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第717話

作者: 夜月 アヤメ
「ノラ、もう十八歳でしょ?立派な大人なのに、そんな子どもみたいなことして」

若子は、まるで本当の姉のようにノラを叱る。

もっとも、若子自身もノラより三つちょっと年上なだけなのだが。

ノラはしょんぼりとうつむく。

「ごめんなさい、お姉さん。僕が悪かったです......」

「そんな可哀想な顔してもダメよ。そうすれば許してもらえると思ってる?」

そのやりとりを見ていた西也が、突然クスクスと笑った。

ようやく若子も、この偽善者の本性に気づいたか......いいことだ。

だが、その笑いを若子は見逃さなかった。

「何がおかしいの?」

ピシャリと言われて、西也は動きを止める。

「......別に」

「別に?じゃあ何で笑ってたの?もしかして、調子に乗ってる?」

西也の笑みが一瞬で凍りついた。

いやいや、若子もさ......こんなに容赦なく詰めなくてもいいだろ?

「そんなんじゃ―」

「じゃあ、なんで笑うの?あなたもノラと同じくらい幼稚じゃない?頭が痛いとか言って、急に弱ったふりして倒れ込むなんて。そんなに演技が上手いなら、俳優にでもなれば?」

西也は口元を引きつらせる。

「若子、俺は本当に頭が痛かったんだ。ほら......痛い......」

わざとらしく額を押さえてみせる。

だが、若子は腕を組み、冷たい目で彼を見下ろした。

「......二十七にもなって、そんな子どもみたいなことして?ご飯食べてる途中で急に頭痛って......まるでドラマじゃない?」

若子は西也が本当に頭痛を感じている時と、ただの芝居の時の違いが分かる。

今回のは間違いなく「演技」だ。

西也はバツが悪そうに手を引っ込め、視線をそらした。

「......悪かったよ。別にわざとじゃない」

「わざとじゃなくても、やったことは変わらないでしょ?」

若子は二人を交互に指さし、きっぱりと言い放つ。

「二人とも、問題ありすぎ!」

公平に叱りつけるその姿勢に、二人は思わず息をのむ。

「私が明日手術を受けるって分かってるのに、ここで嫉妬合戦を繰り広げるなんて......」

―嫉妬合戦。

その言葉が二人の胸にグサリと突き刺さる。

若子は、彼らの本音をあっさりと見抜いていた。

「お姉さん、怒らないで...
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    西也は平然とした顔で微笑んでいた。 「西也お兄さん、ありがとうございます!」ノラは嬉しそうに言い、「断られたらどうしようって思ってたんですけど、よかったぁ。これで僕にもお兄さんができました!大好きです!」 そう言って、両手でハートの形を作る。 西也は微笑みながら、軽く肩をすくめた。 「おいおい、お前な......男のくせに、女みたいなことするなよ」 「女の子がどうしたんですか?」ノラはふくれっ面で言う。「女の子は素敵ですよ?お姉さんだって女の子じゃないですか」 西也はため息をつき、肩をすくめた。「はいはい、好きにしろ」 このガキ......あとで絶対に叩きのめす。 その後、三人は引き続き食事を続けた。 最初、若子は少し気を使っていた。西也がノラを気に入らないかもしれないと思っていたからだ。 しかし、西也がはっきりと受け入れを示したことで、彼女の心配も吹き飛んだ。安心した彼女は、ノラとさらに楽しく会話を続けた。 その間、西也はまるで背景のように黙って二人のやり取りを眺めていた。 ノラの口元に米粒がついているのを見つけると、若子は自然に手を伸ばしてそれを拭き取る。 「もう、まるで子どもみたい。口の周り、ベタベタよ?」 「だって、お姉さんの前では僕、子どもみたいなものでしょう?」 ノラはそう言いながら、すぐにティッシュを手に取ると、若子の口元を優しく拭った。 西也の目が、一瞬で燃え上がった。 ......殺意の火が。 バンッ! 西也の手から箸が落ち、床に転がる。 同時に彼は額を押さえ、ぐらりと身をかがめた。 若子は横目でそれを察し、すぐに声をかける。 「西也、大丈夫?」 西也は片手でこめかみを押さえながら、弱々しい声で言った。 「......大丈夫だ」 そう言いつつ、彼の体はふらりと揺らぎ、そのまま横に倒れそうになる。 若子はすぐに立ち上がり、彼の腕を支えた。 「西也、疲れてるんじゃない?昨夜、あまり眠れなかったんでしょう?少し休んだ方がいいわ」 「平気だよ、若子。お前は座っててくれ」 そう言いながら、西也は逆に彼女をそっと座らせる。 二人の距離が急に縮まり、寄り添う形になった。 「わっ!」 突然、ノラの小さな悲鳴が響いた。 若子が振り返ると

