皆の声が煩いなと思っていたが、どうやらこの騒ぎを聞きつけて団長まで近付いてきた。
「お前たちうるさいぞ。そしてこの騒ぎの中心にいるのは…またお前か?アドルフ…」
「あぁ、ダックワーズ団長じゃないですか。」
なぜご飯をゆっくり食べさせてくれないのか溜息を着いていると、ヘッディーが息を吹き返したのか話し出した。
「お前、ラウルとマウロと兄弟っていうのは本当なのか?」
「あぁ、本当ですよ。私…じゃなかった。ラウルの弟で、マウロの兄ですね。何故か俺のところにだけ手紙が来なくてあとから参加になったんですが…」
「そうか…あの二人もかなり強かったが、あの二人と兄弟だと聞くと納得だな。線が細いのにどこに力があるのかと思っていたが納得だ。」
あの二人の話を信じて魔物討伐をしていたため一日100体は倒さないといけないものだと思っていたが…どうやら違ったらしい…。
帰ったらあの二人にはきちんと制裁をくらわしてやろうと思っていると、先程まで話を聞いていた団長が急に話し出した。
「なるほどな…おい、アドルフ。少し話がある。後で俺のテントに来い。」 「えっ!?夜のお相手はちょっと…」 「んなわけあるか!バカもの。飯が食べ終わってからでいい。」それだけ言うと、団長はテントに戻って行った。
団長がご飯を食べ終わってからと言うので、ゆっくり楽しんだあと、私は団長のテントへ向かった。
「ダックワーズ団長!アドルフです。」「あぁ…遅かったな。入れ。」
テントの扉が開いたので失礼しますと声をかけてから中に入る。
「それで、話とはなんでしょうか!」
「なに…そんな難しい話ではないんだが。お前明日から小隊長になれ。」
「えっ!?俺がですか?」
半年で小隊長とは…スピード出世じゃないだろうか…
「あぁ。あの二人と兄弟ということなら納得だ。あと、1つ…あの2人の真中の兄弟は確か女だったはずなんだがな…エルヴィール。」
「えっ!?なんで私の名前を…!?あっ…違います…俺はアドルフです。」 思わず私の名前が出て焦ってしまった。なんで団長が私の名前を知っているんだ?「フン。俺の顔を忘れたとは言わせんぞ。お前ら兄弟に何度殴られてきたと思っている。まぁ、お前のことも何度も殴ったがな…」
色んなやつと喧嘩してきたからそう言われても思い出せない…が…確か1人やたら私のことを殴る奴がいたな。そいつも同じような顔をしていたような…
「も、もしかして隣町の暴力小僧か!?」「暴力と言うな。お前も俺に暴力を振るっていただろうが。全く…で、なんでお前がいる?」
思わず思い出したことをそのまま伝えてしまった私は話したあと、口を押えた。「い、いや、俺はただのアドルフであって、エルヴィールなんて名前じゃありません。」
お互い沈黙の時間が過ぎていきとても気まずい雰囲気の中、団長が話し出した。
「もういい。ここに来た理由についてはまた後日聞こう。取り敢えず女性がここにいるのはまずいんだが…まぁ、お前のことだ。帰れと言っても帰らんのだろ?」
「はい!任期満了まで居ます。」
「わかった。なら早めに隊長になって名前を上げておけ。そしたら女とバレてもそこまでバカにされることは無いだろう。」
自分のこめかみをおさえながら話す団長は、眉間にシワがよっているものの、かっこよく感じる…はずなのだが、昔の暴力ぐあいをしっているからか全くときめかなかった。
「ありがとうございます。団長。」
女性とバレてしまったことは仕方ないが、周りに伝えないでおいでくれるのがありがたい。 とりあえず素直にお礼だけ伝えて、テントを出た。 そして小隊長となり、あっという間に2年という月日が流れた。 ⟡.·*.··············································⟡.·*.オディロン・ダックワーズ視点
「本当にこのままでよかったんですか?」
「ルエルか。とりあえずこのままで構わないが引き続きエルヴィールが無茶しないか見張っててくれ。」
あいつを初めて見かけた時、なんでここにいるのかとびっくりした。しかも、男としてこの討伐部隊に参加していたのだ。
