私は引っ越すことを決めた。 義母の終わりのない干渉や非難に、これ以上耐えられなかったからだ。私は迷いなく荷物をまとめ、あの窒息しそうなほど抑圧的で争いの絶えない「家」から出る準備を進めた。 家を出るその瞬間、振り返ってリビングを見た。カーテンの隙間から差し込む陽の光が私の顔を照らし、大自然が私に「頑張れ」と優しく背中を押してくれているように感じた。 私は深く息を吸い込む。未知の生活に対する不安と、束縛から解放される喜びが胸に入り混じっていた。そして、迷いなくドアを閉めた。 新しい住まいは質素ではあるが、私にこれまで味わったことのない静けさと自由をもたらしてくれた。 私はそこを自分らしく整え、温かみと秩序が感じられる空間に仕上げた。 壁には私が描いた風景画を飾った。それは心の避難所であり、疲れた夜には私に安らぎを与えてくれる存在だ。 窓辺にはいくつかの緑の植物を置いた。それらは困難な環境の中でも生命を輝かせる強さを教えてくれる。 私は気づいていた。負の感情の渦から離れなければ、自分の人生を本当に生きることはできないのだと。 同時に、新しいキャリアへの挑戦も始めた。 以前、病気と誤診されて諦めた仕事。しかし、誤診だったとわかった今、もう一度勇気を持って追いかけることにした。 履歴書を送り、面接を受ける。一つひとつのステップが挑戦そのものだったが、その中で久しぶりに充実感と希望を感じた。 そして最終的に、新しい仕事を手に入れることができた。それは以前のような華やかさはなかったが、私が自立して生きるのに十分なものであり、成長の場を提供してくれる仕事だった。 その間、大輝との連絡が少しずつ復活していった。 しかし、それは同情や未練からではなかった。理性的で現実的な目的がそこにはあった。 私たちの間の問題を完全に解決するためには、まず十分な証拠と主張できる材料を持つ必要があったのだ。 私は、莉奈を訴えるための口実を使って、大輝に彼女に費やしたお金の詳細を話させた。彼はその詳細を記した明確な支出記録を私に提供した。 その記録を目にしたとき、私は言葉にできないほどの嫌悪感と怒りが胸を満たした。 ホテル代だけでも膨大な額で、それに加えて他の大きな支出まで......それらは私たちの生活のあらゆる部分に入り込ん
法律の手続きはまるでカタツムリが這うように遅々として進まず、その一歩一歩が重く、耐えがたいほどの遅さに感じられた。 この長い待ち時間の中で、大輝の苛立ちと怒りは日に日に募っていき、まるで見えない網に縛られているように身動きが取れず、もがいているようだった。 夜が更け、人々が静かに眠りにつく頃や、彼が特に気持ちが荒れているとき、私の電話が彼の唯一の吐け口になることが多かった。「なあ、お前の方はどうなってる?金の問題は何とかなるのか?」 彼の声には焦りと諦めが入り混じり、一言一言が重苦しい負担を背負っているように聞こえた。 私は淡々と答えた。 「まだ手続き中よ、そんなに急いでも無理だから」 わざと軽い調子で返したが、その内心では、彼が苦しんでもがく様子を見ることに一種の満足感を覚えていた。 電話の向こうでは、時折彼と義母が言い争う声が聞こえることもあった。義母の罵倒と大輝の反論が交錯し、まるで荒唐無稽な家庭劇のようだった。 そんなやり取りを私はただ黙って聞き、口元には冷たい笑みを浮かべるだけだった。 「全部あんたのせいだよ!最初からあんたが出て行かなければこんなことにはならなかった!」 義母の非難が電話越しに聞こえてきたが、私はまるで気にしなかった。 ご自由にどうぞ、お義母さん。どうせ私は聞いていませんから。 その後、莉奈からもついに電話がかかってきた。 「なんでこんなことをするの?どうしてあんなクズ男のためにお金を取り戻そうとするわけ?」 彼女の声には苛立ちと困惑が滲んでいた。 私は軽く笑い声を漏らし、彼女の問いには直接答えなかった。 「川崎さん、愛とお金、どちらが大切だと思います?」 わざと曖昧な質問を投げかけ、彼女自身に考えさせた。 「もちろんお金よ。まさか私が本気であんたの旦那を好きだと思ったわけ?」 私は納得したように頷きながら、その言葉を録音に残した。これもまた、後のための証拠として役立つだろう。 時間が経つにつれ、大輝の体調は急激に悪化していった。そしてある日、彼は突然、私に病院へ来てほしいと求めてきた。 病室のベッドに横たわる彼を見つめる。かつて親しみを感じていたはずの顔は、今では痩せこけて見知らぬ人のようだった。そんな彼を見ても、私の心には一片の感情も湧かなかった。
