉をさすりながら、花は車を走らせた。 向かったのは、祖母の家。 玄関を開けた瞬間、泣きながら叫んだ。 「おばあさん!おばあさん......!」 助けを求めるように、泣きながら走り込む。 紀子が物音を聞きつけ、すぐに階下へ降りてきた。 「花?どうしたの、こんな時間に......?」 「お母さん......!」 花は勢いよく飛び込み、母にしがみついた。 「どうしたの、花?何があったの?」 紀子は驚きながらも、娘をしっかり抱きしめる。 そして、そのとき気がついた。 花の首元―赤く痕がついている。 「......花、首を見せて」 そっと顔を上げさせると、首にはくっきりとした指の跡。 まるで誰かに強く締めつけられたような痕だった。 「どういうこと?誰がこんなことを......?」 紀子の声が強張る。 「早く教えて。誰にやられたの?」 花は涙を拭い、震える声で答えた。 「......父さん」 「......何ですって?」 紀子は息を呑んだ。 「......あの人が、あなたに手を上げたの?」 「お母さん......」 花はまた泣き出した。 紀子はすぐに花を抱き寄せ、ソファに座らせると、ティッシュで彼女の顔をそっと拭った。 「もう大丈夫だから。落ち着いて話して。何があったの?」 彼女は焦燥の色を隠せなかった。たった一人の娘なのだから。 母は体が弱い。花を産むのもやっとのことで、ずっと大事に育ててくれた。 父は厳しかったけど、それでも手を上げたことはなかったはず。 ―でも、今日、あの人は...... 紀子は震える娘を見て、怒りで体が熱くなった。 「お母さん......父さんが、どうしてお母さんと離婚したのか......全部知ってたの?
花の言葉は、高峯の怒りを一気に爆発させた。 彼は鋭い目つきで娘を睨みつけ、まるで今にも飛びかかってきそうな獣のようだった。 「今すぐここから出て行け。俺の許可なしに二度と来るな!」 そう言い捨て、高峯は背を向けた。 しかし、花も負けてはいなかった。 地面に倒れたままではいられない。彼女はすぐに立ち上がり、父の背中に向かって叫んだ。 「お父さん、あんまりです!お母さんを利用するだけ利用して、最後は捨てて離婚して、別の女と一緒になるなんて......そんなことして、良心は痛まないんですか!?」 高峯の足が止まる。 彼は拳を強く握りしめ、歯を食いしばった。 「......お前の母親に言われて来たのか?」 「お母さんは関係ありません!」花は鋭く言い返した。「私はただ、いったいどこの女がお父さんを誘惑したのか知りたかっただけ!......でもまさか、こんなオバサンだったなんて!」 もし相手が若い女だったなら、そこまで驚きはしなかった。 もちろん腹は立っただろうが、それでもまだ「新しいものに目移りする」くらいの理由にはなる。 だが、よりによって父親が選んだのは、夫も子どももいる中年の女性だった―そんなの、現実味がなさすぎる! 「彼女は俺を誘惑したんじゃない!」 高峯は怒りのあまり声を荒げた。 「お前、俺と彼女の関係が知りたいんだろう?いいだろう、教えてやる」 彼は狂気を孕んだ笑みを浮かべながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「彼女は俺の初恋だ。俺が心から愛した女だった......だが、権力のためにお前の母親と結婚し、彼女を捨てた。ずっと後悔していた。そして今、俺は光莉を取り戻すためなら、どんな手段でも使う」 高峯の目が、獲物を捕らえた獣のように鋭く光る。 「だから俺は彼女を......力ずくで奪った。証拠の動画も撮ってある。もし俺と寝ることを拒めば、あの認知症の姑の元へ行ってやる。息子に、夫に、すべてをぶちまけてやる!あの家を一生、地獄に叩き落としてやるんだ!」 彼の表情は狂気じみていき、ついには声を上げて笑い出した。 「......これで、分かったか?」 彼は大股で花に歩み寄ると、その細い肩をがっしりと掴んだ。 「俺は自分の欲しい女のためなら、何だってやる。お前が俺の娘だろうと関係ない
