「......言わないか?」 修は冷たく言い放つと、踵を返した。 「なら、お前は俺との取引のチャンスを逃したってことだ」 そう言い捨て、病室を出ようとする。 「待ってください!」 ノラが慌てて呼び止めた。 修は足を止め、振り返る。 「......考えを変えたのか?」 ノラは少し考え込むように視線を落とし、やがて言った。 「今すぐに交換条件を思いつきません。でも、先に貸しにしてもらえますか?後で僕が何かお願いするとき、ちゃんと聞いてもらえます?」 修はゆっくりと歩み寄り、ベッドの横で腕を組む。 「......いいだろう。約束する」 「なら、教えます。でも......」ノラは慎重に言葉を選ぶように続けた。「絶対に僕から聞いたとは言わないでくださいね?お姉さんにバレたら、怒られますから。僕、もう藤沢さんの味方ってことでいいですよね?」 ノラはベッドサイドのメモ用紙を取り上げ、ペンを走らせた。 「ここがアメリカで一番の病院です。西也お兄さんはここで治療を受けています。そして、こっちが住んでいる場所。病院の近くですよ」 修はメモに書かれた住所を一瞬で覚えた。 そして、無言で紙を握りしめると、そのままくしゃくしゃに丸める。 瞳の奥には冷たい光が宿っていた。 「僕たち、約束しましたよね?」ノラは小指を差し出した。「絶対に僕が教えたって言っちゃダメですよ。ちゃんと誓ってください!」 修はちらりと彼を見たが、何も言わずに病室を後にした。 侑子がすぐに後を追う。 「藤沢さん!」 しばらく無言のまま歩いていた修は、ふと足を止めた。 「......山田さん、さっきのことは忘れてくれ」 「でも......見ちゃったよ」 侑子は不安げに言った。 「住所を手に入れたってことは、アメリカに行くつもりなの?元妻さんに会いに?」 彼が元妻に会いに行くことが、彼のためになるとは到底思えなかった。 それに―あの人が、もしまた彼を傷つけたら? 前回、修があんなにも深く傷を負ったのは、あの元妻が関わっているせいだと聞いたことがある。 もし、また同じことが起きたら? それに、アメリカは危険な場所だ。銃社会でもある。 もし本当に彼女に命を狙われたら―? 「そんなの、関係ない」 修
深夜、高級なプライベートヴィラの前に一台の車が停まる。 光莉はハンドルを握ったまま、しばらく降りようとしなかった。 コツン。 窓がノックされ、彼女はようやく窓を開ける。 窓の外では、高峯が笑みを浮かべて立っていた。 「来たんだな。ずいぶん待ったよ」 そう言いながら、彼はまるで紳士のように車のドアを開けた。 だが、光莉は知っている。 この男が、どんな顔をして笑っているのか。 彼女はバッグを手に取り、車を降りる。 高峯が手を差し出した。 「持ってやるよ」 「いらない」 彼を無視して、光莉はヴィラの中へと足を向けた。 高峯は軽い足取りで彼女の後を追いながら、何気なく問いかける。 「夕飯は食べたか?」 「食べた」 「夜食は?」 「いらない」 光莉は相手にするつもりもなく、まっすぐ階段を上がっていく。 そして二人が寝室へ入ると、彼女はバッグを適当に置き、無言で服を脱ぎ始めた。 高峯は腕を組み、その様子をじっと見つめる。 途中で、光莉は冷たく言った。 「何ボーッとしてるの?さっさと脱ぎなさいよ。終わったら帰るから」 「こんな時間に?帰ってどうする」 高峯は彼女に歩み寄り、優雅な手つきで外套を脱がせ、シャツのボタンを外していく。 「今夜はここにいろよ。明日の朝、一緒に朝食でもどうだ?」 彼は光莉の服を一枚ずつ脱がせると、そのまま抱き上げ、ベッドへと横たえた。 そして、唇を重ねようと顔を近づける。 だが、その瞬間、光莉は彼の口を手で塞いだ。 「......私のネックレスは?返して」 高峯は枕の下からチェーンを取り出し、目の前で軽く振る。 「これか?」 光莉はすぐに手を伸ばしたが、高峯はさっとそれを避ける。 「慌てるな。俺がつけてやる」 彼は片手で彼女の後頭部を支え、もう一方の手でネックレスをかけようとした。 だが、光莉は力強く振りほどいた。 「自分でできる。さっさと終わらせなさい。用が済んだら帰るから」 高峯は手にしたネックレスを握りしめ、光莉の両手を強く押さえつけた。 「今夜は帰るな」 「......命令してる?」 光莉は冷たく言い放つ。 高峯は穏やかに微笑みながら、彼女の頬に手を這わせた。 「ただ、お前にいて