ラウルから、エルヴィールが結婚をしたと聞いて、あのジャジャ馬娘もついに結婚かと高い酒を飲んで幸せを祈ったものである。
昔から町娘の中でも顔が整っているにもかかわらず、ガサツで女らしさの欠片もなかった。
ブラウンの髪をポニーテールにして青い目を眠たそうに半開きにしながら歩いている姿が印象的な少女だ。喧嘩の時だけは意気揚々と動き出し始めるので、そこに惚れるやつはいたかもしれないが…。きっと男よりも女にもててる方が多かっただろう。
「バルコ。お前には申し訳ないが一度戻ってアドルフについて調べて欲しい。なんであいつがここに来ることになったかもな…」
「わかった。オディの頼みだ。調べてくるよ。」
「毎回悪いな。あとこの手紙もラウルに渡してきて欲しい。」
手紙を渡すとバルコはテントを出て早速動いてくれるようだ。
俺は目を隠しながら
「あいつが死ぬことは無いと思うが…もしなにかあったらあの兄弟が怖いな…」あいつらがキレるとろくな事にならないことを知っている俺は何事も無く残りの時間を過ごせるようにただ祈ることしか出来なかった。
小隊長になって2年。アドルフに切られた髪もいつの間にか元の長さに戻っている。この2年は初めの半年と同様、ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返して魔物を討伐してきた。そのお陰もあってテントも1人で使えるようになったり、食事が以前より豪華になったり、色々なところで優遇されるようになった。最近は隊員の数も増えている。そして私にも副隊長という部下ができた。それがずっと私に引っ付いてきていたルエルだ。書類仕事などが苦手な私はすごく助かっている。「ルエル、今日の魔物討伐は何体倒せばいいんだ?」「今日はBランクの魔物を50体ですね。」「なんだか最近少なくないか?」以前よりも魔物はへってきているもののまだまだ安心できるほど減っている訳では無いはずだ。ここで何とか抑え込めているから、農村などの被害は今のところないが…。「少なくないですよぉ!聞いてましたか?Bランクですよ?」確かにBランクはほかC.Dランクの魔物よりも強いが、そんなに警戒する程だろうか…私はルエルの話を聞き首を傾げる。「あっ、そうっすよね…アドルフさんからしたら…Bランクの魔物も塵芥同然でした。でもこれだけは覚えておいてくださいね!あなた以外の隊員からするとBランクの魔物は相当強いんですよ!」例えるならDランクが1とすると、Cランクが20、Bランクが50、Aランクが80、Sランクが100以上の強さらしい。「そうだったのか…いつもランクとかあまり気にしていなかったから、知らなかったわ。」いつも目の前にいる魔物を倒し続けてきただけにそこまで細かいことは気にしていなかった。「はぁ。やっぱりそうでしたかぁ。まぁ、隊長は好きに動いてくださった方が合ってるんで今日それで行きましょう。好きなだけ討伐していただいていいんで。」溜息をつきながら話すルエルに少しばかり申し訳ないと思ったが…まぁ倒す数が少ないよりは多い方がいいだろう。「いつもありがとな。」
4人が去っていく姿をみて、私はただ呆然とすることしか出来なかった。「一旦実家に戻るか…」このままずっとここにいるのも変な人に見えるかもしれないと思った私は近くにある実家に帰ることにした。「ただいまぁ~...」この時間は洋食屋が混む時間のため裏口からいえのなかにはいる。「「おかえりぃ…って!え?!え!?」」裏口は厨房に繋がっているため、たまたま厨房にいた兄さんたちが反射的に返事をしてくれたようだ。「兄弟揃って同じ反応をありがとう。兄さんにマウロ」正直先程の様子を見て余計に疲れていた私は少しでも早く休みたかったのだが…と言っても何年も帰っていなかった娘の部屋なんか残っているものなのか…わからなかったため、リビングへ向かった。リビングで少しゆっくり休んでいると、誰かがすごい音を立てて階段を昇って来る音が聞こえる。「この音は聞き覚えがあるな…」昔から「もっと静かにあるけ」おお母さんに怒られていた父さんの足音だ。「エル!!!」「ただいま。父さん。」