「お父さん、本当にそう思っているんですか?」 「じゃあ、お前はどうなんだ?」 高峯は言った。 「花、お前は馬鹿じゃない。いろいろなことを西也と一緒になって隠していただろう?なら、お前の義姉が本当は誰を愛しているのか、一番よく分かっているはずだ」 「......」 花は言葉を失った。 高峯は手を伸ばし、娘の肩を軽く叩く。 「お前も、西也を傷つけたくはないだろう?」 「......でも、お兄ちゃんが傷つく運命だったら、どうすればいいんですか?もし最後に......最後に、若子が愛してはいけない人で、お兄ちゃんもあの子を自分の子供として受け入れられないとしたら......」 この秘密を知っているのは、彼女と成之だけ。 父はまだ何も知らない。 「どうして西也に、若子が愛してはいけない人だと知らせる必要がある?恋愛において、少しくらい愚かなほうが幸せだ」 高峯は、ふと自分と光莉のことを思い出す。 ―本来ならば、光莉も「愛してはいけない人」だった。 彼女は曜の妻だった。 それでも、彼はどうしても彼女を手に入れたかった。 たとえ脅してでも、一緒にいる時間を作りたかった。 そして今、自分の息子もまた、誰かの妻を愛している。 ―俺たちはやっぱり親子だな。どこまでも、同じように頑固だ。 自嘲気味に笑った父の顔を見て、花は少し不思議に思った。 ―お父さん、まるで自分のことを言っているみたい...... 「......お母さんは、お父さんとの恋愛で、『愚か』だったってことですか?」 彼女は、つい母のために言い返してしまう。 ―お母さんの何がいけなかったの? 今まで、父が単に若い女性が好きなだけなのかと思っていた。 けれど、彼が選んだのは若い娘ではなく、他の誰かの妻だった。 それが、彼女には理解できなかった。 ―どうせなら、ただの浮気のほうがマシだったのに...... どうせなら、若くて綺麗な女と遊んで、すぐに飽きてしまえばよかったのに。 けれど、そうではなかった。 ―お父さん、本当にあの人を愛してるの......? それが怖かった。 紀子のことを聞いた途端、高峯は眉をひそめた。 「前にも言ったはずだ。俺とお前の母親は、もう離婚したんだ」 花は胸に湧き上がる
光莉はじっと花を見つめた。 何も言わず、ただ静かに― 花は彼女を一方的に非難し、何も知らずに罵っている。 以前の光莉なら、すぐに言い返していただろう。 けれど、今はそんな気力すら湧かなかった。 光莉が沈黙を続けていると、花は苛立ち、眉をひそめる。 「なぜ黙っているのですか?何か後ろめたいことがあるのですか?図星を突かれたから?」 「お嬢ちゃん」 光莉は落ち着いた口調で答えた。 「ここで私を待ち伏せしていたということは、私のことを調べたのでしょう?......なら、なぜ私があなたの父と関係を持つことになったのか、考えたことはあるか?」 「考える必要なんてありません」 花の声が怒りに震える。 「あなたが父を誘惑したからでしょう!?もういい歳なのに、恥を知るべきでは?」 光莉はふっと笑った。 「私の歳が問題なの?それなら、若ければ誘惑してもいいの?歳をとったらダメなの?」 「話をすり替えないでください!」 花は語気を強める。 「どう言い訳しても、あなたが父を誘惑したのは事実です。あなたのせいで、私の両親は離婚したんですよ?......あなたはただの不倫女です!」 彼女は吐き捨てるように言った。 「しかも、あなたには夫もいて、息子もいる。それなのに、どうしてこんなことを?