光莉はスマホの画面に映る着信表示を見て、心臓が跳ね上がった。 すぐに手を伸ばし、スマホを奪おうとする。 だが、高峯はそれを軽々と持ち上げた。 「お前の旦那からだ。出るか?」 「返して」 光莉は真剣な眼差しで彼を睨みつける。 しかし、高峯は鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべた。 「出たいのか?じゃあ、俺が出てやるよ」 「やめて!」 光莉が止めようとするよりも早く、高峯は指を滑らせ、通話を繋げた。 さらに、スピーカーモードにしてしまう。 光莉の顔が一気に青ざめた。 すぐにスマホから曜の声が響く。 「......もしもし、光莉?もう寝た?」 光莉の体が小さく震えた。 怒りを込めた視線で高峯を睨みつける。 しかし、彼は得意げな表情を崩さないまま、スマホを枕元に置くと、ゆっくりと彼女に覆いかぶさる。 わざと、曜に聞こえるように仕向けるつもりなのか。 光莉はぎゅっと目を閉じ、力を込めて高峯を押しのけた。 その頃、スマホの向こうでは、曜が不安げに問いかける。 「光莉?聞こえてる?電波が悪いのか?......光莉?」 高峯の顔がさらに近づいてくる。 光莉は彼の頭を押し返し、必死に言葉を絞り出した。 「......聞こえてる。もう寝るところだったけど、何か用?」 曜の声は、どこか安心したような、それでいて寂しげな響きを帯びていた。 「......そうか。いや、ただ......ちょっと声が聞きたくなって」 光莉が言葉を返す間もなく、高峯が再び唇を寄せてくる。 彼女は反射的に手で彼の口を塞いだ。 だが、それすらも彼にとっては遊びの一部に過ぎなかったらしい。 高峯はわざと小さく笑い、その声がスマホのスピーカーから漏れる。 曜の声が、一瞬止まる。 そして、疑わしげな口調で問いかける。 「光莉......誰かいるのか?」 光莉は再び彼の口を塞ぎながら、冷静を装い、即座に言った。 「......映画を見てるの。何か用?用がないなら、もう寝るから」 高峯は彼女の手を引き剥がし、その両腕を枕の横に押さえつける。 そのまま、また唇を寄せようとする。 光莉は必死に耐え、曜にバレないよう、必死に声を抑えた。 曜の声は、どこか寂しげだった。 「......何を
すべてが終わった後、光莉は力なく横を向き、静かに目尻の涙を拭った。 背後から、高峯が彼女を抱きしめ、肩に軽く口づける。 「光莉、ちゃんと離婚して、俺のもとへ戻ってこないか?そうすれば、お前も藤沢家との争いを心配しなくて済む。あの男にだって、お前の再婚を邪魔する権利はないはずだ」 光莉は疲れたように目を閉じた。 「......どうすれば、私を解放してくれるの?」 たとえ離婚したとしても、高峯と結婚するなんてあり得ない。 「手放したくない。本来、お前は俺の女だ。俺は本気でお前を愛してる。そうじゃなければ、俺たちの子供をここまで育てたりしない」 「......つまり、何があっても手を離さないつもり?一生、私にまとわりつく気?」 光莉がそう問いかけたとき、その胸には深い絶望が広がっていた。 高峯はため息をつく。 「光莉......どうして俺を許してくれない?俺のお前への想いは、あの男にも負けていない......それに、西也に償いたいとは思わないのか?彼に真実を教えたくはないのか?」 「......その名前を口にしないで」 光莉の声が冷たくなる。 西也のことを持ち出されると、胸が痛んだ。 彼女の息子を奪ったのは高峯なのに、今になって西也を利用して自分を縛ろうとするなんて。 ―なんて狡猾な男。 彼女は母として、自分の息子を見捨てることなどできなかった。 西也が自分の息子だと知ったとき、彼と向き合いたいと思った。 でも、勇気が出なかった。 彼女には西也だけでなく、修というもう一人の息子がいる。 こんな状況になるなんて思ってもみなかった。 もし時間を戻せるなら、高峯なんて男と出会うことも、曜と関わることもなかったのに。 結局、彼女の人生は「男運」がなさすぎた。 ―どうして、私はいつも最低な男ばかり選んでしまうのか。 しかも、そんな男たちに限って、あとになって未練たらしく彼女にしがみついてくる。 ―本当に、笑わせるわ。 その夜、光莉はよく眠れなかった。 高峯の腕の中で、何度も悪夢を見た。 翌朝、高峯に無理やり朝食を取らされ、それからようやく彼の家を出ることができた。 車でヴィラの専用道路を走っていると、前方に車が一台、道を塞ぐように停まっていた。 光莉はブレーキを踏