「ほ、ほんとにエルなのか…?」「そうですよ~。数年前に結婚して家を出たエルヴィールですよ~」そもそもなんでそんな泣きそうな顔をしているのか分からない。結婚をして家を出ただけだと言うのに。確かに、ここ数年戦場にいたから顔すら出せていなかったが…。「お、お前、今までどれだけ心配したか…。」心配させるようなこと言っただろうか…。「父さん、確かに結婚してから全然帰って来れなかったし、手紙も書けなかったのは悪かったよ。ただほらこうして元気だから安心してよ。」怪我などしてないことがわかるようにぴょんぴょん跳ねて見せる。「そういう事じゃない。
⟡.·*.··············································⟡.·*.ラウル視点そしてその数日後。ラードンが教えてくれた内容はあまりに悲しい内容だった。「ラウル。冷静に聞いてくれ…。エルは死んだそうだ。もう火葬まで終わったと…アドルフが言っていた…」「エルが…死んだ…?」「あぁ…」あまりの言葉に俺は言葉を失った。「ラードン…待ってくれ。一旦冷静になろう…」ラードンの肩を大きく揺さぶって冷静になるよう伝えると、「落ち着くのはお前だよ。ラウル。」と返された。魔物討伐に行った時もここまで取り乱すことは無かったのに…。「そ、そうだよな。すまない、ラードン。」「いや、家族の話だしな。でも俺はこの話を聞いて少しおかしいと思ったことがあるんだ。」ラードンが言うには、エルが死んだというのにアドルフは何故か悲しい素振りを見せなかったそうだ。それに、誰かが亡くなればすぐ噂になるはず…。なのに誰も知らない。それどころかエルを誰も見かけていないのがおかしいらしい。
実家に帰ってきてからあっという間に5日が過ぎた。この5日は正直何もする気が起きず、家でゴロゴロして終わってしまった。まるで今までのスイッチが急にオフになってしまったようなそんな感じだ。「エル姉。そろそろ戻らないといけないんじゃないの?この先どうするか決まったの?」マウロがお茶を出しながら話しかけてくる。「んー…うーん…」「はぁ、本当にいい加減にしないと…そろそろ父さんの雷落ちるからね…」よく、母さんと父さんは性別が本当は逆なんじゃないかと言われることがある。父さんは几帳面で、涙脆く、すぐウジウジ考える。逆に母さんはガサツで、大変なことがあっても笑っていて、いつも前向きだった。その分本気で怒ると怖いのは父さんだ。因みにマウロは父さん似で、私と兄は母さんに似ていると思う…。「それは…まずいな…。」手を上に伸ばして軽く伸びをしてから私は動きだした。「マウロ。私がいない間のアドルフの動きって何か知らないか?」「んー…アドルフ君のお母さん、お父さんや妹さんはお店によく来てたけど…全くアドルフ君の話はしてなかったね。それに…」アドルフがこの店に顔を出すことは全くなかったそうだ。だから他に女や子供がいることは知らなかったらしい。「因みに私が騎士団に入っていた2年間は…知るわけないか。」騎士団に入っている時は基本寮生活だから外の人と会うことが余りできなかった。可能性としてその時から関係があったのではないかと思ったのだが…「そうだね。丁度その2年間は…僕もここを離れていたから分からないな。」魔物討伐に呼ばれるのは15歳からで、私とマウロの年の差は1歳差だ。16歳で騎士団に入った私と同じくしてマウロも魔物討伐に行っている。「兄さんなら、何かしら知っているかもね…もしかしたら…さ。」
「で、思い出したか?お前の団長の名前…」兄さんの言葉に「あ、あぁ」とだけ返す。昔は仲良くなくて喧嘩ばかりしてたというのに、いつの間にか手紙のやり取りをする仲になっていたとは誰が想像できようか。「昔は団長と仲良くなかったじゃないか。」「オディとは戦場で1回会ってな。そこからは相棒のような感じだよ。昨日の敵は今日の友って言うだろ!」兄さんの場合、昨日の敵は今日も敵の方が正しいと思うけど…と思わず口まで出かかったが飲み込んだ。「それでお前が死んでないということを知ったという訳だ。」