お金に困っているわけでもないのに、何が目的ですか?......スリルが欲しかったのですか?」 花の非難が続く中、光莉は相変わらず静かに彼女を見ていた。 無言のまま、ただじっと。 それが花をさらに苛立たせた。 「......もしかして」 花の目が鋭く細められる。 「兄への復讐ですか?」 その言葉に、光莉の表情が一瞬だけ動いた。 花はそれを見逃さなかった。 「そうでしょう?」 彼女は確信したように言う。 「兄があなたの息子の妻を娶ったことが気に入らないから、父と関係を持ったんですよね?そのせいで、こんな恥知らずな真似を......!」 花の怒りは収まらず、なおも続ける。 「あなたもあなたの夫も、それなりの地位のある人でしょう?こんなことが世間に知れたら、どうなるか考えたことはありますか?」 「なら、あんたも黙っておいたほうがいいわ」 光莉は花に一歩近づき、低い声で囁くように言っ
すべてが終わった後、光莉は力なく横を向き、静かに目尻の涙を拭った。 背後から、高峯が彼女を抱きしめ、肩に軽く口づける。 「光莉、ちゃんと離婚して、俺のもとへ戻ってこないか?そうすれば、お前も藤沢家との争いを心配しなくて済む。あの男にだって、お前の再婚を邪魔する権利はないはずだ」 光莉は疲れたように目を閉じた。 「......どうすれば、私を解放してくれるの?」 たとえ離婚したとしても、高峯と結婚するなんてあり得ない。 「手放したくない。本来、お前は俺の女だ。俺は本気でお前を愛してる。そうじゃなければ、俺たちの子供をここまで育てたりしない」 「......つまり、何があっても手を離さないつもり?一生、私にまとわりつく気?」 光莉がそう問いかけたとき、その胸には深い絶望が広がっていた。 高峯はため息をつく。 「光莉......どうして俺を許してくれない?俺のお前への想いは、あの男にも負けていない......それに、西也に償いたいとは思わないのか?彼に真実を教えたくはないのか?」 「......その名前を口にしないで」 光莉の声が冷たくなる。 西也のことを持ち出されると、胸が痛んだ。 彼女の息子を奪ったのは高峯なのに、今になって西也を利用して自分を縛ろうとするなんて。 ―なんて狡猾な男。 彼女は母として、自分の息子を見捨てることなどできなかった。 西也が自分の息子だと知ったとき、彼と向き合いたいと思った。 でも、勇気が出なかった。 彼女には西也だけでなく、修というもう一人の息子がいる。 こんな状況になるなんて思ってもみなかった。 もし時間を戻せるなら、高峯なんて男と出会うことも、曜と関わることもなかったのに。 結局、彼女の人生は「男運」がなさすぎた。 ―どうして、私はいつも最低な男ばかり選んでしまうのか。 しかも、そんな男たちに限って、あとになって未練たらしく彼女にしがみついてくる。 ―本当に、笑わせるわ。 その夜、光莉はよく眠れなかった。 高峯の腕の中で、何度も悪夢を見た。 翌朝、高峯に無理やり朝食を取らされ、それからようやく彼の家を出ることができた。 車でヴィラの専用道路を走っていると、前方に車が一台、道を塞ぐように停まっていた。 光莉はブレーキを踏
光莉はスマホの画面に映る着信表示を見て、心臓が跳ね上がった。 すぐに手を伸ばし、スマホを奪おうとする。 だが、高峯はそれを軽々と持ち上げた。 「お前の旦那からだ。出るか?」 「返して」 光莉は真剣な眼差しで彼を睨みつける。 しかし、高峯は鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべた。 「出たいのか?じゃあ、俺が出てやるよ」 「やめて!」 光莉が止めようとするよりも早く、高峯は指を滑らせ、通話を繋げた。 さらに、スピーカーモードにしてしまう。 光莉の顔が一気に青ざめた。 