光莉はじっと花を見つめた。 何も言わず、ただ静かに― 花は彼女を一方的に非難し、何も知らずに罵っている。 以前の光莉なら、すぐに言い返していただろう。 けれど、今はそんな気力すら湧かなかった。 光莉が沈黙を続けていると、花は苛立ち、眉をひそめる。 「なぜ黙っているのですか?何か後ろめたいことがあるのですか?図星を突かれたから?」 「お嬢ちゃん」 光莉は落ち着いた口調で答えた。 「ここで私を待ち伏せしていたということは、私のことを調べたのでしょう?......なら、なぜ私があなたの父と関係を持つことになったのか、考えたことはあるか?」 「考える必要なんてありません」 花の声が怒りに震える。 「あなたが父を誘惑したからでしょう!?もういい歳なのに、恥を知るべきでは?」 光莉はふっと笑った。 「私の歳が問題なの?それなら、若ければ誘惑してもいいの?歳をとったらダメなの?」 「話をすり替えないでください!」 花は語気を強める。 「どう言い訳しても、あなたが父を誘惑したのは事実です。あなたのせいで、私の両親は離婚したんですよ?......あなたはただの不倫女です!」 彼女は吐き捨てるように言った。 「しかも、あなたには夫もいて、息子もいる。それなのに、どうしてこんなことを?お金に困っているわけでもないのに、何が目的ですか?......スリルが欲しかったのですか?」 花の非難が続く中、光莉は相変わらず静かに彼女を見ていた。 無言のまま、ただじっと。 それが花をさらに苛立たせた。 「......もしかして」 花の目が鋭く細められる。 「兄への復讐ですか?」 その言葉に、光莉の表情が一瞬だけ動いた。 花はそれを見逃さなかった。 「そうでしょう?」 彼女は確信したように言う。 「兄があなたの息子の妻を娶ったことが気に入らないから、父と関係を持ったんですよね?そのせいで、こんな恥知らずな真似を......!」 花の怒りは収まらず、なおも続ける。 「あなたもあなたの夫も、それなりの地位のある人でしょう?こんなことが世間に知れたら、どうなるか考えたことはありますか?」 「なら、あんたも黙っておいたほうがいいわ」 光莉は花に一歩近づき、低い声で囁くように言っ
「お父さん、本当にそう思っているんですか?」 「じゃあ、お前はどうなんだ?」 高峯は言った。 「花、お前は馬鹿じゃない。いろいろなことを西也と一緒になって隠していただろう?なら、お前の義姉が本当は誰を愛しているのか、一番よく分かっているはずだ」 「......」 花は言葉を失った。 高峯は手を伸ばし、娘の肩を軽く叩く。 「お前も、西也を傷つけたくはないだろう?」 「......でも、お兄ちゃんが傷つく運命だったら、どうすればいいんですか?もし最後に......最後に、若子が愛してはいけない人で、お兄ちゃんもあの子を自分の子供として受け入れられないとしたら......」 この秘密を知っているのは、彼女と成之だけ。 父はまだ何も知らない。 「どうして西也に、若子が愛してはいけない人だと知らせる必要がある?恋愛において、少しくらい愚かなほうが幸せだ」 高峯は、ふと自分と光莉のことを思い出す。 ―本来ならば、光莉も「愛してはいけない人」だった。 彼女は曜の妻だった。 それでも、彼はどうしても彼女を手に入れたかった。 たとえ脅してでも、一緒にいる時間を作りたかった。 そして今、自分の息子もまた、誰かの妻を愛している。 ―俺たちはやっぱり親子だな。どこまでも、同じように頑固だ。 自嘲気味に笑った父の顔を見て、花は少し不思議に思った。 ―お父さん、まるで自分のことを言っているみたい...... 「......お母さんは、お父さんとの恋愛で、『愚か』だったってことですか?」 彼女は、つい母のために言い返してしまう。 ―お母さんの何がいけなかったの? 今まで、父が単に若い女性が好きなだけなのかと思っていた。 けれど、彼が選んだのは若い娘ではなく、他の誰かの妻だった。 それが、彼女には理解できなかった。 ―どうせなら、ただの浮気のほうがマシだったのに...... どうせなら、若くて綺麗な女と遊んで、すぐに飽きてしまえばよかったのに。 けれど、そうではなかった。 ―お父さん、本当にあの人を愛してるの......? それが怖かった。 紀子のことを聞いた途端、高峯は眉をひそめた。 「前にも言ったはずだ。俺とお前の母親は、もう離婚したんだ」 花は胸に湧き上がる
松本若子は小さな体を布団に包み込み、お腹を優しく撫でながら、ほっと息をついた。よかった、赤ちゃんは無事だ。昨晩、修が帰ってきて、彼女と親密になろうとした。夫婦として2ヶ月会っていなかったため、彼女は彼を拒むことができなかった。藤沢修はすでに身支度を整え、グレーのハンドメイドスーツに包まれた長身で洗練された彼の姿は、貴族的で魅力的だった。彼は椅子に座り、タブレットを操作しながら、ゆったりとした動作で指を動かしていた。その仕草には、わずかな気だるさとセクシーさが漂っていた。彼は、ベッドの上で布団に包まって自分を見つめている彼女に気づき、淡々と言った。「目が覚めた?朝ごはんを食べにおいで」「うんうん」松本若子はパジャマを着て、顔を赤らめながらベッドから降りた。ダイニングで、松本若子はフォークで皿の卵をつつきながら、左手でお腹を撫で、緊張と期待が入り混じった声で言った。「あなたに話があるの」「俺も話がある」藤沢修も同時に口を開いた。