最後の方はなんか面倒くさくなってまとめました感あったけど、話に飽きてきていた私はとても助かった。「ありがとう。で、ラウル兄。ここからはお願いなんだけど…」頭を掻きながら深くため息をつき「なんだ?」と聞いてくる。「1日早いんだけどこのままここにいてもあまり外に出れないからさ、明日戻ろうと思うんだ。それで…」あいつら家族の暮らしについて少し調べておいて欲しいということをお願いした。あと出来れば寮生活していた頃のあの二人についてもだ。「私は今回帰ったらアドルフとしてではなくエルヴィールとして残りの任期を満了できないか聞いてみようと思っている。」出来ればアドルフの名前の時に貰った給金も全て返してもらいたいところだけど、そちらについては団長に話してからになるだろう。「できる限りあいつには全てを返してやりたい。あとは、私の任期が満了した暁にはあいつを魔物討伐部隊に送ってやれればいいと思っている。」性格が悪いと言われようがなんだろうが、それだけの事をあいつはしてきたのだ。頑張って伸ばしてきた髪を切られたことも忘れない。兄さんに頭を下げてお願いをすると、「わかった。任せとけ。」といってリビングを出ていく。兄さんの後ろ姿に「ありがとう」というと、軽く手を挙げて、「ちゃんと戻ってこいよ。」と一言だけ。でもその言葉がすごく嬉しかった。
魔物討伐部隊と合流すると、久しぶりに我が家に帰ってきたような錯覚に陥る。実家にいてもゆっくりすることは出来たが、ここに来て長いこともありいつの間にか身体が慣れてしまっているのかもしれない。「おぉ!アドルフ隊長じゃねぇか!帰ってきたんだな。」「アドルフ隊長!聞いてくださいよ」「アドルフ隊長!!」私は皆に軽く挨拶をしながら団長の所に向かった。ここまで見たところ大きなけがを追ったやつは居ないようで少し安心した。「ダグワール団長。アドルフ、ただいま戻りました。休暇を頂きありがとうございました。」団長のテント前で声を張上げて伝えると、団長はテントを開けて迎えてくれる。「うるさい。そんなに声をはりあげなくても聞こえている。それに休暇は明日までだったはずだが…」「すみません。団長に話しておきたいことがありまして…」「…と、言うことなんです。」私は一時帰宅した時に起こったことを伝えた。全てを伝えると長くなりそうだったので掻い摘んで伝えただけだけど…「なるほどな…でお前はこれからどうするんだ?このまま泣き寝入り…するなんてタマじゃねぇよな?」「そうですね。まずはアドルフとして働いてきましたがここからはエルヴィールとして残りの任期をはたらかせて欲しいんですが…」あとはアドルフが貰っていた給金をあいつに返してもらうために、今までの金額を知りたいこと。アドルフが来ていなかったことが立証出来ればあいつをまた徴集することは出来るかなどを確認する。「まぁ、いいだろう。休暇明けからはエルヴィールとして働く事は出来る。お前の場合は腕っ節があるからな。女だとバレたところでなにか言ってくるやつはいないだろう。」確かに、この辺りにいるヤツらと喧嘩しても負ける気はしない。負けるとしたら団長、副団長達くらいだろう。「給金については金額を伝えることは可能だが、それ以上はこちらとして何も出来ん。」
中隊長になってからはBランクの魔物を中心に戦うことが多くなっていた。最近では弱い魔物も討伐され、残るのは中級以上の魔物ばかりだ。「アド…じゃなかったエルヴィール中隊長。今日の魔物討伐はサラマンダーとの事です。」「サディ。わかった。それと言いづらいならエルでいい。」サディは中隊長になってから配属されてきた1人だ。副隊長は相変わらずルエルが行ってくれている。「は、はい!エル中隊長。失礼します!」それだけ言うと走り去っていく。向こうで「中隊長と話しちゃったぁ」「ずるーい」みたいな声が聞こえてきたけど…少し複雑な心境だ。女の子っぽい雰囲気だが、声音がすべて野太いのだ。女と明かした時は、皆に軽蔑されるかとも思ったが、そんなことは無く…「女であれだけつえーの?逆にかっこよすぎるわ!」「何となくわかってました。女だろうが男だろうが関係ねぇ。隊長は隊長っす。」