「明日には入院手続きだよね。お金、ちゃんと準備できてるの?」 入院を翌日に控え、私は気持ちを整えながらキッチンにいる夫に声をかけた。 ところが、夫は果物の皿を持って出てきて、自分で一口食べてからのんびり答えた。 「お金?全部他人に渡したけど?」 一瞬、私は耳を疑った。結婚して以来こんな冷たい言葉を聞いたことがなかった。思わず聞き返してしまった。 「他人に......?どういうこと?」 「莉奈(りな)にだよ」 その名を聞いた瞬間、私の思考は停止した。信じられない。あれは私の命を救うためのお金だったのに。なんで彼女に?どうして?何があったの? 問い詰める私に、夫は面倒くさそうにこう言い放った。 「店を開くために渡したんだ。投資って知らないのか?」 精神的にも追い詰められていた私は、まさに駄目押しをされた気分だった。 感情のブレーキが効かなくなり、思わず夫に殴りかかり、持っていた果物もひっくり返してしまった。 「大輝(たいき)!あれは私の命のお金だったんだよ!どうしてそんなことができるの?!」 しかし、次の瞬間には彼に突き飛ばされ、床に叩きつけられた。 「この狂った女が!莉奈が店を開くのにお金がいるんだ!俺が彼女に金を渡して何が悪い? お前なんか胃がんの末期だろ?どうせ治らないんだし、死人が生きてる人間と金を取り合うな!俺と母さんが両方失うなんて御免だ!」 その場に座り込んで、私は心底思った。この人、こんな人だったっけ? 大学時代に知り合って、学生時代を共に過ごし、結婚まで辿り着いた彼。私は孤児だったけれど、大輝は全く気にせず、むしろ私の孤独な人生を支えてくれる優しい人だった。 友人や同僚からも「いい人だね」と評判で、結婚後も献身的に私を支えてくれていた。激しい喧嘩なんてしたことがなかったのに...... 少し前、大輝と一緒に定期健康診断を受けた。そのとき、私は胃がんと診断された。そしてその瞬間から、彼の態度は劇的に変わり、家の貯金400万円をあっという間に他人の店のために使ってしまった。 私は思わず疑問に思った。今まで一緒に過ごしてきた人間は一体何だったのか。この人は本当に人間の皮を被っているだけじゃないのか、と。 呆然としている私を見て、大輝は少しだけ声のトーンを落として、自分なりの理
「私が何もしてないですって?!お義母さん、忘れたんですか、この家の頭金、私が半分出したんですよ!」 私は勢いよく立ち上がり、彼ら二人を見て思わず笑ってしまった。こんなに滑稽な話があるだろうか。 「私が何をしてきたのかですって?じゃあ、逆にお義母さんと大輝は何をしてきたんですか? 大輝と川崎の関係については、あえて突っ込みませんよ! そもそも、息子さん、失業してるじゃないですか。家でせいぜい掃除をする程度の毎日。しかも、それすら私が手伝うこともありますよね!一体どこに『家族を支えている』なんて話があるんですか?私は働いていないとでも思っているんですか?私の給料であんたたちを養ってるんです!それで私が何もしていないって言うんですか?」 義母は隣で表情を変えながら何か言いたそうにしていたが、大輝が目配せをして彼女を止めた。 私は冷たく笑いながら話を続けた。 「それに、お義母さん、ずっと公平な方だと思ってました。私の味方になってくれると信じていましたよ。でも、今となっては、あんたたちも結局グルなんですね。もともと『家族』なんて、私一人が錯覚……」 しかし、その言葉が終わらないうちに、大輝が私の頬を平手打ちした。 耳鳴りがして、私は頬を押さえながら彼を睨みつけた。 彼は失業してから、家族全員が私の稼ぎで生活しているのに、掃除をしただけで家のことを「支えている」と豪語している。それでいて、この男には私を殴る権利があるとでもいうのか? 「貯金だって、当然私にも半分の権利があるんだから!」 彼ら二人は、私がいつものように泣き出すとでも思ったのだろう。しかし、その予想を裏切り、私は堂々と反論した。恐れる様子は微塵もない。 冗談じゃない。私は末期がんだと言われた人間だ。これ以上怖いものなんてない。 私の言葉を聞いて、二人は口ごもり、言い返す言葉を見つけられない様子だった。その顔が面白くて、私はさらに言葉を続けた。 「金を返してもらいますよ。返さないなら、裁判に持ち込みます。どうせ私は治らないんだ。金なんて燃やしても、あの川崎莉奈には絶対に渡さないから」 「無理だな、結衣。諦めろ。 一銭たりとも渡すつもりはない」 大輝は冷たく私を見つめ、その瞳にはもう私への感情が微塵も残っていないのがわかった。 「離婚でもなんで