「…」二人は顔を見合わせた。沈黙の後、藤沢修が言った。「先に話してくれ」「いや、あなたからどうぞ」彼が自分から話を切り出すことは滅多にない。彼は皿の目玉焼きをゆっくりと切りながら言った。「離婚協議書を用意させた。後で届けさせるから、不満があれば言ってくれ。修正させるから、できるだけ早くサインしてくれ」「…」松本若子は呆然とし、頭の中が真っ白になった。椅子に座っているにもかかわらず、今にも倒れそうな感覚だった。呼吸することさえ忘れてしまった。「あなた、私たちが離婚するって言ったの?」彼女はかすれた声で尋ねた。そのトーンには信じられないという気持ちが込められていた。密かに自分の足を摘んで、悪夢から目覚めようとさえしていた。「そうだ」彼の返事は、冷たさすら感じさせないほど平静だった。松本若子の頭は一瞬で混乱した。昨夜まで二人で最も親密な行為をしていたというのに、今では何でもないように離婚を切り出すなんて!彼女はお腹を押さえ、目に涙が浮かんだ。「もし私たちに…」「雅子が帰国した。だから俺たちの契約結婚も終わりだ」「…」この1年間の甘い生活で、彼女はそのことをほとんど忘れかけていた。彼らは契約結婚をしていたのだ。最初から彼の心には別の女性がいて、いつか離婚す
彼女はうつむきながら、苦笑いを浮かべた。自分にはもう何を贅沢に望む権利があるというのだろうか?彼と結婚できたことで、彼女はすでに来世の運まで使い果たしてしまった。彼女の両親はSKグループの普通の従業員だったが、火災に巻き込まれ、操作室に閉じ込められてしまった。しかし、死の間際に重要なシステムを停止させたことで、有毒物質の漏洩を防ぎ、多くの人命を救うことができた。当時、ニュースメディアはその出来事を何日間も連日報道し、彼女の両親が外界と交わした最後の通話記録も残された。わずか10歳だった彼女は、仕方なく叔母と一緒に暮らすことになった。しかし、叔母は煙草と酒が好きで、さらにギャンブルにも手を出していたため、1年後にはSKグループからの賠償金をすべてギャンブルで使い果たしてしまった。彼女が11歳の時、叔母は彼女をSKグループの門前に置き去りにした。松本若子はリュックを抱えながら、会社の門前で二日間待ち続けた。彼女は空腹で疲れ果てていたが、SKグループの会長が通りかかり、彼女を家に連れて帰った。それ以来、会長は彼女の学費を負担し、生活の面倒を見てくれた。そして彼女が成長すると、会長の孫である藤沢修と結婚させた。藤沢修はその結婚に反対しなかったが、暗に松本若子にこう告げた。「たとえ結婚しても、あなたに感情を与えることはできない。あの女が戻ってきたら、いつでもこの結婚は終わりにする。その時は、何も異議を唱えてはいけない」その言葉を聞いた時、彼女の心はまるで刃物で切りつけられたように痛んだ。だが、もし自分が彼との結婚を拒めば、祖母はきっとこのことを藤沢修のせいにし、怒りが収まらないだろう。彼女はそのことで祖母が体調を崩すのを恐れて、どんなに辛くても頷くしかなかった。「大丈夫、私もあなたのことを兄のように思っているだけで、男女の感情はないわ。離婚したいときはいつでも言って、私はあなたを縛りつけたりしないから」彼らの結婚は、こうして始まった。結婚後、彼は彼女をまるで宝物のように大切に扱った。誰もが藤沢修が彼女を深く愛していると思っていたが、彼女だけは知っていた。彼が彼女に優しくするのは、愛ではなく責任感からだった。そして今、その責任も終わった。松本若子は皿の中の最後の一口の卵を食べ終えると、立ち上がった。「お腹い
「お父さん、本当にそう思っているんですか?」 「じゃあ、お前はどうなんだ?」 高峯は言った。 「花、お前は馬鹿じゃない。いろいろなことを西也と一緒になって隠していただろう?なら、お前の義姉が本当は誰を愛しているのか、一番よく分かっているはずだ」 「......」 花は言葉を失った。 高峯は手を伸ばし、娘の肩を軽く叩く。 「お前も、西也を傷つけたくはないだろう?」 「......でも、お兄ちゃんが傷つく運命だったら、どうすればいいんですか?もし最後に......最後に、若子が愛してはいけない人で、お兄ちゃんもあの子を自分の子供として受け入れられないとしたら......」 この秘密を知っているのは、彼女と成之だけ。 父はまだ何も知らない。 「どうして西也に、若子が愛してはいけない人だと知らせる必要がある?恋愛において、少しくらい愚かなほうが幸せだ」 高峯は、ふと自分と光莉のことを思い出す。 ―本来ならば、光莉も「愛してはいけない人」だった。 彼女は曜の妻だった。 それでも、彼はどうしても彼女を手に入れたかった。 たとえ脅してでも、一緒にいる時間を作りたかった。 そして今、自分の息子もまた、誰かの妻を愛している。 ―俺たちはやっぱり親子だな。どこまでも、同じように頑固だ。 自嘲気味に笑った父の顔を見て、花は少し不思議に思った。 ―お父さん、まるで自分のことを言っているみたい...... 「......お母さんは、お父さんとの恋愛で、『愚か』だったってことですか?」 彼女は、つい母のために言い返してしまう。 ―お母さんの何がいけなかったの? 今まで、父が単に若い女性が好きなだけなのかと思っていた。 けれど、彼が選んだのは若い娘ではなく、他の誰かの妻だった。 それが、彼女には理解できなかった。 ―どうせなら、ただの浮気のほうがマシだったのに...... どうせなら、若くて綺麗な女と遊んで、すぐに飽きてしまえばよかったのに。 けれど、そうではなかった。 ―お父さん、本当にあの人を愛してるの......? それが怖かった。 紀子のことを聞いた途端、高峯は眉をひそめた。 「前にも言ったはずだ。俺とお前の母親は、もう離婚したんだ」 花は胸に湧き上がる
光莉はじっと花を見つめた。 何も言わず、ただ静かに― 花は彼女を一方的に非難し、何も知らずに罵っている。 以前の光莉なら、すぐに言い返していただろう。 けれど、今はそんな気力すら湧かなかった。 光莉が沈黙を続けていると、花は苛立ち、眉をひそめる。 「なぜ黙っているのですか?何か後ろめたいことがあるのですか?図星を突かれたから?」 「お嬢ちゃん」 光莉は落ち着いた口調で答えた。 「ここで私を待ち伏せしていたということは、私のことを調べたのでしょう?......なら、なぜ私があなたの父と関係を持つことになったのか、考えたことはあるか?」 「考える必要なんてありません」 花の声が怒りに震える。 「あなたが父を誘惑したからでしょう!?もういい歳なのに、恥を知るべきでは?」 光莉はふっと笑った。 「私の歳が問題なの?それなら、若ければ誘惑してもいいの?歳をとったらダメなの?」 「話をすり替えないでください!」 花は語気を強める。 「どう言い訳しても、あなたが父を誘惑したのは事実です。あなたのせいで、私の両親は離婚したんですよ?......あなたはただの不倫女です!」 彼女は吐き捨てるように言った。 「しかも、あなたには夫もいて、息子もいる。それなのに、どうしてこんなことを?お金に困っているわけでもないのに、何が目的ですか?......スリルが欲しかったのですか?」 花の非難が続く中、光莉は相変わらず静かに彼女を見ていた。 無言のまま、ただじっと。 それが花をさらに苛立たせた。 「......もしかして」 花の目が鋭く細められる。 「兄への復讐ですか?」 その言葉に、光莉の表情が一瞬だけ動いた。 花はそれを見逃さなかった。 「そうでしょう?」 彼女は確信したように言う。 「兄があなたの息子の妻を娶ったことが気に入らないから、父と関係を持ったんですよね?そのせいで、こんな恥知らずな真似を......!」 花の怒りは収まらず、なおも続ける。 「あなたもあなたの夫も、それなりの地位のある人でしょう?こんなことが世間に知れたら、どうなるか考えたことはありますか?」 「なら、あんたも黙っておいたほうがいいわ」 光莉は花に一歩近づき、低い声で囁くように言っ
すべてが終わった後、光莉は力なく横を向き、静かに目尻の涙を拭った。 背後から、高峯が彼女を抱きしめ、肩に軽く口づける。 「光莉、ちゃんと離婚して、俺のもとへ戻ってこないか?そうすれば、お前も藤沢家との争いを心配しなくて済む。あの男にだって、お前の再婚を邪魔する権利はないはずだ」 光莉は疲れたように目を閉じた。 「......どうすれば、私を解放してくれるの?」 たとえ離婚したとしても、高峯と結婚するなんてあり得ない。 「手放したくない。本来、お前は俺の女だ。俺は本気でお前を愛してる。そうじゃなければ、俺たちの子供をここまで育てたりしない」 「......つまり、何があっても手を離さないつもり?一生、私にまとわりつく気?」 光莉がそう問いかけたとき、その胸には深い絶望が広がっていた。 高峯はため息をつく。 「光莉......どうして俺を許してくれない?俺のお前への想いは、あの男にも負けていない......それに、西也に償いたいとは思わないのか?彼に真実を教えたくはないのか?」 「......その名前を口にしないで」 光莉の声が冷たくなる。 西也のことを持ち出されると、胸が痛んだ。 彼女の息子を奪ったのは高峯なのに、今になって西也を利用して自分を縛ろうとするなんて。 ―なんて狡猾な男。 彼女は母として、自分の息子を見捨てることなどできなかった。 西也が自分の息子だと知ったとき、彼と向き合いたいと思った。 でも、勇気が出なかった。 彼女には西也だけでなく、修というもう一人の息子がいる。 こんな状況になるなんて思ってもみなかった。 もし時間を戻せるなら、高峯なんて男と出会うことも、曜と関わることもなかったのに。 結局、彼女の人生は「男運」がなさすぎた。 ―どうして、私はいつも最低な男ばかり選んでしまうのか。 しかも、そんな男たちに限って、あとになって未練たらしく彼女にしがみついてくる。 ―本当に、笑わせるわ。 その夜、光莉はよく眠れなかった。 高峯の腕の中で、何度も悪夢を見た。 翌朝、高峯に無理やり朝食を取らされ、それからようやく彼の家を出ることができた。 車でヴィラの専用道路を走っていると、前方に車が一台、道を塞ぐように停まっていた。 光莉はブレーキを踏