野次が飛ぶことはなく、ただ尊敬の眼差しで見られた時には吃驚したものだ…。まぁ、その根本にはラウルとマウロの兄弟ということもあるらしいが。あの二人は一体何をやったのか…聞いても皆顔を逸らすので分からない…が何となく他の人ではできない何かをやったんだろうなとは思う。朝食を食べ終え準備を開始する。今回の魔物はサラマンダーという事で、初Aランクの魔物だ。「ルエル。サラマンダーは火を吹くでかいトカゲだよな。皮とかは硬いのか?」「そうですね。でかいトカゲではありますね。皮とかはそんなに固くないと思います。」皮はそんなに固くないという事であれば、火に気をつけていれば何とかなりそうな感じがするな。「固くは無いですが、火を噴くくらいですから体は高温ですよ。だから素手で行けるだろうと思っているなら考えを改めた方がいいかと…」打撃で闘う方が楽なのに残念だ。取り敢えず強さが分からないが&
ルエルたちが何とかサラマンダーを一体倒した所で次の標的を探して歩き出す。森の中では馬で移動が難しいため基本徒歩だ。「それにしても思ったよりサラマンダーが少なくないか…?」同じ時期に入隊したヤーコフが話しかけてくる。確かにこれだけ探してもであったのは2体しかいないのは少ない。少ないことに越したことはないが…レッドスライムがいた形跡はあるし、サラマンダーがいた形跡もある。「ルエル。私たちがここに来る前にきた部隊はいるか?」ルエルに声をかけると、立ち止まってこちらに向かってくる。「この辺に来たのは僕たちの部隊がはじめてですね。」「そうか…。何か臭うな…」「えっ?僕臭いですか!?」この空気の中でとんでもないことを言い出すルエルの頭を思わずスパーンと叩く。「い、痛いっす…。」「お前がこの状況で冗談なんて言うからだろ?面白くない話するから、天気まで崩れてきたじゃないか…。」急に空気が重くなり今にも雨や雷が鳴りそうな雰囲気だ。「ほ、ほんとっすね…」ルエルは急に目を逸らして少し上の方を見る。「話す時は目を見て話せって言ってるだろ。」「そ、そうっすね…」少し脅えたような顔をしているがそんなに私が怖かっただろうか。「どうした?隊長でも
騎士団に入ってから3年が経った。この3年は他の領地にある騎士団が魔物討伐に向かっているため、比較的平和な時間を過ごしていたように思う。騎士団に入ってから知ったことだが、この国では魔物討伐を率いる騎士団は領地ごとで順番になっていたようだ。たまたま私が行った時の魔物討伐部隊を率いていたのが自領のダグワール騎士団だったらしい。「団長、エルヴィール・アルデンテです。失礼いたします。」朝一で団長から呼び出された私は、急いで団長室へ向かう。「あぁ。待っていた。そこに座ってくれ。」団長に促されてソファに腰を掛けると、団長も前のソファに座った。「それで…話とは、何でしょうか?」最近、これといって呼び出されるようなことはしていないと思うのだが…確かに以前は訓練で女だとバカにしてきたやつを片っ端から倒していたが、それもかなり前の話で今は落ち着いている。今でも喧嘩を吹っかけてくるのは新兵くらいだ。「魔物討伐遠征に行くことになりそうなんだ。」「なんだ…そんなことか…また、何かしたのかと思っていたので安心しました。それで次の遠征期間はどのくらいでしょうか。」また5年とかかるのだろうか…それなら父さんたちに伝えてから行かないとまた大変なことになりそうだ。「…次は1年の予定だ。以前のように魔物が活性化しているわけではないし、調査してもし活性化しそうであれば早めに対処しておこうということになった。」1年なら、全然問題なさそうだ。活性化していないということであればそこまで強い魔物もいないだろう。「その、お前は寂しくないのか?ほら、俺に死んでほしくないと…以前言っていたじゃないか。」「なんで寂しくなるんです?それに今回の魔物討伐で死んでしまう予定があるのでしょうか…?」この人は何を言っているんだろうか。私も行くわけだし、寂しいも何もないと思うのだけど…確かに魔物討伐に行くのだ。急に