私は黙り込んで、拳をぎゅっと握りしめた。指先が掌に食い込みそうなほど、力が入っている。 死を待つだけ?違う、私はこんな運命を受け入れない。ましてや、自分の金をこんな奴らに簡単に渡すなんて絶対に許さない。 冷静になるよう自分に言い聞かせ、私は無理やり心を落ち着かせた。そして、ふと、自分の持ち物、結婚の際に持参した金のアクセサリーを思い出した。これがあれば、まだ逆転のチャンスがあるかもしれない。 一時的におとなしくして、ちょっと感情的になり過ぎたことを謝り、冷静になる時間が欲しいと言った。大輝と義母は、私の表情に何かを感じ取ったのか、しばらく考えた後、私の言葉を受け入れてくれたようだった。 結局、私の立場を思えば、孤児だった私は今、彼らに頼るしかないと思ったのだろう。 私は部屋のベッドに座り、静かに周囲を見渡しながら、何かチャンスを見つけようと待った。すると、ふと大輝が午後に外出すると聞いた。これが唯一のチャンスだと、私はすぐに動き出した。 大輝が家を出たその瞬間、私はすぐに部屋の中を素早く探し始めた。心臓はまるでドラムのように早鐘を打つ。 そして、ついに私は結婚の際にもらった金のアクセサリーを見つけた。これが私に残された唯一の希望だ。 だが、その時、突如として義母の姿がドアの前に現れた。警戒心満々の目で私を見つめている。 「何してるの?」 義母の声は鋭く、私の心に突き刺さるようだった。 頭の中が一瞬で働き、私は手にしていたアクセサリーを素早く部屋の隅にあるゴミ箱に放り込んだ。そして、平静を装いながらゴミ袋を手に取った。 「何もしていませんよ、ただゴミ箱がいっぱいだったので、つい捨ててしまいました。大輝さんがいつも頑張っていると言っていたので、今のうちにちょっと手伝おうと思いました。私も病気で治療が必要なので、今後も頼らなければならないですから」 義母は私を半信半疑でじっと見ていたが、特に疑う証拠も見当たらないようで、何も言わずに部屋を去っていった。 私はその隙に部屋を抜け出し、心の中でただ一つ、アクセサリーを現金に変えて少しでも生きるためのチャンスを掴むしかないという思いだけがあった。 ゴールドショップに到着した私は、希望を込めてアクセサリーを店員に渡し、検査を頼んだ。しかし、店員から告げられたのは、まさかの
再び目を開けると、周囲のすべてがどこか懐かしくもあり、同時に全く新しく感じられた。 私はまばたきをし、まるで長い夢の中にいるような気分になった。現実と幻想の境界がわからなくなり、混乱する。部屋の中のものは変わっていないはずなのに、もはや以前感じていた温かさや安らぎを見つけることができない。冷たい空気だけが残り、心はどこまでも冷え切っていた。 この「家」という場所は、私が何も持たず、20年もの間、彷徨い続けてきた末にようやくたどり着いた場所だと思っていた。しかし、今となっては、私の人生で最も苦しい場所に変わってしまった。 私が絶望的な病気だと告げられたその日から、家の雰囲気は一変した。かつては楽しい笑い声が響いていたはずなのに、今では冷たく無関心な空気が支配している。まるで、私はこの家の外の人間であるかのように感じていた。 そのことを思うと、私は自嘲の笑みを浮かべた。 今では、この家にいても、倒れても、私を病院に運ぶためにお金を使う価値すらないと感じる。私の価値は、あの冷酷な診断書と共に、すでに消え失せてしまったようだ。 夫の声がリビングから聞こえてきた。そこには、嘲笑の響きが含まれていた。 「おや、目が覚めたか?何日も寝てるんじゃないかと思ったよ」 その言葉には、私への関心の欠片もなく、ただ冷たさと軽蔑だけがこもっていた。水一杯すら持ってきてくれることなく、以前なら考えられないほど冷たい態度だった。 私はベッドに横たわり、目を閉じて、彼の言葉を無視した。 すると、義母もその冷たい会話に加わった。彼女の笑い声は、耳をつんざくように鋭く、私の心に刺さる。 「ちょうどいいタイミングで起きたわね。食事の時間よ。あんた、何もせずにただ食べてるだけの存在よね」 あからさまな辛辣さに、私はその言葉が心に響くのを感じた。義母が作った料理から漂う辛い香りが、今日の食事がどういう意図で出されているのかを如実に物語っていた。 私が寝室を出ると、すぐに食卓が目に入った。そこには、さまざまな辛い料理が並べられていて、まるで無言の挑戦のように感じた。 私は深く息を吸い込み、体の不快感を必死にこらえながら、食卓に近づいた。赤と緑の唐辛子が交互に並び、まるで私の運命を嘲笑っているかのようだった。 冷ややかな目でその料理を一瞥したが、言
私は莉奈の家の前に立ち、ドアベルを軽く指で押しながら、心の中で複雑な思いを抱えていた。 川崎莉奈、あの一度の会食で偶然出会い、少しずつ親しくなった女性が、今では私の婚姻危機の鍵を握っている人物となり、さらには私の命を救うための大切なお金を奪った人物でもある。 私は深く息を吸い込み、決心を固めてドアベルを押した。 ドアがゆっくりと開き、莉奈がその姿を現した。 彼女の目に一瞬の驚きが浮かび、それがすぐに平静に戻ったが、私はその顔色が少し沈んでいるのがわかった。 莉奈は冷たい目で私を見て、言った。「何の用?」 彼女の反応から、私が何をしに来たのかもう気づいているようだった。以前のような温かさや親しみは、まるでなかった。 私は彼女の目をしっかりと見据え、声を落ち着けて言った。 「私は、大輝があなたに渡した20万を取り戻しに来ました。