光莉はスマホの画面に映る着信表示を見て、心臓が跳ね上がった。 すぐに手を伸ばし、スマホを奪おうとする。 だが、高峯はそれを軽々と持ち上げた。 「お前の旦那からだ。出るか?」 「返して」 光莉は真剣な眼差しで彼を睨みつける。 しかし、高峯は鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべた。 「出たいのか?じゃあ、俺が出てやるよ」 「やめて!」 光莉が止めようとするよりも早く、高峯は指を滑らせ、通話を繋げた。 さらに、スピーカーモードにしてしまう。 光莉の顔が一気に青ざめた。 すぐにスマホから曜の声が響く。 「......もしもし、光莉?もう寝た?」 光莉の体が小さく震えた。 怒りを込めた視線で高峯を睨みつける。 しかし、彼は得意げな表情を崩さないまま、スマホを枕元に置くと、ゆっくりと彼女に覆いかぶさる。 わざと、曜に聞こえるように仕向けるつもりなのか。 光莉はぎゅっと目を閉じ、力を込めて高峯を押しのけた。 その頃、スマホの向こうでは、曜が不安げに問いかける。 「光莉?聞こえてる?電波が悪いのか?......光莉?」 高峯の顔がさらに近づいてくる。 光莉は彼の頭を押し返し、必死に言葉を絞り出した。 「......聞こえてる。もう寝るところだったけど、何か用?」 曜の声は、どこか安心したような、それでいて寂しげな響きを帯びていた。 「......そうか。いや、ただ......ちょっと声が聞きたくなって」 光莉が言葉を返す間もなく、高峯が再び唇を寄せてくる。 彼女は反射的に手で彼の口を塞いだ。 だが、それすらも彼にとっては遊びの一部に過ぎなかったらしい。 高峯はわざと小さく笑い、その声がスマホのスピーカーから漏れる。 曜の声が、一瞬止まる。 そして、疑わしげな口調で問いかける。 「光莉......誰かいるのか?」 光莉は再び彼の口を塞ぎながら、冷静を装い、即座に言った。 「......映画を見てるの。何か用?用がないなら、もう寝るから」 高峯は彼女の手を引き剥がし、その両腕を枕の横に押さえつける。 そのまま、また唇を寄せようとする。 光莉は必死に耐え、曜にバレないよう、必死に声を抑えた。 曜の声は、どこか寂しげだった。 「......何を
深夜、高級なプライベートヴィラの前に一台の車が停まる。 光莉はハンドルを握ったまま、しばらく降りようとしなかった。 コツン。 窓がノックされ、彼女はようやく窓を開ける。 窓の外では、高峯が笑みを浮かべて立っていた。 「来たんだな。ずいぶん待ったよ」 そう言いながら、彼はまるで紳士のように車のドアを開けた。 だが、光莉は知っている。 この男が、どんな顔をして笑っているのか。 彼女はバッグを手に取り、車を降りる。 高峯が手を差し出した。 「持ってやるよ」 「いらない」 彼を無視して、光莉はヴィラの中へと足を向けた。 高峯は軽い足取りで彼女の後を追いながら、何気なく問いかける。 「夕飯は食べたか?」 「食べた」 「夜食は?」 「いらない」 光莉は相手にするつもりもなく、まっすぐ階段を上がっていく。 そして二人が寝室へ入ると、彼女はバッグを適当に置き、無言で服を脱ぎ始めた。 高峯は腕を組み、その様子をじっと見つめる。 途中で、光莉は冷たく言った。 「何ボーッとしてるの?さっさと脱ぎなさいよ。終わったら帰るから」 「こんな時間に?帰ってどうする」 高峯は彼女に歩み寄り、優雅な手つきで外套を脱がせ、シャツのボタンを外していく。 「今夜はここにいろよ。明日の朝、一緒に朝食でもどうだ?」 彼は光莉の服を一枚ずつ脱がせると、そのまま抱き上げ、ベッドへと横たえた。 そして、唇を重ねようと顔を近づける。 だが、その瞬間、光莉は彼の口を手で塞いだ。 「......私のネックレスは?返して」 高峯は枕の下からチェーンを取り出し、目の前で軽く振る。 「これか?」 光莉はすぐに手を伸ばしたが、高峯はさっとそれを避ける。 「慌てるな。俺がつけてやる」 彼は片手で彼女の後頭部を支え、もう一方の手でネックレスをかけようとした。 だが、光莉は力強く振りほどいた。 「自分でできる。さっさと終わらせなさい。用が済んだら帰るから」 高峯は手にしたネックレスを握りしめ、光莉の両手を強く押さえつけた。 「今夜は帰るな」 「......命令してる?」 光莉は冷たく言い放つ。 高峯は穏やかに微笑みながら、彼女の頬に手を這わせた。 「ただ、お前にいて