騎士団に入団してから1年が経った。入団してからすぐのころは確かに女だからとバカにされることが多かったが、いつからかバカにされることはなくなっていた。恐らく、アルデンテと家名を伝えれば初めからバカにされることはなかったのだろうと今になっては思う。「バルコ副団長。私のわがままで申し訳ございませんが、家名は伏せておきたいと思っています。」「どうして?エルの家名を伝えればほとんどの人が黙るはずだよ。」「だからですよ…やっぱりこれから長い付き合いになるわけですし、自分自身のことを見てほしいと思いまして…」アルデンテ一家の名前が偉大なのはここ数か月で何となくわかった気がするが、「アルデンテ家だから」と思われるのは少し嫌だったし、やっぱりエルヴィールとして見られたい。そう思ってこの一年はがむしゃらに頑張っていたら、いつの間にか、部隊長にまでなっていたのである…。そして、もう一つ…この一年は団長と約束していた通り、休みの日は一緒に食事をしたり、出かけたりした。この1年間で気づいた事といえば、団長は思っていた以上に抜けていることが多いということだった。仕事の時は皺やシミのない制服をきちんと着飾っているような人が、休みの日になると少しヨレっとした服を着ているという感じだろうか。きっと女性たちはこういったギャップに弱いのだろう。あとは食べ歩きをしているとトマトなどのシミがついてしまうことが多い…そんな姿もかわいいと感じる部分なのかもしれないが…普段のしっかりとした団長を知っている手前、なんだか少し恥ずかしい気持ちになってしまうことが強かった。今日もそんな団長と休みがかぶっているため、一緒に食事に行
「え?結婚ですか?」就職先がやっと決まり、明日から念願の騎士団で働けると喜んでいたのも束の間、団長が他にも話があると言うので待っていると、まさかの話だった…。「結婚ってあの結婚ですよね?」単刀直入過ぎて頭がショートする。離婚して半年は経ったが、まさか自分が告白されるなんて思っていなかった。いや、告白なのか?好きと言われた訳でもないが…「そうだ。その結婚だ…」もしかして早く結婚でもしろと言われているのだろうか。でも団長ならモテそうだし、女性が放っておかなさそうだが…「なぜ私なのでしょうか。団長でしたら引く手数多でしょう。」私はそのまま疑問に思ったことを直接聞く。バツイチだし、とうが立っているしどこもいい所がないと思うが…「お、お前のことが昔から好きなんだ。」好き!?私を?!昔って喧嘩しかしてなかったけど…。「はぁ。昔って喧嘩しかしていなかったと思いますが…そんな話とかしましたっけ?」「確かに、昔は喧嘩ばかりだったが、喧嘩の理由だってお前のことが多かったんだ。それにお前が楽しそうに喧嘩したり、魔物討伐している姿をみると胸が高鳴るというか…」え…?それはさすがに…「私に殴られたいってことですか?もしかしてそういう趣味をお持ちなんですか?」「ちがう!そうじゃない!ただお前の戦い方は清々しいほど真っ直ぐでかっこいいんだ。お前が戦っている姿を見てさらに惚れた。だから結婚してほしい。」何となく団長が言いたいことは、わかった。兎に角好きだから結婚したいということなのだろう。「私は、1度結婚に失敗しています。なのでもし次結婚するなら失敗はしたくないと思っています。」「あぁ…」結婚してみて思ったが、我慢する生活は良くないとつくづく思った。言いたいこと言ってお互いのことを尊重し合えるようなそんな関係がいい
応接室の中で待っているとガチャりと扉が開く音が聞こえる。私はその音が聞こえた瞬間立ち上がった。「待たせたな。」「とんでもないことでございます。こちらこそ、お忙しい中、急遽面接を行って頂きありがとうございます。」一言挨拶をしてから頭を下げる。「いい。頭をあげてくれ。それでは面接を始めようか。」「は…い…?あれ?だ、だ、だんちょう?」頭をあげると目の前には昨日も一緒にお酒を飲んでいたはずの団長が座っていた。「魔物討伐部隊では挨拶をしたが、ここでは初めてだったな。改めてオディロン・ダックワーズだ。ダックワーズ辺境伯領にあるダックワーズ騎士団長をしている。」