このお金は私たち夫婦の共同の財産です。彼は私の同意なしにあなたに勝手に渡しました。それは違法です。お返ししていただきたい」 莉奈は私の言葉を聞いて、口の端に皮肉な笑みを浮かべた。 彼女は軽く首を横に振り、顔を無表情に保ったまま言った。 「どうしてそれが不正な贈与だと決めつけるの?あの人にサインさせた契約書もあるし、これは正当な投資だって。警察に言っても、証拠なんて何も出てこないわ」 彼女の言葉は、私の心に冷水を浴びせるようで、希望が一気に消え去った。その直後、彼女は契約書を取り出し、私に渡した。そして、同時に大輝に電話をかけた。 私は契約書を見下ろした。その白い紙に黒い文字で、はっきりと書かれていた。 私は言葉を失い、しばらく黙って立ち尽くしていた。お金を取り戻すことはもうできないのだと、心の中で理解した。 その時、突然大輝がドアの前に現れ、顔は暗く険しく、私を見た瞬間、怒りが爆発した。彼は勢いよく私に近づき、いきなり二発、思い切り頬を打った。 私はその衝撃で反応が遅れ、耳が鳴るような音がして、痛みと屈辱が入り混じり、心が崩れそうになった。 私はふらふらと後退し、涙がこぼれそうになった。 絶望的な気持ちで大輝を見つめる。かつて愛した人が、今、こんな風に私を扱うなんて...... 「どうして......どうして何度も何度も私を殴るの!?一体どういうつもりなの?」 私は涙
その瞬間、部屋の空気はまるで凍りついたように重く、呼吸することすら難しく感じられた。 窓から差し込むわずかな光も、温もりを失ったかのように感じられ、部屋中の冷たさを拭い去ることはできなかった。 誰もが驚愕と困惑の表情を浮かべ、時間が本当に止まったかのように感じられる。まるで、この一瞬だけが永遠に続くかのようだった。 大輝がその沈黙を破ったのは、最初だった。彼は突然私の手から携帯を奪い取ると、電話の相手に向かって激しく叫んだ。 「どうしてこんなことになっているんだ?!こんな大事なことを間違えるなんてあり得ない!まさか、この結果も間違っているのか?!」 彼の声は、恐怖と怒りが入り混じり、目は大きく見開かれ、瞳の周りが赤くなっていた。一つ一つの言葉が、歯を食いしばりながら絞り出され、抑えきれない感情が渦巻いているようだった。 まるで、信じられない現実を必死で受け入れられず、すべての恐れと絶望をその言葉で吐き出すかのように。 電話の向こうの病院スタッフは、何度も謝罪し、声には無力感と同情が込められていた。何度も彼に、すぐにでも入院し治療を受けるように伝えた。 大輝の顔色は、怒りと絶望の間で急速に変化し、手が震えながら慌ててポケットからカードを取り出した。その動きは急ぎ、ほとんど落としそうになり、彼が本当に慌てていることが伝わってきた。まるでその小さな動き一つが、彼の病状に関わるような感じで、心の動揺が現れていた。 彼は何度も「どうしてこんなことになったんだ」「ありえない」と呟き、目には未来への恐怖と現実から逃げようとする感情が満ちていた。 一方、私はそのやり取りを無感情に聞きながら、心の中で今までに感じたことのないほどの軽さと解放感を感じていた。 私の口元には、冷ややかな微笑みが浮かんでいた。それは運命の皮肉であり、そして私がついに解放されることへの安堵の気持ちでもあった。 そのとき、私はふと思い出した。大輝がかつて莉奈に投資したお金が、今では彼の唯一の命を救う手段だということを。 そのことを思い出した私は、あえてその事実を彼に告げてやりたくなった。 「そのお金、今やあなたの命を救う唯一の希望なのよ」 その言葉を聞いた大輝は、顔色をさらに悪くし、すぐに莉奈に電話をかけた。彼の声には哀願と脅しが混ざっていて、病院の誤
法律の手続きはまるでカタツムリが這うように遅々として進まず、その一歩一歩が重く、耐えがたいほどの遅さに感じられた。 この長い待ち時間の中で、大輝の苛立ちと怒りは日に日に募っていき、まるで見えない網に縛られているように身動きが取れず、もがいているようだった。 夜が更け、人々が静かに眠りにつく頃や、彼が特に気持ちが荒れているとき、私の電話が彼の唯一の吐け口になることが多かった。「なあ、お前の方はどうなってる?金の問題は何とかなるのか?」 彼の声には焦りと諦めが入り混じり、一言一言が重苦しい負担を背負っているように聞こえた。 私は淡々と答えた。 「まだ手続き中よ、そんなに急いでも無理だから」 わざと軽い調子で返したが、その内心では、彼が苦しんでもがく様子を見ることに一種の満足感を覚えていた。 電話の向こうでは、時折彼と義母が言い争う声が聞こえることもあった。義母の罵倒と大輝の反論が交錯し、まるで荒唐無稽な家庭劇のようだった。 そんなやり取りを私はただ黙って聞き、口元には冷たい笑みを浮かべるだけだった。 「全部あんたのせいだよ!