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    若子はノラのことを弟というだけでなく、まるで息子みたいに感じていた。 西也は眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔をする。 どこから湧いてきた偽善者だ? 本人は恥ずかしくないのか? 「西也兄さん、どうかしましたか?」ノラが首をかしげる。「どうして食べないんですか?お姉さんはあまり食べられないから、西也兄さんがもっと食べてください。僕、おかず取りますね」 そう言いながら、ノラは西也の茶碗に料理を入れる。 西也は思わず茶碗を避けようとしたが、ふと何かを思いつき、そのまま手を止めた。 「......今、なんて呼んだ?」 聞き間違いじゃないよな? こいつが俺を「兄さん」なんて呼ぶ資格あるのか?ずいぶん大胆じゃないか。 「僕、お姉さんのことを『お姉さん』と呼んでいますよね?」ノラは当然のように言った。「お姉さんのご主人なら、西也さんは僕の『お兄さん』です。だからこれからは『西也お兄さん』と呼びますね!やったぁ、僕、お姉さんだけじゃなくて、お兄さんもできました!」 わざとらしく声のトーンを変えながら言うノラに、西也は拳を握りしめた。 こいつを豚の腹にぶち込んで、転生し直させてやりたい......! 自分の立場もわきまえずに「お兄さん」とか抜かすなんて、冗談だろ。 若子がここにいなかったら、今頃ボコボコにしてるところだ。 若子は西也の顔色が変わったのを見て、すぐにノラに言った。 「ノラ、お姉さんって呼ぶのはいいけど、西也をお兄さんって呼ぶなら、ちゃんと本人の許可をもらわないと。確かに彼は私の夫だけど、自分で決める権利があるからね」 若子は無理に西也を縛りたくなかった。 彼がノラのことを好きじゃないのは分かっていた。それでも、彼は自分のために我慢している。 だからこそ、彼の気持ちを無視してノラをかばい続けるのは、彼に対して不公平だと思った。 「申し訳ありません、お姉さん......僕、勝手でしたね」 ノラはすぐに箸を置き、西也に真剣な眼差しを向けた。 「僕、西也お兄さんと呼んでもいいですか?」 大きな瞳をキラキラさせ、無垢な顔でじっと見つめながら、控えめに唇をかむ。 その仕草が、西也にはものすごくイラつく。 お前、何その顔? なに猫なで声出してんだよ? 男のくせにそんな媚びた表情して、

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第713話

    しばらくして警察が病室を出て行くと、すぐに西也が戻ってきた。 「若子、大丈夫か?」 彼は真剣な表情で、心配そうに若子を見つめた。 警察の質問は、彼女に過去の苦しい記憶をもう一度思い出させるものだった。若子はベッドに座りながら、身にかけた布団をぎゅっと握り締めて答えた。 「大丈夫よ、心配しないで」 西也はベッドの横に腰を下ろし、彼女をそっと抱きしめて、自分の胸に引き寄せた。 「俺がいる。どんなことが起きても絶対に守る。もう二度とこんな目には遭わせない」 その言葉には優しさと決意が込められていたが、彼の鋭い視線は、少し離れた場所でじっとしているノラへと向けられていた。 ノラは気にする様子もなく、椅子に腰掛けると優しく言った。 「お姉さん、警察がきっと誘拐犯を捕まえますよ。お姉さんがこんな目に遭うなんて、本当に心が痛いです。どうしてお姉さんばかり......神様はお姉さんに冷たすぎます」 そう言うと、ノラの瞳から涙が次々と零れ落ちた。それはまるで、真珠のように綺麗で、見る人の心を打つものだった。 若子は驚いてすぐに西也の胸から身を起こし、ノラの方を向いた。 「ノラ、泣かないで。私は無事なんだから。ほら、今こうして元気でいるでしょ?」 ノラは涙をぬぐうこともせず、絞り出すような声で言った。 「でも、お姉さん、怖かったでしょう?きっとすごく怖かったはずです」 西也は眉をぐっと寄せた。彼の中でイライラが頂点に近づいていた。 ―普通の人間がこんなにすぐ泣くか?これは絶対に演技だ。 若子はノラのためにティッシュを取り、彼の涙をそっと拭き取った。 「ノラ、本当に大丈夫よ。もう終わったことだし、泣かないでね。あなたが泣いてると、私まで落ち着かなくなっちゃうわ」 「わかりました、お姉さん。もう泣きません」 ノラは涙をぐっとこらえ、優しい笑顔を見せた。 彼の表情が明るくなったのを見て、若子も安心した様子で笑った。 「そう、それでいいのよ。笑顔が一番大事だわ」 そのとき、ノラは西也の方に目を向け、礼儀正しい笑顔を浮かべた。 その笑顔は眩しいほどに輝いていたが、それが余計に西也の苛立ちを煽り、今にも引き裂いてやりたい気持ちになった。その後、3人は一緒に夕食を取ることになった。 若子とノラの会