「......言わないか?」 修は冷たく言い放つと、踵を返した。 「なら、お前は俺との取引のチャンスを逃したってことだ」 そう言い捨て、病室を出ようとする。 「待ってください!」 ノラが慌てて呼び止めた。 修は足を止め、振り返る。 「......考えを変えたのか?」 ノラは少し考え込むように視線を落とし、やがて言った。 「今すぐに交換条件を思いつきません。でも、先に貸しにしてもらえますか?後で僕が何かお願いするとき、ちゃんと聞いてもらえます?」 修はゆっくりと歩み寄り、ベッドの横で腕を組む。 「......いいだろう。約束する」 「なら、教えます。でも......」ノラは慎重に言葉を選ぶように続けた。「絶対に僕から聞いたとは言わないでくださいね?お姉さんにバレたら、怒られますから。僕、もう藤沢さんの味方ってことでいいですよね?」 ノラはベッドサイドのメモ用紙を取り上げ、ペンを走らせた。 「ここがアメリカで一番の病院です。西也お兄さんはここで治療を受けています。そして、こっちが住んでいる場所。病院の近くですよ」 修はメモに書かれた住所を一瞬で覚えた。 そして、無言で紙を握りしめると、そのままくしゃくしゃに丸める。 瞳の奥には冷たい光が宿っていた。 「僕たち、約束しましたよね?」ノラは小指を差し出した。「絶対に僕が教えたって言っちゃダメですよ。ちゃんと誓ってください!」 修はちらりと彼を見たが、何も言わずに病室を後にした。 侑子がすぐに後を追う。 「藤沢さん!」 しばらく無言のまま歩いていた修は、ふと足を止めた。 「......山田さん、さっきのことは忘れてくれ」 「でも......見ちゃったよ」 侑子は不安げに言った。 「住所を手に入れたってことは、アメリカに行くつもりなの?元妻さんに会いに?」 彼が元妻に会いに行くことが、彼のためになるとは到底思えなかった。 それに―あの人が、もしまた彼を傷つけたら? 前回、修があんなにも深く傷を負ったのは、あの元妻が関わっているせいだと聞いたことがある。 もし、また同じことが起きたら? それに、アメリカは危険な場所だ。銃社会でもある。 もし本当に彼女に命を狙われたら―? 「そんなの、関係ない」 修
修はチャットの履歴をスクロールし続けた。 そこには、若子とノラの親しげなやり取りが残されていた。 「お姉さん、見てください!ついに僕の研究室ができました!時間があったらぜひ見に来てくださいね。僕の仕事、自慢したいです!」 「わあ、ノラすごい!帰国したら絶対に見に行くね!」 「うんうん、じゃあ姉さんの帰りを待ってます!今、海外での生活はどうですか?順調?」 「うん、すごく順調だよ。心配しないで」 「それなら良かった!じゃあ、西也お兄さんは?記憶は戻ってきました?」 「少しずつ戻ってるよ。治療の効果は出てるみたい」 「お姉さん、きっと嬉しいでしょう?」 「うん、西也の記憶が戻ってくれたら、もちろん嬉しいよ。だって彼が記憶を失ったのは私のせいだから。どんなことがあっても、私は彼のそばにいる」 「お姉さんと西也お兄さん、すごくいい関係ですね!僕も嬉しいです!それで、二人で幸せに過ごせてますか?」 「うん、幸せだよ」 「西也お兄さんは本当にいい人ですね。姉さんがずっと幸せでいられますように」 「ありがとう。あ、そろそろ出かけるから、またね」 修は次から次へとメッセージを読み続けた。 どれもこれも、若子の「幸せ」が伝わる言葉ばかりだった。 画面をスクロールしながら、彼は必死に自分の名前を探した。 ―だが、どこにもなかった。 何百、何千と並ぶ文字の中に、たった一度たりとも彼の名前は出てこなかった。 ―俺はもう、完全に彼女の世界から消えたんだ。 ―彼女の口にすらのぼらない存在になったんだ。 修の指がわずかに震える。 横に立っていた侑子は、彼の変化に気づいていた。 彼の表情は、見る間に絶望へと変わっていく。 ―藤沢さん、まだ彼女を忘れられないのね。 そう思ってはいたが、ここまで執着しているとは思わなかった。 別れた女性が、他の男と交わした会話を何度も何度も繰り返し読み返すほどに。 ―こんなにも、彼の心は他の誰にも開かれないのね。 侑子はふと、彼の「元妻」に興味を持った。 写真でしか見たことはないが、一度会ってみたい。 修をここまで夢中にさせるほどの女性とは、いったいどんな人なのか。 ―私と、どこが違うの? ―彼にとって、私は「代わり」にすらなれないの?