すぐにスマホから曜の声が響く。 「......もしもし、光莉?もう寝た?」 光莉の体が小さく震えた。 怒りを込めた視線で高峯を睨みつける。 しかし、彼は得意げな表情を崩さないまま、スマホを枕元に置くと、ゆっくりと彼女に覆いかぶさる。 わざと、曜に聞こえるように仕向けるつもりなのか。 光莉はぎゅっと目を閉じ、力を込めて高峯を押しのけた。 その頃、スマホの向こうでは、曜が不安げに問いかける。 「光莉?聞こえてる?電波が悪いのか?......光莉?」 高峯の顔がさらに近づいてくる。 光莉は彼の頭を押し返し、必死に言葉を絞り出した。 「......聞こえてる。もう寝るところだったけど、何か用?」 曜の声は、どこか安心したような、それでいて寂しげな響きを帯びていた。 「......そうか。いや、ただ......ちょっと声が聞きたくなって」 光莉が言葉を返す間もなく、高峯が再び唇を寄せてくる。 彼女は反射的に手で彼の口を塞いだ。 だが、それすらも彼にとっては遊びの一部に過ぎなかったらしい。 高峯はわざと小さく笑い、その声がスマホのスピーカーから漏れる。 曜の声が、一瞬止まる。 そして、疑わしげな口調で問いかける。 「光莉......誰かいるのか?」 光莉は再び彼の口を塞ぎながら、冷静を装い、即座に言った。 「......映画を見てるの。何か用?用がないなら、もう寝るから」 高峯は彼女の手を引き剥がし、その両腕を枕の横に押さえつける。 そのまま、また唇を寄せようとする。 光莉は必死に耐え、曜にバレないよう、必死に声を抑えた。 曜の声は、どこか寂しげだった。 「......何を
深夜、高級なプライベートヴィラの前に一台の車が停まる。 光莉はハンドルを握ったまま、しばらく降りようとしなかった。 コツン。 窓がノックされ、彼女はようやく窓を開ける。 窓の外では、高峯が笑みを浮かべて立っていた。 「来たんだな。ずいぶん待ったよ」 そう言いながら、彼はまるで紳士のように車のドアを開けた。 だが、光莉は知っている。 この男が、どんな顔をして笑っているのか。 彼女はバッグを手に取り、車を降りる。 高峯が手を差し出した。 「持ってやるよ」 「いらない」 彼を無視して、光莉はヴィラの中へと足を向けた。 高峯は軽い足取りで彼女の後を追いながら、何気なく問いかける。 「夕飯は食べたか?」 「食べた」 「夜食は?」 「いらない」 光莉は相手にするつもりもなく、まっすぐ階段を上がっていく。 そして二人が寝室へ入ると、彼女はバッグを適当に置き、無言で服を脱ぎ始めた。 高峯は腕を組み、その様子をじっと見つめる。 途中で、光莉は冷たく言った。 「何ボーッとしてるの?さっさと脱ぎなさいよ。終わったら帰るから」 「こんな時間に?帰ってどうする」 高峯は彼女に歩み寄り、優雅な手つきで外套を脱がせ、シャツのボタンを外していく。 「今夜はここにいろよ。明日の朝、一緒に朝食でもどうだ?」 彼は光莉の服を一枚ずつ脱がせると、そのまま抱き上げ、ベッドへと横たえた。 そして、唇を重ねようと顔を近づける。 だが、その瞬間、光莉は彼の口を手で塞いだ。 「......私のネックレスは?返して」 高峯は枕の下からチェーンを取り出し、目の前で軽く振る。 「これか?」 光莉はすぐに手を伸ばしたが、高峯はさっとそれを避ける。 「慌てるな。俺がつけてやる」 彼は片手で彼女の後頭部を支え、もう一方の手でネックレスをかけようとした。 だが、光莉は力強く振りほどいた。 「自分でできる。さっさと終わらせなさい。用が済んだら帰るから」 高峯は手にしたネックレスを握りしめ、光莉の両手を強く押さえつけた。 「今夜は帰るな」 「......命令してる?」 光莉は冷たく言い放つ。 高峯は穏やかに微笑みながら、彼女の頬に手を這わせた。 「ただ、お前にいて