最初からあんたが出て行かなければこんなことにはならなかった!」 義母の非難が電話越しに聞こえてきたが、私はまるで気にしなかった。 ご自由にどうぞ、お義母さん。どうせ私は聞いていませんから。 その後、莉奈からもついに電話がかかってきた。 「なんでこんなことをするの?どうしてあんなクズ男のためにお金を取り戻そうとするわけ?」 彼女の声には苛立ちと困惑が滲んでいた。 私は軽く笑い声を漏らし、彼女の問いには直接答えなかった。 「川崎さん、愛とお金、どちらが大切だと思います?」 わざと曖昧な質問を投げかけ、彼女自身に考えさせた。 「もちろんお金よ。まさか私が本気であんたの旦那を好きだと思ったわけ?」 私は納得したように頷きながら、その言葉を録音に残した。これもまた、後のための証拠として役立つだろう。 時間が経つにつれ、大輝の体調は急激に悪化していった。そしてある日、彼は突然、私に病院へ来てほしいと求めてきた。 病室のベッドに横たわる彼を見つめる。かつて親しみを感じていたはずの顔は、今では痩せこけて見知らぬ人のようだった。そんな彼を見ても、私の心には一片の感情も湧かなかった。
私は引っ越すことを決めた。 義母の終わりのない干渉や非難に、これ以上耐えられなかったからだ。私は迷いなく荷物をまとめ、あの窒息しそうなほど抑圧的で争いの絶えない「家」から出る準備を進めた。 家を出るその瞬間、振り返ってリビングを見た。カーテンの隙間から差し込む陽の光が私の顔を照らし、大自然が私に「頑張れ」と優しく背中を押してくれているように感じた。 私は深く息を吸い込む。未知の生活に対する不安と、束縛から解放される喜びが胸に入り混じっていた。そして、迷いなくドアを閉めた。 新しい住まいは質素ではあるが、私にこれまで味わったことのない静けさと自由をもたらしてくれた。 私はそこを自分らしく整え、温かみと秩序が感じられる空間に仕上げた。 壁には私が描いた風景画を飾った。それは心の避難所であり、疲れた夜には私に安らぎを与えてくれる存在だ。 窓辺にはいくつかの緑の植物を置いた。それらは困難な環境の中でも生命を輝かせる強さを教えてくれる。 私は気づいていた。負の感情の渦から離れなければ、自分の人生を本当に生きることはできないのだと。 同時に、新しいキャリアへの挑戦も始めた。 以前、病気と誤診されて諦めた仕事。しかし、誤診だったとわかった今、もう一度勇気を持って追いかけることにした。 履歴書を送り、面接を受ける。一つひとつのステップが挑戦そのものだったが、その中で久しぶりに充実感と希望を感じた。 そして最終的に、新しい仕事を手に入れることができた。それは以前のような華やかさはなかったが、私が自立して生きるのに十分なものであり、成長の場を提供してくれる仕事だった。 その間、大輝との連絡が少しずつ復活していった。 しかし、それは同情や未練からではなかった。理性的で現実的な目的がそこにはあった。 私たちの間の問題を完全に解決するためには、まず十分な証拠と主張できる材料を持つ必要があったのだ。 私は、莉奈を訴えるための口実を使って、大輝に彼女に費やしたお金の詳細を話させた。彼はその詳細を記した明確な支出記録を私に提供した。 その記録を目にしたとき、私は言葉にできないほどの嫌悪感と怒りが胸を満たした。 ホテル代だけでも膨大な額で、それに加えて他の大きな支出まで......それらは私たちの生活のあらゆる部分に入り込ん
義母の非難は、まるで嵐のように私に襲いかかってきた。彼女は声を張り上げ、私を毒婦だと罵り、私が「恩知らず」だと言って、過去のことを非難し続けた。「本当に滑稽だわ!あの時、私が同情して一人でいるあんたを受け入れてやらなかったら、誰がこんな女を迎え入れるもんか?今になって、こんな恩知らずな人を育てやがって!」 彼女の声には憎しみと悔しさが溢れていた。 私はもはや、この根拠のない非難と侮辱を耐えることができなくなった。心の中で抑えきれない怒りと悔しさがあふれ出し、ついに堤防が決壊した。 私は勢いよく立ち上がり、手元にあった水を一気に彼女の顔にぶちまけた。 水が飛び散り、空気の中には言葉では言い表せないような緊張感と対立の気配が漂った。 「私が死ぬべきで、大輝だけが生きるべきだとでも言うんですか?どうしてそんなことが言えるんです?」 私の声は怒りで震えていたが、言葉一つ一つがはっきりと力強く響いていた。 「この何年、家のことをどれだけ私が支えてきたか、ご存じですよね?毎日早く出て、遅く帰って働き詰めだったのは私です。では、息子さんは? 少し家事をしただけで、あとは口先だけの甘い言葉でごまかしてきただけですよね。それなのに、どうして私が恩知らずだなんて言われなきゃいけないんですか?」 義母は突然の私の行動に驚き、顔にかかった水を手で乱暴に拭いながら、驚きと不満の入り混じった目で私を見ていた。 