「愛してる~本当に愛してる!」病室に響くのは、あまりにも感傷的な歌声だった。「お願いだから僕を置いていかないで!僕は本当に君を愛してるのに、どうして彼の腕に飛び込んだんだ?ああ~」 ―ドン! 突然、病室のドアが勢いよく蹴り開けられた。 修が冷たい表情のまま、中へと踏み込む。 ノラはベッドの上でイヤホンをつけ、目を閉じながら完全に音楽の世界に浸っていた。 誰かが入ってきたことにも気づかず、さらに熱唱する。 「君はついに他の男のものになった!僕は君を、完全に失ったんだ!」 ―なんなんだ、このタイミングでこの歌は。 修の眉間に深い皺が刻まれる。 こんな状況でこの歌を聞かされるとは、まるで火に油を注がれるようなものだった。 修は容赦なくノラのイヤホンを引きちぎるように外した。 「わっ!」 ノラは飛び上がるほど驚き、思わず叫びそうになるが、目の前の修を見て言葉を詰まらせる。 「......っ!ふ、藤沢さん!?なんで戻ってきたんです?もう帰ったんじゃ......?」 「お前、さっき若子と頻繁に連絡を取ってるって言ってたな―何を話してる?」 修自身、なぜこんなにも気になってしまうのか、理解できなかった。 だが、考えれば考えるほど、胸の奥がざわついて、どうにも落ち着かない。 若子は離婚してから、多くの人と関わるようになった。 新しい夫、友人、弟。 ―そして、自分だけが、彼女の世界から完全に切り捨てられた。 なぜだ? なぜ若子にとって、誰もが自分よりも大切なのか? たとえ道端で適当に拾った「弟」のような存在であっても― 十年の時を共に過ごしたはずなのに、たった一度の過ちで見捨てられ、憎まれる存在になったのか? ノラは修の険しい表情に怯え、言葉を詰まらせる。 「そ、それがどうしたんです?僕たちが何を話そうが、藤沢さんには関係ないでしょ?だって、もう姉さんと離婚したじゃないですか!」 「......っ!」 修の目が一気に鋭くなり、ノラの肩を乱暴に掴むと、そのままベッドに押し倒した。 「何を話してる?......言え」 声は低く、しかし怒りを抑えきれないものだった。 「言わないなら、力づくで吐かせるぞ」 修は決して権力で人を押さえつけるタイプではなかった。
ノラはびくっと肩を震わせた。 「......もう言いませんよ。そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか?お姉さんだって、藤沢さんに怯えて逃げたんですよ。だから、海外に行っちゃったんじゃないですか?」 突然、修の眉がぴくりと動いた。 「お前......彼女が海外に行ったことを知っているのか?」 ノラはあっさりと頷く。 「もちろん知ってますよ。それどころか、どこにいるのかもね。僕、お姉さんとよく連絡を取ってますから」 修の拳がぎゅっと握られる。 ―こいつと、よく連絡を? 胸の奥が押しつぶされるような感覚に襲われる。 それでも修は何も言わず、踵を返した。 しかし、足が動かない。まるで鉛のように重くなり、一歩も踏み出せない。 そんな修の様子を見て、ノラはニヤリと笑う。 「行かないんですか?それとも、僕が恋しくなりました?まさか謝りたくなったとか?」 修は振り返り、低く問いかける。 「......お前と彼女、そんなに仲が良かったのか?」 「もちろんです!僕はお姉さんのこと、本当の姉みたいに思ってますから。お姉さんも僕のことを弟みたいに思ってくれてます。距離は離れても、心は繋がってるんですよ」 ノラは悪びれもせず、笑顔で続けた。 「......もしかして、嫉妬してるんですか?」 修の瞳が鋭くなる。 「自業自得ですよ。お姉さんが藤沢さんを無視するのは当然です。だって、あんたはお姉さんの旦那さんを傷つけたんだから。それが証拠不十分で捕まらなかっただけで、本当なら牢屋行きですよね?」 修の手がノラの襟首を掴んだ。 「俺じゃないっつってんだろう!その話をもう一度言ってみろ。今度は、本当に殴るぞ」 「藤沢さん!」 侑子が慌てて駆け寄り、修の腕を掴んだ。 「彼、怪我してるのよ!今ここで殴ったら、大変なことになるから。落ち着いて!」 修は忌々しげに鼻を鳴らすと、乱暴にノラの襟を放した。 ノラは怯えたように肩をすくめる。 「......もう言いませんよ。でも、お姉さんもきっと怖がってましたよね?だから、今は幸せそうで何よりです」 ノラはニコリと笑う。 「西也お兄さんと一緒にいると、お姉さんはすごく幸せそうですよ。二人はラブラブで、見てる僕まで微笑ましくなります」 ―西也お兄さ