団長が目の前にいることにびっくりしたが、自分も改めて挨拶しなくてはならないと思い、気を持ち直して挨拶をする。「改めまして。ダックワーズ団長。この度は面接の機会を頂きありがとうございます。私、エルヴィール・アルデンテと申します。先日、名誉なことに騎士爵を賜りました。特技は戦闘全般です。よ、よろしくお願いいたします。」「こちらこそよろしく頼む。仕事内容を話したいので座ってくれ。」いつも団長は鎧を着ていることが多かったからか、スーツを着ているのが少し新鮮だ。「失礼します。」私は団長に言われた通り、ソファに座ると団長も私の前に腰を下ろした。⟡.·*.··································&m
「いたたたたた…」昨日途中までは皆で騒いでいたのを覚えているけどいつの間にか寝てしまっていたようだ。椅子で寝てしまったせいか腰と頭がすごく痛い。頭は二日酔いのせいだろう…。周りにもそのまま寝てしまったのかイカつい男たちが店の中で雑魚寝している。少し伸びをしてから立ち上がり首や肩を軽く回すと、隣で眠っていたルエルが目を覚ました。「すまん、起こしたか?」「そんなことないですよ。おはようございます。隊長。」ルエルも横で伸びをする。そろそろ仕込みが始まる時間なのか、父さんたちも起きてきたようだ。「おい、お前らそろそろ起きろ。」「あぁぃぃ。おはようございます。」少し大きい声でみなに聞こえるように声をかけるとのそのそと起き上がる。団長と副団長が居ないところを見ると昨夜のうちに帰ったようだ。「そろそろ開店準備をする時間だから帰れ。」少し眠いのか目が空いていない人や二日酔いで頭を押えているものがいる。「ルエルは大丈夫なのか?」「僕は大丈夫ですよー!隊長こそ、昨日話したこと覚えてますか?」ルエルは昔からやたらと酒が強かった。皆が酔っ払っていてもそれを見ながら笑っているくらいでケロリとしている。「あぁ、準備が出来たら地図のところに向かうよ。」「よろしくお願いしますね!門番に僕の紹介できたことを伝えてもらえれば入れますんで!それじゃあ、そろそろお暇します。」「わかった。こちらこそよろしく頼む。また後でな。」面接の時に会えるか分か
「アドルフの話はこのくらいにしておいて、そろそろ隊長の話を聞きたいです。隊長は仕事決まったんですか?」「わ、わ、私か!?仕事はな…見つかりそうではあるのだが…」4人がこちらを同時にみて「やっぱりまだ見つかっていないのか…」というような顔をしてくる。失礼な奴らだ。今まで全く求職活動をしてこなかったわけではないんだ。ただ、自分に見合う仕事がなかった…というだけのこと。「そうなんですねー。見つかりそうだったならよかったです。もし見つかっていないのであれば、以前お話していたお仕事を紹介しようかなと思っていたんですけど…」ルエルはこちらをチラチラ見ながら話してくる。この顔は本当は紹介してほしいんでしょ?という目だ。「ゴホン。ル、ルエルもしよければ参考までに、その仕事の内容だけでも教えてくれないか?」「えぇ。参考ですか?そんなの面倒くさいですよ!守秘義務というのもありますし、ここではお伝えは難しいですね。それに隊長は仕事見つかりそうなんですよね?でしたら必要ないじゃないですか。」「た、たしかにそうなんだが…な…その…すまない…仕事はまだ決まっていないんだ…」正直言ってルエルが仕事を紹介してくれるというのは渡りに船だった。半年間色々面接は受けたもののうまくいかず、最近では本当に仕事ができるのかさえ不安になってくる始末だ。「最悪、自分で傭兵団を作るのかもありかなと思っていたところだ。」傭兵団に入ることも何度か考えたが、女性が入れる傭兵団は限られておりあまりいい噂を聞かな