しかし、彼女はその硬直した態度を崩すことなく、さらに大きな声で私を抑えようとした。 だが、私は彼女の理不尽な言動にもう耐えることはできなかった。 私は素早く前に進み、彼女をドアの外に押し出した。彼女が外で泣き叫んでいるのを無視し、私は部屋に戻った。 彼女の叫び声はすぐに近所の人々を引き寄せ、義母はその隙をつかんで私に対してさらに激しく攻撃を始めた。 「皆さん、見てください!私の息子の嫁が私を家から追い出しました!こんな理不尽なこと、どうして許されるんですか!」 泣きながら私を指差し、訴えかける義母。 「当時、私と息子が心から助けてあげたんですよ!それなのに、結婚してからこんな人間に育て上げたのは誰だと思ってるんですか!」 しかし、義母が予想していなかったのは、この近所で私がどれだけ良い評判を得ていたかということだった
「この冷血女!大輝は私の息子、あんたの夫でしょ!こんな病気を告げられて、全く無関心でいられるのか!それに、家を売るのも反対するだなんて!まさか、家はあんたが一人で買ったわけじゃないでしょう!」 義母はようやく反応し、私に向かって手を伸ばし、鼻先を指さしながら怒鳴り始めた。 私は冷笑を浮かべながら彼女を見つめ、目には嘲笑を込めて言った。 「そうですか?どうでもいいわ。たとえ私が買っていなくても、私がサインしなきゃ家は売れませんから。 それに、大輝が病気なら、彼の愛人にお金を頼んだらどうですか?どうしてわざわざ私を困らせるんですか。 『長年』の関係があるんでしょう?それなら、これくらいのことを頼んだらどうです?」 そう言って、私は振り返り、足早に部屋を出た。気持ちの中には、少しだけ虚無感とともに、軽くなった気持ちが広がっていた。身後で義母の足音が聞こえたが、私は無視した。 「あんた!まったく理解できない!」 義母の声が空っぽのリビングに響き、震えた指を私に向けていたが、反論する言葉はなかった。 私は部屋に戻り、ドアを閉めて喧騒を遮断した。 しばらくして、義母が怒りを抱えたまま戻ってきた。ドアを勢いよく開け、彼女が言おうとしたその瞬間、私は先に口を開いた。 「大輝はどうしたんですか?まだ帰ってきていないんですか?外で亡くなったんですか?」 挑発的に顔を上げ、目には疑問を浮かべて言った。 義母は私に言い返すことなく、顔を真っ青にして深呼吸をし、ようやく感情を抑えた。 「大輝が治療を終えたら、この件をちゃんと片付けてやるから」 そう言って、義母はバッグを手に取り、扉を叩きつけるようにして出て行った。 私はその後ろ姿を見送って、内心で確信した。義母は大輝の治療のために、あの金庫を使いに行ったのだろう。 私はさらに腹が立った。義母にはお金があるのに、私の治療には使わず、私がこの家の「外部の人間」だと改めて実感させられた。 夕方、義母からのメッセージが部屋の静けさを破った。 「家にいるのか?ご飯作ってちょうだい、外の食事は高いし、まずい」 私は口元に意味ありげな笑みを浮かべ、返事をした。 「はい、今すぐ準備します」 キッチンに入った私は、熱々の担々麺を丁寧に作った。それは大輝が大好きな料理だった
その瞬間、部屋の空気はまるで凍りついたように重く、呼吸することすら難しく感じられた。 窓から差し込むわずかな光も、温もりを失ったかのように感じられ、部屋中の冷たさを拭い去ることはできなかった。 誰もが驚愕と困惑の表情を浮かべ、時間が本当に止まったかのように感じられる。まるで、この一瞬だけが永遠に続くかのようだった。 大輝がその沈黙を破ったのは、最初だった。彼は突然私の手から携帯を奪い取ると、電話の相手に向かって激しく叫んだ。 「どうしてこんなことになっているんだ?!こんな大事なことを間違えるなんてあり得ない!まさか、この結果も間違っているのか?!」 彼の声は、恐怖と怒りが入り混じり、目は大きく見開かれ、瞳の周りが赤くなっていた。一つ一つの言葉が、歯を食いしばりながら絞り出され、抑えきれない感情が渦巻いているようだった。 まるで、信じられない現実を必死で受け入れられず、すべての恐れと絶望をその言葉で吐き出すかのように。 電話の向こうの病院スタッフは、何度も謝罪し、声には無力感と同情が込められていた。何度も彼に、すぐにでも入院し治療を受けるように伝えた。 大輝の顔色は、怒りと絶望の間で急速に変化し、手が震えながら慌ててポケットからカードを取り出した。その動きは急ぎ、ほとんど落としそうになり、彼が本当に慌てていることが伝わってきた。まるでその小さな動き一つが、彼の病状に関わるような感じで、心の動揺が現れていた。 彼は何度も「どうしてこんなことになったんだ」「ありえない」と呟き、目には未来への恐怖と現実から逃げようとする感情が満ちていた。 一方、私はそのやり取りを無感情に聞きながら、心の中で今までに感じたことのないほどの軽さと解放感を感じていた。 私の口元には、冷ややかな微笑みが浮かんでいた。それは運命の皮肉であり、そして私がついに解放されることへの安堵の気持ちでもあった。 そのとき、私はふと思い出した。大輝がかつて莉奈に投資したお金が、今では彼の唯一の命を救う手段だということを。 そのことを思い出した私は、あえてその事実を彼に告げてやりたくなった。 「そのお金、今やあなたの命を救う唯一の希望なのよ」 その言葉を聞いた大輝は、顔色をさらに悪くし、すぐに莉奈に電話をかけた。彼の声には哀願と脅しが混ざっていて、病院の誤