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第712話

    「ノラ、何が食べたい?」と若子が尋ねると、ノラは穏やかに微笑みながら答えた。 「僕は何でも好きですよ。お姉さんが食べるものなら、それに合わせます。でも、お姉さんは明日手術を受けるんだから、少しはあっさりしたもののほうがいいんじゃないですか?」 ノラの気遣いの言葉に、若子は優しく微笑んだ。 「そんなに気にしなくていいわ。普通に食事すればいいのよ」 すると、西也が口を挟んだ。 「それじゃ、お前たちはここで話していてくれ。俺が食事を準備させるよ。安心してくれ、きっと両方が満足できるものを用意するから」 そう言うと、西也は病室を出て行った。 だが、彼は部屋を完全に離れたわけではなく、ドアのそばに立って様子を窺っていた。 ―このガキ、俺の悪口を言っていないか? しばらく耳を澄ませていたが、ノラは特に西也を非難するようなことは言わず、若子と他愛のない話をしているだけだった。 ―十八歳そこそこの小僧がこんなに「演技」がうまいとはな。無垢で無害を装って、若子を騙してるだけだ。 西也は心の中でそう思いながら、静かに聞き耳を立て続けた。 「ノラ、西也はただ私のことを心配しているだけなの。だから気にしないでね」 若子は優しく語りかけた。 ノラは笑顔で首を振りながら答える。 「お姉さん、大丈夫です。僕は気にしていませんよ。旦那さんがお姉さんを大事に思ってる証拠じゃないですか。旦那さんの気持ちもちゃんとわかっていますよ」 その言葉には全く怒りの気配がなかったが、どこか含みのあるようにも聞こえた。 若子は少しほっとした表情を浮かべる。 「そうならよかったわ」 「それにしても、旦那さんすごいですね。元気になられて、今はお姉さんの面倒まで見ている。以前はお姉さんが世話をしていましたよね」 ノラがそう言うと、若子はうなずきながら答える。 「ええ、すっかり元気になったの。でも、過去のことを思い出してくれるともっといいんだけど......あの事件の犯人もまだ捕まっていないし」 その話題になると、若子の表情は曇り、深いため息をついた。 ノラはそんな若子の手を優しく握り、軽く叩いて慰める。 「お姉さん、心配しないで。必ず犯人は捕まります。正義は悪には負けませんから」 ノラは変わらない落ち着いた表情で語った。若

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第711話

    西也の態度が軟化したことで、若子の怒りも少しだけ収まった。 彼女はノラに向き直り、申し訳なさそうに言った。 「ノラ、ごめんなさい。西也は今、ちょっと警戒してるだけなの。悪気があったわけじゃないから、気にしないでね」 ノラは穏やかな笑顔を浮かべながら、柔らかい声で答えた。 「大丈夫ですよ、お姉さん。僕は気にしてません。西也さんもお姉さんのことを思ってのことだって、ちゃんとわかってますから。夫婦なんだから、お姉さんのそばに他の男がいたら不機嫌になるのも当然ですよ」 ノラの言葉は一見すると寛大な態度を示しているようだったが、その裏には微妙な皮肉が込められているように聞こえた。 西也はその言葉に隠された意図をすぐに察し、拳を強く握りしめる。 ―こいつ、俺を小物扱いしてるのか? 若子は西也の表情をチラリと見たが、何を言えばいいのか分からなかった。 修の件で西也は既に苛立っている。その上、ノラとのやり取りも彼を不快にしている。 ―彼が不機嫌にならない人なんて、私の周りにいるのだろうか? そもそも彼は、私のそばに異性がいるだけで嫉妬する。 そしてそのたびに、私は彼に説明しなければならなくて、時には口論に発展することもある。 ―離婚しないって約束したのに、それでもまだダメなの?友達くらいいたっていいじゃない。 それも、ノラとは兄妹みたいな間柄なのに。 若子はため息をつきながら考えた。 西也と一緒にいることが、以前よりもずっと疲れると感じることが増えた。 かつて彼は、彼女の前に立ちはだかる嵐をすべて防ぎ、最も辛い時期を支えてくれた。 だが今では...... ―記憶を失うと、人の性格も変わるものなのだろうか? 彼を悪く思いたくはない。だからすべては記憶を失ったせいで、彼が不安定になっているせいだと、自分に言い聞かせるしかなかった。 若子は小さく息を吐き、静かに言った。 「ノラ、とにかく西也が悪かったわ。あなたが気にしないと言ってくれて本当にありがとう」 西也はその言葉にブチ切れそうだった。 彼女が愛しているのは自分だ。それなのに、自分を悪者にしてこのヒモ男に謝るなんて。 ―もし若子が俺の愛する女じゃなかったら、このガキをとっくに叩き出してるところだ。 だが、彼女が彼にとって何よりも大

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