何を仕事にしようか考えているとあっという間に3ヶ月が過ぎていた。その間は特に仕事をしていなかったが、今まで稼いだお金があったので何とかなった。実家でこのまま暮らし続けるなら、魔物討伐出もらった銀貨があれば仕事をしなくても全然生きていけるが、それはそれでアドルフ達と同じようになってしまうのが何となく嫌だった。10年間はアドルフからお金が帰ってくる予定だけど、戻ってこない可能性も大いにあるだろう。あくまでも予定であって、生き残れなければ意味が無いからだ。傭兵団に入ることも考えたが、入ってしまえばなかなか戻って来れないだろう。で、あれば衛兵の仕事をするか…だが、衛兵は男性のみの職場だ…仕事について考えていると、マウロが部屋にきた。「エル姉。今いい?」「どうしたんだ?」「ちょっとお店に顔出して欲しいんだけど…」今考えることで忙しいのに、なんで店に顔を出さなきゃ行けないんだ。「今考え事で忙しいから無理。」「どうせ考えても答えの出ないことをぐるぐると考え続けているんだろ。ここの所ずっとそうなんだから分かるよ。とりあえず気分転換だと思って出て。待ってるからね!絶対だよ!」それだけ言うとわざと大きな足音を立てながら階段を降りていった。「仕方ない…降りていくか。」私は寝間着から着替えて、髪をポニーテールに結んでから階段をおりていくと、洋食屋にしては珍しい大きな笑い声が沢山響いていた。「今日はなんだかうるさい…え…?」
アドルフと別れてから、3ヶ月ほど経った頃ルエルから一通の手紙が届いた。その手紙にはあと3ヶ月で任期が終わるということと、アドルフが使えなさすぎて皆にいつもバカにされているということ。そして、任期を終えたらアルデンテの洋食屋に寄るということだった。「あと3ヶ月か…長いな。」この3ヶ月、仕事などを探してみたもののなかなか見つからず…。何故か分からないが、「アルデンテの娘さんなんか恐れ多く雇えません。」と断られることが多かった。そもそもなんでこんなにアルデンテ家と知ると皆断るのか私には全然分からなかった。「そろそろ父さんか、兄さん、マウロに聞いてみるしかないか。」今まで聞かないようにしていたがここまで求職を断られることを考えると、知らないままにしておく訳には行かない。「父さん。今いいか?」「ん?なんだい?」早速話を聞こうと思い、父さんのところに行くと笑顔で迎えてくれた。「アルデンテについて教えてくれ。」「あぁ、いいよ。アルデンテとはパスタを少し歯ごたえが残る状態を言うんだよ。茹ですぎずに歯ごたえが少し残ることで触感も良くなるし血糖値の急上昇を抑えてくれると言われているんだ。」「へぇー。そうなんだ。」「って、そうじゃない!私が聞きたいのはこの家の事についてだよ。」アルデンテの意味くらい知っているのに、なんでここでアルデンテの話なんてしてくるんだ。ただ家の事を聞きたいだけだと言うのに…「だからアルデンテ家は今話した通りなんだよ。」私が少し首を傾げていると、兄さんが聞いていたのか話に割って入ってくる。「アルデンテ家はな。昔からやたらと身体が強いんだ。そして、喧嘩などの戦闘能力も高い。」確かに聞いたことがある。私たちの一家は昔から男性だけでなく女性も
目が覚めると、全く記憶のないところで横になっていた辺りを見渡すとどうやらテントのようだ。外からは野太い声の笑い声が聞こえてくる。「ここは…どこた…?」やたら頬の当たりが痛い気がするが…何があったんだろうか。「あぁ、起きたんですね。」テントが開き、そちらに目を向けると女性がいたら騒ぎ出すであろう顔面の持ち主がこちらへほほ笑みかけてくる。「あ、あの。ここは一体…」「ここですか?」俺の顔を見てなんだか納得したように、「ここはとても楽しいところですよ!」とだけ言ってテントの外に出ていった。後を追って外に出た方がいいのかと迷っていると男が笑顔で戻ってきて俺の首あたりを掴む。どこにそんな力があるのか、というような力で、「さっ!いきますよ~」と言うとズルズル引きずられた。外に出るとどうやら森の中にいるようだ…自分で歩くと言えないままき引きずられているとどうやらひとつのテントの前で止まった。「団長はいりますよー。」「あぁ。」団長と呼ばれているということは…騎士団かなにかだろうか…「よく来たな。アドルフ。」「ひゃ、ひゃぃい。」団長らしき人も相当お顔が整っていらっしゃる…。思わず緊張して声が裏返ってしまった。「ここがどこか分かっているか?」ここがどこか…森の中だということはわかるがそれ以外分からない俺は首を振った。「ふ。そうか