私は莉奈の家の前に立ち、ドアベルを軽く指で押しながら、心の中で複雑な思いを抱えていた。 川崎莉奈、あの一度の会食で偶然出会い、少しずつ親しくなった女性が、今では私の婚姻危機の鍵を握っている人物となり、さらには私の命を救うための大切なお金を奪った人物でもある。 私は深く息を吸い込み、決心を固めてドアベルを押した。 ドアがゆっくりと開き、莉奈がその姿を現した。 彼女の目に一瞬の驚きが浮かび、それがすぐに平静に戻ったが、私はその顔色が少し沈んでいるのがわかった。 莉奈は冷たい目で私を見て、言った。「何の用?」 彼女の反応から、私が何をしに来たのかもう気づいているようだった。以前のような温かさや親しみは、まるでなかった。 私は彼女の目をしっかりと見据え、声を落ち着けて言った。 「私は、大輝があなたに渡した20万を取り戻しに来ました。このお金は私たち夫婦の共同の財産です。彼は私の同意なしにあなたに勝手に渡しました。それは違法です。お返ししていただきたい」 莉奈は私の言葉を聞いて、口の端に皮肉な笑みを浮かべた。 彼女は軽く首を横に振り、顔を無表情に保ったまま言った。 「どうしてそれが不正な贈与だと決めつけるの?あの人にサインさせた契約書もあるし、これは正当な投資だって。警察に言っても、証拠なんて何も出てこないわ」 彼女の言葉は、私の心に冷水を浴びせるようで、希望が一気に消え去った。その直後、彼女は契約書を取り出し、私に渡した。そして、同時に大輝に電話をかけた。 私は契約書を見下ろした。その白い紙に黒い文字で、はっきりと書かれていた。 私は言葉を失い、しばらく黙って立ち尽くしていた。お金を取り戻すことはもうできないのだと、心の中で理解した。 その時、突然大輝がドアの前に現れ、顔は暗く険しく、私を見た瞬間、怒りが爆発した。彼は勢いよく私に近づき、いきなり二発、思い切り頬を打った。 私はその衝撃で反応が遅れ、耳が鳴るような音がして、痛みと屈辱が入り混じり、心が崩れそうになった。 私はふらふらと後退し、涙がこぼれそうになった。 絶望的な気持ちで大輝を見つめる。かつて愛した人が、今、こんな風に私を扱うなんて...... 「どうして......どうして何度も何度も私を殴るの!?一体どういうつもりなの?」 私は涙
再び目を開けると、周囲のすべてがどこか懐かしくもあり、同時に全く新しく感じられた。 私はまばたきをし、まるで長い夢の中にいるような気分になった。現実と幻想の境界がわからなくなり、混乱する。部屋の中のものは変わっていないはずなのに、もはや以前感じていた温かさや安らぎを見つけることができない。冷たい空気だけが残り、心はどこまでも冷え切っていた。 この「家」という場所は、私が何も持たず、20年もの間、彷徨い続けてきた末にようやくたどり着いた場所だと思っていた。しかし、今となっては、私の人生で最も苦しい場所に変わってしまった。 私が絶望的な病気だと告げられたその日から、家の雰囲気は一変した。かつては楽しい笑い声が響いていたはずなのに、今では冷たく無関心な空気が支配している。まるで、私はこの家の外の人間であるかのように感じていた。 そのことを思うと、私は自嘲の笑みを浮かべた。 今では、この家にいても、倒れても、私を病院に運ぶためにお金を使う価値すらないと感じる。私の価値は、あの冷酷な診断書と共に、すでに消え失せてしまったようだ。 夫の声がリビングから聞こえてきた。そこには、嘲笑の響きが含まれていた。 「おや、目が覚めたか?何日も寝てるんじゃないかと思ったよ」 その言葉には、私への関心の欠片もなく、ただ冷たさと軽蔑だけがこもっていた。水一杯すら持ってきてくれることなく、以前なら考えられないほど冷たい態度だった。 私はベッドに横たわり、目を閉じて、彼の言葉を無視した。 すると、義母もその冷たい会話に加わった。彼女の笑い声は、耳をつんざくように鋭く、私の心に刺さる。 「ちょうどいいタイミングで起きたわね。食事の時間よ。あんた、何もせずにただ食べてるだけの存在よね」 あからさまな辛辣さに、私はその言葉が心に響くのを感じた。義母が作った料理から漂う辛い香りが、今日の食事がどういう意図で出されているのかを如実に物語っていた。 私が寝室を出ると、すぐに食卓が目に入った。そこには、さまざまな辛い料理が並べられていて、まるで無言の挑戦のように感じた。 私は深く息を吸い込み、体の不快感を必死にこらえながら、食卓に近づいた。赤と緑の唐辛子が交互に並び、まるで私の運命を嘲笑っているかのようだった。 冷ややかな目でその料理を一瞥したが、言
私は黙り込んで、拳をぎゅっと握りしめた。指先が掌に食い込みそうなほど、力が入っている。 死を待つだけ?違う、私はこんな運命を受け入れない。ましてや、自分の金をこんな奴らに簡単に渡すなんて絶対に許さない。 冷静になるよう自分に言い聞かせ、私は無理やり心を落ち着かせた。そして、ふと、自分の持ち物、結婚の際に持参した金のアクセサリーを思い出した。これがあれば、まだ逆転のチャンスがあるかもしれない。 一時的におとなしくして、ちょっと感情的になり過ぎたことを謝り、冷静になる時間が欲しいと言った。大輝と義母は、私の表情に何かを感じ取ったのか、しばらく考えた後、私の言葉を受け入れてくれたようだった。 結局、私の立場を思えば、孤児だった私は今、彼らに頼るしかないと思ったのだろう。 私は部屋のベッドに座り、静かに周囲を見渡しながら、何かチャンスを見つけようと待った。すると、ふと大輝が午後に外出すると聞いた。これが唯一のチャンスだと、私はすぐに動き出した。 大輝が家を出たその瞬間、私はすぐに部屋の中を素早く探し始めた。心臓はまるでドラムのように早鐘を打つ。 そして、ついに私は結婚の際にもらった金のアクセサリーを見つけた。これが私に残された唯一の希望だ。 だが、その時、突如として義母の姿がドアの前に現れた。警戒心満々の目で私を見つめている。 「何してるの?」 義母の声は鋭く、私の心に突き刺さるようだった。 頭の中が一瞬で働き、私は手にしていたアクセサリーを素早く部屋の隅にあるゴミ箱に放り込んだ。そして、平静を装いながらゴミ袋を手に取った。 「何もしていませんよ、ただゴミ箱がいっぱいだったので、つい捨ててしまいました。大輝さんがいつも頑張っていると言っていたので、今のうちにちょっと手伝おうと思いました。私も病気で治療が必要なので、今後も頼らなければならないですから」 義母は私を半信半疑でじっと見ていたが、特に疑う証拠も見当たらないようで、何も言わずに部屋を去っていった。 私はその隙に部屋を抜け出し、心の中でただ一つ、アクセサリーを現金に変えて少しでも生きるためのチャンスを掴むしかないという思いだけがあった。 ゴールドショップに到着した私は、希望を込めてアクセサリーを店員に渡し、検査を頼んだ。しかし、店員から告げられたのは、まさかの
「私が何もしてないですって?!お義母さん、忘れたんですか、この家の頭金、私が半分出したんですよ!」 私は勢いよく立ち上がり、彼ら二人を見て思わず笑ってしまった。こんなに滑稽な話があるだろうか。 「私が何をしてきたのかですって?じゃあ、逆にお義母さんと大輝は何をしてきたんですか? 大輝と川崎の関係については、あえて突っ込みませんよ! そもそも、息子さん、失業してるじゃないですか。家でせいぜい掃除をする程度の毎日。しかも、それすら私が手伝うこともありますよね!一体どこに『家族を支えている』なんて話があるんですか?私は働いていないとでも思っているんですか?私の給料であんたたちを養ってるんです!それで私が何もしていないって言うんですか?」 義母は隣で表情を変えながら何か言いたそうにしていたが、大輝が目配せをして彼女を止めた。 私は冷たく笑いながら話を続けた。 「それに、お義母さん、ずっと公平な方だと思ってました。私の味方になってくれると信じていましたよ。でも、今となっては、あんたたちも結局グルなんですね。もともと『家族』なんて、私一人が錯覚……」 しかし、その言葉が終わらないうちに、大輝が私の頬を平手打ちした。 耳鳴りがして、私は頬を押さえながら彼を睨みつけた。 彼は失業してから、家族全員が私の稼ぎで生活しているのに、掃除をしただけで家のことを「支えている」と豪語している。それでいて、この男には私を殴る権利があるとでもいうのか? 「貯金だって、当然私にも半分の権利があるんだから!」 彼ら二人は、私がいつものように泣き出すとでも思ったのだろう。しかし、その予想を裏切り、私は堂々と反論した。恐れる様子は微塵もない。 冗談じゃない。私は末期がんだと言われた人間だ。これ以上怖いものなんてない。 私の言葉を聞いて、二人は口ごもり、言い返す言葉を見つけられない様子だった。その顔が面白くて、私はさらに言葉を続けた。 「金を返してもらいますよ。返さないなら、裁判に持ち込みます。どうせ私は治らないんだ。金なんて燃やしても、あの川崎莉奈には絶対に渡さないから」 「無理だな、結衣。諦めろ。 一銭たりとも渡すつもりはない」 大輝は冷たく私を見つめ、その瞳にはもう私への感情が微塵も残っていないのがわかった。 「離婚でもなんで